学園祭当日から少し時間は遡り、学園祭まで一週間を切ったある日の放課後、楯無は生徒会室でパソコンを前にほくそ笑んでいた……その姿は、『IS学園最強』の証である生徒会長が不敵な笑みを浮かべているようにも見えたが、楯無の従者である虚にはそうは映っていなかった。
「何やら楽しそうですが、悪巧みですかお嬢様?」
「悪巧み……うん、悪巧みね此れは。
それもタダの悪巧みじゃなくて、更識楯無の……ううん、更識刀奈の一世一代の悪巧みよ。其れこそ、世界を巻き込むレベルでの壮大なスケールの。」
「矢張り悪巧みですか……其れも、お嬢様の一世一代の、更には世界を巻き込むレベルの悪巧みとは一体何をなさる御積りですか?……ハッキリ申し上げますと、世界を巻き込む悪巧みを考える人間など、篠ノ之束博士一人で充分なのですが?」
「あらあら虚ちゃん、束博士の場合は世界を巻き込むんじゃなくて宇宙を巻き込むんじゃないかしら?」
「其れは……まぁ、少々否定は出来ませんが。」
虚は此れまでの経験から、楯無が此の笑みを浮かべた時は大概トンデモナイ悪巧み(大抵の場合は悪戯)を思い付いたのだろうと看破していたが、楯無は悪巧みである事を認めながらも、それが『自身にとって一世一代の悪巧みであり、世界を巻き込むレベルのモノである』とトンデモナイ事を平然と言ってくれた……しかも、『更識楯無ではなく更識刀奈としての悪巧み』と言うのが、ある意味で余計に性質が悪いと言えるだろう。
『更識楯無』であれば『暗部の長』の立場もあるので其処までトンデモナイ悪巧みはしないだろうが、『更識刀奈』であれば『暗部の長』の立場など関係ない一人の少女に過ぎないのでリミッターが外れた悪巧みを普通にしてしまうのである。
「まぁ、束博士の事は取り敢えず置いといて、今回の悪巧みは未来の為の一手とも言えるのよ虚ちゃん。
貴女にも学園祭最終日に時雨さんが学園を襲撃してくると言う事は話したわよね?」
「はい、其れは存じ上げております――本音にも、其れは伝えてありますが、其れと悪巧みに何か関係が?」
「えぇ、大アリよ。此れは時雨さん達が襲撃を成功させる為の下準備よ。
時雨さん達のIS学園襲撃は私達――夏月組にとってはとっても大事な事になるから其れは絶対に成功させなくてはならないの……だから、其の襲撃が上手く行くためにも、学園島全体を巻き込む大掛かりなイベントを学園祭最終日に考えていたのよ。」
楯無は学園祭最終日にスコール率いる亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』がIS学園を襲撃する事を夏月から聞かされており、夏月と夏月の嫁ズは其の騒ぎに乗じてIS学園から一時離脱する事になっていたのだが、楯無はスコール達が少しでも動き易くなるように学園島全体を巻き込んだ大型イベントを学園祭最終日に行おうと考え、そのイベントをどのようなモノにするか、如何すればイベントに乗じてスコール達が動き易くなるかを考えていたのだった――確かに其れは、相当なスケールの悪巧みであると言えるだろう。
「私達は夏月君と共に一時的に学園を去るけど、貴女は如何するの虚ちゃん?
目的が果たされたら私達はまた学園に戻ってくるから無理に一緒に来いとは言わないわ。五反田君との事も考えると、寧ろ一緒に来ない方が良いでしょ今回は流石に。」
「だだだ、弾君の事は兎も角としてですね、私は学園に残る心算でしたよお嬢様?
私と本音が学園に残ればお嬢様達に学園の様子を伝える事が出来ますから――勿論、お嬢様と簪様が学園からいなくなった事で一部の教師からは怪しまれるでしょうが、其れ位の事は私も本音も何とか出来ますので。
ですからお嬢様はご自分の為すべき事を完遂して下さい。」
「虚ちゃん……うん、ありがとう。
私は歴代の楯無の中でも最高との評価を受けてるけど、貴女も歴代の楯無に仕えた従者としては最高だわ……私達が居ない間、IS学園を頼んだわ虚ちゃん。此れは楯無としての命令ではなく、貴女の友人である刀奈としてのお願いよ。」
「ならば私も友人として其の願いを聞きますよ刀奈……如何か、無事に帰って来て下さい。其れが、貴女の友人である布仏虚の願いです。」
「うん、約束するわ。」
虚は妹である本音と共に学園に残る選択し、そしてそれは一時的に学園から離脱した楯無達に学園の様子を伝えるスパイの役目を自ら買って出たと言う事でもあるのだが、布仏は更識に代々仕えて来た家であり、其の仕事の中には諜報活動も含まれており、虚と本音も幼い頃より諜報活動の訓練を行っていたので諜報員としての腕前はロシアのKGBやアメリカのCIAの諜報員にも負けず劣らずのレベルなので、布仏姉妹が学園に残って諜報活動を行ってくれると言うのは有難い事だと言えるだろう。
虚の協力も取り付けた楯無は、其処から虚と共に最終日の大イベントの内容を詰めて行き、最終的には『男性操縦者二人を鬼とした巨大鬼ごっこ』と言う形に落ち着き――そして此の企画が学園に認証された時、楯無はスコール達の襲撃と自分達のIS学園離脱は成功すると確信したのだった。
夏の月が進む世界 Episode61
『学園祭を盛り上げろ!限界突破をぶち破ってな!』
時は戻って学園祭当日――学園島には凄まじい数の人が訪れていた。
IS学園に代表候補生、或いは国家代表を送り込んでいる国、男性操縦者の婚約者を有する国のお偉いさん方は言わずもがなだが、今年はそんな肩書とは無縁の一般客の数が過去一となっていた。
去年まで採用されていた『招待状制』が廃止され、誰でも学園祭の期間中であればIS学園を訪れる事が出来るようになったのが大きな要因なのは間違いないが、一般客の中には凡そ『カタギ』とは言い難い人間も存在していた――其れは、更識の仕事で外道共に共に鉄槌を下した真の『任侠者』であり、楯無が生徒会長を務めているIS学園の学園祭がどんなモノかを見に来たのだろう。
所謂『ヤクザ』がやって来たら、普通は驚くところだろうが、IS学園の生徒の多くは実技授業にてメンタル面が(主に実技担当教師によって)鍛えまくられているので『ヤクザ』が来た程度では対して驚いてはいなかった。
それはさて置き、今年の学園祭で一番の注目となっているのは矢張り『世界に二人しかいない男性IS操縦者』を有している一年一組であり、其の出し物である『ガールズバー風カフェ』は学園祭が始まって十分が経つ頃には長蛇の列が出来ていた。
バーテンダーを務めている夏月と秋五目当ての女性客だけでなく、ホステス役を務めている女生徒目当ての男性客も居るので、一年一組は男性客、女性客の両方を取り込んでいたと言えるだろう。
「制服のスラックスにワイシャツを合わせてその上からベストを着て蝶ネクタイを装備するだけでバーテンダーの衣装になるのには驚いたけど、ホステス役の彼女達の衣装が簡単に手に入るとは思わなかったかな?」
「ホステスの衣装なんぞはコスプレ専門店なら幾らでもあるからな。
簪が懇意にしてるコスプレ専門店にネットで頼めばソコソコの値で購入出来るってモンだぜ……尤も、その支払いはDQNヒルデの給与から天引きされるように束さんが調べ上げたDQNヒルデの口座番号を入力する裏工作をしてるんだがな。
因みに此れは普通は絶対にやっちゃダメだからな?」
「そんな事は分かってるけど……此れは姉さんの口座残高はほぼゼロだね。今までの事で色々と払うモノもあっただろうから……此れは僕はバイト探さないとかな。」
「単純に金が必要ならバイトするよりも宝くじ買って束さんに連絡した方が楽じゃねぇかな?束さんなら、お前が買った宝くじの番号を一等の番号にしちまう位は朝飯前だと思うぜ?」
「其れは、確かに束さんなら出来るかもしれないけど、其れは流石に反則技だと思うんだよね。」
「反則技も5カウント以内なら全然ありだぜ?プロレス限定だがな!」
夏月と秋五のバーテンダー衣装はIS学園の制服をアレンジしたモノであったのだが、ホステス役の女子生徒のコスチュームは夏月が簪に頼んで、簪の行きつけのコスプレショップに発注したモノであり、その衣装クオリティは可成り高いモノとなっていた。
基本デザインはワンピースタイプのナイトドレスなのだが、肩紐の有無、スカートの長さなんかで差別化が行われ、特に箒のプロポーションをこの上なく魅力的に見せるドレスは多くの男性客をKOする事になったのだった――学園の生徒最強と言われている箒のホステス衣装の破壊力は凄まじく、『魅惑の谷間』にKO或いは理性を失う男性客が続出する事態となっていたのだ。
KOされた男性客は兎も角として理性を失った男性客は色々とアレなので、夏月と秋五が鎮圧に向かって夏月も秋五も夫々五人ずつ戦闘不能にした後に残る二人の内一人を夏月が連続ブリッジで跳ね上げると、秋五はもう一人の男性客の腕をバネのように捩じった上で其れを開放して上空に吹き飛ばす。
そして夏月はブリッジで跳ね上げた相手と背中合わせになると両足を極め、更に両腕をチキンウィングに極め、秋五は吹き飛ばした相手の首を両足で極めてから左足を抱え、更に夏月に極められた相手の首をも足でホールドし、同時に夏月も秋五が固めた相手の右足を自身がホールドした相手の右足首と共に極めて其のまま降下!!
「「マッスルキングダム!!」」
キン肉マンの最強必殺技である『マッスルスパーク』と同作品に於いて『ロビン家の次世代の必殺技』と言われた『ビッグ・ベン・エッジ』が融合したツープラトンは強烈無比であり、迷惑客は此れにて完全にKOされ、そしてこれが見せしめになったのか、これ以降はこんな迷惑客は現れなかったのだった……如何に『無礼講』と言える祭りであっても、最低限のマナーすら守れない客には容赦なく鉄槌が下されると言う事を忘れてはいけないのかも知れない。
少しばかりのトラブルはあれど一年一組の出し物は大盛況となっていたところに――
「久しぶりね夏月?元気そうで何よりだわ。」
「義母さん!来てくれたのか!」
夏月の義母であるスコールが来店して来た。
本日のスコールは『クラス対抗戦』の際に起きた『国際IS委員会による抜き打ちのセキュリティチェック』の後でモニター越しに会った時のようなジャージ姿ではなく、セレブ然としたドレス姿であり、其の美貌に一組の生徒だけでなく、他の客も見とれてしまっていた。モニター越しとは言え会った事のあるロラン、秋五と箒とセシリアはその限りではなかったが。
スコールはカウンターではなくボックス席を指定すると、一組内に居る夏月の嫁であるロランと静寐と神楽とナギを指名して、彼女達と共にノンアルコールのドリンクと簡単なスナックを楽しみながらも彼女達に『夏月の事を宜しくね』と言っており、ロラン達も『任せてください』と返していた。
因みにスコールの席には彼女の好みを熟知している夏月によってメニューにはない『スルメのゲソの炙り七味マヨネーズ添え』が提供されていた……スコールの酒の肴の好みは実は中々にオッサンだったようである。
一組の出し物を堪能したスコールは、その後夏月の嫁ズが居るクラスの出し物全てに顔を出して、更識姉妹以外の嫁ズと直接の邂逅を果たしていたのだが、姪であるダリルからは『態々オレのところに来る必要あったか?』と言われてしまうのだった。
「夏月、君のお義母さんって国際IS委員会のシークレットエージェント部隊の隊長なんだよね?学園祭に来てる暇なんてあるのかな?」
「或いはこれも仕事なのかもだ……クラス対抗戦の時に抜き打ちのセキュリティチェックが入ったみたいに、義母さんは客として学園を訪れて、その目で直々にIS学園のセキュリティの穴を見つけに来たのかもだぜ。」
「確かにその可能性はあるかもしれないな。」
そんな感じで午前中は一年生の出し物を中心に盛り上がったところで正午となり、夏月組と秋五組はクラスメイトの粋な計らいでもってして全員揃って『昼休み』となって屋上でのランチタイムとなっていた。
秋五組は売店で購入した弁当だったのだが、夏月組は今日も夏月特製の弁当であった。
夏月組の本日の弁当は、『おにぎり三種(明太子、高菜ジャコ、サバマヨネーズ)』、『だし巻き卵焼き』、『エスニック風鶏の唐揚げ』、『中華風ピリ辛春雨サラダ』となっており、特に鶏の唐揚げは大好評だった。
「この鶏の唐揚げ、下ろしにんにくと下ろしショウガを漬け汁に使っているだけでなく、醤油の代わりにナンプラーを、日本酒の代わりに紹興酒を使っていますね?
この深い味わいは、醬油と日本酒では出せませんから。」
「ふ、正解だぜヴィシュヌ。
ナンプラーと紹興酒を使ったからこそこれだけの味が出来たって言えるからな……ナンプラーと紹興酒は醤油と味噌と同レベルで常備しておくべき調味料なんじゃないかと思ってんだ俺は。」
「料理は奥が深い……まる底なし沼みたいだ。一度拘ると妥協が出来なくなってしまうのは演技に通じるモノがあると感じるね。
そしてこの唐揚げ、深い味わいが素晴らしいのは当然として、此のザクザクとした衣は小麦粉や片栗粉ではないよね?小麦粉や片栗粉では此処までのザクザク食感は出せないはずだ。」
「良く気付いたなロラン?
今回は衣に片栗粉や小麦粉じゃなくて米粉を使ってみたんだ。此のザクザク食感はクセになるだろ?」
「確かに此のザクザク食感はクセになるけど……アタシはザクよりドムの方が好きなのよね。」
「鈴、ドムドムな食感ってのは逆にどんなモノなのか教えて欲しいんだがな?ドムドムって、そんな名前のハンバーガーショップがあったみたいだけどな?」
「ドムも良いけど、グフも捨てがたいよね?」
「乱、更に難易度を上げるなよ!グフグフな食感って、其れもうマジで意味が分からねぇから!」
「ゲルググかサザビーがシナンジュか、いっそケンプファーか、水星の魔女で赤い機体枠を持って行ったダリルバルデか……個人的には土壇場で主役機になったキャリバーンをマスターグレードで出して欲しい。」
「簪ぃ、そこまで行くともう意味が分からねぇから!」
夏月の料理への拘りは相変わらず凄まじいモノがあり、新たに嫁ズになったダリル、静寐、神楽、ナギは初めて夏月特性弁当を食べた時には『女子のプライド』がゴッドハンドクラッシャーされたのは言うまでもないだろう。
こんな感じで賑やかなランチタイムを過ごした後は、夏月と秋五は再びバーテンダーとして仕事に精を出したのだが、午後も一段落したところでクラスメイトから休みを貰って、夫々の嫁ズと共に学園祭を回るのだった。
其の最中、競技科の三年のクラスの出し物である『大食い大会』の『ステーキ大食い部門』にグリフィンが参加し、二十分の制限時間内に200gのサーロインステーキを二十五枚完食すると言う脅威の記録を打ち立てて優勝していたりした。
「やっぱり揚げタコってのは、ソースは掛けずに辛子マヨネーズだけを掛けるのが王道だよな。」
「辛子マヨネーズも良いけど七味マヨネーズもありっしょ?ぶっちゃけ、揚げタコはソースはなしで、お好みのマヨネーズってのが一番の王道だと思うわ。」
「其れはある意味で真理よ鈴ちゃん。私としては、ワサビ入り味噌マヨネーズを推したいわ。」
午後の屋台周りデートも良い感じとなり、そして時は満ちて学園祭初日の最大のイベントが始まろうとしていたのだった。
――――――
学園祭一日目の午後三時、学園の小アリーナには学園の生徒だけでなく学園祭にやって来た客が詰めかけていた。
この小アリーナでは『プロレス同好会』によるイベントがこれから行われる事になっており、そのイベントには生徒会長の楯無をはじめとして、『世界に二人だけの男性IS操縦者』の一人である夏月の嫁ズも参戦するとの告知がされていたので話題性があり、多くの客を集める事に成功していたのだ。
此のイベントの形としては、同好会顧問率いるヒール軍団と、ダリル率いるベビーフェイス軍団の全面抗争戦と言う形となっており、全九試合構成でマッチメイクが行われており、セミファイナルまでの八試合はシングルマッチもタッグマッチもあり、その全てが手に汗握る試合展開で、プロレスに明るくない客でも思わず気持ちが昂ったくらいだったのだ――『学生プロレス』と聞くと侮られるかもしれないが、その技術レベルは非常に高く、本当のプロレスの世界でチャンピオンになったレスラーの中には学生プロレス出身者も少なくないのだ。
其れは兎も角としてセミファイナルが終わった時点でベビーフェイス軍団とヒール軍団の戦績は四勝四敗のタイとなっており、此のメインイベントで完全決着と言う形となっていた。
そしてメインイベントは、会場の証明が落ちた後にリングが照らし出され、リング上のリングアナウンサーがマイクを手に取る――此のリングアナウンサーは長年日本のプロレス界でリングアナウンサーを務めた『田仲ケロ』リングアナウンサーであり、此の名物リングアナウンサーを呼んで来たと言うあたりにプロレス同好会の本気が見て取れるだろう。
『本日のメインイベント、スペシャル変則タッグマッチ、六十分一本勝負を行います!
IS学園を漆黒に染め上げるのか?青コーナーより、『IS学園は我等が牛耳る』……『カースドマーダーズ』首領組、入場!』
先ずはヒール軍団の入場となり、会場内に『黒のカリスマ』の入場テーマである『クラッシュ』が鳴り響き、同好会顧問(以下『顧問』と表記)、同好会会長(以下『会長』と表記)、同好会副会長(以下『副会長』と表記)の三人タッグが花道から登場してリングイン。
『黒き野望は必ず食い止める!赤コーナーより、『IS学園の秩序はオレ達が守る』……『ISマスターズ』リーダー組、入場!』
続いて今度はダリル率いるベビーフェイス軍団の入場となり、会場内に『稀代の天才』の最終入場テーマとなった『HOLD OUT2021』が鳴り響き、楯無、グリフィン、ダリル、ヴィシュヌの四人タッグが花道に現れ、入場の途中で楯無が手にした日本刀を抜いて片膝を付いて日本刀を構えてポーズを取ると、グリフィン、ヴィシュヌ、ダリルはその後ろで『ギニュー特戦隊』的なポーズを決めて観客を盛り上げる。
そしてそれだけでは終わらず、リングインの際にも楯無はコーナーポストに立った上で入場時のコートを投げようとしながらより歓声の大きなところに投げる仕草をし、ヴィシュヌはトップロープを掴んでのローリングインを行い、グリフィンとダリルは楯無と同様にコーナーポストに上ってアピールして観客を盛り上げていた。
其処から田仲アナウンサーの各選手の紹介コールが行われた後にメインイベントのゴングが打ち鳴らされてメインイベントが始まった。
ベビーフェイス軍団の先発は楯無で、ヒール軍団の先発は副会長だ。
先ずはオーソドックスな手四つからのロックアップでの力比べとなり、其れはほぼ互角だったのだが、楯無は首投げで副会長を投げると、背後からスリーパーホールドを仕掛けて体力を奪おうとする。
しかし、副会長も其れを簡単には許さずに、スリーパーが決まる直前に左腕を差し込んでスリーパーが完全に極まるのを阻止して逆に楯無を首投げで投げ返し、投げられた楯無は転がって間合いを取ると其のままダッシュで副会長に飛び掛かるが、副会長が寝転がると楯無はその上を飛び越えてロープに向かい、ロープの反動を使って再度ダッシュすると今度は副会長がカウンターのアメフトタックル……を楯無は馬飛びの要領で躱して華麗に着地し、タックルを躱された副会長も巧くロープを使って停止し、ロープに腰掛けるようにして楯無を手招きし、此の華麗な攻防に先ずは会場から拍手が送られた。
其処から再びロックアップ……と見せかけて副会長が仕掛けた逆水平チョップを楯無は避けずに受けて、更に二発三発と逆水平チョップを喰らったところで四発目にカンター気味のエルボースマッシュを叩き込み、今度は楯無が『反則も5カウント以内ならOK』のルールを最大限に活かしたナックルパートを叩き込む。
パンチはプロレスでは反則だが、パンチ一発は5カウントもかからず、次のパンチまでは5カウント以上の間があるので特に攻撃モーションの大きい『弓を引くナックルパート』は反則カウントすら執り難い攻撃なのだ。
其のナックルパートで副会長を自軍のコーナーまで追い込んだ楯無はダリルにタッチし、リングインしたダリルはコーナーに押し付けられていた副会長を逆側のコーナーに振って、其処に串刺し式のラリアットを叩き込もうとしたのだが、ダリルのラリアットが炸裂する直前に副会長が身を躱した事でダリルはコーナーポストに激突して自爆!
此の隙に副会長は自軍のコーナーに逃げて会長にタッチし、リングインした会長は自爆したダリルに背後から襲い掛かるとフルネルソンに極めた後に投げっぱなしのドラゴンスープレックスで投げてダウンしたところにエルボードロップを落とし、更にドラゴンスリーパーで絞め落としに掛かるが、此処はグリフィンがカットに入って其れを阻止する。
此れで仕切り直しとなったのだが、自爆、フルネルソン、投げっぱなしドラゴンスープレックスと連続ダメージを受けたダリルは少し辛そうで、会長は此処で流れを引き寄せようとダリルをロープに振ると、自分もロープに飛んで反動を付けてラリアットを繰り出した――のだが、ダリルは其れをダッキングで躱すとロープにぶつかって跳ね返って来た会長にドロップキックをお見舞いしてダウンを奪うとグリフィンとタッチし、交代したグリフィンは会長を立たせると袈裟切りチョップの連打からフロントネックロックに極めて自軍のコーナーまで連れて来ると、ヴィシュヌがグリフィンの身体に触れる形で交代し、会長をグリフィンから預かると二・三発張った後にリング中央で卍固めを極める。
卍固めは手足が長いほどより複雑に手足が絡まるために威力が高くなるのだが、ヴィシュヌは身体の半分以上が足であり、腕も同年代の女子と比べると少し長く、更には高い柔軟性もあって卍固めの威力をより高めてくれていた。
此れがシングルマッチならば決まっていただろうが、変則タッグマッチでは仲間がカットしに来るものであり、此処は副会長がカットに入ってヴィシュヌにドロップキックを喰らわせた。
カットされたヴィシュヌは転がって自軍のコーナーに行って楯無と交代すると、会長もここでやっと顧問と交代し、此処で遂にこの変則タッグマッチの醍醐味である『女子レスラーvs男性レスラー』の戦いが実現した。
体格とパワーでは顧問の方が楯無よりも圧倒的に上なので、真正面からぶつかったら楯無が不利なのだが、楯無は低空ドロップキックで顧問の膝を攻撃すると、続けてドラゴンスクリューを極めて投げ飛ばし、追撃のスライディングキックで顧問を場外に落とすと身体をロープに振ってダッシュし、側転してからバック中でトップロープを飛び越えて全身を浴びせる『スペースフライングタイガードロップ』を喰らわせる。
全身を強烈に浴びせる空中殺法は極まれば必殺なのだが、顧問は降って来た楯無の身体を受け止めると、そのまま場外のマットにボディスラムで叩き付けて来た――顧問の体重は115kgと楯無の倍以上もあるので簡単に受け止められてしまったのだ。
そしてそのまま両軍入り乱れた場外乱闘になったのだが、此処でヒール軍団『カースドマーダーズ』の悪党マネージャーが仲間を引き連れて乱入し、グリフィン、ヴィシュヌ、ダリルを分断した上で楯無を集中攻撃すると後ろ手に手錠をかけて自由を奪ってしまった。
此れに会場からはブーイングが巻き起こるが、ヒールはブーイングを受けてナンボなので此れはヒールとしては最高の仕事をしたと言えるだろう。
楯無に手錠をかけたヒール軍団はグリフィン、ヴィシュヌ、ダリルを攻撃するが、三人ともタダではやられず、多勢に無勢の中でも奮闘し、その姿に拍手が送られたのだが、リング上では手錠を掛けられた楯無が悪役マネージャーによってパイプ椅子に座らされ、其処に会長が蹴りを叩き込み、顧問が黒いバットを手にして其れを楯無の脳天に喰らわそうと振りかぶったところで――
――フッ……
突如として会場の証明が全て消えた。
此れには観客も何事かとざわついたのだが、次の瞬間に落雷のような音がしたかと思ったら三味線の音が鳴り響き、不気味な笑い声が聞こえて来たかと思うと、三味線とエレキギターが鳴り響き、そして軽快な和楽器とロックが融合した独特なメロディが流れ、それと同時に花道をスポットライトが照らし、スポットライトが照らした場所には、忍者装束を模した衣装を纏った何者かの存在があった。
片膝を付いて怪しげな忍者ポーズを取っていた人物は其のままゆっくりとリングに向かって行き、其の中で会場の照明も復活。
其のまま忍者装束の人物はリングインすると頭巾を脱ぎ捨ててその正体を現す。
頭巾の下から現れたのは顔全体を緑に塗って、顔の中央に赤で一本線を引き、頬に鏡文字で『忍』と『炎』とペインティングした夏月だった――其のペインティングは『稀代の天才』のもう一つの顔である『グレート・ムタ』のモノであり、此れは『グレート・ムタ』ならぬ『グレート・カゲ』と言ったところだろう。
頭巾を脱ぎ捨てたグレート・カゲは、上半身の衣装も脱ぎ捨てて鍛え上げられた究極の細マッチョの身体を披露すると、顧問の横を抜けて楯無の前に立ち、そして楯無を守るかのように顧問と会長に向き合い無言で人差し指を向ける。
突如現れたグレート・カゲに驚いた顧問と会長だったが、敵対するのであれば容赦はないので、先ずは会長が前蹴りを繰り出したのだが、グレート・カゲは其の蹴り足を取るとカウンターのドラゴンスクリューで投げ、転がって起き上がるとバットで殴りかかって来た顧問に真っ赤な毒霧を噴射し、更に悪役マネージャーにも毒霧を喰らわせて行動不能にする。
更にグレート・カゲはドロップキックで会長を場外に叩き落すと、毒霧を喰らって悶絶している顧問をコーナーに振り、其れをステップで追うと側転からの全身を浴びせる形でエルボーを叩き込み、此処でヒール軍団と副会長を場外乱闘でKOしたグリフィン達がリングに戻って来て、ローリングエルボーを喰らった顧問にグリフィンが串刺しラリアットを叩き込み、続いてヴィシュヌが両手で『ロックオンポーズ』をした後に串刺しのシャイニングウィザードを決めてから顧問を逆サイドのコーナーに振り、其処にダリルがコーナー最上段からのミサイルキックをブチかまして顧問をダウンさせると、顧問を肩車して其処にグリフィンがトップロープからラリアットをブチかますツープラトン『ダブルインパクト』を決める。
だが猛攻はここで終わらず、グリフィンが顧問をコーナーに上げるとグレート・カゲがコーナーに上がり……至近距離から今度はグリーンの毒霧を噴射してから雪崩式フランケンシュタイナーをブチかまし、此処で手錠を外した楯無がコーナー最上段に上がると、難易度SSSの空中殺法である『月面水爆』こと『ムーンサルトプレス』を決めて見せた。
其れも稀代の天才が生み出したオリジナルの『低く速い回転』とは異なる、『高くダイナミックな回転』と言うエンターテイメント性を重視したモノだったので会場のボルテージは一気に120%となり、ムーンサルトプレスを決めた楯無はそのまま片エビ固めで顧問をフォールする形となり、其処にグリフィン、ヴィシュヌ、ダリルも折り重なってフォール体制に。
そして其のままフォールカウントが入り、見事スリーカウントが入ってベビーフェイス軍団が対抗戦を制した形となったのだった。
其れを認められられないヒール軍団は、仲間を総動員して試合後に乱闘を起こしたのだが、その乱闘にはベビーフェイス軍団の仲間も加勢し、何よりもグレート・カゲが毒霧でヒール軍団を蹴散らしたのでヒール軍団は完全敗北となったのだった。
勝利した楯無達はリング上でグレート・カゲと共にポーズを決め、此の写真は学園祭後の校内新聞の号外のトップを飾るのであった――序に言うと、試合後のサイン会も大盛況で、プロレス同好会は当初考えていた以上の利益を得るに至り、此の日限定の『グレート・カゲ』のサイン色紙は後に凄まじいプレミアがついてトンデモナイ値段になるのだった。
「ペイントってのは、落とすのが面倒なんだよな……」
「お疲れ様夏月君。メイク落とし使う?」
「貸してくれ楯無さん。」
試合後、夏月はペイントを落とすのに苦労していたが、其処は楯無からメイク落としを借りて直ぐにペイントを落とす事が出来ていた。
そしてプロレス同好会のイベントが大盛況で終わったその後は、夏月は嫁ズと共に学園祭を見て回り、初日のフィナーレである花火大会では、夏月が手持ちの噴出花火を両手に持ってヌンチャクアクションを披露して大喝采を浴びた後に、真耶から『盛り上げるのは良いですけど危ない事はダメですよ!』と軽い説教を受けていたが、取り敢えず初日は大盛り上がりで終わったのだった。
そして続く二日目も一年一組の出し物をメインに多いに学園祭は盛り上がり、プロレス同好会が二日目の目玉イベントとして企画していた(一日目終了後に夏月と秋五に言い渡されたので二人は大層驚いたが)、『夏月vs秋五』のスペシャルシングルマッチも盛り上がり、グレート・カゲとして登場した夏月が技のプロレスで秋五と互角以上に遣り合った末に、最後は至近距離からの毒霧を喰らわせて悶絶させたところにシャイニング・ウィザードを一閃してダウンさせたところにムーンサルトプレスを決めてスリーカウントを奪って勝利を収め、此れがまた大いに盛り上がっていたのだった。
そんな感じで学園祭二日目も滞りなく終わり、運命の学園祭三日目――最終日が始まるのだった。
「いよいよオレの出番か……ガッカリさせてくれるなよ夏月の弟君よぉ……!」
「やっとこの時が来たか……夏月、秋五……本当のお姉ちゃんが迎えに来たぞ……私が、お前達の本当のお姉ちゃん……だわらばぁ!!」
「マドカ、お前少し落ち着け。取り敢えず鼻血拭け。」
「む……スマンなナツキ……少々興奮し過ぎてしまったようだ。」
「まぁ、その気持ちは分からなくもないけれどな。」
そしてその学園祭の最終日には、亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』の三強と言われいる『オータム』、『マドカ』、『ナツキ』も参加しており、IS学園の学園祭はこの最終日からが、寧ろ本番であると言えるのだった。
――――――
同じ頃、束はラボでテンションがブチ上がっていた。
と言うのも、現在の夏月達の専用機の最新のデータを遠隔操作でモニターしていたのだが、最新の機体データは束が予想してよりも大幅に操縦者とのシンクロ率や機体成長率等が上昇していたのだ。
「良いね、良いねぇ?束さんの予想をも上回る成長を見せてくれるとは、こう言うのを『私にとっては嬉しい誤算だった』って言うのかもしれないね!
カッ君の嫁ちゃん達の機体は『騎龍化』の因子が良い感じで活性化してるから、あと一歩あれば騎龍として覚醒するし、シュー君の白式と箒ちゃんの紅椿も良い感じでスコアが上がってるし、セッちゃん達の機体もスコアが上がってるから、その本当の力に覚醒するのはそう遠くないね此れは。
そして、其の力が全て覚醒した其の時がお前の終焉の時だよ……ゴミ屑と白騎士の融合人格――特に白騎士、道を踏み外してしまった君には、君のママとして一発カチ喰らわしてやらないとだからねーー!」
束は騎龍として覚醒していない夏月の嫁ズの機体の騎龍として覚醒、そして秋五の白式と箒の紅椿、更に秋五の嫁ズの機体が覚醒する時が近いと確信しながら、千冬(偽)に終わりの時が近付いていると言う事も確信し、そして千冬(偽)の一部となっている白騎士にもキッチリ一発喰らわせてやる心算でいるようだった。
DQNヒルデに、終焉のカウントダウンを告げた束は、モニター越しにIS学園の学園祭最終日の様子を確認すると、変装してからラボを後にしIS学園へと向かうのであった――
To Be Continued 
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