夏休みのある日の夜、楯無は父であり先代の『楯無』である総一郎から書斎に呼び出されていた。
総一郎の書斎は四畳半ほどの広さの和室であり、其処に机と椅子、座卓が置かれているので人が二人入るとそれだけでもう満室と言った状態で、今も座卓を挟んで楯無と総一郎が座っている状況で他に誰かが入る余地はなさそうである。


「簪ちゃんや夏月君は呼ばずに私だけ呼び出すとは……『楯無』にだけ通しておきたい話があると言う事でしょうか先代?」

「いや、そうではないよ刀奈。
 今夜は『楯無』ではなく、私の娘である『刀奈』に伝えておきたい事があってね……だから、楽にしてくれていい。」

「あら、そうだったの?ならば、そうさせて頂くわお父様。」


楯無は『楯無に何か重要な話があるのか』と思ったのだが、総一郎は『楯無』ではなく『刀奈』と呼んだ――つまり、今は『先代楯無』と『現楯無』ではなく父と娘として話がしたいと言う事なのだろう。


「夏月君が帰国してからの君達の事を見ていたけれど、全員仲が良くて実に結構。
 実力的にもお前と共に夏月君と歩むには申し分ない――其れこそ、更識のエージェントとしてスカウトしたいくらいだ……中でもヴィシュヌ君は特出しているかな?正直、彼女の蹴りは凶器だと思ったよ。」

「ヴィシュヌは元ムエタイチャンプのお母様からムエタイの英才教育受けて来たって事だから、それくらいの蹴りは放てるわよお父様?……夏月君ですら『ヴィシュヌの蹴りはガードを貫通してくるから何とか避ける以外にノーダメージで済ませる方法はない』って言うもの。」

「ガードを貫通する蹴りとはなんとも恐ろしいが……そう言う夏月君の本気の拳もガードを貫通すると思うのだが……彼が顔面陥没させた外道は何人だったかな?」

「其れはもう数えるのも面倒なレベルね♪」


内容的には少し物騒なところがなくはないが、楯無と総一郎は暫し雑談を楽しんだ。
流石に総一郎が『そう言えば夏月君とは何処まで進んでるんだい?』と聞いてきた其の時は楯無も『其れは流石にデリカシーがない質問よお父様♪』と言って扇子で一発かましていた――確かに如何に親子と言えども少し踏み込みすぎた質問ではあっただろう。


「此れはデリカシーがなかったか……だけど、夏月君とは良い関係を構築しているようだから安心した。
 さてと……刀奈、これから先色んな事があると思うが、その中でお前は必ず選択を迫られる場面が来るだろう――そしてそんな場面では多くの場合『楯無』としての正しい選択をする事になると思うが、本当に大事な選択をする場面が来たその時は『楯無』ではなく、『刀奈』として正しいと思う選択を、己の本心に偽らざる選択をしなさい。」

「楯無ではなく刀奈として……」


そんな中で総一郎は楯無に『本当に大事な選択をする場面が来た時は『楯無』ではなく『刀奈』として選択しろ』と言って来た――それはつまり、暗部の長としての選択よりも、『更識刀奈』と言う一人の人間の選択を重視しろとの事である。
其れを聞いた楯無も、総一郎が伊達や酔狂でそんな事を言う人間ではない事を知っているので、其の言葉を真摯に受け入れ、同時に其の時が来たら迷わずに『刀奈』としての選択を出来るようにしておこうと心に決めたのだった。

そして、その選択の時はそう遠くない未来に訪れるのであった。










夏の月が進む世界  Episode57
『夏休みEvent Round4~アウトドアでキャンプだ!~』










夏休みの定番イベントと言えば『夏祭り』、『海orプール』であり、その二つは既に消化しているのだが、まだ消化していない定番イベントとして『アウトドア・キャンプ』があり、一行は本日河口近くの河原にやって来ていた。
つまりは此処でアウトドアとキャンプを行う訳だ。
楯無は虚も誘ったのだが、虚は弾に誘われて別の場所でキャンプに出掛ける予定が入っていたので不参加である――本音は『今日は家でごろ寝なのだ~~』と言って夏休みだから許されるぐーたらライフを満喫しているので矢張り不参加である


「それじゃあさっそくテント設営と行くか。」

「テントは川からなるべく離れた場所に張った方が良いね。」


布仏姉妹不参加は兎も角として、キャンプ地に到着した一行は先ずはテントの設営に。
最近は簡単にキャンプが出来るようにワンタッチ式の簡単なテントも販売されており、テントの設営はそれほど大変ではないのだが、それでも風に飛ばされないように四隅に杭を打つ等の工夫は必要なので、テント設営は割と一仕事なのだ。


「オラァ!一撃滅殺!!」

「ハンマー一発で杭を打ち込むとか、相変わらずトンでもないパワーだねカゲ君♪」


其の杭をハンマーの一撃で打ち込んでしまう夏月のパワーは凄まじいモノがあるだろう……秋五も僅か三発で杭を打ち込んでいたので並々ならないパワーがあるのは間違いないだろう。『織斑計画』の成功体は矢張り普通ではないのである。
此度のキャンプの参加者は夏月組、秋五組合わせて十五人なので、テント一つに二人の予定で七つのテントを設営したのだが、其れだと一人あぶれてしまうので、一つ大きめのテントを用意し、そのテントは三人で使う事になっていた。
二人しかいない男子である夏月と秋五は同じテントで、更識姉妹とコメット姉妹も同じテントなので、残るメンバーでくじ引きを行って誰と誰が同じテントになるのかを決めたのだが、くじ引きの結果、ロランとヴィシュヌ、箒とセシリア、ラウラとシャルロット、グリフィンと鈴と乱と言う組み合わせになったのだった。

テントの設営が終われば昼食まではフリータイムとなるので、それぞれ川遊びや釣りをして楽しむ事に。
流石に水着は持ってきていないが、腕まくりや裾まくりをすれば浅い川遊びは充分に出来るので特に問題はないだろう――其れでも、水の掛け合いは行われるので各々着替えは持って来ているのだが。
そんな中でラウラは『キャンプと言えば黒人のマッチョな隊長がエクササイズを指導してくれるのではないのか?』と天然ボケをかましてくれた訳だが、此れもまた黒ウサギ隊の副隊長の入れ知恵であるのかもしれない。


「秋五、水切り勝負しようぜ。」

「水切り……川遊びの定番だね?良いよ、その勝負受けて立つよ夏月。」


川遊びを満喫している最中、夏月が秋五に『水切り勝負』を持ち掛け、秋五もそれを受けて水切り勝負が始まった。
三本勝負で先に二本取った方が勝ちとなる訳だが、一本目は夏月も秋五も五回の水切りを決めたので引き分けかと思ったのだが、距離で僅かに秋五が勝った事で秋五の勝利となり、二本目は秋五がまたしても五回の水切りをして見せたのに対し、夏月は七回の水切りをやって見せた事で夏月の勝利となり、決着は運命の三本目に。
三本目は『負け先』で秋五が先攻となり、意識を集中した秋五は見事なサイドスローで石を投げ、投げられた石は川面を連続で八回跳ねた後に川に沈んだ――二本目の夏月の七回を上回る水切りをして見せたのだ。
八回の水切りとなると、其れを上回るのは可成り難しい事ではあるのだが、後攻の夏月はアンダースローで石を投げると、投げられた石は川面を大きく八回跳ねた後に対岸へと到達していた。
川面を跳ねた回数は夏月、秋五共に八回だが秋五の投げた石が途中で川に沈んだのに対し、夏月が投げた石は川を渡って対岸まで到達しているのでこの勝負は夏月の勝利と言えるだろう。


「水切りで対岸まで到達するって言うのは動画で見た事はあるけど、実際に生で見る事になるとは思わなかったよ……どうやったら対岸まで到達出来るのか知りたいな?」

「石はなるべく平たいモノを選ぶのは基本として、石をリリースするのは腕が最も伸びた時で、リリースする瞬間に手首と人差し指にスナップを利かせて石に強烈な横回転を加えてやるんだ。
 更にサイドスローよりもより水面に近くなるアンダースローで投げる事によって石が低く遠くまで跳ねるようになって対岸まで到達出来るようになるって訳だ……OK?」

「……ヴィシュヌ、君は今の夏月の説明を聞いて結局のところどう言う事なのか理解出来たかい?」

「言わんとしている事はなんとなく分かるのですが、詳細まで理解出来たかと問われると其れは否ですね……すご技テクニックを口で説明するのは難しいと言う事だと思います。」


夏月の水切りのテクニックは口で説明されても良く分からなかったのだが、夏月と秋五の水切り対決から今度は互いの嫁ズも参加して『水切り大会』が開催されたのだが、勝負よりも『石が何回水面を跳ねたか』の方が重視され、最初は一回も石が水面を跳ねる事が出来なかったコメット姉妹が初めて一回成功した時には大拍手が巻き起こった位だ。
逆に楯無は最初から結構な回数水面を石が跳ねていたのだが、此れは暗部の長として『どんな状況であっても戦える様に』と小枝や小石も武器として戦う術を身に付けていた事が大きいだろう――タダの小石であっても楯無の手に掛かれば其れは弾丸並みの殺傷力がある訳で、其れだけの威力があると言う事は速度も石の回転力も相当なモノであり、結果として水切りでも大きな成果を出すに至ったのだ。


「楯姐さんすっご……」

「オホホ、IS学園の生徒会長は学園最強の証でもあるから、あらゆる分野で最強でなければいけないのよ鈴ちゃん……家事スキルだけはどうやっても夏月君には勝てる気がしないのだけれどね……」

「家事スキル、特に料理の腕でカゲ君に勝つのってHP1、MP0の状態で必ず先制攻撃してくる敵とエンカウントした際に生き残るレベルのムリゲーじゃないかな?或いは遊戯王で初手五枚が全部儀式モンスターって言うくらいの苦行。」

「……一夏も調理実習の際にクラスの女子のハートをバッキバキに圧し折ってた記憶があるけど、夏月の料理スキルは一夏以上かも知れないよ。」


水切りを存分まで楽しんだ後は、また水遊びや釣りなどに精を出していたのだが、そろそろ昼食に良い時間になってきたので夏月は昼食の準備に取り掛かった。
キャンプ飯の定番と言えばカレーであり、本日の昼食はカレーなのだが夏月がタダのカレーで済ませる筈がなく、昨日の内に『飴色玉ねぎ』を作ってタッパに詰めて持って来ており、可成り拘ったカレーを作る心算なのである。
そして其の飴色玉ねぎとは別に、夏月は火にかけた鍋にバターを投入すると、其処にみじん切りにした冷凍玉ねぎを入れて炒めて行く――玉ねぎは一度冷凍する事で細胞が壊れ、火を通した時により甘みを引き出す事が出来るのだ。
冷凍玉ねぎに火が通った所に飴色玉ねぎを加え、全体がよく温まった所でグリルで皮に焦げ目を付けた鶏肉と昨日の内に湯むきしてタッパに詰めて来たトマトを投入し、野菜ジュース一本(一リットル)、板チョコレート半分を加えて煮込み、軽く沸騰して来た所で夏月特製のカレールウを投入する。
夏月特製のカレールウは、バターで小麦粉とカレー粉を良く炒めた所にデミグラスソース、ドライトマト、塩、コショウに隠し味にナンプラーを少々加え、水分が飛ぶまで煮詰めて完成したモノであり、市販のカレールウとは一線を画すモノだったりするのだ。
カレールウを投入した後はコンロの火を弱火にして焦げ付かないように注意しながらジックリと煮込み、同時に飯盒で炊いている飯の方も注意深く見て沸騰しすぎない火加減を保つ。
そうして飯盒の飯が良い感じに炊き上がったところで『昼食が出来たぞ』と声を掛けて、キャンプ飯の定番であるカレーでのランチタイムに。
飯盒で炊いた飯は飯盒本体と蓋に分けて盛るのが基本であり、空いたところにカレーを注ぐのもまたキャンプカレーの基本と言えるだろう――そして、其れがなんとも言えないキャンプ感を演出してくれるのである。


「「「「「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」」」」」(カギカッコ省略)


其のランチタイムだが、全員が夏月特製カレーの美味しさに言葉を失う事になった――夏月特製弁当で舌が肥えている夏月の嫁ズですらだ。
夏月特製カレールウで作られたカレーはスパイシーな辛さと深いコクがあり、冷凍玉ねぎと飴色玉ねぎの二種類の玉ねぎが味に深みを持たせ、皮を香ばしく焼かれた鶏肉が食欲を増進し、後乗せのトッピングの網焼きの野菜(ナス、シシトウ、ズッキーニ)がこれまたいい味を出してくれていたのである。


「美味し~~!!カゲ君、おかわり~~!お肉多めでよろしく~~!!」

「そう来ると思って、グリ先輩用に鶏もも肉の網焼きを後乗せトッピングで用意しといたぜ――肉は二枚でいいよな?」

「全然OKだよ♪」


スパイシーなカレーは食欲を刺激し、全員が普段よりも多めに食べる結果になったのだが、其れでもグリフィンの食べっぷりは凄まじく、飯盒五つ分の飯をカレーと共にペロリと平らげて見せ、結果として飯もカレーも余る事なく完食となったのである。
カレーの後はデザートなのだが、デザートは嫁ズが凝って作り上げた『真夏の青空ゼリー』だった。
夏の青空を演出したブルーハワイのゼリーに、白い雲を模した杏仁ゼリーとバニラアイス、太陽を模したカットマンゴーを加えたデザートは冷たく爽やかでカレーの後のデザートにはピッタリだった。


「「「「「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」」」」」」(カギカッコ省略)


夏月特製のスパイシーなチキンカレーと嫁ズが作った夏にピッタリの爽やかなデザートでランチタイムは全員が大いに満足したのであった。








――――――








ランチタイム後は軽い食休みを挟んで午後の部。
とは言っても基本的には河原周辺での水遊びがメインであり、午前中とほぼ変わりは無く、釣りに関しては午前中から今の今まで釣果はゼロ……川釣りは海釣りとは違った難しさがあるのだろう。


「ロラン、何やってんだお前?」

「ストーンアートと言うやつだよ夏月。
 自然石を積み上げて作るストーンアート……此れは中々に奥が深いね?全体の美しさを演出しながらも自然石を使っているが故に不安定になるバランスも見極めないとだからね――いやはや実に奥深い。」


そんな中、河原ではロランが『ストーンアート』に挑戦していた。
ロランは父親が芸術家なので幼い頃より芸術に触れる機会が多く、自然と芸術的センスが磨かれていたので、河原にある様々な形の石を見て、以前にテレビで見た『ストーンアート』を自分でもやってみたくなったのだろう――己の芸術センスがストーンアートでドレだけ通じるのかを試したかったと言うのもあるのかもしれない。
先ずは土台となる『大きめで比較的平らな石』を見つけると、其処に大小様々な石を組み合わせて積んで行くのだが、ただ安定感のある石を積み上げて行ったのでは『ストーンアート』にはならないので、細長い石や丸い石、先が尖った石等も絶妙なバランスを取りながら積み上げ、更にアートとして芸術性を演出するために縦に積むだけでなく横方向にも長い石を突き出すようにして、更にその石の先端にも別の石を積み上げて行く。
そうして石を積み上げ始めて約三十分後、積み上げられた石はロランの身長と同じ高さにまでなり、ロランは『此れで完成だ』と一番上に星のような形をした石を乗せて『ストーンアート』が完成した。


「バランスを取りながら石を積む事に夢中になってしまったが、此れは中々バランス感覚が鍛えられる……ふむ、バランス感覚のトレーニングとして割と良いかもしれないな。
 で、こうして完成した訳だが……自分で作っておいて言うのもどうかと思うのだけれど、これは一体なんだろうか夏月?」

「なにって聞かれても、制作者であるお前が分からないのに俺に分る筈ないだろ?
 てか、自然石積んで作るストーンアートで特定の何かを作るのは無理なんじゃないかって思うんだけどよ……ストーンアートってのは、統一規格じゃない自然石を如何に美しく芸術的に積むかが大事なんじゃないのか?
 そう言う意味では此れは最高クラスの出来だと思うぜ俺は……三角形の頂点同士を合わせて積むとかトンでもねぇバランスだと思うしな。」

「成程……ならば君の評価を素直に受け取るとしよう――とは言っても、こんなモノが河原にあっては邪魔でしかないので、ストーンアートは作った後で壊すまでがワンセットだね。」

「かもな。」


出来上がったストーンアートは実に見事なモノだったのだが、此れをそのまま河原に放置したら邪魔でしかないので、ストーンアートは完成後に壊すまでがワンセットだったりする。
とは言っても普通に壊すのは面白くないので、最も微妙なバランスを保っている場所に小石を投げつけて崩してやると、其れを引き金に石の塔はまるでビルを爆破解体したかの如く崩れ去った……崩す時ですら芸術的にと言うのもストーンアートに於いては大事な要素であるのかも知れない。
だが、ロランのストーンアートを見た他のメンバーもストーンアートに挑戦して、中々に個性的な作品が次から次へと生まれては、芸術的破壊が行われたのであった――因みに、箒は木の枝で居合を繰り出してストーンアートを崩すという見事な事をやってくれた。

そうしてストーンアートを楽しんでいる間、固定されていた釣り竿にはストーンアートが終わった後で実にタイミングよくアタリが来て、アタリが来た竿を引きながらリールを巻くと、遂に最初の釣果として『イワナ』を釣り上げ、其れを皮切りに次々と川魚を釣り上げ、終わってみれば『イワナ』、『ヤマメ』、『ニジマス』等が大漁であり、今夜の夕食にこれ等の魚を使った料理が追加されるのだった。

釣りの後は、夏月組と秋五組に分かれて『エアーウォーターガン』を使ったサバイバルゲームを楽しんだ。
人数は夏月組の方が多いので、秋五組にはハンデとして『箒、セシリア、ラウラは二回被弾で脱落』が設けられ、結果として何方も一歩も譲らない展開となったのだが、脱落したメンバーからウォーターガンを借りて二丁状態となった夏月が命中度外視の極悪連射をした事で秋五組のメンバーは次々と被弾してしまい、しかし秋五が夏月だけに狙いを定めて撃ってきた事で相打ちとなり、同時に此の相打ちで秋五組は全滅となり、夏月組はグリフィンとファニールが生き残っていたので夏月組の勝利となったのだった。


サバイバルゲームが終了した後は、テントで着替えてから夕飯の準備だ。
キャンプのディナーと言えばバーベキューであり、大きめのバーベキューコンロに木炭を入れて火を点け、それとは別に釣った魚を焼くために石でコンロを作って其処にも火を熾して、其処に串に刺して塩をした魚を並べて行く。

バーベキューコンロの方には定番の牛肉だけでなく、豚肉に鶏肉、骨付きのラム肉のほか、ナスやカボチャ、トウモロコシなどの夏野菜も並べられて炭火で良い感じに焼かれて行く。
炭火で焼かれた肉や野菜は、焼肉屋のコンロで焼かれたのとは異なる香ばしさがあり、特に炭火で良い感じに焦げ目がついた肉の脂身は食欲中枢にダイレクトアタックをブチかまして来てくれるのである。


「「「「「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」」」」」


紙コップに好みのドリンクを注ぐと乾杯をしてから、良い感じに焼けている肉や野菜、川魚の塩焼きを夫々自分の皿にとって堪能する――炭火で焼いた肉や野菜は絶品だが、それ以上に直火焼の川魚の塩焼きは何とも言えないワイルドな美味しさに満ちていた。


「肉も旨いが、ニジマスの塩焼きも美味だな?
 此れは街中では味わう事の出来ないモノだから、正にアウトドアでしか味わえないグルメと言うモノなのだな。」

「此れはハラミステーキよね?
 普通はハサミで切るのだけど……」

「いっただきま~す!ん~~、おいし~~!!」

「グリ先輩なら切らずに一口で行くよなぁ……此処まで来ると、いっその事グリ先輩には500gのステーキを一口で平らげて欲しいと思ってる俺が居る。」

「やろうと思えば多分出来るよ~~?」

「やろうと思えば出来るのね……グリフィンおそるべしね♪」


グリフィンの健啖家ぶりには最早突っ込みすら入らないのだが、それが逆に良い感じにバーベキューを盛り上げて、用意した肉と野菜だけでなく釣り上げた川魚も全て完食。
バーベキューの〆は、バーベキューコンロの網を鉄板に交換しての焼きそばだ。
勿論ただの焼きそばではなく、熱した鉄板にごま油を敷いて、其処にみじん切りにしたニンニクを投入して炒めた所に中華麺を入れて炒め、其処にオイスターソースと醤油で味付けした具のないシンプルな『オイスターソース焼きそば』である。
具材はなくともニンニクの風味が良く出たごま油で炒められた中華麺は香ばしく、オイスターソースと醤油が全体の味をシンプルに纏めて実に味わい深い逸品になっており、満足出来るバーベキューの〆だった。


バーベキューが終わる頃には日も沈んでいたのだが、キャンプはまだ終わらずに、日が沈んだ後はホームセンターで購入した花火セットで花火大会だ。
手持ちの花火だけでなく、七色に変化する噴出花火、十連発の打ち上げ花火、勢いよく飛び出すロケット花火など色々な花火を楽しむだけでなく、手持ち花火を複雑に動かして、其れをスマートフォンのカメラを半シャッターで撮影してからシャッターを切って見事な『花火アート』の写真を撮ってSNSにアップしてバズらせていたりした。


「噴出花火を二つ紐で繋いで……花火ヌンチャク!此れは俺だから出来る事なので、良い子も悪い子も絶対に真似しちゃダメだぜ!下手に真似したら火傷じゃすまない大怪我をする可能性があるからな!」

「だったら最初からやらない方が良いんじゃないのかな?」

「簪……それは言わないお約束だ!」


夏月が『真似するな?そもそも真似できないだろそれは。』と言うべき事をやってくれたのだが、此れもまたキャンプに於けるテンションがあったからこそ出来た事だろう。
そうして花火も終わったのだが、だがしかし未だテントで寝るには至らなかった。
と言うのも、この日は夏の一大天体ショーと言える『獅子座流星群』が観測出来る日であったので、一行は深夜まで星空を観察し、夜空に光の筋を描く流れ星に感激し、そして流れ星を堪能した後に夫々のテントに入って就寝するのだった。

そして翌朝、全員でラジオ体操をしてから飯盒炊飯で炊いた米と缶詰で簡単な朝食を摂ると、テント等を片付けて一行は帰路に付き、アウトドアキャンプは終わりを告げるのだった。
此のアウトドアキャンプも、夏休みの良い思い出になったことだろう。








――――――








――同じ頃、IS学園の地下収容所


「交代の時間よ。」

「もうそんな時間?……それじゃあ、あとは任せたわ。」


其処では収容所の監視が交代時間となっていた――監視を担当しているのは、IS学園の教師部隊の教員なのだが、千冬(偽)が更迭され、新たに真耶が指揮官となった教師部隊は本当の意味でIS学園の精鋭部隊となっており、監視も問題なく行われているのである。


「それにしても、まさか彼女がこんな事になってしまうとは、一体誰が想像出来たかしらね?……『世界最強』と言われた『ブリュンヒルデ』が、今は咎人としてIS学園の地下に収容されているとは……世の中何がどうなるか分かったモノじゃないわ。」

「マッタクもって、その通りだわ。」


その地下収容所に収監されているのは、嘗て『ブリュンヒルデ』とまで言われた『織斑千冬』――もっと正確に言うのであれば、織斑千冬の皮を被った『何か』であった。
地下の収容所からの脱獄はほぼ不可能であり、しかし万が一の事を考えて監視が配備され、千冬(偽)を監視していたのだが、千冬(偽)は収容所の中でぶつぶつと何かを言っているだけの存在になり果てていたのだった。
同時に、そんな千冬(偽)の様子は実に不気味であり、監視員である教師部隊の隊員は、真夏であるにも関わらず、背筋が凍るような感覚を覚えるのだった――尤も、そんな事は関係なく、夏月達の夏休みはまだまだ終わらないのであった。











 To Be Continued