Side:アインス


コンテナに乗り込んでレイストン要塞に入り込む作戦の最中なのだが……エステルの心臓の音がうるさくて堪らんな?ヨシュアと密着状態にあるから
仕方ないのかも知れないが、流石にドキドキし過ぎではないだろうか?
と言うか、此れではヨシュアにも聞こえると思うのだが……?



「エステル、なんか凄くドキドキしてるみたいだけど大丈夫?流石の君でも、こう言うのは少し緊張するのかい?」

「へ?あ、ヨシュア?こここ、こう言う事って!?」

「軍の施設に潜入するなんて事は普通あり得ない事だからね……度胸が服着て歩いてるような君でも、流石に緊張するのかなって。」

「え?あぁ、そう言う事ね!そりゃまぁ、緊張するわよ流石に!!」



如何やらヨシュアは別の理由と勘違いしてくれたようだな……そう言いながらもヨシュアも若干顔が赤いのだが、若しかしたら勘違いしたのではなく、
分かった上で態とやっているのかも知れん。
……この二人を何とかくっつけてやりたいモノだが、中々妙案と言うモノが思い浮かばんな。



《あ~~~もう、何でこんなにドキドキするのよ!ヨシュアと何時もよりも距離が近いってだけなのに!何とか止まってよ此のドキドキ!寧ろ心臓!》

《何時もより距離が近いからドキドキするんだろう?と言うか心臓止まったら死ぬぞ。》

《分かってるわよ!って言うか、何で距離が近いだけでドキドキするのかって話!!》

《何でって、其れはお前……いや、そろそろお前自身も答えが分かって来てるんじゃないのか?ならば最後まで自力で答えに辿り着いて見せろ。
 答えに辿り着いたその時は、私は幾らでも協力してやろう。》

《答えって……何だろう?》



……限りなく正解に近付いているのに、何で最後の解答に辿り着かないのだろうなエステルは?其処が逆に不思議でならないぞ……此れはある意
味、ヨシュアと『家族』として過ごした時間が長い影響かもな。
エステルにとってヨシュアはあくまでも家族であり、異性として見た事が無かったが故に、今自分がヨシュアを異性として見始めてる事に戸惑って居る
のかも知れん……場合によっては、最後に背中を押してやるくらいはしても良いかも知れないな。



――ゴウン……



と、船が着陸したみたいだな?……いよいよ本番、ティータの為にも必ず博士を奪還しなくてはだ。









夜天宿した太陽の娘 軌跡66
『ラッセル博士奪還!そして脱出!』









ラッセル博士が開発した生体感知器を無効化するオーブメントのおかげでバレる事無くレイストン要塞に侵入する事が出来たのだが、此処でもシード
が責任者として指揮を執っていたか……まぁ、荷下ろし程度で最高責任者が出て来る事は早々ないだろうがな。
まぁ、何にせよ此処は軍の本拠地、見つかったら終わりだから慎重に行かないとだ。



「とにかく先ずはラッセル博士の居場所だな。
 幸い要塞の地図がある。此処から幾つか見当を付けて……」

「中央の研究棟だと思います。」



先ずはラッセル博士の居場所を探すのは当然なのだが、此処でヨシュアが迷う事無く『研究棟』だと言い切った――しかも其れは只の勘ではなく、コ
ンテナの中で聞いた兵士達の会話から、要塞内の全ての軍人が博士の存在を認知している訳ではない事、今回の事件は軍全体ではなく要塞内の
一部の犯行とみられる事、其れを踏まえると不特定多数が出入りする施設は候補から除外出来る事、研究棟は独立した敷地に有り、用途の特殊性
から外部の人間を遮断しやすく、設備的にも博士の才能を利用するのにうってつけの場所である事と、きちんとした理由があった。
ギルドで地図と睨めっこしていたのは、あの時から既に博士が何処に囚われているのかを考えていたからか。

アガットも其れを聞いて納得したらしく、先ずは研究棟に向かう事になった。



「そのルート、僕に全て任せて貰えませんか?
 必ず安全に博士のもとに辿り着いて見せますから。」



其処で又してもヨシュアが、今度はルートを全て任せろと来た……その時の凛々しい顔つきと言ったら、エステルも一瞬見とれた程だった。ヨシュアが
男で無かったら惚れてたかもしれんな私も。
で、アガットが殿を務める事になり、エステルはヨシュアに要塞の地図を渡そうとしたのだが、よもや『全部頭に入ってる』とはな……地図と睨めっこし
ていたのは決して長い時間ではなかった筈だが、其れで記憶してしまうとは相当だぞ?――此の記憶力もまた、ヨシュアの過去と関係があるのかも
知れないけれどね。

其処からはヨシュアの見事な道案内で要塞内部を誰にも見つからずに進む事が出来た……移動中、エステルがずっとティータの手を握ってやってた
のは意識してやっていた事ではないだろうが、其れがティータにとっては安心出来る事だったろうね。
意外にもレヴィが大人しかったが、レヴィはレヴィで博士の奪還を絶対に成功させなければと思っているのだろうね……なんやかんやでティータと仲
良くなったみたいだし、レヴィは友達の為なら幾らでも頑張れるのだろう。
途中で軍用犬が大量にいるエリアもあったが、其処もヨシュアが小石を使って軍用犬の意識を逸らした隙に突っ切る事が出来た……其処でも物陰に
入った瞬間に、ティータを自分の背後に置いたエステルは見事だったね。
だが其れ以上に、次のルートを見据えて私達を手で『まだ動かないで』とばかりに制して来たヨシュアの何時になく真剣な顔には、先程以上にエステ
ルは見入ったみたいだな……心臓の鼓動も高鳴っている上に、顔の熱が上がっているからね。……この反応は完全にヨシュアに恋する乙女なのだ
がなぁ……
其れは其れとして、ヨシュアが言うには次のゲートを抜ければ目的の研究棟らしい……其処には必ずラッセルが居ると言う訳だな。



そして、研究棟のある敷地までやって来たが、此処でも先ずはヨシュアが高い場所から研究棟全体を見渡して、そして先に進む事になった……遠回
りのルートだが、見つかる訳には行かないから其れも仕方あるまい。
ヨシュアが言うには、『研究棟に明かりの点いてる窓があるから、其処から中の様子を伺ってみよう』との事だった――で、その場所に辿り着き、ヨシ
ュアが窓の鉄格子に掴まって中の様子を伺ってくれたのだが、無言でサムズアップ!博士が居たと言う事だな。
だが、中の様子を伺ったヨシュアは、鉄格子を放して降りて来た時には、何か信じられないモノを見たような顔をしていた――エステルも心配そうだっ
たけれど、研究棟から出て来た人物を見て納得が行った。

《アレは……!》

《リシャール大佐!!……と、カノーネさん。》

《オイオイ、副官のカノーネはオマケか?》

《違うの?》

《……若干否定出来ないのが悲しいな。》

だが、此れはヨシュアも確かに信じられないモノを見たような顔になる筈だ……まさかリシャールが今回の件に関与していたとは予想外だ――私だっ
て信じる事が出来ないからな。
リシャール……何故こんな事を?十年前、この国を護る為には如何すればいいかを聞いて来たお前が何故こんな凶行に及んだんだ?……考えても
分からんが、今は何故リシャールがこんな事をしたのかよりも、博士の保護が最優先だ。
と言う訳で、代わって貰うぞエステル。



《ん、OK!》



――シュン!!



「アインス?」

「ラッセル博士を保護する為には、入り口の門番が邪魔だからな……私とお前で無力化するぞヨシュア。」

「そうだね……行こう。」



で、先ずはヨシュアが門番の一人をチョークスリーパーで頸動脈を絞めて落とし、私がもう一人をアッパー掌打で顎を打ち抜いて意識を刈り取る。顎に
完璧にヒットさせたから脳が揺れただけじゃなく、アーツを利用して強烈な電撃を纏った『サンダー掌打』だから掌打で気絶させる事は出来なくても強
烈な電撃でスタンさせられる一撃だ。
因みに纏った電撃の強さは国民的人気者の黄色い電気ネズミの必殺技と同じ『10万ボルト』だ。
気絶した門番はヨシュアが見てくれてるので、エステルと交代して研究棟の中に入ると、ヨシュアがサムズアップしてくれた通りラッセル博士が居た。

私達が来た事にラッセル博士は驚いていたが、『流石はカシウスの子供達だ』と若干納得しているみたいだった――まぁ、あの天然バグキャラである
カシウスの子供達なら此れ位の事はしてしまうのかと思うのはある意味で当然とも言えるな、うん。

で、エステルが此の部屋から出て来た人の事を博士に尋ねたが、その答えは『リシャールと情報部が博士を誘拐した犯人』だと言う事だった。――あ
れは私達の見間違いであってほしかったのだが、如何やらそうは行かないみたいだ。
だが、正確に言うのなら目的は博士ではなく黒のオーブメント――ゴスペルと呼んでいたそうだが、其の力と制御方法との事だった。
詳しい事を聞きたかったが、今はその時間が無いので其れは後でだな。

必要な物を持って脱出を図ったのだが……



「重剣……アガット・クロスナー?」



何とも不運な事に、意識を刈り取った門番の一人が目を覚まして、アガットに気付いてしまった――と同時に要塞内にサイレンが鳴り響いて一気に警
戒態勢発令だな此れは!!
要塞に居る軍人全員に動かれた状態で、物陰に隠れながら脱出する等不可能に近い……レヴィに認識疎外の魔法――は無理だろうなぁ。認識疎
外の魔法は変身魔法よりも更に難易度が高いから、アホの子に習得出来ると思えんしな。
どうせ変身魔法だって『使えたら面白そう!』って言う感じで、理論そっちのけで感覚で覚えたんだろうしね。

ヨシュアの誘導で、何とか物陰に隠れながら移動して来たモノの、此れだけの人数で捜索されてしまうと、逆にあっと言う間に捜査範囲をドンドン絞ら
れてしまうだろう……実際にこの辺りにも捜査の手が伸びてきたようだからな。
最悪の場合は遣り合う事も考えなければならないが……



「……来い!」

「!?」
《アインス、今の聞こえた?》

《あぁ、聞こえた。『来い』と言っていたが……私達に対してだろうか?……罠か?》

《分からないけど……多分罠じゃないと思う。根拠はないけどそんな気がするのよ!って言うか、此処でじっとしてるよりは、絶対コッチな気がする!》

《なら迷う事はない其れで行こう。》

《え?そんな簡単に決めちゃっていいの?》

《理論や根拠と言うのは確かに大事な物だが、こう言う場面ではそう言ったモノよりも己の直感が正しいって事もある――何よりもお前は、細かい事
 を考えるよりも自分の直感で行動する方が得意だろう?》

《言われてみりゃそれもそうね。》



そして、決断したエステルは行動も早かった。
ヨシュアとアガットに有無を言わせない調子で『絶対コッチな気がする!』と言い切って、二人が止めるよりも早くティータの手を引いて走り出したから
な……可成り強引ではあるが、此れもまた一種の手だな。こうなった以上、ヨシュアとアガットも一緒に来るしかないからね。
だが、幸いにも途中で兵士に会う事はなく、辿り着いたのは要塞の中枢部……そんな場所に兵士が居ないと言うのは不自然なのだが――そう思っ
ていたら入り口が開き『こっちだ、捕まりたくはないのだろう!』との声が聞こえたので、その声に従って最奥の扉が開いている部屋までやって来て、
中に入ったのだが……直後にその扉が閉められ、鍵を掛けられてしまった。扉の陰に隠れていたシードによって。



「シード少佐……」

「か、鍵掛けられちゃった……」

「あれ?これってぴんち?」

「ヤレヤレ、ワシの勘も鈍ったかのう?……今度はこの部屋に閉じ込める心算か?」



だが、このシードからは悪意は全く感じない……人の悪意には誰よりも敏感な私が感じる事が無いのだから、本当にシードは私達に対して悪意を抱
いてないのだろうね。
若しかして私達を此の部屋に誘導したのは……



「数々の無礼、失礼しました。
 今更、何をしても許していただけるとは思っていませんが……如何か、皆さんの要塞脱出の手助けをさせて頂きたい。」



私達の要塞脱出を手助けする為か。
普通に考えれは少佐と言う地位にあるシードが、私達の脱出の手助けをすると言うのはおかしな事であり、博士も『リシャール大佐からワシの監禁を
命じられていたのではないかな?』と言っていたのだが……如何にも事情があるみたいだな?
エステルが『そんな命令オカシイって、誰も注意できなかったの?』と聞いたら、驚愕の答えが返って来た……何と軍の主だった官軍は、リシャール
によって懐柔されるか自由を奪われて身柄を拘束されてるとの事。
しかも、十年前の戦争以来軍の規律は少しずつ乱れ、将官クラスの間にも横領や収賄が蔓延し、其処をリシャールに付け込まれたと来た。
既に王国軍全体がリシャール率いる情報部に掌握されている状態、か。



「で、でも……軍人皆がそんな人達ばかりじゃないでしょ!?
 親衛隊のユリアさんや……モルガン将軍は?将軍なら大佐よりも階級だって上だし、一発ガツンと叱って貰えば良いじゃない!!」

「モルガン将軍もハーケン門に監禁され、今は全ての権限を失っている。
 だが勘違いしないで欲しい、彼は決して悪事に手を染める様な人物ではない……恐らくはモルガン将軍も……ご家族を人質に取られているのだろ
 う……」



そして更にリシャールよりも階級が上なモルガンまでもが家族を人質に取られてハーケン門に監禁されてると来た……あの小童め、偉そうな事を言
っておきながら肝心な時に役に立たんな?
だが、モルガンが動けない今、リシャールが事実上の軍のトップになり、リシャールを止められる者は居ないと言う訳か……



「大佐のした事は許される事ではなく、其れを黙認した私にも責任がある。
 だから、せめてもの罪滅ぼしをさせて欲しかった。」

「シード少佐……」

「ふん……そう言う事なら水に流してやらんでもない――その石頭を、スパナで叩き割るくらいで勘弁してやるわい!!」

「き、恐縮です!」

「……冗談じゃ。さぁ、こんな所からはサッサとおサラバさせてくれい!」

「……はい。」



博士、その冗談は可成り怖いぞ……と言うか、スパナで頭を殴られたら額を割るどころじゃなく、最悪の場合頭蓋骨骨折の脳挫傷で即死だからな?
まぁ、其れは兎も角として、シードは緊急退出口を開いて脱出経路を確保してくれた――要塞裏の水路に出られて其処からボートで脱出すれば良い
訳か……ふ、やってくれるなシード?
罪滅ぼしとは言っていたが、お前は私達が此処に来る事を確信していた――いや、博士は此処に居ると言うメッセージを送ってくれてたんだな?
私達が要塞前から居なくなる前に起きた導力停止現象……アレはお前が故意にやらせたのだろう?私達に、此処に博士が居るのだと言う事を気付
かせる為にな。
そして、モルガン将軍『も』と言う事は、お前も……



「シード少佐、アインスが『あの時の導力停止現象は無言のメッセージだったんだろう』って言ってるんだけど……」

「……否定はしない。」

「其れから……シード少佐も家族を人質に取られてるんじゃないかって……」

「……エステル・ブライト、ヨシュア・ブライト、君達の苗字を聞いた時からこうなる事は予想していたんだ――十年前の侵略戦争で、帝国軍を撃退した
 陰の英雄、その子供達ならば必ずや真実を突き止めて博士を助けに来るってね。
 だとしたら私も、此れ以上無様な姿を見せる訳には行かないだろう?
 私とて、嘗ては君達の父君の、カシウス大佐直属の部下だったのだから。」



矢張りか……だが深く追及はすまい。
そして此処でドアがノックされ、シードは其方に対応せざるを得なくなったか……此れ以上此処に留まるのはシードの思いを無駄にしてしまうから、行
くぞエステル!!!



《アインス……分かったわ――!少佐、ありがとう……!!》

《この恩には、何時か報わねばだな。》

何にしても今は要塞からの脱出が最優先事項だから、水路に出たら全速力でボートで要塞から離れなくてはだ――途中で捕まってしまったら、それ
こそシードの覚悟を無駄にしてしまうからな。
……まさか、レヴィがモーターボートのモーターに強烈な電気を流し込んで一時的にモーターの出力を上げると言う荒業を使うとは思わなかったよ。
可成りの出力が出せる裏技だが、其れが使えるのは一度だけだね……無理やり出力を上げたモーターは焼け付いて二度と使う事は出来なくなって
しまうからね――まぁ、この船は軍のモノだから如何なっても良いがな!!

其れより大事なのは此れからの身の振り方だな……此れまでよりも動き辛くなるのは間違いないだろうから、さて如何したモノだろうな……













 To Be Continued… 





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