Side:アインス


レイヴンのメンバーを叩きのめしてクラムを救出し、ギルドに戻って来たのだが、アガットはまだ戻って来てはいないみたいだな?ま、そのお陰でジ
ャンから色々と話を聞けたがな。
アガットは今のエステルとヨシュア位の歳の時にルーアンに流れて来て、荒くれ者達を引き連れて暴れまわっていたらしい……その集団がレイヴン
で、アガットは当時リーダーだった――のだが、ある人と出会ったのが切っ掛けで遊撃士を目指し、今では若手のホープか。
以前のアガットの口ぶりから、その『ある人』と言うのは十中八九カシウスだろうな――寧ろカシウス以外の遊撃士では、アガットを止めて改心させ
る事など出来ないだろうからね。

でだ、ジャンと話してる最中にアガットが帰って来たんだが、取り調べの結果『絶対とは言い切れないが連中はシロ』との事。
『船員酒場で飲んだくれてたとの証言もある』と言う事だから、其れならば確かに放火犯の可能性は極めて低くなる訳か……火の手が上がった時
のアリバイはある訳だからね。
酔った勢いでの放火ならば、畑が荒らされてるのは不自然だし、ヨシュアも『放火する程の度胸があるとは思えない』と言っているしな。
となると一体誰が犯人なのかが問題になるんだが……アガットに『事件の調査は俺が引き継ぐ』と言われてしまった。
当然エステルは『あんですってー!?』と怒っていたし、ヨシュアも『納得のいく説明をしてくれますか?』と言っていたが、『私情を挟み過ぎ』、『ガキ
と民間人を戦闘に巻き込みやがって』と言われたら何も言えんな。
クローゼが手を出してしまった事を謝ったが、アガットは其れは咎めずに私達の意識が低いのが原因だと言って来た――まぁな、こう言う場合民間
人に責任を負わせる訳には行かないからね。
エステルは『院長先生と約束したんだから』と言ったが、正遊撃士と準遊撃士が同じ任務を希望した場合は、正遊撃士の方が優先されるから私達
は調査から手を引くしかないか……トドメとばかりに『只の調査に人数は必要ない』とまで言われてしまったからな。



「な、な、な……何様よアイツーーーー!!」

「僕はわかったぞ!アイツはまちがいなく『オレ様』だー!!」

「レヴィちゃん、其れは……」

「間違ってると否定しきれないのが若干悲しいかな……まぁ、悔しいけど彼の言い分は間違ってはいないからね……反論出来ないのが辛いな。」



マッタク持ってな。
クローゼが『私が剣を抜いたから』と言って来たが其れは全く関係ないよ。エステルもそう言ってるしね。……だがまぁ、アガットの私達への言葉が
厳しめなのは、アガットなりの叱咤激励なのだろう。ジャンも、『不器用な奴だから』と言ってたしな。
結局、ジャンから『今回の件はアガットが追ってる事件と関係があるかも知れないから調査は任せて欲しい』と言われたので、この件は此れっきり
なのだが……如何にも不完全燃焼感が拭えんな。











夜天宿した太陽の娘 軌跡53
新たな任務は学園祭のお手伝い』









取り敢えず、調査から手を引くにしても、此れまでの調査結果だけは報告して、今回の一件は完全に終わりなんだが、事前に熟していた掲示板の
依頼の事もあり準遊撃士のランクがアップした。正遊撃士になるには五つの支部での推薦状があれば良いが、出来れば準遊撃士最高ランクで正
遊撃士になりたいから、ガンガンランクアップも狙っていかねばな。
ただ、エステルは『院長先生とあの子達の為にも何かしたかったのに……』と、若干落胆してしまってるな……さて、如何したモノか?



「あのジャンさん。
 遊撃士の方々と言うのは、民間の行事にも協力して頂けるんですよね?」

「あぁ、内容によるけど。
 王立学園の学園祭なんか、大勢のお客さんが来るからうちが警備を担当してるしね。」

「でしたら……エステルさん、アインスさん、ヨシュアさん。
 その延長で、私達のお芝居を手伝っては頂けないでしょうか?」

「え……?」

「其れって如何言う事?」



と思っていたら、此処でクローゼから予想外の申し出だ。
何でも、学園祭の最後には講堂で芝居をする事になっていて、孤児院の子供達も楽しみにしているのだが、とても重要な二つの役がまだ決まって
ないから其れをエステルとヨシュアに頼みたいとの事だった……このまま役が決まらなければ今年の劇は中止になるかも知れないから、生徒会長
とやらに私達の事を話したら是非連れて来て欲しいと言われたから、私達に白羽の矢が立った訳か。



「な、何でアタシ達なの?自慢じゃないけど、お芝居なんてやった事ないよ?」

「片方の、女の子が演じる役が武術に通じてる必要があって……エステルさんやアインスさんだったら上手く熟せると思うんです。」

「な、成程……うーん、武術だったら結構自信あるかも。
 あ~~……でもアインスだと、少しやり過ぎて逆にお芝居を滅茶苦茶にしちゃうかも――最悪の場合、講堂そのものを吹っ飛ばしかねないわ。」

「ほんきじょーたいのクロハネには、王様もしゅんさつされたって言ってたからな~~。」



私は破壊神だからな。
いやはや、王には悪いが主とのリバースユニゾンで全盛期の力を取り戻したあの時は王ですらマッタク持って相手ではなかったからね?改めて自
分がドレだけ非常識な存在なのかと言う事を実感させられたな。
だがまぁ、そう言う事なら確かにエステルはうってつけかも知れん。
其れでヨシュアの役なのだが、如何やらクローゼの口から言うには恥ずかしいとの事……果てさて、一体どんな役なのやらだね。ヨシュアが『其れ
って如何言う意味?』とか聞いたのも仕方ないな。
私の予想としては、本命が『中性的な男の娘』、次点で『イケメンのオカマ役』、大穴で『女装しての女性役』なんだが如何だろう?



《大穴が大穴過ぎる件について。》

《大穴過ぎれば大穴過ぎる程配当金がデカいから問題ない。今回の大穴の倍率は、千倍……十ミラが一万ミラになるぞ。》

《何その凄い倍率……》



千ミラが千万ミラだからね。
だがしかし、クローゼも粋な計らいをしてくれたものだ……エステルも言ってる事だが、祭りに参加できてあの子たちも喜んでくれて、そしてそれが
仕事としてと言うのならば一石三鳥だからね。
放火事件が宙ぶらりんになってしまった私達に、クローゼが仕事を与えてくれた訳だ。
ヨシュアは慌てていたが、ジャンが『民間への協力、地域への貢献、諸々含めて立派な仕事だよ』と言われて納得したみたいだな。
とは言え、学園に行ったら暫く戻って来る事は出来ないから、今の内に掲示板の依頼を消化するぞ。



「ヨシュア、アインスが『学園に行ったら暫く戻って来れないから、今の内に掲示板の依頼を消化するぞ』ってさ。」

「其れは、確かにそうした方が良いね。」

「クローゼ、ちょっと寄り道する事になるかも知れないけど良いかな?」

「はい、私の事は気にしないで下さい。」

「よっしゃー!それじゃーいっくぞー!」



そんな訳で、学園に向かう前に先ずは今掲示板に出てる依頼を消化だな。
……その依頼で、ホテルの部屋を乗っ取りやがったデュナンと再会するとは思わなかったがな――あまりに我儘が過ぎるので、足元にGが出たと
言って脅してやったわ。
其れとは別に難儀したのが市長邸の燭台盗難事件だな……複数の謎解きが用意されていて、其れを解く事で燭台に辿り着けるモノだったのだけ
れど、地味に難易度が高かったからね。まぁ、無事に解決できたが……『怪盗B』――何となく長い付き合いになりそうな気がするな。

そんなこんなで、掲示板の依頼を熟してやって来ましたジェニス王立学園。
道中には魔獣も出たが、そんなモノは私達の前では全く脅威にはなり得ない――大抵の場合はレヴィが突撃してターンエンドだからな。メーヴェ海
道周辺は水属性の魔獣が多いから、雷属性のレヴィは無双できるからね。……時々自分も感電してたのは御愛嬌と言う事にしておこう。

静かないい雰囲気と思っていたが、其れは今が授業中だからだったらしい。
でもって、今は授業中なので、生徒会長よりも先に学園長室に行く事になったんだが、普通は生徒会長に紹介するよりも先に、学園の最高権力者
である学園長に紹介すべきだよな?
……クローゼは王女故に、少し市民の常識に欠けている部分があるのかも知れないね。

其れで、先ずは学園長室に。



「学園長、只今戻りました。」

「クローゼ君、戻ったか。おや、其方の君達は……」

「初めまして、学園長さん。」

「遊撃士協会から来ました。」



学園長室に居たのは、長い白髪と白髭が特徴的な男性……クラウス市長よりも少し年上と言った感じかな?全体的に柔らかな雰囲気だが、芯は
強そうな印象を受けるね。
遊撃士と聞いて学園長は『孤児院での火事の関係で来たのかね?』と聞いて来たが、其れについてはクローゼが放火事件を含めた一通りの事情
を説明してくれた。
レヴィが退屈そうにしていたが、其処は私がエステルと協力して、アーツを利用した手品紛いの何かを披露する事で、退屈が限界突破して暴れ出
すのを阻止した……此の子が本気で暴れたら、この学園は五分で瓦礫に早変わりだからね。
ヨシュアは何してたかと言うと、クローゼの説明の補足をしていた。



「そうか……大変な事になったモノだ。わし等も、何らかの形で力になれると良いのだが……
 …………………先ずは学園祭を成功させて、子供達を元気付ける事……其処から始めるしかないだろうな。」

「はい。
 其処で、お芝居についてはエステルさんとヨシュアさんに協力して頂こうと思いまして。」

「良い考えだと思うよ。
 エステル君、ヨシュア君。どうか宜しくお願いする。」

「あ、はい!」

「微力を尽くさせて頂きます。」

「僕は?」

「レヴィちゃんは、お芝居じゃなくて、他の役目があるから安心してください?レヴィちゃんにしか出来ない事かもしれませんから。」

「むむ、僕にしかできないことだと?それはやりがいがあるぞーーー!!」



クローゼ、お前本当に完璧にレヴィの扱い方をマスターしたな。
出会って僅かだと言うのに此処まで完璧にレヴィを扱って見せるとは、この場に王が居たら、『実に見事よ!貴様も我が臣下に加えてやろうぞ!』
とか言いそうだなぁ?……そんな事を言ったクローゼが実は王女様だと知ったら、其れは其れで面白い反応が見れそうだが。

さて、学園長が言うには、劇に関しての一切は生徒会長のジルと言う生徒に任せているとの事……ジルと聞くと、某サバイバルホラーの主人公を
思い出してしまうな。三作目の彼女は色々と高性能だったから余計にね。
劇に関しては其のジルと言う生徒に聞けば大体分かるか……『監督も兼ねている』と言っていたからな。



「ワシの方からは……寮の手配をしておこうか。」

「え?」

「寮、ですか?」



此処で学園長が料を手配してくれることになった――学園祭までは時間が無く、夜遅くまで練習する事になるだろうから、泊まる場所が必要になる
か、確かにな。一々ギルドまで戻ってまた学園に来るのでは時間の無駄だしね。
私達としても助かると言うモノだね。



――キーンコーンカーンコーン



今のは、授業終了のベルか。
何とも良いタイミングと言うか何と言うか、学園長もクローゼに『生徒会長に紹介してあげると良いだろう』と言ってたしな……そんな訳で、次は生徒
会室にだな。



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さて、クローゼに案内されてやって来た生徒会室なんだが、生徒会室があるクラブハウスも中々お洒落な作りになっていたな?一階は所謂『学食』
になっていたんだが、モダンなカフェ調の内装はとても良い感じだった。
昼休みや放課後は生徒で賑わうのだろう。……レヴィが『おなかへったー』と言って聞かなかったので、ランチタイムの売れ残りのパンを何個か買
ってやる事になったのは仕方あるまいな。



「ただいま。ジル、ハンス君。」

「あ、クローゼ!?
 火事の話、聞いたわよ?大変だったそうじゃない。」

「院長先生とチビ達は大丈夫だったのか?」

「えぇ……一応、皆無事でした。
 ただ、孤児院の建物が完全に焼け落ちてしまって……」

「そうか……」

「元気出しなさい?悩んだって仕方ないわ。
 ちびちゃん達が楽しめるよう、学園祭を成功させないとね。」

「うん、テレサ先生にもそんな風に注意されちゃった……だから、全力で頑張る心算。」



生徒会室に居たのはジルと呼ばれた、暗めの金髪と言うか明るめの茶髪と言うのか迷う色の髪をポニーテールにして眼鏡を掛けた少女と、ハンス
と呼ばれた、クローゼよりも暗めの紫色の髪の少年だ。
孤児院の事を知ってテレサ先生と子供達の事を心配する辺り、彼女達も孤児院の事を気にかけているのだろうな。
ジルの方は、何と言うかとても活発的な印象を受けるな?クローゼとは正反対のイメージなのだが、今のやり取りを見る限り、クローゼとの仲は良
いみたいだし、正反対だからこそ合う部分があるのだろうな。

で、其のジルが私達に注目して来たから――



「初めまして。アタシ、エステルって言うの。」

「ヨシュアです、宜しく。」



先ずは自己紹介だ。
私もしておいた方が良いだろうから、代わってくれエステル。



《ん、OK。》



――シュン



「え?髪の色が変わった?」

「こりゃ、どんな手品だよ?」

「驚かせてしまったかな?だとしたら悪かった。
 私の名はアインス。この身体に宿る、もう一つの人格だ。――私達は、所謂『二重人格』と言う奴なのさ。」

「に、二重人格ですって?」

「一人の人間に複数の人格が宿る事があるって話は聞いた事があるけど、実際に見るのは初めてだぜ……」



だろうな。
そしてそんな多重人格の中でも、私の場合は相当なレアケースと言うか、先ず有り得ない事だからな。
多重人格と言うのは、今の現状から逃げ出したいと言う欲求が、その逃げ出したい状況を代わりに経験させる為に複数の人格を生み出す場合が
殆どであり、マッタク別の第三者の人格が宿るなんてのは、私とエステル以外では遊戯とアテム位なモノだろうさ。
だが、私達のバトルフェイズはまだ終了してないぞ?レヴィよ、高らかに自己紹介するが良い。



「あ~っはっは~~!
 よばれてとび出てパンパカパーン!僕こそが、おーさまの右腕にして、力をつかさどるマテリアル!
 あおきいなずまの力をやどして僕は飛ぶ!そう、僕は雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーだーーー!!」



はい、良く出来ました。――若干空気が死んだがな。
其れでも、即再起動して『其れじゃあ、アンタ達がクローゼの言ってた』と反応したジルは見事だね……だが、『約束通り連れて来た』って、クローゼ
お前、私とエステルと再会したその時に、今回の件既に考えていたな?



「ふふ、其れは秘密です。」

「美少女がウィンクして建てた人差し指を唇の前に持って来る仕草は破壊力満点な件について、ヨシュア一言どうぞ。」

「いや、知らないよ。」



だろうな。
取り敢えず自己紹介が終わり、劇の事になったのでエステルと交代だ。
如何やらエステルとヨシュアはジルの眼鏡に適ったらしい――エステルに『剣は使える?』と聞いていた辺り、エステルが担当するのは、女剣士と
言った役柄かな?
棒術がメインではあるが、カシウスから剣術も習っていたから、演劇レベルならソコソコ出来るだろう。

が、其れが決定打となり、エステルは劇中でクローゼと剣を使って決闘する事になったか……まぁ、お芝居の決闘だから危険はないし、エステルの
身体能力ならば劇のセリフさえ覚えてしまえば、決闘シーンはぶっちゃけアドリブで何とかなると思うからね。
芝居のクライマックスシーンとの事だったが、クローゼと勝負できるくらい腕の立つ女の子が居ないってドンだけだ?フェンシング大会で男子を押し
のけて優勝って、クローゼは本気で剣術に限れば将や、高町なのはの父君とタメ張れるレベルであるのかも知れないな。



「頑張ろうね、クローゼ。」

「はい、宜しくお願いします。」

「はは、それにしても……女騎士たちの決闘だなんて、中々ユニークな内容だね。」

「女騎士?二人に演じて貰うのは、れっきとした男の騎士役だぜ?」



なんですと?



「しかし、ヨシュアさんの方は文句のつけようが無いわね……期待しても良いんじゃない?」

「あぁ、悔しいが同感だぜ。」



此れは、まさか若しかしてそう言う事なのか?
演目は『白き花のマドリガル』――貴族制度が廃止された頃の王都を舞台にした有名な話で、貴族出身の騎士と、平民出身の騎士による王族の
姫君をめぐる恋の鞘当て……しかもその三人は身分は違えど幼馴染の関係か――クラウスとオリヴィエ、エレミアを思い出すな。
で、其処に貴族勢力と平民勢力の思惑が絡んで来る訳か……最後は大団円のハッピーエンドとの事だから文句はないがな。
だが、エステルとクローゼが演じるのが男の騎士役って事を考えると、ヨシュアの演じる役はまさか、若しかして……此れは、大穴が大当たりしたか
も知れないな。
如何やら今回の学園祭劇のアレンジとして、男子と女子の配役をマルっと入れ替えた……つまり女性役を男子が、男性役を女子が演じる事になっ
たと言う訳か。
よくもまぁ教師陣が許したモノだと思うが、其処はジルが巧くやったみたいだな。
だが、其れはつまりヨシュアは女性役を演じるって事だよな?……大当たりしたかもじゃなくて大当たりだったか。正に万馬券って所だな。



「ちょっと待って、その話の流れで行ったら、僕が演じる『重要な役』って……」



其れはお前の考えてる通りだと思うぞヨシュア?
お前も思う事はあるかも知れないが、こうなった以上は仕方あるまい……覚悟を決めろ、此れはお前の物語だ!――このセリフ、一度言ってみた
かったんだよね。
取り敢えず、頑張れヨシュア。












 To Be Continued… 





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