此の地球上には未だに人が住み着いていない無人島が幾つも存在してる。
其れは大小様々であるが、人が住み着かない理由としてはライフラインの整備と確保に費用と手間が掛かると言うのが大きな理由として挙げられるだろうが、逆に言えば其れさえ出来てしまえば無人島を開発して居住する事は可能と言えるだろう。
勿論そうして開発された無人島など現在は存在していない――が、其れは推測であり地球上の全ての無人島を調査した訳ではないのだ……だとしたら誰も知らないだけで、人知れず人が住み着いた無人島が存在していたとしても何ら不思議はないと言える。
そしてそんな無人島が、実は存在していた。
太平洋に浮かぶその無人島は、表面上は未開の無人島なのだが、其の島の地下は食料生産プラントをはじめとした人が生きて行く上で必要なモノが全て揃っていた。
太陽の光が届かない地下でも太陽光に当たったのと同じ効果が得られる『太陽光照明』とでも言うべきモノが地下都市を照らし、其れ等を賄う電力に関しても海水の流れを利用した『海流発電』を使ってまかなっていた。
そんな無人島の地下の一室――標準的な中学校の教室程の広さの部屋の照明は消え、正面に設置された大型の8Kモニターには龍の騎士団+αと絶対天敵の最終決戦の様子が映し出されている。
「ほう……此れはまたなんとも予想外の事が起きたみたいだ――篠ノ之束の存在が発覚した事で凍結、破棄された『織斑計画』だったが、当該計画の量産化個体の数少ない成功例であるあの二体が此処までの力を持っていたとはな。
だが此れは、織斑計画が間違いではなかった事の証明とも言える……織斑計画によって誕生した超人は、宇宙から飛来した存在が相手であっても、其の力を十二分に発揮してくれたのだから、地球上の生命体で彼等に勝てる者は存在しないだろう。
尤も、彼等を相手に回して勝てずとも負けない戦いが出来る更識楯無もまた篠ノ之束級の天然の超人である可能性が否定出来ないがな。」
「量産個体の二体がアレほどの力を持っていた事にも驚きだが千冬のスペアに過ぎなかったマドカがアレほどの力を身に付けていたと言う事も驚きだ。
恐らくだが、現在あの三人は既に織斑千冬の能力を遥かに凌駕していると考えられる……篠ノ之束の存在によって凍結・破棄された織斑計画だった訳だが、十年間彼女を捕らえられなかった事で再始動していたとは誰も思うまいが、だからこそ新たに生まれた彼等と彼女達には相当な価値がある。
一夜夏月と織斑秋五、そして織斑マドカのクローンとしておけば買う側も納得するだろうからね。」
その様子を眺めていたのは数人の研究者らしき風貌の大人達だった。
性別は男女半々と言ったところで、年齢も上は七十代、下は三十代と幅があるのだが、全員に共通しているのは其の目に常人では凡そ理解不可能な狂気が秘められていると言う事だろう。
そう、彼等こそが嘗て『織斑計画』を進めていた研究者達であり、束の存在によって一度は計画を凍結したモノの、計画凍結から十年経っても束を捕らえるどころか所在すら掴めずに労力だけを使ってしまった事で束の捕獲は諦めて、改めて『織斑計画』を始動していたのだ。
既に過去のノウハウがあったために再研究はスムーズに行われ、既に量産型の個体が男性型、女性型ともに夫々五体ずつ完成していたのだ――同時に嘗ての織斑計画で誕生した量産個体二体が『世界初の男性IS操縦者』としてIS学園に通っているという情報を得ており、其れが絶対天敵との戦いで大きな戦果を挙げていると聞いてステルスドローンを飛ばしてみたら、其の二体に加えて千冬のスペアであったマドカまでもが予想以上の力を発揮していたのだった――正に圧倒的とも言える其の力は恐らくこれから世界各国が欲しがる事になるだろう。
其処に新たに誕生させた量産型を『一夜夏月、織斑秋五、織斑マドカのクローン』として売り込めば相当な利益が見込めるのは想像に難くなかった。
「そうかも知れないが……生憎と俺達は兵器として売られてやる心算は毛頭ねぇんだよなぁ……だからさ、アンタ等もう死んで良いぜ?」
「造物主が己が生み出した存在に殺されると言うのは、神話や伝承では珍しい事ではないからな……貴様等はもう用済みだ。私達にとっても、もう此れ以上は必要ないからな。」
だが、彼等の目論見が成し遂げられる事はなかった……モニターの中でキメラXがトドメを刺されたと同時に研究者達は全員が白衣を真っ赤に染めて其の場に倒れ伏す事になった――白衣を真っ赤に染め上げたのは彼等の血であり、研究者達は全員が絶命していたのだ。
其れを行ったのは秋五と瓜二つの少年達と、マドカと瓜二つの少女達……再始動した織斑計画によって誕生した強化人類だった。
研究者達は以前の研究同様に強化人類を作り出したのだが、其れが間違いだった――前回と同様と言う事は、生まれた強化人類は夫々が明確な自我を持っている居ると言う事であり、『兵器』として売り込むには其れは重大な欠陥だったのだ。
強化人類を兵器として運用する場合、明確な自我は不要であり、必要なのは下された命令をただ遂行する従順さなのだ……其れに気付かずに量産した挙句に己が生み出した存在に殺されると言うのは皮肉極まりないだろう。
「さてと、此れで俺達は自由な訳だが……此れから如何するよ千春?」
「そうだな……先ずは折を見て兄上達と姉上に挨拶に行かねばなるまいよ一春……そして其の上で奴等を殺し篠ノ之束も殺す――奴等が居なければ私達は存在していないが、だからこそ忌まわしい。
奴等が存在しなければ私達は生まれなかったが、所詮私達は『兵器』として生み出された上に、兄上様達と違って社会的に存在も認められていない『異常な存在』だからな……ならばせめて『兵器』らしく全てを破壊してやろうじゃないか。
兄上達と姉上、兄上達のパートナー達に篠ノ之束、そして此の世界の全てを……な。」
「幸いと言うかなんと言うか、コイツ等は僕達用のISも作ってくれたみたいだから精々有効活用させて貰おうよ。」
造物主を抹殺した強化人類達は羨望と憎悪が入り混じった目でモニターを睨み付けていた。
因みに量産型の男性体は個体名を夫々『一春(いっしゅん)』、『一秋(いっしゅう)』、『一冬(いっとう)』、『一雪(いっせつ)』、『一雷(いちら)』と言い、女性体は夫々『千春(ちはる)』、『千夏(ちか)』、『千秋(ちあき)』、『千雨(ちさめ)』、『千空(ちそら)』となっていた。
密かに再始動していた『織斑計画』によって誕生した新たな『織斑達』によって、IS学園には新たな脅威が近付いているのだった。
夏の月が進む世界 Episode87
『風邪引きロランちゃん~A fleeting day of peace~』
絶対天敵との戦いは終わり、世界は絶対天敵の脅威から解放されたのだが、其の戦いに於いて大きな戦果を挙げた『龍の騎士団』と『地球防衛軍』の隊員達には国連と国際IS委員会からの受勲が行われていた。
其れだけでも凄い事なのだが、其の中で特に大きな戦果を挙げた夏月組と秋五組はイギリスに招かれ、女王陛下から直々に、夏月組と秋五組の全員に『ナイト』の称号が授与されると言う異例の事態となっていた。
英国女王からナイトの称号を授与された人物は少なくないが、だからと言って両手の指で足りないほど多くもないのでナイトの称号を授与されたと言う事だけでも名誉な事なのだが、東洋人でナイトの称号を授与されるのは夏月と秋五が初めてであり、女性でナイトの称号を授かると言うのは其れ以上に歴史的な事だった。
其れだけに此の事は日本のメディアだけでなく海外メディアも大きく取り上げ、夏月組と秋五組はたちまち時の人となり、テレビ局からは各局から『トークバラエティ番組への出演』の、雑誌会社各社からは独占インタビューの申し出があったのだが、其れは学園長の轡木十蔵と、主任教師に出世した真耶が直球ストレートで断っていた。
十蔵は其の老獪さで巧みに断っていたのだが、真耶の方は電話口の相手が恐れをなすほどの『穏やかだが恐怖を感じる口調』で断っていた事もあり、真耶が対応した相手の中にはマスコミとして再起出来なくなった者も少なからず存在していた。
其れでも其の全てを断ってしまってはIS学園のイメージダウンにも繋がるので、事の次第を夏月と秋五と其のパートナー達に話した上で、二人とパートナー達がOKしたところに関してはトーク番組の出演と雑誌の独占インタビューを許可していた。
夏月達が何を基準に番組出演や取材をOKしたのかと言えば、其れは束に頼んで出演依頼が来ている番組、取材の申し込みをして来た出版社が過去に何か大きな問題、特に訴訟問題になるような事案を起こしていないかを徹底的に調べ上げて貰い、其の上で束が『大丈夫』と太鼓判を押したモノだったからである。
因みに真っ先に除外されたのは芸能人や政治家のスキャンダルに極めて敏感な『週刊文〇』だった……『文〇砲』とも言われる鋭く過激なスキャンダル記事が有名な雑誌だが、過去には宮崎県知事の女性問題を報道した際に逆に訴えられて裁判で敗訴しており、夏月達へのインタビュー記事を読者受けするように改変する可能性があったからである。
テレビ番組に関しては特に問題はなかったのだが、番組MCが過去に問題を起こした、或いはネットで炎上した人物である番組は真っ先に束は除外した。
此れは夏月達の為と言うよりも、そんな番組MCが夏月達を笑いのネタにしようとして弄って来たら束自身が其のMCに対して黙っている事が出来ないと判断したからだ――更に言うなら、下手に制裁を加えて夏月達に『やり過ぎだ』と怒られるのが怖かったからであり、特に箒から嫌われるようになる事だけは絶対に避けたかったからだ。
そんな訳で夏月達がOKしたところに関しては番組出演と雑誌取材を受け、トークバラエティ番組では流石に夏月組と秋五組全員が参加する事は出来なかったので人数は絞られたのだが、コメット姉妹は全ての番組に出演して新曲を披露し、トークの流れで夏月の剣術の腕前が話題となって剣術を披露する事になって、夏月は見事な居合斬りでスタッフが用意したマネキン人形五体を両断して見せた――其れもまるで漫画やアニメのように、抜刀一閃した後に納刀して鍔鳴りをさせたと同時にマネキン人形の上半身が袈裟斬りに斬り落とされると言う魅せる剣技だった。
また箒とセシリアの『大和撫子と英国淑女』のコンビも中々に受けが良く、楯無の掴みどころのない飄々とした態度とロランの芝居掛かった物言いもネットで話題となっていたのだった。
雑誌取材に関しては、新聞部の『黛薫子』の姉がジャーナリストを務めている『インフィニット・ストライプス』を含めた五社のみがOKだったのだが、取材其の物は特に大きな問題なく終わり、雑誌によっては夏月達に色紙にサインの寄せ書きを求めて来たのだが、断る理由もなかったので其れは快諾した。
尤もそのサインの寄せ書き色紙は読者アンケートの抽選の『一名様』の賞品になっていたのだが。
そんな感じで絶対天敵との戦いが終わっても慌ただしい日々を送っていた夏月達だったのだが……
「三八度五分……完全に風邪だな。」
「健康には気を使っていたので生まれてこの方、風邪を引いた事はなかったのだけれど……まさか罹患してしまうとは思わなかったよ……私もマダマダ未熟と言う事かな。」
「慣れない事の連続だったから仕方ねぇだろ此れは。」
節分が終わったところでロランが風邪を引いてしまっていた。
舞台女優としての経験は豊富なロランだが、テレビ出演や雑誌取材の経験は今まで殆どなかったので緊張してしまったのだが、舞台女優としての経験が『此の程度で緊張するなかれ』と言い、其の精神状態のアンバランスさが原因で自律神経を乱してしまい、全てのテレビ出演と雑誌取材が終わったところで限界を迎えて風邪を罹患してしまったのだ。
「まぁ、只の風邪ならば大人しく寝ていれば治ると言うモノさ……だから君は登校しておくれ夏月。私は大丈夫だから。」
「俺もそうしようと思ったんだけど、山田先生に連絡入れてお前が風邪引いて本日は欠席だって事を伝えたら、『夏月君は公欠にしておくのでロランさんの看病をしてあげてください』って言われちまったんだわ。
そんな訳で、本日はお前の看病に従事させて貰うぜ。」
「其れは……マヤ教諭の心遣いに感謝だね。」
只の風邪ならば其れほど大事でもなく、風邪薬やペットボトル入りのミネラルウォーター等はベッドの近くにセットした簡易テーブルに用意したので、夏月は普通に登校する心算だったのだが、ロランが風邪で欠席と言う事を真耶に伝えると、『ロランさんの看病をしてあげてください』と言われ、夏月も真耶の心遣いに感謝しつつ其の言葉に甘えて、本日はロランの看病に従事する事にしたのであった。
「それはさて置きだ……風邪薬を飲むにあたって、なにか胃に入れておいた方が良いと言うのは理解しているのだが、身体が怠くて普通に食事を摂る事すら億劫に感じてしまうよ……」
「此れまで風邪ひいた事ないって言ってたからなぁ……其の場合逆に耐性がないから、引いちまった場合は重症化し易いモンなんだ。
まぁ、普通に食事するのが億劫だってんなら、今のお前でも簡単に食べられて、しかも体力も回復出来るモノ作ってやるからちょっと待ってろ。」
「今の私でも食べられて体力も回復出来る料理とは、とても興味があるね……」
そんな訳で夏月は、ロランが風邪薬を服用する為に先ずは食事を摂らせる事にしたのだが、今のロランに通常の食事は難しいと考え、簡単に摂取する事が出来て尚且つ風邪で失われた体力を回復する料理を作る事にした。
鍋に湯を沸かすと、其処に味噌を溶き入れ、すりおろした山芋と削り節を加えて一煮立ちさせてから器に盛りつけ、其処に温泉卵をトッピングして完成。
「お待たせ。」
「良い匂いがするね……此れはなんだい?」
「俺特製のとろろ汁だ。
本来は麦飯にかけて食べるモノなんだけど、今のロランに麦飯を食べるのは難しいと思ってとろろ汁単品にした――麦とろは元々、江戸時代にお遍路さんの宿場町で、『旅人に滋養を付けて貰いたい』って思いから生まれたモノらしいから、とろろ汁だけでも風邪には良いメニューだと思うんだわ。
因みに温泉卵のトッピングは俺のオリジナル。其のまま食べても良し、崩してとろろ汁と混ぜて食べても良しだ。」
「とろろ汁か……其れならスープ感覚で食べられるから楽だよ……卵のトッピングも嬉しいね。其れじゃあいただきます。」
ロランはレンゲで温泉卵を崩してとろろ汁と混ぜると先ずは一口……の後、ロランはレンゲが止まらなくなってしまった。
滑らかなトロロイモの舌触りにマイルドな味噌が絶妙な相性で、削り節の豊かな出汁の風味がその二つを包み込み、更に温泉卵の濃厚なコクが全体に深い旨味を与えているモノの、風邪を引いていてもスルッと食べる事が出来て、気付けばロランはあっと言う間に夏月特製のとろろ汁を完食していた。
「はぁ……あまりの美味しさに完食してしまったよ……身体も温まったし、確かにこれは風邪には良いメニューだね夏月……ご馳走様でした。」
「はいお粗末様。
其れじゃあ少し経ったら風邪薬飲んで大人しく寝てろ……って言いたいところだけど、お前のベッドって熱による寝汗で濡れてるよなぁ?……其れ以前にベッド以上に寝巻が汗で濡れてるから着替えないとだよな?
一応聞いとくが、自分で着替えられそうか?」
「着替えられそうにないと言ったら君が着替えさせてくれるのかい?」
「そう言われたら普通は躊躇するモンなんだろうけど、する事してる身としては服を脱がせるとか今更だから謹んで着替えをさせて頂きます。」
食事後、夏月はロランを新しい寝巻に着替えさせると風邪薬をミネラルウォーター……ではなく『モンスターエナジー・オージーレモネード』で服用させた。
『水よりもこっちの方がより効きそうだから』との理由だったが、其れはあながち間違いでもなかったりする――風邪薬は用法容量を守って服用するモノであるが、病院の看護師達は自分が風邪を罹患した時には市販の風邪薬を通常の倍量を日本酒で服用するなんて事を割と普通にやっているのだから。
其れと比べたら最強クラスのエナジードリンクで風邪薬を服用すると言うのはマダマダ生温い行為と言えるだろう――だがしかし、此れは読者諸氏は絶対に真似する事のないように。絶対に真似する事のないように。大事な事なので二度言いました。
風邪薬を服用したロランを夏月は自分のベッドに寝かせた。
風邪を罹患した事による発熱で汗を掻いたロランのベッドは汗で濡れていたので、ベッドを布団乾燥機で乾かす間は自分のベッドで寝かせた方が良いと考えたのだ。
「それじゃあ俺は此の部屋に居るから、何か欲しいモノやして欲しい事があったら言えよ?」
「なら最初のお願いだ……良く眠れるようにお休みのキスをしてくれないかな?」
「風邪を引いててもブレねぇなお前は……」
ベッドに寝かせたロランの『お願い』を聞いた夏月は触れるだけの優しいキスをロランに落とすと布団をかけてから自分の机に向かってパソコンを起動したのだが、起動したパソコンのディスクドライブにCDをセットすると其れをスロットイン。
そしてパソコンがCDを読み込むと、続いてパソコンのスピーカーからは穏やかなメロディーが流れて来た……其れは誰でも一度は聞いた事があるであろう『パッヘルベルのカノン』であり、其れを聞いたロランは穏やかなメロディーに誘われるように眠りに就いたのだった。
其れを見た夏月は改めてパソコンを操作して『リモート授業』に参加しながら、同時に『マスターデュエル』のオンライン対戦を行い、『破壊蛮竜バスター・ドラゴン』と『輪廻独断』でフィールドと墓地のモンスターを『ドラゴン族』に変更した上で『龍破壊の剣士-バスター・ブレイダー』を融合召喚して対戦相手を滅殺!抹殺!!瞬獄殺!!!の殺の三段活用の圧倒的完全勝利を収めていたのだった。
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其れから数時間後、学園は昼休みの時間帯に入ったところでロランは目を覚ました。
「あふ……よく寝たみたいだが、今は何時だい夏月?」
「昼の十二時二十分ってところだな。
つまりはランチタイムなんだが朝と比べて食欲は如何だ?とろろ汁以外のモノも食べられそうか?」
「そうだね……朝と比べたら熱も下がって来たように感じるし、食欲も出て来たからなにか食べたい気分だよ――そうだね、可能ならば麺物を所望する。
ラーメンなら尚いいかな。」
「風邪引きさんにラーメンか……その挑戦、受け取ったぁ!」
目を覚ましたロランは夏月に昼食のメニューとして麺物を希望した。
単純に麺物であったのならば風邪を引いた者でも食べやすい『うどん』や『温麺(にゅうめん:暖かいそうめん)』があるのだが、ロランはまさかの『ラーメン』を希望して来た。
ラーメンの油分は風邪には良くないのだが、ロランが其れを希望したのであれば断ると言う選択肢は夏月にはなく、夏月は速攻で『風邪に効果抜群』のラーメンを作り始めた。
先ずは市販のインスタントの塩ラーメンの麺を茹で、ラーメン丼には粉末のスープを熱湯で溶かしておいたのだが、油が入っている液体スープは使用しないで湯切りした麺をスープに投入し、其処にトッピングとしてスタミナの代名詞であるニンニクのフライド粉末、身体を温める効果があるショウガの細切りを加え、チャーシューの代わりに『精が付く食材の筆頭』である『鰻』の刻み白焼きと疲労回復効果のあるクエン酸をふんだんに含有する梅干しのペーストをトッピングして、夏月特製の『風邪に効くスタミナ塩ラーメン』が完成だ。
『鰻と梅干って食い合わせが悪いんじゃないのか?』と思うかもしれないが、鰻と梅干はスイカと天婦羅のように『一緒に食べると腹を下す』と言うモノではなく、『鰻の脂は滋養強壮の効果があり、梅干のクエン酸は疲労回復効果があり、其れを一緒に食べると元気になって食欲旺盛になって食べ過ぎるから一緒に食べない方が良い』と言う意味での食い合わせの良くない例なので、風邪で弱っている時には寧ろウェルカムな喰い合わせであったりするのだ。
其れを証明するかのようにロランはこの特製塩ラーメンのスープを一口飲むと、其処から風邪を引いているとは思えない勢いでラーメンを食し、あっと言う間にスープまで一滴も残さずに飲み干してしまったのだった。
「ふ~~……とても美味しかったよ、ご馳走様。
元気な時なら、スープにご飯を入れてラーメン雑炊と行くところなのだけど、今日はスープを飲み干すだけで精一杯だったよ……だけど、此のラーメンで大分回復した感じがするよ……」
「其れなら良かった……ベッドの乾燥も終わってるから、今度は自分のベッドで寝てろ。」
「うん……そうさせて貰うよ。」
昼食後、ロランは夏月にお姫様抱っこされて自分のベッドに戻ってから風邪薬を服用し、そして眠りに就いたのだった。
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それから更に数時間後、本日の学園のカリキュラムは全て終わり、生徒達は放課後の部活動やアリーナでのISの訓練に勤しんでおり、夏月が所属している『e-スポーツ部』も普通に活動しており、夏月もオンラインで部活に参加し、『KOFⅩⅤ』のオンライン対戦にて、『草薙京、リョウ・サカザキ、テリー・ボガード』の『SNK主人公チーム』で五十連勝を達成していた――勿論ロランの眠りを妨げないように音量はミュート設定だが。
――コンコン
そんな中で部屋のドアをノックする音が。
夏月は一旦ゲームを終了してドアを開けると其処に居たのはダリルとフォルテだった。この二人はe-スポーツ部に顔を出す事はあるのだが、部活には所属しておらず、ダリル所属の『プロレス同好会』は活動日が不定期なので基本的には放課後はアリーナで訓練をするか、二人で運動系の部活、主に格闘技系の部活に顔を出してはダリルが部員相手にスパーリングを行うと言うのが普段の放課後の過ごし方だった。
因みに現在『ボクシング部』、『レスリング部』、『空手部』、『柔道部』でのスパーリングでは負けなしのダリルなのだが、『剣道部』に関しては箒に勝つ事が出来ていなかった――亡国機業のエージェントとして高い実力を持っており剣を使った戦いも上級レベルのダリルだが、其れだけにルール内で武器を振るう事に慣れておらず、更に決められた場所を正確に攻撃しなくては有効とならない剣道では実戦との勝手が違い過ぎて中々上手く行かなかったのだ。
更に面で視界が狭くなってしまうのも大きかっただろう。
「ダリルにフォルテか……如何した?何かあった?」
「ん~~……まぁ、なんつーか見舞いってやつだ。
風邪なんぞ引いた事ねぇから何が良いのかとか良く分からなかったんでググってみたら『風邪にはモモ缶』、『玉子酒が効果抜群』とか色々出て来たんだがよ、酒とかは流石にヤベェと思うからモモ缶買って来た。白桃と黄桃、どっちが良く効くとかは書いてなかったから両方買って来たけどよ。」
「アタシからは手作りの『風邪に効くドリンク』っすね。
コーラにショウガのしぼり汁とレモン汁を加えてガムシロップで甘みを追加したモノなんすけど、子供の頃に風邪を引いた時にお母さんが良く作ってくれたんすよ……味は兎も角、めっちゃ効果あるっすよ此れ。」
ダリルとフォルテはロランへの見舞いの品を持って来てくれたのだった。
ダリルの二種の桃の缶詰は風邪引きにも食べ易いモノなので有り難いモノであり、フォルテの特製ドリンクも確かに風邪には滅茶苦茶効きそうなモノであったので夏月も有り難く貰う事にした。
「態々届けてくれたのか……ありがとな二人とも。」
「仲間が大変な事になってるなら、自分が出来る範囲で力になってやるのは当然の事だろ?……多分、部活や訓練が終わったら楯無達も来るんじゃないかと思うぜ。
まぁ、ロランにはお大事にとでも言っといてくれ。」
「自分達は此れでお暇するっすね♪」
用が済んだダリルとフォルテは自分達の部屋へと戻って行ったのだが、ダリルの言った通り、其れから程なくして楯無達も夏月とロランの部屋を訪れて夫々が見舞い品を持って来てくれたのだった。
鈴と乱が『風邪に効く漢方薬』、ヴィシュヌが『身体を温めるハーブティ』、グリフィンが『ビタミン豊富な豚肉』、ファニールが『安眠効果のあるアロマ』、静寐と神楽とナギが『風邪の三種の神器(リンゴ、キウイフルーツ、グレープフルーツ【作者の独断と偏見】)』を差し入れてくれたのだが、楯無と簪が『更識家に伝わる万病に効く万能薬』を見舞品として持って来たのはご愛嬌と言ったところだろう……更識の万能薬となれば確かに効きそうではあるが、其れは本来門外不出のモノであるので、夏月も其れを指摘してやんわりと断ったのだった。
「あふ……ラーメンを食べた後ですっかり眠ってしまったみたいだね……もしかしなくてももう夕方かな?」
「と言うか夜だ。冬は日が落ちるのが早いからな……取り敢えず体温計っとけ。」
「うん、そうさせて貰う。」
そうこうしている内にロランが目を覚ましたので、先ずは体温を計ったのだが、其の結果は三十七度四分と未だ熱はあるモノの大分下がっており、朝と比べると顔色も良くなって来ていた。
「大分下がったな……此れなら明日には完治して登校出来るだろ。
そろそろ晩飯の時間なんだが、なにかリクエストあるか?」
「いや、特には無いかな……尤も、君が作ってくれたモノならば何も文句はないけれどね……だけど、敢えて言うのであれば身体が温まるモノが良いね。
オランダも冬は寒いのだけど、日本の冬は私が思った以上に寒かったからね……」
「身体が温まるメニューね、了解した。」
其のロランに晩御飯のリクエストがあるかと聞けば、身体が温まるモノが良いとの事だったので、夏月はキッチンで中華鍋を火にかけると其処にニンニクの微塵切りを投入して空煎りして風味を出すと水を加え、其処に顆粒の丸鳥ガラスープの素を小さじ二杯、醤油を小さじ一杯加えて一煮立ちさせたところに冷凍保存していた飯を投入する。
また別の鍋ではグリフィンが差し入れてくれた豚肉を茹で、色が変わったところで鍋から上げて食べ易い大きさにカットした。
投入した冷凍飯が熱々の汁で解凍されて再沸騰したところで溶き卵と刻みネギを散らしてから火を止め蓋をして一分ほど蒸らし、蒸らし上がったところにカットしたゆで豚を加えて『夏月特製の卵雑炊』の完成だ。
「ほいよ、出来たぜ。」
「此れは、なんとも美味しそうだね……頂きます。」
其の特製雑炊をロランは美味しそうに食べ、トッピングのゆで豚も残さずに平らげてしまった――本当に美味しいモノは、食欲が減退する傾向がある風邪の罹患者であっても問題なく食る事が出来ると言う事なのだろう。
其の特製雑炊を平らげた後はモモ缶とフルーツの盛り合わせをデザートに食してから、鈴と乱が差し入れてくれた漢方をフォルテの特製ドリンクで服用してから全身を『暖かいタオル』で拭いた後に新しい寝巻に着替えてベッドイン。
その頃にはロランの顔色も普段のモノに戻って来ていたので、明日には復帰出来るだろう。
「夏月……本日最後の私の我儘を聞いて貰えるかな?……今日は一緒のベッドで寝て欲しいんだ……君の胸に抱かれて眠りたい……ダメかな?」
「ダメって言う筈ないだろ?……其れで良いんなら喜んでその我儘を聞かせて貰うぜロラン。」
そうして其の夜は夏月とロランは同じベッドで眠りに就き、無意識の内に夏月はロランに腕枕をして、ロランは夏月の胸に頭を寄せていたのだった。
そんなこんなで夏月の献身的な看病によって翌日にはロランは復帰したのだが、そのタイミングで今度はセシリアが風邪を引いてしまい秋五は其の看病に勤しむ事になったのだった――其れでも秋五はセシリアのメイドであるチェルシーに連絡を入れてセシリアが風邪を引いた場合の対処法を聞いて、其れを実践した事で、セシリアは一日で完治したのだった。
――――――
その頃、IS学園に向かって一隻の潜水艦が航行していた。
潜水艦其の物はアメリカ製なのだが、外装甲からはアメリカ製である事を示す製造番号や型番が削り取られ、其処には新たに塗装が施されているのを見る限りは、少なくともアメリカ海軍の正規の潜水艦ではないだろう。
「IS学園まで残り900m。」
「ネットワークシステムの一部のコントロールを奪取。『ワールドパージプログラム』インストール開始。」
「実働部隊は上陸準備を進めて下さい。」
其の艦内では何やら穏やかではないワードが飛び交っており、武装した兵士達がデッキに集って出撃の時を待っていた――絶対天敵を殲滅してから其れほど日数が経っていないにもかかわらず、IS学園には新たなる戦いの火種が放り込まれようとしているのだった……
To Be Continued 
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