Side:ブランシュ
俺が大怪我を負い、病院で目を覚まして数日が経った。
サイコパワーを自己治癒に集中させた甲斐があって、ようやく歩けるようになってきた。
だが、やはりまだ全身の痛みは残っている状況だ。
この状態で無理はしない方がよさそうだ。
親父さんの厚意が無駄になるし、ミスティを更に心配させかねない。
かといって、このまま時間ばかりが過ぎて事件解決に動けないというのもなぁ。
まだ、鎧殻龍しか取り戻せていないのだから。
さて、どうしたものか。
――コンコン…!
おや、こんな時間にノックしてくるなんて…?
親父さん辺りが見舞いにでも来たのかな?
「どうぞ。」
「失礼いたします。」
そして、ドアを開けて出てきたのは…親父さんではなかった。
誰かの執事と思われる壮年の男…俺の知らない人だ。
「あなた様はブランシュ様ですな?」
「はい、そうですけど…どちら様ですか?」
俺の事を知ってここに…?
いったい何者なのだろう?
「これは失敬、私はアカマロと申します。
突然で申し訳ありませんが、お願いがございます。」
「はぁ…」
俺に何かお願いしにきたみたいだけど、生憎手負いの身だからね。
今はあまり無理できそうにないし。
「突然のご無礼をお許しください。
元フレア団の幹部である私は主の命を受け、こちらに参った使いの者。
我が主はそれを壊滅させたというあなた様を自分の元へ連れてこいと仰られました。」
「なっ…!?」
自ら幹部として所属していたというそれは、俺含め数人で壊滅させた組織の名前だった。
それを壊滅させたという事を知っていて、いったい誰に会わせる気だよ。
「おっと…主は気の短いお方、余りお待たせしますと私含めどうなるか。
さあ、グランドホテル・シューリッシュの最上階に急いで向かってくださいませ。
手負いの身では辛いかもしれませんがね…それでは、私はこれで…!」
「おい、待て!?」
――ガチャッ…!
ちっ、用件だけ伝えてそさくさと出ていきやがった。
だけど、今のアカマロって奴の主…まさか、親父さんが渋るほどの取引相手なのか?
だとすると、会ってみるしかなさそうだな…さっさとこのふざけた事件を解決するために。
異聞・遊戯王5D's 外伝 −esprit− Turn4
『炎の女と事件の黒幕』
そういうわけで手負いの身で強引に退院する羽目になった俺である。
既に歩くのは問題ないわけだが、全身がまだ痛いんだよなぁ。
当たり前だけど、看護師とかから渋られるし。
まだ、服の下には包帯が多量に巻いてあって見苦しい姿ではある。
とはいえ、見た目を気にする余裕はない。
痛みを堪えつつ、言われた通りの場所にやってきた。
ここは最高級のグランドホテル・シューリッシュの最上階。
この先に先ほどの執事の主が待っているそうだ。
ミスティのマネージャーをしてた俺でもまず利用できないような、超一流ホテルを平然と利用できる人物だろう。
確実に只者ではないが、腹をくくって入るとするか。
「失礼します。」
「…遅かったわね、『氷海の白い悪魔』ことブランシュ・ノーチラス。」
「んなっ…!?」
その部屋に入ると、待ちくたびれたような様子で一人の人物が待ち構えていた。
赤いサングラスを着け、黒いノースリーブを着用した冷たく妖しい雰囲気の女性。
こいつは恐らく、壊滅したはずのフレア団を裏から支配していたとの噂のある通称『炎の女』だ…!
ニュース番組のキャスターをしていたのを見た事あるけど…それと雰囲気はまるで違う。
人をまるでゴミのように見るような、このドス黒い雰囲気…やばい、こいつはマジでやばい…!
呼んでほしくない二つ名を口にされて突っ込む余裕が無いほどに…!
「奴との取引とはいえ、この私がわざわざ時間を割いているというのに…!
まぁ、いいわ…あなた、デュエルなさい。
心に火がついたままでは、お話なんてできませんから!!」
「……受けて立つ!!」
「そうこなくては…もっとも、あなたには拒否権はないのだけど。」
会って早々いきなりデュエルの申し出とは驚いたけど、挑まれたデュエルは逃げないのが礼儀だ。
まずは力を示せってことだろうが、拒否権がないようでやるしかないようだ。
「「デュエル!!」」
ブランシュ:LP4000
炎の女:LP4000
「先攻は頂くわ、私のターン!まずは手札から魔法カード『炎熱伝導場』を発動。
デッキから『ラヴァル』2体――ここは『ラヴァル炎湖畔の淑女』と『ラヴァルのマグマ砲兵』を墓地へ送る。」
まずは墓地肥やしから入るか。
ここから何を仕掛けてくる…?
「さらに魔法カード『真炎の爆発』を発動し、墓地から炎属性で守備力200のモンスターを可能な限り特殊召喚する。
墓地の2体は両方とも守備力200…よって、墓地から『ラヴァル炎湖畔の淑女』と『ラヴァルのマグマ砲兵』の2体を特殊召喚!」
ラヴァル炎湖畔の淑女:DEF200
ラヴァルのマグマ砲兵:ATK1700
墓地へ送ったモンスター2体を一気に展開してきたということは…早速来るか。
「私はレベル4のマグマ砲兵にレベル3の炎湖畔の淑女をチューニング!
憎しみを込めし魂よ、冷たい炎となって燃えあがれ!シンクロ召喚、祟りの灯火『シャンデリア・スペクター』!!」
『キヒャヒャヒャヒャ…!』
シャンデリア・スペクター:ATK2600
初っ端からレベル7のシンクロを出してくるか。
出てきたのは、シャンデリアのようなミステリアスな雰囲気の得体のしれないモンスター。
しかも、召喚権を使っていないからその気になればまだ展開できるのが恐ろしい。
「ここで、シャンデリア・スペクターの効果を発動。
1ターンに1度、相手の手札を1枚確認し、それがモンスターならそれを破壊した上であなたに500ダメージを与えるわ。
あなたから見て一番右の手札を見せなさい…!」
「っ…!」
初っ端から手札1枚ピーピングorハンデスは地味にキツイ。
相手が宣言した一番右のカードは…モンスターじゃねぇか!
「モンスターカード『エビカブト』だ…!」
「では、そのモンスターを破壊すると同時に500のダメージを喰らいなさい…『カース・ファイア』!!」
――ボアァァァァ…!
「ぐああぁぁぁぁぁっ!?」
ブランシュ:LP4000→3500
痛っ…怪我が癒えてないとはいえ、この焼けつくような感じ…!
それに、500のダメージでこの衝撃…まさか!?
「テメェ、サイコデュエリストか…!」
「あなたもね…モンスターを裏守備で召喚、カードを1枚伏せてターン終了。
次はあなたの番…私を失望させないでもらいたいものね。」
「手負いの身だけど、善処するよ…俺のターン!」
色々な意味で手負いの身だが、相手の伏せ次第でどうなるかといったところだ。
相手もサイコデュエリストである以上、長引けば最悪焼き殺されかねない。
「まずは手札から『プロテクト・シュリンプ』を捨てて効果発動し、デッキから『シェルアーマー・フュージョン』1枚を手札に加える。
続いて、手札から魔法カード『異色の虹彩』を発動。
デッキから『オッドアイズ』と名のついたモンスター『オッドアイズ・アーマー・ドラゴン』を手札に加える。」
まずは融合に必要なカードを手札に揃えていく。
プロテクトの方はバーン対策のカードとしても使えるけど、今回はこっちだ。
「そして『甲殻』専用融合魔法『シェルアーマー・フュージョン』を発動!
俺が融合するのは手札の『オッドアイズ・アーマー・ドラゴン』と『甲殻神騎オッドシェル・オマール』!
二色の殻持つ者よ、鎧纏う神秘の竜と共に潮渦巻きて新たなる力と生まれ変わらん!融合召喚!現れろ『甲殻激竜オッドアイズ・ガリデス・ドラゴン』!!」
『ガッギャァァァァァァァァ!!』
甲殻激竜オッドアイズ・ガリデス・ドラゴン:ATK2000
「オッドアイズ・ガリデス・ドラゴンが融合召喚に成功した時、デッキからレベル3以下のモンスター1体を墓地へ送る事で特殊召喚されたモンスター1体を手札に戻す!
対象はシャンデリア・スペクター!シンクロのため、代わりにエクストラまでぶっ飛べ『ボルテクス・ウェーブ』!!」
――ザッバァァァァ!!
「…戻してきましたか。」
まずはシャンデリアを処理できた。
ちなみにデッキから落としたのはレベル1の『ドライ・シュリンプ』だ。
「バトル!ガリデス・ドラゴンで裏守備モンスターに攻撃!喰らえ『螺旋のスウィール・ストリーム』!!」
ファイヤー・ハンド:DEF1000
「セットモンスターはファイヤー・ハンド…破壊されるわ。
ですけど、この瞬間効果発動!相手モンスター1体を破壊し、デッキから『アイス・ハンド』を特殊召喚できる!
これで、ガリデス・ドラゴンには退場していただこうかしらね?」
むっ、ファイヤー・ハンドとは地味に強烈なモンスターを。
だけど、思い通りにはさせない。
「俺の場の『甲殻』と名のついたモンスターが破壊される場合、墓地の『シェルアーマー・フュージョン』を破壊の代わりに除外できる!
確か、ファイヤー・ハンドの効果は破壊に失敗した場合…後続も呼び出せなかったよな?」
「ほう…これを防ぐくらいは造作もないわけと。
だけど、これではこのターンの攻撃はここまで…この程度では」
確かにそう思うかもね…だけど!
「それはどうかな?手札から速攻魔法『融合解除』を発動!
これでガリデス・ドラゴンの融合を解除し、墓地から融合素材となったモンスター一組を特殊召喚できる!
舞い戻れ!『オッドアイズ・アーマー・ドラゴン』と『甲殻神騎オッドシェル・オマール』!!」
『ガァァァァァァァ!!』
オッドアイズ・アーマー・ドラゴン:ATK2800
『ウォォォォォッ…!!』
甲殻神騎オッドシェル・オマール:ATK2500
「成程…融合を解除しましたか。」
融合解除をする事でより強力なモンスター2体のお出ましというわけだ。
素材にしたモンスターが強い分、融合解除の旨みも増す。
特にガリデス・ドラゴンの場合、どうしても素材の方が戦闘力が高くなる。
「バトルフェイズ中の特殊召喚のため、この2体は攻撃できる!
オッドアイズ・アーマー・ドラゴンでダイレクトアタック!『スパイラル・シュラーク』!!」
炎の女:LP4000→1200
こいつはダメステ終了時まで他の効果受けないとはいえ、リアクション無しか。
罠を発動させる気配もないし気味が悪いな。
だけど、次の攻撃で決める!
「こいつでトドメだ!オッドシェル・オマールで攻撃!喰らえ『ツヴァイ・シュラーク』!!」
――ドガァァァァァ!!
「フンッ…!」
炎の女:LP1200→0
勝ったのはいいけど、やけにあっさり終わったな。
どうも大して本気を出してなさそうなのが、スッキリしない。
それは兎も角、俺が勝ったからにはここに呼び出したわけを話してくれないと。
「手負いの身にしてはやるようね。
よろしいでしょう…では、要件に移ります。」
なんというか、思った以上に舐められていたみたいだ。
とはいえ、いよいよ要件に移るわけだが…ここから特に真剣に聞かないと。
「まずはエスプリを名乗る者の正体ですが…。
彼女はイクスパンションスーツという強化スーツを着込んだリンという少女。」
「それで確定か…」
やはり、正体はユーゴの幼馴染のリンって子で正解というわけか。
それに強化スーツ…それであんなに身体能力が高められていたわけか。
それでいて苦しんでいた様子から、操られていたと考えると胸糞悪い。
で…それらを当然のように知ってるってことは、こいつは黒幕に近い位置にいるとみて間違いないだろう。
「そして、それを開発したのはドクター『クセロシキ』…!」
「なっ…そいつは!?」
「そう、あなたは知っている…彼がフレア団一の科学者だと。」
その黒幕と思われる者の名は俺も知っている奴だった。
そう…俺達が壊滅させたはずのテロリスト集団『フレア団』のマッドサイエンティスト。
確か、己の研究心を満たすためなら手段は選ばないという人物。
そのために人々を大量殺戮するという、あるカードの力を使った最終兵器なんてふざけたものさえ発動させたほどのな。
その時は幸い、上手く起動せずに大した被害が出ずに済んだが…!
性質の悪いことに奴の持つ技術力は、前髪野郎の比じゃない。
そんな奴が未だに水面下で活動しているとなると、早く止めないと拙い事になる。
「さて、ここからが本題です。
手段は問いません…あなたにドクタークセロシキを処分していただきたいのです。」
何っ、処分だと…?
そいつはアンタの仲間じゃないのか!?
手段を問わず処分という事は、闇に葬ってくれと言っているようにしか聞こえない。
「野暮かもしれないけど、理由は…?」
「理由……強いて言うならフレア団のプライドを守るため。
あなたとは相容れなかったけれど、こちらにも正義はあったのよ…今更汚されたくはないわ。」
かつての仲間が余計な事をして、組織のプライドを傷つけられたくないと。
今まで散々悪事を働いて何を今更としか思えないが…。
わざわざ俺に頼むのも、自分の手を汚したくないからとしか思えない。
「…もし、断るといったら?」
「それはありえないわ、あなたはこの要求を飲まざるを得ない。
それにリンという少女がエスプリとして、これ以上犯罪に手を染めるのは望まないはず。
既に相対したあなたなら理解できているはずよね?
彼女を助けるには、クセロシキを止めるしかない…と。」
「…!!?」
この殺気…下手な事をすれば何を仕出かすか…!
だけど、クセロシキを止めなければこの事件は解決できない上にリンを助ける事も叶わない。
悔しいけど、今はクセロシキの居場所を知っているこいつに従わざるを得ないというわけか。
流石に親父さんが取引を渋るやばい相手…一歩間違えれば社会的にも物理的にも抹殺されかねない。
「わかりました。」
「利口な判断ね…彼らがいる場所までは私が案内します。
さあ、今すぐフラダリカフェへ向かいなさい。
死ぬかもしれないという覚悟と、生きるための準備をして…」
命がけでやり遂げろってことか…実際エスプリ相手だと俺がやられかねないからな。
それにフラダリカフェ…というのは実際にはフレア団のアジトの1つだった場所だ。
その中のどこかに奴が潜んでるというわけか。
ちなみにフラダリというのはフレア団のボスの名前である。
『選ばれし者』以外の人類とデュエルモンスターズを抹殺し、世界を浄化しようという思想を実行に移そうとした馬鹿な奴だった。
本来は争いのない世界を作ろうという夢を持った善人らしいがな。
それを実行するために、俺達との争いを起こしたんじゃ本末転倒も甚だしい。
もっとも、その選ばれた者…つまりフレア団員が彼の嫌う部類の奴らが殆どらしく自爆説もあるらしいけど。
今は消息不明で、恐らくもうこの世にはいないだろうと思われる。
ただ、何か絶望した末に暴走した点でかつての俺と通じ合うものがあった。
それがただの八つ当たりだと知っていたからこそ、俺達は彼らを壊滅に追い込んだ。
それは兎も角…この事件を解決するという決意を固め、この部屋を後にする。
そして、ミアレ中心部に近い場所にあるフラダリラボへと足を進める。
だが…依頼を受けてしまったとはいえ実際の所、手負いの俺じゃリンを救うのは困難に近い。
『おう、ユーゴだが…?』
「もしもし?突然通話かけて悪いけど、ブランシュだ。」
『ブランか!心配かけさせやがって…!怪我はもう大丈夫なのか?』
「今は悠長に話している余裕はない。
悪いけど、大至急フラダリカフェへ向かってくれないか?」
『は、フラダリカフェ?なんでそんなところへ?』
そこであいつと連絡を取る。
まぁ…かけて早々、いきなりそこへ向かえと言われても困惑するわな。
だけど、こっちも時間がないんだ。
「時間がないんだ、リンを助けたいのだろう?」
『何っ、リンの居場所がわかったのか!?けど、どうしてそこに?』
「だから、説明している暇はない…できるだけ早く来るように。」
『…わかった!』
彼女を救うのは俺の役目ではない…ユーゴだ。
手段は問わないって言ったからには、助っ人を呼んでも構わないだろう?
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・・・
それで、言われた通りにミアレの中心部にあるフラダリカフェまで急いでやってきた。
残念ながら、ユーゴはまだ来ていないみたいだけど中に入る。
カフェとしては壁紙まで赤く染められており、目に厳しい。
「あら、意外と早かったのね。」
「こっちこそ、アンタが既にいたなんて思わなかったけど。」
怪我をおしてDボードに乗って急行したというのに、依頼してきた炎の女は既に着いていたわけだ。
こっちは最短ルートで来たつもりなんだけど、ミアレは迷いやすいとこでもあるからなぁ。
「何か言ったかしら?」
「いいえ、なんでも。」
「まぁ、いいわ…早く来るのはいい心がけよ。
私、待たされるのは嫌いだもの。
では、行きましょう?さっさとついてきなさい。」
「…了解。」
っと、奥にある地下の部屋に案内されるようだから行くか。
ここのフラダリカフェの奥に奴らのアジトであるフラダリラボがある。
ここから先は何が待ち構えているのかわかりはしない。
恐らく、俺達が今まで入ってこなかったところにでも黒幕は潜んでるだろうしな。
で、彼女についてくと何かの研究機関の入口のような無機質な空間へと着く。
実際には、ここからエレベーターでアジトへ侵入することになるわけだが。
――ピッピッピ…!
そして彼女はエレベータ脇にあるパネルを手早く操作していた。
何かパスワードを入力しているようだが…!
「クセロシキはラボの隠されたエリアにいます。
一握りの幹部のみが存在を知る裏エリアに…私も含めね。」
「成程、それに侵入するために何か入力したみたいだね。」
「察しがいいようね…これで裏エリアに侵入できるようになりました。
そこにクセロシキ、そしてエスプリもいることでしょう。」
やはり隠し部屋があるわけか。
そこに二人がいると。
「では、私はこれで…。
改めて言っておきます…クセロシキの処分を。
それと煮ても焼いても食えない、あなたのバディに伝えておいて。」
これは親父さんこと『ハンサム』の事だろう。
今は何をしているのか気になるところではあるが…?
「…私は約束を果たした以上、あなたが約束を破ればどうなるかわかるでしょう…と。
それにあなたも妙な事をしたら、近辺含めどうなるでしょうね?…では失礼。」
そう一方的に言い残してここを去ってしまった。
今の発言、俺を射殺すかように凄まじい殺気が込められていた。
近辺含めという事はミスティたちもひょっとしたら狙われているかもしれない。
親父さん…こんなやばい奴と取引して本当によかったのか?
一方でまだユーゴはここに来ない。
迷っている可能性もあるけど…パスワードがいつまで有効かわからない以上、俺だけでも先へ進まなきゃならないみたいだ。
連絡手段として、1枚のメモをカフェのカウンターの所に残しておく。
これ以上の通話はあいつに盗聴される可能性も無きに非ずな上、ユーゴは恐らくDホイールの運転中だろう。
時間もあまりかけたくないことだし、覚悟を決めて隠しエリアの中へ入るとするか。
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「ロブスター・カノンでトドメだ!『バレル・ストライク』!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ…!!」
その辺のチンピラ:LP1000→0
早速、隠しエリアの中に侵入すると…何故か路地裏で見た事あるようなチンピラたちが襲い掛かって来たので全員返り討ちにした。
こいつらと遊んでいる場合じゃないし、襲い掛かってきたところをサイコパワーでノックアウトさせたのが大半だけど。
…これだけでも全身が痛むし、あまり無理はするもんじゃないね。
「こいつ…手負いの身のくせに…!」
「ぐっ、身体が痛てぇ…ここは先に進ませないようにと言われているのに!」
「悪いけど、俺は急いで先へ進まないといけないんだ…そこで暫く寝ていて。」
そうして、無数の屍を背に俺は急いで先へ進む。
でも死んでないからな、うん。
罠や仕掛けを乗り越えて恐らくは最深部であろうところにたどり着いた。
で、門番みたいなのもいるわけだが…またしてもどこかで見た事のあるチンピラだった。
「オッスオッス!あんたはこの前の『氷海の白い悪魔』さんじゃないですか、また会えて光栄っす!」
どうやら、俺の事を覚えてる奴だった。
馴れ馴れしいのもそうだけど…面倒な。
「いや、その呼び方はやめろって…」
「でも悪いな、俺警備のバイトしててさ…。
警備っていってもこんなところ誰も来ないし、暇なんですよね。
で、暇つぶしにデュエルでも付き合ってくださいよ?」
「はぁ…こっちはお前なんかと遊んでる暇ないんだけど。」
チンピラでバイトだからってその勤務態度はいかがなものか。
後、身の程をわきまえた方がいいんじゃないかな?
あっちで倒れてるチンピラたちみたいになりたくなければ自分の心配しろよ。
「俺に勝ったらいい事教えてあげますから、頼みますよ〜!」
「はぁ…手短にやりますか。」
「よっしゃ!あの時みてぇにはいきませんよ!」
それじゃ、あまり時間はかけたくないけど少しは楽しませてもらうとするかな。
今回は敢えてこっちのデッキでいくか。
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「マイスタリン・シューベルトでトドメだ!『ウェーブ・オブ・ザ・グレイト』!!」
「前のとデッキ違うけど強ぇぇぇぇ!!」
門番のチンピラ:LP2100→0
まぁ、結果は余裕の勝利。
少しはできるようになったみたいだけどプレイングとかがまだ荒かった。
墓地に着目したのは目の付け所がよかったけど、生憎これはそういうタイプじゃなくてね。
「いてて…あっという間に負けちまったけど、やっぱアンタすげーな。」
「アンタがまだまだなだけだと思うけど。」
「手厳しいぜ…暇をつぶせたけど、バイトのあがりまでまだ時間があるんだよな。
そうだ!ちょっと、こっち来てくださいよ!」
「あ…」
いや、自分から通しちゃいけないようなところに行かせるのって…。
まぁ、無理にでも通るつもりだったからいいけどさ。
そうして、その中へ入ると…研究ノートらしきものがたくさん並んでいる部屋へたどり着いた。
そして、入り口から見えるところにもデッキと思われるカードの束が沢山あった。
ひょっとして、これらは盗まれたデッキか…?
「ジャジャーン!この部屋なんすけど、普段誰もいれるなって厳しく言われてるんですよ。
つまり、すげーもんがあるってことでしょ?
俺も暇でやることねぇし、ちょっと部屋の中調べて宝探しでもしましょうや!」
「いや、どう考えても拙いだろ…」
もし俺が雇い主なら、即刻首切るどころか色々な意味で抹殺するぞ。
確かに別の意味ですごいものはあるけど…エスプリが盗んだであろうデッキとかさ。
「そうケチケチ言わずに…」
「ま、調べるのは確定だけど…盗まれた俺のデッキあるかもしれないし。」
「それは大変な…んじゃ、この機会に見つけましょうや!」
そうだな、俺のデッキは今のうちに奪い返してもらうとするかな。
もっとも、他のデッキは犯人や黒幕直々に持ち主に返していただくことになるだろうけどね。
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そうして部屋の中を探していき、その中の1つのカードの束が…。
「ネイキッドもあるってことは、確実に俺のじゃねぇかこれ。」
「おお、見つかったんですね!よかったじゃないですか!」
どう見ても、俺のデッキだった。
これ以上これを悪用されたくないし部屋の主がいないけど返してもらうとする。
そうなると、ここに置いてある他のデッキも大半が盗品で確定だ。
それは後で来るであろうハンサムとユーゴに任せるとして…!
「他には本棚とかも調べてみましょうよ!面白いものがあるかもしれませんよ!」
本棚にはノートらしきものしかなかったような気がするけど…見てみるとするか。
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で、本棚の中にあるノートの一冊を拝見させてもらったわけだけど…!
「嘘だろ…こんなものが出回ったら冗談抜きで手を付けられない事になるぞ…!」
その中には俺を戦慄させる内容があった。
具体的にはエスプリ――リンの纏っている強化服『イクスパンションスーツ』の仕様が書かれていた。
その機能としては…大きく4つある。
1つは身体強化機能。
スーツ型の強化筋肉によって着用者の運動能力の大幅強化させる機能の事だ。
一飛びで屋根に飛び乗る跳躍力など、どう考えても人間業じゃない身体能力はこれが原因のようだ。
俺のサイコパワーがまるで通用しないのもあって、これだけでも脅威極まりない。
現にあの時から力が落ちたとはいえ、俺がいとも簡単にボロ雑巾のようになったわけだし。
2つ目はデッキイジェクト機能。
頸部に装備したハッキング・ジャックにより、相手のデュエルディスク内部にコンピュータウィルスを送り込む事でデッキを強制的に排出する機能。
やや地味目な機能ではあるけど、身体強化機能と合わせることで人々からデッキを強奪していったわけだろう。
俺と相対した時は幸いこの機能が発揮される事はなかったけど、これも脅威だ。
3つ目はスニーキング機能。
『E・HERO プリズマー』や『ファントム・オブ・カオス』などの変身効果を応用した光学式変身能力。
多くの人々に変身できるようであり、昔の俺にそっくりな姿になれたのもこれが原因となるわけだ。
上手くいけば、なりすましも可能そうなので性質が悪い。
最後にリモートコントロール機能…俺がもっとも危惧してるのがこれだ。
着用者の暴走・犯行を防ぐため、スーツ自体を遠隔操作する機能らしい。
一般的なデュエリストを模した仮想人格AI再生機能も搭載。
どうして俺に変身した時は昔の俺そのものの人格だったのか謎だが…どう考えても一般的じゃないし。
それは兎も角、リモートコントロール下において着用者の意識は昏睡レベルにまで低下する。
つまり、着用者の意志とは関係なく悪事に手を染められてしまう事になるわけだ。
少なくとも、今まで犯罪を犯してきたのがリンの意志じゃないだろうことがこれでわかる。
そう考えると、彼女を操作してるだろう黒幕には怒りを覚える。
これの何がやばいのかというとだな…。
一般市民をスーツを着用させるだけで洗脳し、想いのままにテロ行為などの悪事を行える寸法だ。
しかも量産すれば死を恐れず、敵を襲う軍隊を教育なしに作り出せる。
俺達サイコデュエリスト以上に厄介な奴が、容易に何人も洗脳下で用意できるという事だ。
前髪野郎の目的だった『サイコデュエリストによる軍隊』以上に凶悪で、いくらでも人員の替えの効く代物がな。
そのスーツのやばさを直に目の当たりにしている以上、まったくもってぞっとする話だ。
だとすると、なんとしてもこんなふざけた事を止めなきゃならねぇ。
こんな事態になったら遊里たちシグナーでも収拾をつけるのは困難だろうからな。
ダークシグナーと違い、デュエルだけじゃ止められる奴らじゃない!!ソースは大怪我負った俺だ。
だから、俺達が未然に阻止するんだ…手を付けられない状態になる前に絶対に!
それが、俺含めた常人ならざる力を持つ者の義務なのだから。
だけど、他の研究ノートを見る限りはあくまでこれはリンの方から志願してのバイトのようだ。
バイト求人の告知を見て応募したリンを即採用し、臨床テストを開始したようだ。
テストの内容は説明していたみたいだけど、彼女には理解されなかったものの黒幕のクセロシキの情熱は通じてやる気をだしたとか。
それと臨床テストのレポートを見る限り、思っていたのとは違ってクセロシキ自体はそこまで非道な人物ではないかもしれない。
少ない資金ながらもバイト代はちゃんと出してるようだし、リンの容体を心配しているような記述も見受けられる。
これらの目的としてはあくまで科学者としての純粋な好奇心を満たすために過ぎないようだ。
デッキ強奪などの犯罪行為もスーツの性能を測るためのテストの一環に過ぎず、何か大きな事を起こす気はないらしい。
もっとも個人的に、それに巻き込まれた俺としては到底許せるものではないが。
デッキを盗まれたり、大怪我負わされたりといい迷惑だ。
ただ、クセロシキがそこまで非道な人物じゃないという事がわかっただけでも大きな収穫だ。
そこがリンを救いだすための攻略の鍵となるだろうな。
ユーゴの呼びかけに意識が眠っているはずのリンが苦しみ始めたからな。
このノートの記述にもそこでリモートコントロール機能が制御できなくなったとのことだ。
まぁ、重要な所はこんなところだ。
――キンコンカンコン…!
どうやら、チャイムがなったようだ。
「お、時間だ…それじゃ、俺上がりますんで。」
「…帰り道は気を付けて。
後、途中の道に寝てる奴も起こしてやってくれると嬉しいな。」
「おう、わかったぜ!お先に失礼しやす!」
そうしてそのバイトのチンピラは部屋を後にして帰って行った。
さて、俺が一人取り残された格好になるわけだ。
事が動くまでしばらく待つとするか。
――タッタッ…!
「ヌー…なにゆえあの時、リモートコントロール機能に異常が起こったのだ!?」
!?…誰かの足音がする。
しかも小さいけど独り言が聞こえるぞ…機能云々という事は嫌な予感がする。
そうして姿を現したのは…恰幅の良い体型で赤い丸サングラスを着けた青ざめた肌の色の男。
そう、こいつがクセロシキ…今回の俺のターゲットが来やがった!!
…と思ってたら俺を素通りしただと?
「眠らせるのではなく、精神をもコントロールすべきか?
だが、それではリンに負担がかかりすぎるゾ…?」
そして、その独り言から察するにリンの容体を気にしてくれている事がわかった。
あのレポートの記述が嘘じゃない事はわかった。
「おおっ!オマエは『氷海の白い悪魔』!?
成程…邪魔をしたのはオマエだったのか!わかったゾ!」
「あはは…お邪魔してます。
盗まれた俺のデッキがここにあったので返してもらったけど。」
「ム、そうと決まれば…」
ここでようやく俺の存在に気付いたようだ。
でもその二つ名で呼ぶのはやめてくれ。
「よーし、オマエで実験だゾ。
イクスパンションスーツを着たエスプリがオマエをデュエルで倒せば、ワタシの科学力の凄さを証明できるゾ!」
「…っ!」
そのエスプリには物理的にノックアウトされたけどな。
なんて、悠長に言ってる場合じゃないんだよな…どうもエスプリが近くに潜んでいるようだし。
「よし、来るのだエスプリ!!」
――サッ…タッ!
「…フッ。」
ちっ、やっぱりエスプリが上に潜んでやがったか。
前に会った時は重傷を負わされただけあって、相対しただけで冷や汗が止まらない。
ユーゴ達はまだか…!
「さあ、戦え!エスプリとデュエルするのだ!!」
「くっ…!」
彼女の目を覚ませられる可能性のあるユーゴが来ない内に迎え撃たれたか。
こうなったら、時間稼ぎがてらやるしかないのか…!
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ!!」
「ヌッ!?」
っ…この声は!
「…そこまでだ、クセロシキ。」
「ったく、無茶してんじゃねぇよ…探したぜ、ブラン。」
「ユーゴ…それに親父さんも!」
やはりユーゴだった!待たせやがって…先走って行ったのは悪かったけど。
それに、親父さんもいっしょに駆けつけて来てくれたようだ。
「なんだ、オマエたちは!何故ここに来たのだ?」
「俺はブランに教えられてここに来たんだ、お前に操られてるらしい幼馴染のリンを助けるために!」
「私はここのユーゴくんとたまたま合流したのさ。
私もリンを探していてね、ここにいるようで来たわけだ。」
俺とは違い、二人はリンと接点がある。
この状況下の中で二人が来てくれたのはとても頼もしい限りだ。
「か、勝手に入ってくるなんてオマエたち犯罪だゾ!!」
「…本来はそうなのだろう。
だが、私たちはごく普通にエレベータに乗ってきたのだ。」
「ああ、そういうこった。」
「ブランくんは私の相棒!
ピンチとあらば野を超え、山越え、海越えて駆けつける!」
まぁ、そのエレベータのパスを有効にしたのは炎の女だけどな。
そして、格好いいこと言ってくれるな…親父さん。
「グヌヌ…だが、ワタシは捕まらないゾ。
いけ、エスプリ!みんなをやっつけるのだゾ!!」
「ハッ…!」
だけど、相手はただデュエルで勝っただけでは止まらない相手だ。
彼女を止められる可能性がもっともあるのは…!
「ここからはお前がやるべきだ…頼んだ、ユーゴ!」
「ああ、ここからは任せとけ。」
ユーゴ…リンの幼馴染のお前だ。
「今、お前を救い出してやるからな…!リン!!」
「…リンデハナイ、我ガ名ハエスプリダ!!」
「ムダ、ムダ!何を言ってもリンには届かないゾ!
スーツをコントロールしているのはこのワタシなんだゾ!」
「そんなこと…やってみなきゃわからねぇだろうが!!」
確かにスーツの主導権は奴にある。
だが、この前ユーゴの呼びかけでリモートコントロール機能の制御が効かなくなったらしいからな。
彼女の意識を戻せる可能性は0じゃないはず。
で、俺は…今の時点ではユーゴのデュエルを見守るしかないようだ。
クセロシキが隙をみせれば俺も仕掛けようかと思うけど。
そして、二人はお互いにデュエルディスクを構える。
「エスプリ、まずはそいつをデュエルでやってるのだゾ!!」
「デッキジャック…デュエルスタンバイ、OK…」
「行くぜ…!」
「「デュエル!!」」
ユーゴ:LP4000
エスプリ:LP4000
こうしてデュエルが始まった。
このデュエルで何としてもリンの目を覚まさせてやるんだ、ユーゴ!!
To Be Continued…
登場カード補足
シャンデリア・スペクター
シンクロ・効果モンスター
星7/闇属性/炎族/攻2600/守 900
炎族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
相手の手札をランダムに1枚確認し、モンスターカードだった場合、そのカードを破壊する。
その後、相手に500ダメージを与える。
(2):このカードが戦闘または相手の効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。
デッキからレベル4以下の炎族モンスター1体を特殊召喚する。
プロテクト・シュリンプ
効果モンスター
星2/水属性/水族/攻 200/守1600
「プロテクト・シュリンプ」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):自分にダメージを与える魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードを手札から捨てて発動できる。
その発動を無効にする。
(2):自分メインフェイズにこのカードを手札から捨てて発動できる。
デッキから「シェルアーマー・フュージョン」1枚を手札に加える。
異色の虹彩
通常魔法
「異色の虹彩」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):デッキから「オッドアイズ」モンスター1体を手札に加える。
その後、自分の墓地の「オッドアイズ」モンスター1体を選んでデッキに戻す事ができる。