Side:アインス


痩せ狼との戦闘中に放たれた一発の気功波、其れを放ったのはお前だったのか……頼もしい援軍が来てくれたモノだな、ジン!



「よう、久しぶりだなアインス?元気にしてたか?」

「おかげさまで元気一杯だよ。
 今も、痩せ狼から良いのを貰ってしまったが、身体の頑丈さも嘗ての私と略同じになっているからね……多分、銃弾位なら喰らっても平気だ。」

「ソイツは大したモンだが……それにしても、まさかこんな場所でアンタと再会するとはな、ヴァルター。……アンタ、何時から結社なんぞに足を突っ込んでいやがるんだ?」



援軍として、此れ以上頼りになる奴も居ないだろうが……ジンと痩せ狼は知り合いのようだな?
ジンの問いに『あの後すぐにな』、と答えているのを見るに、ジンと痩せ狼の間には、何やら浅からぬ因縁があるように感じるのだが……今は其れを気にしている場合ではないか。
一つ間違えば、命を落としかねない戦いですら『瀬戸際のスリル』として楽しんでいる痩せ狼を無力化すると言うのは、私でも中々に難しいからな。



「マッタク馬鹿な事を……ヴァルター、アンタは自分が一体何をしているのか、分かっているのか?」



痩せ狼の言った事を聞いたジンは、『ヤレヤレ』と言った感じで溜め息を吐くと、『そんなんじゃ、何時まで経ってもリョウガ師父が浮かばれないだろ?』
言い、其れに対し痩せ狼は『今更綺麗事をぬかすな。テメェは知ってるんだろ?』と返していた……うむ、マッタク持って何の事か分からんな。
だが、ジンが『キリカがツァイスで遊撃士協会の受け付けをやっている』と言う事を告げると、痩せ狼は驚いたような表情を浮かべた……ジンとキリカが旧知の仲である事は知っているが、キリカとヴァルターもまたお互いに知り合いであると言う事か?



「アイツは間違いなくアンタに会いたがっている筈だ。一度くらい顔を見せてやったら……」



と、其処まで行った所で、痩せ狼が凄まじい勢いで突撃して来た!……若しかしてだが、痩せ狼にとって、キリカは禁忌ワードだったのかも知れない。
戦闘狂のヤバい奴だと思っていたが、まだ人並の感情は残っているみたいだな……何となく、少しだけ安心したよ。









夜天宿した太陽の娘 軌跡98
『ツァイスの次は王都に行きましょう!』









痩せ狼が放った一撃は、ジンの巨体を数メートル後退させただけでなく、その余波が地面を抉って、私の方にも大小様々な岩石が飛んできた……まぁ、この程度であれば余裕で棒術具で防げるがな。



「ジン、テメェ……ふざけた事ぬかすと、殺すぞ?」

「ヴァルター……」

「まぁ、良い。
 兎も角、テメェと会えたのは幸運だったぜ……そっちのアインスって奴とも中々楽しめたからな――実験も終わったし、今回は此処までにしとくぜ?」



痩せ狼は凄まじい殺気を放って来たが、其れもすぐ治まり、装置からゴスペルを回収すると此の場を去ろうとする……本来ならば、逃がさずに此処で確保すべきなのだが、私の勘が『奴を今此処で確保しようとしたら、間違いなくエルモ村に被害が出る』と告げていたので、黙って痩せ狼が去る様を見る事しか出来なかった。



「今回は此処までですか……時にヴァルター、去る前に聞いておきたいのですが、あの装置は結社の誰かが回収に来るのでしょうか?」

「あぁ、知らねぇよそんなこたぁ。
 今回の事は教授の実験で、装置も実験の為のモンだから、実験が終わったら必要ねぇシロモンだろ……後はテメェ等で好きにしろや。」

「そうですか……では、木っ端微塵に破壊してしまうとしましょう、そうしましょう。」

「……ったく、世の中にはバイオレンスな思考のガキが居たもんだぜ。俺が言えた義理じゃねぇか、こんな思考形態のまま大人になったら、碌な大人にならねぇんじゃねぇか?……親は、ちゃんと教育しやがれってんだ。」



……其れには同意するよ痩せ狼。……だがしかし、シュテルはベースとなっているのが、僅か九歳で私と互角に渡り合っただけでなく、闇の書の闇すら滅した高町なのはだからなぁ?彼女の気質も受け継いでいるのならば、バイオレンスであるのは避けられないさ。
序に言うと、シュテルに親は居ないからな?……仲間にしても、レヴィはアホの子で、王は厨二病を拗らせてるし、ユーリはほわほわ天然娘で、アミタは熱血お姉ちゃんで、キリエはちょっと不思議ちゃんだからな?シュテルは、此れ位の方がバランスが取れているのかも知れないな。

その後、痩せ狼は去り、装置はシュテルが直射砲で破壊した。
痩せ狼は逃してしまったが、ゴスペルが無くなり、装置も破壊したのならば、ツァイスで異常な地震が起きる事はもうないだろう――なので、私達も此の場を後にし、この日はエルモ村の温泉宿に泊まって疲れを癒した。
エルモ村の温泉が正常に戻った事をマオ婆さんに感謝されて、この日の宿代は無料だっただけでなく、夕食には豪華な刺身の船盛まで出してくれたのだから逆に感謝だよ。

痩せ狼から喰らったダメージは、エステルの身体では大き過ぎるので私が表に出たままだったが、偶には私が直にグルメを堪能しても罰は当たるまい――取り敢えず、ブルーマリーナの大トロの刺し身は絶品だったな。
リベールには醤油がなかったが、塩で食べる刺し身と言うのも中々乙なモノだったよ。

夕食後は、女性陣と男性陣に分かれて部屋で過ごしたのだが、ティータとシュテルによるチェスは実に見応えのあるモノだった……ティータもシュテルも頭脳派だけに、互いに一歩も譲らない展開だったのだが、最後はシュテルが『理のマテリアル』の本領を発揮してティータが投了したか。
中々に見応えのあるデュエルだったよ。



「デュエル……其れは、デュエリストの魂のぶつかり合いですね。ですが、私ならば初手でエクゾディアを揃える事が出来ます。理のマテリアル故に。」

「イカサマか?」

「バレなければイカサマではありません。」

「トンデモナイ暴論だな。」

闇遊戯が聞いたらブチキレそうな一言だが、闇遊戯も積み込みを疑うレベルの強烈な引きをしていたからな……其れでも初手エクゾディアはないだろうけどね。
チェスが終わった後は就寝となり、私は一人で、ティータとシュテルは同じベッドで寝る事になった。

そして、本日の夢の世界では、私は『暗黒医療会の会長』の姿だった……此れは、いっその事これをデフォルトの衣装にして、ブラック・ジャック張りのメス投げを覚えても良いかも知れないな。



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そして翌日、エルモ村からツァイスに帰還し、今はティータの家でティータイムだ。
エステルは、深層心理から戻っては来たが、『今暫くは私が表に出ていた方が良いと思う』と言う事を伝えた……と言うのも、痩せ狼との戦いの時に『私自身が、あの状態に慣れていない』と感じたからだ。
普段はエステルの姿で居て、必要な時にだけ人格交代をしていたせいで、私が私の姿に慣れていないと言う不思議な状態になってしまった訳だ。
勿論今のままでも充分強いが、この先結社の執行者と遣り合う事を考えると、本当の意味で私自身の力を取り戻さねばならない。
ならば、私自身の姿に慣れる為に、私が表に出ている時間を長くしようと思った訳だが、其れをエステルに告げると、アッサリと認めてくれた――エステルも、私が表に出ておいた方が良いと言う事を分かってくれたのだろうな。

その後、ラッセル博士と工房長がやって来て、アガットの重剣を見て驚いていた……其れはそうだろうな、最高強度の合金で作られた重剣に致命的な罅が入っていた訳だからな。
片手で掴んだだけでこうなったと言う事実が、執行者のトンデモなさを如実に表していると言っても過言ではないだろう――そもそもにして、私と互角に戦える時点で、相当に人間を辞めているのは間違いないからね。
ラッセル博士は『ティータを守ってくれてありがとう。』と言っていたが、私達は遊撃士として当然の事をしただけだから礼を言われる事でもないさ。それに礼を言うのは私達の方だ。
ティータがジンを連れてきたおかげで、痩せ狼は撤退した訳だからね。



「アインス君……僕も頑張ったんだけど?」

「お前は大人だから、此れ位の事はやって当然だ。だから、褒めるべきはまだ子供でありながら、見事に立ち回ってくれたティータであり、間違ってもお前ではない。其れを自覚しろ。」

「辛辣!辛辣だねぇアインス君!だ・け・ど、そんな君も魅力的さ!」

「……死ね。」

取り敢えず、何時もの調子のオリビエには琴月 陰をぶちかまして黙らせた。
その後、アガットの重剣の修理はラッセル博士が行う事になった……ラッセル博士が修理したのならば、アガットの重剣は二度と刃毀れしたり、刀身に罅が入る事はないだろう。ラッセル博士も『絶対に折れない刀身の強度は勿論、あらゆる状況に対応出来るように……』とノリノリだったからね――専門用語が多過ぎて、何の事かはサッパリだったけどな!



「おー、お前さん達も戻って来てたのか?怪我の具合は如何だ?」

「其処まで大きな怪我をした訳ではないから、絆創膏程度で済んでいるよ。」

「そりゃあ、何よりだ。」

「其れじゃあ、仕事の話を始めましょう。」



此処でジンとキリカが現われ、キリカは早速仕事の話か……流石、出来る受付嬢と言うのは違うな。このクールで落ち着いた姿勢には、私も見習うべきモノがあるね。

先ずはキリカから、今回の一件について労いの言葉を貰い、結社の人間に遭遇しながらも民間人を守り抜いたことを評価して貰えた。『でも、あんまり無茶はしないようにね。』と釘を刺されてしまったけれどね。
地震については、ジンにざっと調べて貰った所、ツァイス地方では揺れを感じた地域はないとの事……地震の調査は、此れにて終了か。
となると残るは、大本の結社と、連中のゴスペルか。



「ゴスペルの解析は、引き続きワシに任せておくと良い。」

「中央工房も最優先で協力させて貰いますよ。」



ゴスペルの方はラッセル博士と中央工房に任せておけば間違いないから、結社の方は私達が追う。ツァイスが片付いたのならば、別の場所に行くのもアリだと思うからな。片付いた場所より他の場所、ジャンの受け売りだけれどね。



「なら丁度良いわ。たった今、王都支部から応援要請が入ったの。あなた達、結社の調査班に正式な依頼があるそうよ。」

「まさか、結社が王都に現れたのか?」

「いいえ、そう言う話は聞いていない。依頼内容さえ教えて貰ってないわ。
 ……つまり、其れだけ重要な案件だと言う事よ。外部に絶対漏れてはいけない程の、ね。」

「トップシークレットと言う奴か……只事ではなさそうだな?」

「何にせよ、王都に行ってみるしかなさそうだな。」



私とアガットは、早速王都に向かう心算だったが、アガットはラッセル博士に『武器も持たずにツァイスを離れる心算なのか?』と止められていた……道中に現れる魔獣程度なら、アガットならば素手でも倒せそうだが、王都で結社の人間と遣り合う事になった場合は、武器が必要だろうな。
アガットも素手で行く心算はなかったらしく『その辺の店でテキトーに』と答えたのだが、ラッセル博士は其の答えがお気に召さなかったらしく、『折角このワシが自ら改造してやると言うのに、本人が居なくなったら完璧な調整が出来んじゃろが!』と言って来た。



「でもな、俺は……」

「分かっとるわい!お前さんが、一人でも多くの人間を守る為に、その重剣を振るっとる事は!
 だからこそ……己の力を最大限に生かせる相棒を与えてやりたいんじゃ。少しだけ、ワシに時間をくれんかの?」

「だ、だけど……何ぼアインスとシュテルが強いつっても、今回みたいな事が起きたら、やっぱ不安だろ?」

「流石にヴァルター程の相手が出てきたら若干不安はありますが……逆に言うのであれば、彼ほどの相手でなければ私一人でも充分に殲滅可能ですが?……私の力は、焼滅の力なので、王都の一部が焼ける危険性はありますが。」



だから、物騒な事を言うなシュテル。
まぁ、確かにヴァルターレベルの相手が出てきた場合には、私達だけでは不安だが……最終的には技術班としてティータが、戦闘班としてジンが同行する事になった。其れから何故かオリビエも。
そして、其処からの流れで、ジンとキリカに痩せ狼との関係を聞いてみると、ジンは何か言い辛そうだったが、キリカはアッサリと『端的に言うと、武術の同門の弟子同士ね。』と教えてくれた。
ジンとキリカと痩せ狼は、共和国にある『泰斗流』なる道場の門下で、痩せ狼は六年前に道場を出奔してから行方知れずで、キリカでも今の痩せ狼については私達から聞いた事以外は知らないらしい……とは言え、彼女が本気を出したら、今の痩せ狼の事も詳細に分かってしまいそうではあるが。

その後、キリカはアガットに『博士の申し出を反故する理由は無いわ。修理が終わるまで此処に残りなさい』と言ってから、『貴方なら、剣に頼らずとも人を守り支える遊撃士の仕事が出来る筈だから、修理が終わるまではツァイス支部を手伝ってちょうだい。』と言った……アガットは、少しばかり不満そうだったが、最終的には『分かったよ。』とツァイスに残る事を決めたようだ。

では、私達は王都へと向かうとしよう。
応援内容を確認するのは当然の事だが、ルーアンとツァイスでの一件を考えると、恐らく結社による新たな『実験』は水面下で進められていると考えておいた方が良いだろうな。



《其れって、今回の地震みたいなヤバいモノなのかな?》

《其れは分からない。今回みたいにヤバいモノの可能性もあれば、ルーアンの時の様に特別被害が無いモノの可能性もあるが……王都は、クローゼが行った場所だから、彼女の事が気掛かりだよ。》

《もしもブルブランみたいに、クローゼを狙っての事が王都でもあったら……》

彼女に手を出す輩は、問答無用でブチ殺す。細切れにした後に、直射砲で吹き飛ばして細胞の一欠けらも残さずに、この世に存在した痕跡其の物を抹消してやる。

《愛されてるわね、クローゼ。》

《だが、お前だって同じじゃないかエステル?もしも、ヨシュアを如何にかしようとする奴が……其れこそ、ヨシュアを殺そうとしてる奴が居たとしたら如何する?》

《問答無用の金剛撃!》

《だろ?》

私もお前も、愛する人の為ならば割と容赦なく、手段を選ばないところがあると言う事なんだろうさ……さて、王都に向かう訳だが、シュテルよ其れは如何する心算だ?



「……何時の間に……」

「「「「「「「「「「にゃ~~♪」」」」」」」」」」



またしても何時の間にかネコが……そのネコ達は、キリカが一睨みすると蜘蛛の子を散らすように居なくなってしまったがな――シュテルのネコ寄せをも凌駕するキリカの睨みは恐るべしだな。
其れは其れとして、王都からのトップシークレットの応援要請……一体何があったのか、だな。








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Side:シェラザード


揃いの黒装束と白い仮面……旧王国軍情報部の特務兵の残党達ね?漸く尻尾を掴んだわ。まさか、こんな所に潜んでいたとはね。
特務兵は、『身喰らう蛇』のロランス少尉が直々に率いていた特務部隊の兵士……恐らく、まだ何らかの形で結社と繋がっている筈よ――行くわよアネラス。彼等のアジトを押さえましょう。



「了解です、シェラ先輩。」



結社との繋がりがあるモノは、少しでも押さえておきたいし、結社の事が少しでも分かればヨシュアに繋がる情報が出て来るかもしれないからね。

ヨシュア……貴方は今どこで何をしているの?貴方には貴方の考えがあったのは分からなくはないけれど、貴方の覚悟が結果的にエステルを悲しませる事になった事には気が付いてるの?
エステルの事を危険な目に遭わせたくないって言うのは理解出来なくはないけど、貴方と一緒に居る事で危険な目に遇う事でエステルが不幸になるって考えているんなら、其れはエステルを見くびり過ぎよ。
どんなに辛い事でも、危険な目に遇っても、エステルは貴方と一緒に居る事こそが本当の幸せなんだからね……だから、さっさと戻って来なさいな馬鹿弟子二号。
エステルと貴方がコンビじゃないと、私としても調子が狂うからね。










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