Side:アインス


ボースに突如現れた竜……其れだけでも驚きなのだが、まさかお前も一緒に現れるとは思ってなかったよロランス・ベルガー……否、《剣帝》レオンハルト!
矢張り貴様は、《結社》の人間だったのか!その竜を連れて、今度は何をする心算だ?



『ギャァァァァァァァァァァァ!!』



って、行き成りブレス攻撃か!街を焼き尽くす気か……だが、そうはさせん!地属性の魔法で作ったシールド、此れならば炎で焼く事は出来まい!!



「……これ程の炎を受け止めるとは、そのシールドは相当に頑丈なようだな。」

「ふふ、少なくとも只の炎ではこのシールドは砕けんよ。」

そう、このシールドは地属性の魔法を利用して生成したモノで出来ているからね。
『タングステンカーバイト』。またの名を炭化タングステン――鋼の二倍の強度を誇り、その融点は二千八百℃。如何に竜の火炎ブレスが強力であっても生き物が生み出す熱である以上、その温度はドレだけ高くても三百℃が限界だ。三百度が、生物の細胞が耐えられる限界の温度だ……少なくとも我が主の世界では、其れ以上の高温の場所で生きている生物は発見されていなかったからね。
尤も、攻撃を防がれた竜は、其れが気に入らなかったのか更に暴れようとしたが、其れは剣帝が竜の頭に手を触れると大人しくなったか……竜をも操る術を持つとは恐ろしいな?



「今回の実験は少しばかり変則的でな、正直お前達の手に負える事件ではない。王国軍にでも任せて大人しくしているのだな。」



剣帝がそう言うと、竜は羽ばたき飛び上がった……此処から逃げる気か!



「ま、待てや!こらぁ!!!」

「アガットさん!!」



アガット、戻って来ていたのか!



「俺が奴を追跡する!お前等は街の被害状況を確認しておけ!!後で連絡する!!」

「って、行き成りだな?」

「ちょ……ちょっと待って!!」


「だ、誰か!手を貸してくれ!マーケットの中にまだ逃げ遅れた人達が!!」



アガットは竜と剣帝を追い、私達も其れを追おうとしたのだが、マーケットの中に逃げ遅れた人が居ると聞いては無視は出来ないな……先ずは其方の救助が先決か!
……無茶はするなよアガット?剣帝は痩せ狼よりも遥かに強い……お前が単身で挑んでも、到底勝てる相手ではないからな……!








夜天宿した太陽の娘 軌跡111
『ボースに降り立った竜と剣帝』









マーケット内部は、ハッキリ言って酷い有様だった……商品棚の下敷きになった人だけでなく、瓦礫の下敷きになった人まで居たからな。――瓦礫の下から意識のないリラの姿が見えた時には肝が冷えたよ。幸い、意識は無くとも息はしていたので安心したが。
私が表に出て、瓦礫を一人でどかしたのには、流石に周囲の人達も驚いていたが、まぁ其れは仕方ないだろうな。だが、此れだけの被害であったにも関わらず、死者が一人も出なかったと言うのは奇跡的かも知れんな。



「えぇ、此れも皆さんが迅速に救助活動を行って下さったお陰ですわ――遊撃士協会の御協力に、心から感謝いたします。」

「あの……大丈夫、メイベル市長?其の、リラさんの事とか……」



エステルはメイベルの事を心配したが、メイベルは『負傷者は教会の方々が中心になって対処してくれている。治療活動に関しては治療の専門家に任せておこう』と言い、更に『私にも己のすべき事があるから、今は感傷に浸っている場合ではない』と続けて来た……市長であるからこそ、取り乱さずに己の為すべき事を為さんとする其の姿勢には、見習うべきモノがあるな。
その後、今回の一件について聞かれたので、其れについては此方でも調査を始める旨を伝えたのだが、シェラザードの口からアガットの名が出た途端にメイベルの表情が変わったな?



《アインスにも分かった?》

《分からいでか。今ので分からなかったら鈍感を通り越している。鈍さが恐竜並みだ。》

《メイベル市長、アガットと知り合いなのかな?》

《実は昔付き合ってた説に一票……不良系男子と、お嬢様系女子の恋愛と言うのは、割と王道だと思うのだが如何だろう?歳も近いし、行けるとは思わないか?》

《あ~~……有りかも知れないけど、その可能性はメッチャ低いと思うわ。》

《だろうな、自分で言っておいてなんだが。》

で、エステルが『何かあった?』と聞いたが、メイベルは『もう昔の話ですわ。』と答えるだけだった……うん、実に気になる。
その後メイベルは市民に呼ばれ、其方に行ってしまったので、私達も私達のすべき事をするか!先ずはギルドに戻って報告だ!此れ以上、剣帝の奴を野放しにしておく事は出来んからな!



「『獅子の果敢(レオンハルト)』か。『獅子(レーヴェ)』と言うのは、彼の愛称だった訳だね。」

「そして可成りのイケメンでしたね。何処か哀しみを秘めた瞳が乙女心に響きました。」



シュテル、今はそう言うの良いから。
それにしても、まさか竜を持ち出してくるとはな……此れは流石に予想外だったよ。



「あんなバケモノを持ち出して、人が一番集まる場所を襲うなんて!其れでもし、誰かが怪我したり、死んだりしたとしても、アイツは何とも思わないって言うの!!ふざけんじゃないわよ!」

「結社の目的が何かは知らないが……平和に暮らしている人々に危害を加えるだけでなく、其の命すら危険に晒すと言うのであれば余計に見過ごす事は出来ん。必要とあらば、私は今再び破壊神となる事も辞さん。」

「エステルお姉ちゃん、アインスお姉ちゃん……あ、あの……アガットさんは大丈夫かな?一人で追いかけて行っちゃったけど……」

「……冷静でいてくれれば良いのだけれど、流石にそうは行かないでしょうね……アガットにとって、此のボース地方は生まれ故郷な訳だし。」

「そうなんですか!?」

「えぇ、此処から北の方にラヴェンヌ村って小さな農村があって、アガットはその村出身だった筈よ。」



そう言えば、空賊事件の時にラヴェンヌ村の村長さんがそんな事を言っていたっけか……だが、だとしたら最悪だ。故郷を攻撃されたアガットが冷静でいられる筈がない!
アイツの実力は疑いようもないが、精神面に関しては激情家で、己の感情に火が付くと、自分では制御出来なくなってしまう部分が有るタイプだからなアガットは。

そしてギルドに戻って来たのだが、此方が報告する前に、ルグラン爺さんから『あの竜が、今度はラヴェンヌ村を襲ったらしい』と言う事を知らせてくれたのだが……此れは本気で最悪だな?
竜を追っていたアガットは、恐らく襲われた直後のラヴェンヌ村を見た筈だ……だとしたらアイツは――!!ラヴェンヌ村に急ぐぞ!!



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ラヴェンヌ村に到着したが、此れは酷いな?果樹園が全滅してしまったか……見た所、焼き払われたのは上の部分で、根っこは無事だから再建するのには其れほど時間は掛からないかも知れないがな。
焼け落ちた果樹園には村長と村の人々が居たのだが、如何やら無事みたいだ……見れば果樹園は燃え落ちたが、住宅は健在みたいだからな。被害が果樹園だけで済んだのは、不幸中の幸いと言うべきかも知れないな。
『手伝える事はあるか?』と聞くと、『わし等はもう大丈夫じゃよ。それよりも、スマンがアガットの事を頼めんじゃろうか?』と言って来た。
詳しく話を聞くと、アガットはついさっきまで消火活動を手伝っていたらしいのだが、竜が来たに飛び去った事を伝えたら血相を変えて走り去ってしまったとの事……拙いな、アガットは一人で決着を付ける心算みたいだ。
剣帝は、エステルの身体のままだったとは言え、私でも勝てなかった相手だ……アガットが如何に遊撃士屈指の実力者であっても勝てる相手では無いだけでなく、竜も居るのだ。単身で乗り込むと言うのは、只の自殺行為に他ならん!

私達も、直ぐにアガットを追って……空賊事件の時に、襲撃された飛行船が隠されていた場所に向かっているのだが、洞窟に入って暫くすると、ティータが何かを感じたのか、走り出してしまった。
ティータが走り出す直前に何か聞こえた気もしたが……まさか、アレはアガットの声だったと言うのか!



《ちょっと、アインスでも聞き取り切れなかった声を、如何してティータはアガットのモノだって分かった訳!?》

《子供は、大好きなお兄ちゃんの声は確りと聞き取る事が出来る……と言う事だと思う。多分。きっと。……オリビエに言わせると『愛の力だ』とか、そう言う事になりそうだがな。》

《オリビエなら言いそうね。》

《そう言う事を言わせたら、右に出る者は居ないだろうオリビエは。》

私達がティータを追って辿り着いた場所は、矢張り嘗て飛行船が隠されていた場所だったのだが、其処には傷だらけで地に伏すアガットと、その前に座り込むティータ、そして其れを見下ろす剣帝の姿が!
直ぐに助けなければならない状況だが、竜がブレスで私達の行く手を阻むか……先程の防壁を築きながらでは時間が掛かり過ぎるな。



「ドラゴンが出て来るとは予想外でした。こんな事ならば、『バスター・ブレイダー』のカードか、『ドラゴン族封印の壷』のカードを持って来るべきでした。」

「……カードの具現化が出来るのかお前は?」

「はぁ、一応。と言うか、いっその事『エクゾディア』持って来た方が良かったでしょうか?」

「やめい、リベールが滅ぶわ。」

それよりもアガットとティータだ!
見ればティータは剣帝に導力砲を向けているが、剣帝は眉一つ動かさずに、剣の腹で其れを弾き飛ばし、『女子供とて関係ない。必要あらば斬る。』と冷酷に言い放った。
ティータ位の少女であれば、其れだけで委縮してしまうモノだと思うが、驚いた事にティータは其れでも両手を広げて、アガットの前に立ち、剣帝に『通せん坊』をする。……此れは、若しかしたら見物かもしれんぞ?



《見物って……そんな事を言っている場合じゃないでしょうが!!》

《いや、此処は見届けるべきなんだよエステル……剣帝とティータ、其の実力差は象と蟻なんてモノじゃないが、其れはあくまでも物理的な実力差に過ぎん……だが、今この場で『気持ち』が強いのは果たして何方だろうな?》

《気持ちの強さ……》

《子猫が獅子を追い返す瞬間が拝めるかもしれないぞ。》

通せん坊をするティータに対し、剣帝は『……其処をどけと言っている。』と冷徹に告げるが……



「ど、どきません!!」



ティータは退かないか。剣帝よ、普段は守られてばかりの小さな子ネコの必死の『護る意志』をその眼に焼き付けるが良い。



「私は、アガットさんに助けて貰ってばかりだから!こう言う時しかお返しする事が出来ないから…………ううん、違う……ぶっきら棒で、不機嫌な顔ばかりして、いっつも私の事チビスケって子供扱いするけど……本当はとっても優しくて、何時も見守ってくれて……大好きで、大切な人だから……!
 だから私、絶対にどきません!!」

「……その半端者に、其処までする価値があるとは思えんが、健気な事だ。
 邪魔も入ったし、お前に免じて今日は此れで退いてやろう。」



剣帝の顔から冷徹さが失せた……小さくとも必死の護る意志に、戦意を削がれたと言った所だろうが――それ以上に、王国軍の警備艇が来たと言うのも大きいか。
それを確認した剣帝は、竜の背に乗り、アガットに向けて『欺瞞を抱えている限り、お前は何者にもなれない。大切なモノを守る事も出来ん』と言っていたが……私には、お前もまた欺瞞を抱えているように思うのだがな。否、人であれば誰もが多かれ少なかれ欺瞞を抱えて生きているモノか。



「待ちなさいよ《剣帝》!!」

「私としては、グランセル城でのリベンジを果たしたい所なのだがな?」

「エステル・ブライト、アインス・ブライト……お前達も心しておけ。
 今回の実験が終われば、計画は次の段階に移行する――気を引き締めなければ、必ずや後悔する事になるぞ。」



お前に言われずとも気を緩める気など毛頭ないが……態々、計画の進捗状況を教えてくれるとは、《結社》の執行者にしては何とも優しいモノだな?或は、此の程度の事であれば教えた所で大した問題ではないと思っているのか。



「行くぞ、古竜レグナート。」



剣帝は竜に乗って空に……本来ならば追うべきなのだろうが、アガットとティータが心配なので、今は只それを見送る事しか出来ないか――《剣帝》レオンハルト、如何やらお前とは長い付き合いになりそうだな……!










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