「新たな『織斑』が誕生していたとはな……流石に予想外だったが、束さんも気付く事が出来なかったんだから俺達が気付ける筈ねぇよな?――束さんに出来ない事は地球人類には絶対に不可能だからな。」

「だけど、其れが納得出来るのが束博士なのよね……束博士は私達とは異なる『進化した人類』なのかもしれないわ。」


先のIS学園襲撃とワールドパージを行った一団の本隊にトドメを刺した謎のISを使っていたのは、水面下で再始動していた『織斑計画』によって新たに誕生した『織斑』である事が束から夏月組と秋五組に知らされていた。

再始動した織斑計画を束が知らなかった理由は単純明快で、束は自分の存在によって凍結された狂気の計画がその後どうなったかなどと言う事はマッタクもって興味がなかったからだ。
もっと言うのであれば、最初の織斑計画で誕生した一夏、秋五、千冬に興味を持ってしまったので『後は知らぬ存ぜぬ好きにしろ』と言った感じであったからだ。


「束が進化した人類だってのは兎も角として、アイツは如何して学園を襲撃して、オレ達の意識を電脳世界に閉じ込めた奴等をぶっ殺して、あの場から去りやがったんだ?
 オレ達に対して何かをする訳でもなかったし……束が言うには、織斑計画の研究者達は既に全員死んでんだろ?だったら、新たな織斑は何をしようとしてんだよ?」

「……織斑計画は最強の人間を、兵器として使える人間を作り出す計画だ。
 其の兵器が自我を持ち、更に倫理的なモノをマッタク教え込まれなかったとしたら、兵器としての本分を果たすべく目に映るもの、手に触れたモノ全てを破壊しようと考えても不思議はないかもな。
 更にそいつ等が俺達の事を知ってるなら、兵器として生み出されながらも人として生き、更には美人の嫁さん多数貰って人生謳歌してる俺や秋五に一方的な恨みを抱いて俺達の事を殺そうと考えても不思議はねぇ……だとしたら、あの時の艦船破壊は俺達への宣戦布告って事なのかもな。」

「新型の『織斑』からの宣戦布告とは予想外ね。
 其れにしても、更識でも再始動した織斑計画の詳細を掴む事は出来ていなかったのだけれど……其れに関しては、既に凍結された計画だと判断して其の後を調査しなかった事が原因ね……終わったと思っても其処で止めてはダメね。」


それはさて置き、新たな『織斑』が少なくとも友好的な存在であるとは言い難いだろう。
先の戦いで敵本隊の艦船にトドメを刺したのは結果的には援護になったモノの、夏月の予想通りに夏月達への宣戦布告であったのならば、何れ戦いは避けられないだろう――新織斑が何処に居るのかが分かれば其処に出向いて叩くだけなのだが、現状では所在が特定出来ていないので其れも難しいだろう。
更に新たに誕生した織斑は最初の織斑計画の時よりも技術が向上した中で誕生しているので夏月や秋五よりも基本能力では大きく上回っている可能性も十二分にあるのだ。


「まぁ、誰が相手だろうと俺達に牙を剥くってんなら相応の対応をするだけの事だ。
 新型って事は俺や秋五よりも性能は良いんだろうが、基本ステータスがドンだけ高くても実戦経験皆無じゃ意味はねぇ……基礎能力激強のレベル1じゃ基礎能力強のレベル1000には勝てねぇんだよ。
 ハッキリ言って、負ける気がしねぇ。」

「逆にアンタが勝てる気がしない相手って居るの?」

「リアルファイトでもISバトルでも勝てる気がしない相手はいないな。」


其れでも実戦経験が皆無であれば夏月達の敵ではないのだろう。
夏月組も秋五組も多くの実戦を経験して底力を引き上げており、夏月組は更識の裏の仕事にも携わっているので其の実力は秋五組よりも更に高く、秋五組の総合戦闘力が一億五千万だとしたら、夏月組の総合戦闘力は五十三億と言った感じなのだから。

何にしても夏月達は退く気は無く、新織斑が敵対行動を取るのであれば相応の対応をする、ただそれだけの事だった。













夏の月が進む世界  Episode91
『プロ世界でのタイマンバトルⅠ~The Fight~』










先の戦いが終結した後はIS学園は平和な日常を送っていた――其の日常の裏では地下にて、先の戦いでIS学園の捕虜となった兵士が地獄の拷問を喰らっていた訳なのだが、多くの生徒はそんな事は知らずに学園生活を謳歌していた。
一応、先の一件後に学園のセキュリティが再度見直され、束が『私が千人集まっても突破出来ないファイヤーウォール』を十連続徹夜と言う一般人には到底出来ない事をした末に構築し、更に同時進行でレーダーの感度引き上げ、感知範囲を学園島を中心に周囲半径10㎞まで拡大し、学園島防衛用に夏月組、秋五組、亡国組の戦闘データをインストールした最強クラスのアンドロイドIS『ガーディアン・ターミネーター』までをも開発して学園島の防衛に当たらせていた――濃密な十連続徹夜を終えた後、束は三十二時間目覚める事無く眠り続けた訳だが。


「一夜夏月入ります。」


そんなある日の事、夏月は放課後職員室に呼び出されていた。
夏月が何か問題を起こしたと言う訳ではなく、学園外から夏月に対しての動きがあったのだ。


「あぁ、来ましたね一夜君。」

「えっと、俺は何で呼び出されたんですか山田先生?」

「其れはですね……一夜君に試合の申し込みがあったんです。其れもプロの世界から。」


其れは夏月にプロのISバトルでの試合の申し込みだ。
夏月と秋五はタッグを組んでプロのISバトルの世界に鮮烈なデビューを果たしたが、デビュー戦後は絶対天敵との戦いが勃発した事でISバトルを行うどころではなくなり、夏月も秋五も前線に出ていたのでそもそも試合は不可能な状態だったのだ。

だが、絶対天敵との戦いが終結したのならば話は別だ。
実を言うと、デビュー戦後に夏月に試合を申し込もうとしてたプロ選手が一人居たのだが、絶対天敵との戦いが始まった事で試合の申請が出来ず、絶対天敵との戦いが終わった事で改めて試合を申し込んで来たのだ。

秋五の方には申し込みがなかったのかと思うだろうが、過去の彼是が明らかになり、絶対天敵との戦いに於けるラスボスと化しても『織斑千冬』の『ブリュンヒルデ』のネームバリューは健在だった――近接ブレード一本でモンドグロッソを二連覇した雄姿は未だにIS操縦者の中には強烈に刻まれており、そんな千冬の弟である秋五との試合に名乗りを上げるプロISバトラーは中々居なかったのだ。


「試合ですか……相手は?」

「現在の日本ランキング三位の『八神伊織』ですね。
 学園のOGで、卒業後は国内のISシェア第二位の『徳川開発』に就職して企業代表になって専用機を受領しています……私も現役時代に試合をした事がありますけれど、アスリートとしては相当に強いですね。
 ハッキリ言うと、八神さんが三位なのは専用機の性能が二位と一位に劣っているからだと思います――徳川開発の専用機は、汎用性には富んでいますが、八神さんの力を最大限に発揮出来るかと言われれば其れは否です――八神さんは特化型だったので、汎用型では其の力を十二分に発揮出来ませんから。」

「本来の実力を発揮出来なくても日本三位か……自分に合った専用機を持ってたら間違いなく日本のプロでトップになってただろうけど、其れだけに相手にとって不足はないですよ山田先生。
 寧ろ俺にとっては最高の相手です。」

「それじゃあこの試合は受けると言う事で良いですね?」

「勿論です。
 それと、秋五に挑まなかった連中に一括で連絡入れて貰っても良いですか?……『ブリュンヒルデの影に怯えてるようじゃ話にならない』ってね。」

「それは……とっても良いですね♪」


夏月の相手は現在の日本ランク三位の実力者で、IS学園のOGでもあった。
其の実力は真耶も認めるほどであり、入学した直後に当時の生徒会長に挑戦状を叩き付けて勝利し、卒業までの三年間生徒会長の座を守り続けた猛者であり、完全な自分用の専用機があれば国家代表とも遣り合う事が出来るレベルだったのである。

予期せぬプロの世界での試合となった夏月だが、その顔には笑みが浮かんでいた――デビュー戦はタッグだったので、プロの世界では初となる一対一の試合である上に相手は日本ランキング三位の猛者と来ているのだから滾らない方が嘘と言えるだろう。

試合を承諾した夏月は、職員室から出る前に、真耶から学園時代の伊織の試合映像を受け取っていた――伊織が卒業したのは五年前なので、現在の伊織とは異なる部分もあるが、其れでも戦い方の根本は早々変わるものではないので、夏月は楯無達と一緒にその映像を見て伊織の弱点を徹底的に明らかにしようとしたのだ。


「ちょっと待って、少し巻き戻して……其処でストップ。
 派手に吹っ飛んだように見えるけれど、此れは自分から後ろに飛んでダメージを逃がしているわね……機体は汎用型だけど彼女自身は完全なインファイターで、タイプとしては夏月君と同じだけれど、夏月君が攻撃型だとしたら彼女は防御型ね。
 近距離で戦いつつも鉄壁の防御で相手にクリーンヒットを許さず、カウンターを叩き込む――今止めたシーンでも自分で後ろに飛ぶ際に相手を蹴って飛ぶ勢いを増しているわ。」

「自分は後ろに飛んでダメージを逃がしながらも相手に蹴り入れてダメージを与えるとか中々の高等スキルを身に付けてやがるぜ……完全に自分専用の機体を使ってたら間違いなくぶっちぎりで日本のプロリーグでトップになってた筈だぜ?
 プロじゃなくて、国家代表の方に進んでたらモンドグロッソを制覇してたのは彼女だったかもしれねぇな……」


だが、映像を見る限りでは弱点らしい弱点は今のところ見つからず、戦闘スタイルが防御型のカウンタータイプであると言う事が分かっている程度だ。
防御型と聞くとシールドエネルギーを削り切って勝つのではなく、所謂『判定勝ち狙い』と思いがちだが、八神伊織の場合は防御を固めてジャブを確実に当てるのではなく、ガードだけでなく受け流しやダッキング、スウェーバック等々、あらゆる防御スキルを使って徹底的に被ダメージを小さくしつつも破壊力抜群のカウンターを叩き込んで相手のシールドエネルギーを削り切るスタイルなのだ。
カウンターは相手の攻撃が強力であればあるほど其の威力を増すので、攻撃型の夏月にとっては相性が悪いだけでなく、夏月の最大の必殺技は神速の居合であり、其れを躱されてカウンターを叩き込まれたら、其れこそ一撃でシールドエネルギーをゼロにされてしまうだろう。


「……ん?アレ、さっきの試合の映像でもカウンターが出始めたのって此れ位のタイミングだったような……気のせいかな?」

「如何した静寐、何か気付いたか?」

「あ、うん。
 大した事ではないかもしれないけど、八神さんってカウンターを繰り出すのが試合が中盤に差し掛かってからだなって思ったの――ある程度試合が進まないとカウンターを出してない気がしたんだ。」

「……確かに、言われてみれば彼女は試合の中盤以降にしかカウンターを使っていない……決定的な弱点を探す事に気が回ってしまっていたが、此れは大きな収穫だよシズネ!
 つまり、彼女は序盤は見に回って相手の動きを観察してカウンターのタイミングを計っていると言える訳だ……だが、逆に言えば其処に弱点がある。」


だが此処で静寐が八神伊織がカウンターを使い始めるタイミングに言及して来た――決定的な弱点を見付ける事に重きを置いていた楯無達は無意識の内にカウンターを使い始めるタイミングを無視していたのだ。
更に其れを皮切りにナギと神楽も八神の防御スキルとカウンターのクセに気付いた――短期間で夏月の嫁ズにまで上り詰めた彼女達の能力は凡百なモノではなかったのである。

其処からはとんとん拍子に話が進み、夏月は試合に向けてのトレーニングを重ね、其の実力を更に底上げするのだった。








――――――








其の一方で、夏月の対戦相手である八神伊織もまた試合に向けて入念な準備を進めていた。
夏月の学園外の公式試合の映像はデビュー戦のタッグマッチのみだが、学園内の試合の映像がないかと言われれば其れは否――学年別クラス対抗戦や学年別タッグトーナメントには学園外部からも観客がやって来ており、当然彼女が籍を置いている徳川開発も其れ等の試合を観戦に訪れており、その際に試合を録画しており、伊織はその映像を見て夏月対策を練っていたのだ。


「強いな彼は……防御スキルには自信があるけれど、此れは全てを見切ってカウンターを叩き込むには何時もよりも時間が掛かりそうだ……だが、其れだけに楽しめそうだな。
 絶対天敵を退けた其の力、試させて貰うよ。」


伊織は現在の自分のランクに不満はなかったが、四位以下の実力には正直なところ失望していた――ランキング四位以下の選手が決して弱い訳ではないのだが、伊織には楽に勝てる相手ばかりで、ランキング三位の地位を脅かす相手は居なかったのだ。
だが、此処に来て先の絶対天敵との戦いで大きな成果を挙げたIS操縦者が現れた――其れが、鮮烈なプロデビューを果たした夏月だったとなれば挑戦状を叩き付けずにはいられなかった。
日本のランキングの一位と二位には機体性能で劣るので現在でも勝利出来ていないが、其れでも年間試合数の限界まで挑戦していたので、強い相手との戦いを求めずには居られないのだろう。


「伊織ちゃん、お疲れ……今度の試合、勝てそう?」

「アタシは勝つ気で行くけど、正直今の機体じゃ勝つのは難しいだろうとも思う……今の機体は汎用性は充分なんだけど、アタシの力を十二分に発揮出来るかと言われたら其れは否だ。
 良い機体だとは思うけどアタシの力を120%引き出す事は出来てない……此れじゃあ一夜夏月には勝てない。」

「成程ね……だけど、そんな伊織ちゃんに朗報を持って来たよ。
 なんと、今度の試合に先駆けて徳川開発は完全な伊織ちゃん専用機の開発を行ってて、其れがもうすぐ完成するんだ――試合までは未だ時間があるから調整も十二分に行えるよ。」

「マジか!それは確かに朗報だわ!」


更に嬉しい事に、今度の夏月との試合を前に徳川開発が伊織用にフルチューニングした完全専用機を完成させようとしていたのだ。
此れは夏月との試合に合わせたと言う訳でなく、たまたまタイミング的にバッチリ合ったと言うだけで、徳川開発は伊織用の専用機の開発は以前から計画されていたのだが、完全に伊織専用にする為には膨大なデータが必要になるので、先ずは汎用型の専用機で徹底的に、其れこそ年単位でのデータ収集を行ってから完全専用機の開発に着手し、此度夏月との試合前に完成の目途が立ったのだ。
加えて試合までに調整をする時間も十二分に用意されているので、伊織は本当の意味で120%の力をもってして夏月との試合に臨む事が出来ると言う訳である。
更に、此の機体は徳川開発の中でも開発チーム以外には秘匿されており、伊織のマネージャーも今しがた聞かされたばかりであり、『伊織以外には口外しない事』と念を押されていた。


「其れと分かってると思うけど伊織ちゃん、此の機体の事は……」

「分かってる、『口外するな』でしょう?
 一夜夏月、彼はきっとプロとしての私の試合映像なんかを見て研究してくるだろうけど、自分の知ってる機体と違う機体で出て来たら驚くだろうし、事前の対策が通用しないかもと思わせる事が出来たら儲けもの……僅かでも動揺すれば、其処に必ず隙が生まれるモノだから。」


当然此の機体は試合当日まで明らかにされる事なない――尤も束ならば此の新型機の詳細を調べ上げる事は可能なのだが、束は此の新型機の存在を知りながらも其れを夏月達に伝える事はしなかった。
此れが戦争ならば伝えているのだが、あくまでも今度行われるのは試合であり、試合であるのならば試合当日のサプライズもエンターテイメントの観点からすれば全然アリなのだ。
なによりも束は新型機の情報を伝える事を夏月が望んでいないと分かっていた――夏月は一夏だった頃から試合前に事前の調査はするモノの、当日に突然相手が変わったら其れは其れで楽しんでいる節があったからだ。
加えて、束自身が初見の機体に対して夏月が如何戦うのかを楽しみにして居るのである――だから伊織の新型機は試合当日、更には試合が始まる其の時まで関係者以外は誰も其の詳細を知る事が無かったのだった。








――――――









試合当日、東京をはじめとして日本全国に合計十二個存在している『ISバトルアリーナ』のうち、夏月と伊織の試合が行われるのは大阪の『K〇NA〇Iバトルアリーナ』(以下『大阪会場』と表記)だった。
嘗てはプロ野球の『大阪ドーム』として存在していた球場だったのだが、近年ではサッパリ使われなくなったところをK〇NA〇Iが買い取ってISバトル用のアリーナに改築した会場だ。
会場のキャパシティは東京アリーナの倍であり、現在の日本国内のISバトル会場としては最大規模であり、国内のISバトルの聖地とも言われており、現在の日本のプロISバトラーにとって、大阪会場で試合をすると言うのは最大の憧れでもあった。
そして此の日、IS学園は自由登校となっており、事前に申請してた希望者は大阪会場に試合の観戦に来ていた――希望者分のチケットは学園側で用意したので生徒の出費は東京から大阪への新幹線代だけである。

大阪会場は会場外に、大阪名物の『タコ焼き』、『お好み焼き』、『串カツ』の屋台が出店しており、夏月の応援にやって来た生徒達も試合前に屋台グルメを堪能していた。


「右手にネギま、ブタ玉ねぎ、ウズラの卵、ウィンナーの串カツを苦無のように持って、左手にはタコ焼きとお好み焼きと焼きそばのパックを装備……してる状態で更にジャンボ串焼きの屋台で全品注文してるグリフィン――何時も通りね。」

「グリフィンはアレがデフォルトだろうタテナシ。
 しかし、タコ焼きとお好み焼き、そして焼きそばにマヨネーズは素晴らしく美味だ……このソースとマヨネーズの何とも言えない絶妙な組み合わせが最高じゃないか!」

「ソースとマヨネーズの組み合わせも日本人が生み出した美味しい組み合わせよね……そもそもにして、マヨネーズを進化させたのも日本人なのよね?
 辛子マヨネーズや明太子マヨネーズは市販されてるレベルだし……私的には味噌マヨネーズはガチ最強だと思ってるわ。」


楯無達も屋台グルメを堪能した後に夏月の控室に向かって行った。
其の控室で夏月は試合前に精神を集中していた――


「……試合前なのに食べるわねぇ?」

「普通なら自殺行為だけど、強化人間の夏月は脅威的な消化能力とエネルギー変換能力を持ってるから寧ろこれは良い事……『グラップラー刃牙』の主人公の刃牙と同じ。」


と言う事はなく、大きめのタッパに詰められたおじや、大量の梅干し、そして炭酸を抜いたコーラを平らげたところだった。
試合前に食事と言うのは普通ならば有り得ない事なのだが、織斑計画で生み出された夏月は食べた食物を即時消化してエネルギーに変える事が可能となっており、そう言う意味ではエネルギー源となる炭水化物である米を消化し易く柔らかくした『おじや』、疲労回復と活力強化の効果があるクエン酸を多く含んだ『梅干し』、エネルギー源であり脳の働きを助ける糖分の塊である『コーラ』の組み合わせは最強の食事なのである。

その食事を終えた夏月は、控室のソファに寝転がるとあっと言う間に眠ってしまった――試合ギリギリまでエネルギーを溜め込む気なのだろう。


「試合前に飯喰らって更に寝るとかドンだけ肝が据わってんだテメェは……負けんじゃねぇぞ……っ!?」

「如何したのダリルちゃん?」

「いや、コイツの身体スチームみたいに熱くなってる……だけど汗は掻いてねぇ……まるで、エンジンが何時でも動けるように予め温められたってところなのか此れは……?」


何気なく夏月の額に触れたダリルは、其の熱に驚かされたが、眠っている夏月の表情は穏やかで、其の熱に苦しんでいる様子はなく、寧ろ其の熱ですらエンジンの暖機運転のようなモノであったのだ。


そして其れから十数分後――


『一夜夏月選手、第一ピットルームに移動して下さい。』

「……あふ、いよいよか。少し待ちくたびれたぜ。」


控室に夏月にピットルームへの移動を伝える放送が入り、其れを聞いた夏月は目を覚まして一つ伸びをすると、手で顔を叩いて目を覚ますと同時に気合を入れる。


「夏月君、多くは言わないけれど……勝って来て、其れだけ。其れが私達の総意だから。」

「楯無……勿論、俺は最初から勝つ気しかねぇよ――試合する前から負ける事を考える奴は居ねぇ、だろ?」

「確かにその通りね……なら、最高の勝利を私達にプレゼントしてくれるかしら?」

「OK。最高の勝利を皆にプレゼントするよ。」


そうして夏月はピットルームに向かうと羅雪を展開してカタパルトに入り――


「一夜夏月。騎龍・羅雪、行くぜ!」


アリーナへと飛び立ち、夏月がカタパルトから現れると、会場は割れんばかりの歓声に包まれたのだが、続いて伊織がカタパルトから現れると、一転して会場は静まり返った。
其れも其の筈――伊織が纏っていたのは、此れまで使っていた機体とは全く異なる機体だったのだから。

全身装甲の其の機体は細身でありながら、しかし力強さを備えた、西洋の騎士と日本の侍を融合した見た目をしていた――此れこそ、徳川開発が『完全伊織用』として完成させた新型機『スサノオ』だったのだ。
日本神話に於ける最強最大の怪物である『八岐大蛇』を倒した『須佐之男命』の名を冠したのは、其れだけ其の機体性能に自信があり、同時に伊織の実力を信じての事だろう。

一方の夏月は、試合映像とは異なる機体で来た事に驚きはしたモノの……


「(ここで新型とは大盤振る舞いしてくれるじゃないか……逆に燃えて来たぜ!)」


怯む事はなく、逆に胸の奥の闘魂が起爆して一気に闘気が高まっていた。
夏月も伊織も全身装甲の機体で唯一あらわになっている口元に笑みをたたえて試合の開始の合図を今か今かと待っていた――試合開始前から既に『気組み』の状態となっており、見る人が見れば、ぶつかり合った闘気が発する火花放電を見る事が出来ただろう。


『一夜夏月vs八神伊織!ISバトル、ドライブイグニッション!!』


そして試合開始が告げられ、夏月と伊織は同時に地を蹴って上空に舞い上がる。


「行くぜ……初っ端から全力でな!!」

「来い一夜夏月……持てる力の全てを出して来い!そうじゃなければ私を倒す事は出来ないぞ!!」

「言われるまでもねぇ……出し惜しみなしの全力全壊で行ってやるぜ!!」


こうして始まった夏月と伊織の試合は、先ずは激しい空中戦が展開されるのだった――但し、其の戦闘はハイレベル過ぎて一般の観客には何が起こってるのか分からないので、オーロラヴィジョンにスロー映像が流されると言う異例の事態になってしまったのだが。


「始まったか……」

「事前情報なしの新型を相手に、お前が如何戦うか見させて貰うぞ。」


初っ端からの熱い展開に盛り上がる会場の中、立見席にはフードを目深に被った者やサングラスやバイザーで目元を隠した男女の姿もあった――言うまでもなく再始動した『織斑計画』によって誕生した新たな『織斑』達であり、其の視線はアリーナで戦っている夏月に向けられてたのだった。










 To Be Continued