IS学園に迫るアメリカ製の潜水艦は海面付近まで浮上し、潜水艦のデッキからは武装した兵士達が甲板に出て戦闘準備を整えており、何時でも出撃する事が出来るようになっていたが、其れとは別にIS学園に対してネットワークからの攻撃が開始されていた。
IS学園のネットワークセキュリティは束が構築しているので並のハッキングは受け付けないのだが、FBIやCIAレベルの超高レベルハッカーが何人も集まったらその限りではないだろう。
束は間違いなく現在の地球人類に於ける最強の天才であり、ノーベル賞級の天才ですら遥か彼方に置き去りにしてしまう位のモノなので、束と個人レベルで対等に渡り合える人間は存在しないだろう――だが、個人では渡り合えずとも集団であればどうだろうか?
単体ではスズメバチに勝てないミツバチが、数を集めればスズメバチを倒せるように、天才が集まれば超絶天才に挑む事も出来るだろう――IS学園に向かっていた一団には天才級のハッカーが二十人存在しており、其のハッカー達によってIS学園のサイバーセキュリティは突破されてしまったのである。
「セキュリティ突破。シミュレーターにワールドパージプログラムセット完了。」
「『龍の騎士団』のメンバーがシミュレーターを使用したらワールドパージを発動しろ。
一夜夏月のチームに対して発動する事が出来れば尚良い……龍の騎士団は最強のチームだったが、中でも一夜夏月のチームは特出していたからな。
奴等を無力化する事が出来ればIS学園の戦力は大幅に落ちるのは間違いない。」
「IS学園の戦力が大幅に落ちれば我等の目的も達成しやすくなる。
篠ノ之箒を手中に収め、其れを人質にして篠ノ之束を我等の配下に置き、絶対天敵との戦闘後に『地球防衛軍』の機体に掛けられたリミッターを解除させて兵器として使用出来るようにする……無論機体を強奪してからになるが。
だがしかし、アレほどの機体を戦争の兵器として使用しない手はないからな。」
ハッカー達はIS学園のIS訓練用のシミュレーターに『ワールドパージ』なるモノを仕掛け、絶対天敵との戦いで大きな功績を上げた『龍の騎士団』の夏月組のメンバーがシミュレーターを使用した際にワールドパージなるモノの発動を考えていた。
其れが如何なるものであるかは不明だが、其れが発動すればシミュレーターを使用していた者を無力化出来るとの事なので、シミュレーター使用者の意識を強制的に眠らせてしまうような効果があるのだろう。
だが、彼等の本当の狙いは箒の誘拐と、誘拐した箒を盾に束を服従させる事にあった。
束を手中に収めたい理由としては、絶対天敵との戦闘が終結した後に、束が騎龍シリーズ及び地球防衛軍の『龍の機体』に施した『競技用リミッター』を解除したいと言うのが最大の理由だった。
絶対天敵との戦いに於いて圧倒的な力を見せつけた騎龍シリーズと龍の機体だったが、其の性能ゆえに束は戦闘終結後にリミッターを掛けた――余りにも強過ぎる力は世界にとって新たな火種になるからだ。
そして其のリミッターは束にしか解除する事は出来ない(アルファベット、数字、記号を夫々最低三種類使った十五文字のパスワードはそもそも解析不能)ので、彼等は箒を捕らえて束を配下に置き、龍の機体のリミッターを解除させて兵器として利用しようと考えたのだ。
「絶対天敵を兵器とする事には失敗したが、篠ノ之束を手中に収める事が出来れば此の世界を支配する事も決して夢物語ではない……少しばかり手荒くなってしまうが、篠ノ之箒以外の生徒はどうなっても構わんか。
篠ノ之箒を手にした者こそが最終的に世界を手中に収める事が出来る……其れに気付く事が出来たと言うのは大きな成果だったな。」
IS学園に向かっている潜水艦はアメリカ製の潜水艦なのだが、アメリカ軍のエンブレムは削り取られている……アメリカが主導したとしてもエンブレムがない事を理由に無関係を主張するのか、それとも他国がアメリカに罪を擦り付ける心算なのか其れは分からないが、絶対天敵との戦闘が終結した事で新たに燃え上がった人の欲望と業がIS学園に牙を剥こうとしていた。
夏の月が進む世界 Episode88
『新たなる戦いの始まり~Open The World Purge~』
日常を取り戻したIS学園では絶対天敵との戦闘で削られたカリキュラムに関しては補修が行われていたのだが、其れ以外は極めて普通に学園生活が送られており、二月十四日のバレンタインデーには夏月と秋五に大量のチョコレートが学園の生徒から送られていた。
夏月も秋五も婚約者が多数居るのだが、だからと言ってバレンタインデーにチョコレートを贈ってはならないと言うルールはないのでこうなってしまったのも致し方ないだろう――尤も其れは凡そ食べ切れる量ではなかったので、夏月が大量のガトーショコラに作り直した上で学食のデザートとして振る舞われる事になったのだった。
尚、夏月も秋五も婚約者達からのバレンタインのプレゼントはちゃんと受け取っていた――チョコレートだけでなく、装飾品の類もプレゼントされたと言うのも大きいだろう。
因みに装飾品は夏月が楯無から『チェーンのクロス付きチョーカー』、ロランから『シルバーチェーン』、ヴィシュヌから『シルバーブレスレット』が送られ、秋五には箒から『シルバーチェーンのベルトの腕時計』、セシリアから『プラチナのチェーンネックレス』、ラウラから『ワニ革のベルト』が送られていた。
そんなバレンタインも無事に終わり、本日の放課後は夏月組は部活前に訓練となったのだが、訓練可能なアリーナは既に予約で満杯になっていたのでシミュレーターを使用しての訓練となった。
束製の此のシミュレーターの優れたところは専用機持ちは待機状態の専用機をシミュレーターにセットする事で、シミュレーター内でも自分の専用機が使用出来ると言う点にあり、更に仮想現実の空間で実際に身体を動かして訓練が出来るのでシミュレーションとは言え限りなく現実に近い訓練が可能になっているのだ。
先ずシミュレーターを使用したのは夏月、静寐、神楽、ナギの四人で、夏月に静寐とナギと神楽の三人が挑む形での模擬戦となっていた。
静寐もナギも神楽も急激にレベルアップした事で騎龍シリーズを手に入れ、更に学園から離脱中に裏の仕事も経験しているので実力的にはIS学園でも相当に上位に位置しており、夏月のパートナーに名乗りを上げられるようになるまでには此の三人で訓練を行っていた事もあり連携も抜群なのだが、戦闘に関しては夏月の方に一日の長があった。
「静寐の両腕のトンファーブレード、神楽の薙刀……異なる近接戦闘二人をナギが火器で後方支援するってのはチームとしては中々完成度が高いな?
だが、俺が何度もお花畑を見る事になった楯無と簪のコンビネーションには少しだけ及ばないぜ……まぁ、気を抜く事は出来ないけどよ。」
「そう言いながらまだまだ余裕がある様に見えるのは私だけかな?」
「薙刀とトンファーブレードのコンビネーションを刀一本で対処するだけでなく、ナギの遠距離攻撃も完璧に防いで見せるとは……お見事です。」
夏月の剣術は順手と逆手を高速で切り替える事で凄まじい速さでの斬撃を繰り出す事が可能となっており、其れによって刀一本でも手数で上回って来る相手と互角以上に戦う事が出来るのだ。
加えて夏月はオータムの六刀流と何度も模擬戦を行っているのでトンファーブレードの二刀流と薙刀のコンビネーションに対処するのは容易い事でもあったのだ……其れでもキメラXの『付け焼刃のなんちゃって六刀流』と比べれば静寐と神楽のコンビネーションの方が遥かに上ではあるが。
「そんじゃ、そろそろ終わらせるぜ?……此の斬撃、見切れるなら見切ってみな!」
此処で夏月はバックステップで距離を取ると、其処からリボルバーイグニッションブーストを使用して超高速移動をすると同時にワンオフアビリティの『空烈断』を発動して『見えない空間斬撃』を繰り出した。
超高速移動する夏月を捉えるのは騎龍のハイパーセンサーでも難しい上に、夏月の動きとは全く関係なく空間斬撃が発生するので対処が難しいだけでなく夏月自身も居合で斬り込んで来るのだから溜まったモノではないだろう。
此の圧倒的な攻撃に静寐とナギと神楽はシールドエネルギーをゴリゴリと削られ、最後は夏月が連続居合でシールドエネルギーをゼロにし、納刀すると同時にシミュレーター内での機体が強制解除されて戦闘終了。
高い実力を持つ三人を相手に回してシールドエネルギーを80%以上残して勝利した夏月の実力は学園最強と言っても良いだろう――但し、現在『学園最強』である楯無とはチームバトルばかり行っており、学園内でのタイマン勝負は行っていないので夏月が学園最強を名乗る事はなかった。
チーム戦で楯無に勝っても夏月個人が楯無に勝ったとは言えないからだ……逆に言えば、夏月は其れを利用して楯無が卒業する直前までは楯無と学園でタイマン勝負で勝つ心算はなかったのだが。
「あ~~、また勝てなかった……私達だって強くなってる筈なのにこうも勝てないと自信無くすよ?」
「俺にワンオフ使わせたんだから自信持って良いと思うぞ静寐……ぶっちゃけ、シールドエネルギー80%残して勝つ事が出来たのはワンオフ使ったからだからなぁ……使わなかったら勝ったとしても残りエネルギー20%切ってたんじゃねえかな多分。
其れに、お前達がドレだけ強くなったとは言え早々負けられるかっての……何度も死に掛けて此の領域に至ったのに、其れを半年ちょっとの訓練と僅か一カ月程度の実戦経験のお前達に超えられたとなったら其れこそ俺が自信無くすっての。」
「其れは、確かに……」
取り敢えずシミュレーターを使った訓練の第一弾は夏月が戦いにおける年季の違いを見せて静寐、ナギ、神楽に勝利した。
そして続いてシミュレーターを使用するのは楯無と簪とロランとヴィシュヌと鈴と乱、そしてグリフィンとファニール、ダリルとフォルテだ――更識姉妹と鈴と乱、グリフィンのチームと、ロランとヴィシュヌとダリルとフォルテとファニールのチームでのチーム戦を行うのだ。
更識姉妹が同チームな時点でロランチームはハンデを背負ったと言えるのだが、ロランチームはファニールのワンオフアビリティによるバフと、ダリルとフォルテのイージスがあるので総合力で見れば五分と言えるだろう。
「タテナシ、チーム戦では学園最強の称号を奪う事は出来ないが、此の模擬戦は勝たせて貰うよ?……嗚呼……共に同じ男性を愛した者達が、訓練とは言え本気で戦う事になると言うのは、中々にドラマティックだとは思わないかい?」
「其れは、確かに分からないでもないわね……だけど、そう簡単には負けて上げないわよロランちゃん♪」
そうしてシミュレーターが起動して楯無チームvsロランチームの模擬戦が始まったのだが……
――ビー!ビー!!
此処でシミュレーターから警告音が鳴り響いた。
其れはつまりシミュレーターに異常が発生した事を意味しており、警告音を聞いた夏月達も慌ててシミュレーターを停止して楯無達をシミュレーターから降ろそうとしたのだが――
「カゲ君、其れちょっと待ったぁ!!」
「うわぉ!束さん、何処から湧いたぁ!!」
「束さんを虫みたいに言うな!
って、そんな事は如何でも良いんだよ!……大事なのはシミュレーターを停止する事も、タテちゃん達をシミュレーターから降ろす事も出来ねぇって事なんだよ……何処の誰がやったかは分からないけど、シミュレーターのセキュリティが突破されて何らかのプログラムが起動して、そのプログラムによってタテちゃん達の意識はシミュレーターを通じてネットワーク上の仮想現実世界に囚われちゃったみたいなんだよねぇ?
タテちゃん達の意識をその仮想現実から身体に戻さないとタテちゃん達が本当の意味で目覚める事はないってところだね此れは。」
「静寐、警告音が鳴ってから束さんが現れるまでどれくらいの時間があったっけ?」
「え~とね、多分二十秒くらいだったと思う。」
「其の二十秒ちょっとの間にシミュレーターに何の不具合が起きて楯無達がどんな状態になってるのかまで把握するとは相変わらず常人には不可能な事をサラッとやってくれるな束さん?
逆に言うと、其の束さんが構築したシミュレーターのセキュリティを突破した相手も相当なモンだって事になるけど。」
「束さんにとっては此れ位の事をあっと言う間に解析する事くらいは朝飯前のラジオ体操なのさ!……まぁ、セキュリティを突破した奴に関しては此れから調べる事になるんだけどね。」
其処に束が現れて、シミュレーターを停止して楯無達を降ろすのは危険だと言って来た――警告音が鳴ってから僅か二十秒少々で束は何が起きたのかを調べ上げ。その結果現在楯無達の意識はネットワーク上に存在している仮想現実世界の中にあり、其の意識を肉体に戻さないままにシミュレーターを停止して降ろしたら、魂の抜けた肉体は植物人間状態になってしまうと言う事を突き止めていたのである。
「何処の誰だよこんな事しやがったのは……犯人割り出してぶちのめしてやりたいところだが、楯無達を目覚めさせるのが先か。
束さん、如何すれば楯無達を取り戻せる?」
「同じシミュレーターから電脳世界に電脳ダイブを行ってネットワークに囚われたタテちゃん達の意識を取り戻す以外に方法は無いかな……こんな事をしてくれた奴等の事は束さんがバッチリ正体明らかにして制裁加えてやるけどね。
まぁ、其れは其れとしてだ、現在使用出来るシミュレーターは一つだけだけだから電脳ダイブを行えるのは現状では一人だけだよ……だから誰が電脳ダイブを行うのかってのは慎重に考えた方が良いと思うよ。」
楯無達を救うには、電脳ダイブを行ってネットワークに囚われた楯無達を直に意識を覚醒させるしかないのだが、其の電脳ダイブを志願したのは夏月だった……己の嫁ズを助け出すのは自分以外に存在しないと、そう考えての事なのだろう。
「俺が電脳ダイブをするぜ束さん……楯無達は必ず取り戻して来るから、安心してくれ。」
「束さんはカッ君が負けるなんて事は絶対にないと思うから、思い切りやって来ると良いよ……そんでもって、必ずタテちゃん達を取り戻して帰って来て。
此れは約束だよカッ君。」
「OK……約束だ束さん。」
「夏月……会長さん達を必ず取り戻してきてね?」
「貴方も必ず無事に戻って来て下さい……全員無事にです。」
「夏月君なら絶対に大丈夫だと思うけどね♪夏月君に全部任せるよ!」
「静寐、神楽、ナギ……任せときな!」
そうして夏月は電脳ダイブを行ってネットワークに囚われた楯無達の救出に向かったのだった。
――――――
そうして電脳ダイブを行った夏月だったが、電脳ダイブを行った先にあったのは真っ白な空間で何もなかった……其れこそ虚無の空間とも言える場所だったのだ。
「なんだよ、何もないじゃないか?」
夏月も何もない電脳空間に違和感を覚えていたのだが、次の瞬間に自分が上昇していく感覚を覚え、その感覚が収まると夏月は見知らぬ場所に刀を持って立っていた……恐らくは此処が楯無達の意識が囚われている電脳世界の仮想現実空間なのだろう。
中世のヨーロッパをモチーフとしたであろう何処かファンタジーさを感じさせる其の場所は、石造りの砦の内部のようで、市場や酒場、大聖堂のような建物が存在していた。
「此処に楯無達が居るってのか?」
夏月は周囲を見渡すとそう呟き、砦内部を探索しようとしたのだが――
「やぁ、君が新たに召喚された英雄かな?……その武器、東方の島国に存在していると言われている戦士が使うとされているサムライソードかな?」
「顔の傷も歴戦の戦士と言う感じがして、英雄っぽさを高めているわね♪」
「ロランに楯無……其れに簪達も!」
其処に現れたのは電脳空間に意識を囚われている楯無達だった。
だが楯無達の服装は学園の制服でもISスーツでもなく、此の砦の内部のようにファンタジーさを感じさせるモノだったのだ。
楯無はモンスターハンターのキリンシリーズに酷似した防具を装備して槍を携帯しており、簪は短めのローブにロングスカートで武器はボウガン、ロランは胸元が大きく開いたレザージャケットとレザータイトスカートの上に短めのマントと腰巻スカートで得物はハルバート、ヴィシュヌはビキニアーマーにガントレットとレガース付きブーツの極悪装備で、グリフィンはロランの装備の色違いでマントと腰巻スカートは無しで得物はウォーメイス、鈴と乱は色違いのチャイナドレス風胴着に鈴はヌンチャクで乱はカタールの装備、ファニールは白いローブに杖、ダリルは上半身は胸だけ隠し、下半身も必要最低限の部分だけ隠しましたと言った感じの衣装で武器はまさかのハンマーでフォルテは以外にも陣羽織に刀の装備だった。
しかし其れ以上に夏月が気になったのはロランが自分の事を『英雄』と呼んだ事だった。
ロランは普段から芝居がかった物言いが多く、夏月に対しても『私の心を盗んだ怪盗』、『最高のプレイボーイ』、『良い意味で現代のドンファン』等々、此れまでに色んな呼び方をしたいたりするのだが、『英雄』と言うのは初めて言われた事であり、更に楯無も其れに乗じていた事が引っ掛かっていた。
「英雄ってのは俺の事か?……と言うか、俺が誰か分からないのか?」
「召喚魔法に応じて召喚された英雄が君だろう?
私達にとって大事なのは、君が私達と共に戦ってくれる英雄であり、仲間であると言う事だ……故に、君が何者であるのかと言うのは其処まで意味があるモノではないよ。」
「……マジで俺が誰か分からないのかよ……」
『若しかしたら現実での記憶がないのではないか?』と考えた夏月は一つ質問をしてみたのだが、其の結果は夏月の考えた通りであり、ロラン達は夏月が何者であるのかと言う事をすっかり忘れて、この仮想現実の世界に召喚された新たな英雄と認識していたのだ。
「(楯無達を連れ戻すには、先ずは記憶を取り戻させなきゃならないって事か……此れは思った以上に難易度が高いかも知れないな。)」
取り敢えず夏月はロラン達と話を合わせ、此れからの事を話し合う為に砦内の酒場へと移動した――其の途中、ヴィシュヌの提案で市場に寄って買い物をしたのだが、其の際に夏月は骨董屋に展示されていた姿見の鏡に自分の姿を映して今の自分がどんな姿であるのかを確かめていた。
武器が日本刀で、服装が黒いインナーとスラックスを着て、蒼いコートを纏っているのは分かっていたのだが、鏡に映ったのは其れ等を装備した夏月自身の姿だったので少し安心していた。顔が変わっていては楯無達が記憶を取り戻しても夏月だと分かってもらえなかったかも知れないのだから。
「……此れで銀髪のオールバックならバージルだな。」
其の後、酒場に到着すると大きなテーブル席に着き、夏月は己の名を名乗った後で楯無達から此の世界の事を説明された。
其れによると此の世界は、現在三つの勢力が大陸を夫々三分の一ずつ統治している状態であり、楯無達は『ハイエルフ』、『セイクリッドブレード』、『バナーソード』、『バルバトス』の四つの部族からなる『インフィニットストライカーズ』なる勢力なのだと言う。
因みに更識姉妹とファニールは『ハイエルフ』、鈴と乱とフォルテは『バナーソード』、ロランとグリフィンは『セイクリッドブレード』、ヴィシュヌとダリルは『バルバトス』に夫々所属しており、更には族長と其の補佐であった――因みにハイエルフは楯無が族長で簪が補佐、バナーソードは乱が族長で鈴が補佐、セイクリッドブレードはロランが族長でグリフィンが補佐、バルバトスはヴィシュヌが族長でダリルが補佐であった。
『インフィニットストライカーズ』の他には『アークデュエリスト』、『ミレニアムストライカーズ』が大陸を統治し、三つの勢力は互いに牽制し合いながらも交易を行い、大陸全土は微妙な緊張感を持ちながらも平和な状態だったのだが、二カ月ほど前に不死者の集団である『アンデッドロード』、魔の集団である『デーモンフォース』、闇に魅入られたエルフの集団である『ブラックエルフ』の三勢力が手を組んだ『フェイルプレイヤー』なる『不浄の集団』が大陸を統治して居ている三勢力に対して攻撃を始めて来ていたのだった。
フェイルプレイヤーはアンデッドも存在している事もあって三つの勢力は互いに協力して戦っていたモノの現在の戦力ではジリ貧になるのは確実と考えた末に古より伝わる召喚魔法を使って異世界からの英雄を召喚して共に戦って貰うと言うと言う事モノだったのだ。
召喚魔法によって召喚される英雄の力は召喚魔法を行う術者の魔力によって決まるらしいのだが、インフィニットストライカーズに属するハイエルフとセイクリッドブレードは高い魔力を持った者が多く、英雄として召喚された夏月は、英雄のランクの中でも最高ランクである『レジェンダリー』であったらしい。
「え~と、つまり俺はお前達と協力して、そのフェイルプレイヤーとやらをぶっ倒せば良いって事か?」
「えぇ、概ねそうなのだけど、脅威はフェイルプレイヤーだけではないの。
フェイルプレイヤーが活動を開始したのと同時に、太古に封印されたフレアドラゴン、ポイズンスパイダー、ロックゴーレム、スカルデーモンの封印も解かれちゃって、そっちとの戦いもあるのよねぇ……だけど、貴方ほどの英雄が居れば頼もしいわ夏月君♪」
「あんまり頼られても困るんだが、呼ばれた以上は相応の働きはするさ。
(コイツは此の世界での俺の役割を熟しながら楯無達の記憶を取り戻して行くのが最善ってところだな……思った以上に難易度が高いな此れは。)」
話を聞いた夏月は、取り敢えずこの仮想現実の世界で過ごしながら楯無達の記憶をどうやって取り戻すのかを考えていた――そして、夏月は楯無達と出撃したのだが、最高クラスの英雄として召喚された夏月の力は凄まじく、フェイルプレイヤーのアンデットに対しても圧倒的な力を持ってして不死をも超越したダメージを与えて無に帰し、フレアドラゴン、ポイズンスパイダー、ロックゴーレム、スカルデーモンとの戦いに於いても『もうコイツ一人で良いんじゃないか?』と思う程の力を発揮して倒してしまっていた。
「ドラゴンとゴーレムはデカいって想像してたから兎も角として、恐竜並みにデカいクモとか普通にトラウマレベルの存在だろ……中世代の地球にだってあんな化け物グモは存在してなかっただろうからな。
でもって其れ以上にスカルデーモンのデカさがヤバかった……こっちは崖の上に立ってて、相手は崖の上から上半身が出てる状態なのに、其の上半身だけで俺の五倍以上あるとか流石に化け物過ぎんだろアレは!?」
「しかも今倒した一体だけではなく、同じような存在がまだまだ存在しているのです……フェイルプレイヤーだけでなく彼等との戦いもあるので日々が大変ですよ――ですが其れも、貴方と言う最強クラスの英雄を召喚した事で大分楽になりそうですが。」
「嗚呼、最高クラスのレジェンダリーの英雄の力が此処までとは想像以上だったよ……夏月、此の世界を守る為にも、私達とこれからも一緒に戦ってくれるだろうか?」
「其の為に俺は呼ばれたんだろ?なら、俺は俺のやるべき事をするだけだ。」
此の仮想現実の世界では、戦闘で死んだとしても戦闘に勝利して砦に戻れば戦死した者も自動的に蘇生すると言う、ゲームのような世界だった。
其の世界で楯無達は最高ランクが七の世界に於いて全員がランク六であり、夏月に至ってはランク七だったので少なくともフェイルプレイヤーとの戦闘では負ける事はないだろうが、夏月は現状では如何すれば楯無達の記憶を取り戻す事が出来るのか見当が付かず、暫くは記憶を取り戻す方法を探しながら此の仮想現実の世界で暮らす事になるのだった。
「いっただきまーす!」
「漫画の骨付き肉を一口で……どんな世界でもグリはグリか……」
戦闘終了後、一行は砦内の酒場に戻って来て勝利の宴を開いていたのだが、其の宴席にてグリフィンは酒場の店主からサービスで提供された『巨大な骨付き肉』の骨を掴むと、一口で肉を骨から引き剥がして頬張ると言うワイルド全開な食事をしていた。
取り敢えず、楯無達の記憶を取り戻すまでは夏月の仮想現実での生活は続くようだった。
――――――
夏月が電脳ダイブを行った後、束はシミュレーターをハッキングした相手の事を逆探知して其の正体を明らかにし、学園長である轡木十蔵に連絡を入れて学園長室に真耶と教師部隊、そして秋五組を集結させていた。
静寐、ナギ、神楽の三人は夏月達が使用しているシミュレーターに何かあった際にすぐに連絡が取れるようにシミュレータールームからのリモート参加である。
其の場で束はシミュレーターのハッキングを行ったのは、ロシア、中国、北朝鮮の軍の残党であり、更には夏月達の粛清から運よく生き残った者達で、自分の事を取り込もうとして今回の事をしたとの事だった。
「姉さんを自軍に取り込もうと言う意図は理解出来ますが、姉さんを自軍に取り込むと言うのは可成りのムリゲーなのではないかと思うのですが……」
「確かにその通りだよ箒ちゃん……だけど連中の直接のターゲットは束さんじゃなくて、君なんだよ箒ちゃん。」
「私が……ですか?」
「そう、箒ちゃんなんだよね。
自分で言うのもなんだけど、束さんに妹が居るって事は世界の誰もが知ってる事だと思うんだよね?……だとしたら、箒ちゃんを捕らえて人質にしてしまえば束さんを意のままにする事が出来るって言えるよね?
だから連中は箒ちゃんを狙うのさ……まぁ、狙いは悪くないけど、箒ちゃんに手を出そうとした時点で滅殺確定なんだけどね♪」
そして其の正体は絶対天敵との戦いの最中に夏月達に粛清されたロシア、中国、北朝鮮の軍の残党の生き残りであり、束を手中に収める為にIS学園に攻撃を仕掛けて来たのだった――束を手中に収める為に箒を捉える為に。
だが、其れは束によって目的が明らかにされてしまい、同時に束の怒りに火を点ける事となった――束は自分が狙われるのであれば大抵の相手は返り討ちに出来るので特に問題にもしていなかったのだが、箒が狙われたのなったのならば話は別だ。
箒は同年代の女子高生と比べれば相当に高い力を持っているが、プロの集団を相手にしたら流石に勝つのは難しいので、箒を狙うと言うのは束を手中に収めようとするのならばある意味では当然のモノであったのだが、其れが事前に束に知られてしまったのならば本末転倒と言えるだろう。
束は味方には厚情で敵には酷薄を絵に描いたような人物なのだが、こと妹である箒に対してはシスコンを超越したレベルで愛しており、箒に害をなす者に対しては一切の容赦なく物理的、或いは社会的に抹殺する事を厭わないのだ。
「でもって、其のクソ共は現在IS学園に向かって来てるんだよねぇ……連中の目的は箒ちゃんだけど、逆に言えば箒ちゃんを確保する事が出来れば他の生徒がどうなろうと知ったこっちゃないって感じさ。
さて、此の状況にて学園長さんはどうするかね?」
「……山田先生、教師部隊を学園島の周囲に配置して下さい――そして秋五君達は学園の内部の防衛に当たって下さい。」
ワールドパージによって夏月組はほぼ機能しなくなっており、IS学園最強戦力が機能しなくなっている中でIS学園への攻撃は行われるのだが、其れに対してIS学園は真耶を隊長とする教師部隊と、夏月組には劣るが高い戦闘力を備えている秋五組が学園の防衛に当たるのだった。
「箒……無理はしないで。
ピンチの時には僕でも仲間でも良いから必ず助けを呼んで。君が攫われてしまったら、僕も辛いからね……でも、そんな事にはならないようにするよ。
僕の持てる全ての力を持ってして君を守るよ箒……だから、無理はしないで。」
「秋五……あぁ、分かっているさ、無理はしない。
何よりも私が攫われた事で姉さんが良いように使われてしまうと言うのは我慢出来んのでな……無理はしないが、やって来た奴等は可能な限り斬り捨ててやるさ。
姉さんの凄さだけを知って私の事を侮った連中に、私を侮った事を後悔させてやらねばだからな。」
「貴女の事を簡単にとらえる事が出来ると勘違いしたのが、彼等の敗因ね……其れを其の身にたっぷりと刻み込んであげましょう♪」
こうしてIS学園が存在している学園島には最強クラスの防衛隊が結成され、海からやって来る軍勢に対しての布陣が完成し、電脳世界だけでなく現実世界でも新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていたのだった。
To Be Continued 
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