Side:アインス


ル・ロックルでの強化訓練を終え、久しぶりにリベールに帰って来た気分だ――時間にしたら僅か一カ月なのだが、一年近く来ていなかった印象だ
よ……逆に言えば、其れだけの時間差を感じるほどに、ル・ロックルでの訓練は濃密だったと言う事なのかも知れないがな。



「エステルちゃん!そろそろ降りる準備をした方が良いよ?そろそろグランセル空港に到着だって。」

「アネラスさん……そうね。」

「もうグランセルに着くのか……ル・ロックルから王都までは結構な距離が有ると思ったのだが、日を跨がずに移動出来るとは、今更だが飛空艇の
 速度には驚かされる。」

此れだけの速度で飛行していながら、甲板に出ても苦しくないのも驚きだよ……確か、バリアみたいなモノが張られてるんだったか?
通信技術は我が主のいた世界よりも遅れているが、交通技術やエネルギー技術に関しては此方の世界の方が上だろうな……オーブメントを使った
導力と言うのは、二酸化炭素も排気ガスも一切出さないエコなエネルギーだからね。

さてエステル、いよいよ本格的に正遊撃士として始動する訳だが、気合の貯蔵は充分か?



「モチのロンよ!アインスこそ、気合入ってる?」

「ふ、今の私なら気合を入れるだけで五十枚重ねの瓦を粉砕する事が出来るとさ。」

「其れ、最早気合じゃなくてなんかの技になってない?」

「ふむ、名付けるとするなら『気合砲』と言った所か?」

「まさかのまんまのネーミング!?」

「そうは言うが、旋風輪も中々に其のままのネーミングだと思うんだがその辺は如何考える?」

「……言われてみれば確かにそうね……」



技名は分かり易いのが一番だ。波動拳や昇龍拳なら名前を聞いただけでも何となくイメージ出来るが、裏千参百弐拾壱式・八重垣と言われても、ど
んな技なのか全く想像出来ないからな。
……其れを踏まえると、スターライト・ブレイカーと言うのは、つまりそう言う事なのだろう……あの小さき勇者が大人になったら、世界を征服してるの
かも知れないな、冗談抜きでね。









夜天宿した太陽の娘 軌跡85
『闇の結社、その名は《身喰らう蛇》』









飛空艇から降り、発着場から其のまま遊撃士協会に向かおうと思って居たのだが、発着場の外にはシェラザードが居た。



「二人……いえ、三人ともおかえり。」

「ただいまシェラ姉!迎えに来てくれたの!?」

「当たり前じゃない。可愛い妹弟子がやっと帰って来るって言うんだから。」



如何やら態々迎えに来てくれたようだな?
血の繋がりはないが、エステルとシェラザードも本当の姉妹みたいだ……久しぶりに会ってハグする二人の姿を見ると、心からそう思えるよ。……だ
から、人格交代しないとシェラザードとハグできない自分がちょっと悔しいがな。
だが、迎えに来てくれたのはシェラザードだけではないみたいだ。
身の丈以上の大剣を背負い、赤い髪とバンダナ、頬のバッテン傷が特徴的な男の姿を視界に捉えているからね?……お前が居るとは、少々以外
だったぞアガット?エステルの事を気に掛けてくれたのか?



「ばっ……かやろう!俺は仕事で協会受付に呼ばれて王都に来てただけで!」

「なのに態々空港まで足を運んでくれるなんて!あのアガット先輩が!」

「は!確かに!」



いやいや、ちょっと言い過ぎじゃないないかアネラス?そして同意するなエステル。
如何やらアガットはアガットで『随分凹んでたって聞いたしな……』と、気にはしてくれていたらしい……ぶっきらぼうで、言葉遣いも粗暴だが、こう言
う『後輩を気に掛けてる』所がアガットの良い所なのだろうね。



「アガットも、それにアネラスさんも、皆本当にありがとう。
 でも、アタシはもう大丈夫だから!その……ヨシュアの事で何時までもクヨクヨしたって仕方ないんだし!
 其れに……ヨシュアはアタシが必ず見付けるから!」



そして、エステルの良い所は此の前向きな所だ。
ヨシュアが居なくなってショックを受けはしたが、其れを受け入れ、カシウスから『ヨシュアを連れ戻してくれ』と言われた事で一気に前向きに物事を考
えるようになったからな……最愛の人が行き成り居なくなってしまったと言うのは、普通なら中々吹っ切れない事だと思うのだが、これ程の短時間
で立ち直る事が出来たエステルは本当に凄いと思うよ。

「違うだろうエステル?アタシじゃなくて、『アタシ達』だろ?私達でヨシュアを連れ戻すんだ。」

「あ、そうだったわね!」

「この広い世界からヨシュア一人を探し出すと言うのは九牛の一毛だが、私達ならば出来るさ――その為に、ル・ロックルでの訓練で己を磨いたの
 だからな。
 成長したお前の姿を見せ付けて、ヨシュアの腰を抜かしてやれ。」

「モチのロンよ!そんな訳だから、早く遊撃士協会に急ぎましょ!」

「……その前にエステル、ちょっと私に付き合いなさい?」

「へ?」



其れでは早速遊撃士協会にと思って居た所で、シェラザードに『ちょっと付き合え』と言われ、つれて来られた先は王都のマーケットだった。
何か買うモノがあるのかと思ったら、其れはまさかのエステルの服だった……まぁ、エステルが今着ている服は、修業の旅とル・ロックルでの訓練で
中々に年季の入ったモノになってしまっているから、新しい服に変えた方が良いと言うのは納得だ。
試着室で、エステルは渋っているが、シェラザードの見立てたコーディネートはエステルには良く似合うと思うんだがな?『スカートが短い』事が気に
なるようだが、前垂れと腰の巻きスカートで分かり辛いが、将の騎士服のスカートなんてタイトのウルトラミニだぞ?前垂れなかったら、間違いなく中
が見えてるだろうね。

しかしまぁ、エステルが着替えてるからと言って私の服も変わる訳ではないんだな。エステルが着替えたら私の服も変わるのかと思ったが、そんな
事は無かったからな。



「エステルの服が変わって貴女の服も変わるって、其れは流石にないでしょう?って言うか、半実体化したままなのね?」

「こっちの方が、自分の意思を伝えやすいからな。」

「成程……時にアインス、その服って貴女が自分で考えたモノなのかしら?」

「一応な。」

我が主の騎士服に寄せた形ではあるが、全体的なデザインは私が考えたモノだ。片方にだけスリットの入ったロングスカートと言うのも中々良いだ
ろう?
ただ、赤い部分は元々は青紫で、黄色い部分は白だったんだけどな……此の世界に来た事で変わってしまったらしい。



「あら、其のカラーリングも良いと思うわよ?赤と黒は王道の組み合わせだからね。」

「赤と黒の組み合わせは王道……真紅眼の黒竜が正にそれだったな。」

そんな事を言ってる間に、着替えたエステルが試着室から出て来たんだが、此れは中々に似合ってるじゃないか?『仕事着にスカートって、見えち
ゃわないの?』と言っていたが、その為に『見えパン』と言うモノがあるのだから問題ない。
通常の下着の上に穿く、まぁごく短いスパッツみたいなモノだな。



「でもシェラ姉、そもそもアタシに女の子らしい服は似合わない……」

「……馬鹿ね、アンタはとっても素敵な女の子なんだから、身に纏うモノも相応しいモノじゃなきゃ宝の持ち腐れよ?あの頃とは違う自分を見せ付け
 てやるんでしょ?」

「シェラ姉……」



シェラザードの言う通り、私から見てもエステルは極上レベルの美少女なのだからもっと自分の容姿に自身を持つべきだ――って、自分を遥かに上
回る超絶極上美少女であるクローゼが居るから、其れは自信を持てないか。

「エステル、お前は充分美少女だから自分に自信を持って良いと思うぞ?ただ、クローゼが百年に一人の超絶美少女だっただけの話だからな。」

「アインス、其れ全く慰めにもなってないから!」

「そうか、其れはすまなかった。」

その後、エステルはシェラザードに『アクセサリーにも挑戦してみる?』と言われて戸惑っていたが、思う所があったらしく、鞄から真紅の小さな宝石
を取り出すと、其れを胸元に飾った……シンプルだが、其れが逆にエステルの魅力を引き出しているよ。
だが、エステルが其れを胸元に飾ったと同時に、私の右腕と左足に革のベルトが現れたんだが……此れは、エステルがアクセサリーを付けた影響
なのか?……着替えても服は変わらなかったのに、アクセサリを付けたら私も影響を受けると言うのは少しばかり意味が分からんな。



「アインス、其れ滅茶苦茶カッコいいじゃない!!」

「うん、うん良く似合ってるわよアインス♪」

「アインスさん、カッコいい!!」



そうか?私としては、このベルトはナハトの呪いの証でもあるので少しばかり忌々しいモノでもあるのだが、似合うと言われたら悪い気はしないから
ね……呪いの証ではなく、単純なファッションとして受け入れるか。



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シェラザードが見たててくれた服を全て購入した後は、改めて王都の遊撃士協会に来た訳だが、アガットとシェラザードが態々呼び出されたと言うの
は、余程の案件が入って来たのだろう。



「実は、遊撃士の中でも確かな実力を持ったあなた方にしかお願い出来ない依頼があるのです。」



如何やらドンピシャだったらしく、エルナンは『ある組織の調査を依頼したい』と言って来た。
『世間への影響を考えて、此れまで伏せられていたのですが……』と、前置きしてから、私達の済む世界とは真逆の『闇』と呼ばれる位置に、とある
大きな秘密結社が存在し、その組織の活動は多岐に渡るが破壊工作や大量殺人などの非道な行為も普通に行い、大陸各地で起こる不可解な事
件の背後に潜みながら、何らかの目的を果たそうとしていると説明してくれた。

「……エルナン、その組織は先のクーデター事件にも関係しているのか?」

「えぇ、其の通りですアインスさん。
 首謀者のリシャール大佐が逮捕され、表面上この事件は解決したかに見えますが、情報部のカノーネ大尉をはじめ、特務兵の多くが未だ逃亡中
 なのです。
 幸いにも彼等は軍人と言う性質上、皆身元がはっきりしているのですが……其の中に一人だけ、素性も経歴も全く不明の人物が紛れ込んでいた
 のです。」



素性も経歴も全く不明の人物?……まさか!

「ロランス・ベルガーの事か!?」

「ロランス少尉の事……?」

「ロランス……あの、赤い仮面野郎か!」

「其の通りです。」



矢張りか。
エルナンの話では、リシャールがオーリオールの封印を解く為に使った黒いオーブメント――ゴスペルをリシャールに渡したのがロランスだったとの
事……リシャールがクーデターを企てたのは間違いないが、アレを渡したのはロランス……若しかして、リシャールはロランスに利用された?
クーデターを私達に鎮圧させて、その存在を諸外国に知らしめるだけならアーティファクトに手を出す必要はなかった筈だからな……アーティファクト
を必要としていたのはロランス。より正確に言うならば、ロランスが所属している組織だったと言う訳か。
今にして思えば、奴は空賊事件にも関わっていたし、何よりもヨシュアの知り合いだと言ってた……ヨシュアの知り合いで、闇の結社の一員となれば
、その結社の名は自ずと決まって来るな。
そして、今になって調査が行われると言う事は、連中の目論見はまだ終わっていないと言う事でもあるか。

「エルナン、その結社の名は、《身喰らう蛇》で間違いないか?」

「アインスさん?えぇ、其の通りです。カシウスさんから既に聞いていたのですか?」

「うん、聞いてたわ……エルナンさん!お願い!アタシにも、アタシ達にも結社の調査をさせて下さい!」

「エステルの実力は私が保証するし、私の力はシェラザードとアガットも知っているだろう?仮に結社の者と戦う事になっても、相手がロランス・ベル
 ガー以上でない限りは負ける事もないさ。」

エステル単身では無理な相手でも、ユニゾンすればまぁ勝てると思うしね。強さで言えば、完全人格融合状態>私≧ユニゾンエステル>>>>>エ
ステルと言った所か?……もしも人格交代時にエステルが半実体化出来る様になって、私とリバースユニゾンをしたらどうなるのか、少しばかり興味
があるな。

エステルのお願いに、エルナンだけでなくシェラザードとアガットも余り良い顔はしなかったが、其処はエステルが己の偽らざる想いをぶちまけた。
『ヨシュアが嘗て結社に属していた事』、『ヨシュアが突然居なくなった事と、結社が王国に現れた事は無関係じゃない』、そして『結社の動きを調べ
て行けば、ヨシュアの行方を掴めるかも知れない』とまで言ったか。



「だからアタシ、《身喰らう蛇》の調査に加わりたい!……リベールが大変な時に、こんな私的な理由だけど……!」

「全く、酷い話です……行方不明のヨシュア君を見付けたい、その気持ちを貴女だけの私的な思いにしてしまうだなんて……」

「え?」

「エルナン?」

「未だ、二カ月……思い出すのも辛いでしょうに。
 そんな貴女をこの事件に引き摺り込んで良いモノか、今の今まで悩んでいたのですが……」

「あぁ、其れなら悩む必要はなかったぞエルナン。
 確かにヨシュアが居なくなったその時は此の世界が終る程に絶望していたが、自分のやるべき事を見付けた今は至って前向きだからなエステル
 は。寧ろ、ヨシュアが見つかる可能性があるのならばドンドン巻き込んでくれて構わん。」

「アインス、其れアタシが言うセリフじゃない?」

「それじゃあ、リテイクするか?」

「いや、しないから!」



……半実体化出来る様になった事で、此れまでは精神世界で行っていた遣り取りも現実世界で行う機会が増えた訳だが、此れは宛ら漫才だな。
其れは兎も角、エルナンからアネラス共々調査に協力してくれと依頼されたのだから、此れはやり遂げねばな。
そしてその後でエルナンから、『この半年間に起きた一連の事件を間近で見て来た貴女達こそ、恐らく結社への一番の手掛かりを知り得る人物だと
思うのです。此れまでに出会った不審な人物、関係ありそうな不思議な出来事に心当たりはないか?』聞かれたが……誰か居たかな?



「そう言えば、行く先々で出会う変なおじさんが居た気がするわ。」

「言われてみれば確かに居た様な気がするなそんな奴が。」

四輪の塔に、ジェニス王立学園の学園祭……行く先々で出会った奴が確かに居た……居たのだが、如何してその顔も名前も思い出せないんだ?
確かに居た筈なのに思い出せない……これは、まさかドルンやダルモア、リシャールと同じ?私とエステルも、知らずの内に何者かの記憶操作を受
けていると言うのか!?
だとしたら、《身喰らう蛇》と言うのは相当にトンデモない組織だ……私の記憶まで操作してしまうとは、逆に感心してしまうよ。



「エステルちゃん、アインスさん、気持ちは分かるけど無理矢理不審者を作り出すのはよそう?」

「そうですね……」

「だな。」

思い出す事の出来ない不審者を思い出そうとするのは徒労だからね。
取り敢えず、余り気負わずに遊撃士としての通常業務を熟しながら情報収集に当たるのがベターだろう――情報収集と言うのは、全ての基本にな
る事だからな。

それじゃあ、誰がどの地域を担当するかを決めようじゃないか?




その結果、私とエステルの担当はルーアン地方になったか。
ルーアン……時間が有れば、ジェニス王立学園に顔を出しておくか。久しぶりに、クローゼの顔も見ておきたいからね。












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