単騎で強襲して来たガイアはイチカとシンが無力化したのだが、イチカがガイアのコックピットハッチを強引に開けて、そして現れたパイロットにシンは驚いていた。
特徴的な金髪を肩の少し上で切りそろえた少女……先の休日でルナマリアと共に救出した、ステラがガイアのパイロットだったのだ。


「ん?知り合いかシン?」

「知り合いって言うか、此の前の休暇の時に俺はルナと一緒に海に落ちた此の子を、ステラを助けたんです……まさか、連合の兵士だったなんて……!!」

「おうふ、まさかの激重展開キタコレ……休暇の時に助けた女の子が敵対勢力の一員でしたとか王道にして激重だろ……ゲームだったら選択肢間違えたらゲームオーバー一直線だっての。」

「えっと、それでどうしましょうイチカさん?」

「捕虜は殺しちゃならねぇから先ずはミネルバに運び込んで傷の手当てをする。
 その後は艦長の判断って事になるんだろうが、艦長も捕虜の扱いは分かってるから余程の事がない限りは此の子が死ぬ事はないと思うぜ?……捕虜は殺すべきってなことを言った奴にはもれなく俺のゴッドハンドクラッシャーをブチかますけどな。」


シンと、そしてルナマリアがステラと見知った仲だったという事にはイチカも少し驚かされたが、其れは其れとして負傷したステラをミネルバの医務室に運び込んで必要な処置を施す。
ガイアは中破したモノの、ステラ自身が負った怪我は箇所は多いモノの縫合が必要になるようなモノではなかったので、イチカが消毒した後にガーゼと包帯を使って手当てをしたのである。


「怪我の手当ても完璧とか、マジ凄過ぎますよイチカさん!」

「これ位普通だろ?
 てか、オーブ軍時代はハルフォーフ一尉に鍛えられまくったから日常的に生傷が絶えなかったんでな、そりゃ手当のレベルも上がるってモンよ――オーブ軍に入隊してたら、お前も同じ目に遭ってたかもなシン。」

「イチカさんを日常的に怪我させてたって、ハルフォーフさんって何者なんですか?」

「ガチオタのオーブ軍の一尉だ。
 オーブのサブカルチャーになってるゲームやアニメに並々ならぬ情熱を持ってるんだ……一度実家に行った事があるんだが、ハルフォーフ一尉の部屋はアニメやらなにやらのポスターで埋め尽くされてたよ。」

「ガチオタクっすか……ある意味で最強の人間ですね。」

「ある意味ではな。それを踏まえるとカンザシも最強の部類だな。」


ともあれ、取り敢えずステラはミネルバの預かりとなったのだが、目を覚ましたステラの元にシンとルナマリアが現れた際、ステラはシンとルナマリアを『お前達みたいな奴は知らない!』と言い放って拒絶したのだ――記憶を消去された事でシンとルナマリアの事も忘れてしまったのだろう。
シンとルナマリアはステラの反応にショックを受けつつも、記憶操作まで行っている連合の所業に怒りを抱くのだった。












機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE76
『約束~Versprechen~』










ステラの身柄はミネルバ預かりとなり、ステラの事をミネルバに常駐している軍医が調べたのだが、その結果としてステラは遺伝子調整が施されている強化人間であり、定期的にメンテナンスを行わないと少しずつだが確実に衰弱していく事が明らかになったのだ。


「えっと、それはつまり……」

「ミネルバに居る期間が長引けば長引くほどステラの命は危険に晒されるって事になるな……最悪の場合は死に至るだろうな。」

「そんな……私もシンもあの子を死なせたくはありません!何とかならないんですかイチカさん!!」

「ミネルバ最強のイチカさんならなんとか出来るんじゃないんですか?」


最悪の場合には死に至る事を知ったシンとルナマリアはイチカにどうにかならないのかと聞いて来た――今のステラはシンとルナマリアの事は覚えていなくとも、二人ともステラを死なせたくはなかったのだ。


「結構な無茶振りだなシンよ……流石に俺には如何にも出来ないが、如何にかする手段はある。
 来てくれるかどうかは分からないが呼んでみる価値はあるだろうな……と言う訳で、助けてタバえも~ん!!」


イチカ自身には如何にも出来なくとも、如何にかする手段はある……それはある意味での最終手段であり禁断の切り札とも言えるモノ――そう、タバネの召喚だ。
イチカがスマホを操作してタバネに助けを求めた次の瞬間……



――シュルルルル~~……ドッガァァァァァァァァァン!!



「此れは……」

「でっかい……ニンジン?」

「マジで来やがったか……」

「相変わらずド派手な登場ね。」


停泊中のミネルバの近くに巨大なニンジンが天空からぶっ刺さった。
イチカとカタナを除くミネルバのクルーは突然の事態に驚き、厳重な警戒態勢が敷かれる中、巨大なニンジンの上部がパカッと開き、西暦時代に大ヒットしたハリウッド映画『ロッキー』のテーマが流れる。


「呼ばれて飛び出てたりらりら~ん!
 受精卵の段階で無限チートが行われた末に誕生したバグキャラ!ティラノサウルス100体を相手にして勝利出来る地球が生み出した最強無敵のウィルスバグ的な何か!
 痺れ薬に睡眠薬、その他毒の類は完全無効!私と戦う為に必要なレベルは最低でも10000!最強最悪にして正義のマッドサイエンティスト、タバネ・シノノノ今此処に降臨!!」


そして現れたのはエプロンドレスを纏ってウサギ耳を模した機械を頭に装着した紫色のロングヘア―が特徴的な人物――タバネ・シノノノがイチカの呼びかけに応えて現れたのだ。


「いや~いっ君から呼び出されるとは思ってなかったよ!
 久しぶりだからハグしようか?うん、そうしよう!軍服の上からでも分かるその筋肉……じゅるり……!」

「良くも悪くも変わらねぇなタバネさん!」


タバネは若干意味の分からない事を言ってイチカに突撃したのだが、イチカはタバネの動きを見切ってカウンターのアイアンクローを喰らわせてタバネを宙吊りにする……片手で人を一人吊り上げるとなれば相当な握力と腕力が必要になるのだが、イチカにとっては造作もない事だった。


「うわぁお、見事なアイアンクローだねいっ君……だけど、見事過ぎて頭蓋骨がミシミシ言ってんだけど……」

「そのまま砕けろぉ!!」

「あっはぁん♡」


そのまま地面に叩き付けられたタバネはなんとも言えない声を上げながら地面とキスをした後に何事もなかったかのように復活し、しかも外傷が一つも無かった事にシンとルナマリアは驚く事になった。


「イチカさんの一撃を喰らって無傷って、この人マジで人間ですか?」

「少なくともナチュラルではないですよね?」

「シン、ルナマリア……タバネさんはナチュラルだとかコーディネーターだとかの括りを超越した存在だ。
 タバネさんは人の姿をした限りなく人に近い人じゃない何か……其れこそ地球人と宇宙人のハイブリットの可能性も捨てきれない人なんだ。」

「或いは突然変異で誕生した此の世のバグね。」

「酷い!タバネさんは一応人間なんだぞ~~!!」

「「だまらっしゃい、無限チートの人間外生物!」」

「ぐはぁ!超絶クリティカルヒット!!」

「……と、悪ふざけは此処までにしてだ。
 タバネさん、アンタを呼び出したのは一人の人間の命が掛かってるからだ……連合の強化人間であるステラ、此の子の事を何とか出来ないか?シンとルナマリアの知り合いらしいんでね?俺としては何とか助けてやりたいんだ。
 捕虜にするにしても、捕虜は生きているからこそ捕虜としての価値がある訳だからな。」


若干コント的な遣り取りの後でイチカは本題を切り出した。
シンとルナマリアの知り合いであるのならば助けたいのは本心だが、同時に捕虜は生きているから捕虜としての価値があると言うのもまた真理だろう――捕虜は生きているからこそ交渉の際のカードとなるのだから。


「ん~~とちょっと待ってね?
 (連合は此の子を損失扱いにするから捕虜としての価値は無くなるけど、逆に言えば此の子を此処で治してあげれば連合に戻す事も無くなるか……其の場合にはデストロイのパイロットが変わる事になるけど、だからこそシン君は迷わずデストロイを討つ事が出来るか……うん、メリットの方が大きいね。)
 OK、それじゃあちゃっちゃとその子の事を治しちゃおうか♪」


タバネはイチカのお願いを聞くと、凄まじい勢いでステラの遺伝子を解析して強化人間となった事で生じた不具合を特定し、その不具合を修正し、更にはネオが消去した筈の記憶も掘り起こしてシンとルナリアの事も思い出させていた。
加えてタバネはステラの記憶の中から連合に関するモノだけを消去し、彼女がネオの元に戻る事が無いようにまでしていたのである。


「……シン?ルナ……?」

「ステラ!オレとルナの事が分かるのか!?」

「うん……また会えて、ステラ嬉しい。」

「ステラ……うん、私達も同じ気持ちよ。」

「カタナ、タバネさんの作業時間は?」

「カップラーメン五個分。天才の面目躍如かしらね?」

「わっはっは!連合のゴミクズ共の技術なんぞタバネさんから見れば三歳児の粘土細工みてーなもんだってね!
 そいでイッ君、タバネさんにご褒美は無いのかな?」

「タバネさんを呼んだ時の為に既に作ってあるぜ?俺特製の長期保存可能な保存食!スモークサーモンとピクルスのオイル漬けの瓶詰だぁ!!」

「あは、これはビールに合いそう♪有り難く貰っておくね。
 そんじゃ、やる事やったからタバネさんはお暇するよ~~!アディオース!!」


此れにてステラの件は一件落着となり、タバネもニンジン型ロケットで飛び立ち、そしてミネルバは次の目的地へと向かうのだった。


尚、奪還したガイアはミネルバ預かりとなり、タリアはロランにガイアを任せようと考えたのだが、当のロランは『ガイアは私には扱い切れない』として辞退したので、当面はパイロットなしの状態でミネルバに保管される事になった。








――――――








「強化人間とは言え、人である彼等をモノ扱いするってのは如何かと思うんだがな俺は……こう考えちまうのは甘いのかね。」


ブルーコスモスの盟主であるジブリールに此度の件を報告したところ、返ってきた答えは『ステラを損失扱いにしろ』との事だった……ネオとしてはステラの捜索を行いたかったのだが、上から命じられては従う以外の選択肢はなく、スティングとアウルのメンテナンスの際に二人からステラに関する記憶を消去したのである。


「一般兵ならMIA(戦闘中行方不明)なんだが、強化人間は損失扱いか……ブルーコスモス、否ロゴスのお偉いさんには人の心ってモノがないのかねぇ?
 ……尤もそんな連中の言いなりになってる俺も同類か。」


唯一明らかになっている口元に何とも言えない笑み浮かべたネオは其の場から去り、そう遠くない時に起きるであろう戦闘に備えて作戦を練る事になり、結果としてネオは二十時間耐久レースを行う事になったのだった。








――――――








それから数日後。
プラントの地球基地の一つにしてシャトルの発着場があるザフト軍基地に彼女が現れた。


「は~い、みなさ~~ん。お元気ですか~~?」

「お、お元気ですか~~!」


笑顔で手を振るのはプラントの歌姫であるラクスなのだが、そのラクスの隣にはラクスと瓜二つの少女の姿が――言うまでもなくラクスの影武者を演じているミーアだ。
そしてその後ろにはサングラスをかけてアフロのカツラを被ったバルトフェルドと髪を下ろし少し露出高めの服装で腹部にタトゥーシールを張ったフレイの姿が。
実はラクスとフレイは宇宙にあるターミナルの拠点に向かおうとしており、その旨をデュランダルに伝えたところ此の基地を紹介され、更にザフトの地球基地を慰問中のミーアも其の基地からプラントに帰還予定だったので一緒に行く事になったのだ。


「ラクス様が二人!?」

「え?何これドッキリ?どっちが本物!?」


二人のラクスが現れれば当然基地のシャトル発着場は騒然となったのだが、何方のラクスが本物であれ、特に問題なく二人揃っているという事は本物のラクスが公認したそっくりさんと一緒とも言えるので、現場的にはサプライズドッキリな感じとなり大きな問題もなくラクス達は宇宙に向かうシャトルに乗り込む事が出来たのだった。


「ラクス、その子には陣羽織あげないの?」

「あら、私とした事がうっかりしていましたわ。そうですわね、彼女にも陣羽織をプレゼントすべきでしたわ……私と言えば戦場では陣羽織ですので。」

「陣羽織って何~~?」


こうしてシャトルは発進したのだが、其の直後に大量のジンやらエールストライカーを装備したダガーLが現れてシャトルを攻撃して来た。
ダガーLだけならば連合が仕掛けて来たと思えるがザフト製のジンも居るとなると仕掛けて来たのは連合ではなくマドカ率いる『アヴェンジャーズ』と見て間違いないだろう。
マドカはアークエンジェル部隊の要となっているのはラクスだと考え、先ずは其れを排除する為にラクスの動向を探り、宇宙に上がる此の時を狙って襲撃したのだ。

此の襲撃に対し、基地からすぐさまモビルスーツが出撃して応戦するが、シャトルを守りながらの戦いでは些か分が悪く積極的な攻撃が出来ないでいた。


だが――


――ギュオォォォォォォォン……バガァァァァァァァァァン!!


突如として戦場に無数の閃光が走り、次の瞬間にはジンとダガーLの多くが武器やメインカメラを破壊されて戦闘不能になっていた。


「「キラ!!」」

「お前……!」

「何か嫌な予感がしたから来たんだけど、来て良かった……此処は僕が抑えるから、ラクス達は宇宙に向かって。」


それを行ったのはキラのフリーダムだ。
ラクスとフレイからターミナルに向かう旨を聞かされていたキラは、出発当日に何が起きても良いように現場でフリーダムに乗って待機していたのだ。


「ラクスもフレイもやらせない!」


其処から始まったのはスーパーフリーダムタイム!
敵機と擦れ違いざまにビームサーベルで頭部と武装を斬り落とし、圧倒的物量のフルバーストで此の場に現れたアベンジャーズの部隊を鎧袖一触!!


「ラクス、フレイ……如何か無事で。」


アベンジャーズの部隊を退けたキラはラクス達を乗せたシャトルが無事に飛び立ったのを確認するとフリーダムを管制室前まで移動させてから一礼させると其の場から飛び立ちアークエンジェルへと戻って行ったのだった。


「今のが伝説のフリーダム……!」

「ラクス様達を守っただけでなく、敵の命を奪わずに戦闘不能にするなどと言う事はそう簡単に出来る事ではない……如何やら、フリーダムは我々が知っている以上に凄まじい存在であるのかも知れないな。」


それを見送ったザフトの兵士はほぼ無意識にフリーダムに敬礼をしていたのだった。


「バルトフェルドさん、ラクスとフレイの事を頼みますよ……」


そしてキラもまたラクスとフレイの無事を願いながらシャトルを見届け、そしてアークエンジェルに帰還するのだった。








――――――








「マドカ、ラクス・クラインの抹殺は失敗したらしい。キラ・ヤマトが出張ってきたようだな。」

「奴が来たか……私の狙いはイチカだが、奴を殺す為にはキラが邪魔になる可能性は高い……ならば先にキラを抹殺するとしよう……此の前の戦闘でフリーダムに何も出来ずに負けた事で、奴のキラに対する憎悪も増しているだろうからな。」


一方でアベンジャーズではマドカの提案によってキラの抹殺が最優先事項となっていたのだった――!










 To Be Continued