Side:アインス


シードの粋な計らいで無事に要塞から脱出する事が出来たのだが、今回の一件の事を考えティータもラッセル博士と共に逃げた方が良いと言う事に
なり、アガットが博士達の事を引き受けると言ったのだが、同時に私達には此処で手を引けとも言って来た。
まぁ、逃亡・潜伏のセオリーからすれば最小限の人数での方が良いし、エステルも其れは頭では分かっているのだが、感情が納得出来ずに、『ティー
タや博士を見捨てて、アガットに危険な事押し付けて、アタシ達だけ安全だなんて…』と言っている……エステルらしいと言えばらしいけれどね。
だが、そんなエステルに、ラッセル博士が『ワシの代わりにある仕事をして貰いたい』と前置きしてから、『王都グランセルに行って、アリシア女王と面
会して欲しい』と言って来た……アリシア女王、会うのは十年ぶりだが元気だろうか?



「如何言う事でしょうか?」

「ワシを救出したからと言っても、根本の問題は何も解決はしておらんのじゃ。
 いや、むしろ黒のオーブメントの、ゴスペルの制御方法をはじき出してしまった分、事態は悪化してしまったのかも知れん。」



その『ゴスペル』を手に入れたリシャールが王都で何かをしようとしていると言う訳か……確かに、あんなトンデモないモノを使われたら、リベールにと
って間違いなく拙い事が起きそうだ。……十年前に真に国を護るにはどうすればいいのかと考えて居たリシャールが、リベールに良くない未来を齎す
なんて事は信じたくはないが、今回の事を考えればな。
エステルはまだ迷いがあったみたいだが、ティータに『私の事も、お爺ちゃんの事も一杯助けて貰ったから、だから……私はもう、大丈夫だよ。』と言
われ、更に抱き付かれて『ありがとう。大好き』と言われて決心がついたみたいだな
一転して、ラッセル博士に『その依頼、引き受けさせて貰います!』と力強く言ったからね。



「ったく、何でコイツ等に頼むんだか……」

「なによー!そもそもアンタが黒装束に見つかったりするからいけないんでしょうが!!」

「ハハ、違いねぇ……つまり、まだ見つかってないお前達はノーマークで動く事が出来る。だから、一番重要な役をお願いするのが良い、だな?」



クク……最後の最後で一本取られたな?紅蓮の塔でエステルが言った事をそのまま返してくるとは……アガットはアガットなりに私達の事を認めてく
れている訳か。『後の事は全部任せた!頼んだぜ、エステル、アインス、ヨシュア』と言ってくれたからね。

そして、ツァイスに向かう道中、矢張り今回の事はエステルには可成り大きなものだったらしく、珍しく弱音をヨシュアに漏らし、『如何しても巧く行かな
い事が有ったら、その時はちょっとだけ力を貸してね……』と言ったが、其れに対しヨシュアはエステルの肩を抱いて『当たり前だよ。君の悲しみや苦
しみを完全に分かち合う事は出来ないけど、こうして傍に居る事は出来るから。僕の力で良かったら、幾らでも貸してあげるから』と言って来た。
……何だこのイケメンは!?
まぁ、エステルも其れですっかり安心したみたいだから良いがな……何だってナチュラルにこんな事が出来るのだろうなヨシュアは。
因みに、夜が更けておねむになってしまったレヴィは、私がエステルと交代して担いで行った……妙に静かだと思ったら、バルニフィカスを杖にして眠
っていたとは、器用な事だなマッタク。










夜天宿した太陽の娘 軌跡67
『ツァイスからの離脱、目指せ王都!』









ツァイスに戻り、キリカに報告をしたのだが、キリカは既に新たな情報を得ていて、『軍が本格的に動き出して、定期船も使えなくなるかも知れない』と
言う事を教えてくれ、更に『軍がレイストン要塞の件で遊撃士に対して厳しい対応をしている』と言う事まで教えてくれた……アガットが黒装束に見つ
かった事で遊撃士は軍にマークされるとは思っていたが、まさかこんなに早く動くとはな。――そして、そんな軍の内情をどうやってキリカは手に入れ
たのかだが、『早くツァイスから離れた方が良い』と言われ、明朝にツァイスを発つ事になった。
そして、ツァイスを発つ前にもう一度ギルドに挨拶に行ったら、何とキリカがツァイス支部の推薦状を用意して渡してくれた……『ラッセル博士を救出し
たというのは、充分な推薦理由よ』と言ってくれた……勿論、有り難く受け取ったがな。


なので、ツァイスとグランセルを結ぶ関所に向かっている訳だ。その途中、空に軍の警備艇がツァイスに向かってるのを見たが……キリカやマードッ
クは私達よりも軍の扱いになれてるだろうから、心配するのは杞憂だろうな。
ヨシュアも『若輩者の僕達が心配するなんて、逆に失礼かもね』と言った位だしね。
取り敢えず、情報部の連中に手を打たれる前にグランセル地方に入った方が良い――関所まではあと少し、其処を抜ければ夕方には、グランセルに
到着できるだろう。



「ねー、ねー、これから行くぐらんせるってどんなところ?るーあんみたいなおっきなまち?」

「そうね、確かに大きな町だけどルーアンとは比べ物にならない位大きな町よレヴィ。
 十年前に父さんと一緒に行った事があるんだけど、町の中心部には大きなショッピングセンターがあって、大きなホテルや建物があって、更に女王
 様が住んでるとっても大きなお城があるのよ。」

「おしろ!?やねに金のしゃちほこついてる!?」

「しゃちほこって何?ヨシュア知ってる?」

「知らない……矛ってついてるから武器の類かな?」



レヴィ、何で城と聞いて日本の城を思い浮かべた?少なくとも闇の書の構成素体であったのならば古代ベルカの城を知っている筈なのだが、何故に
日本の城を思い浮かべてしまったのか謎だ。
そして、しゃちほこの事はエステルに説明してないから知らないのは仕方ないとして、まさかヨシュアが頓珍漢な事を言うとは……知らないから無理も
ないかも知れんが。
え~とだな、しゃちほこと言うのは、私の主が居た世界にある城の屋根に乗せられる装飾品の一つで、魚の身体に虎の顔がくっついた想像上の生き
物で海洋生物のシャチとは全く関係ない。



「えっと、アインスが言うには『魚の身体に虎の頭がくっついた想像上の生き物』だって。」

「其れは、最早魔獣の類だね。」

「でね、しゃちほこはとってもおっきくて、ぜんぶじゅんきんでできてるんだって!」

「純金って、其れはとても値段が付けられないね。」



多分な。
再現された名古屋城のしゃちほこは金色のレプリカだが、本物のしゃちほこに値段を付けたらトンデモない事になるのは間違いないだろう……ドレだ
け安く見積もっても億は下らないだろうね。
それで、何かあったかエステル?



《な、何かって?》

《はぁ、十年もお前と一緒に居るんだ、今お前が何か悩んでる事位は分かる……ヨシュアの事か?》

《え?……うん。ヨシュアはアタシの事を如何思ってるのかと思ってさ……嫌いじゃないとは思うのよ、何時も傍にいてくれるし、何時も気に掛けてくれ
 るし……》

《そうだな……なら、お前はヨシュアの事を如何思ってる?ヨシュアが家族でなかったら、お前はヨシュアを如何思う?》

《家族じゃなかったら?家族じゃなかったら……へ?あ……あぁーーーー!!!》



……漸く気付いたかこの鈍感娘は。



《アタシ、ヨシュアの事が好きなの?家族じゃなくて、一人の男の子として?》

《いや、其処でなんで疑問形になるんだお前は?》

《だ、だってヨシュアは家族で……でも、でも!!あうぅぅ……》

《家族であっても血が繋がっていなければ将来的に結婚も可能だと、確かアルバが言っていなかったか?だから、家族でも全然問題ないぞ?》

《けけけけけ、結婚って、そんな……!!》

《あ~~……でもお前からヨシュアに交際を申し込む場合は兎も角、ヨシュアからお前に交際を申し込む場合は、最強のラスボスであるカシウスが立
 ち塞がるかも知れんな。》

《何でそこで父さんが出てくるのよ!?》

《『娘が欲しければ俺を倒していけ』的な感じだ。
 そして、見事カシウスを倒したヨシュアはエステルと結ばれ、結婚した後は子宝にも恵まれ、愛する妻と可愛い子供達と幸せに暮らしたのでした、め
 でたしめでたし。》

《昔話風に終わらせないで!?》



いや、反応が一々面白いな?此れが恋愛初心者と言う奴なのかも知れんが、漸く自分の気持ちに気付けたのは良い事だ……若干私が誘導した気
がしなくもないがな。
と言うか、精神世界で此れだけテンパってるに態度に其れが出てないエステルって、実はとっても凄い奴なのでは?普通は態度に出るからな。



「えすてるー、クロハネー、よしゅあー!なんかでっかいたてものが見えてきたぞ?」

「アレが第一の目的地だよレヴィ。
 王都を囲むアーネンベルクの関所……セントハイム門だ。」



と、なんやかんややってる間にセントハイム門に到着していたようだ……城塞の関所、矢張り間近で見ると迫力があるな?ハーケン門にも匹敵する
大きさだ。
矢張り王都の防衛も担っているので、相当に堅牢な作りになっているのだろうな。
通行許可をもらいに関所内に入ったのだが、中は兵士達が警戒態勢と言った感じで物々しいな……若しかしたらアガットを探しているのかも知れん。
何らかの形で要塞の一件は伝わっているだろうしな。



「念のため、僕達も遊撃士だと言う事は伏せておこう。」

「そうね。」

「僕は?」

「アタシ達の歳の離れたお友達で♪」

「わかった!」



まぁ、レヴィはその扱いが妥当だな。
受付では『態々街道を通ってデートかい?』とからかわれたが、ヨシュアが『そんなんじゃないですよ、こう見えても僕達兄妹なんです』と言ったら、『そ
う言えば名字が同じだね』と受け付けも納得していたみたいだ……其処で『姉弟』じゃなくて『兄妹』と言うのは、自分の方が年上だと言うヨシュアのさ
さやかなアピールだろうか?
レヴィの事は、エステルが言ったように『歳の離れたお友達』で納得してもらった。



「此れは此れは、エステルさんにヨシュア君、其れにレヴィさんではありませんか。」

「あーー!ぐれんのとうのへんなおじさん!!」

「アルバ教授……またタイミングよく現れるわね?」

「ストーカーみたいに言わないで下さいよー。私だって本当はもっと早く王都へ行く筈だったんですけど、此処に来るまでやたらと軍人さんの職務質問
 に捕まってしまいまして……」

「それって、教授が怪しい人だからじゃないの?」



此処でアルバが登場したのだが、エステルよ其れは言ってやるな……コイツは怪しさ120%だからな?と言うか、考古学者と言う肩書が無かったら
何度不審者として通報されてるか分からん。



「教授、アインスが『考古学者って肩書が無かったら何度通報されてるか分からない』ってさ。」

「エステルさんもアインスさんも容赦ありませんねぇ!?
 って、軍人さん、私は決して怪しい者ではありませんよ?彼女達とは知り合いですし、なんたってこの子達はれっきとした遊撃士なんですから。」

「あぁ、其れ言っちゃうの!?」

「教授、其れは……!」

「遊撃士だと!?なら通行許可は取り消しだ!奥で話を聞かせて貰おうか!!」



っと、私達が遊撃士だと分かった途端に態度が一変したな?
エステルが『如何して?』と聞いたら、受付の兵士が『リベール各地で女王陛下に反逆するテロが起きたらしく、其の中に遊撃士を装って活動してる
連中がいるらしい』と言う事を教えてくれた……成程、情報部はそう言う情報を流したと言う訳か。



「兎に角、軍本部からの命令だ!身元が証明されるまで此処に留まって貰うぞ!」

「じ、冗談じゃないわよ!!」

「そーだぞ!じょーだんじゃないぞーー!!じょーだん!じょーだん!マイケル・ジョーダン!!」



レヴィ、お前は一体何を言ってるんだ?まぁ、確かに関所で足止めと言うのは冗談ではない……私達の身元を証明するには可成りの時間が掛かる
だろう――遊撃士協会に確認を取って、更に此れまで訪れた各地の支部にも確認をとなったら相当だからね。
此処はいっその事、カシウス・ブライトの雷名を使っても良いかも知れん……軍内部でも伝説となっているカシウスの娘だと言えばアッサリと通れるか
もしれないからな。ブライトと言う性は、珍しいみたいだしね。



「あの、私が保証しましょうか?」



だが、その前にアルバが私達の身元を証明すると言って来た。
兵士も『アンタ何様だ!』と言ったが、アルバは『エステルさんも言っていましたが、私は考古学者のアルバと言います』と素性を明かし、更に『リベー
ルが誇る王立歴史資料館の栄えある特別客員と言う肩書を頂いております』と追加した……コイツ、中々偉かったんだな。



「これからその資料館へ研究報告に向かう所なのですが、王都の街道には魔獣が出るとの話を聞きまして、其処で其方の遊撃士さんに護衛をお願
 いしたんですよ。」

「しかし、アルバさん……」

「何でしたら、問い合わせてくださっても結構ですよ?
 尤も、由緒正しい歴史資料館の館長直々にしたためて下さった、この紹介状に疑わしい所があれば……の話ですが。」



更にアルバは封筒に入った何かまで見せて兵士に畳み掛ける……ギルドからの依頼はなかったので、完全にアルバのハッタリなのだが、堂々と主
張したのがよかったのか、兵士はアルバの言う事を信じて関所を通してくれた。
歴史資料館の館長、可成り偉い人なんだな。



「遊撃士諸君!!学者殿を確りお守りするのだぞ!」



そんな声を背に、関所を通過していよいよグランセルに入ったな。



「う、巧く行きましたかね?」

「助けてくれてありがとう、アルバ教授!」

「うん、スッゴクたすかった!やるな、変なおじさん!」

「そ、それは良かった……実は私、嘘を吐くのはあまり上手くないので。」

「じゃあ、さっきの嘘も本当にしちゃいましょ♪」



ふ、そう来たかエステル。
だが、其れは良いと思うぞ?ギルドからの依頼は無かったが、民間人を安全に街まで護衛するのも遊撃士の立派な仕事だし、あのピンチを助けてく
れたアルバに対しての礼にもなるしな。

其れでは改めて行くとするか、王都グランセルに――!!











 To Be Continued… 





キャラクター設定