Side:アインス
ハーケン門で出会った子安、もといオリビエの護衛と言う名目でボースまで戻って来たか。道中の魔獣なんぞは例によって私達の敵ではなかった。
私とエステルの各属性を付与した旋風輪で大抵の魔獣は倒せるのだが、倒せなかった魔獣が居たらその時は、ヨシュアが絶影を連発して狩ってく
れるから一切問題はないね。……豪快な一撃を得意とするエステルと、素早さを生かして手数で相手を圧倒するヨシュア、本当に良いコンビだな。
「ほう、此処がボースか。思ったよりも都会じゃないか。――あそこにある大きな建物がボースマーケットと言う訳だね?」
「ふ~ん、詳しいわね?リベールは初めてなんじゃないの?」
「フッ、旅に出る前に観光ガイドブックを買ったのさ。リベール通信社とか言う此方の出版社が出してるやつ。」
観光ガイドブック……『るるぶ』かな?
あれ程とは思わないが、この世界でも観光ブックは存在していたのか……まぁ、其れがあるとないでは旅行客にとっては大きな違いなのは間違い
ないだろう――便利な世の中になったモノだよ。
「其れで早速マーケットで買い物するつもり?」
「ああ、一通り冷やかしてからディナーと洒落こもうかと思ってね。ガイドによると、この街には三ツ星のレストランがあるそうだが?」
私達が市長と打ち合わせをした所だな。まぁ、目の前のこの建物なんだが。
「それ、この建物だけど?」
「『アンテ・ローゼ』ですね。本格リベール料理を出すって言う。」
「うん、此処で間違いなさそうだ。
ふふふ……今から楽しみだよ。」
「でも、真面に食事をしたら可成りのミラを取られる筈よ?普通の酒場をお勧めするけどね。」
「心配ご無用。路銀は其れなりに持って来たさ。――其れに、余裕が無くなったら僕の特技で稼げばいいからね。」
特技って、あの歌と演奏の事か?……アレで稼げるのだろうか?
ストリートミュージックで稼ぐのは可成り大変だと思うのだが……元の世界で、何度か駅前で歌っている若者を見たが、ギターケースに野口さんが1
枚でも入ってたら大したモノだからね。
帝都の劇場でオペラの主役として歌った事もあるとか言っているが、其れは絶対嘘だな。
「では諸君、ご苦労だったね。運命が再び僕達をめぐり合わせるまで、暫しの別れだ。アディオス・アミ~ゴ!」
……最後の最後までテンションの高い奴だったな……エステルが『エレボニアの人間って、皆変人なのか』と思ってしまうのも致し方ないだろうね?
初めて出会ったのがアレではな――ヨシュアの相槌が何処か歯切れが悪いと言うか、そんな感じがしたのだが気のせいだろうか?
若しかしてヨシュアはエレボニアの出身だったりするのだろうか?……機会があれば聞いてみるか。機会があれば、な。
夜天宿した太陽の娘 軌跡32
『飛行艇消失事件調査継続中也』
モルガン将軍から得た情報をルグラン老人とメイベル市長に報告する為に、先ずはギルドにだ。メイベル市長も報告するのも大事だが、ルグラン老
人も私達の事を心配してるだろうしね。
はぁ……同じ男性老人でルグラン老人とモルガン将軍ではあぁも違うものかな?ルグラン老人とは縁側で一緒にお茶を飲みたい感じだな。
「ルグラン爺さん、ただいま~~!」
「おぉ、お前さん達か。何か事件の事は判ったかね?」
「えへへ……重大な情報を手に入れたよ!」
だな。
リンデ号は未だに行方が知れないが、王家と飛行船公社に犯行声明を送りつけて身代金を要求した奴が居たと言うのは可成り大きな収穫と言える
よ……何よりも、そいつ等とはミストヴァルトで遣り合った訳だしね。
「空賊団『カプア一家』……其れは確かに重大な情報じゃな。
此れで、遊撃士協会としても方針を決められると言うものじゃ――しかし、モルガン将軍と言うのも噂以上に遊撃士嫌いらしいのう。」
「うん、ビックリしちゃった。
遊撃士って、ロレントじゃ皆に親しまれてる職業だから、あそこまで嫌われてるなんて……」
いや、もうあれは只嫌っていると言うよりも、憎しみさえ抱いてるんじゃないかと言うレベルだな……下手をしたら『遊撃士』と言う単語を聞くだけでも
怒りが瞬間沸騰しかねないんじゃないか?
過去に遊撃士と何かあったのだろうか?
「アインスなんて、アレは嫌いを取り越して憎しみのレベルだって言ってるし。」
「まぁ、モルガン将軍は例外じゃ。
普段は王国軍とギルドも、其れなりに協力関係を保っておる。――ただ、今回ばかりはお前さん達に余計な苦労を掛ける事になりそうじゃのう。」
「ま、此方が出来る事を地道にやって行くしかないわね。」
シェラザードの言う通りだな。
それにしても、近頃の強盗事件も件の空賊団の仕業だったみたいだが、ロレントで起きた市長邸の強盗事件の事を考えると決定的だろうね……だ
が、如何にも解せんな?
只の強盗風情にしては、リンデ号の消失事件は大事過ぎるし、乗組員や乗客を人質に身代金を要求してくるなど、其れはもう強盗ですらない。
行き成りやる事が凶悪化した気がするんだが……
「ルグラン爺さん、アインスが空賊のやる事が凶悪化してるって言ってるんだけど……」
「うむ、其れは間違いではないわい。
此れまで起きた事件は、強盗とは言ってもセコイ事件が多かったんじゃが……まさか、これ程大胆不敵な事件を起こすとは思わなんだぞ。」
「言われてみればそうかも。ロレントで起きた事件も、割としょーもない強盗だったし。」
「其れが、定期船を奪って王家を相手に身代金要求か……確かにリスクが高すぎますね。」
そう、ヨシュアの言う様にリスクが高すぎるんだ。
飛行船公社に身代金を要求するのならば未だしも、王家に要求したらアリシア女王の鶴の一声で人質救出の為に軍が動く可能性は充分にあるの
だからね――そうなったら、一介の空賊団など即壊滅間違いなしだからな。
一体連中が何を考えているのか、その辺も踏まえて捜査した方が良いだろうね。
取り敢えずギルドへの報告は済んだので、続いて市長邸なのだが……市長邸前にな~~んか見えるぞ?
「なぁ、お嬢ちゃん。頼むから其処を通してくれよ。市長から一言コメントを貰うだけで良いんだからさ。」
「そうそう。序に写真も撮っちゃいますけど~~。」
「そう仰られましても……市長は多忙を極めておりまして。アポイントメントの無い方はお引き取り願っているところです。如何かご了承ください。」
「其処を何とか!これ程の大事件なのに、判ってる事が碌にねぇ……読者に何か伝えてやりたいんだ!」
「ですが……」
「そうそう、そうですよー。
噂の美人市長が表紙を飾れば部数倍増も間違いないですし~。」
「…………………………」
「こ、こらドロシー!なに失礼な事言ってやがる!」
「え?ナイアル先輩が言ったんじゃないですかぁ?ネタが無いんだったら美人市長を客寄せのアイドルに仕立てて紙面を稼いじまえーって。」
「わ、馬鹿!」
「…………………………………………」
「あ、あの、メイドさん?」
「随分面白いお客様ですね……お二人の話は、出来るだけ詳細にメイベル市長に伝えておきますので、今日の所はお帰り下さい。」
「ま、待ってくれ。此れはちょっとした誤解なん、」
「お・帰・り・下・さ・い。」
「はい……」
「あれ、美人市長の写真、撮らなくても良いんですかぁ?」
「頼む……頼むから……此れ以上喋らないでくれ……」
「セ、センパーイ!待って下さいよ~~!」
ナイアルとドロシー……リベール通信の記者とカメラマンのコンビだったか――相変わらず、ドロシーのせいで苦労してるみたいだなナイアルは。と
言うか、リラの対応が結構厳しかったね。
では、今度は私達が行くとしようかな。
「ふぅ……あら?」
「こんにちわ、リラさん。」
「まぁ、遊撃士の皆さん。ハーケン門からお戻りになったのですか?」
「うん、まーね……ところで、今の人達って……」
「不届き者です。」
評価が厳しい。いやまぁ、確かにそう思っても仕方ないかも知れないけどね。
「へ?」
「お嬢様を利用しようとする不逞の輩だと申し上げたのです――私の目の黒いうちは、指一本たりとも触れさせません。」
「あ、あはは……そう。」
「し、仕事熱心なんですね……」
「其れが私の務めですから。
さ、皆さんはどうぞ中へ。市長がお待ちになってます。」
そしてその厳しさにヨシュアもちょっと引いてかもだな……と言うか、ナイアルはドロシーと組んでる事で特ダネを物凄く逃している気がしてならない。
貧乏くじと言うのならば、相当な貧乏くじなのだろうなアレは。
だがしかし、ドロシーの写真家としての腕を生かせる事が出来る記者もまたナイアルだけだと思う……世の中ままならないモノだね。
メイドのリラに案内されて、市長邸の執務室に来たのだが……
「市民の苦情の処理……ボース上空の飛行制限によるマーケット商品の納入遅れ……下水道設備の修理について……
女王陛下への贈答品の選定……アンセル新道での魔獣被害……もう~~、何時になったら書類の処理が終わるんですのーーー!!」
滅茶苦茶忙しそうだなメイベル市長?
此れでは、確かにナイアル達の取材を受けるどころの騒ぎじゃないだろうな……と言うか、よしんば取材が出来たとしてもドロシーが盛大にやらかし
てくれるような気がしてならないからね。
「あのーー……」
「あ、あら……オホホ、皆さん戻ってらしたんですか?」
「お忙しそうですけど……お邪魔してもよろしいですか?」
「コホン、勿論ですわ。モルガン将軍からの情報ですね?早速伺わせていただきます。」
少し微妙な空気になりかけたが、其処はヨシュアの見事なフォローと言うか、普段と変わらない物言いのおかげで空気がピシッとしたな?メイベル市
長も通常モードになったみたいだからね。
――エステルとヨシュア説明中。シェラザードは……先輩遊撃士として監督中?多分そうなんだろうな。
「……ご苦労様です。大体の状況は飲み込めました。
空賊団によるハイジャック、そして身代金の要求ですか……思った以上に深刻な事態ですわね。」
「遊撃士だってバレなければ、他にも掴めたと思うんだけど……」
盛大にやらかしてバレてしまったからなぁ……王が居たら『この、た・わ・け!!』と言ってエステルにお仕置きのジャガーノートをブチかましていたか
も知れないな。……まぁ、当然の如く私がアースガード張るけどね。
「いえ、墜落事故でない事が判明しただけでも助かりましたわ。――此れで、ボース市としても対策が立てられると言うモノです。
早速、市民へのアナウンスと乗客の家族への対応を考えないと……」
……市長と言うのも大変だな?
ただでさえ忙しそうだと言うのに……私が元居た世界であったのならば、超強力なエナジードリンクを差し入れしてる所だろう――ファイト一発とか、
元気ハツラツとかな。
「アインスが、ただでさえ忙しそうなのに大変だなって。」
「ふふ、其れが市長の責務ですわ。
ところで、犯人の正体は明らかになった訳ですが……引き続き、事件の調査と解決をお願いしても宜しいでしょうか?」
「勿論その心算よ。
アタシ達も、例の空賊団とは一度遣り合った因縁があるしね。――遊撃士協会のメンツに賭けて王国軍だけに任せてはおけないわ。」
「うん、そうだよね!
父さんの事もあるし、今度こそ決着を付けなくちゃ!」
だな。
何よりもあの青髪のアホの子だけは絶対にぶっ飛ばす……アホの子の分際でエステルを『脳天気』と抜かしよってからに……もっと言うなら、クロー
ゼが袖を通しているであろうジェニス王立学園の制服を着ていたのがなお許せん。
クローゼの制服姿を拝む前に偽物を拝まされたとか、此れもうキレて良いよね?あのアホの子を極限まで魔力を収束したSLBで宇宙の塵にしたとこ
ろで問題はないよな?
《いや、其れ問題しかないから。遊撃士は殺し御法度。って言うかキレる基準が若干オカシイ。》
《クローゼの制服姿は絶対にゴッドクラスだろ?髪を短くしていれば尚良い……いやぁ、此れは実に萌えると思わないかエステルよ?ショートカットク
ローゼの制服姿とか最高過ぎる。》
《いや、暴走しないでアインス?》
《……キョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!》
《其れ違う暴走だから!》
ふ、覚えていたか。上出来だよエステル……っと、ヨシュアが何か考えてるみたいだが、如何かしたのか?
「如何したのヨシュア?難しい顔しちゃって。」
「うん……色々と考えてみたんだけど、如何考えても信じられなくてさ。」
「……信じられない?」
「あの父さんが、空賊に遅れを取った事だよ。
ロレントに現れた連中だけで実力を判断するのもなんだけど……」
……言われてみれば確かにそうだな?
あのカシウスが……恐らくは全盛期の私と戦っても互角に戦えるであろうカシウスが、あの程度の集団に遅れを取るとは考え辛い……と言うか、あ
の程度ならば纏めて返り討ちにするだろうからなカシウスなら。
「もー、ヨシュアも、其れからアインスも父さんを買いかぶり過ぎだって。
確かに結構腕は立つと思うけど、集団相手じゃキツイと思うし……」
だがしかし、世間の評価よりも実娘からの評価が低くなるのは父親の宿命なのか……世のお父さん方、娘の不当に低い評価にめげずないで頑張
ってるのは立派だよ。
「……あの、ちょっと宜しいかしら?
エステルさん達のお父様も、例の船に乗っていらっしゃったの?」
「あ、話してなかったっけ……恥ずかしながらそうなの。しかも、遊撃士だったりして。――カシウス・ブライトって言うんだけど。」
「!!
カシウス・ブライト……今、そう仰いまして!?」
「え……うん。ひょっとして知り合いとか?」
「直接の面識はありません。ですが、お話は伺っていますわ。そう……そうだったのですか……此れは、ひょっとして軍との交渉に使えるかも……」
「市長さん?」
「……失礼しました。皆さんの胸中、お察ししますわ。
事件の解決に役立つのなら、どんな協力でも惜しみません。何かご入用になった時には、遠慮なく申し付けて下さいませ。」
メイベル市長はカシウスと直接の面識はなくとも話は聞いてる口か……リベールの人間は大抵そうだと思うけどな。
マッタク持ってその功績を聞くたびにカシウスは本当に只の人間なのか疑いたくなってくる……戦闘力は言わずもだが、その知力も眼を見張るモノ
が有るからな。
寧ろリベールでカシウスを知らないとかモグリだろ絶対に。
取り敢えず、メイベル市長の協力を取り付けたので市長邸を後にしたのだが……
「うーん……市長さん、どうしたのかな?父さんの名前が出た途端、やたらと驚いていたみたいだけど。」
やっぱりエステルは分かって無かった。そうじゃないかとは思ってたけどな。
だが、ある程度の想像は出来るんじゃないか?メイベル市長はモルガン将軍と昔からの知り合いらしいからな。
《どゆこと?》
《いや、少しは考えろよエステル。》
《……細かい事を考えるのはヨシュアの役目だから、アタシは考える事を放棄したわ!アタシは考えるより直感のタイプだし!》
《う~ん、其れは確かに否定出来ないかな。》
まぁ、其れは今は置いておくとして、大事なのは此れから如何動くかって事だ。
飛行船や空賊団の行方を闇雲に探しても仕方ない……そんなくらいで見つかるのならば、とっくの昔に王国軍が見つけている筈だからな。――と
言うのが私の考えなんだが、まさかエステルも同じ事を考えていたとはな。直感恐るべしだね。
まさかの事態に、ヨシュアもシェラザードも驚いているじゃないか。
「エステル、成長したね?
此れまでの君だったら『虱潰しに探せば良いのよ』とか言ってそうな所だけど……」
「まさか、エステルの口からそんな言葉が聞けるだなんて……おねーさん感無量だわ……」
「どー言う意味よ!まったく失礼しちゃうわね!」
「はは、褒めてるんだってば。」
褒めてるなら褒めてるテンションで言ってくれ。
だが、其れは兎も角、ボースはロレントとは違って可成りの広さがあるからな……何か手掛かりが欲しい所だ――そこで、物は相談なのだが、ギル
ドの掲示板に出ていた依頼を熟しながら情報収集をすると言うのは如何だろうか?
此れならば遊撃士としての仕事を熟しつつ情報収集も出来るから一石二鳥だと思うんだが。
「アインスがギルドの掲示板の依頼を熟しながら情報収集したらどうかって言ってるんだけど、ヨシュアとシェラ姉は如何思う?」
「良いね……依頼を熟しつつ情報収集が出来れば一石二鳥どころじゃないからね――僕は、其の案に賛成だ。シェラさんは?」
「そうね、良いと思うわ。」
満場一致で決定だな。
と言う訳で、掲示板の依頼を熟して行った訳なんだが……『何かあるかも知れないから』と立ち寄った琥珀の塔で、教授とまた会うとは流石に予想
外だったよ。
遺跡調査の為にやって来たらしいが、護衛の遊撃士を雇うミラもないとは悲し過ぎて涙も出ないなぁ?……偶然私達が此処に来たから良かった様
なモノの、そうでなかったら教授は今頃魔獣の胃袋に収まっていたかもだな。
……尤も、あぁ言う輩に限って殺しても死なない奴ばかりなのだけどね……取り敢えず掲示板の依頼は全て消化したから、一度ボースに戻るとしよ
うか?
ボースの方でも、何か新たな情報が得られるかもしれないからね。
――――――
Side:???
貧乏考古学者を演じるのも楽ではないが……私が思っていた以上に良い感じに仕上がっている様だねヨシュア?――そして、其れ以上に興味が
湧くのがエステル君とアインス君だねぇ?
かの剣聖の実子と、其れに宿ったもう一つの人格……実に興味深い。
ヨシュアに真実を告げたその後は、今度は君達を此方側に取り込むと言うのも面白いかも知れないね?……もしもそれが成った時、全てを知ったヨ
シュアがどんな選択をするのかとても楽しみだ。
……尤も、君は最終的には私に従う運命にあるのだけれどね……ヨシュア、私の最高傑作よ――!
To Be Continued… 
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