Side:アインス


王都に着いた翌日の朝、エステルもヨシュアも、そしてレヴィも略同じ時間に目覚めたか……エステルとレヴィは兎も角、ヨシュアまで八時過ぎまで寝
ていたとは、昨日は思っていた以上にヨシュアも疲れていたと言う事なのかも知れんな。
いや、中央工房の襲撃に始まり、黒装束の捜索、紅蓮の塔での戦い、レイストン要塞からのラッセル博士の奪還、そして碌に休む間もなくグランセル
まで教授の護衛と中々にハードだったからな、疲れるのも無理はない。
或は、それ程疲れてはいないが、グランセルでやる事も多くなるだろうと予想して、英気を養う為に何時もよりも大目の睡眠を取ったのかも知れない
がな。



「さてと、朝ごはんを済ませたらグランセル城に向かう訳なんだけど、僕達は遊撃士の身分を隠して、王都に旅行に来た兄妹って事にした方が良いと
 思うんだ。
 だから、グランセル城ではレヴィも僕とエステルの妹って言う事にするから、覚えておいてね?」

「僕がえすてるとよしゅあのいもーと?……わかった!僕はもともとクロハネのいもーとみたいなものだからだいじょーぶ!」

「レヴィ、何が大丈夫なのか若干分からないんだけど……ヨシュアは分かった?」

「ごめんエステル、僕にも若干分からない。」

「ヨシュアに分からないんじゃ、アタシに分かる訳ないわよね……自慢じゃないけど、ペーパーテストでヨシュアの半分の点数も取った事ないし。」



ホントに何の自慢にもならんな。
実戦でテスト問題の状況になった時には正解を出せるのだから頭に入ってる筈なんだが……エステルはトコトン実戦向きと言う事か。

さて、旅行者設定で行くのは良いんだが、一つだけ懸念事項があると言えばあるのだが……



《懸念事項って?》

《お前だ。と言うか、私達と言った方が正しいか?
 私達は十年前にもグランセル城を訪れているだろう?若しもその時、城の警備を担当した軍人が今も勤務して居たら分かってしまうのではないかと
 思ってな。
 十年で大分容姿は大人になったとは言え、子供の頃の面影と言うのは意外と残るモノだし、私達の場合髪型も同じだからね。》

《う、その可能性があったわね……そうなったらその時は、名前を誤魔化して他人の空似を貫くしかないんじゃない?》

《ま、其れがベターだろうな。レヴィと言う不安要素はあるが……と言うかエステル、紅蓮の塔の時から何だか冴えてるな?此れまで溜め込んで来た
 経験値が一気にレベルに反映された様に見えるぞ?》

《そう?自分ではあんまり分からないけど。》



無自覚に、か。
若しかしたら優秀な遊撃士と言うのは、エステルの様に兎に角実戦経験を積んだ事で身体に遊撃士のイロハを叩き込んだ奴なのかも知れないな。
知識として頭で覚えた事よりも、経験として身体に染み付かせた事の方が実戦では役に立つし、身体に覚えさせた事と言うのは絶対に忘れないと言
うからね。









夜天宿した太陽の娘 軌跡69
『まさかの女王代理と武術大会』









そんな訳で、先ずは旅行者を装ってグランセル城に。
グランセル城は、普段は一般市民にも開放されていて、希望すれば城内を見学する事も可能なので、城内の見学を取り付ける事さえ出来ればラッセ
ル博士の依頼も達成する事が出来るのだが、矢張りそう巧く行くモノではなく、入り口で門番の兵士に『関係者以外の立ち入りを禁止しているんだ。
テロリスト対策なんだよ、ごめんね。』と言われてしまった……情報部がテロをでっち上げたのは、城に関係者以外を入れさせない建前を作る為か。



「てろりすとって、僕みたいなこどももてろりすとになるの?」

「いや、そう言う訳じゃないんだけど、何処にテロリストが居るか分からない以上、関係者以外の人間の出入りを制限せざるを得ないんだよ。」

「其れじゃ仕方ないわね……今回は諦めましょレヴィ。女王様に一目だけでもお会いしてみたかったんだけど……がっくし。」

「ホント、折角王都まで来たのにスマナイね。
 ただ、城が解放されていたとしても、女王陛下に会うのは難しいかも知れないね……最近陛下もお身体の調子が悪いみたいだし。」



レヴィが最もな事を行ってくれたが……其れよりもアリシア女王が体調不良だと?確かにもう若いとは言えない年齢ではあるが、だからと言って体調
不良とは心配だな。
ヨシュアが『女王陛下はご病気なんですか?』と聞くと、『心労によるものらしい』との答えが返って来た。そして、『信頼していた親衛隊に裏切られた
事がショックだったのだろう』と言うのもな。
更にヨシュアが探りを入れ、『そんな状態で政を執り行うのは辛いでしょう』と聞くと、『今は女王代理として甥のデュナン侯爵が政務を担当している』と
言うのを聞く事が出来た。此れは大きな情報だな。
……成程、そう言う事か。



《如何言う事、アインス?》

《恐らくは、アリシア女王の体調不良も情報部がでっち上げた偽の情報だ。多分だが、アリシア女王は親衛隊の一件がガセネタである事は見抜いて
 いる筈だ。――そんな聡い女王は情報部には邪魔な存在。
 なのでアリシア女王を体調不良と言う事にして城に軟禁し、表向きには名目の代理を立て、裏では情報部が政務を執り行うって寸法だ。》

《そんな!!》



確かに驚くべき事だが、ルーアンで出会ったあの我が儘に手足が生えて服を着ているようなデュナンが女王代理と言う時点で、実権は情報部と言う
かリシャールが握っていると言っても過言ではないだろう。
門番の兵士も、『実際に国を動かしているのは、王国軍情報部のリシャール大佐だ』と言っていたからな。……親衛隊に濡れ衣を着せたのも此れが
目的だった訳だ。



「ねぇヨシュア、デュナン侯爵って……」

「ルーアンで会った彼で間違いないだろうね。
 だけど、此れはある意味でチャンスかもしれないよ?彼の性格を考えると、煽ててやれば気を良くして何か話してくれる可能性は高い……何とか彼
 と接触出来れば良いんだけど……」



ヨシュアの言う事には一理あるな。ルーアンでの掲示板の依頼でデュナンを迎えに行った時、下手に出て持ち上げてやったら面白い位に思う様に動
いてくれたからな。……其れだけに、リシャールにとっては都合の良い傀儡になった訳だが。
さて、此れから如何するかと思った所で、城門が開き、中からデュナンが猛スピードで現れ、其れに付き添う形でフィリップが現れた……擦れ違い様
にフィリップが言っていた事が聞こえて来たが、デュナンは女王代理になったのを良い事に、好き勝手やっているらしいな。……若しもデュナンがマジ
でこの国の国王になったらリベールは間違いなく破滅するだろうな。



《若しも、デュナン侯爵が国王になったその時は、ヨシュアやシェラ姉、アガットも巻き込んで、クローゼを旗印にして革命軍を作るわよアインス。》

《そうだな、革命を起こしてクローゼを新たな女王にしてリベールの再建を図らねばならないな。》

取り敢えずデュナンを追って、グラン・アリーナへとやって来たのだが……アリーナでは、毎年女王生誕祭前に行われている武術大会の最中だった
みたいだ。……デュナンは此れを見に来ていたのか。
私達がアリーナに入った時は、丁度試合が終わった所だったようで、『クルツチーム』が勝ったみたいだが、クルツチームに居るあの女性、カルナじゃ
ないか?



「あ、そう言えば!ヨシュア、あの人!」

「正遊撃士のカルナさんだ。出場していたんだね。」

「あの人つよかったんだ……という事はくろしょーぞくはきしゅーでクスリをかがせたからかるなをたおせた……まっしょーめんから行ったら、かるなに
 かつことはできなかった!」



確かに其の通りだな。
しかし武術大会か……本来ならば、デュナンを見付けて動向を探るべきなのだろうが、あんなのでも一応は女王代理ともなれば動向を探るのは簡単
ではないだろう。……下手をすれば逆に情報部に目を付けられて動き難くなる可能性もあるしな。



『続きまして、武術大会予選第八試合を始めます!』



っと、次の試合か。
どんな奴が出てくるのかと思ったら、片やレイヴンの連中で、もう一方はエルベ離宮近くの森で会った大男、ジン!ジンとは出会ったばかりだが、カル
ナにレイヴン……まさか、見知った連中の顔をこんな所で見る事になるとは思わなかったな?

ふむ……提案なんだが、デュナンの動向を探るのは後回しにして、此処は一つ武術大会を最後まで見る事にしないか?



「え?」

「どうしたんだいエステル?」

「あのね、アインスが『デュナンの動向を探るのは後回しにして、武術大会を見ないか。』だって。」

「何故そんな事を……アインスと代わってくれる?」

「うん。」



――シュン!



「アインス、如何して武術大会の観戦を?」

「デュナンの動向を探るのは、今の奴の立場を考えると容易ではない上に、下手を打てば情報部にマークされる事になる、其れはお前も分かって居
 るだろうヨシュア?」

「確かに、僕達がデュナン侯爵の動きを探っている事が情報部に知られたら可成り拙い事になるとは思うけど、だからと言って今の所、彼以外に女王
 陛下に繋がる情報源になる物はないんじゃないかな?」

「うん、ない。」

「ってないんかーい!」



見事な突込みだレヴィ。
確かに今の所はデュナンが唯一の情報源でしかないのだが、逆に考えるんだ。奴の動向を探るのではなく、奴の方から大きな行動を起こしてくれる
のを待つんだ。
幸いにして、デュナンは今この場に来ている――恐らくだが手に汗握る試合を見て興奮している事だろう。
そして奴が女王代理と言うのならば、此の予選が全て終わった後で挨拶をする筈だ……アリシア女王ならば粛々と終わらせただろうが、あの自己顕
示欲と承認欲求と虚栄心の塊であるデュナンが粛々と挨拶を終わらせると思うか?



《思わないわね。》

「それは……思えないかな?」

「はじまるこーちょーのながばなしー!」

「レヴィ、其れはちょっと違う。」

其れは兎も角、デュナンが挨拶をすればアリーナに集まった観客達は、一応の拍手や声援を送るだろう?其れが例え形だけのモノだとしてもな。
だが、奴ならば其れに気を良くして、大会の優勝者に本来の褒章とは別に、個人的な賞品を用意する可能性があるんじゃないだろうか?例えば、今
は関係者以外立ち入る事が出来なくなっているグランセル城への招待とかな。



《お城への招待!!》

「――!……確かに、彼の性格を考えると、あり得るかも知れないね?
 そう言う話が出て来る可能性もあるから、今はリスクを避けて武術大会を最後まで観戦して、デュナン侯爵の挨拶を待つ、そう言う事だね?」

「そう言う事だ。」

「……どゆこと?」



はい、お約束。あまりのアホさに私はずっこけ、ヨシュアも『シェー』のポーズですっ飛んだ……冷静沈着で大抵の事には驚かないヨシュアに独特なズ
ッコケをさせるとは、レヴィのアホさは恐ろしいな。
で、例によってヨシュアのひっじょーに分かりやすい、其れこそ小学生でも高校生レベルの問題が理解できるようになるであろう説明で理解出来たみ
たいだな。



《アインス、レヴィの脳みそレベルって、アタシが言うのもなんだけどヤバくない?》

《ヤバいどころではない、コンディションレッドレベルなのだが……あの子はアレで良いと思ってる私が居るのもまた事実。アホでも憎めないしな。》

《寧ろあのアホさ加減に癒されるわよね。》

《其れがアホな子とアホの子の最大の違いだな。アホな子は只疲れるだけだが、アホの子は可愛いから癒されるんだ。》

《あ~~、何か分かるかも。
 其れよりもアインス、デュナン侯爵がアインスの予想通りの事をしたとしても、武術大会の出場者じゃないアタシ達じゃお城に入る事は出来ないんじ
 ゃないの?
 若しかしてカルナさん達に頼む心算?》

《いや、そんな気はないよ。》

《え?其れじゃどうやって……》

《ジンと組んで優勝を目指す。》

《へ?》



アナウンスでは、ジンはメンバーが揃わなかったため一人での出場になると言っていた……エルベ離宮近くの森で無数の魔獣を蹴散らしたジンなら
ば予選は一人でも余裕かも知れないが、本選となればそうも行かないだろうからメンバーは欲しい筈だ。
全ては今日の試合終了後のデュナン次第だが、可成りの高確率で私が予想したとおりになる筈だから、何としてもジンとチームを組まねばだ。
若しもジンが『お前さん達の実力次第だ』と言ってきたその時は、私が相手になってでも認めさせてやる……尤も、その為にはジンが予選を突破しな
ければなのだが、多分大丈夫だろう。
レイヴンの連中が灯台の時みたいに暗示で潜在能力を引き出されている状態なら未だしも、見た所今のレイヴン達はあの時とは違う……それでも、
王都の武術大会の予選に出て来ているのだから、倉庫でドンパチやった時とは比べ物にならないのかも知れないがな。
だが、其れでもジンには勝てないだろう。



「アインス、その心は?」

「狂犬が何匹集まった所で龍には勝てん。そう言う事だ。」

「成程ね。」

だが、圧倒的なハンディキャップマッチになった本試合に、アリーナの観客は大盛り上がりだ……レイヴンが数の差で圧倒するのか、それともジンが
数の不利を覆して勝つのかでな。
だが、ハンディキャップマッチになった時点でジンの勝利は確定したと言っても過言ではあるまい――ハンディキャップマッチと言うのは、大抵一人の
方の凄さを強調する為に、一人の方が勝つと相場が決まっているからね。
此の武術大会は、真剣勝負だから、試合結果が最初から決まっているプロレスとは違うが、其れでもジンほどの実力者が、レイヴンみたいなチンピラ
集団に負けるとは到底思えん。
私の予想通りになったその時は、お前の力も必要になってくる……先ずは見せて貰うぞジン・ヴァセック、お前の実力と言うモノをな。











 To Be Continued… 





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