KOFチーム戦の初日が終わった深夜のグランセル埠頭に停泊した怪しげな船と、同じく埠頭に現れた一台の車、そして船と車の両方から降りて来た黒服の怪しげな男達……どう見ても堅気ではない彼等の目的は只一つ。
船でやって来たのはベルカの違法薬物の売人で、車で現れたのはリベールのマフィア――正確にはなのはが新たなリベールの王となった事で解散に追い込まれたマフィアの構成員達の寄せ集め集団である半グレ組織のメンバーだ。
薬を売りたい売人と、購入した薬を購入額の数倍で裏で取引する事で資金源を得る半グレ組織にとって、この取引は互いに重要なモノであり絶対に成功させねばならないモノである。


「今宵は満月……宴を楽しむには良い夜だが、後ろ暗い取引をするのならば新月の日を選ぶべきだったね。」


だが、得てして悪事と言うのは最終的には成就しないと相場が決まっているモノだ……仮に一時の成功を収める事が出来たとしても、悪事とは必ず何処かで頓挫すると言う事は歴史も証明している事なのである。
そして此処で違法薬物の取引をしようとしていた連中にとっては今夜が年貢の納め時と言う奴なのだろう。

彼等の前に現れたのは袴姿のミカヤ。
其の手には刀が握られているが、KOFの試合で使用していた木刀ではなく、正真正銘の真剣であり、満月の光を受けてその刀身を妖しく、そして美しく輝かせている。
この妖しい美しさは刀だけが持つ一種の魔力とも言えるモノで、黒服の男達もその妖しい美しさと、其れを手にしたミカヤのミステリアスながらも危険な匂いのする美貌に、一瞬とは言え目を奪われてしまっていた。


「って、何モンだ女!……いや、聞くまでもねぇか……俺等の邪魔をしに来やがったな?だが、一人で来たのは間違いだったな!」


だが、其れも一瞬の事で、男達はミカヤに銃を向け引き金を引こうとするが――


「一人やなくて三人やで?」

「もう少し、広い視野を持つ事をお勧めしますわ。」


男達の背後からジークリンデ(以後ジーク)とヴィクトーリア(以後ヴィクター)が現れ、ジークは男の一人をスリーパーホールドで秒で落とし、ヴィクターは強烈な雷を叩き込んで男を丸焦げにする……ヴィクターの一撃を喰らった男は見事なウェルダンになってしまったが、まだピクピクと動いているので生きてはいるようだ。

まさかの伏兵に驚いた男達はミカヤ、ジーク、ヴィクターに向けて発砲するが、焦って放つ銃では照準が甘いのでターゲットを捉える事は出来ず、仮にターゲットを捉えたとしても、ミカヤは刀を手元で高速回転させる事で銃弾を弾き、ジークは自慢の鉄腕で全て叩き落し、ヴィクターは雷のカーテンで完全シャットダウンしてしまい、銃はマッタク持って効果がなかった。
銃がダメだとなれば、後はこう言った連中に残された武器はナイフや匕首と言った刃物なのだが、ナイフや匕首は刀や槍と比べると圧倒的にリーチ面で不利であり、徒手空拳のジークに対しても、無手の格闘を得意とする武闘家は総じて『対刃物』の技術を会得しているモノなので、一概に有利であるとは言えないのである。

銃もダメ、刃物もダメとなったら男達に残された道は只一つ……其れは、この場から逃走すると言うモノだった。











黒き星と白き翼 Chapter57
『渦巻く陰謀と全力のKOF三回戦だぜ!』










状況を不利と見た男達は恥も外聞もかなぐり捨てて此の場からの逃走を始めた――最早此の日の取引は失敗に終わったので今この場は逃走し、後日改めて取引を行うのが得策と判断したのだろう。
そして、男達も馬鹿ではなく、五つのグループに分かれて逃走を始めたのだ――この場に現れたのは三人なので、五つに分かれて逃げれば最低でも最低でも二組は無事に逃げ切れると考えたのだ。
此れにはミカヤ達もドレを追うか迷うが、此処で彼女達には嬉しい誤算が待っていた。


「悪いわね、貴方達を逃がしちゃうとクライアントから大目玉喰らっちゃうのよ。」

「此の私から逃げられると思うのかね?」


五つに分かれて逃走を図った男達の二組の前に『女性格闘家チーム』のブルー・マリーと、どうやっても殺す……事は出来るが、直ぐに復活する魔王のルガールが現れて逃走経路を塞ぐ。
マリーも『コマンド・サンボ』と言う実戦格闘技を使いこなす実力者であり、ルガールに関しては言わずもがななので薬の売人や半グレ共が適う相手では無く、マリーは男の一人をバックドロップで投げた後に、スリーパーホールドを極めた後に其のまま振り回して周囲の男を巻き込んで薙ぎ倒して良き、ルガールは右の義眼からビームを放って男達を即撃滅。


「全員、その場から動かぬように!」

「違法な取引の現場は押さえさせて貰った……現行犯で逮捕する!」


更に其処にリシャール率いる王国軍情報部が現れ、違法取引をしようとしていた男達を取り囲む――こうなっては最早多勢に無勢であり、男達には大人しく投降すると言う以外の選択肢は残されていなかった。


「くそぉ……如何してバレたんだ?計画は外に漏れないように慎重に進めていたと言うのに……!」

「我々情報部の諜報能力と情報網を甘く見ないで頂こうか?
 君達がKOFが開催される時を狙って違法な物品の取引を此処で行うと言う事などKOFが開催される前から把握していた――故に、確実に現場を押さえる為の保険として凄腕のフリーエージェントのマリー君に依頼をしていたのだ。
 ……まぁ、ベルカチームの彼女達とルガール殿が参戦してくれたのは我々にとっては嬉しい誤算だったがね。」

「って事は、女王も此の事は……」

「いや、陛下は今回の事はご存じない。
 陛下が政に集中出来るよう、この様な裏の事態に関しては秘密裏に処理するのもまた我等王国軍の責務……まだ年若い王に、要らぬ負担を掛ける事は可能な限り避けたいのでね。」


男達は即時捕縛され、その後は情報部によって密輸船の内部操作が行われたのだが……


「此れは……薬よのうて石?」

「希少な鉱石のようにも見えないが……こんなモノを取引しようとしていたと言うのか彼等は?」


船の中から見つかったのはベルカで売買が出来なくなってしまった違法薬物ではなく、漆黒の石――黒水晶よりももっと深い漆黒の結晶だった。


「此れは……成程、此れは確かに麻薬の類とは比べ物にならないモノだね?……まさか、黒晶を取引しようとしていたとは……」

「ルガール殿は、此れが何かを知っておられるのか?」

「うむ、よく知っているよリシャール君。
 此れは黒晶と言うモノでね、オロチの血が結晶化したモノなのだよ――そして、此れを使えば比較的安全にオロチの力を得る事が出来る……私も、一度消滅した後に、此れを使ってオロチの力をこの身に宿した訳だからね。
 ロレントチームが二回戦で戦ったスポーツマンチームの諸君も、恐らくは此れを使ってオロチの力を得たのだろう――尤も、今回取引されようとしていたのは、天然物ではなく、人工的に合成されたモノであるみたいだが……」


そしてその正体はルガールが教えてくれた。
この石はオロチの血が結晶化した『黒晶』と言うモノであり、此れを使えば『オロチの血を引かぬ者』であってもオロチの力を其の身に宿す事が可能と言うモノであり、スポーツマンチームのメンバーも、此れを使ってオロチの力を得たのだろうとの事だったが、其れ以上に大きな事は、今回取引されようとしていた黒晶は天然のモノではなく、人工的に合成されたモノだと言う事だろう――それはつまり、人工的に黒晶を作り出し、其れをリベール国内にばら撒こうとした存在が居ると言う事になるのである。


「……取り敢えず、此の黒晶とやらは全て処分すべきだろう。クリザリッド君、頼めるかね?」

「任せておけリシャール大佐……見るが良い、我が力ぁ!!」


取り敢えず、此の黒晶はクリザリッドがエンド・オブ・ヘヴンで焼き尽くしてターンエンド。……その際に、焼かれた黒晶から髑髏の紋様が浮かび上がったオーラが溢れ出たように見えたが、あまりにも不吉なので其の場に居た誰もが見なかった事にした――ただ一人、情報部の副隊長のクラリッサだけは『中々カッコいい』と言って見入って居たのだが。
とは言え、途轍もない危険物がリベール国内にばら撒かれる事を阻止出来たのは大きいだろう。

こうしてKOFの裏試合は終わりを告げたのだが……


「王国軍情報部、予想以上の優秀さだ……まさか、こうもアッサリと対処されてしまうとはね。」

「ククク……自ら情報を流しておいて良く言うモノだ教授――だが、此れでこちらも動き易くなった……仕掛けるのは、決勝戦と言う事で良いかな?」

「あぁ、そのタイミングで行こうかドクター?君の働きにも期待しているよ……現在生きている、唯一のオロチ八傑集君。」

「テメェ等の都合なんぞ知ったこっちゃねぇが、俺はちゃ~~んと報酬を払ってもらえりゃそれで良い……キヒヒヒ、精々暴れさせて貰うぜぇ?」


その様子を、『ドクター』と『教授』、そして毛皮のコートを纏った金髪の大男が見ており、何やら良からぬ事を画策しているようだった――彼等の言葉を信じるのであれば、KOFの決勝戦後にはトンデモナイ『何か』が起きるのは間違いないだろう。








――――――








昨夜のリベール埠頭での一幕は全く関係なくKOFチーム戦の二日目が始まり、三回戦の第一試合から観客を沸かせる展開となっていた。
第一リングでは第一ラウンドは互いに炎属性であるヴィシュヌと京ー1が真っ向からガリガリと削り合いの様な戦いの末にタイムオーバーのドローとなり、第二ラウンドとなったグリフィンと京-2の試合は、京-2がオリジナルの京に負けず劣らずの猛ラッシュを見せたが、グリフィンはそれに対して『古式柔術』でカウンターを決め、最後はグリフィンの昇龍裂破と京-2の無式がかち合い、その結果互いに場外に吹き飛ばされての両者場外負けに。
そして最終ラウンドは刀奈とKUSNAGIの試合なのだが、此れは圧倒的に相性の差が出た――水の刀奈に炎のKUSANAGIでは圧倒的に不利であり、試合は終始刀奈が有利に進めて行った。
本物の京ならば水を瞬時蒸発させるだけの火力があるのだが、コピーに過ぎないクローンでは真の『草薙の炎』を宿す事は出来ず、その結果として刀奈の『水の波動』で完全に封殺されてしまったと言う訳だ。

大将戦は、刀奈の水属性の波動拳が、KUSANAGIの大蛇薙を吹き飛ばしてLPを削り切ってリベールギャルズが準決勝へと駒を進めたのだった。
そして第二リングの方も大将戦にもつれ込んでいた――カルバートファイターズはジンが先鋒で極限流チームはユリが先鋒だったのだが、ジンはユリを全く寄せ付けずにKOし、続く第二ラウンドは極限流チームの二番手のロバートが露骨なまでの判定勝ちを狙いに行った事でタイムアップの判定勝ちを捥ぎ取り、第三ラウンドであるロバートvsケンの試合は、激しい足技の応酬となり、最後はケンの紅蓮旋風脚とロバートの無影疾風重段脚がぶつかり、その衝撃で両者とも場外に吹き飛ばされて両者リングアウトのドロー。

大将戦のリュウvsリョウの試合は、これまた何方も退かない展開となっていた――と言うのも、リュウもリョウも使う技が似通っていたと言うのも要因と言えるだろう。
気弾である波動拳と虎皇拳、ジャンピングアッパーの昇龍拳と虎砲、変則的な飛び蹴りである竜巻旋風脚と飛燕疾風脚、極大気功波の真空波動拳と覇王翔哮拳……細かい所まで上げれば上から拳を振り下ろす鎖骨割りと氷柱割り、使う投げ技は互いに背負い投げと巴投げと、兎に角使う技の性質が似通っている上に、互いに己が使う武術をアレンジせずに使っている正統派ゆえにLPの削り合いとなっている。


「おぉぉぉぉ……真空、波動拳!!」

「はぁぁぁぁ……覇王翔哮拳!!」


気を高めて放った真空波動拳と覇王翔哮拳も全くの互角で、その衝撃波によってリングのロープが二、三本千切れると言う、正にリング無用の超パワーの展開となり、気付けばLPは何方もオレンジゾーンに突入していた。


「ふぅ……まさか、アンタほどの格闘家が居たとは世界は広いな……この大会、出場して良かったと心底思うぜ。」

「それは俺もだ……ケンからの誘いを受けて良かったと思っている。」

「だが、其れもそろそろお終いみたいだな?――だから、此処はお互い鍛え上げた『一撃必殺』で勝負しないか?アンタにもあるんだろう、とっておきの一発が?」

「あぁ……そうするとしよう。俺の拳を試すか!」

「押忍!」


此処で二人は互いの拳が届く間合いまで近付くと拳を構えたのだが、奇しくもその構えは略同じで、両者とも大きくスタンスを取り、右の拳を腰の辺りで構え、その拳に全ての力を集中させている。
やがて集中させた力はリュウの拳に蒼の、リョウの拳に赤の気を纏わせるまでとなり……


「一撃必殺!!」

「此れが俺の拳だ!」


同時に繰り出された必殺の拳!
それは互いに相手の拳を捉え、ぶつかった拳が激しくスパークし、そのエネルギーによって両者のグローブが千切れ飛んで行く……リュウが辿り着いた『風の拳』とリョウが極めた『天地覇王拳』は、何方も『一撃必殺』と呼ぶに相応しい技であり、何方が勝ってもオカシクナイ真っ向からの己の武をぶつけ合う戦いだ。
其の力比べは更に加速し、完全にグローブが吹き飛んだ後は、今度は両者の道着の上着が千切れ始め、そして臨界に達したエネルギーが遂に限界を迎えて弾けた。


「はぁ、はぁ……紙一重だったな。」

「だが、それが今の俺とアンタの間にある確実な差だったって訳か……」


その結果、圧し勝ったのはリュウの方だった。
互いに道着の上着は半壊状態となっていたが、リョウのLPが0になったのに対し、リュウのLPは僅かに二ポイントだけ残っていると言う、正にギリギリの勝利と言う結果に会場からは両者の健闘を称える割れんばかりの拍手と歓声が送られた。


「極限流の師範が負けたとあっては門下生に示しが付かん……此れは、ロバートと共に一から修業のやり直しだな。……アンタと戦えた事を、光栄に思うよ。」

「あぁ、また何時か俺と戦ってくれ。」


試合後はガッチリと握手を交わし互いに再選を誓った。
孤高の永遠の挑戦者は、一夏に続いてまた新たな良き好敵手を得たようだった。








――――――








二回戦の第二試合は、第一リングが『餓狼伝説チーム』vs『八神チーム』、第二リングが『SSSチーム』vs『ロレントチーム』なのだが、第二リングは第一試合でリングが破損してしまったため急遽補修が行われる事になり、先ずは第一リングの方が先に試合が始まった。
餓狼伝説チームの先方はジョー・東、八神チームの先方はシェン・ウーだ。


「うふふ、此の試合はこの大会一番の見物かもしれないわね?」

「ふん、戯言を抜かすな小娘……何処に注目すべき点がある?」

「あら、大注目の一戦よ庵?だってこの試合は『最強馬鹿決定戦』なんだから♪」

「……言われてみれば確かにその通りだな?……何方が最強の馬鹿であるかなど俺にとっては如何でも良い事だが、まぁ精々頑張る事だな馬鹿共。」

「「誰が馬鹿だオラァ!!」」


レンが中々に辛口にな事を言ってくれたが、其れもあながち間違いではないだろう。
シェンもジョーも考えるよりも先に身体が動く脳筋型であり、腕力に頼ってしまう場面の方が多く、『面倒事は殴って解決』を地で行くような奴なのだ……シェンはジョーと比べれば幾分マシかもしれないが、それでも脳筋である事は否めないのである。

そんな脳筋同士の試合は、真っ向からの殴り合いとなったのだが、真っ向からの殴り合いとなったら此れはシェンに分があった。
シェンの戦い方は一つの武術を極めたモノではなく、徹底的に実戦で鍛え抜いた我流の喧嘩殺法だけに型は無く、兎に角相手に決定的なダメージを与える事だけを考えているために一撃一撃の重さがハンパなモノではなく、またシェン自身の生まれ持っての打たれ強さもあり、真っ向からの殴り合いで負けた相手は生前の士郎だけと言う折り紙付きの強さなのだ。
ジョーも真っ向からの殴り合いは得意なのだが、『相手の攻撃を受けない事』が前提となっているプロの古式キックボクシングの試合のクセが付いており、ノーガードで攻撃してくるシェンにペースを乱されてガードや回避のタイミングが遅れて攻撃を喰らってしまい、激しい殴り合いの末にLPが尽きてKO敗け。
無論ノーガードで殴り合っていたシェンもLPがオレンジゾーンに突入し、勝者アドバンテージでLPが回復してもイエローゾーンで二番手のアンディ・ボガードとの試合となったのだが、そんな事はお構いなしとばかりにまたしても真っ向からの殴り合いを仕掛けていった。

だが、アンディは其れに付き合わずにヒット&アウェイの戦術に出た――のだが、シェンもアンディのカウンターに拳をブチかまして来たのだからアンディからしたら堪ったモノではないだろう。シェンの一撃は、其れこそアンディがちまちまと削った二十回分の攻撃と同じLPをごっそりと持って行くのだから。


「筋肉達磨とは言わないが……タフにも程があるだろうに……ですが、此れならばどうだ!」


シェンのアッパーをギリギリで回避したアンディは掌底でシェンの顎を打ち抜く――それは確実に決まり、脳を揺らす一撃なのだが……


「チビの癖にやるじゃねぇか……気に入ったぜ男前!」

「んな!?」


シェンはふらつきながらもアンディの頭を掴むと、其処に渾身のヘッドバット!
顎を打ち抜かれて脳を揺らされたシェンだが、アンディも脳天に直接響く一撃を喰らった事で、互いにダウン!――LPは残っていたので、其処からダウンカウントが始まり、何方も立つ事が出来ずにテンカウントが入りダブルKO!

後が無くなった餓狼伝説チームは大将のテリーが登場し、八神チームは庵が登場した。


「あら、庵が行くの?」

「奴を倒せば俺達の勝ちなのだろう?貴様に任せても良いが、勝てば終わりとなる試合を高みの見物をする趣味はない……貴様は精々準決勝に向けて力を温存しておくが良い。」


何時もの憎まれ口を叩く庵だったが、その裏には『準決勝で戦う事になるロレントチームとの試合で、レンを万全の状態でエステルと戦わせてやりたい』と言う不器用な優しさがあったりするのだ……妹の恋の成就の為に家電をぶっ壊したりと、優しさが不器用極まりないのだ庵は。

で、試合の方はと言うと、此れはテリーが一方的に攻める展開となっていた――より正確に言うのであれば、二回戦同様、庵はテリーの攻撃をマッタクガードせずに受け、時たまカウンター気味の雑な攻撃をすると言う感じだった。


「ふ、悪くないが此の程度とは……餓狼の牙も錆び付いたモノだな?此の程度では、マダマダ手緩い!」


そう言った次の瞬間、庵は己の胸をその指で引き裂き、胸からは鮮血が飛び散る――自らダメージエミュレートを貫通するダメージを受けると言うのは正気の沙汰ではないのだが、庵は自滅を選んだのではなく、二回戦同様に自らを追い込む事で最大の一撃を出せる状況に、出さざるを得ない状況に持って行ったのだ。
全ては、その最大の一撃を京との戦いで自在に使えるようにする為に。

だが、この庵の常軌を逸した行動にはストリートファイトで百戦錬磨のテリーも思わず怯んでしまい、其れが決定的な隙となってしまった。


「遊びは終わりだ!」


その隙を逃さず、庵は八稚女を発動してテリーに斬り裂くような連撃を叩き込んで行く。


「泣け!叫べ!そして……死ねぇぇぇぇぇ!!」


だが今回の八稚女は何時もとは違い、最後の一撃は相手を掴んで爆発させるのではなく、相手の胸元を掴んで持ち上げた後に掴んだ胸元を指で切り裂くと言うモノだった……それを喰らったテリーは胸元から鮮血を撒き散らしながらダウンし、同時にLPがゼロになって試合終了。


「月を見るたび思い出せ。」


決めゼリフも鮮やかに、八神チームは準決勝へと駒を進めたのだった。
そして、八神チームが勝利した頃に漸くリングの補修が終わり、SSSチームとロレントチームの試合が始まり、SSSチームはショーンが、ロレントチームはエステルが先鋒として登場したのだが、此処はエステルが経験の差と言うモノを見せ付ける試合展開となった。
ショーンはカルバートの格闘王であるケンに師事しており、其の実力は高いのだが如何せん実戦経験に乏しく、史上最年少でA級遊撃士となり実戦経験も豊富で百戦錬磨のエステルの敵ではなく、全ての技に完全に対処された上で――


「超爆裂金剛撃!!」

「どわぁぁぁぁ!?」


棒術具の先に最上級の炎属性の魔力を二つ宿した金剛撃をブチかまされてターンエンド。


「よゆーよゆー♪」


多少の攻撃は喰らったモノの、エステルのLPは余裕のグリーンだったのだが、二番手として真吾が出て来たのを見たエステルは、アッサリと京にバトンタッチしてしまったのだ。


「エステルさん、如何して……俺は戦う価値もないって言うんですか?」

「そうじゃないわよ真吾君……貴方と本気で遣り合っても良いんだけど、アタシとの試合で消耗した状態じゃなくて、万全な状態で師匠と戦いでしょ?だから、アタシは此処で後退させて貰うわ。」


だが其れは、真吾を万全な状態で京と戦わせてやりたいと言うエステルの粋な計らいだった――真吾の実力は決して低くないので、エステルとはそれなりに良い勝負が出来るだろうが、いい勝負が出来るだけに勝ったとしても大きく消耗した状態となり、京との全力勝負は難しいのだ。


「って訳だから、真吾君と本気で戦ってあげなさいよ京?」

「此処までお膳立てされたら本気で相手しないとだよな……まぁ、良い機会だから真吾に草薙の拳の真髄って奴を教えてやるとするか。」


エステルと入れ替わる形で京がリングインすると、会場は大歓声に包まれた――矢張り優勝候補筆頭である京が登場すると言うのは、会場を沸かせるには充分過ぎる要素であるようである。


「よう真吾、まさかベストエイトまでコマを進めて来るとは思わなかったが、良くここまで勝ち抜いて来たって褒めてやるぜ――そんでもって、此処まで勝ち抜いて来た褒美として俺が直々に相手になってやる。
 遠慮はいらねぇ、テメェの持てる力の全てを持ってかかって来な。」

「草薙さん……はい、俺の今の全力を出し切って行かせて貰います!行きますよ、草薙さん!!」

「来い、真吾!!」


こうして、二回戦第二試合の第二リングの第二ラウンドは『草薙の師弟』のぶつかり合いになるのだった。










 To Be Continued 







補足説明