Side:梓


『シクシク……』


いい加減慣れたものだが、又してもミタマと夢での邂逅か――悲しんでいると言う事は分かるのだが、シクシクと泣いてる様を口
に出すのは如何なモノかと思うぞ?



「……ええい、煩いぞ!なんだ、この音は……」

「オビトか……如何やら彼女の泣き声の様だぞ?」

「む、卿は梓ではないか!また会ったな!――さっきから妙な音がしていてな……此れは何の音だ?」



今し方言ったが、女性の泣き声だ――其れも、相当な怨念と言うか執念と言うか、とにかくそう言った物が詰まった女性の泣き声
だよ……面倒な事この上ない相手だ。



『私の話、聞いてくれる?』

「此方の是非など関係なく話すのだろう?――ならさっさと話せ。生憎と、私も任務で疲れてるだ。如何に頑丈な身体をしてるとは
 言え、睡眠は必須なんだ。」

「うひゃあ!ビックリした……卿は何者だ?何処から湧いた?」

『私はお七……ただの八百屋の娘よ……好きな人に会えると思って、江戸の町に放火したの…そしたら捕まって火あぶりに…』



……いや、其れは普通に捕まるだろう?火あぶりの刑に処されたと言うのは、同情するが、自業自得だろ其れは……



『うう……私が一体何をしたと言うの?』

「「放火だ!!」」


マッタク持って、面倒なミタマをこの身に宿してしまったようだな私は……












討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務45
『北からの凶風~百鬼隊到着~』











「しかし、江戸の町とは聞いた事が無いな……卿は何か知っているか梓?」



江戸の町……確か徳川家康公によって開かれた江戸幕府の象徴たる町だと記憶している。とても活気にあふれ、商人達が商い
を行い、町民が其れを利用する事で貨幣が循環し、其れが町民に還元される理想的な社会だった筈だ。



「江戸幕府……?そんな話は聞いた事もないぞ……私の知る限り、そんな町は無かった……私の生きた時代より先の話か?」

「その可能性は高いだろうな。」

「此のお七とやらは、卿の宿すミタマだな?――何処の時代から『鬼』に喰われてやって来たのだろう。」

『そうよ……刑場にいきなりあの『鬼』が現れて……せめて死に際に、会いたかったのに……貴女について行けば、何時かあの
 人に会えるかしら……?』




知らないよ。
だが、ついて来ると言うのならば好きにすると言い。私としてもミタマが増えるのは大歓迎だからね。



『其れまでは、力を貸してあげる……フフフ……全部燃やせば、きっとあの人に……』

「あ、危ない奴だな……色々不安だぞ……」



其れは私もだよオビト……と言うか、何で彼女を英霊としてミタマと化したのか、この世界に問いたい気分だよ。アレは、絶対に英
霊の類ではないと思うのだがな……



「マッタクだ――と、他にもミタマの気配がするな?卿は、数多のミタマのみに宿すのか?――卿は良きモノノフなのだな。
 であれば、卿のミタマを通じて、外の世界の情報を集めるとしよう――此処は何処で、時代は何時か……私は何故この常闇の
 中に居るのか…………頭がぼやけてハッキリしないのだ。色々な事が分からなくなっている。
 そういう訳で、暫く世話になるぞ梓!」



如何言う訳だマッタク。
だがまぁ、お前が何者なのかと言うのも気になるから、その正体が明らかになるまで、私の中で暮らすがいいさ……夢で語らう
相手が増えたと思えば如何と言う事は無いしね。



……さて、そろそろ目が覚める頃だな。
夢でミタマやオビトと語らって全く寝た気はしないのに、其れでも目が覚めると体の疲れはなくなっているのだから、身体は確りと
睡眠を取ってると言う事なんだろうな……便利なのか何なのか良く分からん身体だよ。




「あふ……さてと、今日も一日頑張るとするか。」


――コンコン


「梓、起きているか?」



桜花か。あぁ、起きているよ。なんだったら入って来てくれても良い。
……取り敢えず、ちゃんと目は覚めてるから扉を壊す事は無いから安心してくれていいぞ?尤もお前なら、ドアの残骸が飛んで
来ても、『防』のタマフリで何とかしてしまうだろうけれどね。



「木綿から聞いてはいたが、寝ぼけている時の君は可成り危険なのだな……時に何を淹れているんだ?芳醇な香りだが……」

「此れは、珈琲と言う異国の飲み物だよ。
 専用の豆を焙煎したモノを挽いて粉にした物に熱い湯を注いで作るんだ――可成り苦みがあるが、寝起きの頭をスッキリさせて
 くれるし、この香りは素晴らしい物だ。
 偶然、よろず屋さんが仕入れていてくれていたのは有り難かったよ。……飲んでみるか?」

「……とても苦いのだろう?」



苦い。だからそういう時は、砂糖と牛乳を入れて苦みを和らげて飲んだりするんだ。私は其のまま貰うが、桜花には砂糖と牛乳を
入れた物を出そう。――どうだ?



「此れは……確かに苦みはあるが美味しい物だな。
 君が飲んでいるのは、如何にも苦そうだが、砂糖と牛乳を混ぜる事で飲みやすくなると言う訳か。――其れよりも梓、『百鬼隊』
 なんだが……」



確か、今日には到着すると言う事だったが、流石に日が昇る前から到着すると言う事は無かったね。尤も、ウタカタとの合流自体
は、早期を目しているのだろうから、早ければ午前中に、遅くとも昼には到着するんじゃないかな?
――其れよりも、ホロウは如何している?



「……何と言うか色々と掴み所がないよ彼女は。
 今日も起きるなり、空腹を訴えて来たから、木綿が特大のおにぎりを5つも作ってやって、其れをペロリと平らげたら、今度はお
 頭に、百鬼隊到着まで特別任務を要求する始末だ。」

「……何をしてるんだアイツは?
 それで、要求された大和は如何した?」

「『面倒事が増えるから大人しくしておけ』と言って自宅待機を命じていたよ。
 ウタカタの里のモノノフ達は個性派揃いで、一癖ある者達ばかりだが、ホロウ程掴み所が無くて、何を考えてるのか分からない
 モノノフは初めてだよ。」



何よりも記憶喪失だからね。
まぁ、ホロウは頓珍漢で我々の常識の斜め上を行くところもあるが、アレだけ長大な銃を軽々と扱って『鬼』を倒す、モノノフとして
の腕前は本物だ。
何より、私をはじめとして、普通じゃないモノノフの方が圧倒的に多いんだから、ホロウのような変人が今更増えた所で、大した事
でもないだろう。



「……自分で普通じゃないって言うのは如何なんだ?」

「事実普通じゃないからな。多分やろうと思えば、トコヨノオウに垂直落下式DDT喰らわせる事が出来ると思うし。」

「因みに、どんな技なんだ?」

「相手の頭を抱えてから、ぶっこ抜いて頭上に持ち上げ、そのまま脳天から垂直に地面に突き刺す『破壊王』と言われた格闘家
 が編み出した超必殺技だ♪」

「……確かに君は普通じゃないな……」



褒め言葉と受け取っておこう。


――カンカン!カンカン!!


其れよりも、如何やら到着したようだな『百鬼隊』とやらが。本部に向かうぞ桜花。



「了解だ!」

「と、そっちじゃなくてこっちだ。表を回って行くよりも、裏口から行った方が早い。
 仕組みはマッタク持って分からんが、如何言う訳か、私の家の裏口は本部に直結してるんだ。扉を開ければあら不思議、扉の
 先は本部でしたとさ。」

「……距離的におかしくないか?どうなっているんだ此れは?」



知らん。ウタカタの最大の謎と言うやつだ。
まぁ、本部が近いと言うのは、緊急の何かがあった時に便利だから、私としては有り難いのだが……その本部には、既に見た事
もないモノノフ達が集まっているな?
揃いの白装束に、額から鼻の部分までを覆う覆面……得物こそ夫々異なるが、この揃いの装束――これが『百鬼隊』か。
ウタカタの精鋭には僅かに及ばないが、其れでもモノノフとしては相当に高い力を有しているようだ……霊山直属の精鋭部隊と
言うのも納得出来るな。
此れだけの戦力がウタカタに来てくれるのは有り難い事だ。

そして、其の後から入って来た3人……白髪で、軍師と言った出で立ちの男と、黄を基調とした装束に身を包んで薙刀を背負った
おでこの広い少女、そして黒い百鬼隊装束に身を包み、巨大な金砕棒を背負った男――この3人は他の百鬼隊の隊員とは異な
るようだな。



「『百鬼隊』の相馬だ。宜しく頼む、ウタカタのモノノフよ。」

「フ……よもや、お前とはな。」

「無沙汰をしています、お頭。」

「久しいな、相馬。オオマガドキ以来になるか――見る限り、息災のようだ。」

「悪運強く、生き延びています。」



何だ、百鬼隊に知り合いがいたのか大和?そうならそうと言ってくれればよかったのに。
お前の知り合いがいるのならば、里のモノノフ達も緊張はしなかったろうさ。……まぁ、元よりコイツ等は、百鬼隊が来ると言う事
に緊張などしていなかったからアレだがな……で、如何言った関係なんだ?



「古い馴染みだ。オオマガドキの戦のな。」

「そちらは?」

「紹介しておこう、ウチの討伐隊の者だ。
 左から、桜花、息吹、初穂。次いで、速鳥、那木、富嶽だ。」

「……宜しくな。」

「また、癖の強そうな連中ばかり集めたものです。」



癖の強そうな連中、ね。まぁ、否定はしないよ相馬。
そして、私がそんな癖の強い連中を束ねている、討伐隊の隊長であるリインフォース梓だ。リインフォースと言うのは、言い辛いだ
ろうから、梓と呼んでくれ。
此れからよろしく頼むぞ?



「ほう……お前がそうだったのか?噂は聞いているぞ。
 なんでも素手で『鬼』の腕を引き千切り、その顎で『鬼』の角を噛み砕くそうだな?」

「どんな噂だそりゃ……」

「尾ひれはひれでございます……」



あはは……噂に尾びれどころか、背びれに胸びれに腹びれまでついた、出血大サービスだな。そして、悲しい事に否定不可だ。
多分やろうと思えば出来るだろうからな私なら……いっそ、噂を真実にするのも一興だ。



「ハハハ!噂はさておき、腕の立つ者は歓迎だ――此方の面子も紹介しておきましょう。九葉殿。」

「……霊山軍師の九葉だ。今回の任務の作戦指揮を務めている。宜しく頼もう、お頭。」

「……あぁ。」



霊山軍師……名前から察するに、霊山でも可也の力を持っているのだろうな――そして、同時に彼は軍師としては間違いなく優
秀だ。必要ならば、非常な決断も出来るのだろうね。
それが、彼の本質とは思わないが、非情の決断ができる軍師と言うのは、時として戦場には絶対に必要になる――こと、戦況が
芳しくない時には特にな。

時に九葉、私の顔に何かついているか?そう、ジロジロと見られるのは、余り良い気分ではないのだがな?



「これは失礼をした。
 嘗ての部下に、お前に似た雰囲気を持っていた者が居たのでな……若しかして生きていたのかと思ってしまったのだ。
 だが、雰囲気は似ていても、容姿は違っている……私の気のせいだったようだ。」



私に似た雰囲気の部下って……其れは、本当に人間だったのか問い質したい所だが、今はそんな場合じゃない。
相馬と九葉は分かったが、其方の方は?お前達と比べると可成り年若い――私と同じ位か、或いは年下ではないのか?



「……お初お目にかかる。私は、シラヌイの里の暦。宜しくお見知りおき願いたい。」

「シラヌイ……?何処だ其れ?」

「ウタカタの北にある里でございますね。オオマガドキ以来、他の里との交流を断っていると伺いましたが……」

「故あって、『百鬼隊』に協力している。」



ウタカタの北……ウタカタが元の世界で言う所の埼玉県の辺りのようだから、その北となると日本海側の裏日本か……冬は雪が
深くて大変そうだが、何とも妙な連中が集まったモノだな?
一体何が起きているんだ?



「……一言で言うのならば凶事だな。――未知の『鬼』が現れ、北の守りが破られた。」

「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」



未知の『鬼』だと?……私達が戦った、カゼヌイの様な新たな『鬼』が現れたと言うのか!



「詳細は不明だが、可成りの数だ。」

「『百鬼隊』が何とか押し返したが、相当の数が未だ健在だ。殲滅しなければ、必ず後の禍根となる。」



どうやら、詳しく話を聞く必要があるみたいだな。








――九葉説明中だ。ちょっと待っていてくれ。








……ふむ、成程な。
シラヌイの里近くに現れた『鬼』がシラヌイと一戦交えた上で退き、そして南下を始めて、このウタカタの近くまで来ていて、そして、
増殖していると言う事か。

しかし、増殖だと?……鬼が現実世界を侵食して異界化するのは知っているが、増殖するなど聞いた事が無いぞ?



「そうだ。我々は『蝕鬼』と呼んでいる。
 この『鬼』の恐るべき特徴は2つ。
 1つは、驚異的な異界化能力。短時間で、急激に周囲を侵食する。」



それは、この前のカゼヌイも持っていた能力だな……矢張り、アレは新しい『鬼』だったか。――して、もう一つの能力は何だ?



「いま1つは増殖能力。
 周囲の物質を取り込み、別の個体を生み出す。生物、鉱物、植物……何にでも取りついて、その存在を乗っ取る。奴等の侵攻
 に伴って、各地で『鬼』が爆発的に増殖を始めた。
 ガキやヌエと言った小型にとどまらず、ミフチやカゼキリと言った大型も増えている。宿主である北の『鬼』を殲滅しなければ、敵
 は、際限なく増え続ける。」



何とも悪い冗談だが、そう言う事ならばやる事は至ってシンプルだ。
その、北の『鬼』とやらを討てばいいのだろう?――其処に至る間に、多数の大型の『鬼』と戦う事になるのだろうが、そんな物、
私にとっては大した障害ではない!

今の話を総括すると、先刻戦ったカゼヌイも、その北の『鬼』なんだろうが、あの程度なら同時に5体くらいは余裕だ!



「既に一戦交えていたか……だが、アレを5体は余裕とは、お前は何者だ梓?」

「ウタカタ最強のモノノフだ。」

そして、ウタカタの守護神にして、『鬼』を滅する破壊神だ。
と、大切なのは其処じゃない――先日、ウタカタは未知の『鬼』の襲撃を受けてね。その際に、異界の拡大も確認しているんだ。



「ならば、話は早い。お前なら、奴等の危険性が分かるだろう。
 敵の増殖を許せば、中つ国は死地と化す――オオマガドキの様にな。殲滅するのに手を貸せ。」



是非もないが、問題はどうやって敵を見つけるかではないか九葉?
ウタカタの物見は優秀だが、其れでも驚異的な『鬼』の発見は簡単ではない。其れが、此れまで見た事もない、新型の『鬼』だと
言うのならば尚更だ。
私がサーチャーを飛ばすと言う手もあるが、私のサーチャーは其処まで優秀ではないしな……



――カンカン!カンカン!!!



「……どうやら、向こうから来てくれたらしい。」

「その様だが、若しかしなくてもこれは……」

「『蝕鬼』の襲撃だ。
 『百鬼隊』と、ウタカタの兵を糾合し、討伐隊を編成、『鬼』を迎撃する。ウタカタのモノノフ達よ、此れよりお前達には、私の指揮
 下に入って貰う――異存はないな?」



異存があっても斬り捨てる心算で居るのに聞くな九葉。
生憎と、私は通る可能性のない異存を唱える程馬鹿ではない。長い物にまかれる主義ではないが、如何あっても覆らない物なら
ば、従うのが上策だからな。
大和も其れで良いだろう?



「其れが霊山の意思なのならば是非もない――任せたぞ梓。」

「……了解だ。」

「聞いての通りだ。此れより北の『鬼』を討つ。相馬、実戦指揮はお前に任せる。」

「承知している。さて、準備は良いか?」



言われずとも、私達は常に常在戦場!ドンな『鬼』が現れても何時でも戦う準備は出来ているよ相馬。



「其れは頼もしいな。
 出るのは俺と暦、次いで桜花、そしてお前だ梓。――編成は適当だ、取り敢えず強そうな奴を選んだ。だが、やれる筈だ、ウタカ
 タを守って来たお前達ならな。
 その力、戦場で見せて貰う!!」



編成が適当って、其れは如何なんだ相馬よ?
だが、お前は人を見る目はあるようだ……ウタカタの2トップである私と桜花を選出したのだからな。――ならば、望み通り、私達
の力を存分に見せてやろうじゃないか。

蝕鬼だか何だか知らないが、この世に現れた事を後悔するが良い。
この世に、私が居る限り、貴様等『鬼』が人の世を完全に支配する世界は訪れない――『鬼』は、私が1匹残らず狩りつくしてやる
からな!!












 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場