オランダを発った夏月は次の目的地であるカナダに到着し、空港のロビーでスマートフォンの『マスターデュエル』のランクマッチを行って時間を潰していた。
ランクマッチは強カテゴリーが犇めく『群雄割拠』と言える状態となっているのだが、そんな中で夏月はそんな強カテゴリーをガン無視しまくった『青眼デッキ』と『真・サイバー流デッキ』で無双していた。
青眼デッキでは『目覚めの旋律』や『トレード・イン』でデッキを高速回転させながら青眼を高速召喚して、更に『カオスMAX』の儀式召喚や『究極竜』の融合召喚を行い、時には相性抜群の『伝説の剣闘士 カオス・ソルジャー』の極悪バウンスを行った上で青眼三体の攻撃でオーバーキルを達成していたり、真・サイバー流では『ボンドエンドリミッター解除』、『エボリューションリザルトバースト、○○レンダァ!』、『攻撃力六千オーバーサイバー・ダーク』、『ボンドリミッター解除で攻撃力二万のサイバー・ダーク・エンド』等を使って連勝の山を築いていた……『強カテゴリーデッキを組めば勝てる』と言う風潮が強くなってきている現在のデュエル界に夏月は一石を投じたと言えるだろう。実際にマスターデュエルのユーザーの間では『Katsuki』(マスターデュエルでの夏月のユーザー名)は可成りヤバいプレイヤーとして恐れられていたりするのである。


「久し振りだね、夏月?」

「夏休みに入ってからは初めましてだな秋五。」


此処で秋五もイギリスからカナダに到着して、ロビーで夏月と合流していた。
軽く拳を合わせたその姿は長年の友人其の物であり、大凡出会って三カ月程度とは思えないモノだが、此の二人は元々は双子の兄弟だったので此れ位の方が普通であると言えるだろう――兄弟ではなくなったがライバル兼親友であると言うのは中々に特殊な関係と言えるだろうが。


「時にスマホでなにやってたの?」

「マスターデュエルのランクマッチ。どうせならトップランカーになってやろうと思ってな。
 だけどドイツもコイツも流行りの強カテゴリーデッキばっかで対策が容易で歯応えがねぇってのよ?強いカードに頼りきりで基本的なデュエルタクティクスってモノが低いからキーカードを潰された際のリカバリーも出来ねぇ……やっぱデュエルってのは、『強いカード』で組んだデッキで勝つよりも、『好きなカード』で組んだデッキで勝つ奴の方が強いって事を実感したぜ俺は。」

「あぁ、其れは確かに言えてるかもね?格闘ゲームでも強いキャラよりも自分の好きなキャラで勝つ方が楽しいからね。」


夏月はファニールと、秋五はオニールと婚約関係にあるので当然二人の両親に挨拶に行く訳なのだが、別々に挨拶に行くよりも一緒に行った方が良いと考え、日程を調整してカナダを訪れる日は同じ日にしていたのだ。


「そんで秋五、パイプラインパンチとマンゴーロコとカオス、ドレが良い?」

「えっと、何の話?」

「モンエナに決まっとろうが。
 俺もだが、お前も長旅で疲れてるんじゃないかと思ってなモンエナ数本買っといたんだよ。エナジーチャージに於いてモンエナの右に出るエナドリは存在しねぇと本気で思ってるからな俺は……因みに最新フレーバーも出てたんだけど、スイカってのはちょいとばかし手が出なかったぜ。」

「スイカってそのまま食べるのが一番美味しいからね……正直スイカの加工品ってあんまりヒットしてない気がする。スイカバーを除いて。
 其れは其れとして、確かにモンエナは可成り効くのも事実だからね?折角だからマンゴーロコを貰おうかな?他の二つは名前からして色々とヤバそうだからね。」

「この中で一番ヤバいのはカオスだけど、モンエナの中で一番ヤバいのはやっぱりスーパーコーラだろ?コーラにモンエナのフレーバーの刺激は相当にクレイジーだぜマジで。
 其れよりも秋五、お前は嫁さん達の家族への挨拶は順調だったのか?」

「其れは順調だったよ……セシリアもシャルもラウラも血の繋がった家族は居なかったけど、家族と呼べる人達には認めて貰ったからね――ドイツではラウラの部下とISバトルする事になったけど、まぁキッチリ勝って来たさ。」

「お前もバトってたのか?実は俺もだ。ISバトルじゃなくて生身のリアルファイトだけどな。
 中国では鈴の功夫の師匠のお弟子さんの師範代と戦って勝って、タイではムエタイの帝王って人と戦って引き分けた上で帝王の奥義を継承して来たぜ。」

「ムエタイの帝王……ムエタイの帝王、ね。」

「ムエタイの帝王と聞いてサガットを連想しただろお前?……サガットだったよ実際に。眼帯して胸に傷があったら完璧にサガットだった。」


夫々の此れまでの挨拶回り旅行の事を話しながら夏月と秋五は空港内でファニールとオニールを待っていた。
到着時間を知らせたら、『空港まで迎えに行く』との返事があったのでこうして二人が来るのを待っているのだが、ソロソロ約束の時間になるのにコメット姉妹は未だ空港内に其の姿を見せていなかった。
『五分前行動』が基本となっているコメット姉妹が約束時間の二分前になっても空港に来てない事が来なった二人は、夏月がファニールに連絡を入れようとしたのだが……


「オラァ、大人しくしやがれ!!」


その瞬間に、目出し帽を被ってショットガンを装備大男が空港に現れ、手近に居た客にヘッドロックを極めてショットガンを向けて来た――仲間らしき存在は確認出来ないので単独犯なのだろうが、カナダではイキナリまさかの展開が繰り広げられる事になった様である。












夏の月が進む世界  Episode51
『嫁ズの家族への挨拶Round5~双子の婚約者は元双子?~』










突然の事態に空港内は騒然となり、ショットガンを装備している男に対して誰も何も出来ない状態になっていた――男は興奮しており、何か動きを見せたらその瞬間にショットガンをぶっ放すだろう。
その隙に拘束すると言う手もあるが、其れは逆に言えば犠牲になる誰かが必要になるとも言える――態々捨て駒役を進んで名乗り出る者は居ないだろう。


「オイ、オッサン。」

「なんだぁ?動くんじゃねぇ、ぶっ殺すぞガキが!」

「出来るならやってみろよ!」

「物騒なセリフは吐かない方が良いと思うなぁ?」


だが此処で夏月と秋五が動いた。
男に声を掛けるとショットガンを向けて来たのだが引き鉄が引かれるよりも先に夏月はコインを弾いて注意を逸らすと、一気に間合いを詰めてショットガンを蹴り飛ばし、その隙に秋五がタックルをかましてヘッドロックを極められていた人質を解放すると怯んだ男を夏月がブレーンバスターの要領で持ち上げ、其処から更に両足をホールドして『キン肉バスター』の体制になり、其処に秋五が『OLAP』で組み付いて『NIKU→LAP』の状態となる……此れで夏月がジャンプして着地すれば技が決まって目出し帽男はほぼ全身骨折状態となるだろう。
NIKU→LAPはキン肉バスターによる頸椎、両大腿部、両肩の五カ所の破壊だけでなく、OLAPによる両膝と両肘の破壊も行われるので、喰らったら軟体生物になるのは避けられないのである。


「はいはいはい、其処まで!ストップ!スト―ップ!!!ドッキリカメラです!!」


その必殺のコンビネーションが炸裂する直前に、テレビ局のクルーが『ドッキリテレビ』のプラカードを掲げて必殺コンビネーションをギリギリで阻止した――実はコメット姉妹から何かと話題の男性IS操縦者が本日カナダを訪れると言う事を聞いていたテレビ局は其れに合わせて、夏月と秋五に対してドッキリ企画を仕掛けて来たのだが、其れは逆にテレビ局の方が驚かされる事になってしまった。
当初の予定では空港で起きたまさかの事態に狼狽える夏月と秋五の姿をカメラに撮った上でネタバラシをする心算だったのだが、夏月と秋五は狼狽えるどころか逆に目出し帽男を撃退し始めてしまったので、慌ててネタバラシに至ったのである。


「だ~から、夏月と秋五にドッキリ企画は通じないって言ったでしょ?此の二人の心臓の強さはハンパないから、大概の事じゃ驚かないっての。」

「私とファニールは止めた方が良いって言ったんだけど……ごめんね秋五、お兄ちゃん。」

「ドッキリ企画だったのか……まぁ、普通に考えたら単独で空港でこんな事なんてしないよな……って事は、此れは空港側も了承してたって事だよな?海外のドッキリ企画はマジで壮大だな。」

「少しやり過ぎな気もするけどね。」


其の場にはコメット姉妹も来ていたのだが、コメット姉妹は夏月と秋五に対するドッキリ企画は成功しないと言っていたらしく、結果としては其の通りになったのだからこのドッキリ企画のプロデューサーは見通しが甘かったと言うより他にはないだろう。


「んじゃ改めまして。久し振りだなファニール、オニール。まさかこう来るとは思わなかったぜ?」

「久し振りだねオニール。其れからファニールも。予想外の展開だったけど、いい刺激になったかな?」

「ごめんね夏月、秋五。
 テレビ局がどうしてもって聞いてくれなかったのよ……尤も、そのドッキリ企画を真正面から叩き潰しちゃったアンタに脱帽だわ。カナダと言うか南北を問わずアメリカのドッキリ企画って可成り過激だから、アンタ達も飲まれちゃうんじゃないかって思ってたんだけど、そんな事は無かったわね。」

「流石だね秋五、お兄ちゃん!其れと久しぶり!」


今回の企画は終わってみればドッキリの失敗の『逆ドッキリ』とも言うべき結果となったのはテレビ局的には笑えないかもしれないが、お茶の間の視聴者には大受けするかもしれない。
尚このドッキリテレビは生放送と言う中々に特殊なモノである上に、ネタバラシ後もカメラは回って居た事で、夏月とファニール、秋五とオニールの親密さをカナダ全土に放送する事になり、『大人気アイドル『メテオ・シスターズ』は夫々が男性IS操縦者の婚約者となった』と言うカナダ政府の発表を改めて突き付けられた形となり、特に彼女達のファンは女性は兎も角男性は略全員が血涙流して絶叫する事になったのだった。
このドッキリが成功して夏月と秋五が狼狽えでもしてくれたらまだ良かったのかも知れないが、夏月も秋五も怯む事無く目出し帽男を撃退しようとしてしまったので大凡自分達では敵わないと悟ってしまったと言う訳だ。
尤も、夏月は更識の仕事で時には武装した悪党1ダースを相手にする事もあったので此の程度では怯む事など無く、秋五も一夏の死後に『変わる事』を決意した其の日から理不尽なイジメや不条理な暴力に対して織斑計画によって会得した高い戦闘力と『天才』と言われる頭脳をフル活用して対処して来た事で度胸が付いているので怯む事は無かったのである――其れでも夏月が目出し帽男をキン肉バスターに取った直後にNIKU→LAPの布陣を完成させてしまう辺り、兄弟でなくなっても『双子の超感覚』はまだ健在であるのかも知れない。


「だから、俺の事を『お兄ちゃん』って呼ぶのはいい加減に止めなさいってのオニール……つか、何で秋五は普通に名前呼びで俺はお兄ちゃん呼ばわりなんだ?」

「え?だって私は将来的に秋五と結婚するし、お兄ちゃんはファニールと結婚するんでしょ?
 私とファニールは双子だけどファニールの方が先に生まれてるからファニールの方がお姉ちゃんで、そのファニールと結婚するならお兄ちゃんは義理のお兄ちゃんになるんだから間違ってないと思うけど如何かなお義兄ちゃん。」

「色々とこんがらがりそうだが、確かに間違ってはいないと思うけど、『お兄ちゃん』呼びはマジで止めてくれ!ともすればのほほんさんがとっても良い笑顔でトドメ刺しに来るからマジで。」

「アハハ、間違ってないなら別に問題は無いと思うよオニール?夏月の事を『お兄ちゃん』って呼んでも大丈夫……と言う訳で此れから宜しく兄さん。」

「秋五、テメェ其れ本気で言ってるなら中国で覚えた鈴の師匠直伝の功夫の奥義とタイで会得したムエタイの帝王直伝の超必殺技のコンボ叩き込んだ上でキン肉バスターからの風林火山かますぞ?」

「冗談じゃなくて、此れも割と間違いじゃないと思うんだよ……君が僕の『義兄』になる事は確定してる訳だから。」

「だとしても同い年の奴に兄とは呼ばれたくねぇわ……未来的には義兄弟になるのかも知れないが、俺とお前は親友で悪友って関係の方がシックリ来るだろ?だからこれからもそのスタンスで行こうぜダチ公。」

「ふふ、確かにそっち方が僕達には合ってるかもしれないな……了解だ夏月。」


空港でまさかのドッキリを仕掛けられた夏月と秋五だったが、其れを見事にカウンターした後にコメット姉妹と空港を後にしてコメット姉妹の実家に向かいながら『プチカナダ観光』をコメット姉妹の案内のもとで楽しむ事となった。
カナダの都市としては『シドニー』が有名だが、首都は『オタワ』と言う都市で、コメット姉妹の実家も此のオタワにあるのだ。
シドニーのオペラハウスほどの知名度は無いが、オタワにもそれなりに観光スポットは存在しており、イギリスの『ビッグベン』を彷彿させる時計塔が特徴的な国会議事堂やガラス張りの『ナショナルギャラリー』と言った中々にインパクトがある建物が目を引いていた。


「カナダに来たら、此れは絶対に食べておかないと嘘よ!」

「私達お勧めのカナダグルメだよ♪」

「バニラのソフトクリームにメイプルシロップを掛けたシンプルなスィーツだが、シンプルなだけに其の美味しさはダイレクトに感じられる訳だが……うん、此れはマジでシンプルに旨い!
 濃厚なバニラソフトクリームのコクのある甘さをメイプルシロップの独特の香りと甘味が際立たせてる……メイプルシロップってホットケーキやパンケーキに使うモノだって思ってたけど、意外な使い道があったんだな。」

「肉の照りを出す為に表面に塗る水あめの代わりに出来るかも知れないね。」

「秋五、そのアイディア貰ったわ。」


プチ観光をしながら、カナダのプチグルメを堪能しつつ、夏月は新たな料理の扉を開いていた……秋五の一言があったからこそではあるが、だとしても其れを即採用してしまう辺り夏月の料理に対する探求心はISに関してのあらゆる事を上回っているのかも知れない――一夏であった頃に千冬(偽)に半ば強引に押し付けられた家事が趣味の領域にまで達してしまったのは果たして幸運なのか皮肉なのか、其れは分からないが。
取り敢えず現状では夏月は料理をする事は楽しいので幸運であったと言えるだろう。

そんな感じでプチ観光を終えて到着したコメット姉妹の実家は、此れは意外な事に高級マンションやタワーマンションや豪邸ではなく、至って普通の二階建ての民家だった。


「ただいま、お婆ちゃん!」

「私とオニールの婚約者、連れて来たよお婆ちゃん。」

「おや、おかえりオニール。ファニール……そうかい、其方の方々が……ファニールとオニールの祖母のソフィレア・コメットです。初めまして。」

「えっと、初めまして。一夜夏月です。ファニールと婚約関係になってます。……御両親が待ってるかと思ったらお祖母様が待ってたとは予想外でしたけど。」

「アハハ、其れは僕もだよ夏月。初めまして、織斑秋五です。オニールと婚約させて頂いてます。」


更に其処に待っていたのはコメット姉妹の両親ではなく、コメット姉妹の祖母だった。
此れには夏月と秋五も予想外だったモノの挨拶をして、其の後詳しい話を聞いてみたところ、コメット姉妹の両親は共働きで、本来ならば今日は有休を取って休みの筈だったのだが、狙ったかのようなタイミングで会社でトラブルが起き、しかもそのトラブルがコメット姉妹の両親がプロジェクトリーダーを任されているプロジェクトで発生したモノだったので、急遽二人とも有給返上で会社に駆り出されてしまったとの事であった。
一応夏月と秋五を家に連れてくる時間は伝えてあったので、『その時間までには何とかトラブルを大方片付けてリモートでも対応する』と言って、部屋にはリモート会議用のモニターを設置して行ったらしいが。


「狙ったようなタイミングの悪さだなオイ……此処まで順調に来てたってのにまさかのカナダでトラブル発生とはな?ま、リモートとは言え御両親に挨拶出来るのは不幸中の幸いかも知れないけどな。」

「物事ってのは中々全てが良い様には進まないって事なんだろうね……オニール達の御両親に直接挨拶出来ないのはちょっと残念かな。」

「でも最速で、其れこそプロジェクトチーム全員呼び出してトラブル解決して夕飯までには必ず戻るって言ってたけどね……なら早く帰って来てと思うけど、メンタルダメージが少ない内に夏月達との挨拶を済ませたいって事だと思うわ。」

「今日の晩御飯はお婆ちゃんが作ってくれるから期待してて良いよ?お婆ちゃんの料理ってとっても美味しいから♪」

「へぇ、ソイツは楽しみだな?……俺のレシピがまた増えるって意味でもな。」


其れからリモート会議用のモニターが起動して、モニターにはコメット姉妹の父親である『テラーズ・コメット』と母親である『リリッケル・コメット』が映り、モニター越しではあるが夏月と秋五は挨拶し、テラーズとリリッケルも笑顔で対応してくれた――会社でのトラブルに対応していた事でその笑顔は若干疲れていたが。
夏月がファニールの、秋五がオニールの婚約者になっている事に関しては、此れは特に問題なく認めて貰えた……ファニールとオニールから夏月と秋五がどの様な人物であるのかを聞いていたと言うのもあるが、アイドルと言う不特定多数の人物を相手にする仕事をしている娘達の事を考えた末の決断だったと言えるだろう。
アイドルとはファンあってのモノだが、逆に言うと熱狂的を通り越して狂信的になってしまうファンも非常に稀ではあるとは言え存在しており、そんなファンはやがてストーカーに暗黒進化してコメット姉妹を付け回すようになり、更には『自分は此れだけ相手の事が好きなんだから、相手だって自分の事が好きな筈だ』と身勝手極まりない感情を持つようになり、挙げ句の果てには誘拐や監禁、最悪の場合には歪んだ好意を拗らせた挙げ句に殺害に踏み切る事もあるのだ。
アイドルであるが故の危険性、其れを排除するには娘達に明確な交際相手が居た方が良いと考えていたテラーズとリリッケルにとって夏月と秋五の存在は有り難いモノだった……政府が決定した事であるのならば一個人が何か言ったところで覆るモノではないし、世界に二人しか居ない男性IS操縦者に対して何か害になる事をしたとなれば其れはカナダだけでなく世界的にも見過ごせる事ではなく、特に彼等の婚約者を有している日本、中国、台湾、タイ、オランダ、ブラジル、ドイツ、フランス、イギリスは黙っておらず、其れをやった者に対して『国際警察』を動かして逮捕しようとするだろう。
アイドルに婚約者が居ると言うのは普通なら地雷になるのだが、その婚約者が夏月と秋五の二人であるのならば話は別になるのである……よもや十カ国を敵に回してまで夏月と秋五を害しようとするモノは居ないだろう。
序に言うと、此の二人を害しようとしたら、其れが実行される前に確実に束が動いて其れをやった輩の人生にピリオドを打たせる事になるので、夏月と秋五に手を出そうとする事自体が死亡フラグと言えるのである。
夏月と秋五はアッサリと認められた事で拍子抜けした感じではあったが、変に反対されるよりは良かったと言えるだろう……只一つ、テラーズから『君達はロリコンだったりするのかな?』と聞かれた際には全力全壊限界突破で否定したのだが。


「うんうん、無事に認められてよかったねぇ夏月君に秋五君。
 時に、苗字は違うみたいだけど君達は双子かね?この老いぼれが見ても同一人物なんじゃないかと思う位に似てるんだけどねぇ?違うところがあるとすれば顔の傷痕の有無と目の色位だよ。」

「……確かに似てるかもしれないですけど、僕と夏月は別人ですよソフィレアさん。
 僕には双子の兄が居ましたけど、兄は三年前の第二回モンド・グロッソの際に誘拐されて、そして死んでしまいましたから……何より、僕と兄は目の色も同じだったんですけど夏月は目の色が違う。
 目の色だけはカラーコンタクトを入れるか他者の目を移植する以外に変える方法が無いので彼は僕の兄弟じゃないんですよ。」

「日本人にしては珍しいこの金色の目は生まれつきなんですよ……まぁ、珍しいんでガキの頃は色々言われて時には中二病発症してた時期もありますけどね。」


テラーズとリリッケルへの挨拶が終わった後でソフィレアは夏月と秋五が双子の兄弟なのではないかと言って来たが、其れはキッパリ否定した――本当は大正解であるのだが、秋五にとっては一夏は既に死んだ存在であり、夏月としても織斑一夏は自らの手で抹殺した存在であるので否定一択だったのだ。
其れでも夏月は自分と秋五の本当の関係性に言及して来たソフィレアの直感に驚いていたが。

其の後は夕飯時までフリータイムとなったので、コメット姉妹は夏月と秋五を釣りに誘っていた。
実はコメット姉妹は揃って釣りが趣味であり、仕事がオフの日に釣りに出掛ける事が多いだけでなく、カナダで大人気の釣り番組のレギュラーメンバーとして中々の釣果を上げていたりするのだ。

そんな訳でやって来たのは川釣りだ。
日本だと少し早いが北国であるカナダでは八月には鮭が遡上し始め、この時期は特に育ち切った『キングサーモン』が遡上してくるので釣り人にとっては恰好の釣り場となっているのだ。

そうして竿を川に投げてから数分後、夏月の竿に当たりが来た。
その強い引きに負けないように合わせながら夏月はリールを巻いて行く――が、只巻くだけなく相手の呼吸に合わせて緩急を付けるのは釣りの基本だ。焦ってリールを巻きまくると却って獲物に逃げられてしまうのだ。
其処から夏月と針に掛かった獲物との格闘が幕を開け、互いに譲らない戦いが展開されて行った……釣り上げたい夏月と逃げたい得物の攻防は、一瞬の隙を突いて夏月が勝利となった。


「どりゃっせぇぇぇぇい!!」


獲物の引きが若干弱くなったその瞬間を夏月は見逃さず、一気にリールを巻いて思い切りぶっこ抜いた結果、体長が一mを超える実に見事なキングサーモンを釣り上げたのだった。
更に釣り上げたキングサーモンは身体が『繁殖色』である赤に染まっていない雌であり腹の中には高級食材である『イクラ』の材料となる魚卵が詰まっているので此れは最高の釣果であったと言えるだろう。
だが、最高の釣果は最大の敵を呼び寄せる事もある――


『グルルルルル……ガオォォォォォォォォォ!!』


其処に現れたのは腹を空かせたクマ!
しかも只のクマではなく標準的なグリズリーを遥かに凌駕した体長二mを超える位の化け物グマだ――そんなモノが目の前に現れたとなれば、怯んで動く事が出来なくなり、最悪の場合には『リアルベアークロー』で身体を切り裂かれて絶命まっしぐらだろうが、其れはあくまでも一般人の場合の話だ。


「あぁ、やんのかクマ公?」

「いや、アンタなんで普通にクマを睨み付けてんのよ!?」

「うん、夏月なら絶対にやると思った。そして此の状況でも彼なら絶対に大丈夫だろうと思ってしまってる僕が居るのもまた事実。」

「確かにお兄ちゃんなら大丈夫そう……」


そのクマに対して夏月は『大阪のヤクザも脱帽する』、『半グレがビビって逃げる』、『某拷問ソムリエが賞賛する』レベルのメンチギリをブチかまして威圧する――クマは肉食獣の中でも屈指の強者であるが、夏月の威圧を受けると本能的に『戦ってはいけない相手』と感じ取ったのか踵を返して森の奥へと帰って行った。
此れにはファニールも『嘘でしょ流石に……』と若干呆れていたが、それ程までに夏月の威圧力は凄まじいと言う事なのだろう……逆に言えば夏月が此れほどの威圧力を得るに至った更識での訓練が色々とぶっ飛んでいると言えるのかもしれないが其れは言及してはいけない事だ。
夏月がISを動かせると分かったその日から行われた楯無と簪との訓練で地獄を見た夏月は、何度か『綺麗なお花畑が存在してる世界で川の向こうのお爺ちゃんに追い返された』経験があるので、最早野性のクマ程度では怯まないどころか逆にクマの方をビビらせるまでになっていたのである。
そして夏月が釣り上げたキングサーモンは卵は塩漬けのイクラにして、身は半身を刺し身にして残りの半身は燻製にする事にした……頭も燻製にするのは、夏月がノンアルコールの晩酌の良い肴になると考えたからだろう。其の後キングサーモンの頭の燻製は日本の更識邸宛てに郵送する手続きを取った後に日本行きとなったのであった。

そして釣りから帰ると、テラーズとリリッケルは帰宅しており、食卓にはソフィレアが腕によりを掛けた御馳走が並んでいた……テラーズとリリッケルは笑顔で対応してくれたモノの、肉体的にもメンタル的にも大分ダメージを受けていたようなのでリモートでの挨拶は正解だったと言えるだろう。疲れ切っている状態よりも疲労が浅い状態の方がキチンと話が出来るのだから。
『干し鱈と野菜のマリネ』、『ジャガイモの冷たいスープ』が並び、主菜は『鹿肉の塩固め焼き』だった――鹿肉は上質な赤身で肉の旨味を存分に有しているのだが独特の臭いがあるので食べ慣れていないと少しキツイのだが、此のソフィレアの塩固め焼きでは、肉を覆う塩釜の中にタイム、セージ、ローズマリーと言った多数の香草を刻んで混ぜ込んでいたので鹿肉の独特の臭いを見事なまでに消し去っていたのだ。
此れだけでも充分だったのだが、夏月は自分が釣り上げたキングサーモンを調理して『キングサーモンのカルパッチョ』を作り上げ、其れがまた大好評だった。
そのディナーの席で改めてファニールとオニールの事を任された夏月と秋五は其れに力強く答えて、テラーズとリリッケル、ソフィレアの信頼を勝ち取っていた――狙い澄ましたかのようなトラブルはあったが、カナダでの挨拶も最終的には成功したと言えるだろう。


夕食後はシャワーを浴びて後は寝るだけなのだが、シャワーを浴び終えた夏月と秋五は、先にシャワーを済ませたコメット姉妹に連れられてコメット姉妹の実家から近い小高い丘に来ていた。
流石に外出するので寝間着ではなく夫々が動き易いジャージ姿だ……夏月のジャージの上着の背中に黒地に白で『世の外道は全て俺がぶっ殺す』と入っていたのには誰も突っ込む事が出来なかったが。


「こんな所でなにがあるんだファニール?昼間なら見晴らしが良さそうだが……」

「其れは直ぐに分かるわよ夏月……始まったわね。」


そんな中で夜空に現れたのは見事なオーロラだった。
カナダは可成り発展した都市でありながらオーロラを見る事が出来る場所なのだが、本日のオーロラは通常のオーロラとは異なり、緑のオーロラに赤のオーロラが混じる非常にレアな『オーロラ爆発』と言われる現象が起きていたのだ。
地球の磁場と太陽風の関係によって引き起こされるオーロラ爆発はまだ詳しいメカニズムは分かっておらず、天体ショーでも可成りのレアケースであるのだが、其れを見る事が出来たと言うのは幸運極まりないだろう。


「赤いオーロラ……話には聞いた事があったが、此れがオーロラ爆発って奴か――研究者であっても一生に一度会えるかどうかって現象に立ち会う事が出来たってのは此の上ない幸運かもな。」

「テレビでしか見た事がなかったけど、此れは生で見ると確かに凄いね?……此れだけ壮大な自然の軌跡を前にすると、人間は如何に矮小な存在だって事を、否でも痛感させられてしまうね。」

「「//////」」


その壮大な光景を見つめる夏月と秋五の横顔を目にしたコメット姉妹は改めて彼等に惚れ直していた。
『高々十二歳で男女交際好きだ嫌いだを言うな、十年早い』と思うかも知れないが、男女が『憧れではない恋心』を自覚するのは十歳前後なので、其れを踏まえると決してませたモノではないと言えるだろう。
だからこそファニールの夏月への、オニールの秋五への思いは本物と言う事が出来る訳なのだが。


「其れでもまぁ、俺達がお前達に言う事があるとすれば、只一つだな……おい、分かってるよな秋五?」

「分かってるよ夏月……オニール、ファニール、僕達の事を好きになってくれてありがとう――僕も夏月も、君達の事が大好きだよ。」


更に此処で秋五が一撃必殺レベルの事を告げてファニールとオニールの精神に良い意味での限界突破のダメージをブチかまして、其れを喰らったコメット姉妹はファニールは夏月に、オニールは秋五に抱き付き、そして自然と唇を重ねるのだった。
夏月と秋五をロリコンと言うなかれ、夏月と秋五は相手がファニールとオニール、愛する婚約者だったからこそキスを交わしたのだ――此の二人に対してナノレベルでもロリコンの疑惑を持った輩は即滅殺間違いなしだろうが。
そうしてキスを交わした夏月とファニール、秋五とオニールは家に戻ると其々ベッドに入り、ファニールは夏月に、オニールは秋五に腕枕をして貰って秒で夢の世界に旅立ち、夏月と秋五の其れからそれ程時が経たないうちに夢の世界へと旅立ったのだった。

そして其の後に部屋を見に来たテラーズとリリッケル、ソフィレアが見たのは同じベッドで幸せそうに手を繋いで眠っている夏月とファニール&秋五&オニールであったので何かを言う事もなく夫々の寝室へと戻って行ったのだった。

空港でのドッキリテレビやら何やらがあったとは言え、カナダでの挨拶も成功したと言って差し支えないだろう――其れは、幸せそうな顔で眠る夏月と秋五とコメット姉妹が証明していたのだから。
そして、此のカナダにて秋五の挨拶旅行は終わりだが、夏月はカナダの後に最後の地である『ブラジル』が待っているのでマダマダ気は抜けないだろう――ともあれ今宵はカナダでの挨拶が無事に済んだ事を夏月も秋五も心底安心し、そして満月が照らす夜に夫々のパートナーに腕枕をして意識を夜の闇に委ねるのだった。











 To Be Continued