No Side


「んな…な…何よアレ〜〜〜〜!?」

「いやはや……最早魔導と名が付けば何でもありですか?
 其れだけ私達フッケバイン――と言うよりもエクリプスドライバーを脅威と見ているのかもしれませんが、此れは流石に驚くほかありませんよ。」


冥沙が発動したヘイムダルを見て、フッケバインの面々はただただ驚くほかなかった。
確かに一切の魔導が通じない身体であるとは言え、だがしかし圧倒的な物理的圧力で制圧されれば無事では済まないし、下手をすれば死である。


「海水と大気中の水分を集めて凍らせた巨大氷塊――逃げる事は出来んぞ?
 貴様等が空間転移で逃げようとしても、転移が完了するよりも早くこの氷塊は貴様等を叩き潰す!――分かったら大人しく投降するが良い!」

更に今この瞬間も、氷塊はその大きさを増して、ちょっとした無人島レベルの大きさまで肥大している。
重量にして、凡そ数百トンは下らない氷塊を叩きつけられては、如何にフッケバインとて堪らないだろう……切り札を切った意味はあったのだ。


「此れが最後通告だ塵芥共!
 無駄な抵抗は止めて、大人しくお縄になるが良い!……拒否するのならば、その瞬間にこの氷塊を貴様等の船に叩き付けてくれる!!」

此れだけを聞くと只の脅迫だろうが、犯罪者を取り締まると言う道理が管理局側にある以上、此れは正当な『投降呼びかけ』に過ぎない。
とは言え、応じなかった場合に氷塊を叩きつけると言う冥沙のセリフはブラフではない――そうするだけの覚悟はとっくの昔に決めているのだから。


「返答までには1分間だけまってやる。
 だが其れを過ぎた場合には、此方の提案を蹴ったとみなして貴様等を叩き潰す!――果たしてどれが賢い選択であるか精々悩むが良い!!」

そして、威風堂々と告げる冥沙のセリフには、フッケバインのメンバーを怯ませるだけの圧倒的なカリスマ性が備わっていた。













魔法戦記リリカルなのは〜月の祝福と白夜の聖王〜 Force12
凶鳥の強襲と止まらぬ暴走』











だがしかし、この警告で引き下がるような相手なら、はやてだって態々なのは達に助太刀を求めたりしない。
例え圧倒的に不利な状況であっても、如何にかその状況を切り抜けて、再び犯罪行為を繰り返すから性質が悪いのだフッケバインは。


「ちょっと、其処の偉そうな喋り方の人!こんな物を落としたら周辺にだって被害が出るのよ!」

『フン、心配無用だ小娘。既に安全点検は100回じゃ効かない程に行っておる!
 何よりも、この氷柱は貴様等に炸裂させた後は細分化して海に落とす事になって居る……環境への影響もちゃんと考えて居るわ、この下衆が!』



この場も何とか口八丁で逃げおおせんとするが、相手が冥沙では可成り分が悪いと言えるだろう。
不遜で尊大な態度の冥沙だが、その実人を見る目は誰よりも優れている。

故に敵方の言葉には惑わされない。
それどころか、言葉巧みに『逃げ場はない』と言う事を分からせて、投降させようとしている――尤も、そう簡単には行かないのは予想できる。


「そんな顔をするなステラ。
 この程度の氷塊なら、放たれるよりも先に砕いちまえば其れで終いだろうが!」

氷塊が放たれるその刹那、フッケバインからヴェイロンが現れ、一瞬で巨大な氷塊を砕いてみせたのだ。
砕かれた氷塊は太陽の光を反射しながら、ちらちらと海に落ちて行き、其れを見たヴェイロンは、実にサディスティックな笑みを湛えていた。


「こんな物は発動する前に砕いてやれば良いだけの事だろうが……考えが浅かったなクソアマが。」

その笑みを張り付けた顔で冥沙を見やるが、しかし冥沙に怯んだ様子は一切ない。
それどころかヴェイロン以上の超サディスティック全開な笑みをその顔に張り付け、再び闇色の剣十字を天に掲げて宣言する。


「ふん、考えが浅いのは貴様等の方だフッケバイン!!ハァァァァ……ブラスター3ィィィィィ!!ヘイムダル、再氷結!!
 槍陣を成せ、白銀の破槌!!ヘイムダル・ファランクスシフトォォォォ!!!


瞬間、砕かれた氷塊が再結集し、先程よりも巨大な氷塊を作り出した。
正に驚天動地と言う他ないだろう……何にしたって粉微塵に粉砕された筈の巨大氷塊を一瞬の内に再生して見せたのだから。


「無駄だぞ塵芥共。
 貴様等が幾らこの氷塊を砕いたとて、我は其の破砕スピードを上回って氷塊を再構築する――故に貴様等に勝利など有り得んと知れ!!!」

氷塊は又してもどんどん大きくなり、如何考えてもフッケバインが許容できるダメージを超えているのは明らかだった。







――ドスゥゥゥゥ…


「と言う事は、術者をやっつければ其れでお終いって事ね?」

だが、答えが来るよりも早く、冥沙の腹部を何者かが刀で貫いた――あくまでも致命傷を与えないレベルでだが。


「き……貴様は!!」

「やり過ぎだよ六課のお嬢ちゃん。
 あんなトンでもない物を落とされた、本気で殺してたところだった……やり過ぎはダメよ、OK?」


其れを行ったのは、黒髪黒目の妙齢の女性――フッケバインファミリーの首領である『カレン・フッケバイン』その人である。
永らく組織を離れていたが、如何やら何かしらの情報を持ってフッケバインに合流する心算が、偶然にこの戦闘と鉢合わせたのだろう――多分。

とは言え、フッケバイン側からすれば実にいいタイミングだったと言わざるを得ないだろう。
カレンが冥沙を貫いた事で、ヘイムダルは其の形状を維持できなくなり、砕氷となって海に落ちて居ているのだから。

「やり過ぎだと?……そんな言葉は我の辞書にはないぞ下郎が!
 いや、それ以前に高町家にやり過ぎなどと言う概念は存在し得ん!……今の一撃で我を殺さなかったのは失策だぞフッケバイン!!」

「おぉ!?その怪我で動くって凄いね?」

だが、相手は冥沙だ。血縁関係はなくとも高町の教えを受け継いだ冥沙だ。
重傷ではあるが、致命傷でないのならば倒れる理由はなく、すぐさまディアーチェクロイツを剣形態に変形し、カレンに対して攻撃を行う。

尤も、流石に手負いの状態では満足な一撃を放つ事は出来ないのだが――


「貴女みたいな人は嫌いです……」

「おろ?」


――バキィィン!!


冥沙の横薙ぎを避けて、カウンターをかまそうとしていたカレンの刀は、行き成り現れたゆうりの拍翼に握り潰されて粉々にされてしまった。
冥沙が貫かれたその瞬間に、ゆうりは出撃していたのだ。

そして、如何に相手が魔導殺しと言えど嘗て『砕け得ぬ闇』とまで呼ばれたゆうりにとっては、其れこそとるに足らない相手なのだろう。
現実に魔導が一切通じない筈のエクリプスドライバーの武器を、魔力体である拍翼を変形させた巨大な手で粉々に砕いてみせたのだから。


「驚いた、凄く強いねその翼……翼?寧ろ腕の方が正しいかしら?この刀お気に入りだったんだけどなぁ…
 まぁ良いや、其れよりも此処は手早く引き上げよう?私の方でも嬉しい報告があるからさ♪」

其れに少しばかり驚いたカレンだが、銀十字の装飾が施された白い魔導書を取り出すと、その魔導書ページを無数に飛ばして冥沙とゆうりを攻撃!
圧倒的な物量で手負いの冥沙と、現れたばかりのゆうりの動きをその場に留める――要するに此処から離脱する為の足止めなのだろう。

「ゼロドライバーの子は今は放っておいても大丈夫だしね。
 あの子は此処じゃ死なないし、どんな形であれきっと私達の所に来る――今はこの場から撤退するのが最上の策って訳よ。」


流石は首領と言うところだろう、状況を冷静に見極めて引き際を決めたらしい。
確かに冥沙を沈めたとは言え、総力戦になったらジリ貧なのは火を見るより明らかなこの状況では一時撤退がベターな手段だろう。

そして、首領の命令とあらば誰も逆らう事は出来ない。



「撤退命令か……首領の提案ならば仕方あるまい。
 お前ほどの業の者との戦いは久しぶりだった故にもう少し楽しみたかったのだが――決着は次の機会とさせて貰うぞ、空色の剣士よ。」

「なんだよ〜〜!もう行っちゃうのかよ!
 どうせ転移するだろうから、追いかける事できないし!……む〜〜〜……ちょっと消化不良だけど、次会ったら僕が勝つからかくごしてろ〜〜!」



「ぜぇぜぇ……首領命令なんで撤退させてもらうぜ…つーかさせて下さい。
 ぶっちゃけ、アンタとガチでやりあってたら命がいくつあっても足りねぇっての!そんな訳で離脱するからな!あでぃお〜す!」


――ブシュゥゥゥゥ!!


「!!煙幕……中々の逃げ足だね。」



「命拾いしたなスコール、尻尾を巻いてさっさと帰れ、今回だけは見逃してやる。」

「相変わらずムカつくな姉さん……良いだろう、次にあった時は見逃した事を後悔させてやる!!」


カレンの提案に、戦闘を行っていたドゥビル、アルナージ、スコールの3名も戦線を離脱。


「其れじゃあ特務のお嬢ちゃん、フッケバイン一家は逃げ出すよ?
 また会う事も有ると思うけど、そん時はそん時でまた宜しくね〜〜〜♪」

「フン……我を刺し貫きはしたが、戦況不利と見て尻尾を巻いて逃げだすか?
 まぁ、其れも良かろう。今回の事で貴様等の力は良く分かった――この場で逃がしたところで大した脅威ではないからな?
 ククク……精々無様に逃げ出すが良い。貴様等は白夜の聖王と月の祝福に盛大に喧嘩を売ったのだ……如何足掻いても滅びは絶対と知れ!」

「お〜、怖い怖い!
 まぁ、白夜の聖王様と月の祝福様と直接やりあう事になったらその時はその時で楽しませてもらうけどね〜〜。けどまあ今は…アディオ〜ス♪」


――バシュン!!


直後、カレンとフッケバイン構成員、そして飛空艇フッケバインは戦線を離脱。
魔導に対して高い耐性を持つ船であるが故に、魔導レーダーを使っての追跡は不可能――完全にフッケバインには逃げられた形になってしまった。


『王様、大丈夫なんか!?』

「慌てるな小鴉、幸いにして急所は外れている故、応急処置をすれば何とかなるわ。
 其れよりも、本部にフッケバインの捜索と追跡を要請せい――更にナカジマの小娘どもを全員出撃させよ!
 塵芥は取り逃がしたが、あの小僧の救出だけは、絶対に達成せねばならん!!」

『言われんでも分かっとるよ。
 既にノーヴェ達には出撃命令を出してある、あの子は…トーマの事は絶対に助ける!!』



だが、フッケバインには逃げられても、トーマの救出と言う最重要任務は残っている。
其れを踏まえると、フッケバインがこの場から居なくなったのは良かったのかもしれない――トーマの救出に全戦力を投入出来る訳だから。

はやてと冥沙のやり取りの間に、回復を済ませたスバルは後部ハッチの入り口でスタンバイを完了している。
同時に、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディもカタパルトデッキに入り、出撃準備は完了だ。


『ソードフィッシュ01から04へ通達。出撃進路クリア、出撃どうぞ。』



「了解!
 ソードフィッシュ01、スバル・ナカジマ、行きます!!」

「ソードフィッシュ02、ノーヴェ・ナカジマ……行くぜ!!」

「ソードフィッシュ04、ディエチ・ナカジマ、出動する。」

「ソードフィッシュ05、ウェンディ・ナカジマ!行くっスよ〜〜〜〜!!!」

オペレーターの指示を受け、六課のエース隊員であるナカジマ姉妹が順次出撃!
長女のギンガは生憎別任務で動いているのでこの場には居ないが、だがスバルとノーヴェを軸とした姉妹の連携は侮る事が出来ないレベルだ。

トーマの救出に向けて、六課の全戦力が動きだしていた。








――――――








Side:ルナ


戦線から離脱したかフッケバインめ。
冥沙が深手を負ったようだが、まぁ、冥沙も私と同じプログラム生命体だから腹を貫かれた程度じゃ死なないから大丈夫だろう。ゆうりも居るしな。

まぁ、そのゆうりや星奈や雷華からひしひしと伝わる怒りの感情がある意味で恐ろしくはあるんだが……なのはは更に恐ろしいほどの怒りをね……
うん、取り敢えず今度会ったらご愁傷様だなフッケバインは。


にしても、矢張り堅いなあのトーマは。
私と美由希の斬撃も、アイシスの爆薬攻撃も相当に受けた筈なのに、表面上は全く持って無傷と来た――暴走状態の私以上かもしれないな。


だが、此れだけの攻防を行った事で分かった事も有る。
恐らくトーマは、今は自我の殆どを喪失しているんだろう――そしてそのトーマを動かしているのは銀十字の装飾がある魔導書だ。

アレがリアルタイムで戦況を分析して、トーマに最良の行動を取らせていると言うのは多分間違いではない筈だ。
マッタク、本気でナハトの浸食を受けていたころの私と状況が似すぎて居るな此れは。

いい加減目を覚ませトーマ!
お前はこのまま、その魔導書の言いなりになって、ソイツの言うままに脅威や敵性存在を排除して破壊をまき散らして生きる心算なのか!?




そうじゃないだろ!
お前の望みは、そんなにちっぽけでつまらなく、何も残らない薄っぺらなモノだったのか!?

思い出せ、お前は一体何を得たくて一人旅を開始したんだ!!お前は、自分の過去を知り、そして未来を歩むために旅を始めたんじゃないのか!!



「敵……敵は殺さなきゃ……俺の敵は…俺の前に立ち塞がる奴は……誰であろうとぶっ殺さなきゃならないんだぁぁぁぁぁぁっぁっぁ!!!」

――!!ふざけるな!
 そんな下らない力に取りつかれて暴走し、その挙げ句に世界を殺して未来も殺す心算かお前は!」

「世界?……未来?……あぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
 知るか……そんなモン知るかぁぁっぁぁあぁ!!俺の前に立ち塞がる奴は、誰であろうとぶち殺す!俺が生きる為にぶっ殺す!!
 例えそれが親兄弟であったとしても、生きるためなら俺はぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」


クソ、完全にエクリプスに取り込まれてしまったか!
こうなってしまった以上、あの魔導書を破壊した上でトーマの意識を奪わないと止める事は出来ないだろうが――如何すれば良い?

スバル達が此方に向かっているようだが、到着までにケリを付けるのは流石に無理か。

ならば、多少荒っぽくてもトーマの意識を刈り取ってしまえば――


「ウガァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


!?私の反応レベルを超えての奇襲だと!?
拙い、完全に不意打ちだったから回避も防御も間に合わないぞ此れは!!



「ダメェェェェッェェエェッェェエェ!!もう止めて、トーマ!!!」


アイシス!!
この土壇場で、割って入ってくるとは呆れた度胸だな全く……此れは若しかしたら高町式を継ぐ事が出来るかも知れん。

だが、此処で割って入っても果たしてどれだけトーマに届くか……


「え?あ……グアァァぁぁっぁっぁぁぁぁっぁっぁぁあっぁぁぁぁ!!!
 いやだ、アイシス、スウちゃん!皆が居なくなるなんて、そんなの絶対に嫌だ……嫌だ…あ、あっぁ……あぁ、あ…うわぁぁぁぁっぁあぁっぁぁっぁ!」

「!!トーマ!!」


く……届かなかったのか!
それどころか、錯乱してアイシスに攻撃とは……いい加減にしろォォォ!!


――ガキィィィン!!


「!?」

――の……馬鹿野郎!!!」



――バキィィィィィィ!!



浅い…が、間違いなく一発入った。
ゼロドライバーとか言うのがどれ程かは知らんが、少なくともマッタクのノーダメージとは行かない筈だ。

直にこの場に現状での全戦力が集う……其処からが本番だな。








――――――







Side:リリィ


聞こえる、トーマの苦しみが、銀十字の苦悩が。
逃げようとしてるの?……確かに其れは一つの方法だろうけど其れはダメ、其れじゃあきっと何も変わらない。


「ちょ、リリィちゃん!?」


逃げちゃダメ。
私がトーマを助けるから逃げないで……直ぐに『シュトロゼック』が助けに行くから……お願い、トーマをトーマのままにしておいて!














 To Be Continued…