嫁ズの家族への挨拶旅行も無事に終了し、此処からが夏休みの本番であり、夏月と嫁ズは更識邸で暮らしていた。
だが夏月と嫁ズだけでなく、秋五と彼の嫁ズもまた更識邸にやって来ていた――夏月の嫁ズ海外組が夏休み中は更識家にホームステイする事は決まっていたのだが秋五の方は海外組のホームステイ先は決まっていなかったのだ。
最初は秋五の家にホームステイ予定だったのだが、秋五の家……織斑の家は一夏と秋五と千冬の三人暮らしをしていたので秋五と嫁ズの計六人で生活すると言うのは、日中は兎も角として就寝時に寝室の絶対数が足りないと言う事実が明らかになったのである。
織斑家はリビング、キッチン、千冬、一夏、秋五の個室、風呂と脱衣所兼洗面所、トイレと言う間取りであり客室がそもそも存在していない――現在はマッタク使われていない千冬の部屋と一夏の部屋を使い、一部屋二人に割り当てれば寝室の確保は出来るが、秋五としては一夏の部屋を弄りたくはなかった事、そして千冬の部屋は嫁ズ全員が拒否するだろうと思ったのだ。
『だったら半分は箒の所にホームステイさせれば良いのではないか?』とも思うが、箒は『要人保護プログラム』によって両親とは離れて暮らしており、現在は叔母が管理している実家で暮らしている状況なのだ……秋五との婚約の事を伝えるために両親に会いには行ったが、其れも実に中学に入学して以来であり、両親は実家とは別の場所で暮らしていたりするのである。
そんな状況の箒の所に海外組を二人も預かって貰うと言うのは些か無理だと判断し、夏月より先に帰国していた秋五は困り果ててしまい、藁にも縋る思いで楯無に相談したのだが、其処で楯無から提案しされたのが『貴方とお嫁ちゃん達も更識家に来たらどうかしら?』との事だった。
此れには秋五も驚き『良いんですか?』と聞いたのだが、楯無から返って来たのは『構わないわよ♪』との応えであり、『そうしてしまえばファニールちゃんとオニールちゃんも一緒に居られるしね。』と言われ、秋五も『確かに其れもそうだ。』と思い楯無の提案を受ける事にして更識邸で生活させて貰っている訳だ。

更識邸は英国貴族のセシリアが驚くほどの広さがあり、二階建ての本宅に来客用の別宅、離れに道場が存在しており、本宅には枯山水の中庭があり、敷地内の庭にも見事な日本庭園が造られていて、鯉が泳ぐ大きな池まであるので初めて訪れた秋五と秋五の嫁ズだけでなく、夏月の嫁海外組も驚かされる事になった。
序に言うと池で泳いでいる鯉は一匹十万円以上する錦鯉なのだが、其れが十匹以上泳いでいる事からも、更識家がドレだけの財力を持っているのかが分かると言うモノだろう。

さて、楯無が秋五に自分の家に来ればいいと提案したのは彼と彼の嫁ズの為だけではなく、更識の長としての考えもあっての事だった――そう、護衛対象である夏月と秋五を一箇所に纏めてしまった方が護衛の観点からすれば都合が良かったのだ。
護衛対象を一箇所に纏めてしまえば警護を織斑家に派遣する必要がなくなり人員を半分にする事が出来るので、その分を裏の仕事に回す事も出来る上に、夏休みのイベントも夏月組と秋五組で一緒に行えるので警護も出動回数が減ると言うメリットがあるのだ。
少しばかり強引かもしれないが楯無が決定した上で、簪が『秋五達が更識家で夏休みを過ごす事のメリット』を数値化して示してしまえば幹部級の人物であっても異を唱える事は出来ないので、アッサリと承認されたのである……権力の使い方を分かっている楯無と、其れを見事にサポートする簪のコンビは歴代の『楯無と補佐』の中でも最強であるのかも知れない。

秋五に遅れて帰国した夏月は、更識邸に秋五達が居る事に怪訝な顔をしたが、楯無から事情を聞くと納得し、『最高の夏休みにしようぜダチ公!』と言って秋五と拳を合わせていた。
其れから数日は夏休みを憂いなく過ごす為に夏休みの課題を終わらせる為に使い、そして八月の前半には其れが全て終わっていよいよ夏休みの本番だ。

そんな時に、道場では夏月と秋五がスパーリングを行っており……


「此れで決める!」

「レインメイカー……だが甘いぜ!」


秋五が勝負を決めようと放ったレインメイカーを躱した夏月がカウンターとなるジャーマンスープレックスホールドを叩き込み、其処からローリングジャーマンに繋いで最後はローリングブルーサンダーを決めてターンエンド。


「俺の、勝ちだ!此れで俺の十五勝先行だな。」

「数え直してよ、此れで君の十四勝先行だ。」


IS学園入学当初は夏月の方が秋五よりも圧倒的に強かったのだが、秋五も日々トレーニングを行って来た事で夏月との差が縮まっており最近ではギリギリではあるが模擬戦で勝利する事も少なくなくなっていた――とは言え、夏月もトレーニングを怠っていないので中々勝敗差は埋まらない状況となっているのだが。
取り敢えず、夏月と秋五は『親友兼ライバル』と言う関係性を良い感じで発展しているのは間違いないだろう。
因みに、セシリアから『お嬢様言葉』が消えた事には全員が驚く事になったが、『そっちの方が印象が良い』と中々に好印象であった。










夏の月が進む世界  Episode53
『夏休みイベントラウンド1~夏祭りだぜ~』










夏月と秋五のスパーリングが終わった後は、夏休みの課題が全て終わっている事もあって午前中は思い切り遊び倒した。
大人数で楽しめる『人生ゲーム』は二人一組のタッグで行われたのだが、此れは夏月とロランのタッグが驚異の強運を披露して圧倒的な勝利を収め、スマッシュブラザーズの大会ではリリース当初、理不尽なまでの強さで多くのプレイヤーにトラウマを刻み込んだ事でアップデートで弱体化され『強いけど勝つ為にはプレイヤーのプレイスキルが重要』となったにもかかわらずリリース当初のやらかしが原因で『最凶キャラ』と言われている『ベヨネッタ』を持ちキャラにしている簪の独壇場……かと思いきや、同じ理由で『最凶』と言われている『クラウド』を持ちキャラとする楯無と、『遠距離では如何にも戦えない上に近付く手段も少ないが近距離戦とガードブレイク能力はやたらと高いゴリゴリの近距離格闘脳筋ゴリラ』と意味不明な評価を受けている『リュウ』を持ちキャラにした夏月が三つに分けたリーグ戦を無敗通過して決勝戦で激突し三人とも互いに譲らない戦いとなったのだが、混戦の中で夏月が絶妙のタイミングでリュウの『↓B』必殺技の『セービングアタック』を使ってベヨネッタとクラウドを纏めてスタンさせると、其処から通常技キャンセルコマンド昇龍拳を叩き込んでダブル撃墜!
この撃墜で『セービングアタック』を警戒した結果楯無と簪は攻撃の手が鈍ってしまい、其処を夏月が果敢に攻め込んで撃墜の山を築き、挙げ句の果てには『最後の切り札』である『真・昇龍拳』を叩き込んで曙フィニッシュまで決めて見事優勝して見せたのだった。
持ちキャラ同士のガチ勝負で性能的にはベヨネッタとクラウドに比べれば劣るリュウで勝ったと言うのはプレイヤーの腕前に加えて駆け引きの勝負にも勝った部分も大きいだろう。
続くツイスターゲームでは、此れはヴィシュヌが最強だった。
ヨガで此の上ない身体の柔軟性を会得していたヴィシュヌはツイスターゲームの無茶な要求にも見事に対応し、時には『どうやったらそんなポーズが出来るのでありましょうか?』と言いたくなるような体勢すらやってのけたのだ……右腕と左腕が交差した状態で右足が頭を超えて左足は真っ直ぐ伸ばされた体勢は大凡普通の人間には出来るモノではない――身体の柔軟性に関してはヴィシュヌも割と人間を辞めていると言っても良いだろう。

そんな感じで午前中を楽しんだ後はあっと言う間にランチタイムとなり、夏月は厨房にて調理を開始していた。
ロランを始めとした欧州組とカナダ出身のコメット姉妹は日本の高温多湿な夏に少しばかり『夏バテ』をしており、其れを見た夏月は夏バテを一発で解消出来るランチメニューを作り始めたのだ。

先ずは長ネギを細く切って白髪ネギを作ると、其れに辣油と花椒パウダーを和えて『辛ネギ』を作ると、ラーメン丼におろしニンニクと辣油を入れてから『鶏白湯ラーメンのスープの素』を加え、其れを氷水で希釈して『冷たい豚骨ラーメンスープ』を作り、其処に茹でて冷水で〆た中華麺を投入し、トッピングに『自家製叉焼』、『自家製メンマ』、『自家製味玉』、『自家製辛ネギ』をトッピングし、彩りにミニトマトと塩ゆでにしてから氷水で冷やしたアスパラガスを添えて夏月特製の『冷やしスタミナ鶏白湯ラーメン』が完成。
更に夏月はサイドメニューとしてニンニクと唐辛子が利いた『ケイジャンソルト』で鶏肉に下味を付けた『スタミナ唐揚げ』、ワインビネガーで作ったマリネ液にスライスして焼いたナスをつけ込んで冷やした『ナスのマリネ』、ニラとニンニクタップリの味噌味の餡が特徴の『スタミナ味噌餃子』を作り上げており、其れ等を食した欧州組とコメット姉妹はすっかり夏バテからは解放され、元気とスタミナが回復する事になったのだった……夏バテを一撃で解消してしまう料理を作り上げてしまう夏月の料理スキルには改めて脱帽だが。

そうして昼食後は午後の部となったのだが……


「そう言えば、今日って篠ノ之神社の夏祭りの日だったよね箒?」

「む……確かにその通りだ秋五。」


其処で本日は篠ノ之神社で行われる夏祭りの日だと言う事が明らかになった。
夏祭りとは夏休みに於いて絶対に外せないイベントであるので、其れに参加しないと言う選択肢は存在しない――嫁ズは祭りに必須の浴衣の事が気になったのだが、其処は更識の力をフル活用して更識ご用達の貸衣装屋に頼む事で問題無しとなった。

そんな訳で午後は先ずは貸衣装屋にて浴衣を選ぶところからスタート。
更識邸から車で十五分位の場所にある店には、色とりどりで様々なデザインの浴衣が揃えられており、夏月と秋五は兎も角として嫁ズは彼是目移りしてどの浴衣にするのか決めるのに少しばかり時間が掛かりそうである。
その貸衣装屋にて、夏月と秋五は特に迷う事もなく甚平を選び、其れに着替え履物も下駄に履き変えて準備万端となっており、後は嫁ズが浴衣を選んで着替えれば其れで夏祭りへの出撃準備は完了であり、それから暫くして嫁ズが浴衣を選び終えて着替えて来たのだが、其の浴衣姿に夏月と秋五は思わず夫々の嫁ズの姿に見入ってしまった。
先ずは夏月の嫁ズだが、楯無は濃紺の生地に花火の装飾が施された浴衣、簪は白地にアニメ風に描かれたネコやイヌがあしらわれた浴衣、ロランは袖なしタイプで燻し銀の地に色鮮やかな金魚をあしらった浴衣で、ヴィシュヌはロランと同じ袖なしタイプなのだが此方は夏の大空を思わせる青い地に大輪の向日葵をあしらった夏らしいデザインとなっており、グリフィンは黒地に様々な色の漢字が入っている浴衣、鈴は袖なしタイプの浴衣に肘から下にだけ袖を後付けし赤地に金で龍の刺繍がされたモノ、乱は青紫の地に水芭蕉が描かれた浴衣で、ファニールはミニスカートタイプでカナダ国旗が浴衣全体にプリントされているモノだった。
続いて秋五の嫁ズは箒が黒地に赤い南天模様をあしらった浴衣、セシリアは青地に竹が描かれた袖なしタイプ、シャルロットは上半身が青、下半身が赤、帯が白と偶然にもフランス国旗のカラーとなっている浴衣、ラウラは濃紺の地に銀糸で天の川が描かれた浴衣で、オニールはミニスカートタイプで赤地に幾何学模様があしらわれた浴衣となっていた。


「秋五、今此処に浴衣姿の女神が降臨したと思うんだが如何よ?」

「何を言ってるんだ君は……と言いたい所だけど僕もほぼ同じ事を思ったよ。」

「だよな!いやもう、皆凄く似合ってるぜ!」

「やっぱり皆容姿が優れてるから浴衣を着ても様になるかな?華があるよね。」

「ウフフ、ありがと♪夏月君と織斑君も甚平が良く似合ってるわ♪
 でも、浴衣姿になるとやっぱり箒ちゃんがバリ強いわよねぇ?黒目黒髪の純和風の大和撫子でサムライガールの箒ちゃんの浴衣姿は、其れこそティーンズ向けのファッション雑誌の表紙やグラビア飾れるんじゃないかしら?」

「そのような高評価は身に余る光栄ですが、仮にそんな事になったとしたら其の雑誌は発売される前に姉さんによって私の画像データが全て残らず盗まれてしまうと思うのですが如何でしょうか?
 自分で言うのもなんですが、姉さんの妹LOVEは楯無さんの其れを遥かに凌駕しているように感じます。」

「……其れは否定出来ない。色々と偉大でかつシスコンの姉を持つとお互い大変だね箒。」

「うむ、お互い大変だな簪よ。」

「嗚呼、なんと素晴らしい事か。今此処に同じ悩みを抱える妹二人による新たな友情が誕生した。私は其の友情を心から祝福し、見守る事を誓おう!」

「ロラン、変な感じに纏めなくて良いからな?
 そんじゃ準備も出来たし、夏祭りにいざ出陣じゃ~~~!!」

「「「「「「「「「「「「「「おーーーーーーーー!!」」」」」」」」」」」」」」


嫁ズの浴衣姿の感想から少しばかり変な方向に行きかけたが、其処は夏月が強引に流れを戻して、いざ夏祭りに出陣。
既に沿道には幾つもの出店が出来上がっており、夏祭りの雰囲気を作り上げていた。浴衣姿の人が多く行きかっているのも其れに一役買っており、地元のケーブルテレビの取材クルーと思しき一団の姿もあった……夏祭りを生中継するのだろう。



――カラコロ、カラコロ……



下駄の音も軽快にやって来たのは箒の実家である篠ノ之神社であり、この夏祭りの総本山の総合案内とも言うべき場所なのだが、神社に着くなり箒は秋五に断りを入れると其の場から去って行った――と言うのも夏祭りで毎年行われている『神楽舞』を今年は箒が行う事になっているので、その準備の為に一時秋五から離れたのだろう。


「箒の奴如何したんだ?」

「神楽舞の準備だってさ。
 この夏祭りでは毎年神楽舞が奉納されているんだけど、今年は箒が神楽舞を舞う事になってるんだよ……夏休みに入ってからは僕が帰国するまで毎日練習してたらしいからね、僕としても楽しみなんだ。」

「嫁さんの晴れ舞台となれば、そりゃ楽しみだよな……時にその神楽舞、束さんが舞ったらガチで神が降臨するんじゃないかと思うんだが……」

「束さんの場合、其れが否定出来ないのが悲しいね。」


箒の神楽舞は十八時頃からであり、まだ三十分以上時間があるでの先ずは適当に出店を見て回る事になった。
神社の境内にも様々な出店が出されており、夏祭りの定番である『タコ焼き』、『焼きそば』、『フランクフルト』、『焼きイカ』、『今川焼』、『かき氷』、『綿あめ』、『金魚すくい』、『ヨーヨー釣り』、『スーパーボールすくい』の他、『ジャンボ串焼き』、『ラーメンヌードル』、『ワッフルサンド』と言った変わり種も存在していた。


「よぉ、久しぶりだなスカーフェイスの兄ちゃん!」

「アンタは……久し振りだなアクセサリー屋のオッサン!」


その出店の中には此れまで休日の度にエンカウントしていた『アクセサリーの露店商』の店もあり、久しぶりの再会に夏月と露店商は軽く拳を合わせていた。
露店商はこの夏祭りを掻き入れ時と考えていた様で、新作のアクセサリー数種だけでなくシルバーの小物を多数揃え、更には浴衣女性に似合うであろう櫛や簪もシルバーアクセサリで作り上げて来たのだった。
夏月は顔馴染みと言う事もあり、シルバー製の簪を嫁ズ全員分購入し、秋五も嫁ズ全員分のシルバー製の櫛を購入した……普通なら可成りの出費になるのだが其処は顔馴染みと言う事で夏祭り限定値引きがされて約半額で購入する事が出来たのだった。


「まいどあり~~!心行くまで夏祭りを楽しめよ若者達よ!」

「アンタも商売頑張れよ!」


其処からは屋台巡りが始まったのだが、食べ物系は神楽舞が終わってからと言う事になり、先ずはアミューズメント系から回る事に。
まず最初にやって来たのは定番の『金魚すくい』だ。
一回百円と中々に良心的な値段設定ではあるが、破れやすいポイで水中の金魚をすくうのは至難の業で、『自力で一匹取る事が出来たら上出来、二匹以上取れたら神』と言われるほどの高難易度のモノであり、挑戦した嫁ズは楯無が何とか一匹ゲット出来た位で、後は一匹もゲット出来ずにポイが破れ、百円分として其々一匹ずつ金魚を貰うに留まっていた。
秋五も何とか一匹ゲットしたのだが、最後に挑戦した夏月がやってくれた。


「ホォォォォォォ……あ~ったったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!あ~ったた、あ~ったた、オワッタァ!北斗百裂拳!!」


凄まじいスピードでポイを斬るように動かして金魚を跳ね上げると其れを見事に水が張られた器でキャッチし、ポイが破れる頃には器は金魚で埋め尽くされていたのだった……此れには金魚すくいの屋台主も驚愕し、夏月がゲットした金魚を全て入れる事が出来る巨大な袋を用意する事になったのだった――尚、此れ等の金魚達は祭りの間中連れ歩いたら弱ってしまうので、楯無が更識の使用人に連絡を入れて取りに来させ、持ち帰られた金魚達は更識家の庭の池に放たれて鯉達と暮らす事になった。
続いてやって来たのは『型抜き』の屋台。
一見簡単そうに見える型抜きだが、実は此れが意外と難しく、型抜きを達成して賞品を得る客の方が少ないのだが、此処では簪と意外な事にラウラが無双状態となっていた。
簪はオタク故にガンプラやフィギュアを組み立てる機会も多く、特にガンプラは精密な作業を要求される事が少なくなかったので手先が器用になっており、ラウラは軍で銃の分解清掃を行っている内に手先が器用になっており、そんな二人にとって型抜きは朝飯前程度の事であり、次から次へと型抜きを成功させては賞品をゲットして行き、最終的には店主が泣きを入れる事態となったのだった。
其の後は射的でセシリアが無双し、十発全てで賞品をゲットし、くじ引きでは楯無と簪が更識家の財力にモノを言わせて祭りのくじ引きの闇を暴いていた……百回以上引いても一等や特賞が一度も出ないと言うのは流石に有り得ないのである。

そんな感じで出店を回っている間に神楽舞の時間となり、一行は神楽舞が行われる特設ステージの前までやって来ていた。
程なくして笛の音と共に巫女装束に身を包んだ箒が舞台に上がって来たのだが、舞台に上がって来たのは箒だけではなくもう一人巫女装束に身を包んだ女性の姿があった。
神楽舞の奉納は毎年巫女一人で行うモノだったので二人目の巫女に会場は暫しザワついていたが、夏月と秋五と更識姉妹、そして鈴と乱はもう一人の巫女の正体に気付いていた――そうもう一人の巫女は変装した束だったのだ。
束の変装は特徴的な紫の髪を黒く染め、其れを箒と同じポニーテールに纏め、目の下に泣きボクロを付けただけなのだが其れだけでも可成り印象が異なり、今の彼女が『篠ノ之束』だと夏月、秋五、更識姉妹、鈴と乱が気付く事が出来たのは付き合いが長いから故であり、そうでなければ先ず気付かないだろう。
事実、臨海学校の時にしか会った事のないロラン達はマッタク気付いていなかった――こっそりと教えたら其れは大層驚いてはいたが。
箒も神楽舞の準備に行ったら、其処に束が居た事に驚いたのだが、姉と共に神楽舞を行える事に嬉しさを感じ、『変装をしていればバレる事もないだろう』と思い、こうして姉妹での晴れ舞台となったのだった。
そして其の神楽舞に其の場に居た全員が見入る事になった。
巫女装束に身を包んだ篠ノ之姉妹の神楽舞は、実に見事であり、其処には神々しい『雅』の世界が展開され、現実世界でありながらも神が住まう世界に誘われたと錯覚してしまう位の舞が披露されていたのだ。
鏡写しの如く完璧なシンメトリの舞は一切ぶれる事無く行われ、舞の終盤に取り入れられている剣術を模した動きも流れるように舞い、最後はフィニッシュポーズもバッチリシンメトリで決めて神楽舞は終わり、その瞬間に観客からは割れんばかりの拍手が沸き上がり神楽舞は大成功となったのだった。


「まさか姉さんが来るとは予想外でしたが、結果として最高の神楽舞が出来ました……ありがとうございます姉さん。」

「箒ちゃんが今年の神楽舞を舞うって事だから来たのさ――姉妹での神楽舞、実は私の夢だったんだよね?その夢が達成されただけでも束さんは満足さ!
 さぁ、此処からはしゅー君達と一緒に夏祭りを楽しみたまえよ箒ちゃん!束さんは此れにてお暇させて貰うからさ!」

「変装をしたままで夏祭りを楽しんでは行かないのですか?」

「いやぁ、そうしたいのは山々なんだけどさ~、今の神楽舞で神の世界との扉が繋がり掛けちゃったみたいなんだよね~?ちょいとそれを閉じて来るからさ。」

「流石に冗談だとは思いますが姉さんが言うと冗談だとは言い切れない所があるのが困りますね……前に『オベリスクの巨神兵と殴り合った』とも言っていましたし。
 取り敢えず気を付けて帰って下さい姉さん。神様に会う事があったら宜しく言っておいて下さい。」

「にゃはは~~、了解なのだよ箒ちゃん!それじゃあ、グッドラック!」


神楽舞が終わった後、束は冗談なのか本気なのか分からない事を言ってから其の場から去って行った。ラボに戻る前に出店で色々と買って行ったのは今夜の夜食か酒の肴にするのだろう。

巫女装束から浴衣に着替えた箒は秋五達と合流し、改めて出店巡りがスタート。
先ずは箒がやりたいと言ったアミューズメント系から回る事にし、箒は定番の金魚すくいに挑戦して普通の赤い金魚、黒い出目金、赤と白の二色金魚を一匹ずつゲットして見せた。そしてこの金魚も当然更識家の池送りとなった。
ヨーヨー釣りやスーパーボールすくいもやってみたかったのだが、持ち物が増える前に食事系の出店を回る事にして、夫々が目星を付けていた店に向かい、グリフィンは一目散に『ジャンボ串焼き』の出店にやって来ていた。
この出店『ジャンボ串焼き』の名に偽りなしと言わんばかりに串焼き一本の長さが30cmもあり、一本でも可成り食べ応えのあるボリューミーなモノとなっているだけでなく、メニューも『牛カルビ』、『豚カルビ』、『鶏モモ』、『牛ハラミ』、『白モツ』、『牛シマチョウ』、『ナンコツ入りつくね』と充実しているのだ。


「えっとね……全種類塩とタレで一本ずつくださ~い!」

「えっと嬢ちゃん、お友達の分もって事で良いのかい其れは?」

「え?私一人分だけど……あぁ、でもカゲ君達の分も必要か……じゃあ今のオーダーに牛カルビの塩を十四本追加でお願いします!追加の牛カルビは袋に入れて下さい。」

「マジか……だが、その気合の入ったオーダー気に入ったぁ!ちょいと待ってな!」


その充実したメニューをグリフィンはなんと全種類塩とタレで一本ずつ頼むと言うぶっ飛んだオーダーをし、出店の主人もそのオーダーに驚きながらも先ずはグリフィン用の十四本を焼き上げ、塩とタレを夫々別のトレーに乗せてグリフィンに渡し、グリフィンが食べている間に追加の十四本を焼き始める。
先ずは自分用の串焼きを受け取ったグリフィンは塩の方から食べ始めたのだが、その見事な食べっぷりには周囲の人間の注目を集めていた――ラテン系の美少女が浴衣を纏っていると言うだけでも注目されるのだが、其の美少女が30cmもある巨大串焼きを豪快に食べているのは圧巻の一言であると同時に、グリフィンは実に美味しそうに満面の笑顔で食べているので其れが余計に注目を集めていた。
結局グリフィンは夏月達の分が焼き上がる前に十四本のジャンボ串焼きを全て平らげてしまい、其れもまた周囲の人間を驚かせていた――ブラジルのステーキ早食い大会で十分間に六枚を平らげたのは伊達ではないのだ。


「美味しかった~~♪次は何を食べようかな~~?」

「「「「「「「「「「いや、まだ食べるんか~い!!」」」」」」」」」


夏月達の分を受け取って代金を払ったグリフィンはマダマダ満足していなかったらしく早くも次は何を食べるかを考えて居ていたが、グリフィンの見事な食べっぷりを見ていた周囲の人間が思わず突っ込んだのは当然と言えば当然だろう。
成人男性でも一本で大分腹が膨れるであろうジャンボ串焼きを十四本も平らげておきながらマダマダ食べる気満載なのだから、突っ込みを入れるなと言うのがそもそも無理だ――恐らくだがグリフィンならばバラエティ番組なんかで出て来る『超爆盛メニュー』も余裕で食べ切った上で『おかわり』もする事だろう。
そんなグリフィンが育った『ママの孤児院』のエンゲル係数は相当にヤバい事になっていたのではないかと思われるが、実は院長であり経営者であるマチルダは農園と牧場も営んでいたので食費に関しては大分抑えらえれていたのだった……其れでも十歳を過ぎた頃からグリフィンは一人で牛一匹完食する勢いの食欲を発揮してくれたので苦労はしたのだが。

其れはさて置き、夏月は更識姉妹、ロランと一緒にタコ焼きの出店にやって来て夏月は揚げタコに辛口ソースとマヨネーズをトッピングし、楯無はノーマルのタコ焼きにソースと青のりの関東風トッピングで、簪はノーマルのたこ焼きにソースとカツオ節の関西風トッピング、ロランは夏月のお勧めでノーマルなタコ焼きにソースとマヨネーズとカツオ節のトッピングだった。


「どんな食べ物かと思ったのだけれど、フワフワの生地でとタコの歯応えの良い食感の組み合わせが素晴らしいね?
 一口で食べる事が出来る大きさも祭りにはピッタリだし、丸く焼き上げられているのも可愛い。此れはアレンジして、ホットケーキの生地でドライフルーツやマシュマロを包んで焼き上げてチョコレートソースを掛けたスウィーツにも出来そうだね。」

「OK、其の案貰ったロラン!ソースはチョコレートソース、マヨネーズはカスタードクリーム、カツオ節はハイミルクチョコを薄く削って再現してやるぜ!!」

「おぉっと、私の思い付きが君の料理人魂に火を点けてしまうとは……なんとも罪な事をしてしまったみたいだね私は?タテナシ、カンザシ、彼に新たな可能性を示してしまった私の事を許してくれるかい?」

「私的には夏月君のレパートリーが増える事に関してはマッタク持って問題がないから無罪で♪」

「寧ろ料理に関しては思った事はドンドン口にした方が良い……夏月は間違いなく其れを新たなレパートリーに昇華させるから。
 冗談じゃなく夏月のレシピ数は料理本が出せるレベル……いっその事インターネット上に夏月の料理のホームページ作ろうか?きっと大人気になる筈。」

「其れも良いかもな。」


ロランの一言からこれまた夏月が新たなレパートリーを考えたらしい……料理は最早趣味の領域となっているとは言え、些細な会話から新たなレシピを思い付くと言うのは相当な事だろう。
他のメンバーもそして他のメンバーもそれぞれ向かった出店を堪能していた。
秋五はセシリアと共に『タイ焼き』の出店で秋五は『粒あん』を、セシリアは『カスタード』を注文し其れを半分こしたのだが、秋五はより多くの餡が詰まっている頭の方をセシリアに渡すレディーファーストぶりを発揮していた。


「あれ、アンタはケチャップ付けないのラウラ?」

「フランクフルトにマスタードだけって初めて見たけど……」

「此れがドイツでの食べ方なのだ。
 そもそもにしてブルストにケチャップは、『カリーブルスト』以外では邪道なのだドイツではな。こうしてマスタードを付けて食すのが王道なのだ。難を言うのであれば粒マスタードであればより良かったのだがな。」


フランクフルトの出店ではラウラが鈴と乱に『フランクフルトの本場での食し方』を力説していた――日本ではケチャップとマスタードがスタンダードになっているが、本場ではマスタードオンリーで食すのが王道であるらしい。


「ハチミツを掛けるのは冒険だったが、此れは思った以上にイケるな?チーズとソーセージの塩味にハチミツの甘さが絶妙なアクセントとなっている……塩味と甘さの見事なコラボレーションに溶けてしまいそうだ。」

「箒、腕が溶けてる!」

「なにぃ!?其れは大変だが心配御無用、姉さんお手製の紅椿には人体再生機能も搭載されているので、完全に切断でもされない限りは大抵の肉体ダメージは瞬時に再生出来るのでな!」

「なに其の超絶チート能力!?」


『チーズハットク』の出店ではまさかのハチミツトッピングに驚きながらもそのハチミツが美味しさを広げている事に感激した箒とシャルロットがプチ漫才を繰り広げ、コメット姉妹はかき氷の出店でファニールはオレンジ、オニールはブルーハワイと夫々自分の髪の色と同じシロップをオーダーして、ヴィシュヌは『ラーメンヌードル』の出店で『激辛ラーメンヌードル』をオーダーしてそれを見事に完食していた。
タイ料理はスパイスが効いた料理や、ハーブをふんだんに使った料理が多く、ヴィシュヌも幼少の頃からそんな料理を食べて来たので辛味には強く、出店が『辛さレベル5』とした激辛ラーメンヌードルも平気の平左でスープまで飲み干して見せたのだった。
其れでも唐辛子のカプサイシンで紅潮したヴィシュヌは色っぽく、その色香に当てられた野郎共が即ナンパをして来たのだが、其処は夏月が神速で割って入り、ナンパ野郎達を即時撃滅した――己の嫁に手を出した輩には手加減不要なのだ。


「夜郎自大……己の器を知れ下郎。」

「和中の兄貴の四字熟語ね♪」


因みに、『夜郎自大』とは古代中国の故事で、『夜郎』と言う男が率いていた一団が、『己が最強だと思い上がって、身の程を弁えずに威張り散らしていた』事で、通じて『身の程知らず』の意味を持っている。
身の程を弁えなかったナンパ野郎達は夏月のダイヤモンドナックルで顎を砕かれた上で歯が全てバラバラになって若くして総入れ歯が確定したのだった……ナンパする相手は選ぶべしと言う良い教訓だっただろう。
其の後は一度集まって、グリフィンからジャンボ串焼きのカルビを貰った一行は其れを食してから改めて祭りを回る事に。
腹は満腹ではないが大分膨れていたのだが、出店を回っている中で弾が切り盛りしている出店を見付けたので、其処にやって来てみると、その出店では五反田食堂の名物メニューである『業火野菜炒め』をアレンジした焼きそばが販売されており、其れが結構好評なようだった。
単品でも絶品な業火野菜炒めと焼きそばがフュージョンしたらどれだけのモノになるのか興味が湧いた一行は、其れを購入する事に――注文の番が来た時には弾に驚かれたが、弾は笑顔で注文を受けてあっと言う間に注文分の焼きそばを作り上げた……のだが、その最中に虚が出店を手伝っていると言う事が判明してしまい、虚は楯無から少しばかり弄られる結果となった。
今日の夏祭りには虚も誘っていた楯無だったのだが、『その日は用事がありますので』とやんわり断って来た虚がまさか恋人である弾の出店を手伝っていたとなれば弄りたくなるのも無理はないだろう……とは言っても楯無は『此れは確かに外せない用事ね……虚ちゃん、五反田君とお幸せに~~~!』と言っただけで、其れを聞いた虚が顔面紅潮の後に爆発して行動不能になってしまっただけなのではあるが。

其れからも一行は夏祭りを堪能し、ヨーヨー釣りでは夫々が目的のヨーヨーをゲットし、スーパーボールすくいでは夏月と秋五が共に特大クラスのスーパーボールをゲットし、腕相撲では嫁ズ最強のパワーを誇るグリフィンが秒で相手を叩きのめして賞金をゲットし、お面屋で某電気ネズミや某マスクドライダー、某光の国の巨人のお面を購入して、チョコバナナの出店で『ペンギン』風に作られたチョコバナナを購入したところで夏祭りはフィナーレとなる花火大会となり、夏の夜空に大輪の花が次々と咲いて行く。
『パイレーツ・オブ・カリビアン』のテーマ曲に合わせて繰り広げられるスターマインは圧巻の一言であると同時に、そのスターマインの中に国民的キャラである『ドラえもん』、『ピカチュウ』、『孫悟空』を模した花火があったのは驚愕に値する事だろう。


「来年もまた、一緒に夏祭りに来れると良いな。」

「来れるわよ、絶対にね。」


夏祭りのフィナーレとなる打ち上げ花火には夏月組も秋五組も見入る事になり、最後の一発が上がるまで会場に居たのだった――そして、祭りから帰ったその後は入浴後に祭りのテンション其のままにゲーム大会が開催されて深夜までゲーム対戦が行われ、翌日は全員が仲良く寝過ごす事になったのだった。
こんな事が出来るのもまた夏休みであったからこそだろう。








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その頃、火星の外を回っている外惑星である木星の付近を漂っていた小惑星から何かが発射され、其れは真っ直ぐに地球に向かって行ったのだった――そして其れは後に人類にとって最悪の災厄となるモノの種だったのだが、この時点では誰一人として其の存在に気付いていないのだった。











 To Be Continued