Side:みほ


よし、奇襲は大成功!
序盤の盤面は稜線を取るか捨てるかの二者一択、恐らくお姉ちゃんは私達が何方で来るかを考えつつ、どちらに転んでも対応できる戦術を頭
の中では考えてた筈。
若しかしたら、奇襲の可能性すら考えてたかもしれないけど、幾ら隊長があらゆる可能性を考えていたとしても、隊員が全てそれに対処出来る
わけじゃないし、特に黒森峰は指示が出てから動く事が圧倒的に多い。

だから、隊長からの明確な指示が出る前に攻撃を仕掛ければ、例え撃破出来なくても序盤の流れを此方に引き寄せる事が出来る。



「よっしゃー奇襲大成功!!やっぱみほの作戦はバッチリ決まるよな!!」

「王者黒森峰が、序盤で弱小校の奇襲に翻弄される……其れだけでも、会場が湧きそうじゃない?
 弱小が強豪に対して一時の善戦をするって言うのは、見てる側からすれば声援を送りたくなるって言う話を、誰かから聞いた事があるわね。」

「一理あるけれど、一時の善戦じゃ終わらせない!でしょう、みほさん?」



勿論です。勝つ心算だから。
とは言え、序盤の流れは此方が握ったけれど、地力は黒森峰の方が上だからこのまま奇襲成功の流れに乗って攻撃してもフラッグ車を撃破す
るのは難しいよね流石に。
だから、そろそろ次行こうかな?多分、まだお姉ちゃんに『ティーガー2輌が居ない』事には気付かれていないと思うから。

「此方パンターブルー。ティーガーⅠA車・B車に通達。此れより『ドッカン作戦』を開始します。」

『『了解。』』



奇襲は予測出来たかもしれないけど、流石のお姉ちゃんも此れは予測できないと思うな?――と言うか、普通なら先ずやらない事だからね♪











ガールズ&パンツァー~隻腕の軍神~ Panzer14
『激戦必須の準決勝です!!』










No Side


試合開始直後の明光大の奇襲は成功し、黒森峰の陣形は崩れた――が、其処は流石にまほが隊長を務める黒森峰、攻撃は喰らいながらも
1輌も撃破される事なく、陣形を立て直していく。
其れこそ、他校と比べたら驚異的な素早さでだ。
尤もこれは、まほが隊長だったからだと言うのも大きいのは否定できない。
何故なら、みほの姉であればこそ、妹が正攻法で来ない可能性を考える事が出来たし、1・2回戦をちゃんと観戦した事で、みほが戦力の質の
低さを、作戦で補う事に長けていると言うのは良く分かっていたからだ。

ある程度の予測が出来たからこそそれなりに対応も出来たのである。


だが、黒森峰の立て直しを見た明光大付属もまた、奇襲成功から続いていた押せ押せムードの攻撃を止め、此れまでよりも少し距離を開けて
からの、堅実な射撃に切り替え、無茶なゴリ押しはしない。
地力で勝る黒森峰が陣形を立て直したのならば、ゴリ押しするのは逆に危険だと、みほが判断したのだろう。


「(……何故此処で距離を取るみほ?
  如何に陣形を立て直したとは言え、盤面はお前が攻で、私が防の状態だ――ならば、包囲網を完成させ、フラッグ車を追い詰めるのが最上
  の策である筈なのだが……)」


しかし、其れにまほは違和感を覚えた。
確かにみほは、圧倒的な戦力で正面から押すよりも、あらゆる可能性を考慮した上で、様々な作戦を幾つも使って戦う事を得意としている。
言うなれば、戦力が十分であるならば寄り盤石に、戦力が十分でなくとも互角以上に戦えるのがみほの戦い方であり、戦力が十分でない場合
は、搦め手や奇策を考えるのが巧かった。
とは言っても、奇襲で先手を取り、自分が攻の状態にあるのならば、早い段階で包囲網を完成させて、敵の動きを封じるのが最上策である。
にも拘らず、包囲網を完成させるどころか、逆に距離を取って攻撃して来たとなると、流石に違和感は拭えない。――フラッグ車を撃破すれば、
其処で勝利が確定するフラッグ戦で有れば尚更だろう。



――ドッガァァァァァァァァァァァァァァァン!!!



が、その答えは全く意外な形で示された。
突如黒森峰の戦車が集結している場所にティーガーⅠの88mm砲弾が着弾したのだ。それも、有ろう事か上空からだ。


「空かの砲撃!?……一体何処から!!!」


其れを受けたまほは、即座に何が起きたのかを分析する。
空からと言う時点で通常の砲撃でない事は明らかだが、だからと言って目視で確認できる高台に明光大付属のティーガーⅠは存在しない。
ならば何処から砲撃が来るのか?


「まさか……ティーガーⅠの射程ギリギリの場所から、空に向かって砲撃して砲弾を落としているのか?
 不可能ではないが、僅かでも照準がずれたら味方を誤爆する危険がある――から、みほは敢えて包囲せずに此方と距離を開けたのか!」


そう、みほは敢えて明光大付属最強の攻撃力を持つティーガーⅠを奇襲には参加させずに別所で待機させ、準備が整った所でこの変則砲撃
を行う役目を与えていたのだ。
つまり此れこそが、みほの言う『ドッカン作戦』なのだ。

尤も、遠方からの、しかも放物線を描いて発射される砲弾だけに、戦車を細かく狙う事は出来ないが、逆に『大体この辺』に落されるのも厄介な
のである。
当たるか当たらないかは分からないという事は、『当たらない確率の方が高いが、当たる確率は0ではない』という事であり、空から降り注ぐ砲
弾が、黒森峰のフラッグ車に直撃する可能性は決してゼロではないのだ。

如何に優秀な防御力を誇るティーガーⅠと言えども、真上から攻撃されたら一溜まりもない――ティーガーⅠに限らず、多くの戦車は上面の装
甲はあまり厚くなく、上面は最大のウィークポイントなのだから。

同時に此れは、黒森峰大ピンチだ。
空からの予測不可能な砲撃に、周囲からの砲撃……如何に所有戦車の戦力では上回っているとは言え、此のままではジリ貧なのは確実だ。
或は、去年までの黒森峰ならばそうなって居ただろう。

だが――



『明光大付属中、ティーガーⅠ行動不能。』

「え?」


突然の撃破アナウンスに、思わずみほは目を見開いた。
変則砲撃を行っていたティーガーⅠのうち1輌が撃破されたのだから当然かもしれないが――此れはみほにとって予想外だったのだろう。
しかしここでみほは気付いた――黒森峰の車輌が8輌しかない事に。パンターが2輌足りない事に。



『こちらティーガーⅠB車の沢村千尋。
 ゴメン隊長、行き成り現れたパンター2輌に撃破されちゃった。部長は何とか離脱したけど、此れじゃあ此のまま作戦は続けられないよ。』


「いえ、よくやってくれました沢村さん。あとは此方で何とかしますから。
 (2輌のパンター……遊撃隊って言う事だね?2輌のパンターって言う事は、遊撃隊のメンバーは逸見さんと赤星さんだよね?
  1、2回戦を見る限り、あの二人なら隊長からの指示がなくても動く事が出来るから、遊撃隊にはバッチリ。流石の人選だねお姉ちゃん。)」



同時に、明光大付属のティーガーⅠB車が撃破されたが、遊撃隊の存在に気が付く事が出来た。
奇襲成功時には、乱戦になった事もあって気付かなかったが、試合開始と同時に、逸見エリカと赤星小梅の乗るパンター2輌は、まほが率いる
本隊から離れ、別動隊として行動していたのだ。

結果として明光大は、ティーガーⅠを1輌失う事となったが、逆に言うならば近坂の乗るA車は無事であるのだ。
撃破アナウンスはあくまでも1輌のみ……如何に、エリカと小梅が優秀であっても、中戦車のパンター2輌で、同数のティーガーⅠを撃破するの
は、流石に無理だったのだろう。


「全車に通達。
 ティーガーⅠが1輌撃破されたので、ドッカン作戦は此れをもって終了し、続いて『ピッカン作戦』を開始しますので、各車準備して下さい。」

『『『『『『『了解!』』』』』』』


ティーガーⅠB車が撃破されたみほは、即座に頭を切り替え、次の作戦を始める。この切り替えの速さも、みほの武器と言えるだろう。
通達を受けた全車車長、そして命令を下したみほ自身も、パンツァージャケットのポケットからサングラスを取り出して着用し、更に逆のポケット
から何かを取り出して、黒森峰の戦車目掛けて一斉に投擲!!
距離にして50mは離れている、黒森峰の部隊にそれが届いた辺り一体全員どんな肩をしているのか不思議ではあるが(余談だが、みほが投
げたのは、最も遠くまで飛びまほの車輌の真ん前に落ちた)、投げられたモノを視認したまほはその顔をこわばらせた。

投げられたのは、所謂手榴弾と呼ばれるものだが、其れは只の手榴弾ではないからだ。


「――!!全員目を……!!」



――カッ!!



言い切る前に、その手榴弾が炸裂し、物凄い閃光が煌めき、まほ達の視界を遮る。
そう、投げられたのは手投げ式の閃光手榴弾、通称『スタングレネード』と呼ばれる、殺傷能力はないが強烈な光で一時的に視界を奪う力を持
っているモノだったのだ。
尤も、戦車道に於いては、発煙筒と同じく、緊急事態を知らせる手段として戦車への持ち込みが許可されているモノだから反則ではないが、そ
れをこんな風に使うなど、普通は思いつかないだろう。


「ルールで許可されている持ち込み品をこんな風に使うとはな……本当に、私の予測できる範囲を超えてくる子だ、我が妹は。
 咄嗟に目を瞑ったとは言え、流石に7個分のスタングレネードの閃光は、瞼の上からでも視界にダメージを与えて来るか……此れは、視界が
 完全に回復するまでに、最低でも1分はかかりそうだな。
 尤も、今の閃光は、此処から安全に離脱する為の物だろうから、此処で畳み掛けられる事はないだろうが………」


みほの行動に、驚きと若干の(いい意味での)呆れを感じながらも、此処で畳み掛けられる事はないとまほは判断していた。



其れは正しい。
如何に遮光力の高いサングラスを着用したとは言っても、7個分のスタングレネードの閃光を完全に遮る事は出来ないから、多少の視覚障害
は避けられないのだ。
だから、一気に畳み掛ける為の一手ではなく、この場所から安全に離脱する為の一手であったのだ。

事実、閃光が晴れた時、明光大付属の戦車チームは、1輌たりともこの場に残ってはいなかったのだから。


「(マッタク、定石無視の奇襲に始まり、空からの砲撃、そしてスタングレネードでの目暗まし……ルール上合法であるとは言え、正に『なんでも
  アリ』だなみほ。)
 此方隊長車、全車視界は回復したか?」

『は、はい、何とか。』

『ようやく目が治ってきました……あ~~、眩しかった~~。』


「よし、では此れより離脱した明光大付属を追撃する。
 だが、今ので分かったと思うが、相手は一体何をしてくるか分からない。各車充分に周囲を警戒しながら進行するように……全車前進!!」

『『『『『『『了解!!』』』』』』』


視界が回復したまほは、其れを確認すると即座に追撃を指示する。警戒を怠るなと言う事を付け加えて。
だが――



「ん?あぁ~~~履帯が切られてる~~~!?」

「うわこっちも!?」


いざ進行と言う所で、ヤークトパンター2輌の履帯が見事に切られている事に気が付いた。
なんと、あの閃光の中で、明光大付属のⅢ号2輌が、明光大付属の(今年からの)伝家の宝刀である『履帯切り』をヤークトパンターに対して仕
掛けて居たのだ。
あの閃光の中で、此れを行うとは中々の度胸だろう。――尤もその効果は絶大だった訳だ。


「~~~!!……履帯の修理を急げ、直り次第進行を開始する。」

『『了解。』』


結果として、黒森峰は追撃をするための時間を食う羽目になってしまったのだから。








――――――








Side:みほ


「まさか、緊急事態を知らせるための閃光弾をあんな風に使うとは思ってもみなかったわみほ。尤も、効果は絶大だったみたいだけどね。」

「ドッカン作戦が継続不可能になった場合にはこれを考えてたからね。
 其れに、緊急事態を知らせる為の物を攻撃に使ってはいけないとは言われてないし、ルール上認められてる物を使ってるんだから無問題♪」

「物は言い様ね…」



ルールで認められてるんだから合法なんですよつぼみさん♪
まぁ、其れは其れとして、ドッカン作戦の要だったティーガーⅠが1輌撃破されたのは流石に痛いね……此方の最大火力の1輌が失われた訳
だからね。

近坂部長のティーガーⅠA車が残ってくれたのは僥倖だったけど、私達の火力が低下したのは間違いないし、下手をしたらその火力の差で押し
切られる可能性もある――お姉ちゃんが指揮する黒森峰は正に最強だからね。

加えて、遊撃隊の存在も厄介だね……遊撃隊のせいでティーガーⅠB車を失う事になった訳だから。



「それで、此処から如何するのみほ?」



如何するかか……先ずは遊撃隊を処理した方が良いかもしれないね。
遊撃隊を野放しにしてたら、此方はシャレにならない痛手を被る可能性が高いから、遊撃隊を撃破します!Ⅲ突A車は、私達に付いて来て。



「了解!!」

「お願いします。
 其れと近坂部長、私が居ない間の本隊の運営を頼んでも良いですか?――私が戻るまでの間だけ、部隊を部長に預けさせて貰います。」

「任せなさい西住。貴女が戻るまでの間、部隊を指揮させて貰うから、安心して行ってきなさい。
 だから、さっさと遊撃隊とやらを撃破して戻ってきなさい?明光大付属は、貴女が居てこそ、其の力を120%発揮する事が出来るんだから。」



了解です。
それじゃあ、遊撃隊を撃破しに行くとしようか?……ふふふ、覚悟しておいてね逸見さん、赤星さん。必ず、倒してあげますから!!!

さぁ、本番は此処からだよ!!








――――――








Side:エリカ


ふぅ、明光大付属のティーガーⅠを1輌だけとは言え撃破出来たのは大きな成果でしょうね…敵の火力を一つ潰す事が出来た訳なのだから。
欲を言うなら、2輌とも撃破したかったのだけれど、流石にパンターの火力でティーガーⅠ2輌を撃破するのは、流石に難しかったわね。

とは言え、こっちはまだ1輌も撃破されてないから、数の上では1輌分だけ有利になったって所ね。
尤も、序盤の展開から、流れは明光大付属にあるのは否めないから、流れをこっちに引き寄せる為にも、私達遊撃隊が頑張らないとだわね。

次は敵本隊に奇襲をかけてみようかしら――



――ズドン!!



って、何事!?
いや、此れは砲撃だろうけど……何で!?



「此れは……敵襲ですエリカさん!!アイスブルーのパンターと、Ⅲ突が此方に向かってきています!!」



アイスブルーのパンターですって!?
其れは明光大付属の隊長車……つまりは、西住みほが搭乗する戦車――其れが此処に居るって言う事は、遊撃隊の存在に気付いて、其れ
を撃破しに来たと取って間違いないでしょうね。

「上等じゃない。」

遊撃隊の存在がバレたのは痛いけど、其れを潰す為に隊長自ら出て来たって言うのは逆に好都合だわ。
此処で隊長車を撃破してしまえば、その瞬間に私達の勝利が確定する――私達と同様隊長車がフラッグ車である訳だから、やってやるわ!!

「行くわよ赤星、敵フラッグ車を撃破するわよ!!」

「はい、行きましょう逸見さん!!」



私達を叩きに来たんでしょうけど、逆に返り討ちにしてやるわ!!
隊長が自ら指名してくれた、私達遊撃隊の力がどれだけの物なのか、その身をもって知ってもらおうじゃない?――覚悟なさいよ、西住みほ!












 To Be Continued… 




キャラクター補足




沢村千尋
明光大付属の3年生で、ティーガーⅠB車の車長を務めている。
車長のランクとしては、みほと凛の次に続く、明光大付属のナンバー3の実力をもって居る。
温厚な性格だが、戦車に乗ると性格が一変し、可也好戦的になり、口調も可成り砕けた感じになってしまう、ある意味での二重人格者である。