更識家の広間の床をぶち抜いて現れたのは、ISの生みの親にして稀代の天才で天災、最強で最凶で最狂な、自称『正義のマッドサイエンティスト』である篠ノ之束であった。
まさかの展開に、楯無も凪咲も、刀奈と簪も目が点になっていたのだが、夏月だけはそうではなかった。
「床下から登場とは、意表を突いた登場をしてくれますね束さん?だけど、何人様の家の床ぶち抜いてんだアンタはぁ!!」
音もなく束に近付くと、一瞬で背後を取りジャーマンスープレックス一閃。
高角度かつ非常に綺麗なブリッジで放たれたジャーマンスープレックスは一種の芸術品と言っても過言ではないだろう――織斑一夏だった頃からブリッジを得意としており、ジャーマンスープレックスも得意技ではあったのだが、一夜夏月として更識家で暮らすようになった事で本来の力が解放されジャーマンスープレックスにも更なる磨きが掛かったようである。
「おぉう、此れはまた見事なジャーマンだねぇかっ君?束さんじゃなかったら完全にKOされてる所だよ。
それと、床ぶち抜いただけじゃなくて、お屋敷の300m先から地下掘り進んで此処までやって来ました!其れと床はぶち抜いたけど、畳は壊してないから無問題!」
「充分問題だよ!!」
「ヘブし!!」
其れを喰らっても更にトンデモナイ事を言った束に対し、夏月は起き上がりジャーマンの要領で起き上がるとアルゼンチンバックブリーカーを極めた後にデスバレーボムで投げ、追撃のフラッシュエルボーを叩き込む。
実に見事な、流れるような連続技に流石の束もKOされ、その場に伸びてしまった……4ヒットの連続技でKOと言うのは、格闘ゲームだったら間違いなく顰蹙を買うレベルの壊れ性能だろう。
「夏月君、この人は?篠ノ之束って名乗ってたけど、若しかして……」
「若しかしなくても、この人こそISの生みの親である篠ノ之束だよ刀奈さん。
頭脳レベルは間違いなく人類史上最強で身体能力も割と人外レベルなんだけど、其れ以外は色々と残念な人だ……つーか、何で地下掘り進んで来たんだよ?普通に玄関から来ればよくないか?」
「……天才の感性は、一般人には理解出来ない。」
「簪、其れ言ったらもう何も言えないって。」
夏月にKOされた束を見て、刀奈も簪も思うところがあり、楯無と凪咲も『彼女が篠ノ之束……』と言った感じで束を見ていたのだが、此のままでは埒が明かないと判断した夏月が、束に喝を入れて強制的に覚醒させた。
夏月は師である劉韻から喝の入れ方も学んでいたので、安全かつ効果的な喝を入れる事が出来るのである。(尚、素人が喝を入れるのは非常に危険なので、読者諸氏は絶対に真似をしないように。)
「そんで束さん、何だって此処に来たんですか?」
「ん~っと、其れはねぇ……」
――ぐ~~~~~……!
喝を入れられて目を覚ました束に対し、夏月は此処に来た理由を尋ねたが、其れに答えるよりも早く束の腹が見事な轟音を奏でてくれた。腹の虫は大分限界に達している事の証だろう。
「束さん、ちゃんと飯食ってます?」
「え~~っと……そう言えば此処三日ほど、穴掘るのに夢中で碌に食事してなかったっけか?エナドリ飲んでたから大丈夫だと思ってたけど、ダメだったみたいだね此れは♪」
「三日間エナドリだけって、死にますよ!?」
「因みにモンエナだよん♪」
「うん、普通に致死量。」
「……束さん、取り敢えず飯食いましょうか?詳しい話は其れからです。」
なので、詳しい話を聞く前にまずは束の腹を満たす事になったのだった……最強で最凶で最狂な天才で天災であっても、空腹と言う人としての基本的な欲求を完全に制御する事は出来なかったみたいであるな。
夏の月が進む世界 Episode3
『最強で最凶にして最狂の天才で天災の降臨!』
夏月特製の『冷麺風冷やしそうめん』を束は瞬く間に五人前平らげて、すっかり腹は満たされた様だった……その食べっぷりは凄まじく、夏月だけでなく更識家の面々も、『一体ドレだけの期間真面な食事をしていないんだ?』と思う程だった。
「ごちそーさま!相変わらずかっ君は料理の天才だね!
夏の定番の冷やしそうめんを、冷たいつけ汁につけて食べるだけじゃなく冷麺風に仕上げるとは実に見事!ミシュランに変わって、束さんが五つ星の評価を……いや、最高評価である八つ星の評価をしちゃうよ!」
「八つ星って、遊戯王じゃないんですから。
そんで、マジで如何したんですか束さん?」
「んっとね、先ずはかっ君に会いに来たんだよ。
スーちゃんに『誘拐された織斑一夏を救出して欲しい』って匿名で依頼したんだけど、スーちゃんからは『依頼達成』の連絡があっただけで、いっ君が如何なったのかは全然分からなかったんだよ。スーちゃんも『依頼達成』の連絡があった後で全然連絡付かなくなっちゃってるし!!
んでもって、独自に調べた結果、いっ君はかっ君になって更識家で暮らしてる事を突き止めたので突撃してみたって訳さ!!」
「俺を助け出して、依頼達成の報告した後でスマホを機種変してアドレスも変えたんだろうなきっと……人とあまり関わりたくないって事か亡国機業の人間的には。」
束は如何やら夏月に会いに来たらしかった。
同時に、スコールに匿名で『織斑一夏の救出』を頼んだのも束だったらしい……誰よりも早く『織斑一夏が誘拐された』と言う情報を得た束は、誘拐犯の粛正に向かっていたスコールに匿名で依頼をしていたのだ。
だが、スコールからは『依頼達成』との報告しか受けておらず、その報告の後でスコールは自らのスマホを機種変更してアドレスを変えていたので束には連絡手段がなく、一夏が如何なったのかは分からなかったので、独自に調べた結果、『織斑一夏』は『一夜夏月』となって更識家に身を寄せている事を知って更識家に突撃してた、と言う事である様だ。アドレスの変更だけならば未だしも、使用しているスマートフォン其の物を変更されてしまうとスコール個人を特定するのは難しかったのだろう。
「織斑一夏?彼は、一夜夏月ではないの?」
「其れ、如何言う事?」
だが、束が言った事は刀奈と簪には初耳の事であった。
夏月が嘗て更識のエージェントであったスコールの養子であると言う事は父である楯無から聞いてはいたが、夏月の本当の名が『織斑一夏』だと言う事は聞かされて居なかったのである。
楯無も、夏月の正体を刀奈と簪に明かす心算はなかったのだが、束によって暴露されてしまっては隠す事は不可能だと思い、夏月の正体は『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬の弟である事を告げた。
自分の正体がバレてしまった夏月は、また千冬と比べられてしまうのではないかと危惧した……更識家で暮らすようになってから、誰も夏月の事を否定せず、努力している事も認めてくれたが、其れはあくまでも『一夜夏月』に対しての評価であり、『織斑千冬の弟』と言う事が露呈したら、どんな事を言われるのかを夏月は少し恐れたのだ。
徹底的に無視して、気にしないようにしていたとは言え、周囲から『織斑家の出来損ない』と言う、不当かつ不条理な評価を受けて来た夏月にとって、他者からの評価と言うのは嫌でも意識せざるを得ないモノになっていたのだ。其れも、夏月自身が理解していない深層心理でだ。
「そう、夏月君はあのブリュンヒルデの弟だったのね……でも、其れが何?夏月君は夏月君でしょう?決して、ブリュンヒルデの弟と言うだけではないし、今の貴方は『織斑一夏』ではなく、『一夜夏月』なのでしょう?
夏月君は、夏月君。ブリュンヒルデの弟ではないわ。」
「夏月は夏月で、織斑千冬と同じじゃない……私とお姉ちゃんは姉妹だけど違う、夏月が教えてくれた事だよ。」
だが、刀奈も簪も夏月の正体を知っても、千冬と比べるような事はせずに、『夏月は夏月』だと言って、夏月自身を受け入れてくれた――スコールが夏月を更識に預けたのは最上の選択だったみたいである。
刀奈と簪の言葉を聞いた夏月は、一言『ありがとう』と告げると、再び束と向き合う。
「俺の無事を確認したいってのは嘘じゃないんだろうけど、其れだけが目的で此処に来た訳じゃないよな束さん?と言うかその程度の事なら、此の家の電話番号調べて電話して、俺に代わって貰えば良いだけの事なんだから。
束さん、俺の無事を確認する以外の別の目的があるんじゃないのか?」
「ムムム、其処まで読むとは見事だねかっ君?
でも其処まで分かってるなら出し惜しみする必要はないか……実はね、かっ君はISを動かす事が出来るんだな此れが!私は其れを伝える為に、本日此処に現われたって言う訳さ!」
夏月の問いに対して答えた束の回答は見事なまでにぶっ飛んでいた。
現行では女性にしか起動できないISを、男性である夏月が起動出来ると言うのは、其れこそトンデモナイビッグニュースであり、一部の女尊男卑の思考を持っている勘違い女性に対しては核弾頭レベルの衝撃となるだろう。
「俺がISを扱えるって、其れは流石にないでしょ束さん?だって、俺は正真正銘男なんだから。
……もしかして束さん、夜な夜な深夜に俺の部屋に忍び込んで分からないように俺を改造したとか、そう言う事ですか?今の俺は身体は男でも、遺伝子的には女になってるとか。」
「夏月がまさかの性転換?……この場合は後天的な性同一性障害になるのかな?」
「身体は男、心も男、でも遺伝子的には女……此れは中々に難しい問題だわ。
でも、篠ノ之束博士と言えばISの生みの親……その博士が、『ISは女性にしか動かせない』理由を見つけて、其れが夏月君がISを動かせると言う事に至ったのだとしたら有り得ない話ではないと思うのよね。」
「うむ、刀奈の言う可能性も無きにしも非ずだな。其れがもしも本当だとしたら、トンデモナイ事になりかねないからね。」
「篠ノ之博士、詳しい事を聞かせて頂いても宜しいかしら?」
束の爆弾発言に対し反応は夫々だったが、もしも夏月がISを動かせると言う事が真実であるのならば、其れは最早世界の常識を覆しかねない……最悪の場合は夏月の存在を巡って国家間での争奪戦が勃発する事態も考えられるのだ。
なので先ずは束の話を聞いた上で対応すべき、少なくとも楯無はそう考えているだろう。
「勿論だよ、其の為に来た訳だしね。
先ず結論から言っちゃうと、かっ君がISを動かす事が出来るって言うのは嘘でも冗談でもなく本当の事。何故かって言うと、其れはかっ君が織斑千冬の弟だからって事になるんだ。だから同じ理由でしゅー君もISを動かす事が出来るんだよね。」
「俺が、アイツの弟だからだって?」
「うん、かっ君が織斑千冬の弟だから。
私もさ、何でISは女性にしか動かす事が出来ないのか、その原因をずっと探ってたんだけど、ISが一体如何言った基準でパイロットを選んでいるかを調べてみたら驚きの事実が判明したんだよね~~。
何とISは、世界初のIS操縦者である織斑千冬を自らの操縦者と認定し、全てのISコアは『織斑千冬本人、或は織斑千冬と酷似した存在』をIS操縦者として認識してるんだよ。
だから現行のISは女性しか、より正確に言うなら『IS適性の高い女性にしか動かす事が出来ない』って言う状態になってるんだ……『IS適性の高い女性』ってのは確かに『織斑千冬と酷似した存在』ではあるからね。
でも、そう言う事なら『IS適性が高い女性』以上に織斑千冬に酷似した存在は存在してる……そう、弟であるかっ君としゅー君は充分にIS操縦者となる資格があるんだよ。姉弟って言う関係は、IS適性が高いだけの真っ赤な他人の女性よりも織斑千冬に近い存在である訳だからね。」
本日二発目の核弾頭投下。
『ISは女性にしか動かせない』と言う理由のまさかの真実……同時に其れは、世の女性全てがISを動かす事が出来る訳でなく、最低でもIS適性が『C』でなければ動かす事が出来ない事の理由にもなっていた。
そして、その理由であれば確かに血を分けた弟である夏月と秋五がISを動かす事が出来るとしても決してオカシイ事ではないだろう。千冬の弟であれば、世の女性よりも千冬に酷似した存在――乱暴な事を言えば、遺伝子構造の僅かな差は有れど略同じで、決定的に違うのは男性か女性かと言う事なのだから。
「成程、其れなら確かに理屈は通ってるが……束さん、織斑千冬が世界初のIS操縦者ってのは如何言う事だ?もしかして、『白騎士』を操縦してたのはアイツだったってのか?」
束の言っている事は理解出来たし、一応の理屈は通っているとその場にいた全員が思ったが、夏月には其れ以上に聞き逃せない事があった。『織斑千冬が世界初のIS操縦者』だと言う事だ。
束が学界に発表するも、一度は『子供の机上の空論』と一蹴されたISだが、その圧倒的な性能を世界に見せ付けてISを認めさせたのが世に言う『白騎士事件』であり、この時の白騎士の操縦者こそが世界初のIS操縦者になるのだが、其れが実は千冬だったと言うのは、『元』弟としては聞き捨てならない事だろう。
「其の通りだよかっ君。良い機会だから、白騎士事件の真相も話しておこうか?
世間では、白騎士事件は束さんがISの存在を認めさせる為に行ったマッチポンプだって言われてるけどそうじゃない。あの日、日本に対して発射されたミサイルはロスケ、チョンコロ、チャンチャン坊主(ロシア人、朝鮮人、中国人の意。)の政府公認のハッカーが軍事施設のミサイルシステムをハッキングして発射されたモノだったんだよ。
数千発のミサイルを、日本の防空システムで撃ち落とすのは不可能だし、当時日本と合同軍事演習を行ってたアメリカのイージス艦の力を借りても全弾迎撃するってのは無理だった……だから束さんは、白騎士を使ってミサイルを迎撃する事にしたんだよ。ISなら其れが可能だったから。
でも、当時白騎士を操縦出来るのは織斑千冬しかいなかったから、アイツにミサイルの迎撃を頼んだんだけど……全てのミサイルを迎撃した後、アイツは近隣海域に展開してた自衛隊の空母や、アメリカ軍のイージス艦を白騎士を使って破壊した。まるで自分の力を誇示するかの様に。その結果、ISは現行兵器を遥かに凌駕する兵器として認知されるようになっちゃったんだよ。
んで、さっき言った『全てのISコアは織斑千冬本人、或は織斑千冬と酷似した存在をIS操縦者として認識してる』って言うのも、現行のISのISコアは白騎士のコアをコピーして作ったモノだからなんだよ。
だから厳密に言えば、一から全く新しいISコアを作れば男性でも操縦出来るISを作れるかもなんだけど、ぶっちゃけ白騎士のコアのコピーの方が新しく作るよりも断然高性能なんだよね~~……私も今から新しいコア作る事は出来ないし。コピーじゃないオリジナルコアを作るための材料もないからね。」
「そう言えばISコアの材料って何なんだ?」
「コピーじゃないオリジナルのコアの材料は、篠ノ之神社の祠の御神体の中にあった石。調べた結果、大昔日本に落ちた隕石だったんだけどね。
流石に早々簡単に隕石なんて手に入らないっしょ?だから作らないし作れないんだよ。ちょっと話がずれたけど、以上が白騎士事件の真相だね。」
三発目の核弾頭投下。
白騎士事件のまさかの真実だったが、其れを聞いた夏月……いや、夏月だけでなく刀奈と簪、そして楯無と凪咲も己の怒りが沸々と沸き上がって来る事を実感していた。
束の言った事が真実であるとするならば、千冬は己の意思でマッタク関係の無い人達の命を危険に晒し、或は命を奪っていたのだから……此れは人として決して許して良いモノではないだろう。
「白騎士のコアには当時のログが残ってるだろうから、束さんが言ってる事は本当なんだろうな……ったく、笑い話にもならないぜ。俺と秋五に真剣を握らせて、『其れが人の命の重さだ』とか偉そうに言った奴が、実は簡単に人の命を奪う行為をしてたって訳だ。
マジで最悪だ。『織斑一夏』を殺して、『一夜夏月』になったのは間違いじゃなかった。アイツとアレ以上いたら、きっと碌な未来は待ってなかったって、束さんの話を聞いて確信したからな。」
「世界最強のブリュンヒルデは、冷血のティーシポネーだったと言う訳ね……唾棄すべき存在と言うモノを、初めて知った気がするわ。」
「織斑千冬……世界を悪い方向に変えた大罪人だね。」
「其れが白騎士事件の真相か……ミサイル迎撃後の蛮行は、全て織斑千冬の独断だったと言う訳か。――とは言え、この事実を日本政府に伝えたところで何の意味もないだろう。
織斑千冬は、今や日本が世界に誇る一種のブランドと化しているから、彼女に関する負の情報は全て揉み消されてしまうだろうからね。」
白騎士事件の真相を知った夏月は、より千冬への嫌悪感が増したようだ。
己の努力を決して認めず、そして自分の命よりも大会二連覇の名誉を優先した千冬の事は、もう姉とも思っていなかったが、白騎士事件の真相を知った事で更に千冬の事が嫌いになった様であり、刀奈と簪も千冬への嫌悪感を抱いている様だった。
「まぁ、其れは其れとして、俺がISを動かせるって言う理由は納得出来たんだけど、秋五にもそれを伝えるのか束さん?」
「いんや、しゅー君には伝えない。
今しゅー君に其れを伝えたら織斑千冬にも其れが伝わる可能性があるし、アイツがしゅー君がISを動かせるって事を知ったら間違いなく大々的に発表するだろうからね……其れがどんな結果になるかも考えずにね。
だから、此の事はかっ君が中学を卒業するまでは秘密にして、中学を卒業したら公表する心算だよ。中学を卒業するタイミングなら、IS学園に強制入学する事になるけど、IS学園に居れば他国の干渉は受けないから少なくともかっ君争奪戦は起きるにしても比較的平和なモノになるだろうからね。」
「俺がIS学園に……って事は、秋五も?」
「まぁ、そうなるだろうね。
世界初の男性IS操縦者が現れたとなれば、世界中で男性のIS起動テストが行われるのは必至って言えるもん。そんでもって、しゅー君はIS起動してIS学園に入学する事になるよ。」
白騎士事件の真相を話した後、束は夏月が中学を卒業するタイミングで『一夜夏月は男性でありながらISを起動出来る』と言う事実を公表し、夏月をIS学園に入学させる心算であるようだ。
確かに中学卒業のタイミングならば其のままIS学園に入学する事になる上に、中学卒業からIS学園入学までの期間は短いのでトラブルに巻き込まれる可能性も低くなるのだから、今の段階で何処かで偶然ISを起動して大騒ぎになるよりもずっとマシな方法である。
まして、此れから一生夏月がISを起動出来る事を隠して生きて行く事は到底不可能なのだから、公表した上でIS学園に入学した方が夏月の身の安全もある程度保証されると言う訳だ。其れに関しては、夏月の後に『二人目』として発表される事になるであろう秋五にも言える事だが。
「それと、其処の青髪ガールズ……えっと、名前何て言ったっけか?」
「青髪ガールズって……間違いないけれど。コホン、更識刀奈と申しますわ篠ノ之束博士。以後お見知りおきを。」
「更識簪、です。」
「刀奈と簪……なら、かたちゃんとかんちゃんだね!
でさ、かたちゃんもかんちゃんもISの訓練してて、かたちゃんの方は夏休み前に日本の国家代表候補生になってたよね?別に誰が代表候補生になろうとも束さんには関係ないと思ってたんだけど、珍しい青髪だからちょっと印象に残ってたんだ。
でもって、かんちゃんの方もかたちゃんにはまだ及ばないけど他の訓練生と比べたら実力は頭一つ抜きん出てるし、遠距離攻撃に限定すればかたちゃん以上。
なので、二人にはかっ君にISの訓練を付けて欲しいんだよね。其れからISに関する知識も色々と。」
「「「はい?」」」
「うむ、そう来たか。」
「急展開の連続ですね、アナタ♪」
爆弾四発目。
実は更識姉妹は、刀奈が『A+』、簪が『A』と姉妹揃って極めて高いIS適性を有しており、『IS操縦者訓練生』としての訓練を受けていて、刀奈の方は夏休み前に『日本の国家代表候補生』になっていたのである。尚、若干十四歳で代表候補生になると言うのは日本における此れ迄の最年少記録である織斑千冬の十八歳四カ月を大幅に更新した事にもなっていたりする。
そして簪もまた、他の訓練生と比べると頭一つ抜きん出た実力を持っており、近い内に代表候補生に昇格するのではないかと言われている、正に日本が世界に誇っても良い『IS操縦者姉妹』であり、其の二人に夏月のIS訓練を頼むと言うのも、爆弾発言ではあるが理に適っていると言えるだろう。
更に刀奈と簪が更識の娘であると言う事も大きいと言える。
更識は其の存在の特殊性故に、外部に対しての情報統制がキッチリとされており、少なくとも更識家内部で夏月のIS訓練をする分には外部に夏月の事が漏れる事は無いと言えるからだ。仮に外部に情報を漏らそうとする輩が居たとしても、そんな輩は即楯無に察知され、死なないけど地獄を見る拷問(生爪剥がし、手の平に五寸釘を打って其処に蠟燭を立てて火を点ける、頭部の棘は無く身体部分の棘は内蔵に達しない長さに調整された『アイアンメイデン』等々)が行われた上でベーリング海峡でのカニ漁船送りになるので問題無しなのだ。
「私と簪ちゃんが夏月君のIS訓練を……ですが束博士、訓練と言っても私も簪ちゃんもそして夏月君もISは持っていませんわ。其れに、幾らこの屋敷が広いと言ってもISの訓練をするには流石に狭すぎると思います。」
「フッフッフ、私を誰だと思ってんだいかたちゃんや?
私はISの生みの親である束さんだよ?かっ君とかたちゃんとかんちゃんの訓練用のISも、訓練用の地下アリーナを屋敷の敷地内に作るのも、三徹すれば余裕のよっちゃんイカってなもんだよ!三徹した後は三十時間眠るけどね♪」
「寝溜めって出来るモノなんだ。」
「束さんだから出来る事だ。普通は絶対に出来ねぇからな?」
更に束は夏月と刀奈と簪の訓練用のISを作り、更識の屋敷の敷地内の地下に訓練用のアリーナを作るとまで言い出した……普通ならば、少なくとも後者は許可出来ないモノなのだが、話を聞いた楯無は『ふむ、そう言う事ならばお願いしても良いかな?』と束の提案を受け入れた。
刀奈と簪が自由にISの訓練が出来ると言うメリットも然る事ながら、矢張り夏月がISの訓練を出来ると言うのが大きかったのだろう。如何にISを起動する事が出来ると言っても、今の夏月はISに関しては全くの素人なので、IS学園に入学する前にある程度の実力は付けておくに越した事はないと判断したのだ。
「そんじゃ、OKって事だね。
其れから、かっ君の専用機だけじゃなくてかたちゃんとかんちゃんの専用機も考えないとだけど、此れは皆の訓練でパーソナルデータが得られてからだね。箒ちゃんは此れから次第だけど、鈴ちゃんと乱ちゃん、それからローちゃんにも専用機を作らないとだね。」
「ちょっと待って束さん、俺と刀奈さんと簪の専用機ってだけでも驚きなんだけど、何だって鈴と乱にも?其れとローちゃんってのは若しかしなくてもロランの事か?其れと箒には作ってやらないのか?」
「うん、そうだよ?
鈴ちゃんは中国に帰国後にISの訓練を始めたし、乱ちゃんはいっ君のお葬式が済んだ後で台湾に帰国してISの訓練をしてる。ローちゃんもISの適性検査を受けて見事に『A』の判定を受けて、劇団で女優業の傍らでISの訓練を受けてるんだよ。
鈴ちゃんと乱ちゃんはかっ君の味方だったから束さんも目を掛けてたし、ローちゃんも色々と調べてみたら実はかっ君が女優として歩み始めた彼女の最初のファンだったって事を知っちゃったんだよね~~?かっ君が最初のファンとなった彼女に束さん特製の専用機を送らないと言う選択肢があるだろうか?否無い!断じて有り得ない!なので、鈴ちゃんと乱ちゃんとローちゃんには、もっと正確に言うならば、中国と台湾とオランダには、『Dr.T』の名で、鈴ちゃんと乱ちゃんとローちゃんの専用機を贈る心算。中国にだけは、『凰鈴音以外に此の機体を譲渡した場合、ISコアがオーバーフローを起こして水爆の数倍の大爆発を起こして、大陸は焦土になる』って脅し文句付きだけど。
其れと箒ちゃんに関しては、今の箒ちゃんは全然マッタクISとは無縁の生活をしてるから専用機は今は作らない。私の妹って事で強制的にIS学園に行く事になると思うから、IS学園入学後の箒ちゃんがISとどう関わって行くのか、専用機は其れを見てからだね。」
挙げ句の果てには、夏月と更識姉妹、更には鈴と乱とロランの専用機まで作ると言う始末……如何して夏月とロランが知り合いだった事を、スコールと連絡が取れなくなった束が知っていたのかと言うと、偶々世界中の監視カメラをハッキングしていた時に、ロランの初舞台の劇場の監視カメラの過去映像に、観客席にいる夏月を見付け、其処からロランの事を色々と調べ上げたからだった。
そして、夏月がロランの最初のファンだと言う事を知り、ロランも夏月には好印象を持っているらしいと知った束は、ロランが高いIS適性を有していて、ISの訓練を行っている事を知って彼女の専用機を作る事を決めたらしい。……その一方で、中国に対して確りと釘を刺す心算で居るのが束らしいが。
また、妹の箒に関しては強制的に入学させられるであろうIS学園での過ごし方を見てから専用機を作るか否かを決めるらしい。
「束さん、如何して其処までするんですか?」
「かっ君の事が大事だから、かな。
織斑千冬がかっ君に不当な評価を下していた事で、かっ君は普通ならグレてもおかしくない状態にあったんだけど、其れでもかっ君がグレずに済んだのは、箒ちゃんと箒ちゃんが転校した後の鈴ちゃんと乱ちゃんの存在が大きいと思うんだ。勿論、だっ君と妹ちゃんもね。そして、かっ君がオランダで出会ったローちゃん、そして日本に戻って来て出会ったかたちゃんとかんちゃんもかっ君にとっては大きな存在だからね。
だから、私が認めたかっ君の仲間には相応の力を与えようと思った、只それだけだよ。」
だが、束は伊達や酔狂で夏月と更識姉妹、鈴と乱、そしてロランの専用機の制作を考えた訳ではなく、更識姉妹、鈴と乱、ロランは夏月の味方なので夏月と並び立つに相応しいと判断して専用機を作る事を決めたのだ。
世紀の天才にして天災に認められるとは、更識姉妹と鈴と乱、ロランは相当なモノだと言っても過言ではあるまい。
「時に束さん、今どこで暮らしてんの?確か白騎士事件以降、世界的に指名手配されてなかったか?」
「其の通り!現在束さんは、住所不定で世界中を転々としているのだよ!でも、世界中を転々とするのにも疲れて来たから……楯無ちゃんや、私を更識家に置いてくれないかな?」
「うん、構わないよ。」
「お父様決断はっや!」
「そして軽い。」
「楯無さんと束さん、実は同類だったみたいだな。」
「あらあら♪」
そして、本日最後の爆弾として、束が更識家で暮らす事が確定した。束の申し出をアッサリと受け入れた楯無も大概ではあるが、兎も角此れで束の身の安全も保障されたと言えるだろう。日本の暗部である更識は、日本政府にすら秘匿している情報があるので、更識家に居る限り束の存在が世界に露呈する事はないのだ。
この日から三日後には、夏月と更識姉妹の訓練用の機体と地下の訓練用アリーナが完成し、夏月は更識姉妹とISの訓練を始め、同時にISに関しての知識も学ぶ事になったのだが、訓練を始めて一週間で夏月は刀奈と互角のISバトルが出来るまでに急成長して、束ですら驚かせる結果となった。
加えて、更識の暗部としての訓練では、銃器の扱いも略マスターしたと言うのだから驚くなと言うのが無理だろう。
「(織斑のイリーガル……夏月君は、如何やら君の言った通りだったみたいだな時雨……)」
夏月の急成長を見た楯無は、スコールが夏月を更識家に預ける際に楯無に耳打ちした『彼は織斑のイリーガル』と言う事を理解していた……織斑のイリーガル、其れが何であるのかは未だに謎ではあるが夏月の急成長と無関係な事でないのは間違い無いだろう。
其れは其れとして、夏月の急成長に呼応する形で刀奈と簪の実力も底上げされ、夏休みが終わる頃には刀奈に簪続いて日本の国家代表候補生に昇格し『美少女姉妹代表候補生』として少しばかり注目される事になったのだった。
――――――
そんな充実した夏休みも終わり、二学期の始まりだ。
二学期の始まりと同時に夏月は更識姉妹が通っている中学校に転校生として通う事が決まっており、二学期の初日に夏月は校長室を訪れて校長と挨拶をした後に担任教師と共に自分が此れから過ごす事になるクラスに移動。
担任と共にクラスに入ると、『誰?』、『転校生?』、『てか、顔の傷凄くね?』と言ったざわめきが起きたが、夏月は気にする事なくクラスを見渡すと、後ろの席に簪の姿を見付けて手を振り、簪も其れに応えて手を振る。……其れだけでもクラス全体が大騒ぎになる事態なのだが、二学期早々の転校生と言うまさかの展開に、夏月と簪以外の生徒は夏月と簪の遣り取りにマッタク持って気付いていなかったのである。
「はいはい、静かに!
二学期始まって早々だけど、今日は転校生を紹介するわ。さ、自己紹介して。」
「ウッス!
隣町の藤崎第一中学校から転校して来た一夜夏月です。趣味は料理、特技は剣術と空手と柔道とクレー射撃です。此れから、どうぞ宜しくお願いします。」
そして、自己紹介で夏月はぶっちゃけた。
趣味が料理で、特技が剣術と空手と柔道までは良いのだが、クレー射撃と言うのは流石に中学生の特技の範囲を超えているので、簪以外の生徒は驚きの声を上げて、その声量で教室の窓ガラスが粉砕!玉砕!!大喝采!!!されてしまうのではないかと思う程のモノだった。
因みに夏月は剣術は篠ノ之流の免許皆伝で、空手は三段、柔道二段の黒帯だったりする。クレー射撃に関してもプロ並みとは行かないが、十回中七回は的に当てる位の腕前だ。
此れだけ凄い転校生だと、敬遠されそうなモノだが、夏月が転入したクラスは満場の拍手をもって夏月を迎え入れてくれた……簪が真っ先に拍手したと言うのも大きいかも知れないが、少なくともこのクラスは夏月の事を受け入れた、其れは間違い無いだろう。
休み時間には転校生のお決まりとも言える『質問攻め』にあい、当然顔の傷についても聞かれたのだが『空手の修業中に野性の熊に襲われて……』と、先ずは冗談を言った後で、『小学校の時に、転校生を虐めてる奴等をブッ飛ばしてやったら、其の内の一人が図工で使う彫刻刀で斬りかかって来たんだけど、直前で躓いたモンだから攻撃の軌道が変わって避け切れずにザックリと。』と、鈴を助けた時の事を脚色しまくって伝えた。
其の答えにクラスメイト達は驚いていたが、『因みに虐められてた子は中国からの転校生で、日本語に不慣れな事を虐められてたんだけど、この一件以降同じ様な虐めをして来た奴等に対して、『ならアンタ達ハ、中国ニ行ッテイキナリ中国語シャベレルノカ!』って言って反撃するようになった……いやぁ、アレは見事なカンフーだった』と付け加えると、クラスメイトからは『なんだそりゃ?』、『虐められっ子は実はブルース・リーかジャッキー・チェンだった訳ね。』と笑いが沸き起こった。
そんな中で、簪が『夏月は私の家で暮らしてるんだよ』と核爆弾を投下し、クラスメイト達から如何言う関係なのかを問いただされる場面もあったが、『親が海外赴任になって、知り合いの家に俺を預けただけだから!』と言って切り抜けた。
因みに、刀奈も刀奈で『今日一年に転校して来た一夜夏月君は私の家で暮らしているのよ♪』と爆弾投下をした事で、次の休み時間は刀奈のファンである二年生の男子に質問攻めにされる事になるのであった。
そして、その日の放課後に、夏月は『空手部』への入部届を出し、其れは即日受理されて夏月は目出度く空手部の一員となった――本当は剣道部に入部しようと思っていたのだが、『他校との練習試合の時に秋五と再会したら面倒な事になる』と考えて空手部を選んだ訳だ。
この学校は、『柔道場』、『剣道場』、『空手道場』と分かれているため部活が違えば鉢合わせる事は略ないのである。
其れは兎も角として、二学期が始まった此の時から一夜夏月の本当の人生が始まった、そう言っても過言ではないだろう……授業に部活、ISの訓練を行っている夏月の表情はとても満ち足りたモノだったのだから。
だが、此処からが一夜夏月にとってのスタートラインなのである……『織斑』であった時には絶対に味わう事の出来なかった、此の充実した時間こそが、ね。
To Be Continued 
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