クラス代表決定戦のセミファイナルとなるロラン対セシリアの試合は、試合開始と同時にセシリアがBT兵器を展開し、ロランが本体に攻撃する状態となったが、ロランの轟龍での攻撃をセシリアはスターライトMk.Ⅱで見事に防いでいた。
「ビットを展開している時は、君自身は動けないと思っていたのだけれど、其れは間違いだったかな?」
「間違いではありませんわローランディフィルネィさん。
確かに私はティアーズを操作している間は動く事が出来ませんが、ティアーズを展開しただけならば普通に動く事は出来ましてよ?……とは言え、この踏み込みの速さは流石ですわね?
本来ならばティアーズの攻撃を仕掛けている所でしたが……」
「ビットの本領は多角的攻撃による空間制圧だからね。
本体とビットは同時に動かせないのであれば、仮にビットを展開されたとしても本体が動かざるを得ない状況にしてしまえば恐れるモノじゃない……此のまま張り付かせて貰うよ!」
見事にロランの攻撃を防いだセシリアだったが、『使える』程度の銃剣術ではロランの轟龍による激しい攻撃を全て防ぐ事は出来ず、少しずつ被弾するようになるモノの、攻撃が当たっているのが装甲部分なのでシールドエネルギーにはまだ影響は出ていない。
だが、この状態が長く続けば何れ押し切られてジリ貧になるのは間違いないだろう……しかし、そんな状況であってもセシリアの目は真っ直ぐロランを見据えて闘志も消えてはいなかった。
「(此の状況でも闘志が消える事がないとは、織斑君との試合で覚醒した……いや、本来の彼女に戻ったと言うべきか。
だけどこの状況でどの様な逆転の一手を考えているのか?近接戦闘では私の方がずっと上であり、切り札のビットは展開こそすれ操作する事は出来ないと言うのに……この至近距離でミサイルビットを使って距離を取ると言う方法もあるけれど、其れは自分もダメージを受ける危険性があるから考え辛い。
……そう言えば夏月との試合でも、織斑君との試合でも初撃はライフルによる攻撃で相手を近付けさせないようにしてからビットを展開していた筈なのに、この試合では最初からビットを展開して来たね?つまり自分の間合いを作る事よりもビットの展開を優先した。自分が動いている間はビット操作が出来ないにも関わらず。
操作出来ないビットの展開、不得手な近距離戦……圧倒的に不利な状況でも闘志を失わない……まさか!)」
そんなセシリアを見たロランは、今の状況を冷静に分析すると何かに気付き、突如セシリアから距離を取る――直後、四本のレーザーがセシリアの前で交錯した。
もしも距離を取っていなかったら、ロランはレーザーの十字射撃を喰らっていた事だろう。
「あらあら残念。あのまま私を攻撃して下さっていたらティアーズの十字射撃を御馳走して差し上げましたのに……流石は国家代表、見事な勝負勘ですわね?」
「己の危機察知能力の高さに驚いているよ……だけどまさかビットからの攻撃が来るとは予想外だった。君自身が動いている時は、ビットを操作出来ないと言うのは矢張りブラフだったのかな?」
「いいえ、私自身が動いている間はティアーズを本来の様に複雑で多角的な操作を行う事は出来ませんが……既に空間に展開したティアーズからレーザーを放ったり、銃口の向きを変える事位ならば頑張れば何とか出来ますわ。
ティアーズの本領である多角的空間制圧攻撃に比べれば単純ですが、私からの攻撃だけでなく、何時放たれるか分からない十字射撃の事も頭に入れておかなければならないと言うのは中々に厳しいのではなくて?」
「成程ね……複雑な操作は出来ないが単純な操作ならば其れなりに出来ると言う訳か。
……ふふ、そう来なくては面白くないよオルコットさん!さぁ、私達の舞台をもっともっと盛り上げて行こうじゃないか!オーディエンスが求めているのは、熱く激しいISバトルなのだからね!」
「では華麗に踊って頂きましょう。私とブルー・ティアーズが奏でるワルツで!」
「其れは魅力的な提案だが、私はダンサーではなく女優なのでね、ワルツよりもオペラの方が得意かな!」
セシリアがまさかの切り札を切って来たが、其れに対してロランは『自身の最終戦の相手として申し分ない』と考えると轟龍を拡張領域に収納し、代わりに右手にビームトマホーク『断龍』を、左手にビームライフル『火龍』を装備した『高機動中距離型』にシフトしてセシリアと対峙する。
セシリアもインターセプターをコールして展開すると、其れをスターライトMk.Ⅱの先に取り付けて本格的な銃剣術用のライフルに換装する……クラス代表決定戦のセミファイナルは可成りの好勝負が期待出来そうだ。
夏の月が進む世界 Episode12
『Zusammenstoß von wahrem Genie und Anstrengung』
実力では勝るロランに対し、セシリアは今の自分に出来る事を全て駆使して来た事で試合は略互角の展開となっていた。
距離が離れている状態ではロランは火龍で、セシリアはスターライトMk.Ⅱで射撃戦を行い、その合間に放たれるBT兵器からの十字射撃をロランは『お前、絶対に未来予知出来てるだろ?』と思う程の鋭い勘で回避し、そしてイグニッションブーストで間合いを詰めると断龍による近距離戦に持ち込む。
断龍の攻撃は轟龍の攻撃と比べるとリーチも短く威力も低いが、片手でも振り回せるトマホークであるため攻撃速度では轟龍を圧倒的に凌駕し、手数の多さでセシリアを圧倒する。
しかし、セシリアも一発の威力が低いのであれば多少の被弾は無視して銃剣術での攻撃が出来たので近距離戦も中々に拮抗していた――互いにクリーンヒットをさせない近距離戦と言うのはドラゴンボールの攻防を連想させるモノがある。
「下がガラ空きだ。」
「しまっ!!」
此処で先に仕掛けたのはロランだった。
鋭いロ―キックでセシリアの態勢を崩すと、其処からミドルキック→後回し蹴り→ハイキックのコンボに繋ぎ、コンボの〆は強烈無比の踵落とし!テコンドーで言うところのネリチャギを叩き込む!
生身の脳天に人体で最も固い部分の一つである踵を喰らわされたセシリアは機体の絶対防御が発動してシールドエネルギーを大きく減らすが、しかしセシリアは勝負を捨ててはおらず……
「踵落としは強烈ですが、攻撃後の隙が大きいですわ!」
踵落とし後の隙を狙ってミサイルビットを射出!
普通ならば至近距離でのミサイルには反応出来ないモノだが、ロランはマトリックス宜しくミサイルビットを回避すると、夏月がやって見せたようにミサイルビットで波乗りならぬ空乗りをすると、ミサイルをBT兵器の一つにぶつけて破壊して見せた。
「今のは一夜さんがやったのと同じ事……!」
「私は女優だからね、人を真似るのは得意なんだ……少しばかり難易度は高かったけれど、夏月がお手本を見せてくれたから再現出来たよ――此れで十字射撃は少しばかり弱体化したかな?」
其れは夏月がセシリア戦で見せたミサイルビットを破壊する光景のオマージュなのだが、お手本があれば再現出来ると言うのは中々にトンデモナイと言えるだろう。
女優としてセリフを覚える事が必須だったロランは、無自覚の内に学習能力と言うモノが底上げされていたのだろう……女優業で培ったモノがISバトルで生かされる事になるとは、人生何が起きるか分かったモノでは無い。
「さて、楽しい舞台だったけれど、そろそろフィナーレと行こうか!」
試合時間が十分を経過した所でロランは断龍を両手に展開すると、其れをセシリアに向かって投げ付けた。
セシリアは其れを難なく回避して見せたが、回避された断龍はブーメランの様にアリーナを旋回して、残った三基のBT兵器を粉砕!玉砕!!大喝采!!!
より近い間合いで戦う為の装備として搭載された断龍であるが、ロランのセンスによって投擲武器――ブーメランの様に使う事も出来ると言う事が証明された瞬間でもあった。
「此れで、終わりだ!!」
「くっ……ティアーズはまだ一基残っていますわ!」
轟龍を展開したロランの一撃が炸裂し、ブルーティアーズのシールドエネルギーはエンプティーになったのだが、その一撃が炸裂する刹那に放たれたミサイルビットもロランにヒットし、シールドエネルギーを20%程削る結果となった。
「全力を駆使してやっと二割ですか……代表候補生と国家代表では圧倒的な差があるとは聞いていましたが、その差を身をもって体感しましたわ。この試合、私の完敗ですわねローランディフィルネィさん。」
「そうだね……だけどこれで終わりじゃないだろう?
トレーニングを積んで強くなったと確信出来たら何時でも私に挑んでくると良い――私は、夏月とタテナシ以外には負ける心算はないけれどね。」
「一夜さんとサラシキ会長は別ですの?」
「うん、別だね。
夏月とタテナシに関してはドレだけシミュレートしても勝てる未来が想像出来ないんだよね……特に夏月に関しては、今回の試合で負けてしまったから余計にな感じかな?夏月とタテナシは間違いなく、最強クラスのIS操縦者だよ。……其れこそ、ブリュンヒルデすら凌駕しているかも知れないな。」
「ブリュンヒルデを!……其れは確かに別格ですわね。」
試合後にセシリアはロランから夏月と楯無が千冬すら凌駕するIS操縦者であると言う事を聞かされて納得すると同時に、其れ以上は何も言えなくなってしまった。
夏月と楯無の実力がハンパないが、楯無は去年模擬戦で敢えて千冬と引き分ける事が出来るだけの実力があるし、夏月は其の楯無と互角以上に戦えるので、冗談抜きで今の夏月と楯無は嘗て世界最強と謳われたブリュンヒルデを凌駕していると言えるだろう。
「ですがいい試合でしたわ……貴女と戦う事が出来た事に、最大級の感謝を。」
「そうだね……良い試合だったよオルコットさん。」
そして、ロランとセシリアは互いの健闘を称える抱擁を行い、ロランはセシリアに『健闘の証』として頬にキスを落としてターンエンド……舞台劇に於いて、カーテンコールで最高の演技をしたパートナーの頬にキスを落とすのは珍しい事ではないのでロランもその乗りだった訳だ。
「女性に言う事ではないかも知れませんが、気障ですわね?」
「男役が多かったのでね、このキャラクターは最早地になってしまったよ。」
その光景には観客席から黄色い歓声が上がっていたが、ロランは其れに飲まれる事なく改めてセシリアの健闘を称えるとピットに戻って行った――そして、この時点でロランは二勝一敗となり、クラス代表の椅子は最終戦の結果待ちとなるのだった。
――――――
「お疲れロラン。良い試合だったな?」
「君と戦った時のオルコットさんなら瞬殺も出来たけれど、本来の力を取り戻した彼女は中々に厄介だったよ……けれども、予想以上に良い試合が出来たと言う事に関しては満足出来たかな。」
「とても良い試合だったわよロランちゃん♪」
ピットに戻ったロランを出迎えたのは、最終戦の準備を整えた夏月と、ピットを移動して来た楯無だった。
そんな二人に『満足出来た』と伝えると、ロランは機体を解除してピット内にあるベンチに腰を下ろす――アレだけの試合を行ったにも関わらず、息一つ乱れていないのは、普段から厳しいトレーニングを行っている賜物だろう。
一方で逆側のピットに戻ったセシリアは息も絶え絶えで、機体を解除するとピット内のベンチに横になってしまったのだが、此れは体力切れではなく単純操作とは言え『BT兵器を動かしながら自身も動く』と言う事を行った結果、脳に多大な負荷が掛かってしまった結果だ。試合中は、脳自身がアドレナリンを分泌していた事により平気だったが、試合が終わった途端にアドレナリンの分泌が控えられて一気に負荷が襲って来たのだ……自身も動きながらBT兵器を操作すると言うのは、想像以上に大変な事であるのかも知れない。
「しっかしまぁ会場のボルテージ上げてくれたなぁ?
メインイベントはセミファイナル以上の試合を求められる訳だが、こうも会場が盛り上がってると試合やる方は責任重大だぜ……只でさえ、世界に二人しか居ない『男性IS操縦者同士の戦い』って事で期待されちまってるからな。
泥仕合にだけはならねぇようにしねぇとだ。」
「ヒート100%になってる会場を、ヒート120%にまで引き上げるのも、メインイベンターの役割だが、君と織斑君の試合ならば其れが出来ると確信しているよ私は。
同時に君の勝利も確信しているよ夏月。織斑君は確かに天才タイプで相手との実力差を見極める事も出来るが、巧く言葉には出来ないのだけれど君と彼とでは決定的な差を感じるんだ……実戦経験の差と言うのが一番近いと思うのだが、其れだけではない気もするんだよ。」
「ま、こう見えて結構修羅場経験してっからね俺は……簪の事を無能扱いしてた更識の分家に楯無さんと一緒にカチコミ掛けたのも今となっては良い思い出だぜ。」
「いやぁ、アレはスカッとしたわね♪
まぁ、夏月君は筋の通らない事が大嫌いだから、街中でもカツアゲ現場とか社会的弱者への虐めとかを目撃すると『この外道が!』ってぶっ飛ばしちゃうものね?
夏月君の拳で総入れ歯になった人の数は両手の指の数じゃ足りないわよ。」
「成程、ISバトル以外での実戦も多数経験していたと言う訳か。」
試合の合間にはインターバルが設けられており、そのインターバルで補給等を行う訳なので、既に補給を終えている夏月と秋五の試合前にインターバルは必要ないと思うだろうが、前の試合で荒れたアリーナを整備する必要があるので試合間のインターバルは必ずISバトルでは設定されている。
そのインターバルで夏月と楯無とロランは軽く雑談を交わしており、ロランが感じた夏月と秋五の差に関しては更識の仕事の事は伏せた上で夏月はISバトル以外の実戦経験も豊富だと話して納得させていた。何れはロランにも更識の仕事の事を話す時が来るだろうが、今はまだその時ではないと言う事なのだろう。
「さてと、そんじゃ行って来るわ。」
「行ってらっしゃい夏月君。勝ったらご褒美にチューしてあ・げ・る♡」
「いや、それよりも勝ったら今夜の晩飯で一品奢ってくれ。今夜の俺は相当に食うだろうからな。」
「……ロランちゃん、この対応は如何思うかしら?」
「夏月、其処は『それじゃあ気合入れて行くぜ!』と言うところではないかな?」
「キスで腹が膨れるか!キスよりもキスの天婦羅じゃあ!
まぁ、楯無さんみたいな美少女からのキスってのは魅力的な提案ではあるけどさ……だからこそ、賞品で貰う事は出来ねぇよ。其れは、大事な人が出来た時まで取っておけよ。」
「……そうね、そうするわ。けれど其れは其れとして、勝って来てね夏月君。」
「あぁ、勝って来るぜ!」
インターバルも終わり準備が出来た夏月は『モンスターエナジー³』を飲み干すと機体を展開してカタパルトに入って発進シークエンスを待つ――カタパルトに入る前に楯無とロランにサムズアップして、楯無とロランも其れに返していたが。
『進路クリア。一夜夏月君、発進どうぞ。』
「一夜夏月、騎龍・黒雷!行くぜ!」
発進シークエンスと共に夏月はカタパルトからアリーナに出撃し、出撃後は見事なバレルロールを見せてアリーナに降り立った――そして、逆側のピットからは白式を纏った秋五が出撃して来た。
そして、略同じタイミングでアリーナに降り立った夏月と秋五は向かい合う形になったが、夏月は何時でもメイン武装である近接戦闘ブレード『龍牙』を鞘から抜刀する事が出来る態勢を取っており、秋五も雪片弐型を展開して構え、臨戦態勢はバッチリと言った感じだ。
「僕が勝てなかったローランディフィルネィさんに勝った君には、三段論法で言うと僕は勝つ事は出来ない訳だけど……三段論法ってのは意外と当てにならないモノでもあるからね、僕の全力を持ってして君に挑ませて貰うよ一夜君!」
「三段論法なんてモノはマジで当てにならないからな……お前に勝ったロランに俺が勝ったからって、俺がお前に勝てるかと言えばそうじゃねぇよな。『○○に勝った××に勝ってるから俺は○○よりも強い』なんて考えは阿呆の極みだろ。
勝負ってのは実際に戦うまで分からないモンなんだからな……其れを理解してるってだけでも大したモンだぜ織斑。」
「慢心も無しか……此れはますます僕の勝率は低くなった訳だけど、だけど僕は退かないよ――ローランディフィルネィさんに、『メインイベントは降参しないでくれ』って言われてるしね。」
「……降参不可って、結構サディスティックな縛り入れて来たなロランは。
其れってつまり、ボコボコのフルボッコにされても戦える間は戦えって事だろ?まぁ、此れは悪意タップリに受け取った場合ではあるが……まぁ、ロランの言わんとしてる事は分かるけどな。」
「ローランディフィルネィさんは、ある意味僕を鼓舞してくれたのかもね。」
「……お前にしろオルコットにしろ、ロランの複雑な苗字を間違えず、噛まずに正確に発音出来てる事に俺はちょっと感動してる。」
秋五は夏月との実力差は理解していたが、其れでも退くと言う選択肢はなかった。
ロランに『最終戦は降参してくれるな』と言われたのもあるが、秋五自身が夏月とトコトン、其れこそ自身の白式のシールドエネルギーが尽きるまで戦ってみたいと思ってしまったのだ。
「まぁ、そう言う事ならトコトンまでやってやるぜ織斑……其れに俺は少しばかりお前を見直したから、お前の望みには付き合ってやるよ。」
「見直したって、如何言う事かな?」
「偉大なるお姉様には何も言えないのかと思ってたが、ちゃんと自分の意見を言えるって事が分かったからな……少なくとも、俺の中でお前はブリュンヒルデの腰巾着じゃねぇって事にはなったぜ。」
「……嘗て僕は姉さんに自分の意見を言う事が出来なかった事で大切なモノを失ってしまったからね。其れからは後悔しない為にも、姉さんにもちゃんと自分の意見を言うようにしたんだよ一夜君。」
「成程……そんで、今更かも知れねぇけどよ、『君』は要らねぇ。
同い年の野郎から『君』付けで呼ばれるのは慣れてねぇし、なんか気持ち悪いからな――そもそもにして俺はお前の事『織斑』って呼んでるんだから君付けするなっての。
……って、よくよく考えたらお前の事を『織斑』って呼ぶのもアレだよな?お前と織斑先生が一緒に居る所で『織斑』って呼んだら、お前の姉貴は『貴様、教師を呼び捨てにするとは良い度胸だな』とか言ってきそうだし……お前の事は此れから『秋五』って呼ばせて貰うわ。」
「其れは否定出来ないね……じゃあ僕も君の事は『夏月』って呼ばせて貰うよ。」
夏月は秋五が千冬に意見出来る事を評価していたが、秋五は一夏が死んだのは自分が千冬に対して一切の意見を言わなかった事も原因だったと考えていた様であり、一夏の死以降は己の意見を迷わず千冬にぶつけるようになっていたのだ――其れによって秋五は千冬の歪みを知る事になったのだが。
『クラス代表決定戦最終試合、一夜夏月vs織斑秋五……試合開始ぃぃぃぃぃ!!』
此処でメインイベントの試合開始が告げられ、夏月は龍牙を抜刀し、秋五は雪片二型を振り下ろす形で真正面からかち合いブレードが火花を散らす。
暫し鍔迫り合いの状態となったが、夏月が龍牙をカチ上げて鍔迫り合い状態を解除すると、其処からは凄まじい剣劇が行われた……その剣劇は宛らアクション映画の戦闘シーンの如くだ。
「ったく、狡いよな天才ってのは。
俺は今お前が居る場所に辿り着くのに俺は二ヶ月掛ったってのに、お前は一週間弱で其処に到達しちまうんだからな……神様の不公平さにはマジで怒りを覚えるってモンだぜ。
でもってお前が才能に胡坐掻いてるクソ野郎だったら俺も容赦なくブッ飛ばせたんだが、お前は才能に胡坐を搔く事はなく努力も怠らねぇから嫌いになる事も出来ねぇと来た……もうどうすれば良いか分からないから、取り敢えず顔面殴って良いか秋五?」
「良い訳ないだろ夏月!誰が好き好んで殴られるって言うんだ!」
「ドMな人間には寧ろご褒美だと思う今日この頃なんですけどもぉ。」
「生憎と、僕はマゾヒストじゃないから全力で拒否するよ!」
その凄まじい剣劇にアリーナは盛り上がり、ロランとセシリアの試合の時よりもボルテージを高めて行く……夏月の袈裟切りを秋五が逆袈裟で受け止めて鍔迫り合いになり、真正面からの力比べでは分が悪いと判断した秋五は自分から後ろに下がる事で鍔迫り合いの拮抗を崩して夏月の態勢をも崩そうとする。
その秋五に対して、夏月は体勢を崩すどころか逆に龍牙を押し込み、半ば無理矢理秋五の事を吹き飛ばし、更に鋭い踏み込みからの突きを繰り出す。
秋五はその突きを夏月の左腕側に避ける。右腕側に避けた場合は、突きから派生した横薙ぎの一撃を喰らう危険性があるので、この判断は賢明であり剣を使う者にとってはある種当然の判断だったと言えるだろう。
「悪くない判断だが、甘いぜオラァ!!」
「なに!?」
しかし夏月は左手で鞘を持つと逆手居合いを繰り出して秋五を打つ。
横薙ぎの攻撃を読んでいた秋五の更に裏を読んでいた攻撃に、秋五は防御も回避も間に合わずに真面に胴を打たれてシールドエネルギーが減少する……居合いの後の二撃目としての鞘打ちは頭に入っていたが、突きを躱された際のフォローとして鞘打ちを使って来るとは予想外だったのだろう。
「まさか、鞘での逆手居合いを突きのフォローに使って来るとは思わなかったよ……常に隙を生じない二段構えって言う事か。」
「其の通り。
俺が使うのは剣道じゃなくてもっと実戦的な剣術なんでね、全ての攻撃が基本一撃目に対処された場合に即二撃が放たれる二段構えだ……一撃目を捌いたからって気を抜くと痛い目見るぜ?」
「成程ね……しかし実戦剣術か。
何合か打ち合って分かった事だけど、君の剣の太刀筋には見覚えがある……全てではないけれど、君が使う剣の太刀筋には篠ノ之流剣術のモノが幾つか存在している――でも、僕が知ってる限り僕と同い年で篠ノ之流剣術を先生から教わってたのは一夏だけだった。
なのに如何して君が篠ノ之流剣術を使えるんだい?」
「篠ノ之流がどんなモノかは知らねぇけどよ、多分だが俺が学んだ剣術とその篠ノ之流ってのは基が同じ剣術で、其れを学んだ弟子が夫々昇華させて新たな流派を作ったんじゃねぇかな?
大元が一緒なら似たような太刀筋になっても何ら不思議はないと思うしな。」
「そんな事ってあるのかな?」
「あるだろ?例えば空手を見てみろよ。
空手のルーツを辿って行けば、辿り着くのは中国拳法の一種だ。其れが沖縄に伝わって琉球空手になって、其れが本土に伝わって『唐手』になり、やがて『空手』となって極真館やら精神会館、正道会館やらと分派してったんだ。
だったら剣術に関しても同じ事があっても何らオカシクねぇだろ?因みに俺は今使ってる剣術の他に、二天一流、示現流、其れから漫画見て独学で覚えた飛天御剣流が使えます。天翔龍閃はまだ使えないけどな。」
「成程、空手を例にしてみると確かにそうだ……篠ノ之流剣術を修めていたのは一夏だけだったから、君は本当は一夏なんじゃないかと思ったけど違うか。
顔の傷だけならば誘拐された時に付けられたモノだって言えるけど、目の色が違う事だけはどうしようもない……目の色を変える事は他者の目を移植するか、カラーコンタクトを使用するしかないんだけど、君の眼はカラーコンタクトを使用してる不自然さはないし、他者の目を丸々移植すると言うのはそうある事じゃないから、君の眼は天然モノなんだろうからね……でも、君の説明のおかげで僕のモヤモヤも晴れた。改めて行くよ夏月!」
「おうよ、もっと楽しもうぜ天才!生まれ持った才能に胡坐を掻かずに努力を怠らなかった真の天才様とこうして出会えた上に戦える。こんな幸運、滅多にないぜ!」
夏月の太刀筋に篠ノ之流剣術の太刀筋を見付けた秋五は夏月が一夏なのではないかと思ったが、夏月の説明と目の色が違う事から一夏によく似ているだけの別人だと判断し、改めて夏月と切り結ぶ。
楯無との訓練で地力を、箒との剣道の模擬戦で勝負勘を取り戻した秋五の攻めは鋭く、当たればそれこそ全てが必殺クラスな上に白式には正真正銘の一撃必殺と言える『零落白夜』があるので其の攻撃は其れ自体が脅威になるのだが、夏月は難なく其れを捌き、蹴りや拳を叩き込んで少しずつだが確実に白式のシールドエネルギーを削って行った。
秋五の実力は一週間弱の訓練で代表候補生クラスまで引き上げられているのだが、夏月は三年間みっちりと訓練していた上に、秋五が使うのが剣道であるのに対して夏月が使っているのは実戦剣術と言う差も大きかった。
剣道はあくまでもスポーツの範疇なので、ルールに則った範囲の事しか出来ないが、実戦剣術にルールは存在しないので使えるモノは何でも使うモノであるので時には鞘だけでなく拳や蹴りでの格闘も必要になり、夏月は体術に関しても空手に柔道に加えて我流の喧嘩殺法も修めているので近接戦闘に関しては冗談抜きにマッタク隙が無いのである。
故に、試合開始から十分が経った頃には、夏月の黒雷のシールドエネルギーは残量が98%であるの対し、秋五の白式のシールドエネルギーの残量は45%と大きく差が付いてしまっていた。
普通なら、此れだけの差が付いてしまったら絶望しかないが、白式には一撃必殺の『零落白夜』があるのでシールドエネルギーの残量が上回っていても油断は禁物だろう。
「秋五、このまま続けたら俺の勝ちは間違いねぇが、お前だって負けたくはないよな?だったら使って来いよ、偉大なるお姉様から押し付けられた必殺技をよ。」
「如何やらそれしかなさそうだね……シールドエネルギーが半分を切ってる状態だと、本当に斬る一瞬にしか発動出来ないけど、その一瞬を制して僕は君に勝って見せるよ夏月!」
此処で夏月は龍牙を納刀して居合いの構えを取ると、秋五も雪片二型を正眼に構える……渾身の斬り下ろしと神速の居合い、夏月も秋五も一撃必殺の構えだ。
瞬間、アリーナの空気は張り詰めたモノとなり観客には、其れこそ楯無ですら瞬きが出来ない程に緊張が走る――其れほどまでに夏月と秋五の気組みは凄まじい、凄まじすぎるモノだったのだ。
その気組みが始まって二分弱、観客の誰かのスマホにLINEの着信を知らせる音が鳴ったのを合図に二人は其の場を飛び出した!
一撃必殺の零落白夜による斬り下ろしを躱した夏月はカウンターの居合いを放ち、しかしそれを秋五はダッキングで躱し再度零落白夜での斬り上げを放つ……だが夏月は其れを鞘で受け止めると前蹴りを秋五に喰らわせ、其処から飛び膝蹴り→ハイキック→後回し蹴り→二連続サマーソルトキックのコンボを叩き込んで白式のシールドエネルギーを削り切る!
『白式シールドエネルギーエンプティ!勝者、一夜夏月!』
「今回は俺の勝ちだな秋五?修業して出直して来な。リベンジは何時でも受けるぜ。」
「そうだね、もっとトレーニングを積んでまた挑ませて貰うよ……久々にぶつかった高い壁、挑み甲斐があるってモノだよ。」
此れにて試合終了!
奇しくも嘗ての兄弟対決となったクラス代表決定戦のメインイベントだったが、其れを制したのは夏月だった――一夏だった頃は何をやっても秋五には勝てなかったが、『織斑一夏』から『一夜夏月』となり、そして此れまでの経験が一気に身になった事で夏月は秋五を凌駕するだけの実力を其の身に宿していたのだ。
ともあれ、此れでクラス代表決定戦は全試合が終わり、その最終戦績は――
一夜夏月:三勝0敗
ロランツィーネ・ローランディフィルネィ:二勝一敗
織斑秋五:一勝二敗
セシリア・オルコット0勝三敗
このようになり、夏月の一位通過を予想していた生徒には学食のスウィーツ一品がプレゼントされ、更にその中で夏月の三勝に賭けていた生徒には追加で学食のスウィーツ二品がプレゼントされたのだった。
――――――
全試合終了後、ピットに戻って来た夏月と共にロランと楯無はピットを後にして寮に戻ろうとしたのだが……
「一夜、ローランディフィルネィ、更識姉、お前達の専用機を一時此方で預からせて貰う。」
其処に千冬が現れ、『専用機を預からせて貰う』と言って来た。
「其れは一体いかなる理由か聞いてもよろしいでしょうか織斑先生?」
「世界初の男性操縦者と日本の国家代表とオランダの国家代表が同系統の機体を使っている事に何の疑問も抱かないと思うか?何よりもお前達の機体は、提出されているカタログスペックを遥かに凌駕してるのでな、其方に関しても調べる必要がる。」
「言いたい事は分かりましたが、許可は取っているんですか?」
「当然だ。だからさっさと機体を寄こせ。」
「其れは嘘ですね。」
だが、そんな千冬を楯無はバッサリ切って捨てた。
機体を預かる事に許可は取ったと言う千冬に対し、真正面から『其れは嘘だ』と言ってのけるとは更識家の当主の心臓の強さは半端なモノでは無いと言えるだろう。
「私は日本の国家代表であると同時に更識の現当主……その私の専用機に関する事があれば、直接日本政府から私に連絡が入る事になっているので、織斑先生が私よりも先に連絡を受けていると言う事はありませんわ。
そして其れは夏月君もまた然り……夏月君も専用機に関する何かがあれば政府から直接の連絡が入る事になっているので、貴女が許可を取ったと言う事は有り得ない。」
「私に関しても同様だね。
私の専用機に関する事があれば、オランダ政府から私に直接連絡があるようになっているからね……貴女がオランダ政府から許可を取っていると言うのは真っ赤な嘘だと言う事になるね。」
「つ~訳だ、アンタはお呼びじゃないぜブリュンヒルデ。」
そして、楯無、ロラン、夏月の連続論破で千冬は何も言えなくなってしまった……『許可は取っている』と言えば専用機を没収出来ると考えていた千冬だが、専用機のセキュリティは思いの他堅く、結果として千冬は己の独断専行を晒すと言う醜態を見せる事になったのだった。
「愛する弟君の為にも、少しは立ち振る舞い考えろよブリュンヒルデ。此のままだと、アンタ最愛の弟君にも嫌われちまうぜ?……ま、俺には関係ないけどな。」
去り際に夏月が放った一言に千冬は肩を震わせ、拳を血が出るほどに固く握りしめたが、しかし反論は出来なかった――秋五の事を思うと、此れ以上の事は出来ないが、しかし己の目的を果たせなかった事が悔しくてたまらないのだろう。
そんな千冬の事を、山田先生は離れた場所から見ていたのだが、嘗て憧れた先輩の醜態をバッチリ目撃してしまった彼女の目には千冬に対する尊敬の念はキレイサッパリ消え去っていたのだった。
――――――
クラス代表決定戦終了後、夏月は寮の自室のシャワールームで汗を流して着替えると、ロランと一緒に食堂を訪れていた。
セシリアは脳の疲労が限界突破したらしく、ピットのベンチで一休みした後は寮に戻ってシャワーで汗を流した後に寮の自室に戻ってベッドにダイブし、そのまま死んだように眠っているのだが、夏月とロランは試合で失ったエネルギーを補給すべく食堂に来ていたのだ。
秋五も食堂に来ていて、『味噌カルビ丼定食』を特盛で頼んでおり、今は箒と一緒にディナータイムである。因みに箒のメニューは『海鮮あんかけ焼きそばとエビ蒸し餃子のセット』である。
で、先ずはロランのオーダーは『大盛りオムハヤシ定食』だったのだが……
「俺はサーモンアボカドユッケ丼を特盛で。
其れが飯で、おかずはハラミステーキを400gとアジの南蛮漬けとコーンクリームコロッケとナスの辛味噌炒め。でもって味噌汁の代わりに味噌ラーメンで宜しく。」
夏月のオーダーが大分バグっていた。
燃費の悪い身体故に、三試合を行ったのならばこのオーダーもまた仕方ないのかも知れないが、其れにしたって可成りぶっ飛んだオーダーだと言えるだろう……そもそもにしてステーキ400gがおかずとして有り得ない。
しかし、このメニューを夏月はペロリと平らげ、更には追加注文として『味噌カルビ丼特盛』、『厚切りカルビ焼き』、『回鍋肉』を注文したのだから冗談抜きでハンパないと言えるだろう。
尤も此の豪快な食事っぷりから、二年生のグリフィン・レッドラムに好感を抱かれてしまったのだが……取り敢えず、此れだけ食事を美味しく食べる事が出来る夏月は間違いなく何があっても大丈夫だろう。
『ご飯を美味しく食べる事が出来てる間は、何があっても大丈夫』と言ったのは誰だったか分からないが、其れはある意味で真理と言えるだろう。
そして、クラス代表決定戦の結果と食堂での一件で、夏月の名は学園全体に広がる事になったのだった――
To Be Continued 
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