Side:アインス


ヨシュアの名演技の後は、エステルとクローゼのターンだ。……天真爛漫な元気系美少女のエステルと、清楚で可憐な美少女であるクローゼの二
人が演じる男役と言うのは中々に華があるな?
まるで、宝塚の花形の男役みたいだ。



「覚えているかオスカー?幼き日、此の路地を駆けまわった時の事を。」

「ユリウス……忘れる事など出来ようか。
 君とセシリア様と無邪気に過ごしたあの日々は……かけがいのない自分の宝だ。」

「だが……太陽の様に美しかった姫の輝きは、日増しに陰りを帯びている。」

「そして……嗚呼……彼女の嘆きを深くしているのが、他ならぬ我々の存在だとは……」



そして、エステルもクローゼも見事な演技だな。
ヨシュアのセシリア姫も見事だったが、エステルのユリウスも長い髪が逆に『貴族階級の騎士』のイメージにピッタリだし、クローゼはショートカットの
髪のおかげでより男装が様になっている……男装の麗人とは正にこの事だな。

さてと、エステルは演技に集中しているが、同じ視界を共有してる私は観客席を観察中だ……ふむ、テレサ先生に孤児院の子供達は当然居るとし
て、ダルモア市長、ナイアルにドロシー、デュナンにフィリップ、ボースのメイベル市長にメイドのリラ、オイオイ、リシャール大佐にカノーネまでいるじ
ゃないか?
市長に侯爵に軍の大佐……此れだけの地位のある人が集まる学園祭など聞いた事が無いが、其れだけジェニス王立学園の学園祭と言うのはリ
ベールでは大きなイベントと言う事なのだろうな。……ん?



「…………」



何だ?客席の一番後ろで立ち見をしているあの男……銀髪に、象牙色のコート?……聞いた事のある組み合わせだが――只者ではないな。
抑えているのだろうが、真の強者のみが纏う事の出来るオーラを完全に隠す事はカシウスですら無理だからな……カシウスと同等クラスのオーラ
を感じたよ。
果てさて一体何者なのか……機会があれば、是非とも手合わせをしてみたいモノだがな。










夜天宿した太陽の娘 軌跡57
演劇と寄付金と……まさかの襲撃と』









劇の方は滞りなく進んでいるな。
貴族と平民の軋轢は日を追うごとに大きくなって行き、ユリウスとオスカーも己の意思とは無関係に貴族勢力と平民勢力の争いに巻き込まれて行
き、ユリウスは父から、オスカーは議長から夫々の勢力の代表との決闘を言い渡される。
だが、決闘を間近に控えた夜、オスカーは貴族勢力が雇った刺客の襲撃を受けて利き腕を怪我してしまうのだが、此処でハプニング発生。



「このひきょーもの!僕がせーばいしてやる!!」

「な、何だこのガキ!?」



興奮したレヴィが自分の出番じゃないのに舞台に乱入してしまった!
刺客役が慌てて舞台下手に逃げようとするも、レヴィは其れすら追いかけてブッ飛ばしそうな勢いだ……ヤバいな、このままでは劇が滅茶苦茶に
なってしまうぞ?



「にがすか!!」

「待て、深追いはしちゃダメだテスタロッサ!」



と思っていたら、クローゼがレヴィを止めて、其処から絶妙なアドリブで劇を繋げてくれた……レヴィの事を、私の『昔話』で聞いたテスタロッサの名
で呼んだのも見事だ。
で、テスタロッサはオスカーを慕う平民の子で、偶々オスカーが襲われた場面に出くわしてオスカーを助けに来た……と言う具合に話を修正してく
れた……クローゼの対応力は見事であると言わざるを得まい。
本来ならレヴィにはキッツイお説教があって然るべきなのだが、ジルもハンスもレヴィの事を分かって居た為、軽い注意で済んだな……アホの子
と言うのはこう言う時、何かと得な気がする。

さて、劇は続き、オスカーと決闘をする事になったユリウスは、セシリア姫にその許可を求め、勝者には姫の夫となる幸運を願い出る……セシリア
姫も其れを断る事は出来ず、幼馴染みの二人は遂に剣を交える事になった。
で、一番の見せ場である決闘シーンになった訳だが、エステルもクローゼも演技を忘れて熱が入っているな?
クローゼの剣術の腕前はレイヴンとの一件で明らかになっているが、エステルもまた嘗ては剣聖と謳われたカシウスに基本を叩き込まれただけあ
って、剣術も中々の腕前だからな。
そんな二人が剣を交えれば、其れはもう見事な剣戟の出来上がりだ。……その剣戟に、火花のエフェクトを追加するのが、割と楽しかったりしたの
だけどね。

決闘の最中、オスカーが利き腕を負傷している事に気付いたユリウスだが、オスカーの一言で次の一撃で勝負を決する事を決め、お互いに全身
全霊の一撃を放ち――



「ダメー!!」



その一撃は、幼馴染みの決闘を止めようとしたセシリア姫を貫いたのだった……此れだけならば悲劇なのだが、姫の死を嘆き悲しんだ人々は、漸
く自分達の過ちに気付き、そんな人々の前に全てを見ていたその女神が舞い降り、人々の後悔と心からの懺悔を聞き入れた女神は奇跡を起こし
た……ユリウスとオスカーの剣に貫かれて命を落としたセシリア姫を蘇らせたのだ。



「セ……セシリア!」

「姫!」

「まあ……ユリウス、オスカー……私は死んだはずでは?」



『何で死んだときの記憶があるんだ?』とは言ってはいけないのだろうね……まぁ、そう言う私もある意味では『死んだときの記憶がある』と言える
しな。
ともあれ、セシリア姫が生き返った女神の奇跡で人々は身分制度の愚かさに気付き、対立は終わりへと向かおうとしていた――そんな中で、ユリ
ウスはオスカーとの決着が付いてないと言いながらも、オスカーが利き腕を負傷していた事を理由に今回の勝負は此処までとし、利き腕の負傷と
いうハンデがありながらも互角の勝負をしたオスカーにこそ今回の勝利は与えらえれるべきだと言い……



「さぁ姫!!今日の所は勝者へのキスを……!!皆が其れを期待しております……」

「……分かりました。」



セシリア姫とオスカーは口付を交わす……何とも絵になるな此れは。



「…………」



其れを見たエステルは呆気に取られているな……尤も、自分が如何して呆気に取られているのかすら分かってないだろうがな。……其れと、アレ
は実際にはキスはしてなくて、客席からはしているように見える『ふり』だ。脚本にも書いてあった事だが、其れも忘れてるな此れは。……まぁ、そ
れだけ衝撃的だったのだろうけどね。
だが、何時までも呆けているな?お前に残された最後のセリフが有るだろう?



「!!きょ、今日と言う良き日が何時までも続きますように!」

「リベールに永遠の平和を!」

「リベールに永遠の栄光を!」



そして舞台の幕が下りる……割れんばかりの歓声と拍手の波――此れは、劇は大成功だったと言って良いだろうね。エステルもヨシュアもクロー
ゼも、そしてこの劇に関わった全ての人達にお疲れ様だな。








――――――








Side:???


男女逆転劇とは中々に新鮮だったな……姫君と剣聖の娘の演技も申し分なかった。
劇の最後は矢張り大団円か……だが、其れで良い。――せめて現実ではない劇の世界でくらいは、悲劇が悲劇のまま終わらない結果が有って
も良い筈だからな。

……ふ、劇の雰囲気に中てられたか……俺らしくもない。――其れとも或いは、アイツのセシリア姫にお前の面影を見たからなのか……イカンな。
如何にもルーアンでは心を乱されている様だ……一度、自分を律しなくてはな。








――――――








Side:アインス


劇が終わった後は、スタッフ出演者一同、劇が成功した事を喜び、舞台裏で盛り上がった――まさか、エステルが私が教えた『三本締め』を行うと
は思わなかったけどね。



「テレサ先生。皆!」

「カッコ良かったぜ姉ちゃん達!」

「ヨシュアちゃん、とっても可愛かったの。」

「あはは……」



その後はテレサ先生と子供達と合流だ――クラムがエステルとクローゼに『カッコ良かった』と言うのは別に良いとして、ポーリィよヨシュアに『可愛
い』と言うのはある意味トドメだからやめてやってくれ。
悪意のない純粋な感想だからこそヨシュアには余計に刺さるからな。

で、テレサ先生も『ルーアンでの良い思い出になりました』とクローゼに言っている……別れは辛いが、今生の別れと言う訳ではないし、クローゼも
『王都までは飛行船に乗れば直ぐの距離』だと言ってるからな。会おうと思えば何時でも会えるさ。

と、空気がしんみりしたところに学園長とジルが現れ、学園祭の来場者から集まった寄付金100万ミラをテレサ先生に渡し、『孤児院の再建に役立
てて下さい』と言ったな。
テレサ先生は『受け取れない』と言っていたが、学園長が『この寄付金は生徒達の頑張りによって齎されたものだから、彼等の努力を無にしては
いかん。』と言い、『亡きジョセフと、何よりも子供達の為に受け取りなさい』と言ったことで、テレサ先生も受け取る事になった……此れで孤児院の
再建は出来るか。良かったな。



「良かった、先生……よか……」

「よしよし、アンタもよく頑張ったわ。」



涙をこぼすクローゼの頭を抱いてやるジル……ウーム、物凄く美味しい場面を持っていかれた気がしてならない。此処は強制的に人格交代をして
クローゼを抱きしめてやるべきだったかもしれんな。



《アインス、アンタ何を言ってるのよ?》

《スマン、若干バグってるらしい……まぁ、此れで一件落着と言った所だな――ところで、ヨシュアは何処に行った?姿が見えないが?》

《そう言えば……?》
「ヨシュア?」



何処に行ってしまったんだアイツは?さっきまで子供達の相手をしていた筈だが……エステルに何も言わずに居なくなるとか、何かあったんじゃな
いだろうな?



「エステルちゃん、ヨシュアちゃんは此処には居ないよ?」

「え?」

「あのねー、ヨシュアちゃん銀色のお兄ちゃんを探しに行ったんだよー。」

「ぎ、銀色のお兄ちゃん?」



なんだ其れは?
銀色のお兄ちゃん……該当するのは銀の鎧をまとったロビン・マスク、全身銀色のシャドー・ムーン、T-1000型ターミネーターと言った所だが、流
石に違うだろうな。いたらそっちの方が問題だしな。特にT-1000。



「火事の時にポーリィ達を助けてくれたお兄ちゃんだよー。」

「!!」



火事の時に?……思い出した!
客席の一番奥で立ち見していたあの男の特徴は、火事の時にテレサ先生達を助け出してくれた男の特徴と一致するんだ!……だが、だとしたら
どうしてその男が学園祭に?テレサ先生達の無事を確かめに来たと言う訳ではないだろう……無事を確認するのならばマノリア村で出来た筈だ
からね。



「さっきね、劇の所でみかけたのー。そう言ったらヨシュアちゃん、慌てて何処かに行っちゃったのー。」

「あ、あんですってー!?」



……久しぶりに聞いたな其れ。
だが、叫びたくなるのも仕方ない――何時でも冷静なヨシュアが、私達に何も言わずに『銀のお兄ちゃん』とやらを探しに行ったと言うのは只事で
はないからな。……まさかあの男、ヨシュアの過去に関係があるのか?
兎に角、先ずはヨシュアを探さないとだな。



《そうね……何処から行く?》

《先ずは講堂だ。其処に居なかったら……あとはもう虱潰しに探すしかないだろう。》

《虱潰しって……当たりを付けて探した方が良くない?》

《……お前から、至極真っ当な方法が提案された事に吃驚だよ。》

ボースの一件でもヨシュアとシェラザードが驚くような事を言ってくれたがな……エステルは理論的な思考はまるっきりダメだが、理論的思考をリリ
ースして直感が鋭いんだよな。
エステルが直感で思い付いた事と言うのは、割と良い方向に転がるからね。

そんな訳で、講堂の後はクラブハウス、男子寮と探してみたがヨシュアは見つからず、今度は旧校舎の方に……此れもエステルの直感だな。



「あ、お姉さん。」

「へ?」



旧校舎へ向かう途中、誰かに呼び止められた……エステルが振り向くと、其処には菫色の髪にリボンを付けて、所謂『ゴスロリ』っぽい服を着た少
女が……誰だ?



「え~っと……何処かで会ったかしら?」

「あ~~、やっぱり分からないわよね?まぁ、大勢いたから仕方ないわ。
 私はレン。空賊団の事件の時に、私も人質としてあそこに居たの……助けに来てくれたお姉さんの事はよく覚えていたのよ。――お姉さんはな
 んて言う名前なの?」

「あの時の人質に!?……そう、怖かったよね。
 アタシはエステル。遊撃士のエステル・ブライトよ。」

「エステル……良い名前だと思うわ。」



レンと名乗った少女……空賊事件の時に人質として囚われていたのか。
飛行艇の乗客全員が人質になっていたから、その数は凄かったからね……彼女が居たのかどうかまでは、正直覚えていないな。



「ところでお姉さんは、何か探してたの?」

「そうだ!
 レンちゃん、あの時アタシと一緒に居た黒髪の男の子を見かけなかったかしら?さっきから探してるんだけど全然見つからなくて……」

「あの時の黒髪のお兄さん?
 見かけてないけど、どうしても見つからないその時は、レンなら高い所に登って捜してみるわ。」



高い所に……確かにそうだな。広範囲を見渡せる高所から探すのは基本だったね。GPSだって、基本は宇宙から観測している訳だしな。
レンからヒントを貰い、高い場所と言う事で旧校舎の屋上から見渡してやろうと思って来てみたら……居たよヨシュアが。



「ヨシュア!!」

「エス……」

「急に一人で居なくなったら心配するじゃない!」

「え?」

「如何して一人で行っちゃうのよ!」

「あ……ご、ゴメン。火事の時、現場に居たと言う人物が学園で目撃されたらしいから。」

「知ってるわよ!銀髪男でしょ?
 だからって、何も言わないで……そうよ、そいつと出会って何かあったら如何するの?」

「……大丈夫だよ。
 その銀髪の男性は皆を助けてくれたんだから放火犯じゃないって言ったのは、エステル、君じゃないか。……其れに付いては僕も同意見だよ。
 だから、危険はなかったと思うけど……ゴメン、少し心配かけたみたいだ。ゴメンね、エステル。」



――トクン……



で、エステルとヨシュアの遣り取りな訳だが、今エステルの心が大きく動いたな?……此れは、謝罪するヨシュアの儚げな笑顔にときめいたって所
かな?……此れは、エステルが自覚する日も遠くないかもな。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



無事にヨシュアを見つけ出し、後はクローゼと一緒にテレサ先生達が居るマノリア村に戻るだけだな。
出発前には、ジルとハンスと握手をして……『さよなら』じゃなくて『またね』と言うのは、再会の約束でもあるか。ジルとハンス、この二人との絆もま
た一生モノになるかも知れないな。

さて、陽が暮れかけた海道をマノリア村に向かって進んでいる訳だが……如何にもクローゼが上の空と言うか何と言うか。何かあったのか?



「クローゼ、アインスが『何かあったのか』って。」

「え?えぇ、ちょっと……ジークの気配が。
 如何したのかしら……何時も学園の外で待っててくれるのに。」

「アタシ達がグズグズしてたからかな……ゴメンねクローゼ。孤児院の皆とも一緒に帰れなかったし。」

「いえ、気になさらないで下さい。
 私は、エステルさん達の見送りもさせて貰いたかったですし……其れに、テレサ先生には別の遊撃士の方が護衛に付いて下さいましたから。」

「そっかー、じゃー気にしない!」



――ドンガラガッシャーン!



はい、全員見事にずっこけた。
レヴィ、そうじゃないから。『気にしないで』と言うのは本当に気にしないと言う事じゃないからな?……と言っても、レヴィには伝わらんのだろうけど
な……アホの子恐るべし。
其れとは別に、私達とは別の遊撃士がテレサ先生の護衛に付いたか……ギルドで出会ったカルナかな?彼女ならば護衛として申し分ないだろう
さ――彼女の腕前はシェラザードに勝るとも劣らないだろうからね。

っと、前から何かが走って来たな?アレは……クラムか?



「クローゼ姉ちゃん!ヨシュア兄ちゃん!!エステル姉ちゃん!!!」



随分と慌ててるみたいだが、何かあったのか?



「如何したのクラム君……先生達と一緒に帰ったんじゃなかったの?」

「早く来て!先生が……テレサ先生が襲われたんだ!!」

「「「!!?」」」

「なんだってー!?」



……何かあった所の騒ぎじゃないみたいだな此れは?
孤児院が放火された次は、テレサ先生が直接襲われたとは……如何して彼女がこんな目に遭わねばならないんだ?親を失った子供達を慈愛を
もって育てている彼女が如何して……!
放火犯とテレサ先生を襲った犯人が同一犯だろうと別だろうと、そんな事は如何でも良い……聖母の如きテレサ先生を傷つけたその報いは必ず
受けさせてやる。



《……放火犯も、院長先生を襲った奴も、絶対に許せないわ!!》

《許せるはずが無いだろう?……遊撃士たる私達は殺しは駄目だが、逆に言えば死ななければ良いとも言えるからな。……私達を怒らせた事を
 後悔させてやろうじゃないかエステル。》

《モチのロンよ!!》



太陽と夜天、相反する二つの力を宿している私達を怒らせたらどうなるかその身を持って知るが良い――未だ犯人は誰かは分からないが、犯人
が明らかになったその時は覚悟するが良い。
数々の蛮行の報い、必ず受けて貰うからな――!!









 To Be Continued… 





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