千冬(偽)が姿を変えたOL風の女性は深い山奥の無人の寺にある共同墓地を訪れ、一つの大きな墓碑の前にやって来ていた。
其の墓碑には多数の死者の名が刻み込まれているのだが、その全ては先のIS学園で起きた戦闘に参加した女性権利団体の残党のモノだった――自業自得で命を落とした愚者ではあるが、だからと言って死者を無碍に扱う事が出来ないのが日本の風潮なので、彼女達は個々の墓は建立されなかったモノの共同での墓碑は建立されたのだった。女性権利団体のメンバーは女尊男卑思考の持ち主が殆どなので自身の父親や男兄弟とは縁を切り、結婚せずに独り身で居る者ばかりだったので遺骨の引き取り手もなかったのであるが。
但し、此の共同墓碑を作るにあたり管理する寺や自治体が必要になったのだが、女性権利団体に対する世間の負のイメージは非常に高かった事が影響して日本全国何処の寺も自治体も管理者として名を挙げず、最終的に『こんなところに寺あったんだ』と思われるような山奥の、殆ど廃寺状態となっている無人寺の管理放棄状態となっている共同墓地内に作られたと言う訳だ。


「貴様らに死後の安息など存在しない。死んでも私の為に働いてもらうぞ。」


そんな共同墓碑の前に立った千冬(偽)もとい、千冬の代替人格と白騎士のコア人格、そして宇宙から飛来した生物が融合した存在(以降キメラと表記)は、其れだけ言うと己の身体から同化して連れて来ていた子供達を分離し、分離した子供達は墓碑を破壊するとその下に埋葬された女権団の残党の遺骨が納められた骨壺を取り出し、其れを破壊すると中に収められていた遺骨を其の身に取り込んだのだった。
火葬されて残った遺骨には栄養分は皆無なのだが、其れを取り込んだキメラの子供達は、夫々が取り込んだ遺骨の生前の姿を含む様々な人間の姿に擬態する能力を得る事が出来ていたのだった――尤も、人間の姿に擬態出来るだけで知能は皆無で人語を話す事も出来ないのだが。


「人に擬態する事が出来れば言葉は話せずとも、ある程度は人間社会に溶け込む事も可能――となれば、食事も容易になるからな……ククク、元気に育てよ愛しい子供達よ。」


キメラ達の巣がある海底洞窟は食料がない訳ではないのだが、海洋生物を取る事が出来なかった場合は海藻や海草、或いはキメラが食用として生み出した卵塊のみであるので、食事事情はお世辞にも良いとは言えなかったのだ。
だが人間に擬態する事が出来れば人語を話す事は出来ずとも食券式の店や自動販売機を利用すれば人間社会での食事が可能となり、同時にキメラには白騎士のコア人格も融合している事で機械類に対しての外部からのハッキングも可能となっており、無人ATMを操作して内部の現金を引き出すくらいの事は可能となっていたのだ――しかも他者の口座現金を下ろすのではなく、文字通りATM内の現金を取り出すので『口座残高が知らない間に減っていたと』言う事もなく、比較的安全に現金を手に入れられるのだ。
勿論防犯カメラにもハッキングをして映像を操作して自分の姿を映像に残さない事も可能である。


「とは言え、恐らく私の存在は束には知られているだろうな……白騎士のコア人格が私の中にある以上は。
 だが束よ、如何に私の存在を知ったとしても、果たしてお前は一体『どの私』の行動を重要視するのだろうな?」


キメラは宇宙から飛来した生物と融合している事で元々殆ど存在していなかった倫理観等は完全に吹っ飛んでしまったのだが、逆に夏月から『DQNヒルデ』と呼ばれていた頃と比べると知恵が回るようになっていた。
人非ざる存在となったキメラは、今の自分は身体の分裂と融合が出来ると言う事を知ると、人間社会に出て来る時は最低でも十体に分裂して夫々が別々の行動をするようにしていた――そうする事で白騎士のコア人格の反応を分散させて束を混乱させ、自身の真の行動を悟られないようにしていたのだ。


「だが、人間の食べ物だけと言うのも味気ない……だからと言って家畜を襲ったら問題になるか……ならば野良猫や野良犬、不法投棄された外来生物なんかを餌とするか。」


キメラの子供達は人間の食事で栄養を摂るだけでなく野良犬や野良猫、不法投棄された外来生物をも取り込んで自己進化を繰り返し、そして其の力を少しずつ、しかし確実に増して行くのだった。
尤も近い未来に地球人類にとって脅威となる存在が育つ過程で生態系を破壊する外来種が大きく其の数を減らしたと言うのは、地球全体で見ると環境保全が出来た部分もあるので喜ぶべき面があったのだが……何れにしてもキメラは着々と子供達を増やしながら強化して行くのであった。










夏の月が進む世界  Episode71
『まさかまさかのプロデビュー?~Kagetsu&Shugo~』










無事に修学旅行も終わり、平和な学園生活を送っている学園の生徒達は、今日も今日とて日常を過ごしていた。
座学も実技も全力で取り組み、放課後はISの訓練や夫々の部活動に精を出し、夕食時には学食で夏月とグリフィンが本日はどんな打っ飛んだオーダーをするのかに注目が集まり、夕食後は入浴タイムを終えた後に就寝時間まで各々自由に過ごすと言う日常を送って居たのだが、そんなある日の放課後、夏月と秋五は担任である真耶から職員室に呼び出されていた。
夏月も秋五も特別注意されるような事はしていないので、其れとは異なる何か重要な事があるのだと思って二人とも職員室にやって来たのだが……


「「試合?」」

「はい、一夜君も織斑君も夫々企業代表となっているので、『試合をさせろ』と言う申し込みが一学期の頃からISバトルの日本プロリーグ協会から来ているんですよ――一学期の間は『経験が少ないので試合は無理』と言う理由で断っていたんですが、一学期のタッグトーナメントと臨海学校での福音事件、そして二学期の学園での戦闘で、一夜君と織斑君の実力が明らかになってしまったので此れ以上断る事が出来なくなってしまったんです。」


其処で真耶から告げられたのは『企業代表として試合をして欲しい』との事だった。
夏月と秋五は専用機持ちではあるが『世界に二人しか存在しないIS男性操縦者』と言う立場から『日本国代表』とはならず、同時に婚約者達の国の『国家代表』とはなってはおらず、しかし所属不明と言う事にも出来ないので、二人とも専用機を製造した企業――夏月は『ムーンラビットインダストリー』の、秋五は『倉持技研』の企業代表となる事で落ち着いたのだ。
だが、企業代表は国家代表と異なり最初からスポンサーが付いている状態と言えるので、スポンサーが付かなければプロデビューが非常に難しい国家代表と異なり、企業代表は企業代表となった其の瞬間から『プロのISバトル競技者』となったとも言えるのだ。

尤も、実力的には国家代表の方が企業代表よりも上であり、だからこそ国際大会では国家代表が出場するので、『国際大会には国家代表』、『国内のプロリーグには企業代表』と参加する試合が分かれているのがISバトル界隈の現状であるのだ。

其れはさて置き、プロであるのならばプロリーグで試合をする事は当然と言えるのだが、此れまでIS学園は『ISバトル日本プロリーグ協会』からの夏月と秋五への試合出場要請は『経験不足』を理由に断っていたモノの、一学期の『学年別タッグトーナメント』、臨海学校での『福音事件』、二学期の学園祭を発端とする二度の学園島での戦闘に於いて『タッグトーナメント』以外の結果は表向きには不透明なモノとなっているが、其処に件の男性操縦者二名が関係していると言う事を完全に隠す事は出来ず、其の結果として夏月と秋五の実力が広く(噂を含めて)知れ渡る事になり、IS学園としてもこれ以上は『経験不足』を理由に試合を断る事は出来ないと判断して今回の試合要請を受ける事になったのだった。
IS学園の生徒である二人の本分は勉強であるので、プロリーグでの試合は卒業、或いは将来の進路が決まってからと言う考えもあったのだが、こうなっては致し方ないだろう――其れでも、学園側はプロリーグ協会に対して、夏月と秋五の二人の試合は学園に在籍している間は今年は今回を含めて三回、来年以降は年に五回までとの制限を設け、其れが認められないなら試合には出さないと言う条件を出して其れを承諾させてはいたのだが。


「勿論最終的に決めるのは一夜君と織斑君なので、お二人が拒否するのであればその旨を伝えますが……」

「いや、其の試合受けますよ山田先生。
 プロの世界、其の世界での試合ってのは勝っても負けても良い経験になると思いますんで……まぁ、やる以上は負ける気はないですけどね。」

「僕もやろうと思います。
 だから、その話は受けさせて下さい山田先生。」

「お二人ならそう言うと思いました……ではOKの旨を伝えておきますね。
 其れとこの試合はタッグマッチで、一夜君と織斑君のタッグが試合を申し込んで来た企業代表のタッグチームと戦う事になりますが、良いですね?」

「お前とのタッグが……そう言えば、正式にタッグを組むのは初めてか?――なら、頼りにしてるぜ相棒!」

「僕の方こそ頼りにさせて貰うよ夏月。」


真耶から話を聞いた夏月と秋五は試合を受けると答え、其の試合がタッグマッチである事を聞いても怯む事なく、逆に夏月も秋五も正式にタッグを組むのは初めてと言う事で今から試合を楽しみにしているようであった。
プロとしてのデビュー戦でもある上にISバトルでは珍しいタッグマッチと言うのは普通ならば緊張してしまうだろうが、既に色んな意味で経験が豊富な夏月と秋五は緊張する事はなく、寧ろタッグパートナーに不足はないので夏月と秋五はガッチリと手を組むとタッグチーム結成が決まったのだ。


「其れで山田先生、俺達の相手って何処の企業代表の選手なんですか?」

「お二人の相手は、日本のIS関連企業としては『ムーンラビットインダストリー』、『倉持技研』に次ぐ国内シェア第三位の『島田重工業』の企業代表の『エリカ・ハルトマン・逸見』と『シホ・ハーネンフース・西住』のタッグですね。」

「……な~んか聞いた事のある名前がフュージョンしてる気がするんすけど……」

「一夜君、其れは突っ込んではいけません。
 此の二人はIS学園の卒業生、つまりOGの二十二歳なのですが……その、何と言いますか実はこの二人も此の試合がプロリーグでのデビュー戦になるみたいなんです。」

「「は?」」


そして其の相手だが国内IS関連企業としてはシェア三位の『島田重工業』の企業代表だったのだが、なんとその二人もまた此の試合がプロとしてのデビュー戦だと言うのだ。
ルーキーのデビュー戦に、同じくルーキーをぶつける『ダブルデビュー戦』と言うのは通常有り得ない事であり、其れこそ人員不足の地方の『ローカルプロレス団体』でもない限りは早々起こる事ではないだろう。
なので当然夏月も秋五も疑問を持ったのだが、其れに関しては真耶が自身の予測を交えてではあるが丁寧に説明してくれた。
其れによると、島田重工業は国内シェア三位とは言っても国内シェア一位であるムーンラビットインダストリーと二位である倉持技研が世界的なIS関連企業としても世界ランキング上位であるのに対し、世界ランキングとなると二十位以内にもランクインしていない上に、ムーンラビットインダストリーと倉持技研が夫々一人ずつ『男性IS操縦者』が所属していると言う現状に焦りを感じて、自社の企業代表のプロデビューの相手に夏月と秋五を指名してプロリーグ協会に試合を申請したのだろうと事だった。
『世界に二人だけの男性IS操縦者のタッグ』との試合となれば、自社の企業代表のプロデビュー戦であっても注目されるのは間違いなく、その男性IS操縦者のプロデビューの相手を務めたとなれば、勝敗は兎も角として会社の名が上がるのは間違いないので、真耶の予測は間違いではないだろう。


「つまりは自社が注目されて、あわよくば業界内での地位を向上させたいって事か……だけど其れって俺達と勝敗は別にして良い試合が出来ればの話だよな?
 一方的に叩きのめされて瞬殺されたら地位を向上させるどころか逆に下落すんじゃねぇのかな?」

「其れはそうかもしれないけど、国際大会は兎も角として国内のプロリーグのISバトルはエンターテイメントの側面もあるから、ある程度は『魅せる』試合をする事も必要になるんじゃないかな?」

「エンタメとガチの融合か……なら俺が尊敬するプロレスラーの『武〇敬司』さんを参考にして試合を組み立てるとしますかねぇ?」


島田重工業の思惑は理解出来たが、だとしても試合を行う以上は夏月も秋五も一切の手加減をする気はなかった――口では『瞬殺はプロではNG』と言った秋五も、本心では初っ端から全力で行く心算だったのだから。
其の後は試合の日時なんかを聞いた後で、試合用のタッグ名が必要との事だったので其れを決める事になったのだが、其れは夏月が『モノクローム・モザイカ』で申請して、秋五も他に良いタッグ名が浮かばなかったので其れが採用される事になった。
自身が所属している亡国機業の実働部隊である『モノクロームアバター』と『織斑計画』の別名である『プロジェクト・モザイカ』を合わせたモノだが、そのタッグ名は実にカッチリと夏月と秋五のタッグ名にマッチしていたのである。

そしてプロリーグでのデビュー戦となれば絶対に勝ちたいので、此の日の放課後は『プロデビュー』の一件を夫々の嫁ズに伝えるに留まったのだが、翌日からは夏月組と秋五組合同での超絶ハードなトレーニングが開始されるのだった。
相手もデビュー戦と言う事もあって其の能力が未知数な上に、試合相手の二人はIS学園のOGではあるモノの国家代表でも代表候補生でも専用機持ちでもなく、クラス代表を務めていた訳でもなかったので学園在籍時の試合の映像も残っていなかったので、嫁ズのタッグの組み合わせをアリーナの使用刻限までに可能な限り変えた状態で模擬戦を繰り返して如何なる相手が来ても最善の一手を選択出来るように己を鍛え上げて行ったのだ。

そして其れだけのハードトレーニングを行えば当然腹も減る訳で……


「俺は『トリプルガーリックカルビ丼』を特盛で。
 其れが飯で、おかずは『肉じゃがコロッケ』、『タルタルチキン南蛮』、『鯖の塩焼き』、『肉モヤシ炒め』で。其れから味噌汁の代わりに味噌ラーメン。牛乳はパックで宜しく。」

「僕は……『かつ丼』を特盛。
 其れがご飯でおかずは『唐揚げ』、『サンマの塩焼き』、『回鍋肉』で。」

「私はねぇ……『ステーキ丼』のメガ盛りを『肉三倍』ね。
 其れがご飯で、おかずは『チーズハンバーグダブル』、『トンカツ』、『唐揚げ』、『青椒肉絲』、『豚カルビ焼肉』、『ピリ辛もつ煮込み』。そんでもって夏月と同様に味噌汁の代わりに味噌ラーメン。牛乳もパックで。」


夏月だけでなく秋五のオーダーもバグっていた。
『消費したエネルギーは食べる事で摂取するのが最も効率が良い』と考えていた織斑計画の研究者達によって、『消費したエネルギーは食事で補充する』事が前提となっているのだが、此れまで秋五は其処までのエネルギー消費をした事が無かったので、人生初となる超絶メニューの注文となっていたのだ。
そして、ナチュラルな生まれであるグリフィンは夏月と秋五を余裕で上回るオーダーを出していたのだから驚き以外のナニモノでもないだろう――世のフードファイターでも完食出来るか如何かというオーダーなのだから。


「一夜とレッドラム先輩が凄まじい大食漢で健啖家なのは知っていたが、其れにしても今日は何時にも増して凄いな?秋五も普段の三倍近い量を食べているし……」

「まぁ、アレだけハードなトレーニングを行えばお腹も空くと言うモノよ箒ちゃん。
 夏月君と織斑君は消費エネルギーを食べる事で即補充出来るようになっているかもしれないから兎も角だけど、グリフィンの食欲はホント凄いと思うわ。
 そしてアレだけの量を食べても全く太らないんだから、食べた栄養は一体何処に蓄積されているのやらね。」

「楯姐さん……そりゃ胸でしょ間違いなく?……アタシも爆食すれば胸育つのかしら?」

「お姉ちゃん、其れ闇落ちし掛けながら言うセリフじゃないから……」


食事中の会話から鈴の目からハイライトが消えかけたが本日の夕食タイムも賑やかかつ楽しい時間となっていた。
序に、グリフィンは此のメニューをペロリと平らげた後で追加で『トリプルガーリックカルビ丼・特盛・肉三倍』、『ぶっかけおろし冷しゃぶうどん』、『ハイパーロングチリドッグ(パンの長さ30㎝、ソーセージ40㎝)』オーダーして其れも瞬く間に平らげ、デザートに『ウルトラデラックスジャンボパフェ(高さ30㎝)』を見事に完食して見せたのであった。


「にしてもプロとしてのデビュー戦ってんなら、なんかこうインパクトのある登場をやりたいよな?
 普通に専用機纏ってカタパルトから出撃ってのはな~んか味気ない気がするぜ……秋五、お前もどうせならインパクトのある登場をした方が良いと思うよな?てか、お前の場合はアレの弟だって事で否応なしにインパクト求められると思うんだわ俺は。」

「其れはそうかもしれないけど、だけどインパクトのある登場って言われても僕は思いつかないよ?」

「自分で言っといてなんだが俺もだ――と言う訳で簪先生お願いします。」

「そこで私に振るのは悪くないね夏月。
 夏月と秋五は双子って思う位に容姿が殆ど同じだから、此処は『      』ってのは如何かな?知ってる人も割と多いからイケると思うよ。」

「なるほど、其れは良いかもだな?」

「確かに良いかも知れないけど、良く知ってるね更識さん?」

「……ヲタの知識を舐めたらダメ。
 そしてラウラはもっと知識を蓄積すべき。貴女のヲタ知識はまだまだ浅い……そして貴女に其れを教えたと言う黒ウサギ隊の副官も私に言わせればマダマダ甘いと言わざるを得ない。最低でも遊戯王における闇遊戯の全デュエルのフィニッシャーくらいは暗記しておかなければダメ。」

「更識簪……師匠と呼ばせてくれ!!」


デザートタイムでは夏月が『インパクトのある登場をしたい』との事で簪にアイディアを求めたのだが、簪は夏月と秋五の容姿が瓜二つである事を生かしたあるパフォーマンスを提案し、夏月と秋五も其れを採用する事にした。
其れは正しくアニオタで特撮オタである簪だからこそ思い付いた事でもあり、同時に日本のサブカルチャーは世界でも大人気なので、国内のプロリーグの試合とは言っても海外からの観客もいる試合会場ではウケること間違いないだろう――ラウラが簪に弟子入りすると言う謎の状況が発生してしまったのもまぁ特に問題はないだろう。

そうして夕食が終わった後はゆっくりと風呂に入って身体をリラックスさせると、夏月は自室に戻って禅を組んで精神統一をしながら脳内ではイメージトレーニングを繰り返していた。
イメージトレーニングと言うのは実はとても重要なモノであり、イメージだからこそ作り出す事の出来る相手と言うモノも存在するのだ
夏月は、実は此れまでにISのコア人格の世界で何度か羅雪と模擬戦を行っており、夏月の中では現時点では羅雪が最強の相手なのだが、其れはあくまでも近接戦闘のみの話だ――がイメージトレーニングではイメージ次第で『遠距離戦も出来る羅雪』と言う限りなく最強に近い存在との戦いも可能なのだ。
そして夏月は『羅雪+スコール+オータム+楯無』と言う己が知りうる『最強四天王』を一つに纏めた『己がイメージ出来る最強の存在』とイメージトレーニングで戦いながら精神統一をすると言う相反する事を行っていたのだ。
『燃え盛る闘争心と平常心の融合』を目指してのトレーニングとも言えるモノなのだが、其れは言うなれば灼熱の炎とドライアイスを融合した上で存在させるくらいに難しい事であるのだが、逆に言えば其れが出来れば最高の闘気を冷静な思考を保った状態で使う事が出来るのだ――ある程度は其れが出来ていた夏月だったが、此れを機に其れを完全なモノにしようとしているのである。



――バシィィィィン!!



「……お見事。気配は完全に消していたのだけれどね?」

「気配は消えてたが、攻撃の瞬間には如何したって闘気や殺気が漏れちまう……こればっかりはドレだけ修行してもゼロにする事は出来ねぇ――攻撃の直前まで其れを完全にゼロにする事は出来てもだ。」


此処でお風呂タイムから戻ってきたロランが禅を組んでいる夏月に背後から木刀を振り下ろしたのだが、夏月は其れを見事に頭上で白刃取りしていた。
無論ロランとて夏月が隙だらけに見えたから攻撃したのではなく、夏月が禅を組んで集中力を高めている事を感じ取ったからこそ、其のトレーニングにプラスになると思って背後から木刀を振り下ろしたのだが。


「だが、今の一撃を白刃取り出来たってのは大きいな?
 無意識でも反応出来たって事は、意識があればもうどんな攻撃でも俺は防御と回避が出来るって事だからな……そう言う意味では今のは最高の一撃だったぜロラン。」

「そうかい?君の役に立てたのならば嬉しい事この上ないけれどね。」


此れにより夏月の精神はより研ぎ澄まされたのだった。
因みに同じ事は秋五の方で行われており、禅を組んで瞑想している秋五の背後から箒が木刀を振り下ろしたのだが、秋五は其れを避けるとほぼ脊髄反射で箒を掴むと其のまま『柔道のオリンピック金メダリスト』も絶賛するレベルの見事な背負い投げで投げて、流れるように袈裟固めで箒の動きを封じていたのだった――尤も袈裟固めを喰らった箒は、秋五と密着状態になった事で一瞬で脳味噌が沸騰して使い物にならなくなってしまったのだが……やる事やっていても大和撫子のサムライガールの純情さは相当なモノがあるのかもしれない。








――――――








そんな感じの日々を過ごして、遂にやって来た夏月と秋五のプロデビュー戦。
試合場所はISバトルのみならずプロレスやボクシングの試合会場としても『聖地』とされている日本武道館――の『ISバトル専用フィールド』だ。
日本武道館は確かに日本における格闘技の一大試合会場なのだが、ISバトルは屋内で行う事が出来るモノではないので、日本武道館は郊外に『日本武道館ISバトル専用フィールド』を新たに建設する事になり、ISバトル競技者にとっては此処で試合を行う事が一つの目標となっていたりするのだ。

そんな『日本国内』でのISバトルの聖地となっている会場にはキャパシティーの三万人を遥かに超えた五万五千人が詰めかけ、会場に入りきらなかった観客は場外のパブリックビューイングで観戦する事になり、そして日本各地で『世界に二人しか存在しないIS男性操縦者』のプロデビュー戦を見逃さないと言うかの如くに各都道府県庁及び各市町村役所に特設されたパブリックビューイングには多くの人が押しかけ、場所によっては『DJポリス』が出場を待機する状態となっていたのだった。
夏月と秋五の嫁ズとマドカは当然会場入りしている訳だが。


「夏月、秋五、負けるんじゃねぇぞ……!」


五反田食堂もまた大賑わいとなっていて、店内のテレビに客もクギ付けとなっており、弾もダチ公二人のタッグの勝利を願いながら厨房にて中華鍋を振って客のオーダーに応えていた。

其れは其れとして試合会場では既にフィールドに『エリカ・ハルトマン・逸見』と『シホ・ハーネンフース・西住』のタッグが島田重工業が開発した専用機の『センチュリオンMk.Ⅱ』を纏って準備万端となっていた。
IS学園在籍時は特に目立った成績は挙げていないエリカとシホだったが、卒業して専門学校に進学した後で普通の学生生活に物足りなさを感じ、入った専門学校を中退して『ISバトルの専門学校』に入学し直して改めてISバトル競技者としてのトレーニングを行い、専門学校卒業後に島田重工業にスカウトされて島田重工業の企業代表になったと言う経緯があり、島田重工業の企業代表になってからの一年間は専門学校時代よりも更に厳しいトレーニングを行っていたので、本日デビューのルーキーとは言っても其の実力は実は可成り高いと言えるのである。

そんな中、エリカとシホが出撃したのとは反対のカタパルト――つまりは夏月と秋五の控室側のカタパルトは未だに閉じたままだった。
観客もエリカとシホもまだかまだかと待っていた次の瞬間、カタパルトではなく主に試合後に使われるフィールドの通用口が開くと、其の通路の奥から夏月と秋五が専用機を纏わずに現れた。
ISスーツのみを纏った夏月と秋五はフィールドに現れると互いに顔を見合わせ、秋五が軽く頷くと二人揃ってエリカとシホに向き直り、秋五は足を大きく開いて上半身を左に傾けると両手の拳を顔の前で握りしめ、夏月は左手を腰の辺りで握りしめてから右手を頭上に掲げる。
そして夏月は掲げた右手を九十度返すと其れを其のまま真っ直ぐ下ろし……


「変……身!!」


その右手を水平に切って腰で拳を握ると、左手を同じように切ってからガッツポーズを決める。


「変……身!!」


続いて秋五は上半身を起こすと左右の腕を交差させるように掲げた後に右肩の方に掲げた左腕を大きく円運動させた後に右腕と一緒に右上に振り抜く。
そして夏月は『騎龍・羅雪』を、秋五は『騎龍・雪桜』を展開したのだが、此の専用機の展開には会場が大きく沸いた。
と言うのも夏月と秋五がやったのは、『仮面ライダーディケイド』に於いて『最強の仮面ライダーは誰か?』と言う話題になった際に唯一昭和ライダーから名が上がる、『仮面ライダー史上唯一&初のオンパレード』、『コイツ一人で何とかなるだろ』、『ロボライダーの耐熱温度二万度は地球上に存在しねぇ』、『バイオライダーは高熱に弱いって言うけど耐熱温度五千度は十分過ぎるやろ』、『RXは当然だけどBlackも大分やばい』との評価を受けている仮面ライダーBLACKと仮面ライダーBLACKRXが幻の共闘を果たした際のダブル変身のシーンを再現したモノであり、此れこそが簪が提案した『インパクトある登場』だったのだ。

簪の読みは大当たりで会場は大盛り上がりとなりボルテージも試合開始前から最高潮に近くなっていた。


「女性を待たせると言うのは些か失礼だったかな?」

「まだ試合開始前なんだから気にするなよ秋五。
 其れにデートってのは待ち時間も楽しむモンだろ?……俺達が先に出てたら俺はマスターデュエルで連勝数を伸ばした後にマリメ2の理不尽難易度のトロールコースに挑んで絶叫してたぜ。」

「絶叫って、具体的には?」

「『ハナー!』、『サカナーー!!』、『石オヤジーーー!!!』って所だな。」


其の大盛り上がりでの会場の空気を受けても夏月と秋五に緊張は見られず、軽口を交わした後に対戦相手であるエリカとシホに改めて向き直り、夏月は心月を、秋五は晩秋を構える。
其れを見たエリカとシホも近接ブレードを構え――


『レディース&ジェントルメン!其れでは本日の試合を始めるとしようか~~!
 本日の試合はとても珍しい、互いにプロデビュー戦となるルーキータッグの試合だーー!片や世界に二人だけの男性IS操縦者である一夜夏月と織斑秋五のタッグで、其れに対するは島田重工業の企業代表であるエリカ・ハルトマン・逸見とシホ・ハーネンフース・西住のタッグだ~~!
 プロの世界では互いにルーキーだが、だからこそどんな試合になるのかは予想が出来ない!
 果たしてどんな試合が展開されるのか!ISバトル、レディィィィ……ファイトォォォォォォ!!』



ピンクのスーツを着てオシャレな髭を携え、更には『そこまで育てるには何年かかった』と言うレベルの実に見事なリーゼントを装備したMCの掛け声で試合が始まり、試合開始と同時に夏月と秋五はイグニッション・ブーストを発動してエリカとシホの懐に飛び込む事に成功していた。
嫁ズとのトレーニングで改めて分かったのは、『夏月と秋五は近接戦闘に於いては無類の強さを誇るが、距離が離れると脆い』と言う事だった――夏月は一応ビームダガー『龍尖』の投擲とビームアサルトライフル『龍哭』の乱射で中距離戦以上でも戦えるのだが、秋五は白式が二次移行して更に騎龍化した事で遠距離武器に関しては一応搭載されてはいたが、其れでも其れはあくまでも『遠距離戦が出来る』程度のモノだったので信頼性は低いので、近接戦に持ち込むのが吉なのだ。

其れに対してエリカとシホは今年行われたIS学園でのISバトル全ての映像を見て、『学年別タッグトーナメント』での夏月と秋五の動きから対策を立てていたのだが、その対策はマッタクもって無駄となっていた。
タッグトーナメント当初の夏月と秋五ならば対処出来たのかもしれないが、夏月も秋五もタッグトーナメントの時よりも格段に成長しており、特に一時的とは言えIS学園から離脱して亡国機業の一員として裏の仕事を熟して来た夏月の実力は表の世界の試合では敵無しの状態となっていたのだから尚更だ。
勿論対策はされていたので無傷とは行かなかったが、其れでも夏月と秋五のタッグはエリカとシホのタッグを終始圧倒し――


「終わりだ……」


最後はワン・オフ・アビリティを発動した夏月が見事な空間断裂斬撃を決めてエリカとシホのタッグの専用機のエネルギーをゼロにしたのだった。
なれば、此処で試合は終了なのだが――



――ガッシャァァァァァァァァン!!



試合後の静寂を打ち破るかのように、アリーナの天井をぶち破って何かがフィールドに降りった――土煙が晴れて其の存在が明らかになったのだが、現れた乱入者は、全身装甲のISを纏っているのだが、その機体は『三つ目のカメラアイと六本腕』と言う異形の姿をしていたのだった。


「誰だお前?って言っても答えは期待出来ないんだが、俺と秋五のデビュー戦を潰したって事は、相応の覚悟があったからだよな?……としても、俺は折角のデビュー戦をぶっ壊されて腹立ってんだ……殺されても文句言うなよ?」

「僕も夏月と同じ思いだ……せめてもの救いはもう試合の方は勝負はついていたって所かな?そうじゃなかったら、僕は冷静さを保ててなかったかもだ。」


まさかの乱入者に対して夏月も秋五も手厳しく、そして一切の慈悲もない一言をブチかますと、改めて己の得物を構えて無粋な乱入者にその刃を向けるのだった。
そして此の無粋な乱入者こそが、束が画策した『強制覚醒イベント』の始まりだったのである。









 To Be Continued