イギリスの首都であるロンドンに現れた巨大な絶対天敵――其れは凶悪な全方位攻撃によってロンドンを焦土と化しただけでなく、秋五組に甚大なダメージを与えていた。
ビームが掠っただけではあるのだが、秋五組の機体エネルギーは大きく削られてレッドゾーンに入っていた――普通ならば相当な窮地なのだが、秋五組に関しては其の限りではなかった。


「掠っただけでこれ程のダメージとは……だが私が、紅雷が戦闘不能にならない限りは負ける事は絶対に有り得ん!」


秋五組には箒の専用機のワン・オフ・アビリティである『絢爛武闘』によるシールドエネルギーの回復が行えると言う強みがあるのだが、其の機能は騎龍化した際に強化されており、機体のシールドエネルギーを回復するだけでなく、機体の損傷をも修復出来るようになって居たので、秋五組は箒がエネルギーアウトしない限りは戦い続ける事が可能なのだ。


「箒が無事だったから回復出来たけど、掠っただけでシールドエネルギーがレッドゾーンに突入してしまうだなんて……一撃でロンドンの街が焦土と化したのも頷けるわ。
 正直な事を言うと、故郷を破壊された怒りよりも一撃で故郷を焦土にされた恐怖の方が大きかったわ……!」

「其れは致し方あるまい……一撃で大都市を焦土と化した攻撃と言うのは、先の大戦における日本への原爆投下以外には無かった事なのだからな。
 そして、掠っただけでもシールドエネルギーがレッドゾーンに突入する攻撃が直撃したらどうなるのかを考えると恐ろし過ぎてゾッとするを通り越して背筋が凍結破砕される思いだ。」


だが掠っただけでもシールドエネルギーがレッドゾーンに突入してしまう攻撃を真面に喰らったらシールドエネルギーがエンプティ―になって機体が解除されるだけでなく、最悪の場合はシールドエネルギーエンプティ―と同時に機体ごと貫かれて人生にピリオドを打つ事になってしまうだろう。
無論、其れだけの攻撃を行うには相応のエネルギーを消費しなくてはならないので、攻撃後はエネルギーをチャージする為に暫くエネルギー系の攻撃は行えなくなるモノなのだが、此の絶対天敵は『エネルギーの消費って何?』と言わんばかりに目からビーム、口から高威力の光線を放って破壊行為を続けていたのだった。

其れに対し、秋五達は攻撃を回避しながら攻撃をしていたのだが、この巨大な絶対天敵を覆っている装甲は特別分厚く、ラウラのレールガンやプラズマ手刀でも精々表面を少し傷付ける程度のダメージしか与える事が出来なかった。
相手の攻撃は当たれば一撃必殺、こっちの攻撃はHPを1しか削れないとなると相当なムリゲーなのだが……


「弟のピンチに力を発揮出来なくて何が姉か……力を貸せサイレント・ゼフィルス!
 私に弟達を助ける事が出来るだけの力を寄越せ!姉と言うモノはな、弟や妹の前では常にカッコいい存在でありたいのだ……だからサイレント・ゼフィルスよ、私の想いに応えろぉ!」


此処でマドカがブラコン全開の魂の咆哮を行い、其れと同時にサイレント・ゼフィルスが光を放った――マドカの想いに応えてまさかの二次移行が行われたのである。
そして光が収まると、其処には進化した機体を纏ったマドカの姿があった。
二次移行に伴い機体は口元以外が装甲に覆われたフルスキンとなっており、背部には巨大な翼が追加され、其の翼は計十基のBT兵装としての運用が可能となっているのだが、サイレント・ゼフィルスとの最大の相違点と言えばメイン武装がライフルから身の丈以上の大剣になっている事だろう。
更に此の大剣は実体剣だけでなく、実体剣にビームエッジを纏わせる事も可能となっているので物理的切断力は相当に高いと言える近接戦闘に於ける最強クラスの武装となっていた。


「ククク、良くぞ私の想いに応えてくれた!!此れならば行けるぞ……サイレント・ゼフィルス改め黒騎士……押して参る!」


二次移行したサイレント・ゼフィルスは『黒騎士』と言う中二全開の名をマドカから与えられ、そして新たなメイン武装となった身の丈以上の大剣を掲げて絶対天敵に切り掛かって行ったのだった。









夏の月が進む世界  Episode80
『最強最悪の敵とその対策~With my worst enemy~』










此の状況でまさかの二次移行が行われたマドカだったが、二次移行後の『黒騎士』の戦闘力は『騎龍』に匹敵するレベルのモノであった。
巨大な大剣で絶対天敵に斬りかかったマドカは、其の大剣に纏わせるビームエッジを最大出力にすると分厚い装甲に覆われた右腕を渾身の一刀で斬り飛ばして見せた。
腕を斬り飛ばしたと言うのは間違いなく大ダメージなのだが、巨大な絶対天敵は特にダメージを受けた様子は無く、斬り落とされた右腕をすぐさま再生してしまった……其れも斬り落とされた右腕よりも更に強固になった装甲を纏った状態でだ。


「コイツ、再生能力を持って居ると言うのか……厄介極まりないな!?」

「其れだけじゃないみたいだぞ……状況は更に悪くなったようだ――!!」


再生能力を持って居ると言うだけでも厄介な事この上ないのだが、更に驚くべき事に斬り落とされた右腕が変形して分厚い装甲を其のまま受け継いだヤシガニ型の絶対天敵となったのだ。
巨大な絶対天敵は圧倒的な攻撃力と防御力を有している上に一撃で其の巨体を消滅させなければ身体の一部を斬り飛ばしても再生し、斬り飛ばされた部位は新たな小型の絶対天敵に姿を変えるのだから極悪なチート性能と言えるだろう。
秋五の機体が白式のままであったのならば一撃必殺の『零落白夜』が使えたので巨大な絶対天敵も一撃で倒す事が出来たのだが、騎龍化した事で零落白夜は失われてしまったので別の形での一撃必殺を行う必要があるのだ。

此れが夏月組ならば楯無とダリルの氷と炎の対消滅攻撃による一撃必殺が可能なのだが、秋五組にはそもそも属性攻撃が出来る人物は存在していないので同じような一撃必殺は不可能だ。
箒の『絢爛武闘・静』で回復しながらの持久戦と言う手もあるが、堅くて強い敵との持久戦は被害を拡大させるだけなので短期決戦が望まれるのである。


「一撃で倒さないと状況はドンドン悪くなるって、最悪だね此れは。
 騎龍化した事で零落白夜が無くなったのが今は恨めしいよ……と言うか、こんなチート級の敵をどうやって倒せって言うのさ……弱音を吐く訳じゃないけど攻略法が全く見えないよ……!」

「だが諦める事は出来ん……我々が諦めてしまったらイギリスは壊滅してしまう……親友の故郷を見捨てる事など、私には出来ん……!」

「箒……貴女の心意気には感謝するけれど、状況を打開する方法は現状では全く無いわ……此れだけの巨体を一撃で消滅させろだなんて無理難題も良いところよ……如何すればいいのよこんな相手を……!」


あまりにも最悪な状況に否応なしに絶望感が漂うのは致し方ないだろう。
攻略法が見つからない上に弱点すら分からない極悪チートボスをどうやって倒せと言うのか……其れは最早ムリゲーすら超えた『絶対攻略不可能ゲー』とも言えるのである。
ヤシガニ型は小型になった分だけ弱体化したのか、装甲の隙間、関節が弱点となっていたので倒すのは難しくはなかったモノの、状況が好転したとは言い難いだろう。


『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』


――キュゴォォォォォォォォォォォ……!!



そんな中、巨大な絶対天敵は口元にエネルギーを収束させて行く。
全方位のビーム攻撃ではない口からのブレス攻撃なのだろうが、此の攻撃が放たれたら間違いなくイギリス全土は焦土化して壊滅……最悪の場合は地図上から姿を消してしまうだろう。


「そうは……!」

「させないよ!」


だが、一撃必殺のブレスが放たれる刹那、巨大な絶対天敵の口の上から清香が全体重+ブースターを全開にした落下速度を乗せたフッドスタンプ、より分かり易く言えばストリートファイターシリーズのラスボスであるベガの必殺技の一つである『ヘッドプレス』をブチかまし、下顎に癒子がブースターを全開にしての渾身の『昇龍拳』を叩き込んで巨大な絶対天敵の口を強制的に閉じてブレス攻撃を喰い止め、更にブレス攻撃が強制停止された事で閉じられた巨大な絶対天敵の口内で臨界に達していたエネルギーが飽和状態となって爆発を起こし巨大な絶対天敵は顔面崩壊となった。
しかし、其れもすぐに再生されると思ったのだが、吹き飛んだ口は再生されなかった――爆発による高熱で傷口が焼き固められてしまった事で再生が出来なかったのだ。


「口が再生しない?
 爆発の熱で傷口が焼き固められた事で再生が出来なくなったのか?再生能力は完全じゃない……見つけたよ、コイツの攻略法を……!
 マドカ、兎に角そいつを斬りまくって!シャルとラウラはマドカが斬り落としたところを即座にレールガンとグレネードの火炎弾で焼き固めて……其れ以外のメンバーは斬り落とされた部位の切断面を狙って攻撃して変形を阻止して!装甲に覆われてない切断面なら攻撃は通るだろうから!
 そして箒、君の機体のエネルギーを僕にくれ!」

「其れは構わんが、其れで何とかなるのだな?」

「あぁ、勿論だ。」


其れを見た秋五は『天才』と謡われた頭脳をフル回転させて巨大な絶対天敵の攻略法を編み出し、其れを仲間達に伝えて行った。
秋五が見つけた攻略法は『こうなる筈だ』と言う部分もある不確定要素も多いモノなのだったが、誰一人として其れに異を唱える事はなかった――其れだけ秋五組は秋五の考えに絶対的な信頼を寄せていると言う事なのだろう。


「可愛い弟に頼まれたとあっては断る事は出来んな?
 覚悟しろデカブツ!貴様の運命は私に斬り裂かれる、其れだけだからな!貴様等に崇める神が居るかどうかは知らんが、精々祈るが良い!!」

「……やれやれ、どっちが悪役か分からんな此れでは。」

「悪を倒すのが正義の味方とは限らない……悪を倒す悪もまた需要があるんじゃないのかなぁ?……僕もどっちかって言うと正義の味方とは程遠いと思うからね?」

「うむ、お前は間違いなく腹黒王子だシャル。胃袋も腸も真っ黒で間違いないな。」


マドカがブラコンを全開にして巨大な絶対天敵の腕や足を斬り落とせば、再生するよりも早くラウラのレールガンと、シャルロットのグレネードランチャーの火炎弾が切り口を焼き固めて再生を喰い止める。
そして再生が出来なくなった巨大な絶対天敵はあっと言う間にダルマになり動く事が出来なくなってしまった――其れでも、エネルギーを収束して全方位攻撃を行おうとしていたが。


「此れ以上、お前の好きにはさせない……此れで終わらせる!」


しかし其処には近接ブレード『晩秋』を掲げた秋五の姿があった。
晩秋は雪桜のメイン武装である日本刀型の近接ブレードなのだが、其の刀身はエネルギーの刃を纏って10m以上の長大なモノと化していた――箒が『絢爛武闘・静』のシールドエネルギー回復能力を応用して、自機のシールドエネルギーを回復しながら秋五の雪桜にシールドエネルギーを供給し、雪桜は供給されたシールドエネルギーを全て晩秋に集中させて一撃必殺の威力を宿した必殺の刃を作り上げたのだ。

当然、その秋五を止めようと通常の大きさの絶対天敵が防衛形態を取るが其れはセシリア達が鎧袖一触!
秋五はイグニッションブーストで巨大な絶対天敵に迫ると、巨大なエネルギー刃を纏った晩秋を力一杯に袈裟切りに振り下ろした。


「消魔鳳凰斬!!」


振り下ろされた袈裟切りは巨大な絶対天敵を両断しただけでなく、両断面を焼き、更に『鳳凰斬』の名が示すように、高密度のビーム斬撃によって巨大な絶対天敵の巨躯を両断して燃やし尽くしたのだった。


「はぁ、はぁ……何とか勝てた……ギリギリだったね。」

「ギリギリでも勝ちは勝ちだ……とは言え、こんな奴が複数で現れたと考えると正直な話として勝てる気がしない……そうならない為にも、コイツの事は姉さんに報告して解析して貰わねばなるまい。
 姉さんならば、コイツ等の事を解析した上でより有効な攻略法を見付けてくれるだろうからな。」


正に薄氷の勝利と言う結果だったのだが、此の勝利には大きな意味があるだろう。
勝利する事が出来たからこそ、此の難敵のデータを夫々の機体から提供する事が出来る訳で、敵のデータがあれば束が其れを詳細解析した上で『完全攻略ガイド』とも言うべき攻略法を確立してまうだろうから。
其れを踏まえると、辛勝ではあるがこの巨大な絶対天敵との戦いを制したと言うのは大きな成果であったと言えるだろう――戦闘終了後、秋五達は新たに束が寄越した『マグロヤマカケ軍艦』で一時IS学園に帰還するのだった。








――――――








IS学園に帰還した夏月組と秋五組は地下の作戦司令室に集まり、今回の戦闘に於ける被害報告と絶対天敵の撃破報告を学園長である十蔵に行っていた――夏月組の方は被害報告は皆無だったのに対し、秋五組の被害報告はロンドン壊滅と言う悲劇的なモノだったのだが、其の後の敵勢力の報告でイギリスに現れた巨大な絶対天敵はチート級の相手であった事が夏月達にも明らかになったのだった。


「再生能力だけじゃなくて斬り落とされた部分が新たな個体に変形するってのは厄介だね?
 こんな奴らが大群で攻めて来たら流石にお手上げなんだけど、しゅー君達が頑張って倒してくれたおかげで戦闘データが入手出来たから対策は可能だよ――二日……いや、三十時間以内にコイツの弱点を解析して有効な武装を遠近両方で作り上げて、更に其のサンプルモデルと設計図も各国の地球防衛軍に送ってやるさ!」

「姉さん、一日を超えて作業する心算ですか!?」

「ふっふっふ、箒ちゃんや……本気になった束さんは『一日に三十時間の研究と開発』を行う事が出来るのだよ!
 一日に三十時間の矛盾を実現出来るからこそ束さんは天才で正義のマッドサイエンティスト足りえるのさ!一日が二十四時間で足りないなら、三十時間にしてしまえば良い!常人には理解出来まい此の理論は!!」

「常人どころかノーベル賞レベルの天才でも凡そ理解は不可能だと思います……!!」


其れでも秋五組の機体が記録していた戦闘データがあるので束が其れを解析して此のチート級の巨大な絶対天敵の弱点を暴いて有効な武装を開発するのは難しくないだろう。
常人にとって一日は二十四時間であり、束も通常は其れに倣って生活しているのだが必要な場合に本気を出した束は一日が三十時間になると言うトンデモナイ矛盾時間を生きる存在となり、此の状態の束は三十時間キッチリで仕事を終わらせ、三十時間に達するまでは一睡もしないどころか食事も真面に摂らずにエネルギー補給はエナジードリンクで済ませると言う凄まじさなのだ――尚、その際に愛飲しているエナジードリンクは安定のモンスターエナジーである。


「流石は束さん頼りになるぜ……っと、其れとは別にちょっと聞きたい事があるんだけど良いか束さん?」

「ん?なんだいカッ君?」

「いや、絶対天敵の親玉って、宇宙生物と融合したDQNヒルデなんだよな?
 だけど、だとしたら年末年始の攻撃停止を律義に守ったってのが腑に落ちねぇんだ……あのDQNヒルデなら自分で言った事を平気で反故にするだろうからさ……此れは俺だけじゃなくて楯無さん達や秋五達も感じてたんだけどさ。」

「うん、まぁ確かにあの屑らしくはないね。其れは束さんも思ったよ。」

「だろ?
 だから俺も秋五もDQNヒルデの人格は宇宙生物に喰われちまったって考えたんだけど、だとしたら何で絶対天敵がこうして攻撃をするのかが分からないんだ……DQNヒルデの人格が残ってるなら俺達に対しての恨みつらみで攻撃してくるってのも分かるんだけどさ。」


束のぶっ飛び具合は矢張り凄まじかったのだが、此処で夏月が別の一件を――絶対天敵の親玉であるキメラの人格が千冬(偽)ではなくなっているのではないかと言う事と、そうであるのならば攻撃してくる理由が分からないと言う事を束に伝えた。
半ば強引に宇宙生物を取り込んだ千冬(偽)は、融合した直後こそ主人格であったのだが、其の人格は少しずつ宇宙生物に侵食されて、現在はキメラの人格は千冬(偽)の人格を取り込んだ宇宙生物のモノとなっていたのだ――そうであれば、宇宙生物には地球人類と敵対する理由は無いので、何故攻撃してくるのか、其れが謎だったのだ。


「其れは、あの屑の人格を取り込んだからだよ。
 確かにカッ君の言うように、絶対天敵の親玉にあの屑の人格は残ってないし、今の人格はあの屑を侵食した宇宙生物の意志なんだろうけど、あの屑人格を上書きした事で、アイツの怒りや憎悪って言う負の感情も受け継いじゃったのさ。
 更に悪い事に、アイツの負の感情は主にカッ君と其の嫁ちゃん達に向かってたんだけど、其れを受け継いだキメラの人格は負の感情の向かう先までは受け継がなかったんじゃないかな?
 だから地球人類に対して無差別に攻撃を行ってるんだと思う……宇宙生物の意志に喰われて消滅しても迷惑しか残して行かねぇって事に関しては束さんもガチギレしたい気分だぜ!」

「濃縮された負の感情とか最悪過ぎんだろ……消滅しても面倒事を残してくれやがるなDQNヒルデはよぉ……最終決戦で親玉と戦う事になったら、今度こそ俺がトドメを刺してやるぜ!
 絶対天敵の親玉の首は、此の一夜夏月が取る!」

「なら、首を落とされた身体は私とダリルちゃんで消滅させるわね♪」

「最強無敵の対消滅攻撃のメドローアで消滅させられない敵は存在しねぇからな……オレと楯無って実は相性最強だったんだな――俺が炎で楯無が水だから相性は最悪だと思ってたんだが、タイマンで戦うなら俺が絶対不利だが、仲間として戦うとなったら実は最高の相性だった訳だ。
 こう言っちゃなんだが、フォルテとの『イージス』よりも強力だからなメドローアは。」

「あらあら、私に惚れちゃったかしらダリルちゃん?」

「ダリルー、捨てないでくれっス!!」

「だーーー!捨てる訳ねぇだろフォルテ!
 オレは夏月の嫁だが、お前はオレの嫁だってのは変わらねぇから!」

「そ、それを聞いて安心したっす……ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」

「安心したのは良いが、其れはなんの鳴き声だおいぃぃぃ!!??」


その答えは実にシンプルであり、千冬(偽)の人格は宇宙生物の意志に上書きされたのだが、上書きした際に千冬(偽)の怒りや憎悪と言った感情を引き継いだ事で絶対天敵は地球侵攻を行っていたのだ。
負の感情は正の感情よりも強く現世に留まり易い――故に、呪いや死者の意志が宿った人形と言うのは荒唐無稽なオカルトではなく、其の中には少なからず本物が存在しているのである。
だからこそ、千冬(偽)の負の感情を引き継いで、しかしその感情を向ける相手が誰なのかと言う事を消去されてしまったキメラが地球人類全てに攻撃すると言う事を選択したのはある意味で納得出来ると言うだろう。

だが、だからこそ此の戦いは親玉であるキメラを討たなければ終わらないと言えた――親玉であるキメラが健在である限りは、ドレだけ倒しても絶対天敵は次から次へと現れるのだから。
そのやり取りの最中に、夏月組内で少しばかり修羅場になり掛けたのだが、其処はダリルがフォルテを一番に考えていると言う事を伝えて事無きを得ていた――より正確に言うのであれば、ダリルにとってフォルテは同姓の一番であり、異性の一番は夏月なのだ。
叔母のスコールと同様に、ダリルもまた恋愛対象は女性であるレズビアンだったのだが、夏月と出会った事でレズビアンからバイセクシャルに超進化しており、夏月との『夜のISバトル』を経て男を知り、夏月に骨抜きにされてしまったのだが、其れでも同姓の一番はフォルテなのだから、其れは褒めるべきだろう。


「まぁ、取り敢えずは親玉をぶっ殺さない限りは此の戦いが終わらないって事は分かった……だから、親玉が何処に居るのか、捜索を頼むぜ束さん。」

「うん、其れは任せてくれたまえカッ君!
 束さんの全能力を駆使した上で、其れをアクセルシンクロして親玉の居場所を突き止めてやるぜ!……一週間を十日で過ごす矛盾をもってしてでも、アイツの居場所を突き止めてやるさ!
 此の屑には、生きてる価値は微塵も存在しないからね――親玉の居場所が割れたら速攻で教えるから、親玉は遠慮なくやっちゃってよカッ君!
 とは言ってもアイツの反応は何時も何処かで途切れちゃう上に、其の場所が一か所だけじゃないから中々苦労してるけどね……ISコアの反応を遮断する物質ってのが今のところまだ発見するに至ってないのも大きいかもだよ。」


とは言え、現状では束も未だに絶対天敵の本拠地を割り出す事が出来ていなかったので、今暫くは人類側も絶対天敵側も『消耗戦』を続ける事になるだろう……ただ、未だにIS発祥の地である日本には一体たりとも絶対天敵が攻めて来ていないのが不気味ではあったが。
或いは日本かIS学園に絶対天敵が攻め込んで来た時が大決戦の時なのかもしれない……理想はそうなる前に絶対天敵の本拠地を突き止めるか、または侵攻が中々進まない事にシビレを切らしたキメラが自ら出陣してくる事なのだが。
絶対天敵の本拠地が明らかになるかキメラが自ら戦場に出てくれば絶対天敵の親玉を討つ機会を得る事が出来るので、一気に此の戦いを終息させる事も出来るのだから。

報告会が終わった後、束は学園が『研究・開発』の為に用意した一室に閉じこもり、絶対天敵の本拠地の捜索を行いながら、ロンドンに現れた巨大な絶対天敵の弱点の解析と其れに対しての有効な武装の開発を並行作業で行い、宣言通り三十時間キッカリで弱点の解析と有効武装の開発を完了した。
其の結果、ロンドンを壊滅状態にした絶対天敵の再生能力は傷口の細胞が生きている事が前提であり、傷口が焼き固められたり腐敗していた場合には再生は出来ず、斬り落とされた部位も切断面の細胞が生きていなければ新たな個体に変形する事は出来ない事が明らかになったのだ。
更に部位を再生した場合、再生した場所の防御力は大きく上昇するのだが、其の代償としてスピードがダウンしてしまう事も判明した――装甲が分厚くなれば其の分だけ重くなって動きが遅くなるのは絶対天敵も同じだったのである。

其れ等の弱点が明らかになった上で束が開発した有効武装は、遠距離用と近距離用共に『攻撃場所に腐敗、石化、火傷、凍傷、テロメアの残量0のいずれかの効果を与える』と言う凄まじいモノだった。
特にテロメアの残量0は細胞分裂を強制的に限界値にしてしまうモノであり、確実に発生するモノではないとは言え、他の効果ともども人間同士の戦争で使われたら核兵器級の危険物と言えるだろう……勿論、束は其れを考えて此の武装は絶対天敵にだけ効果を発揮するように設定しており、絶対天敵以外の相手に対しては普通のビームと斬撃でしかない訳なのであるが。


「まさか本当に三十時間でやり遂げてしまうとは……お疲れ様です姉さん。
 おにぎりと卵焼きと豚汁を作ってきましたので、一息入れて下さい。水出しの緑茶もセットです。」

「箒ちゃんの優しさが身に染みるね~~♪因みにおにぎりの具は?」

「姉さんの好きな明太高菜、ピリ辛肉味噌、キムチマヨネーズです。卵焼きも姉さんが好きな少し甘めの味付けで中にチーズが入った出汁巻き卵です。」

「うおぉぉ、束さんの好物が揃ってるぅ!
 箒ちゃんの愛が束さんに突き刺さってる!その愛が嬉しい!本気で愛してるよ箒ちゃん……抱きしめてチューしても良いかな!?」

「いえ、其れはダメです。ハグはOKですがキスはダメです……私にキスして良いのは秋五だけです。」

「……ほっぺへのチューなら親愛を示すモノだけどダメ?」

「……そうであるのならば許可しましょう……ですが、其れ以上の事をしたら渾身の兜割りブチかましますからね?……尤も、木刀では大したダメージにはならないと思いますが。」

「いやいやいや、流石の束さんでも木刀であっても全力で殴られたら流石に痛いからね?
 木刀じゃダメージにならないとか、箒ちゃんは私の事をなんだと思ってるのかな?原稿用紙一枚以内で説明してみたまえ。」

「姉さんは姉さん以外の何者でもないとは思っていますが、姉さんは天才の域を超えた存在であると思うので、間違いなく私の姉ではあるのですが突然変異的に誕生した特別な個体であるのではないかなと思います。
 と言うか、姉さんは間違いなく突然変異種でしょう?……父さんも母さんも黒髪であるのに、姉さんの髪は日本人では有り得ない紫色ですからね?ドコゾのピンクの金魚と同じな気がします。」

「うわぁお、其れは若干否定出来ないね♪」


其処に箒が差し入れを持って来て、束は狂喜乱舞し、其の差し入れを平らげた後に大浴場で一風呂浴びた後にウィスキーのポケット瓶を一気に飲み干してからベッドにダイブして丸一日眠るのだった……三十時間ぶっ続けで働いた後に丸一日眠る、其れで辻褄を合わせてしまう、合わせる事が出来てしまう束は矢張り『世紀の大天才』なのだろう。









――――――









時は少し遡り、報告会が終わった頃、夏月は秋五にスマートフォンで屋上に呼び出されていた。
既に夜の帳は下りていたのだが、今宵は晴天で夜空には半月よりも満ちた月が輝いており、夜であっても視認は容易な状態であった――尤も、織斑計画で誕生した夏月と秋五は三日月以下の月明りであっても視界が効くのだが。


「態々寮の屋上に呼び出して、何の用だ秋五?」

「……夏月、僕を鍛えてくれないか?」


月明りが照らす寮の屋上で、秋五は夏月に『自分を鍛えてくれ』と申し出ていた。


「俺がお前を鍛えるだって?……何だってそんな事をする必要があるんだ?
 お前はもう充分なレベルで強いだろ?……まぁ、ロンドンの事は残念だったかもしれないけど、其れは相手がクソチートだったから仕方ねぇってモンだ。」

「だからだよ。
 僕は強くなったと思ってた……だけど僕の強さは規格外の相手にはマッタクもって通じないんだって痛感させられたんだ……だから僕は、規格外の相手にも通じる力を身に付けなきゃならないんだ!
 其れに、僕は君と比べたらマダマダ全然弱い……僕の戦闘力が一万程度だとしたら、君の戦闘力は最低でも五十三万だと思うからね――!!」

「俺はフリーザ様かよ。
 ……だがな秋五、俺の――俺達の強さってのは、『人を殺す事が出来る』ってのが前提になってる、ある意味では『間違った強さ』であって、其れは『取り返しのつかない強さ』だから、其れをお前に会得させる事は出来ねぇ。
 つっても、お前は納得しねぇだろうから、ギリギリ表の世界だけで通用する力ってモノを会得させてやる……だが、其れでも其れを会得するまでに数えるのも面倒になる回数の地獄を見る事になるんだが、其れでも良いんだな?」

「元より覚悟は出来てる……地獄を見るのは、会長さんとの特訓で経験済みだからね。」


夏月組の強さは、『裏世界の仕事』を熟す為に必要なモノである『取り返しのつかない強さ』であり、夏月もそんな裏の力を秋五に会得させる心算はなかったのだが、だからと言って秋五が其れで引く事はないと思ったので、ギリギリ表だけで通用する力を会得させる事にした――其れでも、何度も地獄を見る事は確定していたのだが、其れでも秋五は其の特訓を受ける事を一瞬も迷う事なく決めたのだった。

そして翌日から秋五は夏月組から超絶スパルタトレーニングを受ける事になり、其れを見た秋五の嫁ズも其れに参加して地獄と極楽を何度も往復するレベルの、其れこそ拷問が生温いと感じるほどのハードモードを超えたデッド・オア・アライブ級のトレーニングが行われ、秋五組は『死んだように眠る』日々を過ごす事になったのだが、其の効果は大きく、トレーニングが始まってから一週間が経つ頃には、トレーニング後にもギリギリではあるが自力で動けるようになっていたのだった。


更に此のトレーニング期間にも絶対天敵との戦闘は行われており、秋五組は出撃の際にはメディカルマシーンで強制回復してから出撃したのだが、其れが逆に良かったのか、超急速回復が秋五達を回復させるだけでなく、疲労回復時に行われる肉体強化を促進していたのだ。

其れでも夏月組と比べれば未だ力の差は大きいのだが、秋五組は『不殺人』で得る事が出来る最高クラスの力を手にしたのは間違いなかった――人を殺した経験がなくとも、『不殺人』での最強の力を得る事が出来たのならば上出来だろう。


そして偶然か、それとも必然だったのか……此の日を皮切りに絶対天敵の侵攻は此れまでよりも苛烈になり、世界中で絶対天敵を相手にした戦闘が行われるのだった……!
そして其れは、地球人類と絶対天敵との戦闘が遂に本格化した事を意味していた――










 To Be Continued