カナダでコメット姉妹の両親への挨拶を秋五と共に終えた夏月は翌朝も何時も通りの早朝トレーニングに繰り出していたのだが、本日の早朝マラソンは何時もとは少しばかり様子が異なっていた。
夏月が走り込む姿は学園でもお馴染みとなっているのだが、本日はその肩にファニールが乗っていたのだ。
「夏月、もっと速く!生身で光の速度を超えるのよ!」
「其れは流石に無理だってばよ!生身で光の速度を超えるのは不動さんちの遊星君に任せるぜ!」
夏月はカナダの土地勘が無いので、ファニールに早朝マラソンのナビゲートを頼んだのだが、その結果としてファニールを肩車して早朝マラソンを行う事になってしまったのだった――夏月にとってはファニールを肩車する程度はマッタク問題ではなかったので多少のファニールからの無茶振りはあったモノの、早朝トレーニングは今日も今日とて高い成果を出したと言えるだろう。
トレーニングを終えた後は夏月はシャワーを浴びて汗を流し、シャワー後はコメットママの『リリッケル』に朝食の準備の手伝いを申し出たのだが、その際にリリッケルから『今日はマフィンを手作りしたから其れに合うメニューを作って貰えるかしら?』と少しばかりの無茶振りを受けてしまった。
リリッケルとしてはちょっとしたイタズラの心算であり、夏月が悩むようであればメニューを提示しようと思っていたのだが、リリッケルは次の瞬間に夏月の限界突破主夫力を目にする事となった。
『マフィンに合うメニューですね?』と確認を取った夏月は『冷蔵庫の中のモノ自由に使っても良いですか?』と聞いて来たのでリリッケルも其れを了承すると、夏月は冷蔵庫から卵、コンビーフ、トナカイ肉のソーセージ、タマネギ、セロリ、マッシュルームを取り出すと、鍋で湯を沸かし、其処にスライスした玉ネギとマッシュルーム、セロリと適当な大きさに切ったトナカイ肉のソーセージを投入し、一煮立ちしたところで中火にして固形のコンソメを入れて灰汁を取り、塩コショウで味を調えて此れで野菜とトナカイ肉のソーセージのコンソメスープが完成。
続いて熱したフライパンに油を引くと、12mm程の厚さに切ったコンビーフの表面に小麦粉を塗してからフライパンに投入して片面に軽く焼き色を付けてからひっくり返して其処に卵を落とし蓋をして蒸し焼きに。
其の間に新たに冷蔵庫からトマトとタマネギとクリームチーズを取り出すと、トマトとクリームチーズをスライスして更に盛り、其処にみじん切りにしたタマネギを散らし、キッチンにあったハーブオイルとミルで挽いた岩塩で味付けをしてトマトサラダが完成。
そしてトマトサラダが完成したタイミングでフライパンの蓋を開けると卵に火が通り、卵黄がトロトロの半熟でも完全に固まった完熟でもない絶妙な状態に仕上がっており、此れを皿に取ってコンビーフエッグの出来上がり。ベーコンエッグやハムエッグではないのは、目新しさを狙っての事だろう。
「と言う訳で取り敢えず三品ほど作ってみましたが如何でしょうか?」
「貴方の料理が美味しいって事はファニールとオニールから聞いていたのだけど、此処まで手際よく料理が出来るとは思わなかったわ――私の無茶振り的要求にも応えて見せたのも凄いわよ。
貴方、IS操縦者じゃなくてプロの料理人にもなれるんじゃないかしら?」
「其れは良く言われるんですけど、残念ながら今現在だと料理人一筋ってのは難しいでしょうね……ISを動かす事が出来る男性、其れがISに乗らない事を今の世界は許容してくれるとは思えませんから。
まぁ、二足の草鞋って道もあるんで男性操縦者と料理人の両方もアリですかね?……いっそモンド・グロッソで優勝した上で料理屋開けば『モンド・グロッソの優勝者の店』って事で人集まりますよね?」
「其れはまぁ、確かにそうかも知れないわね♪」
夏月の手際の良さに驚いたリリッケルだったが、其処で丁度手作りマフィンも焼き上がったので其れを食卓に運んで朝食は準備完了。
その頃には秋五とオニール、ソフィレアも目を覚ましてリビングに集まっていたのだが、コメットパパの『テラーズ』はまだ起きて来ていなかったのでファニールとオニールが起こしに行ったのだが、二人が身体を揺すろうが上に乗っかろうが其処からジャンプしようがマッタク目を覚まさなかったので、最終的には専用機を起動して『覚醒作用のある音楽』を大音量でぶっ放して強制的に起こす事になった――その際、部屋の扉の方向には同じ音量の逆位相の音を出す事で相殺して部屋の外には音楽が漏れないようにすると言う徹底っぷりを見せていた。
リリッケルの手作りマフィンと夏月の料理による朝食はとても美味しく、焼き立てのマフィンとコンビーフエッグは相性抜群で、半分に切られたマフィンでコンビーフエッグをサンドしたのは最高の逸品だった。
朝食後に夏月と秋五はコメット姉妹とゲームなんかを楽しんだ後に空港にやって来ていた。
秋五は此のまま日本に帰国となる訳だが、夏月は此れから最後の目的地であるブラジルに向かうのである……北半球のカナダから南半球のブラジル、季節は反転して冬となる訳だが、ブラジルは年間を通して温暖なので其処まで問題は無いだろう多分。
夏月はブラジル行き、秋五は日本行きの便に乗るのでファニールとオニールも夫々の搭乗口へとやって来ていた。
「次に会うのは日本でだな……日本の夏休みの正しい過ごし方ってやつを教えてやるから楽しみにしてなファニール。」
「其れはとても楽しそうね?期待してるわよ夏月。」
ゲート前で軽く拳を合わせると夏月はブラジル行きの便に搭乗し、日本行きの便の搭乗口付近では秋五とオニールが似たような遣り取りをしていた――こうして夏月は最後の目的地であるブラジルへと旅立ち、秋五は日本に帰国するのだった。
尚、カナダの一部のパパラッチ系週刊誌が夏月とファニール、秋五とオニールの熱愛報道……は未だしも、憶測捏造上等の『肉体関係』に関しての記事を掲載しようとしていたのだが、そんな事を束が許す筈もなく、捏造記事のデータは跡形もなくデリートされるだけでは済まず、社内のありとあらゆるデータもデリートされる結果になり、そのデータの中には取材スケジュールや他社との打ち合わせの日程等も入っていたため、会社は一気に傾く事になるのであった。
雑誌の売り上げ数増加を目論んで下手な謀をすると碌な目に遭わないと言う良い教訓だったと言えるだろう。
夏の月が進む世界 Episode52
『嫁ズの家族への挨拶Final Round~Brazil~』
カナダからブラジルへの航行時間は、オランダ~カナダ間よりも短いとは言え地球を縦に移動する訳だから其れなりに時間が掛かり、十時間以上のフライトを経て夏月はブラジルに降り立っていた。
カナダとブラジルの時差はブラジルの方が平均で一時間ほど早いので、午前十一時にカナダを発ってから十時間以上のフライトを終えた今は夜の十時となっていたので夏月は空港近くのホテルを取って、グリフィンとの合流は翌日となった。
そして翌日。
ホテルを取っていたために早朝トレーニングが出来なかった夏月はホテルのジムで軽く身体を動かした後に朝食を摂ってホテルをチェックアウトして、昨夜グリフィンと決めた待ち合わせ場所である空港のターミナルにやって来ていた。
「やっほー!ようこそブラジルにカゲ君!」
「待たせたなグリ先輩。」
其処には既にグリフィンがやって来ており、夏月の姿を確認すると即駆け寄って情熱的なハグを行い、夏月も其れに応える――ラテンの血があればこその情熱的な愛情表現だが、此れ位はブラジルでは割と普通なので周囲の人間も誰も何も言わないのが日本とは異なると言えるだろう。
「しかし、ブラジルに来るのは初めてなんだが……なんか外国に来た気がしないんだよな……」
「ブラジル……って言うか南米は日系の人が多いからじゃないかな?これから行く孤児院のママ先生も日系人だからね。……逆に言うと、日系の人が多かったから私はIS学園に行っても外国に行った感じがしなかったんだけど。」
「同じ事はハワイにも言えるかもな。」
空港で合流した夏月とグリフィンはブラジル観光をしながらグリフィンが育った孤児院に向かう事になった――グリフィンは、物心付く前に孤児院前に放置されていた孤児であり、夏月の嫁ズの中では唯一両親の顔すら知らなかったりする。
尤もグリフィン自身はそんな身の上を不幸だと思った事は一度もなく、寧ろ自分を此処まで育ててくれた孤児院の『ママ先生』に対して感謝しかないのだ――だからこそ己の伴侶となる夏月の事はちゃんと紹介したいと思っているのである。
其れは其れとしてブラジルの首都であるリオデジャネイロは大都会だが、一本路地を裏に入れば其処にはスラム街が存在している。
尤もスラム街とは言っても治安が致命的に悪いと言う事は無く、華やかな大都会と比べると寂れた印象のある下町と言った雰囲気である――嘗ては犯罪が日常茶飯事だったスラム街だが、其れを重く見たブラジル政府が日本に倣って『交番』をスラム街を中心に設置した結果、犯罪発生率は激減したのだった。
とは言え其処は血気盛んなブラジル人故に、スラム街では其れなりの頻度でストリートファイトの大会が開催されており、交番の警官も余程の事がない限りは取り締まる事は無かった。何か起きた時の為に大会を監視はしているが。
そんなスラム街を通って行くのが孤児院への近道と言う事で、夏月とグリフィンはスラム街を歩いていたのだが、その最中にストリートファイトの大会が開催されている場面を目撃した。一応警官が巡回しているが、大会に熱狂しているギャラリーは特に気にはしていないようである。
夏月が興味を示した事で其れを観戦する事になり、大会は丁度決勝戦が行われており、カポエラ使いのドレッドヘアーの男とブラジリアン柔術使いのスキンヘッドの男が火花を散らす戦いを演じていたのだが、その決勝戦は夏月の目にはとても温いモノに映ってしまっていた――更識の仕事で数々の修羅場を潜って来た夏月には、スラムでのストリートファイトですら『死ぬ危険性の無い安全な戦い』と感じてしまったのだろう。
「踏み込みが甘いな?
其れから、カウンターのタイミングが少し遅い……楯無さんだったら今のカウンターの投げで完全に相手をKOしてんぞ?武闘派じゃない簪でも一撃KOとは行かなくても戦闘不能寸前には追い込んだ筈だからな……此の大会あんまりレベル高くないのか?」
「低くはないけど滅茶苦茶高いとは言えない感じかな?其れにしたってカゲ君辛口だね♪」
だが、其れを口にしてしまった事で夏月は大会の主催者によって、『いちゃもんを付けるのだから強いのでしょう?』と因縁を付けられ、屈強な男二人に連れられる形でバトルフィールドに連れ出されてしまった。
そして其処で夏月は大会を制したスキンヘッドの大男に胸倉を掴まれて『粋がるんじゃねぇぞガキが!』と揺すられたのだが、何度か揺すられたその時にカウンター気味の頭突きをブチかますと、流れるような動きで側頭部にハイキックを叩き込み、トドメはタイで会得したムエタイの帝王の奥義の『カイザー・ニー・キャノン』で顎を打ち抜いてKO!
ストリートファイトの大会を制したチャンピオンがKOされた事に会場は一時静まり返ったが、次の瞬間に割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こり夏月の勝利を祝福してくれた――ブラジル人は血の気が多く交戦的な人物が多いのだが、其れだけに『強い』と言う事を示せばあっと言う間に『友』認定される事も少なくなかったりするのである。巡回中の警官まで拍手をしてくれたのだから相当だろう。……夏月が連れ出された時点で止めなかったのは夏月の実力を見てみたかったと言う事にしておくのが良さそうではあるが。
「わぁお瞬殺♪流石だね、カゲ君?」
「嫁さんが八人も居るってのに弱いんじゃ話にならないでしょう?弱くならないように日々鍛えてる訳だし……多分だけど、今の俺なら現役時代のDQNヒルデにも勝てると思う。てか勝つ。」
「確かに今のカゲ君だったら現役時代のブリュンヒルデにも勝てるだろうね♪」
期せずして己の力をブラジルの喧嘩好き達に示す事になった夏月は改めてグリフィンの案内でリオデジャネイロの郊外のスラム街を越えた先にある木造二階建ての孤児院、『ママの孤児院』に到着した。
呼び鈴を鳴らすとインターホンから『入って頂戴』と流れて来たので、グリフィンは夏月を連れて孤児院の一番奥にある『ママ先生の部屋』にやって来ると、扉をノックし、中から『入って』との声が聞こえると夏月と共に中に入った。
「お帰りなさいグリフィン。そして初めましてね、一夜夏月君。」
その部屋で待っていたのは肌こそ褐色だが顔の造形は日本人の日系人で、此の孤児院の院長である『マチルダ・ニシズミ』だった――一見すると優しそうな女性だがその瞳の奥には強い意志を宿している事を夏月は初見で勘付いていた。
「初めまして、グリフィンの婚約者の一夜夏月です。」
「此の孤児院の院長のマチルダ・ニシズミよ……ふむ、良く鍛えられてるみたいねその身体は?自己鍛錬は怠らない感じなのかしら?」
「まぁ、トレーニングは趣味みたいなモンですからね?この挨拶旅行中も基本的にトレーニングは欠かしてないですし……と言うか、最早朝のトレーニングはルーティーンに組み込まれてるんでやらないと何となく一日が始まらないと言った感じですね。」
「カゲ君のトレーニングってホント凄いんだよママ先生。
学園島を一周して、腕立てとかスクワットとかを何百回もやって、シャドーや木刀の素振りもみっちりやった上で筋肉の柔軟性を失わない運動をして、最後にはヨガで身体解してるんだもん。
このトレーニングを続けた事で、カゲ君の身体って全身が速筋と遅筋の利点のみを併せ持つ最強の筋肉になってるんだって!」
「そりゃまた凄いわねぇ……昔読んだ日本の漫画で『人間の遅筋と速筋、その両方の性質を併せ持つ筋肉の割合って一生変わらないって』の言うを読んだ事があるのだけれど、其れが真実だとして、変わる筈の無い筋肉の割合を全身を瞬発力と持久力の両方を併せ持つ筋肉100%にしちゃうだなんて驚きだわ。」
ファーストコンタクトは上々で、其処から一気に話題に花が咲く事になり夏月とマチルダはあっと言う間に打ち解けていた。
夏月の身体が鍛えられていると言うところから始まり、其処から『ブラジルは移民の国で、昔は移民同士の争いも日常茶飯事だったから、ブラジル人は自然と血気盛んで喧嘩好きな男性が多く、そんな男性と結婚する女性は強い男性を見極める目が育っており、更に結婚後はその喧嘩好きの旦那の尻をひっぱたくようになるからブラジル女性は相当に気が強い』と言う話になって、其れを聞いた夏月は『ブラジル人の女性と結婚した野郎は絶対に浮気とか出来ねぇですね。』と口にしていた。
マチルダも『浮気をしただけだったら兎も角として、浮気に現を抜かして家族を蔑ろにしたその時は折檻確実だね。』と言っていた……何でもマチルダの知り合いに浮気して家族を蔑ろにした旦那の『野郎の選手生命』を半分終わらせた女性が居たらしいのだ。
そんな事を言いながらもマチルダは『君ならそんな心配はないだろうけどね?』と言えば夏月も『グリフィン達を悲しませるような事はしませんよ……愛する女性には真摯に、ですから』と答え、グリフィンも『カゲ君なら嫁が八人も居るから飽きて浮気とか有り得ないって♪』と笑っていた。夏月を信じているからこそ笑いながらと言ったところなのだろう。
其処から今度は夏月の家族の事に話題が移ったのだが、夏月は『自分には両親が居なくて施設で育ち、十歳の時に今の義母である『坂上時雨』(スコールの日本国籍であると同時に更識のエージェントだった頃のコードネーム)に養子として迎えて貰い、今は更識家に居候中』と言う事を話した……流石に『織斑計画』云々を話す事は出来ないので表向きの話ではあるが、其れでもマチルダは納得してくれたらしく、『そうかい、君も孤児だったんだね……』と言うと同時に、『似た境遇のグリフィンと夏月ならば巧く行くだろう』とも考えていた。
其処から今度はグリフィンについての話になったのが、グリフィンは赤ん坊の頃に此の孤児院の前に籠に入った状態で放置されており両親の顔も知らず物心付く前から此の孤児院で暮らしていたのだ。
「実はね、私の『グリフィン・レッドラム』って名前もママ先生が付けてくれたモノなんだよ。」
「え、そうなのか?」
「此の子が入れられてた籠には『Griffin』って刻印されたプレートがくっ付いてて、籠の中の赤ん坊は赤い羊毛の帽子を被せられていたのさ……安直だけど、その籠のプレートと赤い羊毛の帽子から、『グリフィン・レッドラム』って名付けたんだよ。」
「レッドラムって、『赤い羊』って事だったんですか……俺はてっきり『Murder』の逆読みなのかと思ってました。某高校生探偵の事件簿の犯人の中にも『Mr.レッドラム』てのが居たから余計に。」
「誰が殺人者じゃーい!」
グリフィンの名付け親もマチルダだったと言うのは驚きだったが、夏月のまさかの勘違いに更に場の雰囲気は和んだ様だった――そして、場の雰囲気が和んだ所でマチルダは一番大事な事を切り出した。
「夏月君、君の人柄は良く分かったし、君ならグリフィンを任せても良いかなとも思ったけれど、最後に一つだけ……グリフィンを幸せにするのは当然だけど、グリフィンの事を絶対に裏切らないで。そして悲しませないで。其れを約束出来る?」
「グリフィンの事を裏切らない、其れは約束します。悲しませないってのも俺が最低な事をして悲しませるような事だけは絶対にしないって誓いますけど、グリフィン達を悲しませる結果になっても、そうしないとグリフィン達を守る事が出来ない状況になったその時は、俺はその選択をします。
彼女達を悲しませる結果になっても、其れでもグリフィン達の無事こそが俺の望む事なので。尤もその選択をしても俺は絶対に生き延びてグリフィン達の元に戻りますけどね絶対に。」
「カゲ君だったら死に掛けても絶対に戻ってくるような気がする……其れこそ閻魔に喧嘩売ってでも。」
マチルダの問いに対して夏月は嘘偽りない己の気持ちを告げる。
嫁ズの事を真に大切に思っているからこそ裏切る事は絶対にしないし、悲しませるような事もする心算は無いが、結果として嫁ズを悲しませる事になろうとも、そうする以外に嫁ズを守る方法が無いのであれば夏月は迷わずその方法を選択する心算だった。
無論夏月とて嫁ズを悲しませたくは無いので、その選択をしても必ず生き延びる気ではあるのだが、其れを聞いたマチルダはにっこりと笑みを浮かべてた。
「其れが君の本心なんだね……其れが聞けて良かった。
少し意地悪な質問だったんだけど、此れに場当たり的な耳当たりの良い答えをして来たら私は君の事を認める事は出来なかったけど、君は『悲しませない事』に関しては約束をせずにグリフィンを守る為に必要ならその選択をすると正直に言ってくれた。そして其の選択をしても絶対に生き延びて帰って来ると。
だからこそ信用出来る……夏月君、グリフィンの事を宜しくお願いしますね?」
「……はい!」
「ママ先生、ありがとう!」
嘘偽りなく答えた夏月にマチルダは『グリフィンを任せるに値する』と判断して、グリフィンの事を任せ、最後のブラジルでの挨拶も無事に成功となったのだった。
マチルダへの挨拶が済んだ後は、グリフィンが『私の弟と妹達を紹介するね』と言って孤児院の二階に案内された――二階は一階にもあった二人部屋の他にリビングルームよりもやや小さめの大広間が存在しており、孤児院で暮らしている子供達が其処で遊んでいる最中だった。
其処にグリフィンが声を掛けると子供達が集まって来て、其処でグリフィンは夏月の事を『此の人がお姉ちゃんの将来の旦那さんです』と紹介し、夏月も自己紹介をすると羅雪の拡張領域に入れていたモノを取り出した。
其れは大きな紙袋で、その中身は数種類のゲーム機と多数のゲームソフト、遊戯王のストラクチャーデッキ数種類にブースターパック&夏月がデッキ構築をした際に出た余りカード千枚近く、真新しいサッカーボール、HGCEのガンプラフルコンプリートセットと、孤児院の子供達へのプレゼントが詰め込まれていた。
ゲームソフトは一人がゲーム機を独占する事がないように、複数人でプレイ出来る『スマッシュブラザーズ』や『桃太郎電鉄』に『マリオカート』、ダウンロードコンテンツでインストールしたベルトスクロールアクションの伝説的作品で二人プレイも出来る『ファイナルファイト』も入っているので孤児院の子供達は大いに楽しむ事が出来るだろう。
遊戯王のカードに関してもストラクチャーデッキだけでなくブースターパックと夏月が使わなかったカードが多数あるので、其れ等を組み合わせて個性的なデッキを作る事が出来るだろう――個性的なデッキこそが最強と考えている夏月だからこそ、単体では役に立たない余りカードも孤児院の子供達に渡す事にしたのだ。
単体では役に立たないカードでもコンボで化けると言う事は少なくないので、其れを考えさせる事が出来るとなればデッキ構築は子供の思考力の向上に関して決して小さくない役割を果たすのかも知れない。
その後夏月は子供達の要望で、『ファイナルファイト』で上級者向けのハガーでプレイをする事になったのだが、此処で夏月は『e-スポーツ部』の面目躍如のスーパープレイを連発してくれた。
ノーミスは当然としてハガーでは不可能と言われていた『パンチ嵌め』で雑魚を蹴散らした後は、ボスに対しては徹底して『パイルドライバーオンリー』で攻めて見事にノーミスノーダメージで全面クリア。
更にその後は大人気キャラの『ガイ』を使ってノーミス&ノーダメージ&最高得点と言う凄まじい記録を出した事で夏月は孤児院の子供達からも尊敬される事になったのだった――たった一人を除いて。
「夏月、オイラと勝負しろ!お前がグリ姉ちゃんの相手に相応しいか、オイラが確かめてやる!」
夏月がガイでファイナルファイトを全クリしたところでやって来たのは褐色肌に短い金髪が特徴的な少年、『セルジオ・グレイス』だった――年の頃は十~十二歳と言った所だが、その瞳に宿った闘気は本物で、本気で夏月に勝負を挑んで来ていた。
「ちょっとセルジオ、カゲ君に失礼だよ!」
「まぁまぁ、そう言うなよグリ先輩……アイツの気持ちは分からなくもないからさ――良いぜ、その勝負は受けてやる。勝負方法はお前が決めて良いぜ?格闘技での勝負となったら俺が絶対に勝っちまうからな。」
夏月に勝負を申し込んで来た少年『セルジオ』は五年前に五歳の時に此の孤児院にやって来ており、その日から当時十二歳だったグリフィンに何かと世話をして貰っていた事でグリフィンに対して淡い恋心抱いており、其れだけに突然としてグリフィンの婚約者となった夏月の事を認める事が出来なかったのだろう。
無論セルジオとてグリフィンの幸せを願ってはいるのだが、見ず知らずの男がグリフィンの婚約者と言うのは認めたくないと言う複雑な心境なのである……この年頃の恋する少年は色々と面倒であるのだ。
だからこそ夏月に勝負を申し込み、先ずはリフティング勝負となったのだが、セルジオが百回以上を達成した後にミスったのに対して、夏月は余裕で三百回を突破してしまい、続くPK勝負では夏月が『キャノンシュート』、『バナナシュート』、『ドライブシュート』でキーパーを翻弄して三連続でゴールを決め、対するセルジオは狙いは悪くなかったのだが狙いが分かり易かった事で三連続でセーブされて敗北が確定。
其れでも諦められないセルジオは遂に夏月に格闘技での直接対決を申し入れ、孤児院の庭にて夏月vsセルジオのファイナルラウンドが始まったのだが、此れは最早勝負になっていなかった。
果敢に攻めて来るセルジオに対して夏月は一切手を出さずに防御と回避に徹していた――本気を出せばそれこそ一瞬で勝負が付くだろうが、夏月が本気で攻撃したらセルジオを怪我させてしまうので其れは出来なかった。
グリフィンの『弟』に怪我をさせたくはなかったので夏月は防御と回避に徹しながらもセルジオに『負け』を認めさせるその瞬間を狙っていた。
「く……いい加減当たれよこの野郎ーーーーー!!」
そして遂に訪れた瞬間。
ことごとく攻撃を躱され、防がれたセルジオは遂に痺れを切らして大振りの『当たれば必殺』となる右のフックを放って来たのだが、夏月は其れを軽く弾くと此処で漸く攻勢に回り右の拳を繰り出す。
完璧なカウンターで放たれた拳打は防御も回避も不能であり、其れが決まればその瞬間に決着だろう。
だがその拳がセルジオに炸裂する事はなく、夏月の拳はセルジオの顔の1cm前でピタリと止まっていた……本気の拳による完全なる寸止めにセルジオは動く事が出来なくなり、次の瞬間には其の場に尻もちを付く事になった。
そして此れこそが夏月の狙いだった。
防御と回避に徹した上で攻撃の隙に完璧なカウンターを放って其れを寸止めする事で『本気になれば何時でも倒せた』と言う事を分からせてセルジオに『負け』を認めさせようとしたのだ。
此れにはセルジオも『どうやっても夏月には勝てない』と実感したのか、目に涙を浮かべながらも悔しそうな顔で夏月の事を睨みつけて来る……そんなセルジオに苦笑いを浮かべながらも夏月は彼の頭を少し乱暴に撫でてやった。
「イキナリ何処の誰とも分からない奴に大好きなお姉ちゃんを取られちまったら、そりゃ怒るよな?分からんでもないぜその気持ちはさ。
だけど、お前はグリフィンの事が大好きでグリフィンには幸せになって欲しいと思ってるんだろ?……なら、グリフィンが選んでくれた俺の事を認めてやってくれないか?お前さんに祝福して貰えないってのは、グリフィンも悲しいと思うんだよ。」
「セルジオ……ゴメンね、私はカゲ君を選んだんだ。セルジオが私に好意を抱いてる事は知ってたけど、其れに応える事は出来ない……セルジオは私の大切な弟なのは間違いないけどね。」
「分かってた……分かってたよそんな事は……グリ姉ちゃんに婚約者が出来たって時点でオイラの初恋は終わったんだって。
でも、それでもグリ姉ちゃんの婚約者が本当にグリ姉ちゃんに相応しいのか、オイラ自身が知らないと納得出来なかったんだ……そんでもって結果は完敗。悔しいけどオイラはアンタの事を認めるよ一夜夏月……グリ姉ちゃんの事、絶対に幸せにしろよ!グリ姉ちゃん泣かせたら絶対に許さないからな!」
そうして夏月とグリフィンの言葉を聞いたセルジオは此れで完全に吹っ切れたらしく、夏月に『グリ姉ちゃんの事を絶対に幸せにしろ!』と言うと、涙を拭って建物内に走って言ってしまった。
まさかの『小さな婚約者見極め人』の登場であったが、夏月はセルジオに己を認めさせる事に成功したのだった。
セルジオとのバトルが終わった後はパンとベーコンの軽めの昼食を済ませてから孤児院の子供達と遊びまくった。
遊戯王にスマブラに桃電と兎に角遊びまくった。
遊戯王では夏月が無改造のストラクチャーデッキ『精霊術の使い手』で子供達の挑戦をことごとく退けながらもデッキ構築のアドバイスをし、スマブラではグリフィンがピカチュウを使っての華麗な立ち回りを見せ、桃電とマリカーでは夏月とグリフィンが見る人が見たらドン引きレベルの妨害合戦を行っている隙に孤児院の子供が一位通過しており、庭でのサッカーでは夏月が実に見事な『ジェクトシュート(パンチングはなし)』を決めて子供達を湧かせていた。
そんな楽しい時間を過ごしている内に夕食時となり、本日のディナーは庭でのバーベキューだ。
バーベキューコンロの網の上には厚切りの豚バラ肉、骨付き子羊肉、ナスやトウモロコシ、ジャガイモと言った野菜類が並べられているのだが、其れを遥かに上回るインパクトだったのが、特製コンロの上でグルグル回されながら焼かれている豚だった。
其れはつまり『豚の丸焼き』なのだが、こんがりと焼かれた表面の皮だけを食す中国の豚の丸焼きとは異なり、ブラジルの豚の丸焼きは豚一頭を丸々食べるのだ。
焼かれていたのは子豚なので其れほど時間を掛けずに焼き上がり、切り分けられて振る舞われたのだが夏月は生まれて初めて食べる豚の丸焼きの美味しさに感激する事となった。
こんがりと焼かれた皮の香ばしさは言うまでもないのだが、じっくりと火を通した肉は余分な脂を落としながらもジューシーで柔らかく噛めば噛むほど肉の旨味が溢れ出て来たのだ。
此れだけでも充分過ぎるのだが、グリフィンが『此れが美味しいところ』と言って出してくれた尻尾と耳は正に最高だった――尻尾はカリッと香ばしく、耳は日本でもお馴染みの豚の耳の燻製、『ミミガー』とはまた違うカリカリとコリコリが入り混じった食感で実に美味だったのだ。
また特徴的な鼻の肉も、鼻のナンコツが実に良い味を出してくれていた……因みにブラジルのバーベキューは基本的に味付けは塩と香辛料であり、素材の味をダイレクトに味わう事が出来るので、其れも夏月にはポイントが高かったようである。
「うん、確かに旨いな此れは……んで、グリ先輩は何を手にしておられるのでしょうか。」
「豚のもも肉~~!耳と尻尾が美味しいのは知ってるんだけど、私は此のもも肉を豪快に齧り付くのが好きなんだよねぇ♪この骨付きもも肉は最高だよ~~~♪」
「うわ~おワイルド。だけど美味しそうに食べる君が大好きです。」
グリフィンもまた健啖家っぷりを十二分に発揮して、今宵のバーベキューは大いに盛り上がった。
そのバーベキューの後はお風呂タイムとなったのだが、此処は夏月とグリフィンで子供達を入浴させた後に一緒にお風呂となった――そしてお風呂タイム後は部屋に戻って一緒のベッドで夢の世界へと旅立つのだった。
そんなこんなで、夏月の最後の嫁の家族への挨拶旅行も無事に終わったのだった。
――――――
そして翌日、日課である早朝トレーニングを終えた夏月はマチルダと共に朝食を作り上げ、朝食を済ませたその後はグリフィンと共に『リオデジャネイロ国際空港』に向かって日本行きの便の搭乗手続きを行っていた。
『嫁ズの家族への挨拶回り旅』は此れで終わりとなったので夏月はグリフィンと共に日本に向かうのだ――既にロラン、ヴィシュヌ、鈴と乱、ファニールは日本入りをしているので、夏月とグリフィンが日本に戻れば『夏月チーム』が日本に勢揃いすると言う訳だ。
其れから二十時間以上のフライトを経て、夏月とグリフィンは日本の地に降り立っていた。
「めっちゃ久しぶりだ~~!ニッポンよ。私は帰って来た!!」
「この空気、とっても落ち着くなぁ~~……日本最高だね!!」
若干謎な事を口にした夏月とグリフィンだったが、ゲートを潜った先のロビーには更識姉妹、ロラン、鈴と乱、ヴィシュヌ、ファニールが待っており、其れを確認した夏月とグリフィンは彼女達とハイタッチをした後にハグを交わして久し振りとなる再会を喜んでいた。
そして同時に此処からが夏休みの本番と言えるだろう――前半戦は嫁ズの家族への挨拶に費やしてしまったので夏月と秋五にとっては後半戦こそが夏休み本番なのである。
その夏休みの本番では一体どのような事が起こるのか?――少なくとも、生涯の思い出に残る夏休みになる事だけは間違いないだろう。
此の面子の夏休みが、大凡一般的な夏休みになる筈がないのだから。
To Be Continued 
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