Side:アインス


濃霧の影響で、ロレントで足止めを喰らう事になったので、ギルドに顔を出したのだが、アイナは『狙ったようなタイミングでボース行きを阻止されてしまったわね』と言って来た……この霧は、只の自然現象ではないと言う事は、アイナも感じていたと言う事か。
無論、此れが只の自然現象である可能性はゼロではないが、ロレントが此処まで深い霧に覆われると言う事は過去例がなかった事だから、警戒をするに越した事はないだろう……一先ず、ボース行きは先送りだな。



《ええ!?其れじゃ、空賊艇強奪の調査は!?》

《こうも視界が効かない霧の中では動きようもないだろう?ならば、私達がすべき事は、空賊艇強奪の調査よりもロレントで起こっている異常事態を調査する事じゃないか?
 そして、目の前で起こった事を地道に解決していく事こそが、結果としてヨシュアに辿り着く最短ルートであると私は考えているんだが……其れは、お前にとっては不満のあるモノか?》

《ぐ……其れを言うのは反則よアインス。
 貴女の考えに不満はないし、其れがヨシュアに辿り着く最短ルートだって言う事も分かっては居るんだけど……理解は出来ていても、何て言うかアレなのよ。》



理解は出来ても納得は出来ないとか、そんな所かな?
だが、空賊事件は過去の事であり、ロレントの異常事態は現在進行形で起きている事だからね……既に終わった事よりも、今現在起きている事に対処するのがベターだ。……只の濃霧ではなく、其れ以上の何かが起きる可能性は充分にある訳だからな。



「エステルもアインスも久しぶりに帰って来たんだし、今後の方針は明日決める事にしましょう。
 何か起きた時には連絡するから、今日だけは実家に戻ってのんびりしてみても良いんじゃないかしら?」

「だって。如何しようか?」

「ならば、お言葉に甘えるとしよう。」

ルーアン、ツァイス、グランセルと略休む間もなく立て続けに色々と起きたから、一息吐きたい気分だからな……無論、ロレントでも何か起きる可能性は充分にあるが、今日くらいはゆっくりしても罰は当たらんだろうさ。
ティータとシュテルも一緒に来るだろう?



「うん!」

「御同行させていただきましょう。」

「アレ、アインス君、僕は?」

「お前は呼ばずとも勝手に付いて来るだろうが……だが、夜になったらギルドに行くか、或はホテルに泊まれ。よもや、女性オンリーの家で一晩過ごそうとは考えてはいまい?」

「アインス君とエステル君と一緒の部屋で……其れはとても魅力的だねぇ?」

「オリビエ、燃やすわよ?」

「其れとも、氷漬けの方がお好みかな?」

「すみません、調子に乗り過ぎました!」



オリビエは何時もの調子だったが、私が手に冷気を、エステルが炎を宿すと、見事なまでのジャンピング土下座を決めてくれた……謝る位ならば最初からやるなと言うのは、この男には言うだけ徒労なのだろうな。









夜天宿した太陽の娘 軌跡107
『霧と昇格祝賀会と、まさかの事態と』









そんな訳で、久しぶりの我が家だな。
最後に此処に来たのは、ヨシュアが居なくなった後だから、もう二カ月近くになる訳か……感覚的には、半年近く帰って来てなかったように感じてしまうのは、深層心理では何処かで一度家に戻らなくてはと思っていたからかも知れんな。



「素敵なお家だね。」

「ありがと。取り敢えずお茶でも淹れようか?」

「アタシがやっておくわよ。荷物を部屋に置いて来なさいな。」

「うん。」



先ずは一息入れようとティータイムなのだが、『アタシがやっておくわよ』とは、シェラザードだからこそ言えた事だろうな……アイツは、ブライト家の人間の次に此の家に詳しい位に、此の家に出入りしていたからな。
ティータイムでは、オリビエが『此処はエステル君の生家の様だが、シェラ君にとっても勝手知ったる家の様だね?』と言ったのを切っ掛けに、シェラザードが己の過去を話す事になったのだが、シェラザードが元々は旅の一座の踊り子だったと聞いたティータは大層驚いていた。



「銀髪で褐色肌の踊り子……成程、此れは一座の目玉になるでしょう。私が客ならおひねり投げてます。」

「今のシェラ君が踊ってくれたら、僕は莫大な借金を背負う覚悟で百万ミラを支払うだろうね……と言う訳で、一曲踊って貰えないだろうかシェラ君!」

「オリビエ、アンタを的にした鞭の舞で良ければ幾らでも披露してあげるけれど?」

「エ、SMプレイはご遠慮願いたいかなぁ……」



オリビエ、お前と言う奴は本当にもう……コイツは普段からこの調子なのだろうから、ミュラーは相当に苦労しているのだろうな。ミュラーには帝国から特別手当が出ても良いんじゃないかと思うな。
ミュラーの性格では、オリビエと付き合っていたら胃薬と頭痛薬と発毛剤が必要になると言っても過言ではないからね……私がミュラーの立場だったら、問答無用でオリビエを鉄拳制裁して帝国に強制送還して、出国停止の措置を帝国に要請するだろうな。

その後、エステルとの出会いや、カシウスとレナとの出会いをシェラザードが話し、オリビエが『旅の一座に居た君が、如何して遊撃士に?』と聞いたが、シェラザードは『まぁ……其れには色々と事情が』と言ってはぐらかした。
この辺の事情は、私もエステルも知らない事なのだが、きっとシェラザード的にとても大きな何かがあったのだろうな……旅の一座の踊り子と言う、ある意味で平和に稼げる立場から、遊撃士と言う危険な場面にも遭う事もある立場に変わってしまう、何かがな。



――ドン!ドン!!



と思っていたら、行き成り家のドアが激しくノックされた。
しかも、只激しくノックされただけじゃなく、外からは『大変だ!エステル!アインス!!』と言う声もするのだから只事ではないだろう――エステルもそう思ったのか、ドアを開けると、其処にはルックとパットの姿があった。



「ルックにパット?如何したのよアンタ達?」

「何やら慌てているようだが、何かあったのか?」

「来てくれ二人とも!町の皆が大変なんだ!」



大変って、ゆっくりする間もなく厄介事が発生したと言うのか?……『正遊撃士になったら休日はないと思え』と言う話を何処かで聞いた気がするが、其れは決して誇張した話ではないと言う事か。
軍と遊撃士と医者が廃業する世界こそが本当に平和であるとはよく言ったモノだな。

そうして、ルックとパットに引っ張られるままやって来たのはロレントの食堂……此れは、若しかしてそう言う事なのか?

店に入ると――



――パン!パパパン!



盛大にクラッカーが鳴り響き、そして……



「せーの!!」

「「「「「「「「「「おかえり!エステル!!アインス!!正遊撃士昇格、おめでとう!!」」」」」」」」」」



私とエステルが正遊撃になった事を祝福する言葉だった――何の事はない、ルックとパットは私達を此処に連れて来るために、大事を装っていただけだった訳だ。だが、此処にはロレントの住民全てが集まっている訳だから、『町の皆が大変なんだ』と言うのは、あながち間違ってはいない訳か。

如何やらアイナが私達の事をロレントの皆に教えたみたいで、其れを聞いたロレントの皆はこうして私とエステルの正遊撃士昇格を祝う宴を開催してくれたと言う訳か……少しばかり照れ臭いが、悪い気はしないな。



「って言っても急ごしらえで何もないけどね。」

「そもそも正遊撃士になったのって何カ月前だっけ?」

「構わん構わん。こう言うのは気持ちが一番大切なんじゃ!のう、エステル君、アインス君?」

「だな。」

「そうね……ありがとう、皆。ただいま!」



こうして始まったパーティは、急ごしらえとは思えないほどに盛り上がった。
用意された料理は全てスナック系だったが、味は最高だったし、鳥の唐揚げとマヨネーズを使った卵サラダのサンドイッチに、これまたマヨネーズで食べるのが正道ある揚げタコ焼きもあったからな。我が主から教えて貰ったレシピを渡しておいた甲斐があったと言うモノだ。



《マヨネーズって、本気で最強の調味料よね。生野菜に付けてよし、蒸したジャガイモに付けてよし、パンに塗ってトーストしても良し……ぶっちゃけ、大概のモノはマヨネーズを掛ければ食べられるんじゃないかと思うわ。》

《まぁ、その認識はあながち間違いではないな。》

流石に納豆にマヨネーズと言う組み合わせは如何なモノかと思うがな。
その後、パーティではエステルがクローゼから教わったテーブルマナーを披露して周囲を驚かせ、ティータが発明品を披露して子供達の興味を引き、徹底して無表情なシュテルに、ルックが『お前、楽しくねぇの?』と聞き、シュテルは『こう見えても楽しんでいるのですが、大きく表情を変えると顔の筋肉が攣ってしまって元に戻らなくなるので』返してルックが若干引き、シェラザードとアイナはこれでもかと言うレベルで酒を飲みあさって、大の大人の男を酔い潰していた……ウワバミって言うのは、この二人の事を言うのだろうな。オリビエも完全に潰れてしまったので、アイナに頼んでギルドに連れて帰って貰う事にした。


そんな感じで宴も終わり、シェラザード、ティータ、シュテルと共に家に帰っている最中だ。



「はぁ楽しかったぁ……皆とっても優しくて親切で……ロレントの人達って、皆素敵な人達だね。」

「人の温かさと言うのでしょうか?そう言ったモノをひしひしと感じた気がします……此れも、都会ではない田舎町故の事でしょうか。」

「さて、如何だろうな?」

「まぁ、ロレントの人達が皆良い人だって言うのは間違い無いわ。悪ガキのルックも、根は良い子だしね。」

「エステルお姉ちゃん、アインスお姉ちゃん、私ロレントに来れて良かったかも。
 だって、お姉ちゃん達の家も見れたし、おばさん達からお姉ちゃん達の小さい頃の話を聞かせて貰って、私分かったの。お姉ちゃん達には、このロレントの街が有って、あの人達が居たんだね。
 だから、今のお姉ちゃん達があるんだなって。」

「……うん。」

「其れは私も思いました……エステルの人格形成は当然として、ロレントの人達はアインスにも少なからず影響を与えているのだとも思いました。少なくとも、私の記憶の中にあったアインスは、あまり多くを語るイメージはありませんでしたので。」



……まぁ、以前の私は半年で消滅する事が決まっていたと言う事と、あの事件の時は最初は敵対関係にあったから必要最低限の事しか話していなかったからね。お前達が、エルトリアに行ってしまった後は、残りの時間を喰いなく過ごす為にも、我が主や将達と、よく話すようになったがな。
だが、其れでもあの世界にいた頃とはずいぶん変わったとは思ってるがな……矢張り、十年も過ごしていると変わるには充分な時間だった訳だ。



「だからね、ちょっとだけ心配なの……ロレントには、悪い事が起こらないと……いいな。」

「そうだな……悪い事が起こらない為にも、一体如何してロレントが霧で覆われてしまったのか、その原因を突き止めねば、だな。」

「うん!もし、明日も霧が出ていたら、直ぐに調査に掛かりましょ!」

「そうね。」

「異存ありません。」



明日の方針は決まったので、後は家に戻ってシャワーを浴びてからベッドに入ってお休みなさいだ。シェラザードとシュテルは来客用の部屋で、ティータはエステルと一緒のベッドで、私は半実体化を解除してエステルの中にな。
そして、マッタク持って予想外の事ではあったが、今宵の夢の世界にはティータも招待してしまったみたいだな……他者が私とエステルの夢の世界に引き込まれる事など、これまではなかった事だが、若しかしたらこれもまたロレントに発生した霧の影響なのかも知れないな。



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翌日、霧は発生したままだったので、ギルドに行くと早速アイナから『早急に霧の発生範囲を調べて欲しい』との要請があった。
話を聞くと、昨日よりも霧の濃度が増しており、その分町外れの方にも範囲が広がっているらしいとの事……対策を立てるにしても、其の為には正確な情報が必要不可欠だから、早速調査に――



――ドン!ドン!!ドン!!!



と思っていたら、ギルドの扉が激しく叩かれ、開けてみると其処にはパットの姿が。
酷く慌てた様子で『町の皆が!』と言うと、エステルの手を引いて行った……まぁ、エステルが引っ張られてると言う事は、私も自動的に引っ張られていると言う訳なのだが。

だが、そうして引っ張られて来たロレントの街中で見たのは、倒れているステラだった。
更にパットに急かされて時計塔に行ってみると、時計塔の管理をしている老人が倒れており、最上部ではルックが倒れていた……だけでなく、時計塔から街を見渡してみると、見える範囲だけで決して少なくない数の人達が倒れていた。

アナライズで解析してみたら、体力は満タンなので生きてはいるみたいだが……だが、だとしたら如何して此れほどの人達が一度に意識を失う事になってしまったのだろうか?

まさか、原因はこの霧なのか?……もしそうだとしたら、この霧は只の霧ではない――この霧に、紛れて姿を隠している奴がいると考えた方が良いだろうな。
如何やら、このロレントでも貴様等とは事を構える事になりそうだな……《結社》よ……!!










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