Side:アインス


ミストヴァルトで出会ったのは、まさかのお前だったとはな……これは、流石に予想外だったよ。まさかお前が、《結社》の一員になっていたとはな。だがお前が係わっていたと言うのであれば、成程、腑に落ちる部分もあるな。



「アインス、其れにシェラ姉も、此の人の事を知っているの?」

「あらあら、連れないわねおチビさん。貴女とも何度もあっている筈だけれど。
 一座の天幕でタロット遊びをした幻術使いのお姉さんを覚えていないかしら?」

「まさか、ルシオラお姉ちゃん!?」

「ふふ、正解よ。執行者№Ⅵ《幻惑の鈴》ルシオラ……そう呼ばれているわ。」

「ど、如何して……!」



正体が分かってエステルも驚いているが、其れもまた仕方ないか……八年前、突然姿を晦ました人間が、《結社》の執行者として現れたのならば、寧ろ驚くなと言うのが無理な話だ。
シェラザードは『もっと早く気付くべきだった』と言っていたが、恐らく予感はしていたのだろうな……だが、予感はしていても『そうであって欲しくない』と言う潜在的な思いが、正解に辿り着くのを遅らせたと言う所か。
今のこの状況を起こしたのはルシオラなのかとシェラザードが聞いたが、ルシオラは『私の幻術は其処まで万能ではないわ』と否定した上で、『此の霧はゴスペルが起こした現象で、人々の夢に干渉する触媒と言ったモノ』だと言ってくれた。
人々の夢に干渉って……ゴスペルで人の精神まで操ろうと言うのか?



「其れを確かめるのが今回の実験。
 鈴の音色に惑いし者に、幻術とは比べ物にならないリアルな夢を魅せてあげる……さぁ、行ってらっしゃい。苦しみも哀しみもない、只只管幸せな世界へ――」



しまった!もう既に奴の術中だったか……エステルの意識が……!ならば、私が表に出るか!!









夜天宿した太陽の娘 軌跡109
『夢と現実と、太陽と銀閃の決意』









と言う訳で、エステルの意識が吹っ飛ぶギリギリで私が表に出る事が出来たか……呼びかけても全く返答がない。エステルの意識は完全にゴスペルの霧に囚われてしまったと言う事か。夢の世界に誘うには、ルシオラの鈴を使った幻術が必要なみたいだけれどな。



「……貴女には、効果はないみたいねアインス?」

「生憎と、幸せな夢に対象を引き込むのは私も得意でね……自分の得意技を自分が喰らうと言うのは間抜けのやる事だろう?まぁ、今の私には一切の状態異常もステータス低下も効かないけれどな。」

「其れは何とも厄介だ事。
 それにしても、貴女も随分変わったわねアインス?実際に見るまでは信じられなかったけれど、完全に別人になってるみたいね。」

「元々私とエステルは別人だからな。」

其れは其れとして、エステルとシェラザードは眠ってしまったが、私はこうして健在なのでな……悪いがお前を見過ごしてやる気はない。今回の件の重要参考人として身柄を確保させて貰う。抵抗はしない方が身の為だぞ。

と言いたい所だが、お前ならば此処から一瞬で逃げる事も可能だろうから無理に捕らえるのは止めておく。その代わり、暇潰しに付き合ってくれ。



「暇潰しね……良いわ。少し付き合って上げましょう。」

「まさかと思うが、お前が直接相手をする訳ではないよな?言っておくが、私の戦闘力は痩せ狼と互角以上に戦えるレベルだ。直接的なぶつかり合いは得意ではない幻術士には相性最悪の相手だぞ。」

「幻術士は確かに直接的なぶつかり合いは得意ではないけれど、だからこそ下僕を使役して戦わせ、自分は後方で幻術を使う術に長けるわ……貴女の暇潰しの相手は、此の子達よ。」



ほう?二体の使い魔を出して来たか。
一体は物理無効、もう一体はアーツ無効か……此れはまた、普通ならば何ともやり辛い相手なのかも知れないが、この程度では私の相手ではないかな?まぁ、準備運動位にはなるかもしれないが、取り敢えず逝っとけ!

「ジェノサイドカッター!!」

アーツ無効を、自爆オチラスボスの代名詞でぶちのめして、其のまま流れで物理無効の奴の頭を掴んでから零距離のナイトメアを叩き込んで滅殺!此の程度では全然余裕だな。まるで相手にならん。
私の相手をするのであれば、最低でも痩せ狼レベルの奴を連れて来い。此れでは暇潰しにならん。



「なら、数を二倍に増やしてみようかしら?」

「二倍程度で如何にかなると思ってるとか、私を舐めてるのか?四匹程度では全然足りん。もう二匹追加されても全然平気だぞ?だから、もう二匹ほど追加してくれると私も楽しめるんだがな?」

「そんな事を言われたのは初めてだわ。」

「だろうな。」

最終的に、ルシオラは合計十体の使い魔を召喚して私と戦う事になった……エステルが目を覚ますまで、暫しコイツ等と遊ばせて貰うとしようか?せめて瞬殺だけはされてくれるなよ。








――――――








Side:エステル


お父さんが居て、お母さんが居て、そしてシェラ姉が居る……其れが何時もの光景なのに、アタシは其れに一抹の寂しさを感じている。其れは何で?シェラ姉と暫く会えなくなっちゃったから?其れともキョウダイが居ないから?
何だろう、胸がモヤモヤする……何処かで何かを忘れた様な。探さなきゃ。

でも、家の中の何処を探しても、其れは見つからない。お父さんが『手伝ってやろうか?』って言ってくれたけど、此れはアタシだけで見付けないと思うから其れは断って、二階の一番奥の部屋に。
此処は物置部屋……ううん、違う。此処は――

その部屋にあった宝箱を開けてみると、中からは吹く楽器が……えっと、確かこんな感じ……あぁ、そっか。思い出したよ。……アタシにも……吹けたよヨシュア。



「あらあら、とうとう見つけたのね……其れで、貴方は如何する心算なの?」

「お母さん……お母さん、アタシ此処に来て良かったって思ってる。」

アタシは、楽しくて、嬉しくて、本当に幸せな日々をお父さんとお母さんに優しく見守られながら……そうやって生かされて来たんだって分かったから。だから、アタシはその分を、此れからしっかり生きて行かなくちゃ!
だから、ごめんねお母さん。アタシは今のアタシが居るべき世界に戻るね!



「其れで良いのよエステル。
 小さかった私のエステルが、こんなに大きく頼もしい女の子になるなんて……母親として、此れ以上嬉しい事はないわ。」

「お母さん……」

「其れに貴女……其の、ヨシュア君の事が好きなのね?」



ぐ……お母さんは何でもお見通しって事なのかしら?
でも、お母さんはこんなアタシを応援してくれた。『真剣に恋をしている女の子は、もう其れだけで眩しく輝いているのだから。』って言ってくれた。



「その衣装も、今の貴女にとてもよく似合ってる。素敵よエステル。」

「ありがとう、お母さん!」

「さぁ、夢の終わりよ。胸を張って行きなさい。」

「うん!またね、お母さん!!」

「……さようなら、私の可愛いエステル。」



さよならじゃなくて、またねだよ。
私がお母さんの事を忘れない限り、私の中でお母さんは生き続けるんだからね。








――――――








Side:アインス


ルシオラの使い魔と適当に遊んでいたら、先ずはシェラザードが目を覚まして、続いてエステルが目を覚まして、私は強制的に半実体化した状態に。覚醒と共に強制交代とは、流石はこの身体の所有者と言う所かな。
だが、此れはお前にとっても予想外だったんじゃないのかルシオラ?



「私としては、使い魔達がすっかり貴女を倒す事を目標にしてしまった事が予想外だったけれど?」

「物理無効にダメージにはならないとは言え物理攻撃でブッ飛ばして、アーツ無効に魔法で同じ事をすれば、『馬鹿にされた』と憤慨もするか。流石に少しばかり遊び過ぎたか。
 まぁなんだ、機会があればまた遊んでやるから、其の時まで修業しておけ。」

『『『『『『『『『『ガッデム!』』』』』』』』』』

「アインス……アンタ一体何してたのよ?」

「お前達が目を覚ますまで、ルシオラの使い魔と遊んでた。」

「ルシオラお姉ちゃんを捕まえようとか思わなかったの!?」

「大人しく捕まってくれないどころか、この場から一瞬で消え去るかもしれなかったからな……少なくとも、お前達が目を覚ますまで此処に居て貰う必要があったんだよ。
 自力で目を覚ました人間が居ると言うのであれば、実験が完全な形で成功したとは言い難い訳だからね。」

「……其処まで考えていたの?」

「さて如何だろうな?夜天と言うのは気紛れで嘘吐きだ。暗闇で迷っている人を月明かりで導く事もあれば、逆に暗闇に誘ってその命を喰らう事もあるからな……」

「本当に貴女は喰えないわねアインス……教授が興味を持つ訳だわ。
 でも、其れは其れとして、まさか自力で呪縛から抜け出す事が出来るだなんて、ゴスペルが与えた幸せな夢は、お気に召さなかったかしら?」

「確かに、ハーヴェイ一座として旅をして回っていた頃は、アタシにとって本当に幸せな日々だったわ。
 天涯孤独だったアタシを拾ってくれたハーヴェイ座長と姉さんには感謝しきれない程の恩がある……だから、座長が亡くなって一座がバラバラになっても、アタシは姉さんが帰って来るのを待っていたのよ。
 だけど……あれから八年が過ぎた……今のアタシには、友人や仲間達、家族同然に思っている人達と、誇りに思ってる仕事がある――アタシはもう、ハーヴェイ一座の踊り子じゃない。
 姉さんへの想いは、今だって変わらない……だけど此処は、アタシが見つけたアタシの新たな故郷なの!そのリベールに仇なすと言うのなら、例え姉さんでも許さない!」



それでだ、啖呵を切ったシェラザードに対し、ルシオラは『其れで良いわ。』と言うと、『貴女達にとって《結社》は余りにも強大よ。全力で立ち向かって来なさい。』と続けて、ゴスペルと共に消えた。消える刹那にシェラザードに『近いうちにまた会いましょう。積もる話は其の時にでも……』と残して。

取り敢えずゴスペルがこの場から無くなった以上、ロレントへの影響は消えるのだろうが……結局は、今回も後手後手に回ってしまった感は否めない事だな。
シェラザードも同じように思っていたらしく、リベールを守る為にはルシオラと戦う事も辞さないと言う感じだったのだが、そんなシェラザードにエステルが『そう言うの、今すぐ決めなくても良いと思うんだ。』と言った。あぁ、確かにシェラザードとルシオラの関係は、今の私達とヨシュアの関係に似てなくもないから、エステルにはシェラザードの気持ちが分かる訳か……私もまぁ、少し分かったがね。

其処からエステルは、例の写真をシェラザードに見せて、己の胸の内を話した。『ヨシュアが何をする心算なのか分からなくて、アタシは本当は如何したら良いのか、ずっとずっと迷っていた』と。……確かに、迷っていたな。その迷いが夢の世界で複雑な迷宮として現れた回数は少なくないしね。



「でも、そんなアタシを導いてくれたのは、やっぱりヨシュアだった。
 長い間迷って、やっと答えを見つけたの……ヨシュアの事で、アタシは迷う必要なんてない。アタシがアタシで居る限りヨシュアとの絆は無くならないんだから。」



其の通りだ。一度紡がれた縁と言うモノはそう簡単に切れるモノではない……私はあの世界から消滅してしまったが、其れでも我が主との縁が絶たれたとは思ってはいない。我が主は、私の望みを叶えて後継者である、二代目を作って私の魂の一部を受け継がせて下さっただろうからね。
そして、エステルが選んだのは自分自身の道を行くと言う事だ。その先でヨシュアに会えると信じてな……其の時までに、エステルも私ももっと強くならねばだな。

エステルの決意を聞いたシェラザードは、一瞬驚いた表情を浮かべたが、同時に何処か腑に落ちた表情でもあった……エステルの言った事が、自分にも当て嵌まる事だと、そう思ったのかも知れないな。

さて、霧も晴れて来たみたいだしロレントに戻るとしようか?今回の事を含めて、今一度状況を整理しておいた方が良いだろうからね……










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