Side:アインス


グランセル城からホテルに移動しようとした所で、まさかの予想外の人物とエンカウントするとはな……デュナン、また会うとは思っていなかったぞ?
尤も、私の事は分からないみたいだがな。

「武術大会の準決勝に出場していた銀髪の奴がいただろう?アレは私だよ。
 そう言えば、こうして会うのは初めてだったか……私の名はアインス・ブライト。遊撃士、エステル・ブライトのもう一つの人格だ。以後お見知りおきを、デュナン・フォン・アウスレーゼ侯爵閣下?」

「準決勝で大暴れした銀髪の娘が其方だと言うのか!?まるっきり別人ではないか!!」

「クーデター事件の後で、私だけ身体が成長したんだ。エステルと人格を交代すれば、姿もエステルのモノに戻る。」

《アインスだけ身体が成長したって……まぁ、間違っていない気もするけど。でも、公爵さんあれだけの事をしておいて、よくお城に来れたわね?》

《恐らく、アリシア女王が何かなさったのだろうな。》

意外にも、デュナンは私の説明で納得し、『何故此処に?』と聞くと、『私に課せられていた謹慎処分は、今朝正式に解除されたのだ』と教えてくれたが……アリシア女王、少し優し過ぎないか?幽閉までされたと言うのに、たったこれだけの期間の謹慎で済ませてしまうとは。



「確かに、女王陛下を幽閉した事がやりすぎであったのは……認めよう。伯母上には、随分と酷い事をしてしまった。
 リシャールに唆されたとは言え、其れだけは思い留まるべきであった。」

「……失礼を承知で聞くが、お前本当に『アノ』デュナンか?」

「勘違いするな!私は、陛下の事は心から敬愛しているのだ。」

「ならば何故、リシャールのクーデターに加担した?アリシア女王を敬愛しているのであれば、彼女の王座を奪おうとはせず、クーデターを食い止める方向で動くべきではなかったか、デュナン?」

「其れは……確かにお主の言う通りかも知れんが、私は……クローディア、其方がリベールの次期女王になる事に、どうしても納得が行かなかったのだ!!」



んん?クローゼが次期女王になるのが納得出来なくてクーデターに加担したって、其れも若干意味が分からないが……不満があるのならば、アリシア女王に直接言えば良いと思うのだが……ふむ、矢張り意味が分からんな。









夜天宿した太陽の娘 軌跡103
『少しばかりのBreak Time.OK?』









デュナンの話を聞くと、デュナン自身もアリシア女王がクローゼの事を高く評価しているのは知って居るが、クローゼに女王になる覚悟が本当にあるのかと疑っているらしい。
其処からは、『王族の自覚があるのなら、その地位に見合う行動をすべきだろう!』と言う言葉を皮切りに、『自分は最低限の務めを果たして来たと言う自負があるが、其方は如何だ!』と続き、身分を隠して学園生活を送ったり、孤児院に行ったりしている事を非難して来た……別にクローゼはうつつを抜かしている訳ではなく、学園生活も孤児院の子供達との交流も本気で取り組んでいると思うのだがな。

其れとデュナン、お前が今言った事はクローゼに対する自分の不平不満をぶちまけただけで、クーデターに加担してアリシア女王の王座を奪おうとした理由になって居ないからな?だって、クローゼを次期女王にしないだけなら、穏便に其れを行う方法は幾らでもあった筈だからな――とは言っても、恐らくはデュナンもドルンやダルモアの様に、結社に何らかの意識操作をさせられていたのかも知れない。
クローゼへの不満を、クーデターに加担すると言う方法で爆発させる事位は、結社なら造作も無い事だろうしな。

クローゼはデュナンに何も言い返さなかったが、其処に執事のフィリップが現れた事でデュナンは其れ以上何も言わずに城の中に入って行ってしまったか。

「クローゼ……大丈夫か?」

「アインスさん……はい、大丈夫です。
 ……お祖母様は、次期女王に私を指名しようとなさってます――デュナン小父様があんな事件に加担してしまった今、そうなるのは必然でしょうし、私も、出来ればお祖母様の期待に精一杯応えたいとは思っているんです。
 でも、そう思うたびに……事を知る度に……」



……アリシア女王の偉大さを、己の至らなさを痛感してしまう――そんな所か?



「アインスさん、如何して……?」

「なに、先代が偉大であればそう言った思いは如何したって持ってしまうモノさ……特にお前の場合は、本来ならばもっと未来の話であった筈の王位継承が、少なくとも三十年は前倒しされたようなモノだからな。
 だから、デュナンが言ったように、まだ何の覚悟も出来ていないのは致し方ないのではないか?国とか女王とか、齢十六の少女が決断するには大き過ぎる話だからな。」

そう言うと、クローゼは首を横に振って其れを否定して来た……何だ、違うのか?



「そんな、大それた事じゃなくて……私……私は、女王になったら、もう二度と『クローゼ』には戻れない。
 こうしてアインスさんと話したり、先生に甘えたり、あの子達を抱きしめる事も出来なくなる……全てが全部変わってしまうんです……其れがとても怖くて、そんな風に感じてしまう自分が情けなくて……私はまだ、お祖母様にちゃんと返事が出来ていないんです。」

「なら、其れでも良いんじゃないか?
 時間は無限にある訳ではないが、だからと言って今日明日の話でもないだろう……沢山悩んで、考えてそしてお前の答えを出せば其れで良いと私は思うぞ?
 其れに、悩むのは十代の特権とも言えるから、悩んで、考えて、そして何時かお前が『こうしたいんだ』って答えを出したらその時は、女王になろうとなるまいと、私は其れで良いと思う。」

《って、それでいいんかーい!》

《キレのいい突っ込みだが、お前だって同じ事を思ったんじゃないかエステル?お前ならば思った筈だ、絶対にな。百万ミラ賭けても良い。》

《否定出来ないのが悔しいわ!》

《ふ、伊達に十年も一緒に居る訳ではないからな……お前の思考形態くらいは既に把握している。――いや、お前のヨシュアに対する思いだけは完全には把握出来んか。
 恋する乙女の思いだけはな……何だかこうして、私だけ恋人のクローゼと一緒と言うのが申し訳なく思えて来た。取り敢えず土下座して謝罪すれば良いか?》

《いや、しなくて良いから!》



と、精神世界でこんな漫才めいた遣り取りをしていながら、現実世界ではクローゼと会話をしているのだから、我ながら無駄に器用であると思わざるを得んな此れは。



「アインスさん……?」

「だが、此れだけは忘れるなよクローゼ?
 私はお前の恋人で、エステルはお前の親友だ、何時だってお前の力になる――きっとヨシュアも、ジルにハンス、テレサ先生達だって、きっと私と同じだ。
 お前が女王になっても、其れだけは唯一絶対に変わらない事だ、其れを忘れるなよ?」

「……はい!」



ふ、良い返事だ。
其れじゃあ、そろそろホテルに向かおうとしよう。ティータとレンとシュテルをあまり待たせても悪いからね。



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ホテルに戻ると、シュテルとティータとレンが今日何をしていたのかを話してくれ、グランセルのデパートで買ったモノを見せてくれた――シュテルは手の平サイズのネコのヌイグルミ、ティータはクマのストラップ、レンは大きな黒い兎のヌイグルミか。
夫々買いたいモノが其れだったのだろうから良いと思うが……シュテル、此れは何だ?



『グルル……』

「ネコです。」

「嘘を吐くな。魔法で小さくしてるみたいだが、どう見たって虎だろう此れは。ネコ科最大の肉食動物の虎!ミッド語で言うのならばタイガー、ベルカ語で言うのならばティーガーだろうが!」

「タイガーと言えば、独眼スキンヘッドのムエタイの帝王ですね。ストⅣの無敵対空からのコンボで六割持ってく『ワロスコンボ』は凶悪でした。」

「初代ストⅡでは『タイガー』が『アイガー』に聞こえたらしい……って、そんな事は如何でも良いんだ。何処で拾って来たんだこの虎は?」

「拾った訳ではなく、気が付いたら私の近くに来ていまして……」

「お前のネコ寄せのスキルは、ネコだけでなくネコ科の動物全般に有効なのか?……今度はライオンとか引き寄せるんじゃないだろうな?」

「いっそ、大型のネコ科の野生動物をコンプリートしましょうか?出来れば、イリオモテヤマネコの様な絶滅危惧種も揃えたい所ですが、此の世界には存在していないので諦めるしかありませんが。」

「逆にこの世界の固有種が居るかもしれないがな。」

それにしても、三人とも今日一日で随分と仲良くなったみたいじゃないか?
とても喜ばしい事ではあるが、私とエステルがその輪の中に居ないと言うのは少々寂しい気がするな……私もエステルも、レンとはもっと仲良くなりたいんだけれどね。



「あらそうなの?仕方ないわねぇ、明日はアインスお姉さんに付き合って上げようかしら?」

「其れは、実に魅力的な提案だから、全会一致で可決だな……尤も、明日表に出ているのは私ではなくエステルだけれどね。」

「あら、アインスお姉さんは引っ込んじゃうの?」

「お互いに体が鈍らないように、数日ごとに交代するというルールでな。
 明日から数日エステルと交代して、その後はまた私が数日と言った感じだね。」

本当は違うのだが、部外者のレンに本当の事を言う訳にも行かないから、この辺が落としどころだろうな。



「姿の変わる二重人格って、珍しいけど結構面倒なのね?なら、明日はエステルお姉さんと一緒に楽しむわ。」

《楽しみにしてるわよ、レンちゃん!》

「エステルも『楽しみにしてる』だそうだ。
 其れでクローゼ、お前は明日は如何する?私、と言うかエステルには調査を続けて貰う心算で、明日はリベール通信社に行こうと思っているのだけれど……」

「そうですね……ご一緒させて下さい。報道関係の方は、今回の事を如何捉えているのか、其れを聞くだけでも価値があると思いますから。」



決まりだな。
その後は、クローゼが『良く眠れますよ』と言って入れてくれたハーブティを飲みながら、お互いに今日あった事を話して、就寝前の賑やかな一時を過ごした。
と言うか、ティータとレンの話を聞く限りでは、シュテルが虎を引き寄せる以外にも結構色々やっていたみたいだな?無銭飲食犯の事を、逃げる勢いを利用して投げ飛ばしてKOしたり、ライターが壊れてタバコに火がつけられなくなってる人に火を貸したり……まぁ、人の役に立っているみたいだから良しとしよう。
しかし、其れ以上に驚いたのは、あのダルモアがグランセルで『セピス屋』を営んで居たと言う事だ――シュテルが『レヴィから聞いたのと特徴が一致していましたので』と言うのだから、略間違いないだろう。元市長が営むセピス屋、気が向いたら行ってみるのも良いかも知れないな。

其れと、レンの両親に関する有力な情報は何もなかったのだが、其れを伝えてもレンは『別に良いの。パパとママはちゃんと迎えに来るって約束してくれたし、パパとママはかくれんぼが上手なの。だから、簡単には見つからないと思うわ。』と言って、割と平気な顔だったな。
……其れを聞いたエステルは、少しばかりヨシュアの事が頭に過ぎったみたいだが――エステルが表に出ていたら、其れが顔に出ていたかも知れないな。

マッタク、一体何処で何をしているのやら……少なくとも、私達と一緒に居た時よりも無理をしているのは間違いないだろうが……そんなお前を支えてやれない事に、一抹の哀しさを覚えている少女がお前を探している事を、お前はきっと知らないのだろうな。

さて、もう良い時間だしそろそろ寝ようか?



「そうですね、そうしましょう。」

「うん!」

「まだ眠たくないわ。」

「大丈夫だ、ベッドに入れば眠たくなる。如何しても眠れないその時は、私の力で幸福な夢が見れる眠りを授けてやるから安心しろ……其れに、夜更かしと言うのは、立派なレディーがするものではないと思わないか?」

「……其れもそうね。」



と言う訳でお休みなさいだ。
ティータとレンとシュテルが同じベッドで、私とクローゼが同じベッドだな……クローゼと一緒の部屋で寝るのは、ジェニス王立学園で学園祭の準備をした時以来か……私よりも先に眠りに落ちたクローゼが腕に抱き付いて来るとは思わなかったがな。



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ん……気配を感じて目が覚めたが、如何したんだレン?



「アインスお姉さんの言った通り、ベッドに入ったらすぐに眠くなったんだけど、さっき目が覚めたら眠れなくなっちゃったのよ……シュテルが『殲滅!』とか『燃やします』とか寝言言うのも気になるし。」

「シュテル、お前どんな夢見てるし。戦いか?戦ってるのかシュテル?」

「『待ちなさい、レヴィ』とも言っていたわ。」

「戦いじゃなくて、レヴィへのお仕置きだったみたいだな。」

まぁ、其れは其れとして如何しても眠れないと言うのであれば私と一緒に寝るか?このホテルのベッドはとても大きいから、私とクローゼが一緒に寝てもまだ余裕があるからな。
私の生まれた世界の子守歌でも歌ってやろうか?其れとも、御伽噺の方が良いか?



「レンは、別にそんな事してくれなくても良いけれど……」

「……私がしたいんだ。如何すればさせて頂けますかなお嬢様?」

「レンのお願い、何でも聞いてくれるなら考えなくもないけど……」

「具体的には?」

「……アインスお姉さんと、エステルお姉さんの事を呼び捨てにしても良い?……そ、その代わり、エステルお姉さんにもレンの事も、『レン』って呼んで良いわよって、伝えておいて。」

「其れ位ならばお安い御用だ……おいで、レン。」

「其れじゃあ、お邪魔するわねアインス。」



レンをベッドに招き入れた後、『子守歌と御伽噺のどっちが良い?』と聞いたら『御伽噺が良いわ』との事だったので、子供の頃のエステルが大好きだったベルカの覇王と聖王の話をしてやったら興味津々に聞き入って……そして何時の間にか寝てしまったか。
マッタク、こんなに可愛い子をエルベ離宮に置き去りにして行方をくらませてしまうとは、レンの両親は一体何を考えているのか……首尾よく見つけ出した其の時は、ヨシュアにかます以上の説教をしてやらなければならんだろう。
どんな理由が有るにしても、親が子を捨てると言うのは、絶対にあってはならない事だからな。








――――――








Side:???


準備は整った……後は合図を待つだけね。
あの小娘、何者かは知らないけれど、グランセルの現状を教えてくれた事だけは感謝しても良いわ……其のお陰で、こうして事を進められたのだからね。
フフフ、証明してみせる……閣下の選んだ道こそが、リベールにとって唯一正しきモノだったと言う事を!そして、リベールを閣下の物とするのよ!!











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