箒を狙ってIS学園に攻撃を仕掛けて来たロシア、中国、北朝鮮の残党で構成された部隊は夏月組の主戦力である楯無達を『ワールドパージ』で電脳世界に閉じ込める事に成功し、学園島への上陸も果たしていたのだが、学園島に上陸した先で待っていたのは悪鬼羅刹も逃げ出すレベルの悪魔だった。
「ふん、マッタクもってつまらんな?
よくもまぁ、此の程度の腕前で学園を襲撃して箒を攫おう等と考えたモノだ……貴様等程度の相手なら、1ダースを相手にしてもホットドッグを食いながら片手で始末出来るわ。」
「殺してねぇのは、夏月達に『人殺しの弟』の烙印を捺さないためなんだろうが、死んでねぇだけでコイツ等は二度と真面な生活を送る事は出来ねぇだろうな……腕や足の骨が折れただけなら兎も角として、腰椎の骨折、失明、両耳鼓膜破壊と来たらな……」
「此れで消し炭になりなさい……死なない程度に火力は抑えて上げたから、意識を失うまで生き地獄を味わいなさい。」
「でもってスコールの相手は死なない程度に全身火傷だからなぁ……皮膚移植をしても、筋肉まで焼かれてるから身体には不自由が残るのは間違いねぇよな……姉と母は絶対に敵に回しちゃならねぇって事を実感したぜ。
かく言うオレも、不殺戦法で生き地獄を味わわせてるんだけどよ。」
「コイツ等には安易な死はくれてやらん。」
其の悪魔の正体はマドカとスコールとオータムとナツキ。
IS学園の防衛部隊はマドカ達以外に秋五組、真耶率いる教師部隊が存在しており、夫々の戦闘力がバチクソ高いので襲撃者に対しても其の力を遺憾なく発揮して撃退してたのだが、マドカ達はレベルが違い過ぎた。
スコール、オータム、マドカ、ナツキの四人は亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』のメンバーで、スコールはその隊長でオータムは副隊長、マドカとナツキは最上級隊員なので其の戦闘力はずば抜けており、襲撃者を圧倒していたのだ。
「ぐ……そこを通せぇぇぇ!!」
「其れは出来ん相談だ。
まぁ、私としてはお前達のような馬鹿は嫌いではないのだが……今日の私は過去最大限にブチキレているのでな、あんまりドタマに来させると、マジで死を見るぞ貴様等……!」
其れでも突っ込んで来た兵士に対し、マドカはカウンターの居合を喰らわせて機体を解除すると、生身となったパイロットの顔面に拳を叩き込み、更に頭を掴んで地面に叩き付け、其の頭を踏みつけて他の隊員を睨み付ける。
体格で言えば此の場では一番小柄なマドカだが、其れが逆に襲撃者にとっては恐怖だった――子供のような体格でありながら大人の、それもプロのIS操縦者を圧倒しているのだから。
加えてマドカが倒した相手は生きてはいるモノの此の先日常生活を普通に送る事は出来ないレベルで身体が破壊されており、複雑骨折や粉砕骨折で済んだら運が良い、頚椎損傷や脊髄損傷は当たり前、視覚、聴覚、嗅覚のいずれかを失うのは少し不幸、三つとも失ったら不幸だった、植物状態になったらマドカの怒りの真髄を受けたと言った感じだろう。
其のマドカのヤバさに隠れているが、スコールも中々にヤバい攻撃をしており、襲撃者達を死なない程度に燃やして、『皮膚移植』が必要なレベルの火傷を負わせただけでなく皮下の筋肉にもダメージを与えて身体の深層にもダメージを与えていた。
「学園の戦力を読み違えたなぁ、オイ?
確かに夏月達は現在のIS学園における最強クラスの戦力ではあるが、夏月達を無力化しただけではIS学園は揺るがん……最低でも、専用機持ち全員を無力化しない限りはな!
己の浅はかさと脳味噌の足らなさを恨んで沈め!」
「あっぴゃーー!!?」
マドカはまたも敵の機体を解除すると、今度は其の相手に『キン肉バスター』をぶちかましてKO!……頚椎、両肩、両大腿部が破壊された相手は残りの人生は病院のベッド暮らしになるのは間違いないだろう。
取り敢えず万が一どころか、億に一、否兆に一つも亡国のメンバーが防衛に当たっている場所から敵がIS学園内部に侵入する事はないと言って良いだろう――其れほどの圧倒的な戦闘力の差が存在しているのである。
夏の月が進む世界 Episode90
『現実世界と電脳世界で粉砕!玉砕!大喝采!』
マドカ達が圧倒的な力の差を示していた頃、真耶率いる教師部隊も敵部隊を教師部隊用にカスタマイズされているとは言え、第二世代の『打鉄』と『ラファールリヴァイブ』をもってして圧倒し、制圧まで秒読みとなっていた。
教師部隊は『機体性能差をパイロットの腕でカバー出来る人材』が揃っており、そうなったのは真耶が教師部隊の隊長を務めるようになってからの事だったりする――真耶は『絶対的強者が操る専用機は間違いなく最強だけれど、並のパイロットが操縦する専用機であるのならば強者の操縦する汎用機で充分対応出来る』と考えており、教師部隊のパイロット技術を徹底的に底上げした結果、此度の襲撃者に対しても優位に戦いを進める事が出来ていたのである。
「山田隊長、コイツ等は如何様にしましょうか?」
「そうですねぇ……取り敢えず地下の懲罰房に放り込んでおいてください――どんな沙汰が下されるのかは此れからになりますが、学園の生徒を危険に晒したのは間違いないので、場合によっては少し痛い目を見て貰わないといけませんからね?
そうなった場合、声が外に漏れない地下の方が生徒達の精神衛生にも悪影響がないと思いますから♪」
「り、了解しました……(その笑顔が逆に怖いわ……!)」
教師部隊に倒された相手は、次々と地下の懲罰房に放り込まれる事となり、その先に地獄が待っている事が確定しているとも言えた。
そして一番の本命とも言える秋五達はと言うと……
「私を捕らえて姉さんを意のままにしようと言うのは悪くない手だったが、姉さんが凄過ぎる事で私を侮ったのが貴様等の一番の敗因だ――確かに私は姉さんと比べれば大きく劣るが、だからと言って貴様等に良いようにされるほど弱くはない。
姉さんが最強の天才であるのならば、私は最強の凡人と名乗らせて貰うさ。」
襲撃者の一番のターゲットである筈の箒が襲撃者達を圧倒していた。
同時に此の光景こそが襲撃者達にとっての最大の誤算だったと言えるだろう。
襲撃者達は束の凄さは当然知っており、だからこそ其の束を意のままに操ろうと箒を攫おうと考えたのだが、箒自身が一体どれだけの力を持っているのかと言う事に関しては全く考えていなかったのである。
確かに箒は束と比べれば身体能力でも頭脳でも圧倒的に劣っているのだが、其の差を分かり易く表現するなら、束が『超サイヤ人3の悟空』であるのに対し、箒は『地球人最強であるクリリン』と言ったところなのだ。
箒は束に勝つ事は出来ないが、しかしだからと言って『そこそこに強い相手』では勝てるレベルではないのだ。
そして秋五組は其の箒よりも強い秋五がリーダーであり、セシリアは広い視野を持ったBT兵装による空間攻撃が出来るスナイパー、シャルロットは武器の高速切り替えを使ってあらゆる戦局に即座に対応が可能なオールラウンダー、ラウラは相手の動きを完全に停止できるAICがあり、オニールは歌による味方のバフを行い、ナターシャは広域攻撃『シルバーベル』で敵部隊のシールドエネルギーをガリガリと削り、清香と癒子とさやかも機体の能力を十二分に発揮して戦闘を有利に進めていた。
其れだけでも十分強いのだが、秋五組には箒の『絢爛武闘・静』によるシールドエネルギー回復と、シールドエネルギー回復効果を機体の攻撃力の上昇に使う事も出来るので、箒が健在である限りは負ける事は皆無と言えるだろう。
そうであるのならば箒を真っ先に戦闘不能にすればいいかとも思うだろうが、箒自身が強い上に絢爛武闘・静は箒自身も回復するので、箒を一撃で戦闘不能にする手立てがない状態では、秋五組との戦闘は戦闘開始前から詰んでいると言っても良いのである。
「セシリア、今回はお前に此のエネルギーを渡す!」
「箒……有り難く貰うわ!」
此処で箒は絢爛武闘・静のシールドエネルギー回復能力を使ってセシリアの機体エネルギーを100%オーバーにして余剰エネルギーをBT兵装と二丁ライフルに充填させると、セシリアはBT兵装用に搭載されたマルチロックオンで複数の敵をロックすると、二丁ライフルとBT兵装から一気にレーザーを放つフルバーストを行い、敵部隊に大ダメージを与える。
更に追撃としてナターシャがシルバーベルを叩き込んで戦闘不能にしたのだが、其れでは終わらず新たな部隊がやって来た――敵部隊は、『質より量』とは言わないが、数だけは多いので一部隊が戦闘不能になっても直ぐに次の戦力を送り込む事が出来るのだ。
其れが出来るのも、此の敵部隊には嘗ての大国で人口も多かったロシアの残党が同士を引き連れて来たからなのかもしれない。
「まだ来るか……第一陣が失敗した時点で撤退するのが最善策とは思うが、そんな選択を出来ないほどに私を捕らえたいと言う事か……そうして数多の犠牲の上に私を捕らえたとしても、姉さんに対しては私は人質にはならんのだがなぁ?
姉さんならば私を捕らえた連中を全滅させた上で私を救出するくらいの事はやってのけるだろうからな……私は簡単に捕らわれて堪るかと思ったが、態と捕まって姉さんにコイツ等を壊滅して貰った方が手っ取り早いのではなかろうか……なぁ、秋五?」
「其れは確かにそうかもしれないけど、束さんが本気でブチキレたら箒を攫った相手を滅殺するだけじゃなく、周囲を焦土にしかねないから其れは止めた方が良いと思う……本気を出した束さんは全力全壊だから。」
「……そう言われると私は姉さんに愛されているのだと実感出来るのだが、改めて姉さんの凄さとぶっ飛び具合も感じてしまうな……だが、だからこそ姉さんの手を煩わせる事も無いか。
秋五、一夜達が戻ってくる前に終わらせよう――少しばかり、驚かせてやろうじゃないか一夜達をな。」
「そうだね……其れも良いかも知れない。」
しかしその増援に怯む事はなく、逆に秋五達は闘気を高めて第二陣と向き合う。
同様の増援は真耶率いる教師部隊、亡国部隊の方にも出撃して来たのだが、教師部隊も亡国部隊も増援程度では揺るぐ事はなく、圧倒的な力の差をもってして増援を蹴散らす事になったのだった。
「増援……此の状況では自殺願望者が増えたに過ぎん!
ならばその願望を叶えてやる……喰らえ、キン肉ドライバー!!」
「でもってオレはキン肉バスター……いや、アシュラバスターか?……まぁ、どっちでもいいが、そして――」
「ドッキングしてマッスルドッキングだ!!」
亡国部隊の方は、マドカとオータムが正義超人軍最強無敵の合体攻撃をぶちかまして敵二人を完全粉砕……姉と姉貴分の合体攻撃が強烈無比なだけでなく、スコールの轟炎によるシールドエネルギー貫通攻撃と、ナツキのフルバーストによって敵部隊の第二陣もあっと言う間に壊滅状態となったのであった――第二陣を戦闘不能にした後、マドカは学園島から飛び出して敵の本隊に向かう勢いだったのだが、其れはスコールとオータムで止めていた。
敵本隊が何処に居るのかはとっくに束が調べ上げているのだが、其の詳細は未だ伝えられていなかった――本隊の所在が不明なままでは、此度の一件を引き起こした連中を逃がしてしまう可能性があるのだが、束は其の可能性を考慮しつつもギリギリまで所在を明らかにする気は無かった。
「作戦は失敗したけど自分達は何とか逃げられる、そう思った先に現れたのは自分にとっての死の存在だった絶望を抱いて地獄に堕ちろよ、箒ちゃんを狙ったクズ共が。
お前等は束さんを怒らせたんだ……楽に死ねると思うなよ?最大の苦痛を味わった上に、最大の絶望を喰らって死ね……ついでに言うと、地獄の閻魔と話を付けて、お前等全員、死んだら『冥獄界』行き確定だから。」
箒を狙われた事に対して束は完全にブチキレており、襲撃者に対して最大限の絶望を味わわせる為に、襲撃者本隊の所在を明らかにしなかったのだ。
襲撃者達は箒を狙った事で束を意のままに操るどころか、束の逆鱗に触れて最強最悪の『天才にして天災』の怒りを爆発させてしまったのだ――『篠ノ之箒を人質にすれば篠ノ之束を意のままに出来る』と考えた時点で詰んでいたのかも知れないが。
どんな形にしても、束が介入して来た時点で敵部隊は敗北決定と言って間違いないだろう――束は、其れだけの力を持っているのだから。
――――――
秋五達が現実世界で奮闘している頃、夏月は電脳世界にてヴィシュヌの記憶を取り戻し、新たに現れた巨大なモンスター『ライトニング・ゴッド・ミノタウロス』との戦闘を行っていた。
ポイズンスパイダーやロックゴーレムと言った此の世界での巨大なモンスターを遥かに凌駕する巨躯と、其の巨躯から繰り出される物理攻撃は一撃必殺レベルなだけでなく、魔法・特殊攻撃も強力だった。
『ウガァァァァァァァ!!』
高濃度に圧縮した魔力を一気に放っての雷攻撃は喰らったら一撃で戦闘不能は間違いないだけでなく、攻撃範囲も広いので全滅してしまう可能性も充分にあるだろう。
『確かに凄まじい雷だが、ISのコア人格となった私にはISのデータだけでなく様々な情報がデータとして記録されているのでな、其の雷を無効にする事位は朝飯前だ!』
だが、半実体化した羅雪が手を掲げると其の雷が反射し、逆にミノタウロスに大ダメージを与えていた。
「えっと、何やったんだ羅雪?」
『お前達の部活動の様子も見ていてな、遊戯王のカードもデータとして蓄積されているのだ。
其の中にはお前達が使ったカードだけでなく、見た事のあるカードも含まれているのでな、今では最早使われる事はなくなったカードだが、『避雷針』のカードを使ったのだ。
サンダーボルトを打ち返すカードは、雷系の魔法に対しても有効だったようだな。』
「其れはまた、何でもありですか……」
「突如現れた彼女は一体何者なのだろうか?身体が透けているが……」
「夏月の守護精霊かしら?」
「……守護精霊か。まぁ、あながち間違いでもねぇか。」
其れは羅雪内に蓄積されていたデータの中にあった遊戯王のカードを使ったモノだった――此処が電脳世界で、羅雪がISのコア人格であるからこそ可能な反則技と言えるだろう。
しかし、此のまさかのカウンターでミノタウロスには決定的な隙が生まれ、其の隙を突いて全員で猛ラッシュを掛け、夏月は高速居合と空間斬撃の複合技である『無限斬』を使い、ヴィシュヌはバック転の踵蹴り上げから拳と肘と蹴りの超絶連続技を喰らわせたのだがミノタウロスは大ダメージを受けながらも未だ健在であり、倒し切るにはまだ時間が掛かりそうだった。
「俺とヴィシュヌの攻撃だけでも100万近いダメージを叩き込んだと思うんだが其れでも死なないって、ドンだけHPあんだよコイツは……1000万か?其れとも一億か?」
『……どうやらこいつは召喚された英雄であるお前と、『覚醒したキャラクター』でなければダメージを与える事は出来ず、倒すには最低でも覚醒したキャラクターが四人必要な様だ――『覚醒したキャラクター』とは、記憶を取り戻したお前の嫁達と言う事になるのだろうが、そうなるとつまりは、ギャラクシー以外に最低でもあと三人の記憶を取り戻さねばコイツを倒す事は出来ないと言う事だな。』
「……ヴィシュヌの記憶は偶然のキスで取り戻せたけど、キスで記憶を取り戻すってのは結構難易度高いんだがな?」
『其処でショック療法だ。
ショック療法自体はお前も試したのだろうが、此処は電脳世界であり、お前達の身体もデータによって構成されているので物理的なショックでは意味がない……必要なのは精神的なショックだ。』
「精神的なショックって言われても、如何すればいいのか……」
『……私はISのコア人格で、更に覚醒状態にあるので待機状態でもお前達の様子を知る事が出来るのだが、其れだけにお前達の『恋人の夜の営み』もバッチリ目撃してデータとして記録しているのでな……そのデータを直接更識達に叩き込む!!』
「堂々と見てんじゃねぇよ!目を逸らせよ!コア人格の世界に戻ってろよ!姉に目撃されてたとか最悪極まりねぇだろ馬鹿野郎!」
ミノタウロスは可成りの難敵であり、倒すには『最低でも覚醒した英雄が四人必要』であり、覚醒した英雄とはつまり記憶を取り戻した楯無達なのだが、『キスで記憶が蘇る』となると難易度が高いので、簡単ではない。
だがしかし、此処で羅雪がまさかの一手を打ち出して来た――夏月と嫁ズの『深夜放送限定』、『禁則事項』、『未成年閲覧禁止』、『検閲により削除』な『夜のISバトル』の記録を楯無達に叩き込んだのだ。
其れを受けた楯無達は全員が一気に赤面してオーバーフロー。
自身と夏月が愛し合っている光景が無修正で叩き込まれ、更に音声に所謂『ピー音』が入らずに淫らで、しかし愛故の言葉を口にしている音声が再生されたとなればオーバーフローするのも致し方ないだろう。
無論一時的に無防備な姿をミノタウロスに晒す事にはなってしまうのだが、其処は夏月とヴィシュヌがフォローし、ヴィシュヌの攻撃で装備品スキルの『フリーズ(2ターン行動不能、スピードダウン)』が発動してミノタウロスの動きを止めたのだった。
「ちょっ……な、なんてモノを送り込んでくれるのよお義姉さん!さささ、流石に素面の時にこんなモノ脳内で強制再生させられたら脳ミソバグるわよ!?」
「此れほどまでに私を乱れさせ狂わせた夏月は、流石と言うべきなのかな……こうして改めて脳内で映像が再生されると恥ずかしい事この上ないが。」
「亡国機業のエージェントとして、ハニトラを行う訓練も受けてるからあっちの方の耐性は付いてた筈なんだが、其のオレがあんなになっちまうとは……お前マジでドンだけ絶倫なんだよ!」
だが、其の効果は絶大で楯無達は一気に記憶を取り戻す事になったのだ……精神的なショックならばもっと別にあるような気がしなくもないが、取り敢えず全員無事に記憶を取り戻す事が出来たのは僥倖だったと言えるだろう。
『効果は抜群だっただろう?』
「記憶を取り戻す代わりに色々失ったモノも多い気もするけどな……まぁ、今は状況が状況だから其れに関しては横に置いておくが、此の件が解決したら後で全員でコア人格の世界に行くから其の心算でな?」
『……心得ておこう。』
「さてと……記憶は取り戻した訳だが、楯無達は状況理解している?」
「ショックが大き過ぎて理解していないけれど……此処は一体何処なの?
巨大なミノタウロスに私達の此の格好……シミュレーターでチーム模擬戦をしようとしていた筈なのに、どうして私達はこんな所に居るのかしら?……しかもさっきまで私達は本来の記憶がなかったのよね?」
「まるでゲームの世界……でも此の衣装はとっても良いから今度コスプレ衣装で作ろうかな……」
「此の状況で其れを言えるアンタの肝っ玉のデカさに少し驚きだわ。」
記憶を取り戻した楯無達だったが今の状況は理解していなかったので、夏月は簡単に現在の状況を説明した。
シミュレーターが外部ハッキングを受けて楯無達が使用した瞬間に楯無達の意識を電脳世界に閉じ込めてしまった事、夏月は楯無達の意識を取り戻すために電脳ダイブを行って此処に居る事、現実世界ではIS学園が何者かからの攻撃を受けているであろう事、現状で分かっている事の全てを伝えた。
「まさかのリアルソードアートオンライン状態だったんだ……でも、どうやったら此処から現実世界に戻る事が出来るんだろう?」
「その答えは目の前のバカでかいミノタウロスだ。
羅雪が言うにはコイツをぶっ倒すには『覚醒したキャラクター』ってのが必要で、其れは記憶を取り戻したお前達の事なんだが、全員が記憶を取り戻した状態でコイツをぶっ倒せば其れで終いって事だとも言えるだろ?
現実世界に戻る事は出来なくとも、撃破する為の条件が設けられている以上は、コイツをぶっ倒せば何か起きるのは間違いねぇ筈だ。」
「イキナリ馬鹿でかいボスとの戦闘……ミノタウロスって頭は牛だから食べたら美味しいのかも。」
「グリフィン、ミノタウロスを食おうと考えたのは多分お前が初めてだと思うぜ……南米には牛の頭を丸ごと焼いた『ワイルドバーベキュー』ってのがあるのは知ってるけどよ。」
状況を理解し、そしてこの巨大なミノタウロスを倒せば何か起きると聞けばやる事は一つだ。
此処でミノタウロスに掛かっていた『フリーズ』の効果も消えて、ミノタウロスは圧倒的な巨躯から破壊力抜群の攻撃を繰り出して来たのだが、記憶を取り戻して本来の力を発揮出来るようになった楯無達には脅威となる相手ではなかった。
剛腕から繰り出される拳打も、巨木のような足での蹴りも、口から発射される光線も、各種属性の魔法攻撃、それら全てを回避してミノタウロスに攻撃を叩き込んで行く。
確かにこの『ライトニング・ゴッド・ミノタウロス』はHPをはじめとした全てのステータスがぶっ飛んだレベルで高いのだが、其れでも先の絶対天敵との戦いで相手にした怪獣型と比べれば少しだけ劣る上に、電脳世界ならば死ぬ事はないのでマッタク恐れる相手ではなかったのだ。
加えて記憶を取り戻した事で楯無達は専用機の武装やワンオフアビリティを使用可能になっており、ファニールが歌によるバフを掛けて攻守速を強化するだけでなく、ファニールの両脇で鈴と乱が圧縮空気の壁を作ってファニールの歌声に指向性を持たせて『歌の槍』としてミノタウロスに喰らわせていた。
『ウガァァァァァァァ!!』
圧巻の猛攻でミノタウロスは右腕を斬り落とされてしまったのだが、其処は流石のボスキャラと言うべきか、すぐに腕を再生しただけでなく、再生した腕には再生前にはなかった巨大な棍棒が握られていた。
此の巨躯で振るわれる棍棒の破壊力は凄まじく、喰らえば一撃でHPが尽きてしまうだろう。
「再生したところ申し訳ないが、もうおしまいだぜ……ぶちかませ、楯無!ダリル!!」
「はいはーい、準備はバッチリよ!」
「此れで終いだデカブツ……消え去りやがれ!!」
「「メドローア!!」」
しかし此処で夏月組の最強攻撃である楯無とダリルによる氷と炎の対消滅攻撃が放たれ、其れを喰らったミノタウロスは上半身が一瞬で消滅し、残った下半身も対消滅攻撃の余波で消滅した。
対消滅攻撃は直撃せずとも、余波でも十二分の破壊力があり東京スカイツリーを圧し折る事が可能なのである。
ともあれ此れでミノタウロスは撃破したのだが、ミノタウロスを撃破した次の瞬間に周囲の景色が粒子化して消え始めた。
「ミノタウロスを倒したら世界が……確かに何か起きたわね?って、私達の身体も消え始めてるじゃない!?」
「今の俺達はデータで構成されてるから電脳世界が崩壊すりゃ当然身体は存在出来なくなるが、逆に言えば意識を閉じ込めてた世界が無くなれば囚われた意識は現実世界に帰還するって事だ……帰ろうぜ。」
「もう少し此の世界を楽しみたかった気もするけど、同じようなゲームを束さんに作ってもらおうかな?」
「まぁ、タバ姐さんなら出来るでしょうね……そんじゃ、さっさと起きるとしますか!」
夏月達の身体も粒子化して消えはじめ、意識は電脳世界から解放され現実世界へ帰還するのだった。
――――――
「う……あ……戻って来たのか?」
「そうみたいね……」
「夏月!会長さん!良かった、戻って来たんだね……!」
「必ず戻って来るって約束したからな。」
電脳世界から現実世界に帰還した夏月と楯無達だが、だからと言って休んでいる暇はない――静寐達からIS学園が現在於かれている状況を聞くと、すぐさま専用機を展開して戦場に……は向かわなかった。
と言うのも束から通信が入り、『今回の一件を引き起こした一団の本隊の居場所が分かったからそっちを叩きのめして』と頼まれたので、夏月組は学園島から出撃して太平洋の沖に停泊している敵の空母に向かって行ったのだ。
IS学園の方では敵部隊を秋五達が完封状態だったので、本隊を撃沈すれば其れで今回の一件はお終いとなる。
「見つけた……アレか!!」
「IS学園の生徒会長としては殺しは御法度だけど、更識の長としては此れだけの事をしてくれた相手に情けも慈悲もないわ……せめて苦しまないように一瞬で終わらせてあげるわね。」
夏月達は其の空母を撃沈すべく夫々が攻撃態勢に入ったのだが――
――バッガァァァァァァァァァァァァァン!!
其の直後に空母が突如爆発炎上!
しかも其の炎上は空母全体を炎で包み込んでしまっていたので乗組員に逃げ場はない――全身火傷覚悟で燃え盛る炎に飛び込んで、その先にある海にダイブ出来れば生存出来るかもしれないが、全身を焼かれた状態で海水に浸かったら強烈な激痛で意識を失う可能性の方が高く、水上で意識を消失したら其れは『死』に直結するので、どの道助かる可能性は低いのだが。
「イキナリ爆発って……勝算は薄いと考えての自爆、じゃねぇよな?」
「そうではないと思うが……」
「だったら一体……ん?夏月君、アレ!」
「楯無?……ん~~……な~んか見えるぞ?アレは、ISか?」
突然の事に驚いた夏月達だったが、楯無が何かに気付き、上を見上げると其処には見た事も無いISが超長砲身の巨大なライフルを構えた状態で滞空していた――つまり、空母が爆破炎上したのは、此のISがライフルで空母のエンジンを撃ち抜いたからなのだ。
「……」
その謎のISは空母の撃破を確認すると、夏月達に一度顔を向けると其の場から去って行ったが、夏月達は其れを追う事はしなかった――謎の存在は気になるが、今は其れを追うよりもIS学園の方を優先すべきだと判断したからだ。
其れでも、此の謎の存在に関しては束に連絡を入れていた――束ならば相手の事を調べ上げてくれるだろうと思ったからだ。
ともあれ夏月達はIS学園に帰還し、そして戻った先では秋五達が襲撃者達を全員倒していた――死者はゼロだが、関節が有り得ない方向に折れ曲がっている輩も居るので、場合によっては此れから先、日常生活を行うのが困難な人物が居るのは間違いないだろう。
「お~……派手にやったな秋五?」
「夏月、其れに会長さん達も戻って来てたんだ……だけど、今回は少なくとも現実世界では出番はなかったね夏月?……此れで、やっと君に一矢報いる事が出来たかな?」
「一矢報いるなんて言わずに、俺の首取りに来いよ秋五。其れ位の気概がなきゃ張り合いがないぜ。」
軽口を叩きながら夏月と秋五は軽く拳を合わせて互いの成果を称えた。
此れにより此度のIS学園への襲撃事件は終焉を迎え、学園島に上陸して来た敵部隊は全員が学園の地下にある地下牢送りとなって取り調べを受ける事となり、口を割らない相手に対しては夏月組が『更識流拷問術』で強引に口を割らせ、今回の一件の詳細を明らかにして行った――とは言え、本隊は壊滅し、リーダーも死亡しているので詳細を明らかにしたとて其処まで意味があるとは思えないが、少なくともIS学園を襲撃したらどうなるのかと言う見せしめにはなっただろう。
そしてその後、夏月達は夫々の専用機から羅雪のコア人格の世界にアクセスして羅雪がやった事に対してのクレームを入れた後に、戦勝会を行って大いに盛り上がったのだった。
「コイツ……いや、コイツ等って言った方が正しいかな?
束さんの存在によって凍結されたと思ってたんだけど、束さんに気付かれる事なく水面下では計画は継続してたのか……『織斑計画』は――絶対天敵をぶち殺してお終いだと思ったけど、如何やらそうは問屋が卸さないみたいだね?」
そして同じ頃、空母が爆破炎上した画像を解析していた束は、空母を攻撃した相手が何者であるのかを看破していた――一発の狙撃で空母を爆破炎上させる事が出来るのは、相当な腕前がないと不可能だと考え、ダークウェブの更に奥とも言える『インフェルノウェブ』にアクセスして、其処で『織斑計画』の存続を知って、調べてみたら案の上だったのだ。
「何処までも業が深いね織斑は……だけど私は信じてるよかっ君しゅー君――君達と嫁ちゃんなら、どんな業であっても必ず乗り切れるってね。
だから私は必要最低限の事だけさせて貰うよ……」
だが束は夏月達に必要最低限の情報をメールで送ると、新たな『織斑』に関するデータは全て削除した――だがしかし、其れでも新たな戦いの火種を消すには至らなかったのが現実だったのだ。
To Be Continued 
|