Side:アインス


《結社》の移動式拠点から脱出を果たし、ヨシュアとルーアン近郊の浜辺に降り立ったのだが、其処でヨシュアが告げたのはエステルに対しての別れの言葉だった……うん、お前の心情を考えればそう来るのではないかと予想はしていた。



「君が僕を探してくれている事は知っている。
 だけど、君は僕にとって足手纏いになるだけだ。」

「ど……どうして?」

「僕は結社を壊滅させる為に綿密な計画を立てて来たんだ。
 ……君が結社に攫われてこなければ、僕は予定通りグロリアスを爆破する事が出来たのに。」

「……其れは流石に言い過ぎじゃないかヨシュア?
 エステルがお前の事を探していた事を知っていた上で、結社を壊滅させるための計画を立てていたのならば、結社がお前を餌にエステルを誘き寄せる事は容易に想像出来たはずだ。
 結社を壊滅させる事が目的であるのならば、其れをより確実に遂行するためにはエステルを誘き出す結社の計画の方を先に潰しておいた方が、より確実に艦の爆破は出来たと思うが?」

「僕が餌に?……成程、其れは流石に知らなかったよ。矢張り教授は一筋縄じゃ行かないな。」

「えっと、ヨシュアの計画を邪魔しちゃったのは其の、ゴメン。だけど……」

「其れに、僕みたいな人間が居たら君の為にならないよ。」



オイコラヨシュア、人の話に被せて来ると言うのは少しマナー違反だと思うのだが……いや、違うか。ヨシュアはエステルの言う事など聞きはせず、一方的に『自分とエステルは一緒に居るべきではない』と言う理由を話して、また居なくなる心算なのだろうな。
前回は不意打ちの睡眠誘導剤にしてやられたが、今回はそうは行かない――何よりも、やっと辿り着く事が出来たんだ。今度こそ、エステルはお前の手を離さないからな。










夜天宿した太陽の娘 軌跡123
『Illuminated by the sun, jet black』









ヨシュアは『君と僕は所詮生きてきた世界が違うんだ』と言って来た……殺すか殺されるか、奪うか奪われるか、エステルと出会うまでそんな事ばかり繰り返して来たのだから、そんな生き方をして来た己がエステルと一緒に居るべきではない、そう言う事なのだろう。

それに対しエステルは『其れだけじゃなく幸せだったころもちゃんとあったんでしょ?』と聞けば、ヨシュアも『確かにそんな記憶もあるよ』と否定はしなかった。しなかったのだが……



「でもね、その記憶はまるで他人事みたいなんだ。」

「「え?」」


まさか、その記憶が他人事のようだと言って来るとは思わなかった。……己の記憶が他人事のようだとは、此れは中々に重症かもしれんな?



「……ハーメルでの思い出は今でもハッキリと覚えているよ。
 穏やかで幸せだった日々の事も、両親が目の前で殺されて、火の海になったハーメル村を隣人の屍を踏み越えながら逃げ惑ったあの夜の事も。
 ……村の外へ逃げた僕と姉さんは待ち伏せしていた男に襲われた。
 僕を庇ってくれた姉さんは、男に何度も何度も軍刀で斬り付けられて、血塗れになりながら死んでいった……酷い話だろ?
 ……でも、僕はあんまり哀しくないんだ――多分それは、僕が人である事を諦めて、只の人形になったからだと思う。
 だから、自分の過去を話してても、他人の日記を読んでるような不思議な違和感しかないんだよ。
 其れは、君といる時も一緒だった。」

「え?」

「君と出会えて僕は変われたと思っていた。君と共に居られるのが嬉しかった。君の事が愛しくて堪らなかった……だけど僕は其れさえも、何処か他人事のように感じていたんだ。
 多分、其れが本当の僕なんだよ。
 虚ろで空っぽで心が壊れた出来損ないの人形……そんな僕と君は一緒に居るべきじゃない。
 だからお別れだエステル。もう、僕の事は追い掛けないで欲しい。」



其れがお前の言い分かヨシュア……確かに、お前の言う事は一理あるようにも思えるが、お前は如何思うエステル?



《アタシはマッタク持ってそうは思わないわね。》

《だろうな……そして、ヨシュアは言いたい事は言ったみたいだから、今度はお前のターンだエステル。と言うか、此処からはずっとお前のターンだ!》

《行くわよ……アタシのターン!!》

「う・そ・つ・き!!
 ヨシュアの心が壊れてる……ですって?
 アタシと一緒に居ても他人事にしか感じられない?ヨシュアが居たらアタシの為にならない?アタシはヨシュアの足手纏いになるだけ?そんなのぜ~んぶ嘘っぱちね!」

「う、嘘なんかじゃ……」

「アタシね、ヨシュアを追って色々話を聞いて来て、やっと分かった事があるのよね。」



よし、先ずは良い滑り出しだ。お前の思いをぶつけてやれ!!








――――――








Side:エステル


やっと分かった事……如何してヨシュアがアタシの前から消えたのか、その本当の理由がね。



「それは僕が……」

「良いから聞いて。多分ヨシュアも気付いてない事なの。」

あのね、ヨシュアは怖かっただけよ。
自分のせいでお姉さん達が亡くなったと思い込んで……同じ事がアタシの身に起きるかもしれない事に耐えられなくて……だからあの夜、ヨシュアはアタシの前から逃げ出したのよ。
其れ以外の理由は、全部後付けだわ。



「何を言ってるんだか……僕は恐怖を感じる事が出来ないんだ。任務の時に邪魔にならないように教授に調整されたみたいでね。
 君の指摘は的外れだよ。」

「ねぇヨシュア、如何してお姉さんが亡くなった事を他人事みたいに感じちゃうのか分かる?」

「其れは、僕が壊れてるから。」

「ううん、違う。」

ヨシュアはね、お姉さんが亡くなった時のショックを思い出したくないだけ。だから無意識の内に他人事みたいに思い込もうとしているのよ。
でも、さっきアタシを助けようとしてくれた事も同じ事よ……相当苦労してあの戦艦に忍び込んだんでしょ?
なのに……迷いもせずにアタシを逃がしてくれた……まるでアタシを一刻も早く危険から遠ざけるように。……ヨシュアは壊れてなんかない。
只怖がりで、自分に嘘を吐いてるだけ。今のアタシには自信を持って断言出来るわ。



《そして其れは真実だろう……エステル、ヨシュアの心に掛かっている鍵を開けてやれ。其れはお前にしか出来ない事だ。》

《うん、勿論よアインス。》

怖がりで勇敢なヨシュア。嘘吐きで正直なヨシュア。アタシの、大好きなヨシュア……やっとアタシは、ヨシュアに届く事が出来た。
ねぇヨシュア、約束しよう?お互いがお互いを守りながら一緒に歩いて行こうって。
アタシはもう守られるだけの存在じゃない……アインスと一緒に修業して、ヨシュアの背中を守れるくらいには強くなったし、ヨシュアが側に居てくれたら其の力は何倍にも大きくなるわ。
だから大丈夫……結社が何をしようとも、アタシは絶対に死んだりしないから。だからもう、怖がる必要なんて無いんだよ。



「エ……ス……テル…………あ……なん…で……涙なんて……姉さんが死んでから……演技でも……流せた事ないのに……」

「えへへ……そっか。」

見ないであげるから、其のまま泣いちゃうと良いよ。こうしてアタシが、抱きしめてあげるから。








――――――








Side:アインス


それから暫くして漸くヨシュアは泣き止んだか……意外と泣き虫とは私が言えた義理ではないか。
エステルもヨシュアも、互いに少し気恥ずかしかったみたいだが、其処でエステルはヨシュアから渡されたハーモニカをヨシュアに返した……姉の形見を人に渡してはダメだからな。
それでもまだヨシュアは迷いがあるみたいだったが、エステルに危険が及ぶと言う心算なら、エステルは勿論私だって聞く耳は持たんぞ?
私とエステルは遊撃士だからな……遊撃士になったからには危険から遠ざかってばかりはいられまい?



「そうそう、時には自ら危険を承知で飛び込んで行く事だってあるかも知れない。ヨシュアが居ようが居まいが、その事に変わりはないの。其れはアタシがアタシであるための道だから。」

「そして、其れは私も同じ事。
 奴等の脅威が去らない限り、私もエステルも《結社》を追い続ける……其れはお前も同じだろう?ならば、お前一人で居るよりも私達と一緒の方が良いに決まっている。違うか?」

「…………」



迷っていると言う訳ではないが、直ぐに答えなかったヨシュアに対して、エステルは少し考えてから『だって、そうすればこんなに可愛い女の子と一緒に居られるのよ?』と、ヨシュアは少し笑ってから『そんな、可愛いだなんて自分で言うとか……』返して来て、エステルは『それは、ちょっと調子に乗っただけで……』と若干慌てたが……その後でヨシュアが『だって、只でさえそんな可愛らしい格好してるのに……』と来るとは予想外だったな。



「ち、違うのよ!此れはシェラ姉が正遊撃士のお祝いに選んでくれたってだけで!
 ベッ、別に女の子らしくなりたいとか、其れを見せ付けてやりたいとか全然そんなんじゃないんだからね!!?」

「だけどエステル、君は本当に、本当にすっごく可愛いなって。
 ……あぁ、もう。馬鹿だな僕は……どうして君と離れられるなんて思ったんだろう?こんなに、こんなにも君の事が愛しくて堪らないのに。」



……愛しいからこそ危険から遠ざけたかった、その思いは間違いではないがお前がエステルの前から消える必要なんて全く無かったんだよヨシュア。
そもそもにしてエステルがそう簡単にくたばる筈がないだろうに……私が一緒に居ると言うのもあるが、エステルはどんなに絶体絶命の状況でも絶対に諦めずに活路を拓くだけの強い意志の力があるからな。……お前も、一見無鉄砲に見えるその意思の力に惹かれたんだ。



「ね、ねぇヨシュア。
 女の子にとって、初めてってやっぱりすごく大切なモノ……なのよね。……なのに、ヨシュアのせいで台無しになっちゃったし!
 そもそもスタートがあんなに酷かったから、未だにず~っと哀しい思い出のままなのよ!!
 だから、その……此処で、あの夜のやり直しを要求しても……いいよね?」

「エステル……」



そして其れは至極真っ当な要求だエステル……では、私はしばし背を向けておくとしよう。恋人達の甘い時間を、邪魔しては――



「こらーーーー!!
 マッタク、ちょっと目を離した隙に、な~にイチャイチャしてんだよ!!」



と思った所に、空賊団の飛行船が着陸!……怒鳴って来たのはアホの子もといジョゼットか。

「ジョゼット・カプア……空気読めよお前ーーーーーー!!」

「はぁ?なんだよ読んだだろ!!」

「悪い方向に読むな!此処は無言で立ち去る所だろう!!エステルにとって大事な事を邪魔するとか……全力全壊のデアボリック・スターライト・ブレイカーブチかますぞ?

「あ、なんかよく分からないけどヤバそう。」



其れは最大級のジョークとしてもだ、追手を撃墜した時に其の更に奥に追手とは違う飛行船が見えたと思ったが、そうかお前達だったんだなアレは。
聞けばヨシュアは、《結社》の要塞艦に忍び込むまではカプア一家と行動していたとの事……と言う事は、もしかしたら助けに入ろうとしていてくれたのかも知れん。……マッタク持って、空賊なんてモノには向かない連中だな。

ドルンはヨシュアに、『小僧はこの後どうするんだ?』と聞いて来たが、ヨシュアの答えは決まっているだろうな。



「ジョゼット、ドルンさん、キールさん……沢山お世話になりました、ありがとう。僕は、エステルとアインスと一緒に戻ろうと思います。」

「ガッハッハ!まぁ、其れが一番だろうぜ!……嬢ちゃん、この小僧は強いが少しばかり危うい所もある。だから、お前さんが支えてやんな。」

「うん!モチのロンよ!!」



ドルン……一家を束ねるだけあって、見る目はあるようだな。
そしてカプア一家は此処から去り、砂浜には私達だけか。



「エステル、アインス。
 敵は……《結社》はあまりにも強大だ。正直……苦しい戦いになるだろう。」

「うん。」

「執行者……中でも剣帝は、私であっても勝てずとも負けない戦いにするのが良い所だろうからな。」

「レーヴェは執行者の中でも頭一つ抜きん出てるからね。
 でも、約束するよ。もう二度と現実から逃げたりしないって。君と、君達と一緒に最後まで歩いて行くって。」

「うん!アタシも誓うわ!」

「無論、私もな。」

そして、ヨシュアに辿り着き、戻って来させることが出来て良かったなエステル……ドレだけの闇の底にあっても、太陽の光に照らせないモノは無いとそう言う事だったな。

改めて言おう……おかえり、ヨシュア。










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