Side:アインス


王国軍からの依頼とは、何とも奇妙な事になったモノだが、その王国軍が居るのがエルベ離宮とはな……クローゼの話によれば、軍の施設になっていると言う訳ではなく、『調印式』が終わるまでの間、一時的に警備本部が置かれてるらしい。
調印式か……其れは一体どんなモノなんだ?



「来週末に、エルベ離宮で締結される『不戦条約』の式典の事ですよ。」

「不戦条約か……」

アリシア女王が提唱した、リベール、エレボニア、カルバートの三カ国で締結される条約で、国家間の対立に武力を行使する事無く、話し合いで解決すると謳っているらしい……大層な理想だが、アリシア女王ならばきっとその理想を実現出来るだろう。――仮にアリシア女王の代では、対話による信頼関係が構築出来なかったとしても、その理想はクローゼが受け継いで実現させるだろうしね。



「其れは……戦争が無くなる、そう言う事で宜しいでしょうか?」

「いえ、条約に強制力はないので、そう簡単には行かないでしょうが……」

「だが、調印式とは条約の内容に納得した上で行うモノだ――強制力がなくとも、調印式で締結した条約を一方的に反故にすると言うのは、其れこそその国の在り方が諸外国、更には国内からも批判されかねないからね、条約が締結されるだけでも御の字だ。」

オリビエも『この条約に関して、帝国が断る理由がない』とも言っているからな――まぁ、その断る理由がないと言うのが、調印式の際にアリシア女王から有効の証として、先程のアルセイユの新型エンジンと同じ物が提供されるからだとか。
『口先だけの平和を唱えれば、世界最強の軍艦を造る事も出来る訳さ。』と言うのは、正にその通りなのだが、アリシア女王とてそんな事は百も承知だろう?にも拘らず、新型エンジンを有効の証として提供すると言うのは、『武力を使わずに、対話で問題を解決できる世界を実現出来る』と考えているからだろうさ。



「オリビエさんの言う事も一理ありますが、其れでも……これを足掛かりに対話を続け、互いの信頼関係を築いて行ければ、とお祖母様は考えていらっしゃいます。」

「流石はアリシア陛下だな。」

「皆が仲良くなれるといーですね!」

「あくまでも武力に頼らない平和的な解決を目指す……成程、此れが真の名君の考えと言うモノですか。エルトリアに戻ったら王に教えて差し上げなくてはなりませんね?
 我等が王は、まず力で解決しようとする節がありますので、其れを直さなくては…………何やら特大のブーメランを投げた気がしますね?」



うん、とっても特大のブーメランだな。取り敢えず力で解決しようとするのはお前もだからな。『理』を司るお前ですらそうなんだから、『力』を司るレヴィには、そもそも力で解決する以外の方法など有る筈もないか。――今更ながら、『力』が高町なのはを、『理』がフェイト・テスタロッサを模すべきだったのではなかろうか?
まぁ、其れは兎も角、見えて来たな……エルベ離宮が。









夜天宿した太陽の娘 軌跡100
『脅迫状事件と、不思議な少女と』









前に来た時は、クローゼ達の救出が最優先だったので、離宮の様子をじっくりと見ている余裕がなかったが、改めて見てみると綺麗な所だな?流石は王族が利用するだけの事はある。
此の場所に依頼主が居る訳だが……なんか、一般人が居るみたいだが?



「此処は、普段は市民の方々にも開放している場所なんです。」

「成程、言うなれば豪華な市民公園でもある訳か。家族連れも多いみたいだな。……何となくだが、私の服装浮いてないだろうか?」

「いやぁ、大丈夫だろ?お前さんのその服、俺の故郷では其れなりにあるデザインだからな?輸入品を扱う店で購入したって考えれば、リベールでもオカシクはないだろうと思うぜ。」

「ならば良かった。戦闘装備だったら、余計に浮いていただろうがな。」

「アインスお姉ちゃん、見て見て!」



ティータに呼ばれて、ティータの視線の先に顔を向けると、其処には白い、所謂『ロリータファッション』の菫色の髪の女の子の姿が……あの子は、前にジェニス王立学園の学園祭の時に会ったよな?



《うん、会ってるわ。空賊事件の時にも会ってたらしいけど……確か、レンだったっけか?》

《そう、レンだ。……レンだ……連打……エヴォリューション・レザルトバーストォ!五連打!!》

《いや、其れ関係ないでしょ!》

《連打と言えばヘルカイザー!
 因みに私が元居た世界の漫画に、『鬼柳ヘルドカイザー・ルシファースト』と自称する中二病キャラが居た!その名で満足しているかは知らん!》

《うん、意味が分からない!》



だろうな。私だって分からないんだから。

両親と思われる男女と一緒のレンはとても幸せそうで、レンも此方に気付いたのか此方に笑顔を向けて来たので、私も軽く手を振って応えた。そしてティータはレンの笑顔にちょっと魅了されてた。まぁ、レンは可愛いから、同性でも魅了してしまうのは致し方あるまいな。

「良い家族だな。」

「ああいう人々の笑顔を二度と曇らせん為にも、俺等は精々頑張らんといかんな。」




「その言葉、我々も胸に刻んでおかねばならないな。」




ジンの言った事に同意の言葉とともに現れたのはシードだった。――お前も王都に来ていたのか……てっきりレイストン要塞に詰めているモノだとばかり思っていたが。



「ああ、つい先ほどレイストン要塞から到着したばかりだがね。
 協会から連絡は受けている。早速だが、詳しい話をさせて欲しい……て、なんだかとてもほっとした顔をしている様に感じるのだけれど気のせいかなアインス君?」

「お前からの依頼だと分かって心底ほっとしたのは事実だ。
 もしもモルガンの青二才が出て来たら、出会い頭に問答無用でケンカキックを叩き込んでいたかも知れん……カシウスが軍に復帰したのならば、カシウスを将軍に据えた方が良いのではないか?
 カシウスが軍のトップになれば、王国軍は今よりももっと良い物になると思うぞ?ギルドとの連携もし易くなると思うしな。」

「モルガン将軍が青二才か……」

「自分、千歳なので。」

なので、大抵の場合は私から見れば青二才と言うか年下だよ……カシウスだけは、エステルの身体のままだったとは言え、私と互角に渡り合った事と何手も先を読む思考力があるので、とても青二才とは言えんがな。
さてと、離宮内部に移動してから、シードからの話があったのだが、今回の一件は王国軍からのオフィシャルな依頼だと考えてくれとの事で、その上で私達に、『ある件の調査と情報収集を行って欲しい』と来た。

「ふむ……ある件の調査、とは?」

「『不戦条約』は知って居るだろう?
 リベール王国、エレボニア帝国、カルバート共和国の三カ国間で結ばれる相互不可侵条約……来週末、其の調印式が此のエルベ離宮で執り行われる――実は、其の条約締結を妨害しようとする脅迫文が、我がレイストン要塞の王国軍司令部に届けられたんだ。」



脅迫文とは、何とも穏やかではないな?
シードからその脅迫文とやらを見せて貰ったが、其処には『不戦条約に与する者達よ、直ちにこの欺瞞に満ちた取り決めから手を引くが良い。手を引かぬ者には大いなる災いが降りかかるだろう』と記されていた。
差出人は不明で、此れだけならば只の悪戯で済ます事も出来たのだが、シードが言うには同じ文面の脅迫状は、王国の各方面、全九カ所に送り付けられているとの事だ……決して少なくない数だな其れは。
しかも、不戦条約直結するグランセル城や両大使館だけではなく、関係者以外には関わっているか分からないような機関にも、全てを見透かしたようにピンポイントで届けられて来た。
国際条約である以上は、其れを妨害しようとする容疑者は色々と考えるだろうな。
まず考えられるのは、エレボニアとカルバートの主戦派、三国の協力を歓迎しない全く別の国家か……勿論、リベールにも容疑者は存在するだろう。
そして、《結社》と言う最悪の可能性もな。



「其の通り。君達にお願いしたいのは他でもない。
 脅迫状が届けられた各所で聞き込み調査をして欲しいんだ――無論王国軍も、条約調印式までの間、王都周辺の警備に万全を期す所存だが、其のためにもなるべく多くの情報が必要なんだ。
 如何か引き受けては貰えないか?」

「そんな事か……ならば確認するまでもない。皆が仲良くなれるこのチャンスを、悪い奴等に邪魔させてやる道理はない。喜んで協力させて貰うよシード。」

そうと決まれば、先ずは王都に戻って脅迫状の話を聞くべきだな……出来る事ならば、コソコソ隠れてる犯人を見付けて捕まえてやりたけれど、其れは其の時の状況によりけりだな。



「あぁ、何処に行っちゃったのかな?」



外に出ると、エルベ離宮の執事が、下段に突っ伏して可成り参った感じになっていた――流石に見過ごす事は出来ないので声を掛けてみたら、『観光客らしい迷子の子供を預かっていたんだけど、其の子が突然『かくれんぼしましょ』と言って姿を消してしまった』らしい。
執事は休息室をくまなく探したが見つける事が出来ず、外に探しに来たらしい――もしも、離宮の外に出ていたとしたら大事なのだが、かくれんぼには越えてはならないルールがある。
其の子のかくれんぼが休憩室で行われているのならば、其の子は絶対に休憩室に居る筈だ。かくれんぼと言うモノは、設定された範囲外にエスケープすると言うのは禁忌のタブーなんだと以前にエステルが教えてくれたからな。だから、其の子は絶対に休憩室に居る筈さ。
例えばそう、このカウンターの下とかな!隠れている奴、出てこいや!!



「ミャオ~ン♪見つかっちゃった、レンの負けね。」

「さっきの女の子!」

「矢張りお前だったか、レン。」

「お姉さん、誰?」



……まぁ、当然そうなるよな。
私はアインス、エステルのもう一つの人格だよ。



「そう言えば、エステルお姉さんってば二重人格だったのよね?そして今は、第二人格であるアインスお姉さんが表に出ていると言う事よね……エステルお姉さんとは全く別人になってる気がするんだけど?」

「実際に別人だからな。」

それでレン、お前は如何して此処で一人で遊んでいたんだ?



「一人じゃないわ。レン……パパとママと一緒に遊びに来たのよ?」

「確かにさっき見た時は一緒だったみたいだが、今は何処に?」

「レンにも良く分からないの。」

「分からない?」

分からないとは如何言う事かと思ったが、其処からレンが明かしてくれたのは驚愕の事実だった……端的に言うならば、彼女は両親に捨てられたのだ――其れも、彼女自身が両親に捨てられたとは気付かないように、可能な限り優しい言葉を掛けて。
『用が済んだら必ず迎えに行くから、其れまで良い子で待って居られるかい?』とは、何とも残酷な言葉だろうか……其の用が済む事は、永遠にないと言うのに、レンは現れる事のない迎えを一人で待つ事になるなど酷過ぎる。
其れにレンが『出来るわ』と答えると、両親は居なくなってしまったらしい……僅か十一歳で天涯孤独とはな?余りの事態にオリビエですら何時もの調子がナリを潜めているし、部屋の執事に至っては『迷子を預かってるとか言ってる場合じゃないよね?』と言っているからな。

《エステルよ、私はレンをどうするか決めたのだが……》

《偶然ね、アタシも今決めた所だわ。》

《では、一緒に言うか!》

《せーの!!》


「「この子は、私(アタシ)が責任を持って預かる!」」


はい、安定のハモリ!私が半実体化出来るようになってから暫くなかったから、なんか新鮮だ。レンとは知り合いだしな。



「そうそう、ジェニス王立学園の学園祭でお話をしたわ♪そう言えば、あの時は言えなかったけど、演劇とても面白かったわ。」

「クローゼ、今度ジルにあったら、学園祭でのあの劇は、純真無垢な少女の心にも残っていたと伝えてやってくれ。きっと喜ぶ。そして来年も同様の悲劇が男子を襲う。」

「ジルならやり兼ねませんねぇ……」



さてとレン、パパとママが迎えに来るまで、此処で一人でかくれんぼしているのもつまらないだろう?
だから、私達と一緒に遊撃士協会に行かないか?パパとママに待っている様に言われたのだから、此処から移動するのは抵抗があるかも知れないが、パパとママは私達が見付けてお前の所に連れて来てやる。
だからレン、一緒に行こう?



「そ、それじゃあ……レン、お姉さんと一緒に行くわ。」


《……何かしら、アインスに美味しい所を持って行かれた気がする。》

《私も美味しい所を持って行った気がするよ。》

取り敢えずレンの処遇は決まったので、魔獣に注意しながら王都へと戻って行った……何度か魔獣と遣り合う場面もあったが、近接型の私とジン、遠距離型のオリビエとシュテル、アーツ主体のクローゼのチームはバランスが良くて無敵だった。ティータが偶に導力砲でスモーク弾を撃ってサポートしてくれたのも良い感じだったな。

王都に着いた頃には既に夜になり、クローゼとジンとオリビエは王都のホテルに、私とシュテルとティータとレンはギルドに泊まる事になったのだが、ギルドに着いた途端に、ティータとレンは眠ってしまった……今日は色々あって疲れたのだろう。
ギルドの受付のエルナンに事情を話したら、快く建物を好きに使っていいと言ってくれたのは有難かった……其れと、レンの両親の事も調べてくれたみたいだしな。
レンの父親は『ハロルド・ヘイワース』、母親は『ソフィア・ヘイワース』と言う名前で、ざっと調べたところ、其れらしき夫妻がクロスベル自治州で貿易商を営んでいるらしい。
ともあれ、レンの事はエルナンが各地の協会に連絡を入れてくれるので、私達の方は脅迫状の件に集中出来るのだが……エルナン、若しかしなくても何かあったか?少し、顔が強張っている様に見えるが?



「相変わらず勘が鋭いですね、アインスさん?」

「いや、ツァイスのキリカには負ける。」

「キリカさんは、何と言うかアレですからね……まぁ、確かに何かあったと言えばありました。
 実は、ボース地方に結社の執行者が現れたらしいのです……詳しい事はまだシェラザードさん達からの連絡待ちなのですが……」



ボース地方に結社の執行者が?しかも今の言い方だと、その執行者と対峙したのはシェラザードだったのか!ギルドに情報が上がっていると言う事はシェラザードは無事だったのだろうが……タイミング的に気になるな?
条約の調印式に合わせたかのような出現……条約の調印式には外国の多数の要人が集まるとの事だし、其処に加えて例の脅迫状事件だ……騒ぎに乗じて結社が何かを仕掛けてくる可能性は充分にある。
警戒はし過ぎる位が丁度良いかも知れんな。

「時にシュテル、お前は何をしている?」

「天使の寝顔を浮かべる美少女二人を、猫でデコレートしてみましたが如何でしょう?」

「とってもモフモフしているな。」

《や~ん、めっちゃ可愛い!!》



では、寝る前に一言……美少女と ネコの組み合わせ 最強です。……明日から、また忙しくなるから、私も寝るとするか。明日までは私が表に出て明後日からはエステルと交代するか。
この状態で戦闘を行う機会が多ければ、慣れるのも早いのだろうが……この身体に慣れるのには、まだ時間が掛かりそうだな。










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