Side:アインス


ドロシーから見せられた写真は、事件の日に鉢合わせたカノーネに提出した感光クォーツを返して貰おうとレイストン要塞に行った時に撮ったモノら
しい――ナイアルは、『返して貰えなかったら意味ねぇだろ』と嘆いていたが、この一枚は私達にとってはこの上ない手がかりだな。



《アインス、此れって……鳥とかじゃない、よね?》

《鳥ではないな……仮に鳥だとしたら、此のシルエットはラドン並みの巨大な鳥になってしまうからね――仮に魔獣の類だとしても、此処まで大きな
 鳥型の魔獣は、少なくとも今現在では確認されていない筈だ。
 と言うか、この形的に飛行船……いや、この形は!!》

《え?……あ~~~!!》

「此れって、ラッセル博士を攫った飛行艇!!」

「な、何だって!?」

「間違い無いわ!アタシこの目で見たんだから!」



ドロシーが撮った写真に写り込んでいたのは、ラッセル博士を攫って行った黒装束達の飛行艇だった……何故軍の本拠地の近くを堂々と飛行出来
たのかは分からないけどな。……ナイアルとドロシーも、其れについて彼是言っているみたいだが、結論は出まいな。
ならばどうするか……直接乗り込んで、軍の関係者に来てみるしかあるまい。



「へ?ちょっとそれマジで!?いや、アタシも其れは考えたけど……」

「エステル?」

「ご、ごめんヨシュア!アインスが『直接乗り込むか』って……」

「ちょくせつ?……よし、なぐりこみだな!」

「だからレヴィ、其れは違うよ。
 でもまぁ、色々な可能性が考えられると思うけど、此処はアインスの言う通りだと思う――と言うかエステルも同じ事を考えたんでしょ?
 マッタク情報がない状況で手に入れた貴重な情報なんだから、其れを活用しない手はないからね……僕は、その意見に賛成だよ。」

「ヨシュア!!」

「レイストン要塞に行って話を聞いてみよう。」



方針は決まったな。
先ずはレイストン要塞にだな……何故黒装束達の飛行艇があんな場所を飛んでいたのか――こんな事は考えたくないが、まさかアイツ等は……ま
さか、な。









夜天宿した太陽の娘 軌跡65
『怪しきはレイストン要塞っぽいな?』









ヴァレリア湖南岸に現れた巨大な建物――此処が王国軍総司令部のレイストン要塞か。実際に見ると威圧感が物凄いな?リベール王国最大にし
て最重要の軍事施設は伊達ではないか。
確か十年前の戦争でも、この基地は陥落せずに反攻作戦の拠点になったのだったな。



「よっしゃー!それじゃ、いっくぞー!」

「そうね、行きましょ!」

「君達は、つくづく物怖じしない子だね。」

「そんな必要は無いでしょ?敵が出て来る訳じゃないんだし。」



まぁ、確かに敵が出て来る訳ではないからな。
だが、跳ね橋を渡っている途中で、スピーカーから声が聞こえ『民間人が立ち入って良い場所ではない』と言われてしまった――そこで、すかさず自
分の身分を明らかにして用件を伝えたエステルとヨシュアは見事だ。
特に、『責任者は不在だ』と言われた事に対し、情報部の人間を頼んだヨシュアはな。リシャールとカノーネに伝えて欲しい事が有ると言うのも、実に
見事な交渉方法だと言える――情報部のトップ2である二人に伝えて欲しい事が有ると言われては、流石に無視は出来ないからな。



「ね、ねぇヨシュア、リベールで一番大事な基地の責任者が留守って、よくある事なの?」

「全く無いとは言い切れないけど、早々あるモノではないと思うよ……其れよりも、来たみたいだよ。」



目の前の重厚な鉄の扉が自動的に……この扉もまたオーブメントで制御されていると言う事か。
そして、何重もの鉄の扉が全て開いた先から現れたのは、茶色の髪が特徴的な男……マクシミリアン・シードと名乗る男だった。シードの話では情
報部の人間も全員不在で、伝言があるならば自分が聞くと来たか。

其処で、ヨシュアが例の写真を見せたのだが、シードの反応は今一だった。
エステルが、『写真に写ってる飛行艇が、ラッセル博士を攫った一味の飛行艇とそっくりだった』と伝えても、『情報部に伝えておこう』と実にドライな
反応だ……シードもモルガンと同様に遊撃士を快く思わない軍人かとも思ったが、このドライさが逆に怪しいな。



「ちょっと、其れだけ!?」

「それだけ、とは?」

「何よ、其れ……犯人の飛行艇が、ラッセル博士への唯一の手掛かりが、この近くに来たかも知れないのよ?」

「そーだそーだ、クリームソーダ!こんなじゅーよーなじょーほーをきいて、それですますのかーー!」

「……其れを見逃したのは完全に此方の不手際だな、申し訳ない。」

「そ、そんな事を言ってるんじゃなくて!!」

「シード少佐、一つだけ聞かせてください……情報部の方は、今どちらに?」

「……軍事機密だ。」



其れだけ言うと、シードは要塞の中に戻って行ってしまった……此れは、私の最悪の予測が当たってしまったかもしれないな。



《アインス、こんな事考えたくはないんけど……》

《分かってる……が、思った以上にガードが固い。此れ以上の追及は無理だろう……せめてあと一歩、決定的な証拠が掴めると良いんだが……》



――ガゴン



ん?扉の動きが止まった?なんだ、故障でもしたのか?
何事かと思い、入り込めるギリギリまで入って聞き耳を立てると、『例の現象が起こっただと?』と言う声が聞こえて来た……如何やら扉の動きが止
まったのは故障ではないみたいだな?此れは、あの黒のオーブメントの導力停止現象によるものか!


「あれ?とまっちゃったぞ?」

「ヨシュア、此れって……」

「みたいだね、戦術オーブメントも機能してない……黒のオーブメントの導力停止現象――即ち、博士がこの要塞内に居るって言う、証拠だよ。」



そう、ラッセル博士だけでなく、黒装束達は黒のオーブメントも中央工房から持ち去っていたからね……その黒のオーブメントの力である導力停止
現象が起きたと言う事は、要塞内にラッセル博士が居る可能性は極めて高い。
此れは、ドロシーの写真は思った以上の働きをしてくれたな?犯人に繋がる手掛かりが分かれば上出来と思っていたのだが、まさか犯人に直結す
るモノになるとは思っても居なかったからね。
取り敢えず一度ギルドに戻って、此れからの方針を決めよう。如何動くにしても、確りと方針を決めておかねば、思わぬところで足元を掬われる事に
なり兼ねないからね。



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ギルドに戻ると、其処にはアガットとティータ、そしてマードック工房長が居た――其処で改めてキリカに、ラッセル博士がレイストン要塞に監禁され
ている旨を伝える……マードック工房長は動揺していたが、ヨシュアが『軍も一枚岩ではなく、軍内部で何らかの陰謀が進行してるのかも知れない』
と言うと、何も言えなかった……ヨシュアの言っている事は筋が通っているからね。
アガットもアガットで、『あの黒装束共、軍の関係者かも知れねぇのか』と息巻いて、闘気は充分なのだが、協会規約の第三項の『国家権力への不
干渉』と言うのがネックになってくる。つまり、軍がシラを切る限り、私達は手出しが出来ないのだが……



「ただし、この原則には抜け道があるわ。」



そう言ってキリカが示したのは、協会規約の第二項『民間人に対する保護義務』だった――遊撃士には、民間人の生命・権利が不当に脅かされて
いる場合、其れを保護する義務と責任を持つと言う奴だな。
攫われたラッセル博士は民間人だから、私達遊撃士がラッセル博士を保護する大義名分には成る訳だ。
だが、今回はリスクが大きい……レイストン要塞からラッセル博士を連れ出すと言うのは、リベール王国軍の全てを敵に回す可能性がある訳だから
な――キリカも其れを指摘して来たしね。『女王陛下をも敵に回しかねない』と付け加えた上でな。
だが、王国軍は敵に回しても女王陛下は敵にならんだろう……女王陛下ならば、事情を説明すれば分かって貰えるだろうからね。

だがキリカは、『たった一人の人間を救う為に、其処までのリスクを負う必要があるのか?』と聞いて来た……だが、愚問だな。


「「リスクなんて、そんな事は如何でも良い!!博士が其処に居るって言うのなら、助け出してティータを、ツァイスの人達を安心させるだけ!!
  そうした事で理不尽な苦しみを強いられる人が出ると言うのならば、その人達も纏めて助けて見せる――その、人を守り支える小手の紋章に誓
  って!!
  それが、アタシ(私)達遊撃士の仕事でしょ(だろう)!?」」


恐らく、過去最大級に長いシンクロセリフだったが、思い切り啖呵を切ってやった。
が、其れが逆に良かったらしく、キリカが『全ての責任は私が持つ』と言って、私とエステル、ヨシュア、アガットにギルドからの正式な要請としてレイ
ストン要塞に囚われているラッセル博士の救出を頼まれた。

其れは良いのだが、如何にも軍は妙な事になってるらしい……キリカが言うには、レイストン要塞の軍総司令部と情報部、王都の王室親衛隊は兎
も角として、ハーケン門の国境師団にも連絡が取れない状況となっているらしい。
ハーケン門……あのいけ好かないモルガンとは別に連絡を取ろうとは思わないが、連絡が取れない状況と言うのは普通ではないか……軍内部で
何かが起きている事は間違いないか。

その後、『心して掛かりなさい』と言ってキリカがレイストン要塞の概略と資料を持って来てくれたんだが、一体何処でこんなモンを手に入れたんだ?
軍事施設の概略と資料など早々手に入るモノじゃない、と言うか普通は絶対に部外秘の筈なんだが……ツァイス支部の受付嬢キリカ、若しかしたら
コイツは私が思っている以上にトンデモない奴なのかもしれない。



「内部の構造は此処にある通り。問題はどうやって中に入るか……ね。
 あそこの警備は完璧に近いの。導力センサーが周囲に張り巡らされているから、外壁は勿論、湖からの侵入も難しいわ。」

「となると、後は空からか……」

「無理よアガット!不審な船は近付くだけで撃ち落とされちゃうわ!」

「そ、そうか。」



問題はどうやって入り込むかだが、空からは無理だとエステルが否定してくれた事で、黒装束共が軍の関係者である事が確定したな……そうじゃな
ければ、ドロシーが写真に収める前に撃ち落とされているだろうからね。
クソ、こんな時にあの黒のオーブメントがあれば侵入も楽に出来ただろうに……あの導力停止現象を使えば、導力センサーも止める事が出来る筈
だからな。
此のままでは八方塞がりなのだが……



「あの、ライプニッツ号なら怪しまれずに要塞に入れるんじゃないですか?」



ティータの此の一言が状況を打開する一手になった。
要塞に資材の搬入なんかで定期的に要塞に行っているらしいからその船に乗って行く訳か……とは言っても、流石に軍側のセキュリティは徹底さ
れていて、積み荷に紛れて入ろうにも、よりにもよってラッセル博士が開発した『生体感知器』によって感知されてしまうと来た。
のだが、ティータが『お爺ちゃんが生体感知器を無効にするオーブメントを作ってたの』と更なる切り札を切ってくれた……と言うか、其れは私達がツ
ァイスに来た時に博士が起動実験をしてた物だよな?……アレがこんな所で役に立つとは、世の中分からんモノだな。
まぁ、ラッセル博士の試作品だけに、動かし方が分からないのが難点だがな……エステルは『ムリムリ!絶対無理!』と言っているし、アガットはア
ガットで『き、気合で何とか』と言ってるからな……ヨシュアも多分無理だろうし、レヴィは戦力外――私も、多分無理だな。



「私なら動かせます。私が一緒に行きます。」



此処で、ティータがまさかの三枚目の切り札を切って来たか……此れもまた『自分が出来る事』を考えた結果なのだろうな。
勿論此れには、エステルとマードック工房長も驚き、アガットも苦言を呈したか……ヨシュアだけは、要塞の概要と資料と睨めっこしていたが、こう言
う時は少しこっちにも関われよ?必要な事だから見ているのは分かるがな。



「そっか、じゃーいっしょにいこー!」

「レヴィ!?」

「青ガキ!?」

「てぃーたはハカセをたすけたい。そんで、そのおーぶめんとはてぃーたにしかうごかせないなら、いっしょに行くいがいのせんたくしなんてない!!
 そーだろてぃーた!」

「レヴィちゃん……うん!
 あのオーブメントがないと要塞に入れなくて、其れを動かせるのが私だけなんだったら、私だって出来るだけの事がしたいです!
 私達を助けようとしてくれる人達の……お姉ちゃんとお兄ちゃんとアガットさんと、レヴィちゃんの力になりたいの!」



此れはまたレヴィが勢いでやってくれたが、今回ばかりは其れが正解だったな。
確かに生体感知器を無効にするオーブメントを動かせるのがティータだけだと言うのならば、ティータが同行しない手はないし、危険があると言うのな
らば、戦う力を持って居る私達が守ってやれば良いだけの事だ、そうだろうエステル?



《モチのロンよ!》
「ありがとう、こっちからもお願いするわ!ティータの事は必ずアタシが、アタシ達が守るから!」

「お前等な……ったく、その代わり、足手まといになったら容赦なく見捨ててやるからな!!」

「は、はい!!」

「なによー!えらそーに!!」



いやいや、実際にアガットは正遊撃士だから、準遊撃士である私達よりも偉いから其れを忘れるな?……尤も、アガットのあのモノの言い方は不器
用な優しさの裏返しなんだろうがな。本当に足手纏いになるなら、そもそも同行すら許可しないだろうからね。



「話は纏まったみたいね。……くれぐれも気を付けて。エイドスの加護を。」



取り敢えず方針は決まったので、私達は半分に仕切られたコンテナに入って行く事になったのだが、此れはドレだけ頑張っても四人が限界じゃない
か?……此れはレヴィに待っててもらう事になるのだが、レヴィに留守番なんて絶対に無理だから、さて如何するか?



「もう一人は無理だけど、猫くらいなら入れるかしら?」

「ネコ?……それなら、これでどーだ!」



――ボン!



って、レヴィが猫になった!?……何とも悪戯好きな猫になったな此れは。



「へんしんまほーでネコになってみた!」

「オイオイオイ、流石にこりゃ反則じゃねぇか?変装じゃなく、完全に別モンになるとか有りかオイ?」

「アガット……この際細かい事は言いっこ無しって事で!フルメンバーで突入できるなら問題なし!
 其れにレヴィが居れば、本気でヤバくなったその時は、レイストン要塞ごとぶった切る事も出来るだろうから、一緒に来てくれた方が頼もしいし!」

「馬鹿野郎、要塞ぶっ壊すなんぞ大問題だ!」

「その辺はキリカさんにもみ消して貰って!!」

「アイツだと其れが出来そうなのが否定出来ねぇのが恐ろしいんだよ!!」



……まぁ、取り敢えず此れでフルメンバーでレイストン要塞に突入出来るな――コンテナの中は可成り詰めなければ入り切らないので、ギュウギュ
ウになってしまったがね。
そして、入る関係でヨシュアとエステルが密着状態になるだけでなく、可成り顔も近い状態になってしまったか……顔の熱を感じるから間違いなくエ
ステルの顔は赤くなってるだろうな。
ヨシュアも平静を装っているが、此れだけ距離が近付けば、流石に少しばかりアレみたいだな……此れは、もしも温泉の時に私が代わらなかったら
ヨシュアはどんな反応をしたのか気になるな?……逆に言うのなら、私はヨシュアに異性として見られていないと言う事でもあるから少しばかり複雑
ではあるけどね。――はぁ、エステルとヨシュアがお互いの気持ちを相手に伝える機会を如何にかして作る事が出来ないモノか……エステルもヨシュ
アも幸せになって欲しいモノだ、特に私達には想像も出来ないような壮絶な過去があるであろうヨシュアにはな。

まぁ、其れはまたいつかにして、次なるミッションはラッセル博士の救出だな……このミッション、必ずコンプリートしなくてはだな――!!








――――――








Side:シード


民間人であるラッセル博士を攫って、更に謎のオーブメントの解析をさせようなどと、何と言う王国軍人にあるまじき行為か……だが、私は逆らう事
が出来ん……私だけでなく、モルガン将軍ですら。
彼は、完全に王国軍を掌握してしまった……此のままでは全てが彼の思い通りになってしまうだろうが、昼間に要塞を訪ねて来たあの二人の遊撃
士ならば何とかしてくれるかもしれない。
エステル・ブライトとヨシュア・ブライト……カシウス大佐の子供達よ、君達ならばきっと事の真実に気付いて博士を助けに来ると信じている――其の
時は、私も出来るだけの助力をしよう。


其れが、私に出来るせめてもの罪滅ぼしだからね……













 To Be Continued… 





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