女性権利団体のメンバーの墓を掘り起こし、埋葬されていた遺体を吸収した事で人間への擬態能力を会得していた絶対天敵は其の能力を活用して此度の日本襲撃を成功させ、更には生きている人間を捕食した事で擬態レベルが大きく進化していた。
「紺に知和。」
「人語を流暢に話すにはまだ難があるが使えないレベルではないな。」
マダマダたどたどしいとは言え人語を操る事が可能となっており、其れこそ『片言の日本語』や『ブロークンイングリッシュ』で通す事が出来るレベルで、『日本語に不慣れな外国人』、『外国語に不慣れな日本人』を演じる事が可能になっていた。
と同時に其れは人類にとっては脅威な事であった――人間の擬態レベルが高くなったと言う事は、何処に絶対天敵が紛れ込んでいるかが分からなくなってしまったとも言えるからだ。
故に束は『地球人類に擬態した絶対天敵の見分け方』を確立すべく研究を行って徹夜に徹夜を重ね、研究室には『最強のエナジードリンク』との呼び声も高い『モンスターエナジー』の空き缶が数え切れないほどに散乱していた。
「擬態レベルが上がってるとなると見た目で判断するのはまず不可能。
言葉遣いがたどたどしいからってのも決定的な判断材料になるとは言えない……食事に関しても普通の人と同じモノを食べられるなら其処を判断材料にも出来ないとなると……体温か?
絶対天敵は地球上のあらゆる生物を吸収して、その時々に応じて姿を変える事が出来るみたいだけど、姿形は変わっても元々が宇宙生物ってのは変わらない訳だから、そうなると地球上の生物とは明らかに体温が違う可能性がある……シャトル外に排出されたトイレの水が一瞬で凍るくらいに宇宙空間は極寒って事を考えると、其処で生きて行くには高い体温が必要になる――其れこそ、哺乳類では最も高い体温を持っていると言われている北の海に暮らすクジラ類よりも高い体温が。
地球の環境に合わせて体温を低下させたとしても、其れでも活動能力を得る為には最低でも体温を三八度以上に保つ必要がある筈だから、異常に高い体温なのに普通に活動出来てる奴は絶対天敵が擬態してる可能性が高いかもだね。
でも人間の中にも束さんみたいに『高熱なにそれ美味しいの?』ってな感じで動ける奴も居るから+アルファの判断要素が必要だな……ん?」
束は研究室で此れまで世界に現れた絶対天敵の映像を見ながら判別方法を考えていたのだが、先の秋葉原の襲撃時の映像を見て何かに気付いたらしく、人間に擬態した絶対天敵がコスプレイヤーを殺害するまでの映像を何度かリピート再生していた。
「此れは……コイツ、一切瞬きしてないじゃん。
人間はどんなに頑張っても瞬きを我慢出来るのは一般人なら三十秒が限界で、一分我慢出来たら凄技レベルなのに、コイツは十分以上も一度も瞬きをしてない……此れは決定打だね!
人間に擬態した絶対天敵は瞬きをしない……いや、出来ないんだ!
あの屑の身体を乗っ取った親玉は兎も角として、其れの子分である絶対天敵達は戦闘能力を優先した結果、瞼のある生物の姿になった場合でも瞼の開閉機構は有してても其の能力はオミットしちゃったんだ、戦場では一瞬でも視界を塞ぐ事は隙になるから。
だけどそれが今回は仇になった……フハハハハハ、此の束さんに四徹させた事は褒めてやるけど、束さんを徹夜で潰す事は出来なかったねぇ!
擬態を判別する方法は分かった……妖しいと思った奴に強い光を喰らわせて、其れで目を瞑らないか目を守ろうとしなかったらそいつは絶対天敵だ!
強い光を受けたら目を保護する為に目を瞑るか腕で光を遮ろうとするのが人間だからね!」
そして遂に束は人間に擬態した絶対天敵の判別方法を発見したのだった。
だが判別方法を見付けるまでに四日も掛かってしまった事で人間に擬態した絶対天敵は決して多くはないが人間社会に入り込む事に成功してしまっていた――とは言え、人間の擬態レベルを上げた場合は生身の人間には余裕で勝てるとは言え戦闘力は著しく低下すると言う弱点も露呈してしまい、人間社会に溶け込んでも即行動すると言う事態は回避されていた。
だが其れでも本土にやって来ていたIS学園の一般生徒が人間に擬態した絶対天敵に襲われて其の存在を乗っ取られ、IS学園にも人間に擬態した絶対天敵数体が入り込んでしまったのだった。
夏の月が進む世界 Episode82
『暫しの休息と急転直下の最終決戦開始の狼煙』
秋葉原での一件の後、一旦世界では絶対天敵の攻撃が沈静化していた。
極小規模な戦闘は生じてはいたモノの、龍の騎士団が出撃する必要はないレベルのモノであり、現れた絶対天敵もサイボーグ体ではない個体だったので各国の地球防衛軍の戦力で余裕で対処出来ていたのだ。
また、人間に擬態した絶対天敵も秋葉原の事件後は息を潜めて大人しくしていた事もあり、事件後には『絶対天敵は何処に潜んでるんだ?』、と自分以外の人間に対して少し疑心暗鬼になっている人々も存在していたのだが、現在では其れも大分落ち着き、事件があった秋葉原界隈も日常を取り戻しつつあった。
此の状況に対しての各国のメディアの反応は多種多様なのだが、日本のメディアは先の秋葉原での一件で偏向報道を行って手痛いしっぺ返しを喰らった事で大分慎重な報道を行っていた。
各局とも元自衛官や現役自衛官をコメンテーターとして迎えつつ、お馴染みの芸能人コメンテーターや知識人コメンテーターと意見をぶつけ合わせて、真剣に絶対天敵とこの先どうやって戦って行けば良いのかを議論していた。
此処で光ったのが芸能人コメンテーターの意見だった。
元自衛官や現役自衛官、知識人は専門的な知識を持っているのだが、芸能人コメンテーターは一部を除いて専門的な知識がないからこそのコメントを口にする事が出来ており、同時に其れは国民の多くが思っている事でもあるので、その意見に対する元自衛官、現自衛官、知識人のコメントが注目されるのは当然で、中でも現役自衛官の意見は『最も正直な現場の意見』としてネットでも評価されてた。
各国の地球防衛軍で対処が出来ていると言う事は、龍の騎士団は出撃する事なく、IS学園では新年になってから初めてとも言える通常の学園生活が送られていた。
座学と実技が良い感じで織り交ぜられたカリキュラムが行われ、そしてあっと言う間に放課後になったのだが……
「タテナシ、今日こそ勝たせて貰うよ!」
「全力で来なさいなグリフィンちゃん……生徒会長はIS学園最強の証――そう簡単には勝たせてあげないわよ!」
IS学園のトレーニングルームに設置されたスパーリング用のリングでは古武道でお馴染みの袴姿の楯無とグレーの柔道胴着を着たグリフィンがスパーリングを超えたセメント勝負を始めていた。
スパーリングとはつまりは模擬戦なので、普通はお互いにある程度の加減はするモノなのだが、夏月組に限ってはスパーリングは模擬戦ではなくガチバトルなので、制限は『相手を死なせない事』と言う中々にぶっ飛んだモノなのだ――裏社会の存在ある『更識』の一員である夏月組にとって、其れは当然の事であるのだが。
「ふっ……せい!!」
「はい!せいやぁぁぁ!!」
そして当然の如く楯無とグリフィンの戦いは凄まじいモノだった。
楯無の武術の基礎となっているのは『グレイシーの生みの親』として知られている日本の柔道家『前田光代』が体得していた『天神真楊流柔術』であるのだが、グリフィンが体得している『ブラジリアン柔術』は『天神真楊流柔術』が元となっている為に、ある意味では『互いに手の内を知っている』状況になってしまい決定打を欠いていたのだ。
此のまま戦っても泥仕合になり、時間無制限のスパーリングならば、ダブルKOとなり兼ねないので、楯無もグリフィンも数回の攻防の後に互いに相手の出方を伺っての『見』の状況になり、リング周辺には緊張感が漂う。
「此のままじゃ埒が明かねぇな……楯無さん、グリ先輩、此れが合図だ。」
その緊張故に楯無もグリフィンも動く事が出来なかったのだが、ジャッジを務めていた夏月がポケットから五百円玉を取り出し、コイントスを行い五百円玉がリングに落ちたのが合図だと告げ、楯無とグリフィンは其れに頷いて了承の意を示す。
其れを確認した夏月は親指で五百円玉を弾き、弾かれた五百円玉は激しく回転しながら舞い上がり、そして落下してリングに落ちた。
と同時に先に仕掛けたのはグリフィンだった。
一足飛びで間合いを詰めると、渾身の当て身を楯無に繰り出す――其の当て身は人体急所の一つである水月を狙って放たれており、決まれば一撃必殺だったのだが……
「其れは読んでいたわよグリフィンちゃん……一撃必殺ならそう来るわよね!」
楯無は其の当て身を受け流した上でグリフィンにカウンターの投げ技でリングに叩き付け、更に追い打ちにダウンしたグリフィンを強引に逆側に投げ付けて、ダメ押しとなる腕十字固めを極める。
この腕十字固めもプロレスや総合格闘技で使われている『手首を両手でロックして引っ張る』のではなく、『手首を脇でロックして引き延ばす』形の『拷問腕十字』だった……通常の腕十字固めよりも拷問腕十字は肘関節がより強烈に逆に反らされるので一度極まったら凄まじい激痛が走って耐える事は出来ず、よしんば耐えたとしても極められた腕を抜くのは極めて困難であり下手に動けば肘関節が破壊されてしまうので、グリフィンは技が極まった瞬間に即刻タップアウトして決着と相成った――IS学園最強の名は伊達ではなく、此れで通算三十回目の生徒会長の椅子の防衛となったのだった。
「今回は勝てると思ったのに、タテナシ強過ぎるでしょ冗談抜きで!夏休み中にブラジリアン柔術最強のグレイシー一家に密かに特訓して貰ったってのに、自信無くすよマジで?」
「グレイシー一家は確かに世界最強なのかもしれないけど、その基礎になってるのは私が極めた天神真楊流柔術と言う事を忘れちゃダメよ?
グレイシー柔術、ひいては其れを元にしたブラジリアン柔術は天神真楊流柔術を極めている私には通じないのよ……分家では本家に勝つ事は出来ないと言う事ね――だけど、久しぶりに楽しい戦いだったわグリフィンちゃん。」
「何の慰めにもなってないけど、タテナシの事を楽しませる事が出来たって言うんなら及第点かな。」
勝利したのは楯無だったが、負けたとは言ってもグリフィンの顔にも笑みが浮かんでいたので互いに全力を出し切ったのは間違いないだろう――と、同時に勝負に負けたグリフィンはロランとヴィシュヌによって更衣室に連行され、そして数分後にはメイド服を着たグリフィンが更衣室から出て来た。
実は本日のスパーリング(と言う名のガチバトル)は、『負けたら寝る時までメイド服で過ごす』と言う謎のルールが設定されており、負けた者は全員が簪お手製のメイド服に着替える事になったのだ。
生身での戦闘が得意ではない簪とファニールは他のメンバーに夕食で一品奢る事を条件に戦闘を免除されたのだが、其れ以外のメンバーはガチバトルを行い、此れまでに鈴vs静寐、乱vsナギ、ヴィシュヌvs神楽、ロランvsフォルテ、そして今しがた楯無vsグリフィンの試合が行われ、其の結果、鈴、ナギ、神楽、フォルテ、グリフィンがメイド服となったのだった。
そうしてリング上にはラストバトルとなる夏月とダリルが上がった。
試合の組み合わせは『同じ番号を引いた者同士が戦う』と言う形のクジ引きで決めたのだが、夏月とダリルは共に『FINAL』と書かれたクジを引いた事でラストバトルを戦う事に。
楯無vsグリフィンのジャッジを行っていた夏月はジャージを脱ぐと袖なしの青紫の空手胴着姿となり、ダリルは羽織っていたウィンドブレーカーを脱ぎ捨てると学園祭のプロレスの時に着ていたのと同じ衣装姿となった。
「空手とプロレスの異種格闘技戦か……知ってるか夏月?プロレスと空手の異種格闘技戦ってのは此れまで何度も行われてるんだが、結果はプロレス側の圧勝なんだぜ?」
「そりゃそうでしょうよ、異種格闘技戦とは言っても所詮はアレってルールはプロレスな訳だからな。だからプロレス技が掛かる訳だし。
逆にプロレスラーがK-1の世界に殴り込みかけて勝った例ってのは少ないだろ?てか、現役のプロレスラーでK-1のリングに上がって勝った人って居ないんじゃないか?総合格闘技なら何人かいるみたいだけど。
俺はプロレス好きだし、本物のプロレスラーは強さとエンターテイナーとしての能力の双方を備えてると思ってるんだけど、其れだけにプロレスのリングでの異種格闘技戦ってのはプロレスの延長線上の事で、ガチの空手との戦いとは違うって考えてるんだ……プロレスじゃ俺に勝つのは結構難しいと思うぜダリル?」
「お前の言う事も一理あるが、『相手の攻撃を受けるタフさ』に関してはプロレスラーが最強だって事を忘れるなよ?
プロレスってのはボクシングや総合格闘技と違って『相手の技を避ける事が許されない』からな……プロレスってのは基本的に相手の技から逃げちゃいけねぇ――相手の技は全て受け切らないといけねぇ。
だからこそ相手の技を全て受け切れるようにテメェの身体の耐久力を極限まで引き上げるんだ……プロレスラーの身体の頑丈さは相撲レスラーに次ぐレベルなんだぜ?……オレも同じくらいに鍛えてるから簡単にはやられねぇぞ?」
「だろうけど、勝つのは俺だぜダリル。
てか、負けたらメイド服とか黒歴史過ぎて絶対嫌だし、ダリルのメイド服ってのも見てみたいからな。」
「オレだって負けられるか!メイド服とか、そんな恥ずかしいもん着れるかよ!」
「メイド服が恥ずかしいって、普段ブラチラパンチラで過ごしてるアンタがそれ言うか?
俺としてはメイド服よりも下着晒してる方が恥ずかしいんじゃないかと思うんだけどその辺如何よ?恥ずかしいと感じるところが少しオカシクねぇかな?」
「羞恥心てモノも個人差があるんだよ!」
「……さいですか。」
夏月とダリルは軽い遣り取りをしていたが、其れでも気を緩める事無く、夏月は空手の究極の構えである『天地上下の構え』をとり、ダリルは上半身を少しばかり前傾させて両腕を大きく開いて身体を軽く上下させる構えを取る。
因みに、この数日で夏月はグリフィンとダリルに対して普段の生活でも『先輩』とつける事を止め、グリフィンは『グリ』と呼び、ダリルは呼び捨てになっていた……此れはグリフィンとダリルが『先輩呼びを辞めて欲しい』と言ったからであり先輩に対する敬語、ですます口調も改めていた。
此の試合のジャッジはファニールが務め、そして簪が試合開始のゴングを鳴らす。
其のゴングと同時に夏月とダリルはリングをゆっくりと間合いを詰めると、ダリルが両腕を上げて『力比べ』を仕掛けて来たので、夏月も両腕を上げ、互いにガッチリと手を組んでから渾身の力比べが始まった――しかし、互いに鍛えているのであれば、力比べでは男性である夏月の方に分があり、ダリルは徐々に押し込まれて行ったのだが、ダリルは見事なブリッジで力比べには負けながらも夏月の力を受け流すと、更に押し込んで来た夏月を其の力を利用して巴投げで投げる。
投げられた夏月は受け身を取って直ぐに立ち上がろうとしたのだが、ダリルは其処に間髪入れずにシャイニングウィザードを叩き込む。
立ち上がろうとして片膝を付いたところで、その膝を踏み台にして放たれるシャイニングウィザードは虚を突いた攻撃なので回避は不可能で防御も極めて難しくダリルの膝は夏月の側頭部を捉えた――
「ふぅ、武藤さんも絶賛のタイミングだったが、残念だったなダリル?」
「ぐ……そう来たか……まさかのエルボーガードとはな……!」
と思ったのだが、夏月はダリルのシャイニングウィザードを肘を立ててガードしていた。
普通のガードは脇を締めて下腕部で受けるモノなのだが、夏月は肘を立て、人体で最も硬い部位の一つである肘でダリルのシャイニングウィザードを受けて見せたのだ。
一般人が此れを行ったら肘が壊れてしまってだろうが、更識の一員として己を鍛えて来た夏月にとっては其の限りではなく、ダリルのシャイニングウィザードをガードしつつ、ダリルの膝にカウンターのダメージ与える事に成功していた。
此れによりダリルの右足は暫く使い物にならなくなってしまったのだが、其れでもダリルは夏月から離れず、体操選手の鞍馬運動の如き動きでバランスを取るとその状態から夏月に回し蹴りを喰らわせてロープに飛ばし、跳ね返って来たところで背後に回りコブラツイストを極める。
「オレのコブラツイストから逃げる事は出来ねぇぞ!」
「確かにガッチリ極まってるけど、此れが効くのはプロレスラーだけだろ?」
ガッチリ極まったコブラツイストだが、夏月は其れを難なく抜けて見せた――夏月も言っていた事だが、プロレスの関節技の多くはプロレスラーにしか通用しないモノなのだ。
プロレスラーは受け身は一流なのだが、数ある格闘技の中では最も身体が硬いのだ――其れでも一般人と比べれれば高い柔軟性を有しているが、格闘技の世界ではプロレスラーは極めて身体が堅いのだ。
「此れで終わりだダリル……一撃必殺!!」
「んな!?……どわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
コブラツイストから脱出した夏月はローキックでダリルの体勢を崩すと右の拳に全ての力を集中した渾身の正拳突きを放つ――ダリルは完全にカウンターとなった此の正拳突きを防御する事は出来なかったので敢えて受けた上で自ら後ろに飛んでダメージを軽減しようとしたのだが、ダリルは自分から後ろに飛んだにも関わらず夏月の正拳突きの威力を殺す事は出来ず、リングのロープをぶち切って、壁にぶち当たる事で漸く止まったのだった。
「やるな……流石はオレの旦那だぜ……こりゃオレの負けだな……回復までに一分は掛かりそうだ。」
「アンタも強かったぜダリル。また今度勝負しようぜ?」
「おうよ、今度は負けねぇ……って、オレ何回目だっけ此のセリフ言うの……?」
其れでもダリルは意識を保っており、大きな怪我もなかったのだが、背中を強く打った事によるダメージは大きく、自ら敗北を宣言。
其の後動けるようになるまで回復したところで更衣室に連れ込まれ、そしてメイド服姿を晒す事になったのだった――尤も、試合に負けてメイド服になった面々は夏月から『メイド服も似合ってるな』との評価を受けた事でまんざらでもない様子だったのだが。
そうして本日のトレーニングを終え、夏月は着替えて道場から出て来たのだが――
「乙かれ佐摩、位地Ya勲。」
其処に一般生徒がやって来て、夏月に労いの言葉を掛けて来た。
夏月も其の労いの言葉に笑顔で対応するのが何時もの事だったのが……
「お疲れ様って事でもねぇよ……俺達にとっては此れ位は日常の事だからな……寧ろ俺的にトレーニングは趣味の領域だから楽しいモンだぜ?
だからこそ、お前等に後れを取る事なんかは出来ねぇんだけどな。」
「柄……?」
「もう少し語学の勉強をしてきな……音はあってるがイントネーションとアクセントが滅茶苦茶だ――そんなんじゃ、自ら正体を吐露しているようなモンだ。」
その生徒と擦れ違いざまに夏月は羅雪を部分展開して心月を抜くと、神速の居合でその生徒の首を斬り落とした――首を斬り落とされたと言う事で身体は崩れ落ちたが、斬り落とされた首は意識を保っていた。
「キサマ、四で板のか?……ナゼ、綿史がゼッタイTen敵だと未矢ぶれレたNOだ……?」
「何でって言われても困るんだが……逆に聞きたいんだが如何して其れで俺達を騙せると思ったんだ?
日本人がそんなイントネーションとアクセントが滅茶苦茶な日本語話すかよ……言葉が乱れまくってるって言われてるギャルJKでももう少しマシな日本語を話すぜ――まぁ、日本人以外の生徒に擬態したとしても俺や楯無さんなら見破れるけどな。
大抵の生き物は、相対した相手が自分と同じ種か否かってのを判別する能力を持ってるもんだろ?……人間は其の能力が低下しちまってるんだが、俺や楯無さんに限ってはそうじゃねぇ。テメェが人間に擬態した絶対天敵だってのは直ぐに分かったぜ。」
「な……奈ZE?」
「俺も楯無さんも裏の仕事で数え切れない位の外道共を葬って来た……其の場での殺害、拷問でじっくりと、その両方でな。つまり人間ってモノをよく知ってる訳だ良くも悪くもな。
そんな経験を数えきれないくらいするとな、自然と見ただけで相手がどんな奴なのかザックリと分かるようになるモンなんだよ……善人か悪人か、女装か男装かそれとも手術しちまってるのか、人間なのか人間の姿をした人間でない何かなのか、とかな。
俺の所に来たって事は楯無さんの方にもお前のお仲間が行ってるんだろうが多分無駄だぜ?楯無さんも俺と同様にお前達の事を見破れるからな?
……IS学園の生徒に擬態して、龍の騎士団の中でも最強クラスの俺と楯無さんを狙って来たってのは悪くなかったが、もう少し擬態レベルを上げてから実行に移すべきだったな……まぁ、取り敢えず死ねよ雑魚が。」
首を斬り落とされても絶命しない絶対天敵の生命力は脅威だが、夏月は何故見破る事が出来たのか、そのカラクリを説明すると斬り落とした頭部に心月を突き刺してトドメを刺し、其の死骸を手に学園長室に向かって行った。
「……やっぱり楯無さんの方にも来てたんだな?」
「夏月君の方にも来てたのね……」
学園長室前で夏月は楯無と出会ったのだが、楯無も学園の生徒に擬態していた絶対天敵の死骸を手にしていた……夏月の予想通り、楯無にもIS学園の生徒に擬態した絶対天敵が現れており、楯無も夏月同様相手の正体を即見破って、蒼雷を部分展開しビームランス『蒼龍』で心臓を貫いて一撃で絶命させたのだ――絶命すると同時に擬態は解除され、夏月が倒した相手は人間大の蜘蛛に、楯無が倒した相手は人間大のスズメバチに姿を変えていた。
だが、見た目的に中々にアレなモノを持っているところを一般生徒に見られたら大事なので、夏月も楯無も更識の人間として鍛えた隠形を駆使して学園長室までやって来た訳だ。
「学園長、更識楯無です少しお話宜しいでしょうか?一夜夏月君も一緒ですが。」
「更識君と一夜君ですか……入って下さい。」
「失礼します。」
「一夜夏月、入りますっと。」
楯無が学園長室の扉をノックして入室の許可を取ると夏月と楯無は学園長室に入室したのだが、学園長の轡木十蔵は夏月と楯無が手にしたモノを見て絶句する事になった。
人間大の蜘蛛とスズメバチ……其れは紛れもなく絶対天敵の死骸だったのだから。
「更識君、一夜君、其れは……」
「トレーニング後に仕掛けて来たんですよ学園長。
俺も楯無さんも見た瞬間に正体が絶対天敵だって分かったからこうして処理した訳ですけどね……だけど、学園島に入り込んだのが此の二体だけとは考え辛いんですよ。」
「かと言って学園島に絶対天敵が直接やって来た事はないから、此れは本土に渡った生徒に成り代わったのではないかと考えています――学園長、最近外出許可を出して本土に戻った生徒は分かりますか?」
「其れは分かりますが……成程、本土に戻った生徒が絶対天敵に成り代わられたと言う事ですか……と言う事はその生徒はもう……何ともやり切れない結果ですが、ならばせめて学園に入り込んだ異物を全て排除しなくては成り代わられた生徒に対して申し訳が立ちませんね。
更識君、一夜君……学園内に入り込んだ絶対天敵を全て排除して下さい。」
「「了解!」」
夏月と楯無から事の詳細を聞いた十蔵は即座に直近一週間で外出届を出していた生徒の一覧をプリントアウトすると其れを夏月と楯無に渡し、『学園内に入り込んだ絶対天敵の殲滅』を指示し、夏月と楯無は其れを受け、十蔵から渡された『直近一週間で外出届を出していた生徒の一覧』を手に学園内を回って対象の生徒と接触すると、其れが擬態した絶対天敵だった場合は有無を言わせずに絶命させるのだった。
「「牙突・零式ぃぃぃぃ!!」」
最後の絶対天敵は夏月と楯無が同時にエンカウントした事で共闘となり、相手に攻撃させる間もないコンビネーションで追い詰め、最後は夏月は刀で、楯無は槍で『牙突・零式』を放ってIS学園の生徒に擬態していた絶対天敵の上半身を粉砕していた。
「楯無さんも左でか……分かってるな?」
「オホホ、過去に簪ちゃんに『牙突は左手で放たなければタダの突き』って言われた事もあるし、改めて漫画を読むと左で放ってこその牙突だと実感するのよねぇやっぱり……鏡写しにしてみたら違和感しかなかったモノ。
流石に利き手じゃない方で完璧な突きが出来るようになるには要練習だったけれど」
「牙突は左手で、此れは基本だぜ。」
こうしてIS学園内に入り込んだ絶対天敵は夏月と楯無によって全て駆逐され、其の死骸は全て真耶がラファールに搭載されているグレネードで焼却処分したのだった。
IS学園に入り込んだ絶対天敵の殲滅と言う大仕事を終えた夏月と楯無は十蔵に『絶対天敵が擬態していた生徒の名前』を報告してから、夕食を食べる為に学食にやって来たのだが、学食では多くの生徒が一つのテーブルを囲っていた。
そのテーブルで食事をしていたのはグリフィンで、本日のメニューは『ステーキセット』だけとオーダーメニューだけを見ると何時もよりも大人しいのだが、勿論それがただのステーキセットである筈がない。
ライスは『特盛』の上の『チョモランマ盛り』を更に三倍にした『チョモランMAX盛り』であり、サラダは皿ではなくボウル盛り、スープはラーメン丼、そしてメインのステーキはなんとワンポンドステーキをレアで二十枚と言うぶっ飛び具合だった……ワンポンド=420gなので其れが二十枚、つまりステーキだけでも8400gと言う総重量10kgの超ボリュームメニューなのだ。
だが其処はグリフィン!此の文字通りのライスとステーキの山をどんどん小さくしていき、ボウルの中のサラダもあっと言う間に食べ尽くされ、ラーメン丼のスープは途中で一気飲み!何よりもワンポンドステーキをナイフで半分に切っただけの肉塊を一口で平らげてしまうのだから驚きだろう。
本日のグリフィンの出で立ちがメイド服だった事もあり、其れを見た生徒達が『最強のフードファイターのメイドさん』、『超絶爆食美少女メイド』としてSNSにアップした事で其れが注目され、グリフィンの食べっぷりをスマホに収めようと多くの生徒が殺到していたのだ。
「グリの食いっぷりは相変わらず見事だけど、メイド服でやるとなんか何時もとは違った迫力を感じるのは俺だけか?」
「いえ、私も感じたわ夏月君……まぁ、普通に考えるとあんなに豪快な食事をするメイドさんなんて存在しないでしょうから、其れが迫力を増しているのかもしれないわ。」
其れは其れとして、夏月と楯無も食券を購入して夕食を取り、食休みを取ってから入浴タイムに。
今日は男子の時間に夫々の嫁ズが突撃してくる事はなかったが、風呂上りに大浴場の外で待っていて、大浴場の隣にあるラウンジにて夏月はヴィシュヌからタイ式マッサージを、秋五はセシリアからアロマオイルを使ったマッサージを受けて身体の調子を整えて貰っていた。
そして入浴後、夏月組は夏月とロランの部屋に集まり、其処で夏月と楯無が『IS学園に生徒に擬態した絶対天敵が入り込んでおり、其れを排除した』事を伝えていた。
「なんと学園に……生徒に擬態していたと言う事は、擬態されていた生徒はつまりそう言う事な訳だね……まさか学園に入り込んで来ていたとは流石に驚いたけれど、何故私達の事を呼んでくれなかったんだい夏月、楯無?
私達では頼りないかい?」
「そう言う訳じゃねぇよロラン。
連中が俺と楯無さんだけを狙って来た事、其れと対象者の数が其処まで多くなかったから俺と楯無さんだけで十分対処出来たってのが理由だ……他にも、俺と楯無さん以外のメンバーが人間に擬態した絶対天敵を見破れるかどうか分からなかったってのもあるがな。」
「ん?あぁ、言われてみればアンタと楯姐さん、どうやって人間に擬態した絶対天敵を見破った訳!?」
「見破ったと言うか、更識の仕事を何度も熟したから身に付いた能力と言うところね此れは。
私と夏月君は現場での外道の始末だけじゃなく、主犯格は其の場で殺さずに拷問を行ってるでしょう?拷問で最大限に苦痛を与えながらも簡単に死なないようにするには人間ってモノを良く知っていないとダメなのよ……そして其れは本を読んだだけでなく、其のラインを実戦を通して知る必要があるから拷問を行っていく中で自然と人間と言うモノに対して詳しくなるの。
だからこそ目の前の存在が人間であるのか否か、其れが分かってしまうようになったのよ。」
「ある意味すげぇなオイ……だが、そうなるとオレ達だって同じ事が出来るんじゃねぇのか?
拷問をやるのは基本的にお前と夏月でオレ達は毎回拷問に参加してる訳じゃねぇが、其れでも現場に出て外道を葬るってのは裏の仕事じゃ毎回の事なんだから、如何すれば効率よく人間を殺す事が出来るのかって事だけは知ってる心算だ。其れを踏まえると、お前等の半分程度でも相手が人間か否かの判別能力は持ってる筈だぜ?」
「ダリルの言う事は尤もだ。だから、束さんに頼んで此の前の秋葉原の一件でのある写真を送ってもらった。」
夏月と楯無だけで処理した事に関してロランが苦言を呈したが、夏月がその理由を述べ、楯無が『生徒に擬態した絶対天敵』を見破る事が出来た理由を言うと、ダリルが『自分達だって少なからず同じ事が出来る筈だ』と言って来たので、夏月は束に送ってもらった此の前の秋葉原の一件の際に撮影された一枚の写真をスマートフォンに表示して見せた。
其れは二人のコスプレイヤーが写った写真なのだが、そのうち一人は後に別のコスプレイヤーを後ろから刺殺した絶対天敵なのだ――此の写真を見せながら夏月は『どっちかが人間に擬態した絶対天敵なんだが、どっちか分かるか?』と聞いた。
何方もぱっと見は普通のコスプレイヤーであり見分けは付かないのだが、夏月の嫁ズは全員が此の後に事件を引き起こしたコスプレイヤーの方を絶対天敵だと言い、其れは見事に大正解だった。
「ダリルちゃんの言う通り、如何やら貴女達も私と夏月君に匹敵する観察眼は持っていたみたいね……となると、更識と繋がってる極道の皆さんも同じ能力を持ってる事になるから、本土の防衛は彼等に一任しようかしら?
更識と繋がってるって事は国家組織でもあるから裏社会の組織でも警察は手が出せないからね?」
「良いんじゃないか楯無さん?
極道なら警察と違って親分の鶴の一声で組織全体が動くから、警察よりもフットワークは軽いだろ……特に、更識と繋がってる極道は対絶対天敵の武器を持ってる訳だからな……!」
夏月組+フォルテは、全員が更識の仕事を経験した事で、夏月と楯無には及ばないモノの、人間に擬態した絶対天敵を見破る力を身に付けていた。
だが此れは、人を殺した経験がある――人を殺した経験があるからこそ人と言うモノを深く知っている事で会得した力であり、秋五組にはないモノだった。
しかし、此れで少なくともIS学園に入り込んだ絶対天敵を見破れる者は十四人存在しており、現状では絶対天敵がIS学園内に入り込むには本土に戻った生徒の存在を乗っ取る以外の方法がなかったので、IS学園における絶対天敵の防衛線は現状は鉄壁だろう。
だが、一般人や対人戦闘経験のない兵士には人間に擬態した絶対天敵を見破る術はない。
束は其の判別方法を見付けたのだが、何時ものように電波ジャックを行って大々的に其の方法を公開したら、人間に擬態した絶対天敵にも其れを知らせる事になって新たな擬態方法を開発されてしまうだろう。
束もどうやって伝えるか悩みに悩んだ末に選択したのが、『人間にだけ効果のあるサブリミナル』だった。
束は各局のメディアにアクセスすると、各局の番組やCMに『地球人類だけが知覚できるサブリミナル』で『人間に擬態した絶対天敵の見分け方』を混ぜ込んだのだ――地球人類だけが知覚できるサブリミナルとは、つまりは人間に擬態した絶対天敵では無意識下での知覚も出来ないのだ。
更に其れだけでなく束は『ムーンラビットインダストリー』の商品CMに使われるCMソングも新たに作曲し、其処にも『逆再生サブリミナル』を仕込んで、『人間に擬態した絶対天敵の見分け方』を無意識下に刷り込んで行った。
逆再生サブリミナルは普通に聞いていては分からず、逆再生を行う事で通常再生では分からなかった言葉が明らかになるモノなのだが、逆再生をしなくとも何度も其の音楽を聴かされる事で裏のメッセージが無意識下に刻み込まれて、知らず知らずのうちに其れが身についてしまうモノなのだ。
ある意味では『洗脳』に近いやり方ではあるが、絶対天敵の脅威から地球を守る為には必要な事であり、其れを踏まえると絶対天敵に知られる事が無いようにと、地球人類だけが知覚できるサブリミナルと言う方法を使った束は見事だと言えるだろう。
此れだけならば地球人類が優位に立ったと思うだろう……実際に、束が無意識下に人間に擬態した絶対天敵の見破り方を刷り込んだ結果、人間に擬態した絶対天敵は、世界各国で次々と発見されて其の都度駆逐されて行ったのだから。
此のまま行けば絶対天敵を全滅させられる日も近いのかも知れない。
「人間に擬態出来るようになったのも策の一つに過ぎん。
人間に擬態した絶対天敵が存在すると分かれば其方の対処に追われる事になり、其の結果として私の本当の目的からは目を逸らす事が出来る……まぁ精々私の子供達と遊んでいろ。
私が次にお前達の前に其の姿を現す其の時が、地球人類の終焉の時なのだからな。」
絶対天敵の本拠地である地下空洞では、服を脱ぎ捨てたキメラが此れまでに倒された絶対天敵の残骸を繋ぎ合わせて作った『繭』が存在しており、其の繭から無数の触手が伸びたかと思うと、触手はキメラを捉え、そして繭の中へと取り込んで行った。
「う……ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
繭に取り込まれたキメラは『生きながらに全身の細胞を分解される』と言う想像を絶する苦痛を味わいながらも、分解された細胞を再構築して己を『無敵にして最強の存在』へと強制進化を行っていた。
尤も、其れは相当に無理な進化なので、進化の完了までには少し時間が掛かるだろうが、逆に言えば進化が完了したキメラは地球人類にとって本当の意味で『絶対天敵』となる存在と言えるのかも知れない。
そして、キメラが繭内で進化を始めたと同時に、世界中で人間に擬態していた絶対天敵による攻撃が世界各地で発生し、其の絶対天敵は其の場で処理されたモノの、此れが皮切りとなって絶対天敵の侵攻が本格化した……人間社会に放り込まれた人間に擬態した絶対天敵と言う火種が、戦火に一気に火を点け、地球人類と絶対天敵との真の戦いが始まったのだった。
To Be Continued 
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