その事故が起きたのは、リオンがスカリエッティと通信を行って3〜4日した頃だった。

 思う様な結果が出ない事に対して、何時ものようにヒステリーを起こしたツルーヒは、
 これまた何時もの様にコンソールを叩き付けたのだが、今回はそれが不味かったらしい。
 コアを培養しているシステムがエラーを起こし、システムが暴走を始めたのだ。


 「ったくやってくれるぜ、あのハゲっ!」


 と、悪態を吐きながらも、コンソールの上を走る指は止まらない。


 「粗方のデータはインストール済み、後はこのプログラムを……よし!……っ?」


 最後のプログラムを入力しエンターキーを叩けば、プログラムのインストールが始まる。

 そしてそれを見計らった様に天井が崩れて来た。幸い培養ポッド周辺とリオンに被害はなかったが、別の意味で身体に違和感を覚えた。
 見れば脇腹を貫通して見える『ナニカ』。デバイスの先は血塗られており、自分が刺された事に漸く気付いた。





終焉(ハジマリ)の歌
  〜夜天を渡る(祝福)に乗せて、聖なる月へ捧ぐ〜







 「貴様は……っ!アークヒールっ!そのコアは……っ!」

 「ハゲ……漸く気付いたか?魔力量があまりにもヘッポコ過ぎて、お前達が見向きもしなかったH0604とYT0415のコアさ……」


 コンソールに身体を預けながら、背後にいたツルーヒに答えるリオン。そんなリオンを気遣う様に淡く明減する二つのコア。


 《おとーさん、だいじょーぶ?》

 ……なっ?


 不意にリオンの心に届いた二つの『声』は、間違いなく目の前に浮かぶ二つのコア。

  ……あぁ、この子達はなんて優しいのだろう……。理不尽な実験の為に作り出されたと言うのに……。
 目的の為とは言え、自分もまた、理不尽な事をしたと言うのに……。

 まさかそう呼ばれるとはね……。

 間違いない……この子達は……。


 「……あんたが見向きもしなかったこの子達は、実際A〜Sクラスの魔力量を有していた……。
  それに気付いた俺は、片方を俺自身のリンカーコアの治療の為に……片方はデバイスのコアに調整する予定だったが……」

 「なんだとっ?其だけの魔力量があれば、移植は可能……っ!寄越せっ!そのコアをっ!」

 「……抜かせ……。誰が……手塩に掛けた『我が子』を渡すかよ……っ!」


 コアを奪い取ろうと近寄ってきたツルーヒの左胸をリオンは手刀で貫いた。


 「っ?」

 「……魔法が使えなくても、幾らでも手はあるんだ」


 そうポツリ、と呟いてぞぶり、と引き抜いた手にはツルーヒの心臓。それをツルーヒの目の前でグチャリ、と握り潰した。


 「因果応報……キレイな死に方が出来る筈なんぞ……俺にもあんたにもありゃしねーよ……」


 ドサリ、と崩れ落ちたツルーヒの身体を醒めた目で見ながら、リオンはポツリと呟いた。


 「……何年経っても馴れねぇなぁ……『殺し』は……。
  っと、インストールは無事終了……。なんとか間に合ったなぁ……」


 そう呟いて培養ポッドから二つのコアを解放する。


 「次元震も起き始めてるしな……。こいつに紛れて管理外世界へ……。
  適合者が現れれば良いに越した事はないが……。行け……」


 タン、と最後にエンターキーを叩くと同時に、二つのコアは次元震の中心へと向かって射出された。

 それを見送ったリオンは、ズルズルとその場に崩れ落ちる。そして深い溜め息を一つ吐いた後、スカリエッティへと回線を繋いだ。


 『っ?リオン君っ?先程小規模ながら次元震を確認したんだが……っ?』

 「……なぁに、ハゲの野郎が何時ものヒステリー起こして、機械ぶん殴ったら次元震起こしやがっただけだ……」


 脇腹から夥しい量の血を流しながら、リオンは何でも無いように告げる。その顔色は酷く悪いが。


 「……ちィと予定が狂ったが、管理外世界……『地球』へ……渡る筈だ……。済まないが……予定通りに頼む……」

 『……全く君は……っ!』


 呆れた様にスカリエッティが呟いたのと同時に、更に天井が崩壊し、瓦礫が降り注ぎ、思わずスカリエッティは声を荒げた。


 「なっ?……グウウ……ガアアァッ!」

 『っ?リオン君っ!』


 もうもうと立ち込める土煙に阻まれて、スカリエッティはリオンの様子を確かめる事が出来ないでいた。
 回線を通じて耳に届くのは、何か苦痛に耐えるようなリオンの声。


 「……参ったね……どうやらそう簡単に死なせてはくれないらしい……」



 そう言ってモニターに映るリオンの姿に、スカリエッティは安堵の表情を浮かべるも違和感を覚えた。


 「……目の前で人工リンカーコアの幾つかが纏まって結晶化、体内に取り込まれた……」

 『まさか……!レリック化したとでも言うのかい?』

 「レリック……そーいや古代ベルカ……アルハザードから伝えられる小型の魔力炉……レリックウェポンの核(コア)の事だったか……。
  こいつぁそこまで純度は高くないが……どうやらそれが代わりになってるみたいだな……」


 まさか自分に人工リンカーコアが適合するとは思ってもみなかったリオン。確かに二つのコアを使って治療を試みようとはしたが。


 『脱出できそうかい?』

 「……出来ない事はないが、此処に留まる事にするよ。
  事が落ち着けば、散らばったコアの回収が始まるだろうし、その過程で俺の中にコアが取り込まれた事にも気付くだろう……。だからスカリー」

 『……記憶を封じられ敵となる、か……』


 元々優れた空戦魔導師であり、人工リンカーコアの研究にも携わって(此処では雑用だったが)いたのだ。
 そんな人間に人工リンカーコアが適合したのなら、自分達の手元に引き入れておきたいだろう。
 その為なら不都合な記憶を消す事など、彼らなら躊躇わずに行う。

 ……尤もリオンは、そう簡単に消されるつもりはないらしいが。


 「……このレリック擬きで、何時まで持つか判らん……。記憶も何らかの改竄がされてどうなるか判らん……。
  事を本格的に起こそうにも、お互い手駒も布石も全然足りねぇ」



 ガラガラと崩れてくる天井を眺めながら、リオンは言葉にして行く。


 「……10年……」

 『10年?』

 「種は蒔いたんだ……。芽吹くまで時間は掛かる……」

 『成る程。枯れるか育つか見極めねばならない、か。
  ……だったらそれまでは齧り付いてでも生きなければならないね?例え記憶を改竄されても』

 「……ヒデェなぁ……」

 『仕方ないだろう?私とて最高評議会の手によって産み出された『無限の欲望(Unlimited Desire)』だ!
  レリック擬きが適合した君に、興味が湧かない訳がなかろう!』


 モニター越しに狂喜の笑みを浮かべながら両手を広げてリオンに言い放つスカリエッティ。


 『……だから生きたまえ、リオン君』

 「スカリー?」

 『記憶を改竄されようが、彼等に利用されようが生きたまえ……生きてくれたまえ……。
  敵対しようと構わない……。生きてくれ……』


 懇願するような声色にリオンはその視線をモニターに移すと、ハラハラと涙を溢してリオンを見つめるスカリエッティの姿があった。


「……あんたが泣くの、初めて見たなぁ……。悪いな、スカリー、確約は出来ねぇ……。
 あぁ、それともう一つ。何れあんたが事を起こす際、協力者に最高評議会が行ってきた事を話すだろうが、決して俺の事は口外しないでくれ。
 それが例のコアと適合した者だったら余計に、な……。
 知った事で気持ちがぶれてしまっては、せっかくの計画も水の泡だ……」

 『っ?リオン君、君は……っ!』

 「この人工リンカーコアの移植計画に無理矢理関わる事になった日から、覚悟は決めている」


 ヒラヒラと手を降りながら、リオンは何でもないように告げた。殺されても文句が言えない事をやって来たのだ。


 「例え精神汚染……記憶の改竄を受けても、名前の通り最後まで悪役を演じきってやるさ」


 クックックッと笑いながら、リオンはスカリエッティに告げた。


 『……そう、か……。残念だ、君とは一度ゆっくりと酒でも飲みたかったんだがね……』

 「そいつぁ悪い事をしたな……」


 やれやれ、と肩を竦めながらスカリエッティはリオンに文句を言うが、リオンも悪びれる事なくスカリエッティに告げる。

 そして同じように笑みを浮かべ


 『「サラバだ、親友」』


 とだけ告げると、その通信を切ったのだった。






 『せっかくおとーさんが作ってくれたチャンス!行こう、おとーさんの“地球(こきょう)"!』

 『わわっ!ちょお待ってっ!置いて行かんといてーっ!』








  To Be Continued…