ロランの両親への済ませた夏月は、翌朝も日課となっているトレーニングを行おうと外に出て来たのだが、其処にはロランが待っていた――IS学園では夏月よりもロランの方が先に起きている方がレアケースなのだが、今日に限ってはそのレアケースが発動したらしかった。
「今日もまた早朝トレーニングかい?君のそのストイックさには好感が持てるよ夏月……だが、トレーニングも結構だけれど、今日に限っては私に付き合わないか?
是非とも君を連れて行きたい場所があるんだよ。」
「俺を連れて行きたい場所?……なんか気になるな……そう言われたら断る事は出来ねぇだろロラン。勿論断る気なんて無いけどさ。」
ロランに『連れて行きたい場所がある』と言われた夏月は、本日は早朝トレーニングを行わずにロランに付き合う事にした――トレーニングは『一日休むと三日戻る』言われているが、夏月ならば三日戻ったところで一日で戻し分を取り返す事も出来るので大した問題ではないのだろう。此れもまた『織斑計画』で誕生したが故の特異性なのかもしれないが。
そんな訳で、夏月はロランの案内で小高い山の山頂までやって来たのだが、その眼前に広がる雲海に、夏月は息を呑んだ。
雲海の存在は知っていたが、精々テレビの自然番組などで見るだけで、こうして直接見る機会は無かったので、其れを見られた感動はとても大きなモノだろう。
「雲海なんて初めて見たぜ……」
「だけどこれで終わりではないよ?さて、ソロソロだね。」
続いてロランが腕時計で時間を確認した直後に朝日が昇りはじめ、朝焼けが雲海を照らし、空も山並みも見事な茜色に染め上げたのだった――その美しさは、日本で幻の絶景と言われている『赤富士』にも劣らない見事なモノであった。
「……息を呑む絶景って言葉があるけど、コイツは正に其れだな……本当に凄いモノを見ると、人は語彙力を喪失するんだって身をもって味わったぜ。」
「此の光景は何時も見られる訳ではないんだ。
雲海自体が頻繁に発生するモノではない上に、ある程度の湿度があって陽の光が空気中の水分に乱反射する条件が整った時にだけ、此の燃えるような『赤の雲海』が発生するのさ。」
「凄くレアな光景って事か……コイツは朝から良いモノを拝ませて貰ったな。」
「昨日スマートフォンで今日の天気を調べていたら、丁度条件が揃っていてね……君と共に此の光景を見たかった。何よりも君に見て欲しかったんだ。」
「そうだったのか……最高の景色を見せてくれてありがとよロラン。」
此の絶景も見事だったが、夏月は雲海と同じく朝日によって全身を茜色に染めたロランにも目を奪われていた。
ロランは肌が白く髪も銀髪で、今日着ている服も白がメインになっているので全身が綺麗な茜色に染まっており、其れはまるで『朝焼けの女神』とも言えるモノだったので思わず夏月も目を奪われてしまったのだ。
「そんなに見つめられると流石の私も照れてしまうのだけれどね夏月?」
「悪い、茜色に染まったロランがあまりにも魅力的だったんでついな……赤い雲海も見事だったが、其れ以上に茜色のロランには魅入っちまったよ。
……若しかして、そっちを見せるのがメインだったとか?」
「……だとしたら如何する?」
「お前の手腕に感心するだけだ。」
ロランの狙いの真相は深く追求せず、夏月とロランは僅か五分程しか存在しない幻の絶景を堪能した――二人とも敢えてこの光景をスマートフォンで撮影しなかったのは、『デジタルデータでは真の美しさは保存出来ない』と考えたのと、此れほどの絶景は己の心に焼き付けておくのが正解だと感じたからだろう。
極レアの絶景を堪能した二人は家に戻ると、ロランの両親は未だ起きていなかったので二人で朝食の準備を済ませた――学園の寮では一緒に朝食や弁当の準備をする事も多かったので其処は慣れたモノだ。
そうしている内にロランの両親も起きたので朝食となり、ロランの両親は夏月の料理の腕前と、何時の間にか料理の腕前を上げていたロランに驚く事になった。
朝食後には夏月が次の目的地であるカナダに向かう為に空港へと出発し、ロランも見送りの為に空港へと来ていた。
「ファニールとオニールに宜しく言っておいておくれ。次は日本で会おう。」
「あぁ、今度は日本で……日本で夏休みのイベント全て消化するからその心算でな。」
「ふふ、楽しみにしているよ……それじゃあ、気を付けて。」
別れ際に触れるだけのキスをして、そして夏月はカナダ行きへの便に乗り込み、ロランは夏月が乗り込んだ便が離陸する其の時までロビーで見守り、離陸したら手を振っていた……夏月の乗る便からは見えないだろうが、ロランの気持ちは夏月には伝わっていた事だろう。
夏の月が進む世界 Episode50
『嫁ズの家族への挨拶RoundEX~秋五の旅路~』
夏月が嫁ズの家族への挨拶旅行を行っているのと同じく、秋五もまた嫁ズの家族への挨拶旅行を行っていた。
夏休みが始まってすぐに箒と共に篠ノ之家を訪れて箒の両親に『箒と婚約状態にある事』を報告し、箒との婚約を認めて貰うように頼み込んだのだが、此れはアッサリとOKされた。
箒の父である『篠ノ之劉韻』は厳格な性格で、一見すると中々話が通じなさそうな頑固親父のイメージなのだが、実際には厳格な性格ではあるモノの冗談なんかが通じる部分もあり、人としての器が大きい人物なのである。
そして何よりも娘達の幸せを心から望んでいるので、『秋五と婚約する事が箒の幸せになるのならば』と思って、秋五と箒が婚約状態にある事についてはとやかく言う事は無かった――只一つ『箒を泣かせる事になったら、私は君を斬る』と言った時には本気の殺意を其の目に宿していたが。
其れでも、そう言われて『僕が箒を裏切るような事があったら、其の時は迷わず僕を斬って下さい先生』と言った秋五もまた見事と言えるだろう――千冬(偽)の手から離れた事で、秋五は人間としても大きく成長したようだ。
箒の母である『篠ノ之冬馬』も秋五と箒が婚約状態にある事には特に異を唱えず『箒が幸せになれるのならば私が言う事は無いわ』と言って二人を祝福したのだった――同時に『束にも良い人が居てくれると良いのだけれど……あの子と一緒になる男性となると、其れこそアニメや漫画やゲームに登場するぶっ飛んだ能力を持ってる男性じゃないと無理かもね?』と、束にも伴侶となる男性が現れてくれる事を低可能性ながら願っていた。
そして其の日の夕食には秋五と箒の婚約を祝う料理が並んでいた。
鯛の尾頭付きの刺し身に始まり、縁起物の鯛を担ぐ恵比寿を彫刻された高野豆腐の煮物、お祝い用の紅白はんぺん、ニンニク醤油で下味を付けたスッポンの肉、シイタケ、筍、エビを具材にした竹の鍋、そして赤飯が並べられ、秋五も箒も其れを有り難く頂いた。
篠ノ之家への挨拶が終わった秋五が次に向かったのはフランスだった。
日本からのフライト距離で言えばドイツの方が近いのだが、秋五の嫁ズの欧州組が『誰の所に最初に来るか』を決めるためにスマブラでのガチ対決を行った結果、『近距離最強のゴリゴリのゴリラ』と言われている『リュウ』を使用したシャルロットがセシリアの『ゼロスーツサムス』とラウラの『スネーク』を小パンチからのコマンド昇龍拳で撃墜しまくってKOして最初の権利をゲットし、其の後の対戦ではラウラの『テリー・ボガード』がセシリアの『ベヨネッタ』を蓄積ダメージが100%超えた場合にのみ連発できるパワーゲイザーとバスターウルフを乱れ打ちして勝利して二番目の権利を獲得したのだった――オニールは距離的に最後になるのは分かっていたので参戦してなかったのだが。
そのフランスなのだが、秋五には挨拶すべきシャルロットの家族は存在していなかった。
シャルロットの実母は病気で既に他界しており、父親であるアルベールと継母であるロゼンタはデュノア社崩壊の際に逮捕されているのでシャルロットに家族は存在していないのでフランスのマイクロン首相に必要な事を報告した後は普通にフランス観光になっていた。
秋五としては少しばかり拍子抜けではあったが、生で見るエッフェル塔や凱旋門は迫力があり、スマートフォンで何枚も写真を撮っていた。
一通りの観光を終えるとシャルロットは何故か『パリの刑務所に行こう』と言い、秋五も『何でそんな所に?』とは思ったモノの特に断る理由も無かったので了承したのだが、シャルロットの目的は刑務所に到着すると直ぐに分かった。
シャルロットは受付で面会の申し込みをすると、秋五と共に警護官と一緒に面会室に――そして面会室に現れたのは嘗てデュノア社の社長だった『アルベール・デュノア』と社長夫人だった『ロゼンタ・デュノア』の二人……シャルロットの実父と継母だ。
二人はシャルロットが面会に来た事に心底驚いていたが、シャルロットはそんな事はお構いなしに『手駒だと思ってた僕に裏切られて刑務所暮らしになるってどんな気分?可成りの重罪重ねてたから懲役が二十万年超えたんだってね、おめでとう♪逆に僕は貴方達が接触しろと言って来た男性操縦者である彼と目出度く婚約関係になってすごく幸せなんだ。貴方達の惨めな姿を見て、貴方達には僕の幸せな姿を見せてやりたくて此処に来たんだよ……要件は其れだけ。精々檻の中で永遠に後悔しててね飼い犬に手を噛まれた間抜けな飼い主さん♪』と腹黒さを全開にして言葉のナイフでアルベールとロゼンタの心をズタズタに切り裂いていた。
アルベールもロゼンタもプライドだけは無駄に高いので、手駒としてしか見ていなかったシャルロットに反旗を翻された末に逮捕、投獄、生きて出れない懲役刑となったので此れは悔しいだろう……まして、シャルロット自身は自由を手にして世界に二人しか居ない男性IS操縦者の一人となっている来たら余計にだろう。
ワナワナと震えるアルベールとロゼンタだが、オータムの拷問前の鉄拳で歯を全部折られている事で真面に話す事も出来ないので何も言えなかった。
「シャル、相変わらず本気を出すと真っ黒だね……」
「敵には一切の容赦って要らないと思うんだ僕♪……君は違うの秋五?」
「僕の場合は口より先に手が出るかなぁ……箒や鈴を虐めてた男子に対しても口で何か言う前に手が出てたしね?……一夏も同じだったから、やっぱり僕と一夏って双子だったんだなぁ。」
「僕は、物理的に傷めつけるよりも言葉で徹底的に抉って精神的にKOする方が好きかなぁ?僕が箒が虐められてる場面に遭遇したら徹底的に言葉で攻撃して心を圧し折るだろうね。」
「徹底的に腹黒だね……味方だと頼もしいけど。」
シャルロットの腹黒さは相当なモノだが、今のシャルロットは利害関係ではなく本気で秋五に惚れて本物の婚約者となっているので、少なくとも秋五とその嫁ズに腹黒が発動する事は無いだろう。
刑務所を出た後は穴場スポットの観光をして、ランチとディナーでは本格的なフランス料理を堪能したが、秋五はディナーで提供されたフランス料理に感銘を受ける事になった――フランス料理と言えば上品で格式高いモノだと思っていたのだが、ディナーで提供されたメニューは『骨付き子羊肉のロースト』をメインに、『エスカルゴのバター炒め』と言ったナイフとフォークでは食べ辛いモノだけでなく、『ハチの巣(牛の胃袋の一つ)のトマト煮』、『子羊の脳ミソのフライ』と言った内臓系のメニューも提供されたのだ。
上品なイメージのあったフランス料理だったのだが、骨を持って肉に齧り付いたり、殻を持ってエスカルゴを穿る事は全然OKであり、ともすれば『ゲテモノ』と言われるであろう内臓肉も普通に食す事に秋五は感銘を受けたのだった。
――――――
フランスの次に秋五が訪れたのはドイツだ。
空港のロビーで待っていたラウラの案内でドイツ軍の『黒兎隊』の宿舎にやって来たのだが――
「「「「私達と戦え、織斑秋五!」」」」
其処でイキナリ黒兎隊の隊員である、『ネーナ』、『マチルダ』、『イヨ』、『ケーネ』が秋五に勝負を挑んで来た――彼女達は黒兎隊の中でも特にラウラを慕っている者達なだけにどこぞの馬の骨とも分からない男性操縦者にラウラの事は任せられないと考えて秋五に勝負を持ち掛け来たのだろう。
「良いよ……僕がラウラの相手として相応しいか、君達が直々に判断してくれ。」
秋五もその勝負を受けたのだが、勝負は序盤から秋五のペースだった。
ネーナ達は抜群のコンビネーションで攻撃を仕掛けて来たのだが、クラス代表決定戦前に楯無に徹底的に鍛えられた事で秋五の防御と回避のスキルは限界突破して超人レベルに達しており、其れこそ楯無クラスの実力者でなければ攻撃を当てる事すら難しくなっており、秋五は現役軍人四人のコンビネーションを実に見事に回避し続けて見せたのである。
同時に、攻撃を回避され続けたネーナ達は苛立ちから攻撃が大振りになり、時間の経過とともに彼女達の動きは精彩を欠くものとなっていった。そうなればもう秋五には間違っても攻撃が当たる事は無いだろう。
「(攻撃の手が荒く雑になって来た……攻めるべきは今だ!)」
此処が勝ち所だと判断した秋五は、イグニッションブーストで一気にネーナに肉薄すると擦れ違い様に斬撃を叩き込み、その一瞬だけ零落白夜を発動してネーナの機体のシールドエネルギーを強制的にエンプティーにすると残る機体も同じ方法で一気にシールドエネルギーをゼロにして勝利を収めたのだった。
現役時代の千冬(偽)と比べれば零落白夜の発動時間は僅かに長いのだが、其れでも実戦では充分に通用するレベルにまで秋五は零落白夜を使い熟せる様になっていたのである。努力する天才である秋五だからこそ、僅か三カ月程度の短期間に零落白夜を自分のモノに出来たのだろう。
「これが、秋五とお前達の力の差だ……秋五は私の婚約相手として相応しいと理解しただろう?」
「「「「はい!お姉様を宜しくお願いしますお兄様!!」」」」
「いや、何でさ。」
圧倒的な結果にネーナ、マチルダ、イヨ、ケーネの四人も秋五の実力を認めてラウラを任せられると判断したのだが、秋五の事を『お兄様』と呼ぶようになった事に関しては秋五も突っ込みを入れる以外に選択肢は無かった。
一応ラウラが『私の事をお姉様と呼んでいるから、その私の伴侶となるお前はお兄様なのだろう』と説明してたくれたが、秋五は『オニールからのお兄ちゃん呼ばわりがなくなったと思ったら今度はお兄様か……』と若干げんなりしていた……ところに黒兎隊副隊長で極度のオタク&間違った日本のサブカルチャー知識満載のクラリッサが『お兄様は好みではないか……ならば『兄上』、『兄ちゃん』、『兄さん』、『兄君』の中から選ぶと良い』と割り込んで来て場を混沌の渦に陥れていた。
ドイツの『強化人間計画』は『織斑計画』から技術を転用した部分もあるのであながち大間違いではないのだが。
最終的には『普通に名前で呼ぶ』と言う事で落ち着いたのだが、今度は其処からなぜか黒兎隊全員+秋五によるゲーム大会が開催される事になり、クラリッサがオタクの本領を発揮して無双するかと思いきや、秋五がガッツリ喰らい付き、秋五とゲームをする事も少なくないラウラが予想外の粘りを見せてクラリッサの一人勝ちを阻止し、パズルゲームの『ぷよぷよ』では逆に秋五が『天才』の面目躍如と言える驚異の『十五連鎖+全消し』の超絶コンボをブチかまし、クラリッサに滅多にお目にかかる事の出来ない『ブラックホールおじゃまぷよ』を送り付けて勝利した。
そのゲーム大会中、クラリッサはプレイしているゲームについて可成りディープなオタク知識を披露してくれた事で、秋五は『クラリッサさんが日本に来る事があったら簪さんに紹介してみようかな?』とか考えていた。簪も可成りのオタクなので話は合うだろう。
そのゲーム大会の後で黒兎隊の総司令官であり、ラウラの親代わりでもある『ヴォルフガング・ヨハネ・ベルンシュタイン中将』に挨拶に行ったのだが、此れは過去に千冬(偽)が黒兎隊の指導をしていた経緯もあり、『あの織斑教官の弟君ならばラウラを任せられる』とアッサリと認めて貰えた――千冬(偽)は仕事だからとやっていただけだったのだが、その結果は黒兎隊を確実に強化していたので評価は中々に高い様だった。
秋五としては些か微妙な気分ではあったが特に問題もなく認めて貰えた事には安堵した――千冬(偽)がやった事も、時にはプラスの結果を生む事もあるらしい。
挨拶が終わった後でベルンシュタインから『今夜は一緒に食事をしよう』と言われた秋五は、『お気遣い感謝します』と言って、夕食まではラウラと一緒に過ごす事となり、ラウラの案内でドイツの首都ベルリンの名所を見て回り、東西のドイツを分断していた『ベルリンの壁』の跡地に来た際には、この壁を越えようとして命を落とした者達の鎮魂を願って手を合わせて祈りを捧げていた。
其処から今度はラウラの案内でベルリン内の劇場に案内され、其処でドイツが世界に誇るオーケストラである『ベルリン交響曲楽団』による演奏会を聞く事に。
演奏会のプログラムは、これまたドイツが世界に誇る作曲家である『ベートーヴェン』の交響曲の中でも世界的に有名である『交響曲第九番合唱付き』……日本では『第九』、『喜びの歌』として知られているモノだった。
その演奏は素晴らしく、クラシック音楽には明るくない秋五でも素直に『凄い』と思えるモノだった。
指揮者の指揮、オーケストラの演奏技術の高さは言うまでもなく、独唱を担当したソプラノ、アルト、テノール、バスのレベルも高く、合唱を行うコーラスも実に素晴らしいハーモニーを奏で、最後のフィナーレの部分は通常よりも可成り速いテンポだったのだが、其れを見事に歌い切り、演奏終了後には会場全体が割れんばかりの拍手に包まれ、秋五とラウラもスタンディングオベーションとなっていた。
「どうだ、中々良い演奏だっただろう?」
「僕はクラシックには明るくないけど、其れでも良い演奏だと思ったよ……と言うか、ラウラがクラシックが好きだった事が僕としては意外だったかな?こう言ったらアレかもしれないけど、ラウラってアニソンとかの方が好きなんじゃないかと思ってたから。」
「其れも勿論好きだが、クラシックも好きなのだ……特にベートーヴェンとシューベルトは良い。
逆にモーツァルトは好かん。天才過ぎるが故に名曲は多いのだが面白みに欠ける……更に言うならモーツァルトはウ○コ好きの変態だったらしいのでな……天才と変人は紙一重か。」
「其れはちょっと知りたくなかった情報かなぁ。」
ラウラがクラシック好きと言うのは意外な事であったが、其れ以上にモーツァルトの知られざる事実の方が秋五には驚きであった。
壮大な第九の演奏を堪能した後は夕食に良い時間になったので軍に戻り、ベルンシュタインと共にディナータイムに。
ベルンシュタインの案内でやって来たのは中々に高級なレストランで、ベルンシュタインは黒ビールを、秋五とラウラは『リンゴの炭酸水』を注文し、其の後コース料理が運ばれて来たのだが、その全てが実に美味しいモノだった。
前菜に『ヴルストの盛り合わせとザワークラフト』が提供され、秋五は日本では中々目にする事のないソーセージに目を奪われ、中でも『ブルースヴルスト(血のソーセージ)』には驚いていた。
『血のソーセージ』と聞くとなんとも不気味な感じがするが、実際に食べてみると『レバーの燻製』の様な感じで意外と美味であった。
スープには夏である事を考慮した『ヴィシソワーズ』が振る舞われ、サラダは『ドイッチェサラダ』が提供された――『フレンチサラダ』に似た味だが、フレンチサラダのドレッシングが油と酢と塩を混ぜたものであるのに対し、ドイッチェサラダのドレッシングは油がラード、酢がバルサミコになっているのが特徴で、フレンチサラダよりもコクが深く、そして爽やかなモノとなっていた。
そしてメインディッシュは『タルタルステーキ』だった。
ドイツ版のユッケ――歴史的にはユッケの方が『韓国版タルタルステーキ』なのだが――とも言うべき料理であり、肉を生で食べる習慣が余りない日本人にはハードルの高い料理なのだが、秋五は上に乗った卵黄をタルタルステーキと混ぜ合わせると、フォークで其れを掬って一気に口に運び込んだ、
「……焼肉屋で食べたユッケとはまた違うけど、此れは此れでとても美味しいね。タルタルステーキは僕的には全然アリだよ。」
「そうか、其れならば良かった。」
「我が国の食文化を受け入れて貰えたようで何よりだよ織斑秋五君。」
初めて食べたタルタルステーキだったが、秋五的には全然アリだったらしく、あっと言う間に平らげてもう一皿追加注文をしたくらいだったのだ――そしてメインディッシュの後のデザートは『桃とチーズのケーキ』で此れもまた美味しく頂いた。
ディナー後は、黒兎隊の宿舎に戻り、秋五とラウラは同じ部屋で寝る事になったのだが……
「ゲーム大会夜の部!別名『隊長婚約記念パーティ~黒兎隊は眠らない~』!!」
「クラリッサ……貴様待っていたな!!そして別名が長いわ!!」
其処にはクラリッサを始めとして黒兎隊のメンバーが全員集合しており、其処から本日二回目となるゲーム大会が開催されて全員で大いに盛り上がり、最終的には全員が寝落ちする結果となったのだった。
そして翌日、誰よりも早く目を覚ましたラウラは、目の前に秋五の顔があった事に驚いて混乱し、混乱した状態でまだ夢の世界に居た黒兎隊の隊員をジャイアントスウィングでぶん回した後に外に放り上げると言うトンデモナイ事をやってくれていた……放り出された隊員は無事だったので大きな問題にはならないだろう。
朝っぱらから一騒動ありはしたが、取り敢えず黒兎隊の皆と共に食堂で朝食を済ませた後に秋五は次の目的地となるイギリスに向かう便に登場する為に空港に来ており、其処にはラウラだけでなく黒兎隊の隊員全員が集まって秋五を見送ったのだった。
――――――
ドイツを発った秋五は、欧州最後の目的地であるイギリス、正式名称『北アイルランド及びグレートブリテン連合王国』の首都『ロンドン』の国際空港に到着した。
空港のターミナルビルを出ると、ロータリーには一台のリムジンが待機しており、そのリムジンの前にはセシリアが立って秋五に向かって手を振っていたいた――秋五はセシリアがリムジンで迎えに来た事に驚いたが、リムジンに乗る機会など早々無いので気持ちを切り替えて人生初となるリムジンを堪能する事にしたのだった。
リムジン内部にはオルコット家のメイドである『チェルシー・ブランケット』がお茶の準備をしておりお茶菓子も用意されているようだった――車内で本格的なお茶が出来るのもリムジンの特徴であると言えるだろう。そもそもにして車内に小型とは言えテーブルを乗せる事が出来るのだから恐るべき広さなのだ。
「まさかリムジンでお出迎えとは思わなかった……しかもメイドさんまで居るなんてね?」
「セシリアお嬢様の専属メイドのチェルシー・ブランケットでございます。織斑秋五様、以後お見知りおきを。」
「織斑秋五です。その、宜しくお願いします。」
「チェルシーの淹れるお茶は最高ですのよ秋五さん。其れではお茶の準備も出来たようですし、早速参りましょう。」
空港を出発したリムジンは『ビッグベン』や『バッキンガム宮殿』等の観光の名所を回りながらドライブをした後に、市街地から少し離れたロンドンの郊外にある墓地へとやって来た。
「セシリア、此処は?」
「この墓地に私の両親は眠っているのですわ……お母様とお父様に秋五さんの事を報告すべきですので。」
「あぁ、成程ね……だとしたら失敗したなぁ、此れなら日本から線香を持って来るべきだったよ。イギリスに献香の文化があるかどうかは知らないけど、日本人的にはお墓参りには線香は必須だからね。」
「そのお心遣いには感謝しますが、献花用の花を買っているので其れで納得して下さいまし。」
その墓地にはセリシアの両親が埋葬されており、一際大きな墓の前に来ると、セシリアは買って来ていた花を供えた。此処が両親の墓なのだろう。
映画でしか外国の墓地を知らない秋五にとっては、日本の墓地とはマルっきり異なる雰囲気に戸惑いと新鮮さを感じても居たが、オルコット家の墓の前に来るとセシリアの両親が目の前にいるように感じ、自然と背筋が伸びていた。
「四ヶ月ぶりですねお母さん、お父さん……今日は二人に報告があって来たの。
彼は織斑秋五、世界で二人しか存在していない男性IS操縦者の一人で、そして私の婚約者の男性――彼は此れまで私が出会った男性の中でもピカ一の存在であり、イギリスの代表候補生になった後で曇ってしまった私の目を覚ましてくれた恩人。
そんな彼の事を、お母さんとお父さんに紹介したかったの。」
その墓に向かって秋五の事を紹介したセシリアだったが、其の時は何時もの『お嬢様言葉』は消えており、普通の、年相応の少女の言葉遣いとなっていた。
此れには秋五も驚いて、『言葉遣いが何時もと違う……』と言ったのだが、其れに対してセシリアは『こっちが素の私なのよ秋五……お嬢様言葉は、『オルコット家の当主としての振る舞いを演出するためのモノ』だから。』と説明していた。
両親が揃って他界した事で若くしてオルコット家の当主となったセシリアは、当主としての振る舞いを考えに考え抜き、そして相手に付け入る隙を与えないようにする為に身に付けたのだが『お嬢様言葉』であり、実際に社交場にて此の話し方でオルコット家の遺産を目当てに近付いてきた輩を黙らせた事も一度や二度ではなかったのだ――だからこそ、其れをなくした姿を見せたと言うのは秋五の事を真に愛し信頼しているからだろう。
真に愛しているからこそ素の自分を知って欲しかった訳だが、秋五は少し驚きながらも、『僕はそっちのセシリアの方が好きだなぁ』と無自覚の殺し文句をブチかましてセシリアの『お嬢様言葉』を抹殺するに至っていた……愛する人に『そっちの方が良い』と言われたらもうどうしようもないのである。
お嬢様言葉が無くなったら無くなったで他のメンバーやクラスメイト達に『セシリアキャラ変えたの?』とか言われてしまうかも知れないが、其れは其れとしてでもだ。
墓参りを終えた後で訪れたのは、美術館や劇場ではなくまさかのプロレスの興行が行われているアリーナだった。
秋五との試合で女尊男卑の思考がゴッド・フェニックスされたセシリアは偶々テレビで見たプロレスに大嵌りしてしまい、すっかりプロレスファンになっており、このアリーナでは現在新日本プロレスで活躍中のイギリス人プロレスラー『ウィール・オスプレイ』が凱旋試合を行うので、見逃せなかったのだ。
まさかのプロレス観戦となったが、秋五もプロレスを生で見るのは初めてだったので此れは純粋に楽しんだ――メインイベントのオスプレイの凱旋試合は、二十五分を超える激闘の末にオスプレイが飛び付き式のDDTを決めた後に相手を立たせてからプロレスの芸術品と言われる『ジャーマンスープレックスホールド』を決めて見事にスリーカウントを奪って勝利し、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれ、セシリアもスタンディングオベーション状態だった。
プロレス観戦を終えた後は、オルコット家に向かい、秋五はセシリアの実家に到着したのだが、その大きさに圧倒された。
家は二階建てなのだが、日本の一般的な二階建ての家と比べると1.5倍程の大きさがある上に、庭の広さは東京ドームレベルで庭には人工的に作られた池と川があり、其処には様々な魚が泳いでいたのだ――日本ではこれ程の豪邸を見る機会は中々無いだろう。
「なんて言うか、凄いね?」
「此処まで大きいと管理が大変よ……チェルシー達が居なかったら、家中蜘蛛の巣だらけになっていると思うわ。」
「そうならない為に我々メイドが存在していますので。」
オルコット家に到着した時には夕食に良い時間になっていたので、即夕食の準備が行われてディナータイムとなった。
イギリスと言えば『メシマズ国』の不動の一位と言う不名誉な記録を持っているが、イギリス料理は種類が極めて少ないだけで決して不味い訳ではなく、此の日のディナーで提供された『ローストビーフ』や『フィッシュ&チップス』には秋五も満足していた。
ローストビーフは外はこんがり、中は赤みを残しながらも火が通っている見事なロゼに仕上がっており、フライドオニオンのシャリピアンソースがその味を引き立て、フィッシュ&チップスにはイギリス伝統のビネガーソースをタップリと掛けて其の美味しさを堪能したのだった。
そしてディナー後は夫々シャワーを浴び……
「秋五、其れは……」
「セシリア、其れは君だって……行くよ!」
「私も行くわ……スペードのロイヤルストレートフラーッシュ!!」
「そんなの勝てる訳ないだろぉ!!キングとエースのフルハウスなら勝てると思ったのに……」
就寝前にトランプに興じて色んなゲームを楽しんでいた。
ポーカーではセシリアが七勝三敗で圧勝したが、神経衰弱では秋五が九勝一敗と圧勝した――記憶力がモノを言う神経衰弱ならば秋五の方がセシリアよりも圧倒的に強かったようだが、運の要素が絡むポーカーでは今日はセシリアの方に運が味方をした様であった。
そして其の後も色んなゲームをして心行くまでトランプを楽しんだその後は秋五がセシリアに腕枕をする形でベッドに入り、見回りの際にその光景を見たチェルシーは笑みを浮かべ、『お嬢様の事をお願いしますね、秋五さん』と言っていた。
そして翌日、『コンチネンタル・ブレックファースト』(壮大な名前だが、パンとお茶のセットの朝食)を終えた秋五は、最後の目的地であるカナダに向かう為にロンドン国際空港に来ており、セシリアも見送りの為にやって来ていた。
「秋五、気を付けてね?オニールに宜しく。」
「うん、分かってる。セシリアも帰りは気を付けてね。今度は日本で。」
別れ際に軽くキスを交わすと、秋五はカナダ行きの便に搭乗すべくゲートを潜って行き、セシリアは其の背が見えなくなるまで其の場を動かずに居たのだった――そして同じ頃、夏月もまたオランダからカナダに向かって出発していたのであった。
夏月と秋五、嘗ての兄弟が揃うカナダでは、何が待っているのか……其れは、神と運命と束以外には分からない事だろう。
To Be Continued 
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