Side:アインス


王国軍の警備艇から降りて来たのはモルガンだった……『ボースを襲った厄災を取り除きに来た』と言って、其れを聞いたエステルも、『王国軍力になってくれれば、飛行船があれば空飛ぶ竜が相手でも何とか出来るかも』と意気込んでいたのだが、モルガンに『今は深追いすべきではない』と言われてしまった。
まぁ、確かに警備艇では精々機銃程度の装備しかないから、竜と戦うには万全であるとは言い難いからね。



「そっか……うん、分かったわ。」

「ならば、お主等は此処で手を引くが良い。此処までご苦労であったな。」



だが、此処でモルガンは『もう手を引け』と言って来た……勿論、私もエステルも納得出来なかったので理由を聞いてみたが、如何やらまだ遊撃士の事を毛嫌いしている訳ではなく、端的に言えば『今回の事態は、遊撃士には手に余る』との事だった。
『敵は人一人の力など意味を成さない強大な相手――此れは最早、戦争と言っても過言ではない。』とも……その上で『戦争ならば、我々戦争のプロに任せておけ』と来たか。……遊撃士を毛嫌いしているだけの、いけ好かない石頭かと思ったが、軍人としての誇りを持って、その職務を全うする気はあるみたいだな?少しだけ見直したよ。
尚も食い下がるエステルに、『お前達は《蛇》拠点探索に集中して貰えると助かる』と、《結社》との拘わりを完全に断たせないようにして、落としどころを提示しているのも、まぁ評価出来るか。



「……ざけんな。」



だが、如何やらエステル以上にお前は納得出来ないみたいだなアガット?
剣帝にこっぴどくやられたと思ったが、そんな状態で動く事が出来るとはマッタク持って呆れた頑丈さとタフさだ……其れとも、剣帝が無意識の内に手加減をした――と言う事はないか。剣帝に、手加減をする理由がないモノな。

しかし……モルガンを睨みつけるアガットの瞳の奥には、何だろうな?怒りや哀しみ、後悔と言ったモノが複雑に入り混じった激情とも言うべきモノを感じるが――モルガンが、その激情の導火線に火を点けないと良いのだが……









夜天宿した太陽の娘 軌跡112
『The past and present of the heavy sword, and……』









心配するティータを他所に、アガットは満身創痍で、立っているのもやっとな状態でありながらも、しかしモルガンへの視線を外さない……何か、個人的な事があるのかも知れないな?



「なぁ、将軍閣下……戦争はプロに任せろ……だと?……そりゃ、本気で言ってんのか?」

「無論だ。
 人を守るだけの遊撃士と違って、我々軍人は国を守らねばならん。民と国土の双方を守る、其れが出来るのは軍だけだ!」

「~~~……笑わせんじゃねぇ!!
 そうやって!あとからノコノコやって来やがって……いつもいつも、テメェ等は間に合わねぇ!!
 でかい図体を素早く動かせず!足並み揃える事ばかり考えて!命令なしじゃ何も出来ず!守れる筈のモノも守れねぇ!!今回も!!十年前の戦争でもなぁ!!」




『民と国土の双方を守る事が出来るのは軍だけ』、其れを聞いた途端にアガットがモルガンの胸倉を掴み、感情を爆発させた。……今までも感情をあらわにする事はあったが、此処まで激しく感情を爆発させるのは初めて見たな?
モルガンも、只ならぬアガットの様子に何かを感じたみたいだが……最後に何かを呟いた所で限界が来たのか、アガットはその場に崩れ落ちてしまった。



「アガットさん!み、皆さん、兎に角アガットさんの手当てを!」

「此れだけの怪我を負っていながら相手の胸倉を掴んで、あれだけ怒声を上げる事が出来るとは、アガット・クロスナーの頑丈さには感服致します。キッチンに出るGもビックリの生命力です。」

「シュテル、流石に其れは失礼だと思うがな?」

「……場の空気を和ませる為の小粋なジョークの心算だったのですが、お気に召しませんでしたか。残念です。」

「冗談なら、冗談らしいテンションで言ってね!?」

「はぁ、善処します。そして、前にも似た様な遣り取りをしたような……?」

「……取り敢えず、ラヴェンヌ村まで送ろう。村には、こやつの家もある事だしな。」

「何だモルガン、お前アガットと知り合いだったのか?」

「一度だけ、こやつに会っていた事を思い出してな……」



ふむ……如何やらアガットとモルガンの間には、私達が知らない因縁と言うか、そう言ったモノがあるみたいだな。



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ラヴェンヌ村に戻って直ぐにアガットの手当をしてから、アガットは本人の家のベッドに放り込んで、ティータに付いて居てやってくれと頼み、外でモルガンの話を聞く事に。

モルガンがアガットと出会ったのは、十年前の戦争が終わり、ラヴェンヌ村の人々とアガットの妹の墓碑が建てられた時だったらしい。
――十年前、ラヴェンヌ村の近郊で、王国軍と帝国軍の激しい衝突があり、当時指揮を執っていたモルガンは、ラヴェンヌ村を守る為に大規模な防衛線を張り巡らせたが、其れが逆に帝国軍の苛烈な攻撃を招き、放たれた焼夷弾によって村は焼かれ、多くの、何の罪もない人々が犠牲になった。アガットの妹も、その内の一人だったと、そう言う事か。



「村の犠牲者の葬儀には、ワシも軍代表として出席した。
 其の時出会った赤毛の少年の目を、今でもハッキリと覚えておる……底知れぬ哀しみを、怒りで捻じ伏せるような、痛々しい眼差しをな。……そんな目をさせたのは、矢張りワシなのだろう。」

「村を守ろうとして行った事が、逆に村に壊滅的な打撃を与える事になったか……軍人としては、後悔してもしきれん話だが、そう言う事であれば、先程のアガットの激情も理解出来るか。」

「……あやつにとっては、わしは妹の命を奪った帝国軍と大差なかろうからな。」



アガットからしたら、確かにそうかも知れないが、村長がモルガンに『あまり自分を責めなさるな』と言った上で、『アガットが責めていたのは、実は閣下でも帝国軍でもないんじゃよ』と続けてくれた。
如何言う事だ其れは?



「無論そんな事はないんだが、アガットはミーシャの死を自分の責任のように感じてしまってな……激しく自分を責めた挙げ句、一人で村を飛び出してしまったんじゃ。
 如何すればミーシャに償えるか、其の答えを探す為に。
 じゃが……如何やらあやつは、未だに答えを見つけておらぬらしい。
 十年前と同じ様に、深い悲しみと、自分への怒りに囚われてしまっている様じゃ……」



自分への怒りか……今ならば分かる。小さき勇者と対峙した時も、私は『闇の書の運命は、始まった時が終わりの時だ』と言って諦めていたが、本当はナハトの呪いに抗えず、主を殺してしまう自分の不甲斐なさに怒り、その怒りを彼女にぶつけていたのだとな。
だからこそ、アガットの思いも分かる気がするよ。
だが、ならばこそこれ以上哀しみと怒りの連鎖を続ける事は出来ん……そうだろう、エステル?



《当然よアインス!》

《ならば、私達のすべき事は一つだけだな?それじゃあ、一緒に言うぞ?せーの……!!》

《《私(アタシ)のターン!!》》


「ねぇ、モルガン将軍。やっぱりアタシ達も、竜対策に協力させてくれない?」

「なに?」

「お前は認めたくないだろうが、遊撃士には軍にはない強みがある……例えばそうだな、集団化されていないが故のフットワークの軽さや、民間組織である事での市民との距離の近さとかだ。
 そう言う意味では、軍人とは違った立ち位置で物事を見る事が出来るとは思わないか?」

「だが我々は……」

「アガットが遊撃士になったのは、きっとそうした所に可能性を感じたからじゃないかと思うの。如何したら妹さんに償えるのか、其の答えを見つける為の可能性を。
 その意味では、アガットが遊撃士を選んだのも、凄く納得出来る気がする……アタシの父さんも、お母さんを亡くした事が切っ掛けで遊撃士になったから……」

「モルガン、お前は遊撃士は只人を守るだけだと言ったが、人を守ると言う事は、その人達が住んでる国を守ると言う事にも繋がるんじゃないのか?
 軍と遊撃士は違うが、目指すところは同じ筈。まして今は、《結社》と言う明確な共通の敵がいる状況だ。軍と遊撃士、双方が互いの長所で互いの短所を補って、協力すべき時ではないか?」

「究極的に言えば、軍も遊撃士も、目の前で困ってる人達の力になるって言うのが根底にあると思うの!
 だから、アタシも、アタシ達も自分に出来る精一杯の事はしておきたい!如何かモルガン将軍、アタシ達にも協力させて下さい!!」

「……何時の世も、馬鹿と言う者は居るモノだ。己の信念を絶対曲げず、どんな困難にも真っ向から対峙して、なんとかしようとする救いようがなく、そして人の心を動かしてしまう馬鹿と言うモノがな。
 十年前、反抗作戦を提案して来た時のカシウスも、今のお主と全く同じ目をしておった……お主等の言い分は分かったが、今この場でワシの一存で決める事は出来ぬのでな、一度レイストン要塞に持ち帰って検討するとしよう。
 如何するか決まったら、改めて連絡を入れる。その時までお主等は、遊撃士協会で待っておれ。」



私とエステルの波状攻撃に、モルガンも何か感じたのか、此の場では答えはしなかったが、一度持ち帰って検討すると言ってくれた……如何なるかは分からないが、此の場で断られなかったと言う事は、若しかしたら若しかするかも知れん。……モルガンは、如何やら只の青二才ではないみたいだ。








――――――








Side:ティータ


お姉ちゃん達にアガットさんの事を頼まれたので、取り敢えず村長さんから貰った材料でスープを作ってたんですが、その最中にアガットさんが目を覚ましたので、身体の具合を聞くと、『別に何とも』と言っていたので、今の状況を伝えると、『いや、もう体力は問題ねぇ!怪我も勝手に治るだろ!』と言ってベッドから無理矢理起きようとしたので……其の姿を見たら、涙が。



「な、なんだよ!本当に大丈夫だから、そう言っただけで!」

「ち、違うんです。私ちょっと心配で、スッゴク心配だったから、ホントに良かったって、ほっとしたら……」

「……悪い、色々と心配を掛けちまったな。
 一人で突っ走って、勝ち目のない喧嘩をやらかして、仕舞にはお前にあんな無茶をさせちまった……俺は、大馬鹿野郎だよ。マッタク、救いようがねぇってなモンだぜ。」

「アガットさん……」

え~~と、こう言う時って如何すれば良いんだろう?
……そうだ、スープを作ってたんだ!其れを食べて貰おう!――そう思って、アガットさんに『スープを作ってみたんです。もし良かったら』って言ってみたんだけど、アガットさんは驚いた様子で家の中を見渡しました。

如何やら自分の家だって気付いたみたいで、タンスの上の写真を見て『こんなモノまで……』と、少し寂しそうな笑みを浮かべていたので、如何したのかと思ったら、『本当は、此の家は十年前に全焼してるのさ』と言ってから、村長さん達が建て直したという事を教えてくれました。……内装や家具まで揃えているとは思わなかったと言う事は、家が建て直されて以来、アガットさんは此の家には戻っていなかったんですね。

「あの、アガットさん……も、若しかしてその時に、ミーシャさんは……」

「俺の誕生日にあわせてな、プレゼントを用意してたらしいんだ。手造りの……俺が喜ぶ物を、ってな。
 帝国軍の攻撃から山道へ避難する途中、突然アイツは家へと引き換えして……其処に焼夷弾が落ちた。
 助け出した時には、もう手遅れだった……酷い火傷を負った其の手の中には、俺へのプレゼントが確りと握りしめられていた――正直、こんな物の為にって、何度思ったか分からねぇ。
 なのに……何もかも投げ捨てて、荒れた暮らしをしていた時も、コイツだけは如何しても捨てられたなかった……こんな只の石ころを……情けない話だろ?」

「そんな事……」

「実際情けねぇんだよ。俺はコイツがなきゃ、生きて来れなかったんだからな。」



『情けない話だろ?』と言うのを否定しようとしたけど、アガットさんは其れを遮って続けて来た……でも、其処からのアガットさんは正直言って見て居られなかった。
ミーシャさんを助ける事が出来なかったアガットさん自身への怒りと言うのは確かにあるんだろうけど、其れ以上に、あの結社の人に言われた事が心に大きなダメージを受けたみたいで、『欺瞞に陥って、前に進めない半端者……あの野郎の言う通りじゃねぇか』なんて言って……!

「アガットさん……」

「いや、もっと性質が悪いか!?
 都合の悪い事から目を逸らしてるだけのクソ野郎……!俺が一番嫌いな負け犬って訳だ!!ハハハ……コイツは傑作だぜ!!」



アガットさん……私、アガットさんの気持ちは、ちゃんと分かってあげられないけど……だけど……きっと……此れだけは……ミーシャさんの代わりに言わせて下さい。

私の大好きなお兄ちゃんを、馬鹿にしないで!!
 アガットお兄ちゃんの事、何にも分かってないクセに!!


「!!?」

「『お兄ちゃんの良い所は、私が一番よく知ってる!』
 悪く言ったりしたら、例えお兄ちゃんでも、許さないんだからぁ!!」

「……チビスケ。
 ……そうか、俺は俺の事を何も分かっちゃいない……のか。……はは、まったくその通りだぜ。」



はっ!つ、つい思いのままに、言いたい事を言っちゃいましたけど、此れは流石に拙かった……あの、アガットさん、ごめんなさい、私……



「良く気付かせてくれたな……ありがとうよ、ティータ。」



でも、アガットさんはそう言って優しく私の事を撫でてくれた……と言うか、若しかして初めて名前を呼んで貰えたんじゃないでしょうか?……此れは、一歩前進したの、かな?



「テメェのチンケな物差しで、テメェ自身を計っても仕方ねぇ……だったら、精々足掻いてみるさ。
 哀しみも怒りも関係なく、答えが見つかるまで真っ直ぐな!……そうすりゃ、コイツを持ち続けてる意味も、何時か分かるだろうよ。」

「アガットさん……きっと、そうなんだと思います。」

さっきまでの、自分を嘲笑うような雰囲気はもう何処にも無くて、今のアガットさんの顔はとっても晴れやかです。……《重剣》、復活ですね!!












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