Side:アインス


荒らされた室内に散乱している本、そして金庫から盗み出されたセプチウム……矢張りどう考えても荒らされた部屋は偽装工作にしか見えないな?
室内を物色している最中に偶然金庫を見つけてセプチウムを盗み出したと言う感じにしたかったのだろうが、やり方がお粗末としか言いようがない。
セプチウム『だけ』ではなく、他にも価値のある物が盗まれていないみたいだからな……如何考えてもセプチウム一本に狙いを絞った犯行にしか見
えないな。
取り敢えず現場検証からだな――シェラザードはクラウス市長に話を聞くと言って、この場は私とエステル、ヨシュアに任されたからね。



「現場検証か……なんかドキドキして来ちゃった。」

「早速、此の部屋から調べてみようか。
 其れと、屋敷の人達から犯行当時の証言を聞いて行こう。」

「うん、オッケー!」



現場検証と聞き込み、犯罪捜査の基本だな。
現場の状況から察するに、犯人は恐らく複数……そうでなければ屋敷の使用人を屋根裏に放り込んだ上で部屋を荒らし、目的の物を盗む事など出
来ないからね。
必ずや犯人は私達が捕まえて見せる……じっちゃんの名に懸けて!



《アタシのお爺ちゃん、別に名探偵でもなんでもないんだけど?》

《其れは言っちゃダメだエステル……此れは一種の決めゼリフみたいなものだからね。》

《因みにアインスのお爺ちゃんって居るの?》

《む……そう言えば如何だろう?私を作った――夜天の魔導書の製作者の父親が私の祖父と言う事になるのだろうか?否、でも私はそもそも人間
 ではない訳で……いっそお前の祖父が私の祖父でも良いんじゃないか?一心同体だし。》

《む、無茶苦茶ね?》

《我が主が暮らしていた国には『無理を通せば道理は引っ込む』と言う言葉がある……多少無茶苦茶でも、其れを貫き通せば最終的に何とかなると
 言うモノさ。》

《分かった様な、分からない様な……》



うん、言った私も実は良く分かってないからね。
それはさておき、先ずはこの部屋の現場検証からだな。










夜天宿した太陽の娘 軌跡24
『現場検証。さて、容疑者は誰?









此の部屋で真っ先に調べるべきは、矢張り金庫だろうが……うん、此の金庫もまた不自然だな?
偶然金庫を見つけてこじ開けたと言う感じではない……もしも無理矢理こじ開けようとしたらその痕跡が残る筈だが、金庫には一切の傷が見受けら
れないからね。
此れは、金庫の暗証番号を知っていたと言う事になるんだが……



「ねぇ、ヨシュア。アインスが金庫は無理矢理こじ開けたんじゃなくて、暗証番号を知ってたんじゃないかって言ってるんだけど?」

「其れは僕も同意見だよエステル――金庫には無理矢理開けたようとした形跡がないからね。
 暗証番号を解析して開けたのか、それとも……」

「解析なんて出来るの?」

《やろうと思えば出来ない事は無いだろうな――但し、専門的な知識が必要になるからプロの技術者でなければ不可能だと思うがな。》

「あ、そうなんだ……って、ゴメン。また無意識にアインスとの会話が声に出てたわ。」

「良いよ、慣れたからね。其れでアインスは何て?」

「やって出来ない事は無いだろうけど、専門的な知識が必要になるからプロじゃないと無理だって。」

「うん、僕もそう思う。
 だから、もっと簡単な方法で番号を調べたとしか思えないな――そうだな……例えば、特殊なパウダーをボタン全体に塗してやるんだ。
 そのパウダーは吸着性があって、しかも微細なため目には見えない。ただ、青い光に当てると発光する。」



青い光に反応する特殊なパウダーか……ふむ、其れを使うと如何なる?



「ふむふむ、其れで?」

「そのパウダーが付着している状態で、市長が暗証番号を入力するとしよう――するとボタン上のパウダーが指にくっついて取れてしまう。
 此れで、どのボタンが押されたか分かるって寸法さ。」

「ちょっと待って、其れって順番までは分からなくない?」

「いや、そうでもないんだ。
 指に付いたパウダーが増えると、ボタンから取れる量は減って行く――つまり、発光量の少ない順からボタンを押して行けばいいんだ。
 数字が重複していたら難しいけど、大体の番号は推測できる筈さ。」



成程な。
暗証番号と言うモノは得てして複雑なモノだが、其れだけに数字が重複する事は少ないし、精々重複しても二回位だろうからね……其れならば、此
の方法である程度の番号は推測出来るか。
それにしても妙に詳しいなヨシュアは?……否、ヨシュアは過酷な状況で生きて来たみたいだから、生きる為にこう言った犯罪に手を染めた事があ
るのかも知れないな。



《ヨシュア……苦労して来たのね。》

《その苦労は私達の想像を絶するモノなのだろう……だからこそヨシュアは幸せにならねばらならん!絶対に!!》

《そうよねアインス!其の通りだわ!!》



「取り敢えずボタンを調べてみよう……うん、やっぱりあのパウダーだ――さっき説明した方法で開けたのは間違いないと思う。」

「そっか……問題は、誰がそのパウダーをボタンに塗したかって事ね。――少なくとも、この屋敷を訪ねた事のある人だろうけど。」

「そうだね、其れが問題だ。」



そう、ヨシュアの言う様に其れが問題なんだ。
市長邸を訪れる人は限られているが、よく訪れる人の犯行と言うのは無理がある――たとえ覆面で顔を隠したとしても、よく訪れる奴が犯人である
のならば、使用人に声でバレる可能性があるからな。

其れを知るには聞き込みだ――さて、どんな証言が得られるかだな。



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ふむ、調べてみると色々な事が分かったな?
使用人達の証言から犯人は複数犯である事が確定したし、ベランダの手摺からは何かが引っ掛けられたような跡が見つかったから、犯人グループ
は二階から侵入したと見て間違い無いだろう。
屋根裏で見つけた葉っぱも何か手掛かりになりそうだしね。



「シェラ姉、現場検証、終わったわ。」

「エステル……思ったより早かったわね。
 アタシの方は市長さんから一通りの事情は聞かせて貰ったわ……アンタ達は何か収穫あった?」

「うん、色々分かったわ。」

「そう……其れじゃあ、一つ一つ確かめて行くわよ。まず、犯人達が狙ったのは?」

「金庫の中のセプチウムよ。アインスが言うには、部屋は荒らされてるのに金庫の中身以外が盗まれてないのは、セプチウムを狙っていた事を誤魔
 化す偽装工作だろうって。」

「成程ね……次に、犯人達の規模は?」

「三~四人のグループですね。屋敷の人達がそう言ってましたから。」

「そうなると、何処から侵入したのかしら?」

《エステル、代わって。》

《いいわよ~~♪》


――シュン


「二階のテラスからだな。テラスの何かが引っ掛けられたような跡があった……恐らくだが、フックの付いたロープを引っ掻けて登って来たんだ。」

「……行き成り代わらないでよ。
 其れじゃあ最後に……ずばり、今回の犯行に関係すると思われる人物像は?」

「最も可能性が高いのは最近訪れた旅行者だろうな。
 最近ここを訪れた旅行者がドレだけ居るかは分からないが、其れでもある程度の絞り込みは出来ると思うからね。」

「へぇ?アンタ達良く調べたじゃない?此れで犯人は特定できそうだわ。」

「其れならば調査した甲斐もあったと言うモノだ……名探偵エステル&アインス、そして超優秀な助手のヨシュアのチームに解けない謎はない。」

「え……僕が助手なの?」

「名探偵エステル&ヨシュアで、私が助手の方が良いか?」

「いや、そう言う事じゃなくて……」

「じゃあどう言う事なのか?」


――シュン


「こう言う事じゃない?」


――シュン


「そう言う事か!」


――シュン


「あぁ言う事よ!!」

「はいはい、二重人格を利用して一つの身体で愉快な漫才してんじゃないわよエステルもアインスも……と言うか、頻繁に人格交代されると髪の色
 と声が変わって混乱しそうよ。」



此れも二重人格の特権だ。そして、この人格交代で相手を惑わす方法は『マインドシャッフル』と言う高等技術でもあるんだ――と、冗談は此処まで
にしておいて、クラウス市長、此処二、三日の間で初対面の人を書斎に通したか?



「市長さん、アインスが最近初対面の人を書斎に通したかだって。」

「そうじゃな、居ると言えば居るが……雑誌記者の諸君もそうじゃ。」

「なんだ、あの人達も市長さんを訪ねてたんだ。」

「犯行当時、彼等は僕達と『翡翠の塔』に行っていました。容疑者からは除外出来ると思います。」



うん、ヨシュアの言う通り、ナイアルとドロシーの凸凹コンビは容疑者から除外だな。犯行時には私達と一緒に居たと言う鉄壁のアリバイがある訳だ
からね。
まぁ、実はナイアルとドロシーはドッペルゲンガーが存在していて、そのドッペルゲンガーが犯行に及んだ場合は私達と一緒に居たと言うのはアリバ
イにも何にもならないが、ドッペルゲンガーなど世界人口分の一の確率で出るかどうかだから、その可能性は除外だしね。



「アインスもその二人は除外して良いって言ってるわ。」

「そう……なら、その二人以外には誰が来たのかしら?」

「それ以外と言うと……ジョッゼット君しかおらんが。ははは、でも、まさかのう。」



……ナイアルとドロシー以外で此処を訪れたのはジョゼットだけか――此れはもう確定だな。



《そんな!あの子が犯人だなんて、そんなの考えられないんだけどアインス!》

《人は見かけによらないモノだよエステル。目に映る物だけが真実とは限らないモノさ。
 其れと、今だから言うが、此処で会った時のジョゼットは、セプチウムを見る目がハンターの其れに近かったからね……何よりも、彼女からは邪悪
 と言う程でないが悪意を感じてしまったんだ。
 数多の人間の悪意に触れて来たが故に、私は人の悪意と言うモノに敏感らしくてね……彼女からは、欲望と言う名の悪意を感じたよ。》

《王立学園の生徒が、こんな事するとは……》

《アレもおそらく偽装工作だろう。
 制服など、金さえ出せば幾らでもレプリカを手に入れる事が出来るし、デザインが分かってるなら自分で作る事だって可能だしな……何よりも、最
 大限ぶっちゃけて言わせて貰うと、ジョゼットのお嬢様言葉には違和感があった。
 分かり易く言うなら露骨過ぎるんだ……十年前を思い出せ、クローゼはお嬢様どころかお姫様だったが、あんなコテコテのお嬢様言葉を使ってい
 たか?》

《言われてみれば……アレ?でもそう考えると、何だか途端にめっちゃ怪しくなって来たんだけど?》



あぁ、略間違い無くクロだよ彼女は。
青髪って言う時点で普通ではないからね……私が知ってる限り、青髪キャラと言うのはレヴィをはじめとして一癖も二癖もある奴等ばっかりだからな
ぁ……某学園の生徒会長とか、その妹とか、蟲野郎とかアンデッド使いとか、ドーマ編のラスボスとかな。
何にしても、彼女は只の女学生ではないさ。



「エステル、如何したの黙って?」

「……アインスが、犯人はジョゼットさんじゃないかって。
 あの子から悪意を感じたって……王立学園の生徒だって言うのも偽装なんじゃないかって言ってるの。――言われてみると、確かに怪しく思えて
 来ちゃったのよ。」

「……アインスも感じ取ってたんだね、彼女の不自然さを。
 僕もアインスと同じようなモノを彼女から感じ取ってたよ……確証が無かったから問い質せなかったけどね。」

「そっか……ヨシュアも怪しいと思ってたんだ――気付いてないの、アタシだけだったんだ……」

「そう落ち込まないのエステル。アンタはまだ新人なんだから、そう言ったスキルは此れから身に付けて行けばいいのよ。
 なんでもプラス思考よ?今回の事もいい勉強になったでしょ?――人は見かけによらないってね。」

「シェラ姉……うん、良く分かった。」



ナイスだシェラザード。
落ち込みかけたエステルを巧い具合に立て直したな……流石は姉貴分だ。――此れで酒癖の悪さが無ければ、本当に最高の姉貴分なのだが、酒
癖の悪さのせいでマイナス百万点なんだよなぁ?
此れが残念な美人か。



「シェラ姉、アインスが残念な美人だって。」

「あんですってーー!?」

「シェラ姉、其れアタシのセリフ!」


「ゴホン!取り乱したわね……まぁ、何にしてもそのジョゼットって子には話を聞いた方が良いわね……其の子何処に居るか知ってる?」

「確か、ホテルに泊まってる筈だけど……」

《だが、今日あたりにロレントを発つと言ってなかったか?》

「そうそう、今日あたりにロレントを発つって言ってたのよ……あ。」

「またやっちゃったねエステル。」

「まぁ、十年染み付いた癖だから、直せってのは難しいのかも知れないけどね。」



私との会話が口に出てしまう癖は、どうしても直す事が出来ないみたいだなエステルは……まぁ、長年染み付いた癖と言うモノは一朝一夕で取れる
モノではない――そう、どこぞの暗殺者が背後に立った相手を反射的に攻撃してしまう様にな。
其れは其れとして、先ずはホテルにだ――ジョゼットが犯人であった場合、もういない確率の方が高いが、そうであってもホテルのフロントから彼女
が何処に向かったかを聞く事は出来るだろうからね。
既にロレントから離れた可能性もあるが、私達から逃げられると思うなよジョゼット・ハール……夜天と太陽と漆黒と銀閃――カシウスを除けばロレ
ント最強四天王が貴様を追い詰めるからな。
女王陛下に献上するセプチウムを盗み出したその罪は、貴様其の物の罰で払って貰うとしよう……ククク、永遠の悪夢に閉じ込めてやろうか。



《アインス……どっちが悪役か分からない。》

《私は正義の側だとしても、何方かと言えばダークヒーロー系だからな……そしてお前は王道的な光のヒーローだエステル。
 王道ヒーローとダークヒーローが同じ身体に宿ってる、だから私達はもう間違いなく最強だ!!》

《良く分からないけど、謎の説得力があるわ。》



光と闇、善と悪が力を合わせたその時は無限の力を発揮するからな。
そう言う意味では、私とお前は最高のコンビと言う事だエステル――夜天と太陽、相反する二つの属性が一つの身体に収まっている訳だからね。
故に我等の前に敵はない……強盗如き小悪党、叩きのめしてくれる――精々辞世の句でも考えておくんだな。











 To Be Continued… 





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