Side:アインス


そんな訳でやって来たハーケン門だが、此れはまた何とも物々しい空気に包まれているな?――エレボニア帝国の戦力は一個師団程度との事だったが、蒸気式の戦車がざっと見た感じでも二十輌もあるとなるとその威圧感は半端なモノではないな。



「我等の弱みにつけ込む心算か?」

「まさか、我々は先日不戦条約を結んだばかりなのですぞ?
 聞けば異常現象のみならず、乗じて怪しげな犯罪組織が王国内を跋扈しているとか……流石に王国内もさぞ疲弊しておられる事でしょう――ですがこの戦車があれば貴国の窮地を救う事もかないましょう。
 異常事態でも起動する戦車部隊の勇士……是非とも女王陛下に直接ご覧いただきたい。」

「ぐぬ……」



そして現場ではモルガンが帝国の軍人と交渉を行っていたみたいだが少しばかり旗色が悪そうだな……だが、だからこそ此処での乱入の効果は大きいと言うモノだ。だから、一発かましてやれクローゼ。



「お気遣い、とても嬉しく思います。」

「ひ、姫様!?どうしてこんな危険な場所に!!」

「持ち堪えて下さってありがとうございます……此処からの交渉は私に任せて下さい。」

「は……いや、ですが!」

「大丈夫よモルガン将軍、アタシ達がクローゼの護衛を務めるから!」

「ご安心ください将軍閣下。姫殿下に何か危害を加えそうになったその時は、私が帝国の連中を文字通り焼滅させます……灰すら残しませんので帝国には突然目の前で消えたとでも言っておけば大丈夫でしょう。」

「何を言っとるか貴様は、問題しかないわ!いや、其れよりも姫様が……!」

「案ずるなモルガン、大丈夫だ。彼女は誰よりもリベール王国と、其処に住んでいる者達の事を大切に思っている……何よりも、今の彼女は一介の学生ではなく覚悟を決めた次期王女だ。」

「その覚悟と思いの強さ、その為に積み重ねてきたクローゼの努力が、あんな戦車なんかに踏みにじられる筈がない!」



その通りだエステル……さて、私達も何時なにが起きても良い様に警戒を怠らないようにせねばだな――万が一にもクローゼに危害が加わるような事態になったら、其れこそ戦争待ったなしだからね。
私とエステルは、クローゼの直ぐ側に居た方が良いか……ヨシュアは何かあった時の為に裏で動けるように後方で待機、シェラザードは牽制が出来る位置に……さて、交渉相手が変わって帝国は如何出て来るか。









夜天宿した太陽の娘 軌跡137
『可能性はリベールの白き翼~アルセイユ~』









帝国の代表としてモルガンと交渉していたのは眼帯に髭の中年男性……うむ、実にどこぞの漫画家ドストライクの外見をしているな?……同時に、コイツは相当な実力がありそうだ。



「……如何やら、交渉相手が変わったようですな?」

「お初にお目に掛かります。
 私の名はクローディア・フォン・アウスレーゼ。リベール女王アリシアの孫女にして、リベール王国の次期女王に指名された者です。」

「……!!こ、これは……失礼いたしました!
 自分の名はゼクス・ヴァンダール!エレボニア帝国軍第三師団を任されている者です!」

「ゼクス・ヴァンダール中将……ですね。御勇名は耳にしております。」

「王太女殿下にお見知りおき頂けているとは光栄の極みですが……其方のお二人は?」

「リベール王国の遊撃士、エステル・ブライトよ!」

「同じく遊撃士のアインス・ブライトだ……王太女殿下の護衛として同行させて貰った――邪魔だから立ち去れとは言うまい?」

「まさか……王太女殿下に護衛の一人も居ないとなれば、逆に其方の方が王国の神経を疑ってしまうと言うモノ。
 して……王太女殿下がどうしてこのような場所に?モルガン将軍の様に抗議なされるおつもりですかな?」

「……いいえ。」



自らの身分をハッキリと伝える事で先制パンチを喰らわせる形になり、ゼクスの『抗議するつもりか?』との問いにも否であると伝えると、これまた意外な顔をしてくれたなゼクスは……まぁ、帝国としては抗議してくれた方が色々と都合が良かったのだろうな。
其処からのクローゼは実に見事だった――帝国南部の人々が不安な思いをしているであろう事を汲み取った上で、其れはリベールの民が味わっている者と何ら変わりないとしつつ、だからこそこの状況で武装した他国の軍勢が突然押し寄せて来たら人々はその光景にどんな感情を抱いてしまうのかを考えて欲しいと、そう伝えたのだからね。
勿論帝国にも『リベールの窮地を救いに来た』と言う建前はあるのだろうが、逆に言えばその建前は実に脆いモノだ……ゼクスも『我々はただ……』とあくまでもリベールの為だと言うが、クローゼも『勿論、王国の為に動いて下さった事は感謝します』と帝国の建前を否定はしなかった。



「ですが、その貴国の善意が誤解されてしまうのはあまりに忍びなく、そのような事は絶対に避けなければならないと思うのです。」



だが、クローゼが言ったこの一言こそが帝国側の建前の脆さなんだ。
リベールの窮地を救うという建前は、逆に言えばその善意がリベール国民に誤解されてしまってはそもそも成り立たないモノになってしまう――帝国軍がリベールに入るには帝国の善意が善意のままリベール国民に受け入れられる事が大前提なのだからな。
そして、其れを次期女王たる王太女殿下から直々に言われたら帝国とて無碍には出来ないだろう――クローゼは王太女として、アリシア女王の代理としてこの場にやって来ているのだ……其れはつまり、クローゼの言葉はアリシア女王の言葉と同義と言っても過言ではないのだからな。



「目下、私達はこの異常事態を解決する方法を最優先で模索しております。
 また、件の犯罪組織についても此れまで全て自力で対処出来ている状況です、御心配には及びません――帝国と王国、私達は先日不戦条約を結んだばかり。培われた友情に無用な亀裂を入れない為にも、如何か暫し時間を頂けないでしょうか?」

「むむ……」



うむ、完璧だな。
如何に建前を用意してリベールにやって来たとて、その建前を崩され、更に不戦条約の事まで持ち出されては流石に如何しようもあるまい……如何なる事かと思ったが、此れで如何や何とかなりそうだな?ゼクスも言葉に窮しているしね。



「……残念だが、其れは其方の事情でしかない。」



と思っていたら、何やら聞き覚えのある声が……何処かで出て来るのではないかと思っていたが、まさか此処で出て来るとは思っていなかったよ。



「中将、此処からは私が引き受けよう。」



しかも、新たな交渉相手として現れるとはな……オリビエ・レンハイム!
エステルは勿論、シェラザードもクローゼも驚いている……当然だろうな、この場にオリビエが現れるとは思っていなかっただろうからね――そして、そんな私達を他所に、オリビエは自らを『エレボニア皇帝ユーゲントが一子、オリヴァルト・ライゼ・アルノ―ル』と名乗って来た。



《いやいや、どう見たってオリビエでしょ?若しかして、オリビエと瓜二つの帝国の皇子様とか?》

《いや、アイツはオリビエ本人だろう……解析魔法で見てみたら『オリビエ・レンハイムの名で王国を気侭に回っていた』と出て来たからな。つまり、オリビエとオリヴァルト皇子は間違いなく同一人物と言う事だ。》

《って言う事は、オリビエはアタシ達をずっと騙してたって事……?》



さて、其れは分からないが……オリビエは『如何したのかね?もしかして私の顔をご存じだったかな?』と白々しく言って来たが、クローゼも其れに乗せられる事なく『いえ、お初にお目に掛かります。お名前だけは存じ上げておりましたが』と返したのだから見事なモノだな。



「まぁ、皇子と言っても公式の場に出る事は少ないから顔を知らなくても別段気にはしていないよ……例え、其れがかつての縁談相手の顔だったとしてもね。」



待て待て、今なんだか物凄く聞き捨てならない事を言わなかったかコイツ?
かつての縁談相手って……と言う事は何か?クーデター事件の時にリシャールが言っていたクローゼの縁談の相手はオリビエだったとそう言う事か?
ふふ、ふふふふふ……そうだと知っていたら、私は間違いなくオリビエをその場で抹殺していただろうな……アイツがクローゼの夫になるなど断じて認められる事ではないからな。



「だが、今回の事態は知らぬ存ぜぬでは済まされない。
 貴国上空に浮かぶ巨大構造物……アレが今帝国でどのように噂されているかご存じかな?」

「……いえ、寡聞にして……」

「ならば教えてあげよう。
 アレはリベール王国軍が開発したらしい新兵器らしい……そして、リベール王国はその新兵器でエレボニア帝国に十年前の復讐を企てているのだ、とね。」



と、そう来たか。
クローゼは誤解だと言ったが、オリビエは『導力停止と言う攻撃を受け続け、其れは王国領空にある巨大構造物から発せられている……この見解に何か間違いがあると?』と言って来た……まぁ、其れは確かに間違いではないので、クローゼも其れは肯定したのだが、『アレは誓って、王国の兵器ではありません!』と主張する……まぁ、完全な濡れ衣だから当然だな。
だが、オリビエも『ならば其れを証明できるか?』と言って来た……『口先だけの平和ならいくらでも唱えられる、だが其れで丸め込められるほど帝国軍は甘くないんだ』ともな。



「貴女の言葉を信じさせたいのであれば、此処に居る誰の目にも見える形で提示して貰いたい。」

「形……」

「其れが出来ないのであれば、我々としても此方のやり方を強行させて貰うしかないのだよ。」

「あ、あんですってー!?ちょっと、好き勝手言ってんじゃないわよオリビエ!」



う~む、実に見事な突っ込みだなエステル……もっとも今のソイツはお調子者のオリビエではなく、帝国のオリヴァルト皇子だからあの調子で乗ってはくれまいが。
しかし成程、確かにオリビエの言い分には筋が通っているな……だがしかし、其れでも穴はある。

「スマナイが、発言を良いだろうか?」

「君は?」

「リベール王国の遊撃士、アインス・ブライトだ。
 お初にお目に掛かるオリヴァルト皇子……王太女の護衛に過ぎない自分がこの場で発言すると言うのは過ぎた行為であるとは重々承知の上であるのだが、如何か発言を許して貰えないだろうか?」

「ふむ……良いだろう、言いたい事があるのならば言ってみたまえ。」

「その寛大な対応に感謝する。」

リベール領空にある巨大構造物がリベールの兵器ではないと証明する手段は残念ながら私達は持ち合わせてはいないが……私は今この場に出向いた事で帝国に対してある疑念を抱くに至った。



「帝国に疑念とは?」

「貴国が引き連れて来た戦車隊……その戦車は蒸気機関搭載型の、導力革命以前に使われていた、今では最早骨董品と言っても過言ではないモノだと聞いている。
 だが、その戦車を見る限り駆動機関が蒸気機関である事を除けば、装甲や主砲は現在のリベール王国軍が使用している戦車と何ら変わりはない。
 つまり、その戦車は骨董品を持ち出して来て動けるようにした訳ではなく、新たに製造されたモノであるのは明白だ……そして、帝国が所有している戦車は此処に来ているだけではないのだろう?」

「あぁ、確かに帝国には未だ蒸気式の戦車が存在しているが、其れが何か?」

「其れがそもそもおかしい。
 導力革命が起きてから、蒸気機関は急速に廃れ、骨董品を通り越して旧世代の遺物と化したと言っても過言ではない……であるにも拘らず、帝国は何故蒸気機関を搭載した戦車の開発と製造を行っていたのだ?
 そう……まるで、何時の日か導力停止現象が起こるのではないかと予見してたかの如くに。――此度の導力停止現象は、結社《身喰らう蛇》が引き起こしたものだが、逆に言えば結社と繋がりのある者か、結社の存在を知っていて其れを調べていた人間でなければこの事態が起こる事は知り得ない筈なんだ。
 であるにも拘らず、導力停止下でも使える蒸気機関搭載型の戦車を製造していたとなると、帝国と結社は結託していたと言う事になる――少なくともそう思われても致し方ないと思うが?」

「何を言うかと思えば馬鹿な事を……何時か導力が使えなくなる日が来ると考えるのは至極当然の事――其れに備えておくのもまた然り。君の言う事は只の言い掛かりに過ぎない。」

「其れは如何かな?……リベールがあの巨大構造物と無関係である事を証明できないのと同様に、帝国が結社と無関係であると言う事も証明出来ないのではないか?
 蛇は誰にも気付かれる事なく狡猾に己の目的を果たす……何れ自らが起こす導力停止現象に帝国を乗じさせる程度の事は其れこそ赤子の手を捻るよりも簡単な事であり、そして目的を果たしたら関係者の記憶を消して自らは消え去る……故に、帝国が結社と無関係である事を証明する事は出来ない。無関係であると思っているのは、実は結社に記憶を消されて無関係だと思っているだけの可能性があるのだからな。」

「帝国に結社の存在を知り、其れを調べていた人間が居たとは考えないのかな?」

「確かにその可能性はゼロではないが、だがそんな事が出来るのはカシウスレベルの人間でなければ無理だ……そして、仮にカシウスレベルの人間が帝国に居て結社を調べていたのであれば、そもそもにしてリベールでのクーデター事件はあそこまで大規模になる前に鎮圧されていた筈。
 如何に結社と言えども、カシウスクラスの人間を複数人相手にしては只では済まず何処かに綻びが生じ、その綻びをカシウスが突いていただろうから。
 つまり結局のところ、王国はあの浮遊巨大構造物と、帝国は結社と、夫々無関係であると言う事を物理的に証明する事が出来ず互いに疑念を持つ事になってしまっていると言う事だ……其れは早急に解消せねばならない事ではあるのだが、さて困った事に互いに疑念の原因と無関係であると言う事を証明する手立てがない……さて、如何したモノかな?」

「うむ……其れは確かに困った事だ……だが、この状況を貴国が自力で解決する術を持たないのもまた事実……で、あるのならば我々が打って出るより他にはないのではないかな?」



この……強引に話題をすり替えて来たな?
まぁ、確かに現状ではあそこに自力で行く事が出来るのは私とシュテル……私がヨシュアともう一人担ぎ上げて、シュテルがルシフェリオンを魔法の箒宜しく使っても乗る事が出来るのはシュテルの他にもう一人が限界だから、敵の本拠地に僅か六人で乗り込むと言うのは無謀ではあるのだが。



「オリヴァルト皇子、私の言葉を信じさせたいのであれば此処に居る誰の目見も分かるように提示して欲しいとの事でしたが……其れはつまり、此の状況にあって、あの浮遊物体を何とか出来る可能性を提示出来れば、私達に暫しの猶予を頂けるのですね?」



と、此処でクローゼが!
私とオリビエの遣り取りには口を挟んで来なかったが、如何やら私とオリビエが遣り合ってる間にオリビエが此の場にオリヴァルト皇子として現れた意味や、一方的に攻撃出来る戦力を持っていながらなぜ話し合いをしているのかを考えていたのだろう――そして、その考えが答えを導き出したみたいだな?



「まぁ、そうせざるを得ないだろう。
 貴国自ら解決出来るのであれば、我々が態々動く必要はないのだから。」

「お、皇子!困ります、そのような方向に話しを持って行かれては……!」

「落ち着け中将、不戦条約を結んだ相手に此れ位の譲歩は当然の礼儀だろう?其れに、あくまで証明できれば、だ。」



そしてオリビエの対応に対してのゼクスのこの慌てよう……成程、此れは本来予定してた流れとは違うと言う訳か……となると、オリビエの目的はこの方向に話を持って行かせる事だったのか?……だとしたら中々の役者だな。
『証明できれば』とか言っていたが、証明できると確信してるんだろうお前は……尤も、其れは私もだ――この状況に於いて、リベールが自国の力でアレを如何にか出来る可能性はたった一つだけ存在しているのだからね。



「良いだろう。
 黄金の軍馬の紋章と皇族たる私の名に賭け一時的な撤退を約束しよう……では見せてみたまえ、其の手を空に掲げて!」

「其れだけでは些か地味だな……空に手を掲げて、そして指を鳴らしてスタイリッシュに行こうじゃないか?」

「空に手を掲げて……」



――パチン!



さぁ、出番だぞリベールの白き翼よ!




――…………………ゴォォォォォォォ!!



「う、嘘……」

「馬鹿な……何故此処に飛行船が!如何してこの状況で空を飛ぶ事が出来る!!」



ラッセル博士……完成させたんだなアレを!マッタク持って、絶妙なタイミングでの登場だが……オリビエめ、こうなる事を知っていたな?――となると共犯者は……マッタク事が済んだら二人とも一発ずつゲンコツだな。



「此れが、我がリベールが誇る世界最高峰の高速巡洋艦アルセイユ!そして、私達の提示出来る可能性です。
 この船で空を駆け、浮遊物体に直接赴き、全ての災厄を取り除く事をお約束します!リベール王国次期女王である私の名に懸けて!!」

「……致し方あるまい。
 私とて誇り高きエレボニア皇族、約束は守らせて貰おう……帝国軍全部隊、直ちに撤退を始めよ。」



現れたアルセイユとクローゼの力強い宣言に、帝国軍も引き揚げて行ったか……オリビエにとっては此処までは予定調和だったのだろうが、其れもクローゼの覚悟を乗せた最後の一押しがなければなし得なかっただろう。
そう言う意味では、お前一人であの大軍勢を退けたと言えるかもなクローゼ?……アリシア女王の代理を見事に務めあげた事、この目で見届けたよ。



「アインスさん……いえ、此れは私一人の力ではなく、恐らく……ほら、アルセイユが着陸するみたいですよ?行ってみましょう。」

「だな。」

恐らくあれにはオリビエの共犯者も乗っているだろうからね……王国と帝国を巻き込んでの壮大な三文芝居の脚本家と主演男優には一言文句を言ってやらねばならないからな。
だが、おかげで暫しの猶予も貰ったし環に乗り込む術も得た……此れまでは後手後手に回っていたが、此処からは此方から攻めさせて貰うぞ?
何よりも、狡猾なる蛇が其の力を最大に発揮出来るのは地上であり、空は太陽と夜天の領域だ……身の程を弁えずに空に上った蛇には相応の報いを受けて貰わねばならないからな……精々その首を洗って待っているが良いさ……!











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