擬態能力によって人間社会に溶け込んでいた絶対天敵だったが、其の判別方法は束がサブリミナルによる刷り込みで一般人に与えて居た事と、『更識と繋がっている極道組織』の組員は夏月組と同様の判別眼を持っていた事で、日本国内に関しては人間に擬態した絶対天敵が人を襲う事は未然に防がれていた。
「兄貴、そいつは絶対天敵です。」
「見れば分かる……罪なき人を襲う外道が……天網恢恢、精々地獄で閻魔の裁きを受けろ。」
更識と繋がっている極道組織には絶対天敵に有効な武器も渡されていたので、絶対天敵を撃破する事は容易だった――とは言え、此れも更識が関東の極道組織を束ね上げていたからこそ可能だった事なのだが。
先の大戦後、日本各地の極道組織は渋谷を拠点としていた『安藤組』を除いて、互いに睨み合いしながら牽制しあい、どの組が覇権を握るかと言う状況だったのだが、其処に一石を投じたのが楯無――刀奈の祖父である先々代の『楯無』だった。
先々代の楯無は、当時関東圏で安藤組に次ぐ勢力だった『羽毛組』、『狂獄組』、『虎王組』の三つの極道組織と連携関係を築き、其の三組を『更識』の名の下に集結・邂逅させる事で同盟関係を結ばせ、日本の裏社会の秩序を守る巨大な極道組織を作り上げたのだった。
此の三組は夫々の組の名称こそ変更していないモノの、事実上更識の下部組織となっており、其れは同時に日本国が公認したと言う事でもあり、裏社会の秩序を守る存在として戦後の混乱期に乗じて朝鮮人に買い占められた駅前の一等地の奪還等を行い、現在では暴力団組織、半グレ組織等の反社会勢力を監視・制圧するのが主な仕事となっている。
因みに此の組織が誕生するまでは関東最大勢力だった『安藤組』は組長の『安藤昇』が逮捕された後に勢力を一気に縮小し、安藤が釈放後に役者に転身して組の解散を宣言した事で現在は存在していない。
「しかし、地球を侵略する宇宙生物等と言うモノは所詮SFの世界の話だと思っていたのだが、まさか自分が当事者になって其れと戦う事になるとは、こうして斬り捨てた後でも夢を見ているのではないかと錯覚してしまうな。」
「現実です兄貴。
俺だって未だに信じられませんが、こうして目の前に化け物の死体がある以上は現実として受け入れるしかありません……何よりも、こんな化け物が人間に化けて社会に紛れ込んでるとか、堅気の人間にとっては恐怖でしかない訳ですから、俺達は俺達の成すべき事をするだけです。」
「お前の言う通りだな。
時に人伝に聞いた話なのだが、人間に化けた化け物が秋葉原で暴れてからと言うモノ、『絶対天敵判別眼鏡』やら『絶対天敵忌避スプレー』やら『絶対天敵撃退アラーム』等と言った効果が眉唾な商品が出回っているとの事だが、其れは本当なのか?」
「一部の半グレや暴力団の詐欺組織が人々の不安に漬け込んだアコギな商売してるのは事実みたいです……おやっさんだけじゃなく、狂獄組と虎王組の組長も其れは把握してるらしいんで、そいつ等を一掃するための連合軍を近く組織するとカシラから聞きました。」
「其の連合、俺は呼ばれていないのだが実力を不安視されたと言う事か?」
「兄貴の戦闘力はアコギな商売してるクソッタレを狩るよりも、化け物を狩る方が向いてるっておやっさんとカシラは判断したのではないかと……兄貴の刀は外道を狩るよりも堅気の人間を守る為に振るわれるべきだと俺も思います。」
「そうか……ならば、俺はその任を果たさねばなるまいな――更識のお嬢さんも自ら戦場に出て戦っておられるのだ、俺達も精魂を尽くさねば義理が果たせぬからな。
とは言え今日はもう夜も更けた、後は夜勤組に任せて俺達は上がるとしよう……だがその前に一件付き合え。今日のお前の仕事ぶりは見事だったからな、一杯奢ってやろう。」
「兄貴……有難く御一緒させて頂きます。」
更識直属の極道組織が互いに連携して人間に擬態した絶対天敵の対処に当たった事で、秋葉原の一件以降、日本では人間に擬態した絶対天敵が大きな事件を起こす事はなかった。
日中の街中での駆除は堅気の人間を驚かせる事もあったが、絶命した絶対天敵は擬態が解除されて人間ではない姿になっていたので、人々は襲われる前に撃退された事に安堵したのだった――と同時に、絶対天敵が人間社会に入り込んでいる事を不安に思った人達の不安な気持ちに漬け込んだ卑劣な詐欺商売も展開されていたのだが、そっちはそっちで此の三組で組織した連合軍が対処し、其れ等の詐欺商売を行っていた組織は軒並み叩きのめされた上で、所謂『闇バイト』で雇われた連中は本物の殺気をぶつけて恐怖心を植え付けてから解放したのだが、幹部連中や組織のリーダーには『皮膚をカンナで削る』、『皮膚を削ったところに熱した酒を掛ける』、『手の指を全て斬り落とす』等の極道式拷問を行った後に殺害し、遺体は夫々の組が『遺体処理』の為に飼っている大型の肉食獣の胃袋に収まったのだった。
「おぉ、旨かったかタマ?」
「おやっさん、今更ですが其れは虎に付ける名前じゃないと思います。」
「何言ってんだい、ネコには『タマ』ってのが鉄板だろう?」
「虎はネコ科ですがネコじゃありません……まぁ、見た目と名前のギャップは悪くないと思いますが。」
ともあれ、裏社会の秩序を守る極道同盟によって日本は人間社会に入り込んだ絶対天敵の脅威には晒されずに済み、ミュージシャンのライブやコミックマーケットと言った大型イベントを自粛する事態にはなっていなかった。
タダその会場には、警察や民間の警備会社の他に、任侠を重んじる本物のヤクザも警備に参加してたのだが、此れもまた新たな警備の形と言えるのかも知れない。
夏の月が進む世界 Episode83
『腐った野望を粉砕!玉砕!!大喝采!!!だ!』
世界各国で絶対天敵の侵攻が激化してはいたが、龍の騎士団が出撃する事は殆どなく、IS学園ではほぼ通常通りの授業カリキュラムが行われていた。
勿論龍の騎士団が出撃する事も無かった訳ではなかったので、其の場合には一般生徒はバックスに回って機体の整備や戦局を把握する為のオペレーションを行い、結果的に其れが各科の生徒の力を底上げしていたのだった。
特に『整備課』に在籍している生徒は、ISの生みの親である束から直接指導を受けると言う、『一生に一度あるかないか』の貴重な経験をしており、その整備技術は飛躍的に向上していたのだ。
そして本日の放課後のアリーナでは、秋五がセシリア、簪、オータムの三人を相手に模擬戦を行っていた。
遠距離砲撃・射撃型のセシリアと簪と、サブアームと合わせて六本腕の近接型であるオータムを相手にした一対三の模擬戦は、如何に秋五が天才タイプであっても厳しいモノがあったのは間違いなく、セシリアの『BT兵装十字砲』、簪の『火器を全開にした絶対殺す弾幕』、オータムの『六刀流』には苦戦を強いられていた。
セシリアのBT兵装十字砲、簪の弾幕だけでも脅威なのだが、四本のサブアームを使ったオータムの六刀流が更に厄介だった……オータム本人が両手に装備しているのは長さの異なる両刃剣なのだが、四本のサブアームは夫々が『マチェットナイフ』、『ビームアックス』、『プラズマサイズ』、『レーザーランス』と異なる武器を備えており、近接戦闘であれば如何なる間合いにも対応可能となっており、手数も秋五の六倍となるので完全に対応し切れていなかった。
しかし此の絶対的窮地に秋五の専用機の雪桜のワン・オフ・アビリティである『明鏡止水』が発動し、自身に放たれた攻撃に対して的確なカウンターを放って行く――『頭で考えるよりも先に身体が動く』と言う、究極の反射神経とも言える『明鏡止水』だが、実は弱点があった。
「く……此れは思っていた以上にキツイ……!」
頭で考えるよりも先に身体が動くと言うのは、確かに最強クラスの反射神経なのだが、其れは裏を返せば『自分の意図していない身体の操作』であり、『自動で身体を動かす』と言うのは想像以上に肉体、精神共に掛かる負担が大きいのだ。
だが裏を返せばそれは、その負担を克服して自在に使いこなせるようになれば其れは間違いなく『最強』であり、絶対天敵との戦いにおいても有利になるのは間違いないので、秋五は雪桜のワン・オフ・アビリティを極める為に、無茶とも言える訓練を行っていたのだ――但し、もう一つの弱点として現状では秋五の意志で明鏡止水を発動する事は出来ず、窮地に陥った場合にのみ発動するのだが。
自らの意志で発動出来るようにするのも必要となって来るのだが、其れよりも先ずは肉体と精神への負担を克服するのが現状の課題である。
「だけど此処で焦ったらきっとダメだ……明鏡止水の名が示す通り、この力を使いこなすにはきっと常に心を落ち着ける必要がある筈だから。」
秋五はこの訓練で切っ掛けを掴んだようだが、如何に天才と言えども切っ掛けを掴んだとして、直ぐに其れを実行に移すのは難しく、最終的には一切の容赦がないBT兵装十字砲、弾幕攻撃、六刀流の波状攻撃を躱し続ける中で精神力が限界を迎えて、自動回避・防御が発動しなくなってしまった事で全ての攻撃を喰らってKOされてしまったのだが、其れでも秋五は此の模擬戦に手応えを感じていた。
「はぁ、はぁ……自分の意志とは無関係に身体が動くって言うのが此処までキツイとは思いもしなかった……究極の反射神経と言えば其処までなのかも知れないけど、完全に身体の動きに身を任せながら心の平静を保つって言うのは容易じゃないよ。」
「だが、そんな事言いつつもあと数回模擬戦やりゃマスターしちまうんだろうなお前さんはよ……ったく狡いよなぁ天才って奴は?オレみたいな凡人にゃ年単掛かる難題でも数回で出来るようになっちまうんだからよ。
お前が才能に胡坐掻いて努力しないような奴だったら、オレは間違いなくお前をぶっ飛ばしてらぁな。」
「才能に胡坐を掻いて鍛錬を怠るのは二流三流のやる事……姉だった頃のアレは正にそんな感じだったよ今にして思えばね――まぁ、僕にとっては最高の反面教師かも知れないな。」
自機のワン・オフ・アビリティを使いこなすにはマダマダ時間が掛かるだろうが、其れでも本日の模擬戦は秋五に明鏡止水を己のモノとする為に必要な要素を掴んでいた。
其の後はアリーナで適当に模擬戦が行われたのだが、『夏月・楯無組』と言うIS学園最強タッグに、『ラウラ・シャルロット組』が挑み、結果は夏月・楯無組がラウラ・シャルロット組を圧倒的にフルボッコにして勝利したのだった。
「一夜君と更識会長の鬼!悪魔!!高町なのは!!!」
「楯無、俺達は魔王レベルらしいぜ?」
「あらあら、其れは想像以上の高評価ね♪」
ラウラ・シャルロット組は何方も隙の無いバランス型で、大概の相手と互角以上に戦う事が出来るのだが、相手が夏月・楯無組ならば其の限りではなかった――夏月も楯無も基本は近接型のインファイターなのだが、夏月はワン・オフ・アビリティの『空烈断』で遠距離の相手を斬る事が可能であり、楯無はナノマシンを使った分身、空間拘束、広域水蒸気爆発攻撃と多彩な攻撃が可能な上に、『更識の仕事』では先陣を切ってカチコミを掛ける事もあって連携が完璧で隙がなく、ラウラ・シャルロット組はほぼ何も出来なかったのだ。
因みにだが、グリフィンとダリルに対しての『先輩呼び』が無くなった際に、夏月は楯無の事も『さん付け』で呼ぶ事を止めていた……『楯無って呼んでも良いか?』と聞かれた際、楯無は何処かの最強主婦シングルマザーも驚きの『秒速了承』をしていたのだった。
「夏月の剣技が見事なのは言うまでもないが、更識会長の分身が厄介極まりないぞ……外見で見分ける事が出来ない上に、触れたら其の瞬間に爆発すると言うのだからな?
ゴテンクスもビックリのスーパーゴーストカミカゼアタックだぞアレは……!おまけに此方から攻撃せずとも自爆特攻を行ってくるのだからやられた側からしたら恐怖以外のナニモノでもない……並の生徒ではトラウマになるぞ!」
「静寐ちゃん達にも此の体験はして貰ったのだけど、トラウマになっては居ないのだけれどねぇ?……静寐ちゃん達って、私が思っていたよりも遥かにメンタルが鋼だったのかしらね。」
「其処はアレです、夏月への愛があればこそです楯無さん……アレくらいでへこたれてしまっては夏月の隣に立つ資格はないと、そう思いましたから。」
「成程、愛の力は偉大ねぇ。」
夏月・楯無組の圧倒的な強さが改めて示された模擬戦だったのだが、裏社会でも其の名を届かせている夏月と楯無のタッグに勝てる者などそうそう居ないと言えるので、此の模擬戦の結果は当然だったと言えるだろう。
そうして模擬戦を終えた一行はシャワー室で汗を流したのだが、シャワーを終えて着替えたタイミングで夏月のスマートフォンに束からのメールが入った。
そのメールの内容は、『カッ君とカッ君の嫁ちゃん達は至急束さんの所に来てほしい』と言うモノだった。
簡潔な内容だが急を要する事態が発生したのは間違いなく、其れでも夏月と夏月の嫁ズだけに限定したと言う事は、秋五組では対処に当たれない『裏の仕事』だと言う事も示していた。
メールを受信した夏月は『夏月組のグループLINE』で嫁ズにメッセージを送ると、数分後には夏月と夏月の嫁ズ、序にスコールとオータムとマドカとナツキも束がIS学園にて自身の研究所として学園から提供された部屋にやって来ていた。
「束さん、秋五達を呼ばなかったってのは、裏の仕事か?」
「うん、そうなるね……ぶっちゃけて言うと、今回の仕事は麻薬カルテルの壊滅とかとは比べ物にならないモノだよ……コイツ等を生かしておいたら、其れこそ人類は滅亡しかねないんだからね。」
部屋に入り、夏月が束に『裏の仕事』である事を確認すると、束も其れを肯定したのだが、如何やら今回の一件は此れまで携わって来た裏の仕事は少しばかり事情が異なるようだった。
『冗談は言っても嘘は言わない』と自負する束が『野放しにしておいたら人類が滅亡する』と断言するのだから、相当にやばい相手なのは間違いない。
「束博士が其処まで言うとは……今回のターゲットは一体何者なのかしら?」
「まぁ、当然の質問だよねたっちゃん。
今回のターゲットは、旧ロシア軍、旧北朝鮮軍の残党と中国軍を除隊されて国外追放になった連中さ……ロシアと北朝鮮は国は滅んでも国民全員が死亡した訳じゃなく、其れは軍の関係者も同じで、生き残った奴がいたんだよ。
でもって中国は国の体制が変わって軍も再編成されて、再編成前の軍の要職に就いてた連中は軍から除隊されて、更に国外追放になったんだけど、追放された先で旧ロシア軍、旧北朝鮮軍の残党と出会って手を結んだんだよね。
コイツ等は、各地で撃破された絶対天敵の死骸を持ち帰って旧ロシア軍の地下施設で絶対天敵の研究をしてるのさ。
勿論、同じ事はアメリカをはじめとした各国が行ってるんだけど、連中が行ってるのは絶対天敵の生態や弱点を解明する研究じゃなくて、絶対天敵の死骸から採取した細胞で絶対天敵をクローン培養して生物兵器として利用するって言う束さんじゃなくても激おこぷんぷん丸のカムチャッカファイヤーレベルのふざけ腐った事をしようとしてるんだよね。
まぁ、研究はまだ始まったばかりでクローン培養も難航してるんだけど、全人類が一丸となって絶対天敵と戦ってるときに、其の絶対天敵を生物兵器として利用しようとしてるとか絶対許す事は出来ねーでしょ?……こんな輩には自分達がやってる事がドレだけ危険な事だって説明しても理解しないし理解出来ないだろうし、あまつさえその最悪の生物兵器をもってして国の再建や旧体制の復活を目論んでるって言うなら……ね。」
此度のターゲットは国として崩壊したロシアと北朝鮮の軍部の生き残りと、体制を一新した際に首を斬られた旧中国軍の幹部だった……彼等は密かに生き延びた上で地下で手を結び、絶対天敵の死骸を回収し、その細胞から絶対天敵をクローン培養して生物兵器として利用すると言う、トンデモナイ事を考えていたのだ。
IS以外では倒せない絶対天敵を生物兵器として利用出来れば、其れは世界にとって脅威となるのは間違いないが、絶対天敵が生物兵器としての制御下から離れてしまう事態となったら、其れは最悪の場合地球を滅ぼしかねない事になる――クローン培養で数を増やした絶対天敵が全て敵に回ったら、龍の騎士団や地球防衛軍でも対処し切れないのは明白なのだから。
「つまりは、其の研究所を潰し、研究者達を一人残さず殺害しろと、そう言う事ですわね束博士?」
「うん、そう言う事になるけど、お願いできるかな?」
「是非もありませんわ束博士……私、更識楯無をはじめとして、更識に連なる者は全員が此の国の為に働いているのだから、此の国にとって脅威となるだけでなく世界にとっても災厄となるのであれば、其れを排除する事に戸惑う事はないわ。」
「だな……そんな外道には生きる価値もねぇ……研究者は全員ぶっ殺すが、首謀者は『殺してくれ』って懇願するレベルの拷問をぶちかましてやる――テメェの犯した罪を其の身に分からせるには、一瞬の死の兆倍の苦しみを与える以外に方法はないからな。」
「嗚呼、今宵は美しくも残虐なアクション劇が展開されそうだね……なれば、私達も気合を入れねばだな。」
ターゲットの詳細を聞いた夏月組+αは、IS学園の地下埠頭で『数の子松前漬け軍艦』に乗り込むと、一路旧ロシア領に向かい、未だに周辺国の領土となっていない最北端の地にある現在では破棄された軍事施設に到着していた。
絶対天敵の侵攻によって国として滅んだロシアは、周辺国が其の広大な土地を国同士の会議で分け合って自国の領土としていたのだが、此の軍事施設がある場所は『人が暮らすには過酷過ぎる上に魅力的な天然資源もない』と言う理由でウクライナをはじめとした周辺国が何処も欲しがらなかった事で空白の土地となっていたのだが、その事が今回の件を画策した連中にとっては好都合だった。
何処の国の領土でもなければ入国は容易である上に、此の軍事施設の地下深くには軍事研究所が存在しており、其の研究所には嘗て行われていた『生物実験』を行うための施設や『生物兵器』を開発するための施設も存在しており、絶対天敵のクローン培養を行うにはうってつけの場所だった。
何処の国の領土でもないので土地を防衛する為の兵士が存在していない事も好都合だった――更に、此の地下の軍事研究所は旧ロシアのKGBが徹底的に存在を秘匿していたので、アメリカのCIAですら把握していない事だった……其れを突き止めた束の凄さは最早言うまでもないのかも知れないが。
「地下に研究室があるとなると警備兵を遠距離からの狙撃で無効化するのは不可能だよな?……簪、正面入り口以外に研究室に入れるルートは?」
『換気用の通気口はあるけど、侵入者対策として通気口にもレーザーセンサーが設置されてるから使えない……地上から地下に降りるのも施設一階にある隠し部屋のエレベーターしかないから正面突破するしかない。』
「マジか……いや、だが其れなら其れで逆に面倒な事も無いか?」
「正面突破上等じゃねぇか?
そもそもにして、此のオータム様にせせこましい搦め手なんざ似合わねぇからな……真正面から突っ込んで真正面からぶっ潰す!其れがオレの流儀ってモンだぜ!」
「そう言えばデュノア社にカチコミ掛けた時も正面玄関からだったな。」
だがその地下研究所のセキュリティは中々に堅く、セキュリティの裏を突いて突入する事は不可能だったので、夏月達は簪のオペレーションで隠し部屋に向かうと、其処にあったエレベーターに乗って地下に降りると、エレベーターの扉が開いた瞬間に仕掛けた。
研究所の入り口に居た警備兵は、『研究者が全て研究所に居る時には起動しないエレベーター』が動いた事に警戒していたのだが、エレベーター内部から何かが放り出された事に一瞬気を向けてしまい、其の一瞬が命取りになった。
――カッ!!
エレベーターの扉が開くと同時に夏月達が放ったのは強烈な閃光で視界を潰す『スタングレネード』だった。
照明があるとは言え地上よりも暗い地下で任務に当たっている警備兵は地下の暗さに慣れてしまっているので、スタングレネードの閃光は完全な目潰しとなっていた――此のスタングレネードは束お手製で、通常の三倍の強さの閃光が発せられるのだから尚更だろう。
「テメェは此処で燃え尽きろ!」
「地獄の業火で焼かれなさい……そして地獄で更なる業火に魂を焼かれると良いわ。」
束製のスタングレネードで視界を失った警備兵にはダリルとスコールが『ミューゼル一族』に受け継がれている『炎を操る力』をもってして『草薙京』や『八神庵』もビックリするくらいの灼熱の炎を喰らわせて一瞬で丸焦げにして見せた――一瞬で相手を丸焦げにし、身元が分からなくしてしまうミューゼル家の炎は獄炎と言っても良いだろう。
「人の道を外れた外道共、特別に閻魔と謁見の無料チケットを持って来てやったぜ!」
「大人しくしていれば長生きできたかも知れないのに、下手な欲を出した事で貴方達の人生は此処でピリオド、エンディング……スタッフロールを流す準備は出来てるかしら?」
そして警備兵を片付けた後は、夏月が黒のカリスマも絶賛するレベルの『ケンカキック』で研究所の扉を蹴破り、本格的なカチコミが始まった。
「な、なんだ!?」
「青髪の女……更識か!」
研究所はもっと奥にあったらしく、扉の先にはロビーになっており、其処には多数のロシア、中国、北朝鮮の兵士の成れの果てが存在しており、突然のカチコミに驚き、其の相手が『更識』である事も認識出来たのだが、精々それだけだった。
兵士達はプロの軍人だったのだが、国が崩壊したロシアと北朝鮮、国から追放された中国の兵士は逃げ延びた先では碌なトレーニングを行う事が出来ていなかったのですっかり身体が鈍ってしまっており、其れでは現役バリバリの夏月達の相手にはならなかった。
兵士は銃を抜いたのだが、引鉄が退かれるよりも早く夏月と楯無、ヴィシュヌとグリフィンが間合いを詰めて、夏月は正拳突き、楯無は当て身、ヴィシュヌはハイキック、グリフィンはアッパー掌打を繰り出して兵士をKOすると、其処からアクション映画さながらの乱闘となった。
数では相手の方が有利だが、質では夏月達の方が勝っており、加えて夏月達は全員が『一対多の戦いでの戦い方』を身に付けていたので、数の差は大した問題ではなかったのだ。
「行くぜロラン!」
「あぁ、此れで決めようじゃないか夏月!」
「「シンクロニティ・インフェルノ!!」」
トドメは夏月とロランのツープラトン攻撃だ。
夏月とロランは残った二人の兵士の背に乗ってロビー内をサーフボード、或いはスケートボードを乗るかの如く移動してダメージを与えると、タイミングを合わせて壁から離れてターゲットを正面合わせにすると、其のまま勢いを付けて頭を壁に突き刺す!
石膏ボードの壁ならばギリギリで存命出来たかもしれないが、地下研究所はコンクリートの壁だったので、コンクリートに頭を突き刺されたターゲットは頭蓋骨骨折の脳挫傷で即死だろう。
だが、此れで兵士は全て片付けたので夏月達は奥にある研究所に向かい、今度は夏月とオータムのダブルケンカキックで扉をぶち破った――そして、其処で行われていたのは外道な研究以外のナニモノでもなかった。
培養ポッドと思われる円筒形の装置には絶対天敵の死骸が存在していたのだが、其れとは別の装置には絶対天敵と融合したと思われる人間の姿があったのだ。
『絶対天敵を生物兵器として利用しようとしている』と言う束の予測は当たっていたが、しかし其れ以上の事を研究者達は行っていた――つまり、人間と絶対天敵のハイブリット体の製作と言うトンデモナイ事をやっていたのだ。
「コイツは……人間と絶対天敵を合体させようとしてたのか……この外道が……テメェ等には地獄すら生温いぜ!!」
「人間にして絶対天敵の力を持ち、絶対天敵ながら人間の知能を持っているのならば其れは確かに最強の存在なのかもしれないけど、逆に其れは人間としての自我も存在する事になるから造物主に反逆する可能性が高くなる……そうなれば正に最悪極まりない結果しか生まないわ!」
此の事実が夏月達の怒りを一気に燃え上がらせた――連中が行っていたのはいわばより悪辣な『織斑計画』とも言うべきモノだったからだ。
『織斑計画』は『最強の人間を量産して兵器として売る』と言う人道に反しているなどと言うレベルのモノではなかったのだが、今回の一件は織斑計画が生温いと思ってしまう位に最悪のモノだったのだ。
絶対天敵のクローン培養だけでも許されざるモノなのだが、更に人間と融合させたハイブリット生物を誕生させて其れを兵器として利用しようなどと言う事は到底許せるモノではないのである。
「テメェ等、こんな事をしやがるとか人の心がねぇのか?……コイツ等が暴走して平和に暮らしてる人達を襲っちまうかもしれないとか、そんな事は考えねぇのかよ!!」
「知らん!此れが完成すれば我等の祖国は嘗ての力を取り戻す事が出来る!ロシアと北朝鮮も復活し、共産主義による覇権国家が世界に君臨する様になるのだ!
何よりも絶対天敵を支配下に置く事が出来れば、其れだけで他国は恐れ戦く事になる……其れに、此れだけの力を兵器として利用しない手はない!」
「そうかい……楯無、更識邸に連れ帰るまでもねぇ、コイツ等は此処で拷問行って生きている事を徹底的に後悔させてやろうじゃねぇか……此処まで胸糞が悪くなったのは久しぶりだぜ!」
「えぇ、そうしましょう夏月君……此処は生物実験や生物兵器の開発が行われていた場所だから拷問に使えそうなモノも多いし、外に連れ出せば極寒の地ならではの拷問も行えるしね。
さて、其れじゃあ始めましょうか?生きてる事を後悔しなさい外道さん?かの偉大なる拷問ソムリエの伊集院先生はこう仰ったわ。」
「外道に歯があるのは違和感がある、ってな!」
「つー訳で、先ずは全部歯を折るぜ!」
完全に人の道を外れた思考形態に夏月達は僅かばかりの慈悲も捨て去った。
此れがもし、『生きる為に仕方なくやった』と言うのであればまだ酌量の余地もあったのかも知れないが、研究者達は誇大妄想の未来を夢想していただけではなく、研究が失敗した際の最悪の事態をまるで考えておらず、絶対天敵の力を兵器として利用する事しか考えていなかったので、最早慈悲はない。
夏月と楯無とダリルはメリケンサックを装備すると、文字通りの鉄拳で研究者達の口に次々と拳を叩き込んで歯を折ると、他のメンバーが歯を折られた研究者を拘束して手術台に叩き付けて四肢をベルトで拘束する。
「さぁて、地獄のオペを始めましょうか?」
楯無の此の言葉を合図に、手術台に固定された研究者達には『メスでの皮膚剥ぎ』、『ハサミで指を一本ずつ切り落とす』、『爪を全部剥がす』、『歯根にネジを差し込み、ネジに電線を巻き付けて電流を流す』、『皮膚を剥がされたところに沸騰寸前まで熱したウォッカを浴びせる』、『四肢をメスで滅多刺しにする』等の拷問を行った後に極寒の外に連れ出して柱に括りつける。
「さぁて、此処からがクライマックスよ。」
其処では束が開発した『極寒の地でも着れるヒーター機能搭載のイブニングドレス』を着用したスコールがトゲ付きの鞭で研究者達を滅多打ちにした。
スコールの類まれな美貌とモデル顔負けのプロポーション、そしてそのプロポーションを際立たせるドレス姿で鞭を振るう其の姿は、『超ドS女王様』其の物であり、あまりの嵌り具合にスコールの恋人であるオータムですら若干引いていた位だ。
だがしかし、凍てつくような極寒の地での鞭打ちはやられる方からしたらこの上ない地獄だ。
鞭打ちによって傷付いた肌は傷を修復する為に集まった血液が瞬間的に凍結してしまい、其処から表面の血管内の血液も凍結する事で血の流れが滞ってしまい、しかしそうなると凍結していない血液は何とか全身に血を巡らせようとして血管を突き破って筋肉をバイパスする――其れが痣の正体である内出血なのだが、血液すら凍てつく極寒の地では其れは逆に肉体を滅ぼすモノであり、既に肉体が大きく損傷しているのならば尚更だ。
凍り付いた血管を突き破って筋肉にバイパスした血液は、しかしその筋肉も既に皮膚を剥がされていたとなれば筋肉の表面で血液は凍り付く事になり研究者に更なる苦痛を与える事になるのだ――剥き出しの筋肉が極寒に晒されるだけでも激痛であるところに、表面に張り付いた血液が凍ったとなれば其の激痛は筆舌に尽くし難いだろう。
そして其れだけではなく、夏月達は雪玉を投げつけて更なる苦痛を与えていた……と同時に、此の映像は簪が各種動画サイトでライブ配信していたので『絶対天敵を兵器として利用しようとしたらどうなるか』と言う事を世界に知らしめていた――流石に夏月達の顔にはリアルタイムでのモザイク処理がされていたが。
「そんじゃあトドメと行きますか!」
「夏月……なんだい、その超巨大な雪玉は?」
「豪雪地帯限定の超必殺技、『雪元気玉』だぜロラン……羅雪を使ったからこそ作れたんだが、散々色んな方法で痛めつけた相手へのトドメは圧倒的な物理攻撃で絶望を与えてだろ?
外道畜生には、最大級の絶望を感じた上で死んでもらわねぇとだからな。」
「成程……では、盛大に其れをブチかましてくれ夏月!」
「うおりゃぁぁぁぁぁ!!ぶっ潰れちまえ!!もう二度と生まれて来るなよ?貴様等の面は二度と見たくねぇからな。」
この拷問のフィニッシュは夏月が羅雪を展開して作り上げた、直径300mはあるであろう超巨大な雪玉の投擲だった……スコールの鞭打ちで九割殺しとなっていた研究者達は身体を拘束されていた事もあって其れを避ける事は出来ず、数トンの雪玉によって圧殺された――あまりにも大量の雪の下敷きになった事で遺体は回収されなかったのだが、百年後には氷の下から発見されるのかも知れない――つまりは、研究者達の死は最低でも百年経たなければ認知されないと言う事だろう。
「此れで終わりだ……楯無、ダリル、任せたぜ。」
「夏月君に任されたんじゃしくじる事は出来ないわ……行くわよダリル!」
「オウよ楯無!吹き飛びやがれ!」
「「メドローア!!」」
そして研究所は地上の軍事施設諸共、楯無とダリルの最強の対消滅攻撃によって跡形もなく吹き飛ばされてしまい、旧ロシア領の北の果ての地は此れにて文字通りの『旧ロシアの最果ての北国』としてネットで有名となり、同時に研究者達の個人情報が束によって拡散され、当日は非番で研究所の警備に当たらなかった事で夏月達のカチコミから辛くも生き延びた者達も『何時自分が殺されるか』と言う恐怖をもって生きる事を余儀なくされてしまったのだ――人道に反し、己の利益のみを考えてしまったモノには相応の結末と言えるだろう。
こうして、束の依頼を完遂した夏月達はIS学園に帰還するのだった。
――――――
夏月達が不穏分子の制圧を行っていた頃、日本をはじめとした国際国家は、大規模なイベントの会場にて、大胆な絶対天敵駆逐策を開始しようとしていたのだった。
絶対天敵が擬態した人間を見分ける術は束がサブリミナルによって刷り込んでいたのが、其れよりももっと簡単な判別方法が意外にも野球の試合で明らかになっていたのだ。
日本の野球では、攻守交替の合間に観客席の様子を球場カメラが撮影してオーロラヴィジョンに映し出すと言うのは珍しくもなくなっていたのだが、ある球場で其れを行った際に、オーロラモニターには『普通の観客が人間の服を着た人間ではない存在に変化してまた戻る姿』が映し出されたのだ。
此れにより球場は一時パニックになったのだが、其処に駆けつけた更識配下の極道組織によって其の絶対天敵は倒されたので被害はゼロだったが、此の一件によって、絶対天敵は人間の目、および静止画を切り取った『写真』しか欺けないと言う事が明らかになり、カメラ撮影したリアルタイム映像で『人間が人間でないモノに変化する光景が映り込んだら、其れは絶対天敵である』と言うマニュアルが完成したのだった。
束が絶対天敵を見分ける方法を見付けたのも動画だった訳だが、此れは束が作り上げた『99.99%人間の目』と同様の機能を持った超高精細カメラであったため逆に騙されてしまったと言う事になる訳だが。
大規模なイベント会場にやって来た人間をカメラで撮影し、撮影した映像に映っていたのが人間でないものに変化したら、其れは絶対天敵と言う事になるので、日本をはじめとした各国は大規模イベントを利用して人間社会に紛れ込んだ絶対天敵を炙り出そうとしたのだ。
「成人前の少年少女達にだけ任せておくと言うのは如何かと思うんだが、其れだけにこうして出撃出来た事が有難いと思うね……俺達にどんだけのモノが出来るかは分からないが、せめて少年少女達の少しの助けになれたなら幸いか……ってな事を言ってる時点で頼っちまってる訳なんだがな。」
自衛隊のオスプレイから茨城の百里基地に降り立った、角刈りの髪型が厳つい印象を与える自衛官の青年は、そう独り言ちると今回の任務の地である『茨城県』の『大洗町』へと向かい、其処で人間に擬態した絶対天敵の駆逐に全力を尽くすのだった――!
――――――
同じ頃、束は己のラボにて絶対天敵との戦いの切り札になる情報を得ていた。
「見つけた、遂に見つけたぞISコアの反応を遮断する物質を!
ISコアは隕石を材料にしてるから、その反応を遮断するには特別な何かが必要だと思ってたんだけど……ISコアの反応を遮断していたのがまさかの『水晶』だったとはね。
天然の水晶が存在してる場所は限られてるから、後は其の場所とキメラの反応が途絶えた場所を重ね合わせれば絶対天敵の本拠地も明らかになるってモンだ……だから覚悟しろよキメラ――お前の命は、後三ターンだ!」
『ISコアの反応を阻害していた物質』が、実は水晶であった事を突き止めた束は、此れまでキメラの反応が途絶えた場所と天然の水晶が数多く眠っている場所を重ね合わせる事で、絶対天敵の本拠地を遂に突き止めたのだった。
とは言っても、其処にカチコミを掛けるのは万全を期して夏月達が休息してからになるのだろうが、絶対天敵の本拠地が判明したと言うのは、此の戦いにおいて地球人にとって大きなアドバンテージになったのは間違いないだろう。
地球人類と絶対天敵との戦いはいよいよ最終決戦に向かおうとしていたのだが、此の戦いは人類が絶対天敵の本拠地に攻め込むのが先か、キメラが繭から進化して再誕するのが先か、其れによって戦いの天秤が何方に有利に傾くかが決まって来るのかも知れない……
To Be Continued 
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