No Side


《輝く環》の出現によって大規模な導力停止現象が発生し、混迷を極めるリベールだったが、導力が使えずとも人々の心は折れず、此の非常事態にありながらも己のやるべき事を見極めて懸命に生きていた。
そんな中で、エステルとアインスとヨシュア、そしてティータとジン、シェラザードとシュテルが夫々、ルーアン、ボース、ロレントの遊撃士協会支部にラッセル博士が開発した『ゼロ力場発生装置』を届け、通信機にセットしたと言うのは大きな功績であると言えるだろう。
通信が回復すれば各地との連絡も容易になる――情報の正確な伝達は、どんな時でも最重要なモノなのだから。


「ロレントも《輝く環》の影響を受けたと思うけど、被害状況はどんな感じなのアイナ?」

「そうね……」


そんな中、ロレントではシェラザードとシュテルが、受付のアイナから被害状況を聞いていた。
アイナ曰く『流石に当日は騒ぎになったが大事には至らなかった』との事……市長や教区長が混乱を収めてくれたと言うのが大きいだろう。もしも混乱を収められる人間が居なかったら、もっと状況は混乱していた筈なのだから。


「ロレントが田舎町だって事もあるけど、被害ったって高々オーブメントが動かなくなった程度でしょ?」

「此の程度でダメになってしまうほどロレントは……リベールの国民はヘタレではないわよ。」

「リベール王国に生きる人々の心の強さは、エルトリアの住民にも負けず劣らずと言ったところですね……ドレだけの苦難に直面しても諦めずに前を向いて生きる、素晴らしい事だと思います。」

「其れがリベールの良い所なのよシュテル――とは言え、あんなモノに何時までも居座り続けられるのは正直癪に障るわね……」


そう言ってシェラザードが見上げる上空には、相も変わらず《輝く環》が、まるでリベールに試練を与えて試す神の如く存在している……この状況の元凶とも言える存在が、何時までも空に居ると言うのは確かにあまり気持ちのいいモノでは無いだろう。


「今は待つしかないでしょう。期を待ち、機を見て、気を持って戦う……戦いに於いて大事な事です。」

「あら、よく知ってるわねシュテル?先生も同じ様な事を言っていたわ……でも、本当にその通り。今は確りと体勢を立て直して、一気に反撃と行きたいわね!」


現状では《輝く環》に対処する手立てはないが、だからと言って諦めると言う選択肢だけは存在しない……此の『諦めない』と言うのは、若しかしたらワイスマンでも予想していない事であるのかも知れない。
そして、その予想外こそが此の状況を打開する大きな原動力にもなり得るのだろう。








夜天宿した太陽の娘 軌跡133
『混迷のリベールの各地の様子は如何程?』









所変わって、此方はティータとジンが訪れたボース。
商業都市として発展し、外国との貿易による外貨獲得で経済を回していたボースにとって導力停止現象は正に死活問題と言える――貿易だけでなくリベール国内の流通も停止してしまうのだから。
ティータもジンも、最悪ボースは先のレグナートの一件で大きな被害を受けた事もあり、ゴーストタウン化しているのではないかと危惧したのだが……


「な、なんだが前に来た時よりも皆元気そう……」

「随分と活気があるじゃないか?カルバートにも大きな市場はあるんだが、其処でも此れだけ活気がある姿ってのは中々お目に掛かれないモンだ。」


ボースは街の中心部にある大型マーケット、『ボースマーケット』が活気付いて賑わっていた。
レグナートの攻撃で半壊した建物はまだ再建途中で、半ば青空マーケットの様になっているが、其れでもマーケット内の各店舗は夫々が充実した商品を、ともすれば通常営業時よりも多く並べ、しかも全商品が最低でも30%オフと言う驚きのビッグプライスで売り出されているのだ。


「そりゃ、マーケット上げての大セール中だからね!」

「何でも、市長さんや大商人達のおかげで在庫が確保出来たんですって。」

「マーケットに活気があると、こっち迄明るい気持ちになるわねぇ♪」


メイベル市長とボースの大商人たちの尽力によって在庫が確保された事でマーケットは特別セールに乗り出したようだ……確保出来た在庫を小出しにせずにセールで一気に大放出すると言うのは本来ならば悪手なのだが、こんな状況だからこそケチケチした商売はしたくなかったのだろう。ボースの商売人達は人情の商売人でもあるのだ。


「こんな時だからこそ、商売人は商売人のやり方で街を元気にして行かなきゃな!」

「うむ、その通りだな!」

「そんな訳でお一つ如何だい!」

「安くしとくよ~~~!!」


其の流れでティータとジンも商人達から様々な商品を勧められ、『何も買わないのも悪い』と思い、ジンは日持ちしそうな食料と傷薬と包帯等を購入し、ティータは武器屋から、実家から引っ張り出して来た火薬式のガトリングガン用の弾丸を購入していた――導力停止現象で、導力砲が使えなくなった事で『何か武器はないか?』と探して見つけたのが火薬式のガトリングガンだったのだが、若干十一歳の少女がガトリングガンを装備すると言うのは中々に強烈なモノであると言えるだろう――美少女と銃火器の組み合わせは、ある意味で鉄板とも言えるのだが。


其れは其れとして、ボースのギルドには市長のメイベルが訪れていた。


「まぁ、通信機が使えるようになったんですの?」

「えぇ、おかげでやっと情勢が見えてきましたわい……動きがあれば、直ぐに市長邸へも知らせますからの。」

「ありがとう、助かりますわ。」


メイベルは通信機が使えるようなった事を喜び、受付のルグランも何かあればいの一番で市長邸に知らせを入れる事を確約していた――メイベルもルグランも、動揺した市民の対応に追われていたのだが其処に疲れは微塵も感じられない。
五大都市の市長最年少のメイベルと、五大都市のギルド受付最年長のルグランは夫々にこの事態は負担が大きかった筈だが、其れでも微塵も疲れを見せないのは最年少市長の若さと、最年長受付の長年の経験があればこその事だろう。


「今は各人が出来る事を精一杯するしかありませんわ……その努力の積み重ねが危機を越える為の力となる筈ですから。
 其れまで市を守るのが、市長である私の役目――勿論最後には、皆さんが解決して下さると信じていますわ。」

「でしょうな……特にエステル、アインス、ヨシュア……この三人が居れば、最終的に何とかなってしまうのではないかと、此の老い先短い爺も思ってしまうのですわ。
 此れは、ちと爺の買い被り過ぎですかの?」

「いえ、私もそう思いますわ。……無論三人では無理でしょうけれど、其の三人に集う仲間達の力があれば、きっと。」


そして最年少市長と最年長受付の考えは合致していた……なれば、この状況を打開するカギとなるのは血の繋がりは無くともブライト家の三姉弟であるアインス、エステル、ヨシュアであるのは間違いないだろう。








――――――







ボースの郊外にあるラヴェンヌ村には、この村出身のアガットが訪れていた。


「おぉ、アガット!村の様子を見に来てくれたのか!」

「まぁ、そんな所だ……この辺りで正体不明の魔獣が異常発生してるらしくてな――タダでさえ導力停止現象で天手古舞になってるってのによ。村は大丈夫なのか、村長さんよ?」

「今の所は平穏じゃよ。元々うちの村は導力化が進んでおらんので、其処まで不便はしてないしの。」


正体不明の魔獣の異常発生の報せを受けてラヴェンヌ村にやって来たアガットだったが、村の方は思いのほか平穏だった……導力化が進んで居なかった事で今回の導力停止現象の影響を略受けずに済んだと言うのは少々皮肉な事であろう。
寧ろ村長の不安はオーブメントが使えない事――即ち、現在のリベールには他国から攻撃された際に反撃の手段が一切ないと言う事だった。……十年前の悲劇を知っているから尚更だろう。


「不戦条約が結ばれたとは言え、ワシ等は矢張り帝国軍の動きが気になるのう……」

「帝国軍か……」


現在のリベールで使用出来る武器は、導力に頼らない刀剣や槍の類、そして火薬式の銃火器に限定される上に、火薬式の銃火器は略骨董品状態なので絶対数が限られる――ジェニス王立学園解放作戦でカルナが火薬式のアサルトライフルを引っ張り出して来た事が奇跡に近いのだ。
そんな状態で他国からの侵略を受けたら、其れこそ防衛線はあっと言う間に決壊するだろう……尤も攻め入った相手も、リベール国内に入った瞬間に導力兵器は使用不能になってしまう訳だが。
しかし、其れでも国内を戦場にしたくないと言うのは、当然の思いと言えるだろう。








――――――








数時間後、すっかり夜の帳が居り、しかしツァイスの中央工房ではランプの明かりを頼りに略無休で作業が続けられていた。


「再びオーブメントを動かすには如何したら良いのか?
 導力が使えない状況で、導力の研究を如何行えば良いのか?そもそも如何すれば導力停止現象を解除する事が出来るのか……問題が山積み過ぎて、何が何だか……」

「えぇい、狼狽えるなマードック!
 導力最大の危機に、導力研究者が踏ん張らんで如何する!!今ワシ等がやるべき事は只一つ、一刻も早くコイツを仕上げる事じゃ!」


工房長のマードックは山積された問題に辟易していたが、最年長技術者にて中央工房が現在進めているプロジェクトの最高責任者であるラッセル博士は誰よりも精力的に、『あるモノ』の開発に勤しんでいた。
そんな博士の前にあるのは、直径1アージュ程のドーム型の装置……此れを一刻も早く仕上げる事が今やるべき事となると、此れこそが現状を打開する為の何かと言う事なのだろう。


「余計な事は考えず、ワシ等はワシ等で人事を尽くせば良い!さすれば志を同じくする者達が、ワシ等に出来ん事も成し遂げてくれる!!」



――ジリリ~~ン!



「ほらの!」


此処で通信機のベルが鳴り、ラッセル博士は吉報を確信したのだった。








――――――








そして翌日の王都・グランセル。
各要所の通信機が回復した事で、リベール全土の状況が大まかながらに明らかになって来たのだが、状況は決して良いとは言えないモノだった。
導力が回復する兆しはなく、各地で市民による騒動も少なからず発生した事に加え、物流の停止による物資不足……中でも『防衛力の低下』は最も深刻な問題と言えるだろう。
この他にも、『魔獣の異常発生』、『ヴァレリア湖に未確認物体』、『帝国の動き』等々上げれば枚挙がないのだが、其れ等の報告を聞いてもアリシア女王はマッタク狼狽える様子はなかった。


「分かりました……引き続き、各地の治安の安定に全力を尽くして下さい――大丈夫、皆さんには私が、リベール王国がついています。」


それどころか、報告に来た兵士達を安心させる言葉を言って見せたのだ。
女王と言う立場にある彼女こそが今のリベールで最も大変な立場にある筈にも拘らず、民に不安を与えないように気丈に振る舞いその不安を払拭せんとする……これぞ緊急時における真の王の姿であると言えるだろう。
そしてその姿は、孫娘であるクローゼにも確りと焼き付けられている事だろう。








――――――








Side:クローゼ


矢張りお祖母様は偉大な女王であると、改めて思い知らされました……私だったら、果たして同じ状況であの様に振る舞う事が出来たのか……恐らく今の私は無理でしょうね。



『ピュ~イ!』

「ジーク。……そう、学園の皆は無事に救出されたのね、良かった。」

『ピュ~イ!ピュ、ピピィ!』

「其れにはアインスさんとエステルさんとヨシュアさんが?……そうだったのね。ジークも本当にありがとうね。
 結社の計画がとうとう形になって現れて、リベール王国は混乱に陥っている……だけどそれを乗り越える為に、沢山の人々が全力で困難と戦ってくれているの……」

私には、何が出来るんだろう?
何の力もない、何の武器も持っていない私は、このリベールに居る大切な人達を守るために、何を果たす事が出来るんだろう……










 To Be Continuity 





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