IS学園生徒会室――其処には現生徒会長である楯無と副会長の蓮杖夏姫、書記の布仏虚、そして一夏の護衛であるオータムが居た。


「こうしてお互いに顔を合わせるのは初めてかしらね……元亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』に於いて最強と称されたオータムさん?」

「確かに顔を合わせるのは初めてかもな?
 お初にお目にかかるぜ、現更識家当主の十七代目更識楯無殿。」


楯無もオータムも表向きは笑顔だが、其の身体からは純粋な闘気が溢れ出しており、常人には認識出来ないレベルでの不可視の戦いが繰り広げられていた……同席していた夏姫と虚は後に『楯無の背後にスタープラチナが、オータムの背後にザ・ワールドが現れてオラオラと無駄無駄の殴り合いをしていた』証言していたのだが、それは決して見間違いではなかったのだろう。


「そんで、俺に何の用だ?」

「そうね……任務ならば誰であろうと冷酷に其の命を奪って来た貴女が何故亡国機業から離れてまで一夏君の護衛を務める事になったのか……其れが知りたいのよ。
 理由によっては、貴女を学園に在中させる事が出来なくなるかもしれないからね。」

「成程、そう言う事か……ま、当然と言えば当然だな。
 俺が何で旦那の護衛を務める事を決めたか……一番は俺が旦那を気に入っちまったって事なんだが、旦那の護衛ってのは此れまでの俺の戦いとはマッタクもて異なる戦いがあったからだ。
 亡国機業での俺の戦いは、何かをぶっ壊し、そして誰かに恨まれる戦いでしかなかった……だが、旦那の護衛での戦いは旦那を護り、その結果として旦那の周囲の人間を護る戦いで、人から感謝される戦いだった。
 俺は戦うのが好きだから亡国機業に入ったんだが、どうせ戦うならぶっ壊して恨まれるよりも、守って感謝される方がずっと良いに決まってるだろ?
 序に言うなら、旦那は男嫌いの俺が少し惚れちまったからな……旦那に恋人が居なかったら速攻で夜のISバトルに誘ってたぜ!!」

「其れは、中々ねぇ……だけど、取り敢えず貴女が学園の敵になる事は無いと判断出来たわ……だから、これを渡しておくわ。」

「此れは……テーザー銃か?」

「学園内で実弾を搭載した銃をぶっ放すのは流石にNGだからね。」


少し雑談を交わした後に、楯無はオータムにテーザー銃(弾丸の代わりに電極を飛ばす拳銃型スタンガン)を渡して、学園内における一夏の護衛力を底上げするのだった。


「成程、コイツは便利だな。
 元々渡す心算だったからコイツの礼って訳じゃねぇが、コイツを渡しとく。俺が知る限りの亡国機業の情報をコイツに纏めといた。」

「あら、其れは有り難いわね。」


テーザー銃を貰った対価としてと言う訳ではないが、オータムは自分が知る限りの亡国機業の情報を纏めたUSBメモリーを楯無に渡していた――日本の暗部である更識の長である楯無と元亡国機業のエージェントであるオータムの出会いは、裏社会にとっては大きな衝撃であったのかもしれない。









夏と銀河と無限の成層圏 Episode3
『決闘前の彼是~Preparation before the duel~』










寮での荷物整理その他が終わった午後、一夏の姿は学園の剣道場にあった。
畳の上で正座する一夏の前には、同じく正座する箒の姿が……互いに精神を集中しているのか目を閉じて微動だにしない――やがて、精神統一が終わったのが一夏と箒は目を開いて同時に立ち上がると、互いに得物を手にする。
剣道場には剣道部の部員も居るのだが、話題の男子生徒と中学の剣道王者が模擬戦を行うと言う事で注目していた。

此の戦いは一夏が箒に『社長業もあって実戦から離れてたから実戦の勘を取り戻したい』と言う理由で申し込んだモノであり、箒は其れ即了承したのだが『一夏は剣道ではなく剣術だから防具なしで刃を潰した模造刀の方が良いか』と考え、防具なしで戦いになっていた。

正眼に構える箒に対して一夏は無形の位だ。


「行くぞ一夏!」


此処で先仕掛けたのは箒だ。
雷光の如き鋭い踏み込みからの鋭い斬り下ろし!普通ならこれを喰らって一撃KO間違いなしなのだが、一夏は其れを見事に受け流し、その勢いのまま箒の背後に遠心力タップリの後ろ回し蹴り放つ。
完璧なタイミングであり、普通ならこれで勝負ありなのだが、箒はとっさに模造刀を背後に回して其れを防ぎ、逆にそこからカウンターとなる逆手の斬り上げを繰り出す。

一夏は其れをギリギリで躱すが、箒は流れるような動きで模造刀を逆手から順手に持ち直すと、模造刀を両手で握り超速の乱撃術で一夏を攻めるが、其れに対して一夏も模造刀を両手持ちすると乱撃術で対応してぶつかった模造刀が火花を散らす。


「実戦を離れていると言っていたが、勝負勘は充分ではないか?少なくとも剣術で私と互角に遣り合える奴等同世代ではお前だけだぞ一夏!」

「やっぱり強いなお前は……俺が戦った相手の中じゃ剣術では千冬姉の次に強いぜ箒!」

「其れは光栄だ!!」


何度目かの斬り合いの後に、箒が模造刀を振り上げて一夏の模造刀を跳ね上げ、更に前蹴りを繰り出して一夏との間合いを離し、改めて模造刀を正眼に構える……此の攻撃で終わらせる心算なのだろう。
それに対して一夏は模造刀を納刀すると抜刀術の構えを取って来た――箒の奥の手が何であるかは分からないが、自分が最も得意とする神速の抜刀術であれば確実にカウンター出来ると考えていたのだ。
そんな睨み合いが十分ほど続いた後に、先に動いたのは箒の方だった。


「篠ノ之究極奥義!一閃九龍!!」


箒は神速の踏み込みから猛烈な連撃を繰り出して来たのだ。
此れまでの戦いで基本的に一夏はギリギリまで防御はせずに回避に徹していたのだが、箒の奥義に対しては自ら前に出て行った。
一閃九龍は其の圧倒的な手数故に防御も回避も不能な技であり、其れに勝つには己の最速の剣で相手より先に斬り込む必要がある――故に一夏は一撃必殺の抜刀術に神速の速度を追加してカウンター気味に打って出たのだ。

そしてその結果はと言うと、一夏のシャツは九ヵ所に穴が開いており、一方の箒は無傷だったので、其れならば箒の勝ちと思うのだが、其の直後に箒は膝から崩れ落ちてしまった。
そんな箒を心配して剣道場に居た剣道部員の一人が駆け寄り、何か大きな怪我をしたのではないかと上着を脱がせると、右胸の下には大きな痣が出来ていた。
右胸の下は人体急所の一つである肝臓が存在しており、一夏の抜刀術は箒の肝臓を強打しており、そのダメージで箒は戦闘不能に追い込まれてしまったのだった。


「よもや篠ノ之流の奥義が破られるとはな……お前は私と別れた後、余程よい師に恵まれたのだな。」

「俺の剣の師匠は、天羽組の和中のアニキだ。
 あの人の剣には型がないが、其れが逆に俺に合ってた……そんでもって和中のアニキの剣術に、矢部のアニキの空手、加えて小峠のアニキの努力と根性が融合してんだよ俺は。」

「天羽組……確か武闘派の任侠極道だったと思うが、その組員と知り合いなのかお前は?」

「両親が死んだあと、俺等は天羽組さんのお世話になってたんだよ……詳しい事は知らないけど、両親が生きてた頃天羽組さんと付き合いがあったって千冬姉が言ってた。」


一夏の剣は現役バリバリの武闘派極道から学んだモノであり、篠ノ之流剣術よりもより実戦に特化したモノだったのだ。
件の天羽組は、東京でも最大級の繁華街である空龍街に拠点を置く関東随一の極道であり、組長の『天羽佳司』の元、義と人情に重んじながらも敵対組織や外道に対しては一切の容赦をしない事から『殺しの天羽組』との異名も持っている。
一夏達の両親は、生前空龍街でレストランバーを営んでおり、その守を天羽組が行っていたのだが、一夏と円夏が幼稚園に上がるタイミングで店に強盗が入り両親は惨たらしく殺され、更に店も燃やされてしまったのだ……店と家は別々だったので一夏達に被害はなかったが、一夏達の両親は駆け落ち同然で結婚したため頼れる親族はなく、普通ならば児童保護施設か孤児院に入る事になり、場合によっては姓も『織斑』ではなくなっていただろう。
だが此処で織斑姉弟を保護したのが天羽組だった。
織斑夫妻を殺害した犯人を裏社会の情報屋である五代から仕入れた天羽組は、犯人の確保に乗り出したのだが、其処で同一の犯人によって家族を失った遺族から依頼を受けた拷問ソムリエ『伊集院茂夫』と出くわし、犯人確保に出向いていた天羽組の小峠と矢部は周囲の兵隊の無効化を行い、犯人は伊集院によって地獄の拷問を食らわされた上で死亡した。

其れは兎も角として、織斑姉弟は天羽組の天羽親分と組員達によって育てられ、此処まで立派に育つ事が出来ていたのだ――因みに、織斑姉弟には天羽組の任侠精神もしっかりと刻み込まれており、織斑姉弟は基本的に義に反する行動は絶対に許す事が出来ない人間として成長したのだった。
だからこそ、一夏はセシリアの行動が許せなかったのだが。


「……千冬さんが人外レベルの力を身に付けた理由が分かった気がする。」

「因みに千冬姉は、モンドグロッソ二連覇した後でも和中のアニキには勝ってません!」

「天羽組は化け物の集団か!?」

「矢部のアニキの正拳突きを一般人が喰らったら肋骨が粉々になって、砕けた骨が心臓や肺に突き刺さって即死だろうな――まぁ、その力を振うのはシマを荒らす下衆や、シマ内で外法働いた外道だけだから一般人は安心だけどな。」

「そんな連中に鍛えられたのならば納得だ……だが、お前が強いままでいてくれた事は有り難かった。
 十年前の私はお前を目標としていたからな……その目標が弱くなっていたとなっていたら私もガッカリしただろうが、お前は十年前と変わらず……否、其れ以上に強くなっていた、其れがこの上なく嬉しいよ。
 だからこそ敢えて言おう、何時の日か必ずお前を超えてやるぞ一夏!篠ノ之流の師範代として、お前に負けっぱなしと言うのは流石によろしくないし、門下生に示しがつかないからな。」

「リベンジマッチは何時でも大歓迎だ。
 だが、お前が修行してるだけじゃなく、俺だって日々トレーニングしてる事を忘れるなよ?」

「其れを分かった上での事だ!」


模擬戦後、一夏と箒は軽く拳を合わせて再戦を誓っていた。
そして箒との模擬戦後、一夏はトレーニングルームのリングでヴィシュヌとスパーリングを行い、一夏もヴィシュヌも互いに決定打を欠く攻防となり、最後は互いの右ハイキックが炸裂したモノの一夏もヴィシュヌも其れをギリギリで左腕でガードし、そうして戦う事凡そ三十分……


「此れで決めます!」


至近距離での打撃の打ち合いに、ヴィシュヌは突如として下からの蹴り上げを繰り出して来た。
一夏は其れに超反応してギリギリで回避したのだが、ギリギリの回避だったので、どうしても一瞬動きが止まってしまう――そしてその一瞬の動きの停止はヴィシュヌにとって好機であり、其処から踵落としに繋いだのだが……此処で一夏は自ら倒れる形で踵落としを回避するとブレイクダンスのような動きから蹴り上げを放ち、其れをギリギリで回避したヴィシュヌは逆に一瞬動きが止まってしまった。
そして其の隙を見逃す一夏ではなく、逆立ち状態から放った蹴り足をヴィシュヌの首に絡ませると、そのままフランケンシュタイナーでぶん投げて見せた。
其処に追撃のフラッシュエルボーを繰り出した一夏だが、ヴィシュヌは其れを紙一重で回避し、グラウンドから鋭い蹴りを放ち、一夏は其れをギリギリでガードし、逆にその蹴り足を取って電光石火の足四の字固めをガッチリと極めて来た。
プロレスの古典技である足四の字だが、完璧にガッチリと決まった足四の字から逃れる術はなく、何とか逃れようと足掻いたヴィシュヌが3分後に逃れられないと判断してギブアップして決着となった。


「まさか、解く事が出来ないとは思いませんでした。」

「足四の字はシンプルだけど効くんだよ……裏返されたら共倒れになったけどな――裏返されると俺も痛いからな。」

「ある意味で諸刃の剣なんですねぇ、この技は。」

「だな。」


そしてトレーニング後にシャワーで汗を流したら夕食に良い時間だったので食堂で夕食となり、食堂に箒と円夏と鈴と乱も居たので一緒に食べる事になった。
注文はヴィシュヌは『生姜焼き定食』、円夏は『ミックス海鮮フライ定食』、箒は『唐揚げ定食』、鈴は『チキン南蛮定食』、乱は『トンカツ定食』を注文していた、そして一夏はと言うと……


「俺は……味噌カルビ丼の特盛。
 其れが飯で、おかずはコロッケとサバの味噌煮とシーザーサラダと回鍋肉。そんで味噌汁の代わりにラーメン。牛乳はパックで。」

「アンタ、相変わらずメッチャ食うわね?」

「自分でも燃費の悪い身体と思ってるよ……天羽組のアニキ達に鍛えられた結果なんだが、闇医者の氷室さん曰く俺の身体は『全身が遅筋と速筋の両方の利点のみを備えた筋肉になっている』って事だったからな。
 瞬間的なパワーも持久力も兼ね備えてる代わりにエネルギー消費量が常人の数倍になっちまってるんだよ。」

「初見だと驚きますよね此れは……」


量がバグっていた。
天羽組で鍛えられた一夏の身体はある意味で人間の常識を超えたモノとなっており、その代償として常人の数倍のエネルギーが必要になってしまい、特に激しい運動をした後は相当量の食事をしなければ供給が間に合わなくなってしまったのだ。
ともあれ、平和に夕食となったのだが一夏はこのハイパーメガメニューをペロリと平らげ――


「追加で牛丼の特盛とコールスローサラダとメンチカツよろしく!」

「いやぁ、良い食べっぷりだねぇ♪」


追加注文をしたところで一人の生徒が声をかけて来た。
褐色肌に水色の髪をポニーテールにした生徒であり、タイの色から上級生である事が伺えた。


「まぁ、これ位食わないと全然足りないんで……てか、かく言う先輩も凄くないっすか?」

「私も此れ位食べないと全然足りないんだよ♪
 あ、私は二年生のグリフィン・レッドラムって言うんだ。宜しくね、織斑一夏君!」


グリフィンと名乗った生徒のトレイに乗ったメニューも一夏に負けず劣らずに凄かった。
カツカレーの特盛にサーロインステーキ、チーズインハンバーグ、モツ煮、厚切り牛タン塩焼き……女子高生としては凄まじいまでの『肉』に塗れたメニューであると言えるだろう。


「沢山食べる子は好感が持てるよ。
 ねぇ、機会があったら焼肉の食べ放題一緒に行こうよ!君と私が一緒に行けば確実に元が取れると思うんだ♪」

「俺と先輩が一緒に行ったら店潰れませんかね?」

「その時はその時で♪
 それと、先輩なんて堅苦しいから、もっとフランクで良いよ?私堅苦しいの好きじゃないから。」

「そんじゃ、グリ姐で。」

「あは、良いね其れ♪」


初対面にも拘らず割とぐいぐい来るグリフィンだったが、不思議と一夏は其れを普通に受け入れていた。
グリフィンの人柄もあるだろうが、一夏は天羽組との関わりで人を見る目が養われており、グリフィンが自分に対して悪意を持つ人物でないと言う事が分かったので受け入れたのだ。
そして、この日を境に一夏のチームにグリフィンが加わり、一夏はヴィシュヌと打撃メインの格闘を、箒とは剣術を、グリフィンと組み技メインの格闘の訓練を行えるようになり、その地力を更に底上げしていくのだった。


一方でセシリアは――


「織斑一夏……必ず私の前に跪かせて差し上げますわ!!」


射撃の訓練上にてほぼ全弾をド真ん中に命中させていた。
思考形態に難ありとは言え、イギリスの代表候補生であるのは伊達ではなく、少なくとも射撃と言う一点に於いては今年の一年生の中では間違いなくトップレベルと言えるだろう。
但し、セシリアは圧倒的に実戦経験が少なく、戦闘スタイルは所謂『教科書通り』なので、其れが試合で吉と出るか凶と出るかと言ったところだろう。

そうして一夏とセシリアは互いに夫々のやり方でトレーニングを続け、そして遂に決戦の日がやって来たのだった。








 To Be Continued