Side:アインス


此度の一件、まさかレンが黒幕だったと言うのは予想外だったが、其れ以上にカノーネを始めとした元情報部のメンバーが、レンの掌で転がされていたと言う事に戦慄だな。
情報部のメンバーは、リシャールが自ら選出したエリートと言う事だったが、そのエリート集団を見事に出し抜いて見せた訳だからなレンは……いや、出し抜かれたのは私達も同じか――高町なのはの様に単純な戦闘力だけではなく、これ程の人数を出し抜いた、そして其れが出来るようにした結社は矢張りトンデモナイ組織だな?
取り敢えずカノーネは拘束したので、何か有益な情報を得る事が出来ると良いのだが――



「皆さん朗報です。カノーネ元・大尉が事情聴取に応じたそうです。」

「其れは、確かに朗報だな……最悪、カノーネは貝のように口を閉ざしてしまうのではないかと思ったからね。……カシウスが何か裏技でも使ったか?

とは言え、私達は未だに結社の尻尾を掴む事が出来ていないのもまた事実。
シェラザードとアネラスは特務隊の残党のアジトで、カンパネルラと言う執行者と出会ったが逃げられて、彼等の残した手掛かりから王都に辿り着いてみたら、既にレンによって『お茶会』が催されていたと、マッタク持って結社の動きを把握出来ていないからな。



「《殲滅天使》レン……一連の事件が彼女の仕業だったと言われると、少しゾッとするね?」

「あぁ、可成りヤバい状況だったみたいだな。
 振る舞われていた茶に入っていたのが睡眠薬だったからよかったモノの、毒でも盛られていたら、俺達全員死んでいたかも知れん。」



本当に、毒を盛られていたらゲームオーバーだったろうね……その事に関しては、エルナンが『その責任は協会受付である私にあります』と言っていたが、エステルは其れを否定して、『責任は自分にある』と言った。
いや、一番責任があるのは私だろう……レンと一緒に居た三日間の内、二日は私が表に出てレンと接していたのだからね。その二日間で彼女の本質を見抜く事が出来なかった私の落ち度だ。――と言っても、エステルのショックは大きいだろうがな。



「あの、レンちゃんは本当に結社の人間なのでしょうか?だってまさか、あんな小さな子供が……」

「其れは、本当だと思うよクローゼ。」

「うん、ヨシュアも同じ位の歳で執行者だったみたいだから……だから……」

「私達の前にまたレンが現れたその時は……」

「「私(アタシ)が、首根っこ掴んででも、レンを結社から抜けさせる!!」」


はい、ハモッたな。
皆驚いているが、エステルは『父さんだって五年前に、ヨシュアを結社から連れ出して来たんだもの!だったら、アタシにも同じ事が出来ない筈はない』って前向きだ……私の場合は、嘗て闇より救われた身として、今度は他の誰かを闇から救い出したいと言う感じだがな。

「兎に角、落ち込んでいる暇などないな?」

「そうよ!アタシ達が結社に対して出来る事なんて、きっとまだまだ沢山ある筈なんだから!」

「うん!そーだよね!」



とっても良い返事だティータ。
が、ティータだけでなく、何時の間にか皆の顔に笑顔が……物凄く分かり辛いが、シュテルも多分笑っているのだろうな。多分だが。
さっきまでの少し暗めの空気を一発で吹き飛ばしてしまうエステルの太陽の笑顔は、矢張りどんな暗い闇をも照らしてしまう程のモノなのだろう……エステルは、何時の間にか無自覚にチームを纏め上げるタイプだな絶対に。









夜天宿した太陽の娘 軌跡106
『ロレント地方に濃霧警報発生?』









取り敢えず、後手後手になっている現状を打開して、結社に対してイニシアティブを取りたい所だが、オリビエが『一か八か、実験が行われていない地方に先に移動しておくと言うのは如何だろう?』となかなか良い提案をしてくれたので、次なる目的地はロレントかボースになり、続いて何方に行くのかと言う事になったのだが、エルナンから『結社とは別件なのですが……』と、昨夜ボースにある軍の飛行訓練場にある空賊団の残党が現れたと言う事を教えてくれた。
空賊団……カプア一家か。
詳細を聞くと、霧降り渓谷の砦に王国軍が空賊団から没収した飛行艇を保管していたのだが、空賊団の残党はその空賊艇を奪って逃走したとの事だった……何ともきな臭い事件だが、其れは本当にカプア一家がやった事なのか?
カプア一家のやった事は決して褒められたモノではないが、しかし彼等は真の悪人ではない……そんな彼等が、態々危険を冒してまで軍人の居る場所を襲ったりするとは到底思えんのだがな?



「其れに、昨日ならその砦には帝国の軍人も来ていた筈だ……彼を出し抜けるだけの力が、あの空賊達にあるとは思えないが……」

「気になる事を放っておく手は無いわね。兎に角ボース地方へ行ってみましょ!」

「そうね!って、シェラ姉もこっちに来てくれるの?」

「情報部を追っかける必要が無くなったからね。」

「お姉ちゃん、勿論私も一緒だよ!」

「私も引き続き同行しましょう。
 理のマテリアルたる此の私が出し抜かれるとはなんたる屈辱……この屈辱、五十倍にして返してやらなければ気が済みません。」



次なる目的地はボース。
流石にこの人数で動く事は出来ないが、アネラスはレマン自治州から帰って来るクルツ達と合流し、別動隊として根本的な捜索活動部分の強化を買って出てくれて、ジンは其方のサポートに回る事になり、クローゼは『この機に、王国軍とも全面協力出来るように働きかける必要がありますね。』と言って居たので、そちらの方に尽力してくれるのだろう。
その結果、クローゼとジンがパーティから離脱して、新たにシェラザードが加入と言う形になった訳だ――シェラザードも、遊撃士としての腕前は一流だから、仲間としては頼もしい事この上ないな。



「……ジン・ヴァセックと比べると、些か実力的は劣るように感じますが?」

「ジンはA級、シェラザードはC級だからな――だがしかし、シェラザードの鞭捌きは間違いなくS級であると言っても過言ではあるまい!シェラザードの鞭捌きは、やろうと思えばエステルの頭の上に乗せた生卵を割る事なく絡め取る事が出来る筈だ!」

「生卵だなんて……私がその気になれば、エステルの頭の上に置かれた飴玉だって鞭で絡め取れるわよ?」



其処までのレベルだったとは、流石に驚きだよ……そして、『その鞭捌きで打ってもらいたい』ってな顔してるお前にドン引きだよオリビエ。……言わなくてもいい事を言ってミュラーにシバかれたり、エステルに殴られたり、ドMかお前は。
……シュテル、次にコイツが妙な事言ったその時は、問答無用で燃やせ。私が許可する。



「了解しました。」

「シュテル君、其処は了解しないでほしかったな?」

「冗談ですよオリビエ。」

「じょ、冗談か。」

「冗談と言うのは嘘ですが。」

「嘘なのかい!?」

「冗談です。」

「どっち!?」



シュテル、此のお調子者を手玉に取るとは中々やるな?――流石のオリビエも、こうして真顔で真面目にボケ倒されると如何して良いか分からないみたいだな?……シュテル自身はボケてる自覚がないから余計に性質が悪い訳だが。
なんにしても次の目的地はボースなので、発着場からボース行きの飛空艇に乗る事にしたのだが……



「おーい!エステル、アインス!!」

「「ナイアル?」」


その途中で、ドロシーを引っ張ってきたナイアルに呼び止められた――私とエステルに伝えたい事があるらしいが……私とエステル以外には聞かせたくないモノらしく、シェラザードをちらりと見ると、シェラザードも察したようで、先に発着場に行ってくれたか。

それで、何があったんだ二人とも?



「良いか二人とも、落ち着いて聞けよ?……実は、昨晩霧降り渓谷の軍事基地に空賊団の襲撃があってな。」

「知ってるわ!確かボース地方の……って、確かドロシーって取材でボースに行ってたんじゃなかった?」

「うん……私、丁度空賊が襲い掛かって来た現場に居たの。」



其れは、またトンデモナイ現場に居合わせたモノだな?マスコミとしては、ある意味で美味しいとも言えるかも知れないが……よく無事だったな?



「私は平気……でも、エステルちゃんとアインスちゃんには……」



なんだ、何かあるのか?



「そん時の様子を、コイツが写真に収めたらしくてな……ほら、渡してやれ。」

「あのねー……二人とも、写真って全ての事実を写してる訳じゃないのー……あんまり、悪いように考えちゃダメだからね?」

「この写真は王国軍には提出しない心算だ……勿論雑誌に乗せる気もねぇ。どう判断するかはお前に任せるぜ。」



ドロシーが渡して来た写真には、成程驚くべき光景が映し出されていたよ――だって、その写真に収められていたのは、空賊艇に乗っているヨシュアと思しき人物の姿だったのだからね……此れがヨシュアだとしたら――お前、空賊団と一緒に一体何をしていると言うんだ……?



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取り敢えず写真の事は飛空艇に乗ってから考える事にして、今はグランセルを出発してボースに向かってる訳だが、ティータはエステルに寄りかかって眠ってしまったか……身体が小さいだけに、まだ少し睡眠薬の効果も残っているのかも知れないな。
私はと言うと、通路を挟んだ反対側の座席にシェラザードと一緒に座っている。そして、此れがエステルから離れる事の出来る距離でもあるな。



《アインス、あの写真に写ってたのってヨシュア……だよね?》

《あまり大きく写っていた訳ではないから確定的な事は言えないが、少なくとも写真に写り込んだ人物の特徴はヨシュアと符合する部分が多いのも事実だからな……》

《此れが本当にヨシュアだったとしたら、如何して空賊艇に……》

《空賊団の一員になったと言う事はないだろうから、一時的な協力関係みたいなモノかも知れないぞ?ヨシュア一人で陸路を行くのは結社に見つかってしまう可能性が高いが、空賊団と共に空路を行くのであれば見つかる可能性は陸路を一人で行くよりは遥かに低くなるからな。
 だが、だからと言って自分の戦いに空賊団を巻き込む気はない筈だ……真の決着は、本気で一人で付ける心算なのだろうね。》

《兎に角ボースに行かなきゃ……空賊団を見付けなきゃ……!》

《……エステル、気持ちは分かるが、私達がボースに行くのは空賊艇強奪についての調査であって、空賊団を見付ける事ではないから、其処を履き違えるな?
 私もヨシュアの事は気になるが、ヨシュアも結社を追っているんだから、私達も結社を追って行けば何時か何処かで大当たりだ。だから、慌てず騒がず目の前の事を一つずつ確実に消化して行くとしようじゃないか?急いて事を仕損じては、再会した時にヨシュアに笑われてしまうだろうしね。》

《……そうね。私個人としてはヨシュアの事を気にすべきだけど、遊撃士のエステル・ブライトとしては今やるべき事を優先するべきよね!》

《其の通りだ。》

少しばかり気が焦っていたようだが、こうして言ってやれば直ぐに『遊撃士としてやるべき事』の方を優先出来るようになったのだから、本当にエステルは成長したと思う……準遊撃士になったばかりのエステルだったら、遊撃士としてすべき事を放り出してもヨシュアの方を優先しただろうからな。



「アインスも、エステルも黙っちゃってどうしたの?」

「あぁ、すまんシェラザード。少しばかりエステルと心理下での話をしていてね……其れをやっている時はお互いに無言になってしまうんだ。」

「脳内会議って事?何よ、何を話していたのか教えなさいな。」

「其れを話してしまったら脳内会議の意味が無いだろうに……まぁ、今は未だ言えないが、そう遠くなく話をする事が出来ると思うけれどね。――時に話は変わるがシェラザードよ、ケビン・グラハムは一体何者なのだろうな?
 王都からルーアンに向かう時と言い、今回の事と言い、私とエステルが困った時に現れて助けてくれるんだが……ダルモア市長のアーティファクトを持っていたり、結社の事も知っているみたいだったのが少しばかり気になってな……
 何よりも気になるのはあの喋り方だ。あの独特の訛り、アレは私が元居た世界では『関西弁』と呼ばれるモノだったが、此の世界に『関西』と呼ばれる場所は存在していない……とすれば、アレは一体何処の地方の訛りなんだ?」

「其れについては何も言えないけれど……でも、七耀協会の人間なのは確かなようだし、今回の捜査に協力してくれたのは間違いないのだから、其処は素直に頼りにしても良いんじゃないかしら?」

「其れはまぁ、そうかも知れないがな……」

だが何故だろうな?ケビン・グラハム……戦闘状態になったアイツからは『血』の臭いがした。其れも決して薄くない――其れこそ、裏社会に生きる者ならば戦慄してしまう位のな。
七耀協会の神父と言うのは嘘ではないのだろうが、決して少なくない数の人間を殺めているのは間違いなさそうだ……味方で居てくれる内は良いかも知れないが、敵に回ったその時は厄介な相手になるかもしれんな。


そうしてる内にそろそろロレントに到着か……ティータも目を覚ましたみたいだが、目的地はもう一つ先だ――と思っていたのだが、艦内放送で『ロレントには現在濃霧が発生している様です』とのアナウンスが流れ、デッキに出てみたら、此れは見事に真っ白だな?
大雪以外で、ホワイトアウトが発生すると言うのは初めて見たよ。



「町が全然見えないね……」

「うん、凄い霧……ロレントのこんな光景、初めて見たわ……」

「では、霧を吹き飛ばす為に、私の全力全壊の集束砲を……」



まかり間違っても其れはやってくれるなよシュテル?
確かにお前の集束砲なら霧も吹き飛ばせるかもしれないが、霧と一緒にロレントの街そのものを吹き飛ばしかねないからな?霧が晴れたらロレントも無くなってましたなんて言うのは冗談にもならないからね。



「そうですか、残念です。」

「なんにしても、この霧では飛空艇を飛ばす事は出来ないんじゃないか?」

「えぇ、霧が晴れるまで出航のメドは立たないそうよ。仕方ないわね、私達も……」






【          】






「「!?」」

「どうかしたのかい、シェラ君、アインス君?」

「いや……」

「兎に角、私達も一旦船を降りた方が良さそうね……」



今、一瞬かすかに聞こえたのは、鈴の音……か?
其の音に気付いたのは私とシェラザードだけだったみたいだが……濃霧の中で微かに響く鈴の音と言うのは、幻想的であると同時に不気味でもあるな?しかし、これだけの濃霧に見舞われると……



《見舞われると?》

《無性に霧の浮舟と言うチョコレートが食べたくなるな。エアインの軽い食感がクセになるんだ。――軽い食感と言えば、四層構造のコーンスナックのエアリアルも良いな。》

《何の話?!》



元の世界のチョコレートと駄菓子の話だな……まぁ、其れはちょっとした冗談としても、ロレントで此れほどの濃霧が発生したと言うのは、私がエステルに憑依してからの十年でも一度もなかった事だから、『只の自然現象』で済ませる事が出来ない事かもしれないな?
取り敢えず、飛空艇を降りたらギルドに行ってアイナからの指示を仰ぐとする……この霧、若しかしたら、自然に発生したモノではないかも知れないからね。










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