Side:ヨシュア


月明かりと雲の位置、其れと風の向きからするとそろそろかな……僕の一世一代の大舞台が幕を開けるのは。……大丈夫、僕の『漆黒の牙』としての力を全開にすればレーヴェに勝つ事は出来なくても教授を葬る事は出来る筈。
勿論、全てが巧く行くとは思えないし、教授なら僕を制する何らかの術も持って居るだろうけど、だからこそ教授の『作品』では絶対に行わないであろう『なりふり構わず』で行けば虚を突く事も可能……刺し違えてでも……



「ヨシュア!ヨシュアってば!ホントに気が早いんだから。
 ターゲットが見つかるまでは皆と中に居ようよ!外は風が冷たいし、其れで体調を崩したら作戦に影響が出ちゃうかもしれないよ!」

「いや、遠慮しておくよ。此処の方が月がよく見えるからね。
 月明かりや雲の位置、風の流れを把握していない方が、作戦への影響は大きいだろうから。」

「そ、そっか……あ、あのさ……本当にアンタが其処までやる必要ある訳?
 だって、スッゴク危ない作戦だしさ……失敗したら、死んじゃうんだよ?」



ジョゼット……やっぱり彼女に、彼女達に『空賊』は向いていないかな。
嘗て悪事を働いたのは間違いないけれど、その根っこの部分は優しくてお人好しだ……今だって僕の事を本気で心配して、『此のままリベールを離れて僕達と一緒に一旗揚げてみない!?』とまで言ってくれている。飛行船を使った運送業って言うのも、きっと本気なんだろうね。
その提案はとても魅力的だし、僕が結社と無関係な只の家出人だったら喜んでその提案を受け入れたかもしれないけど……僕にはそれを受け入れる資格はない。寧ろ無関係であるにも関わらず、此処まで協力してくれた彼女達を此れ以上巻き込む事は出来ない。
だから僕は感情に蓋をして彼女を突き放す……案の定ジョゼットは『勝手にくたばっちゃえばいいんだ……バカ!!』と怒っていた。目元に涙を浮かべて……女の子を二人も泣かせるとは、我ながら最低だな僕は。

その後、キールさんがターゲットの船を発見してくれた事で作戦開始だ。
最大スピードでターゲットまで近付いて、そして乗り込む……!そして乗り込んだ後は……だから、最後にお礼だけはちゃんと言っておかないと。

「ドルンさん、キールさん、そしてジョゼット。
 もう機会がないかも知れないから、今の内に言っておくよ……今までありがとう。本当に感謝してる。」

「ヨシュア……」

「……それじゃ。」

山猫号がターゲットの横を通り過ぎる刹那の瞬間、ターゲットにフック付きのワイヤーを投げて引っ掛け、そしてターゲットの飛行船の甲板に降り立つ事に成功……この飛行船の大きさだと、クルーは十人程度かな?
全員を倒す必要はない……一人で居るクルーを見つけ出して、先ずは身包みを貰うとしようか……僕に狙われた人は、運が悪かったと思ってね。










夜天宿した太陽の娘 軌跡117
『休暇を満喫……してたらまさかの急展開!?』









Side:アインス


ふあぁぁぁ~~……よく寝たな。
前に来た時は寝る前に空賊の飛行船に乗り込む事になって宿を堪能する事は出来なかったが、今回はバッチリと堪能出来た。流石はメイベル市長のお勧めの宿とあって、川蝉亭のベッドは最高だった。
低反発のベッドはふかふかで寝心地は最高だった……何と言うか、一度入ったら出たくなくなる感じだ。『人をダメにするベッド』とは正に此の事だろう。



「ん~~~……おはよう、アインス!」

「あぁ、おはようエステル……って、凄い寝癖だな?此れは何か?寝ている間にスーパーサイヤ人3にでも覚醒したのか?」

「え゛……そんな凄い寝癖ついてるのアタシ?」

「あぁ、ある意味で芸術的と言えなくもない位の寝癖が……とりあえず直してやるからこっちに来い。酷い寝癖だが、お前は毛質が柔らかいからスグに直るだろうからね。」

「毛質が硬いと直り難いの?」

「直り難いらしいぞ?
 剛毛の極みともなると、櫛の歯を折り、ブラシの毛をボロボロにし、整髪剤で整えたとしても整髪剤が乾いて硬化してくると其れを破壊して寝癖状態に戻る場合もあるらしいからな。」

「なに其の髪の毛……針金でも入ってんじゃないの!?」

「かもな。」

取り敢えずエステルの髪を櫛とブラシで整えてと。
髪を整えてる間、エステルは何だか懐かしそうな顔をしていたのだが、如何かしたのか聞いてみたら、『子供の頃お母さんに髪を梳かして貰った時の事を思い出した』との事だった……母との思い出を思い出す位に、私のブラッシングは巧かったと、自惚れても良いのかも知れん。

その後エステルは着替えて一階の食堂に降りて来たのだが……其処ではシェラザードが朝っぱらから出来上がっていた。コイツ、昨日の夜もしこたま飲んでなかったか?
二日酔いも起こさずによくもまぁ此れだけ飲めるものだ。既に空き瓶が十本以上……ウワバミかお前は。



「シェラ姉……マッタク、ずっと飲みっぱなしじゃないの?」

「久しぶりの休暇だもの。まだまだこれから行くわよ~~~♪とりゃ~~~♪」

「エステル君、アインス君、君達も是非一杯付き合わないかい?そして、美しき酒神が無尽蔵に注ぎ込む魅惑の悪魔から僕を救ってくれたまえ……」



そして、前回同様今回もオリビエがシェラザードの犠牲者となっていた。
助けを求められたところ悪いが、エステルは飲めないし、人格交代をしたとしても矢張り未成年なので飲めないので遠慮しておく。私の魂は千歳だが肉体は十六歳なのでね。



「アタシとアインスは、釣りでもしてこようかな。」

「確り楽しんでらっしゃい♡」

「うん、行って来るねー!」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!エステル君とアインス君のうらぎりもの~~~!!」



裏切るも何も、そもそもお前の味方になった心算はないとだけ言っておくぞオリビエ。……もし本当にダメになったその時は、酔い潰れて寝てしまったフリでもしておけ。流石のシェラザードも酔い潰れて眠ってしまった相手に酒を飲ませようとはしない筈だからな。
バルコニーに出ると、其処ではシュテルが読書に勤しんでいたのだが……案の定ネコまみれになっていた。アイツは何か?身体から煮干しやカツオ節の匂いでも発しているのか?其れともはたまたマタタビか……まぁ、猫に好かれる奴に悪人は居ないと言うからいいのだが。

其れは其れとして、それじゃあエステル!



「うん!久々に、思いっきり遊んじゃおう!!」



其処からは久々のフィッシングタイム!
釣れたり釣れなかったり、魚ではなく長靴を引っ掛けたり、地球を釣ったり(底の石に針を引っ掛けてしまったの意)と色々あったが、特大の引きがあった時は私も一緒になって竿を引き、リールを巻いた!
一時間近くに渡る格闘の末に釣り上げたのは特大サイズのトラード!しかも、通常のトラードとは違って身体が紅い……其れを見釣り人が驚きながら此れはヴァレリア湖のヌシと言われている『ダイナトラード』だと教えてくれた。
まさかヌシを釣り上げるとはな……流石に湖のヌシを食べる事は出来ないのでリリースしたのだが、リリースする前にダイナトラードの口から何かが出て来た……此れはクォーツか?
合成されたモノではない……ダイナトラードが獲物と共に喰らったセピスが、ダイナトラードの体内で自然に合成されたモノの様だな?どんな力を持っているのかは分からないが、取り敢えずお宝ゲットと言った所だな。



《ねぇアインス、前に此処に来た時の事覚えてる?》

《何だイキナリ……あぁ、覚えているよ。あの時もシェラザードが飲みまくって、オリビエが巻き込まれて大変な事になっていたな。》

《うん。
 アタシも今と同じ様に釣りを楽しんでて、ふと後ろを振り返ると、其処で本を読んでいた筈のヨシュアが居なくなってた。》

《そうだな。》

良い時間になって来たので釣りを切り上げ、あの時同様桟橋までやって来た……あの時ヨシュアは『如何して何も聞かずに一緒に暮らせたりするんだい?』と聞いて来たんだっけな。
アイツは何時もそうだった。決して自分の過去を話したがらず……だが、私もお前も其れで良いと思っていた。



《うん。
 でも、女王生誕祭で、結社の人間だったって言うヨシュアの過去を聞かされた……だからって、アタシの想いは何一つ変わらない。そんなの関係ない!そんなの如何だって良い!……って。
 なのにヨシュアは姿を消した……たった一つ、此のハーモニカを残して。
 過去なんて、アタシにとっては如何でも良い事だけど、でもヨシュアにとっては如何でも良い事じゃないとしたら……アタシは未だに知らない、ヨシュアが消えた理由も、ハーモニカに託した想いも。
 アタシが知らないから、知ろうとしないから……だから、だからヨシュアは此処に戻ってこられないの、かな?》

《知ろうとしていないと言うのは違うんじゃないか?少なくとも今のお前は、結社と対峙して色々と知ろうとしている……そして、確実にヨシュアには近付いている筈だ。
 悪い方向に考えるな。折角の太陽の笑顔が曇っていては、出来る事も出来なくなってしまうぞ?》

《アインス……うん、そうだね。》



何時になるかは分からんが、クルツが《結社》の拠点を突き止めたら、休暇は終わって《結社》との直接対決だからな?恐らくその場にはヨシュアも現れる事だろう……先ずは共通の敵を倒して、色々言いたい事を言うのはその後だな。



「やあー、キレーな夕焼けやねーー。」

「この声は……ケビン?」

「ケビンさん?」

「やっぱり、エステルちゃんとアインスちゃんや。」

「如何してケビンさんがこんな所に?」

「マッタクだ。七耀協会の神父が、教会もないこの村に何用だ?……まさか、此処で封印指定のアーティファクトが見つかったとか?」

「いや、そんな大それたモンやないて。
 可愛いあの娘と、美人なお嬢さんに出会えますように~~~♡って女神様に祈ったら此処に導かれて……って信じてへんなその顔は?」



其れを信じろと言うのがそもそもにして無理な話だ。大体そんな祈りが通じてしまうとしたら、女神も相当に暇であると言わざるを得ない……と言うか、そんなしょうもない祈りを聞く位なら、本当に救いを求めてる人々の祈りを聞いてやれと言わざるを得ないぞ?
まぁ、流石に此れは冗談で、ケビンは観光がてら《琥珀の塔》を見に来ていたらしい。
なんでも《四輪の塔》を見学して回っていて、今日は《琥珀の塔》の近くに宿が無いかと探していたらしい。
マッタク、あの塔に登りたがる奴と言うのは、如何してこう、少し変な奴が……



《そうよね。前にもケビンさんみたいに……》

《そうそう、ケビンみたいに四輪の塔に登ろうとしていた奴が……いた筈なんだが、一体どんな奴だった其れは?》

《え?えぇっと……なんだろう、変な人だったってのは覚えてるんだけど……》

《そう、変な奴で、そして胡散臭そうな奴だったんだが、顔と名前が思い出せん……可成り個性的な奴だったと思うのだが、そんな奴を如何して思い出せないのか?》

ダメだ、分からない。何が分からないのかすら分からんとは……此れは、只忘れたと言う感じではないな?何かこう、強烈な暗示なり記憶の封印を知らないうちに掛けられてしまったのかも知れん。



「アカン!アカンてエステルちゃん、アインスちゃん!
 物静かな湖畔に、美少女と美女が揃って物思いに耽って夕陽なんざ拝んでたら、一緒に気持ちも沈んでしまうで?
 考えても分からんのは、今は其の時とちゃうねん。そーゆーんは、いざ!ってなったら案外自然に出てくるモンとちゃうやろか?そやから悩まんと……エステルちゃんは、取り敢えずもうちょっと湖のフチから離れてみよか?」

「……確かに、その位置だと湖面に下着が映ってしまうかも知れんな。ギリギリのラインではあるが。……因みに見えたかケビン?」

「いや、ギリギリ見えへんかった。」

「ギリギリ見えなかった事に感謝するんだな……見てしまっていたとしたら、私はお前から永遠に光を奪わなくてはならない所だった。」

「アインスちゃん、真顔でおっそろしい事言わんといて!?俺やなかったら、盛大にチビっとるでそれ!?」

「あはは……まぁ、そう言わないでアインス、ケビンさんは今回も悩んでるアタシに手を差し伸べてくれただけだと思うから……初めて会った時からだけど、何時もそうやって悩んでるアタシに手を差し伸べてくれたよね。」

「そりゃあ勿論!当たり前やんか♡」

「ありがとう。ケビンさんて、見かけによらず立派な神父さんなのね。」



見かけによらずって……まぁ、確かにケビンは何処か胡散臭いからな。
コイツは本当に何者なのだろうな?何時も突然タイミングよく現れるし、妙に色んな事を知っているような気がするし……何よりもケビンからは、決して小さくない『闇』を感じる――って、なんだ?此れは……血の臭い……?



「ちょっと待った。」

「また、そうやってはぐらかして……」

「いや、あそこ……小さい船が浮いてるんやけど……若しかしてあれ、中で誰か倒れてるんとちゃうか?」



船だと?……確かに湖畔に小船が浮いているし、血の臭いは其処からしているみたいだな?

急いでその場に急行してみると、矢張り小船には人が乗っていたのだが……その小船に乗っていたのはマッタク持って予想もしていなかった人物だったよ……まさか、お前だったとは……!!



「うそ……そんな、如何して……!?クルツさん!!」



小船に乗っていたのは、瀕死の重傷を負ったクルツだった……!!
カシウスには及ばないとは言え、其の実力はリベールでもトップクラスのクルツがこんな状態に……クルツが《結社》の拠点に迫っていた事を考えると、突き止めた拠点で、執行者と遣り合ったのだろうか?

取り敢えず、細かい事を考えるのは後回しだ。先ずはクルツに適切な治療を施すのが最優先だからな……!













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