連合のガルナハン基地を陥落させたミネルバは、ジブラルタル基地に向かう途中で補給の為に黒海の沿岸都市ディオキアのザフト軍基地に立ち寄ろうとしていた。
道中に連合からの攻撃を受ける事も無く艦内は一時の平和な時を過ごしていたのだが……
「アスラン……腕相撲じゃオーブ軍最強と言われた俺とタメ張るとはやるじゃねぇか……!」
「一瞬も気が抜けないなお前が相手だと……気を抜いた瞬間に一気に持って行かれそうだ。」
ミネルバのサロンではイチカとアスランが腕相撲でガチンコ勝負を行っていた。
この腕相撲、最初はシンがイチカに勝負を持ちかけたのが切っ掛けだったのだが、シンが健闘した末に敗れたのを見て同世代のヴィーノとヨウランが挑戦者として名を挙げ、イチカは『パイロットとメカニックじゃ力に差がある』と言って一対二のハンディキャップマッチを行い、其れも楽勝。
カタナ、ルナマリア、ロランに至っては三人同時に相手にして十秒で決着させた程だった。
そのイチカと互角であるアスランは相当に凄いと言えよう――尤も、イチカはアスランと戦うまでに相当数の腕相撲バトルを行っているのだが。
「此のままじゃ埒が明かねぇ……千日組手で疲れて戦場で力が発揮出来ないとか有り得ねぇから此れで終わらせる!覚悟は良いかアスラン!」
「来い、イチカ!」
「其れじゃあ行くぜぇ……アントニオ猪木!!ッシャー、来いこの野郎!」
このままでは埒が明かないと考えたイチカは此処で最強の切り札『変顔』を使って来た。
どこぞの凡骨がビックリするレベルのAGO芸を披露してアスランに見せつける……此のまさかの攻撃にアスランは吹き出してしまい、同時に其れによって力が抜けてしまい、其の隙をついてイチカが押し切ってゲームセット。
「は~い、俺の勝ち!」
「お前、流石に其れは卑怯だろ!」
「真剣勝負の世界に卑怯と言う言葉はない!高度な戦術だと言ってほしいぜ。」
「そう言われると否定し切れないのがより悔しいな。」
暫しの平穏の時がミネルバに流れ、モビルスーツ部隊も整備班も束の間の平和を謳歌していたのだった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE70
『見えない真実~Unsichtbare Wahrheit~』
ディオキアのザフト軍基地に到着したミネルバだったが、其の基地は異様な盛り上がりを見せていた。
戦艦の発着場には特設ステージのようなモノが設けられ、基地の全ての人間が其の場に集まっているようにも見受けられる――其の様はまるで大人気のアイドル歌手のライブ開催を待つ熱狂的ファンの如くだ。
「……な~んか見えるぞ?」
「アレは、ザクとディン?其れと見た事のないモビルスーツね?」
其処に向かって降下して来たのはディンとオレンジ色の謎のモビルスーツに支えられたショッキングピンクにカラーリングされたザクウォーリアだった。
二機のモビルスーツに支えられる形でディオキアの基地に降り立ったザクウォーリアのコックピットが開き、其処から現れたのはラクス……に扮したミーアだった。
ディオキアの基地ではラクスの慰問ライブが行われるのだった。
「勇敢なるザフト軍兵士の皆様、私も全力で皆様を応援します!」
「「「「「「「「「「おぉ~~~~~!!」」」」」」」」」
「……ノリノリだな。」
「ノリノリね。」
「マッタクもう。」
「ラクスが見たら逆に楽しみそうだな。」
ミーアの正体を知るイチカ、カタナ、タリア、アスランは三者三様の意見を述べていた。
「やぁ、よく来たね?ジブラルタルに向かう前には、此処での補給が必須だから、当然と言えば当然なのだけれどね。」
「「「「「「「議長!?」」」」」」」
更に其処にデュランダルが現れ、一行は驚く様子を見せた。
ラクスの慰問ライブならば現地のザフト軍兵士を鼓舞する意味があるので分かるのだが、其処にプラントの最高権力者である最高評議会議長も来たとなれば驚くのも無理ないだろう。
「何故此処に?」
「表向きには現地の視察と言う事にしてあるが、実際には君達に会うためだ……先ほども言ったように、ジブラルタル基地に向かう前には此処での補給は必須となるから、此処に来れば確実に会う事が出来るからね。
少しばかり、君達と話したい事もあるのでね。」
デュランダルの目的はミネルバの一行と会う事にあったらしく、若しかしたらミネルバをジブラルタル基地に向かわせたのも、ディオキア基地で会う為だったのかもしれない。
「そう言えば、シン・アスカ君。
オーブ脱出戦では随分と活躍したようだね?その後の君の活躍も私の耳に入っているよ……受勲の申請も来ていたね?ガルナハンのローエングリンゲートを突破出来たのも君の功績が大きいと聞いた。
君のような若い世代が其の力を最大に発揮してくれると言うのは私としても嬉しい限りだ。」
「えっと、あの……あれはイチカさんとアスランさんの作戦が良かったんです。自分は其れに従っただけで……」
「謙遜するなシン!
ガルナハンのローエングリンゲート突破のMVPは間違いなくお前だ……ぶっちゃけて言うと、コアブロック化したインパルスが無傷で坑道を突破した事に驚いたんだぜ俺は?
1㎜の狂いもなくコアブロック化したインパルスを操縦したお前の腕前はスーパーエース級だぜシン。」
「イチカさん。」
「ま、それが出来たのも師匠が良かったからだけどな♪」
「其れは言わない方が良いやつ!色々台無しですよイチカさん!!」
「良い感じの事言った直後に、其れを全て台無しにするのが俺の趣味だ!」
「そんな趣味は捨てて下さい!マジいらねぇですから!!」
「捨てるのも勿体ないからカタナに譲渡するわ。」
「譲渡されて私のおちょくりスキルがレベル上限を突破して120になったわ♪」
そして、デュランダルの前でも普段の態度を崩さないのがイチカとカタナクオリティ。
肉体年齢ではデュランダルよりも下だが、精神年齢で言えばタバネが数えるのが面倒になるレベルでループした記憶を持っているイチカとカタナの方が圧倒的に上なのでこんな事が出来るのだろう。
それはさておき、一行はライブ会場に設けられた野外カフェにて一休みする事に。
「其れで、プラントの方は如何なんです?」
「最初の核攻撃以降は多少の小競り合いはあるが其の程度だ。
だが、逆に言えば其れが不気味でもある……本格的に攻めて来ない理由はいくつかあるのだが、その中でも最悪なのが新型機の開発に集中する為に攻めて来ないパターンだ。
このパターンの場合は、新型機が完成した後に戦局をひっくり返されてしまう可能性があるのだからね。
しかし、それも現状では杞憂かな?……今の連合ではザクを超えるモビルスーツを開発する事は難しいだろう――より正確に言うのならばモビルアーマーの開発に重きを置いて、モビルスーツの開発は必要最低限と言った感じだからね。」
「プラントに後れを取ったモビルスーツよりも、自分達の領域だったモビルアーマーを復権させようとしてるって事ですかね……ガルナハンで出て来た奴みたいのが大量生産されたら少しヤバいかもしれませんが、それでもザクで充分対処は出来ると思いますけどね。」
そのカフェにて、イチカ達はデュランダルの話を聞いていた。
デュランダルが語った現在のプラントの状況に、イチカ達は取り敢えず安心したと同時にザクの性能の高さを改めて実感する事になった――専用機がミネルバに集中する状況であっても、ザクでプラントの防衛を十分に行えているのだから。
「さてと……本題に入るとしようか?
今現在、プラントと連合は戦争状態にあり、此の戦争其の物は連合が一方的に、それこそ宣戦布告の通達もなしに仕掛けて来たモノなのだが、何故連合は今再び我々に対して戦争を仕掛けて来たと君達は考えるかね?」
此処でデュランダルが問いかけて来たのは『何故連合が戦争を仕掛けて来たか?』との事だった。
「連合の人間はコーディネーターを嫌ってて、コーディネーターを根絶やしにするためじゃないんですか?」
「確かにその一面はあるだろう。
だが、私が所属しているターミナルと言う組織には連合出身の人もいる事を考えると一概にそれだけが理由とは言えないだろう――何よりも、そうであるのならば先の大戦は終結せず、ユニウス条約も締結されなかっただろうからね。」
シンが口にした尤もらしい可能性をデュランダルはやんわりと否定する。
「連合はプラントが持っている宇宙資源を自分のモノにする為に戦争を仕掛けた、とかでしょうか?」
「君は、ルナマリア・ホーク君だったかな?……うむ、正解ではないが悪くない答えだ。テストならば△と言ったところだね。
……イチカ君、君は如何考えるね?」
「……戦争をする事で私腹を肥やす奴が居る。戦争が起きてくれないと困る奴が居る……連合には戦争商売人が居るって事じゃないんですか?」
「恐らくそう考えて間違いないでしょうね……戦争商売人にとって平和な世界は有り難くないモノですもの。」
「うむ、正解だ。カタナ君の言う事も正しくその通りだ。」
ルナマリアの答えを経てイチカが口にした答えをカタナが補足し、デュランダルも其れを肯定する。
だが其れはシンやルナマリアと言った新人には衝撃的なモノでもあった――戦争をする事が儲かる人間がいるなどとは考えた事も無かったからだ。
「そんな、戦争で儲かる人間がいるなんて!戦争をすれば人が死ぬのに!」
「確かにその通りだが、そう言った事を抜きにして戦争を単純な産業に置き換えてみたまえ。
戦場ではモビルスーツやモビルアーマーが連日出撃して武器や弾薬が消費され、それらの生産ラインは毎日フル稼働状態となり作れば作った分だけ次から次へと売れて利益が上がる。
そう考えると、此れほど効率よく利益が上がる商売は他にない。
そして其れはプラントも同じでね?例えばあの機体。『ZGMF-X2000グフ・イグナイテッド』。
ザクの後継機となる量産型として試作された機体だが、実戦で其の性能が立証され次第量産される事になっており、量産化が始まった暁にはプラントの経済は今よりも上向きになるだろう。」
「戦争が経済を大きく動かす……ちょっと信じられません。」
「だが、それが現実だ。
そして其れによって最大の利益を得ているのが連合の母体組織であるブルーコスモス……いや、より正確に言うのであれば戦争商人クラン『ロゴス』なのだよ。」
「ロゴス……」
デュランダルは戦争経済の説明をし、更に連合の黒幕である『ロゴス』の存在を明らかにした。
ブルーコスモスの更に奥にあるロゴスこそが、此の戦争を引き起こした黒幕であり、戦争経済によって私腹を肥やしている連中の集まりなのである――平和な世界を否定するなんとも傍迷惑な存在である。
「そんな奴等が居るからダメなんだ!ロゴスは絶対に倒さないと!そうじゃなきゃ、何時まで経っても世界は平和になりませんよ!!」
「えぇ、シンの言う通りだわ!」
先の大戦で両親を喪ったシンは怒りを顕わにし、ルナマリアもそれに同調する――戦争商売人等と言う存在は、存在が犯罪と言っても過言ではないのだ。
「確かにロゴスは討つべき存在かも知れないが、ロゴスを討ってそれで終わるのか?」
だが、此処でアスランが『ロゴスは討つべきである』と言う意見に対して疑問を呈して来た――先の大戦にてザフトとして戦い、親友のキラと殺し合いを行った果てにキラと和解して三隻同盟に参加したアスランにはロゴスを討ってそれで終わりと言う簡単な話ではないと思ったのだ。
無論其れはイチカとカタナも思った事だが。
「先の大戦で俺はある人から『殺すから殺して、殺したから殺されて、その繰り返しで世界は平和になるのか』と問われた……俺は其の場で答える事が出来なかったが、今も答えを出せないまま戦場に立っている。」
「その答えは永遠に出ないと思うぜアスラン……此の世に正しい戦争なんざ存在しねぇんだからよ――どっかで折り合いつけて終戦に導くのが俺達兵士の役割なんじゃねぇのかな?
少なくとも俺はそう思ってるよ。」
「時々お前の其のドライな思考形態が羨ましくなるよイチカ。」
「ドライな思考形態じゃなきゃ戦場では生き残れないわよアスラン。」
イチカとカタナの思考がドライなのは、過去の記憶を思い出したが故だろう――幾多の戦場を数えるのが面倒なくらいに繰り返して来たイチカとカタナはある意味で戦場で散る命を『戦争だから仕方ない』と割り切る事が出来るようになってしまったのである。
「だけどまぁ、ロゴスの連中は一つ大きな勘違いをしてるな。」
「大きな勘違いって、なんですかイチカさん?」
「簡単な事だシン。
ロゴスの連中はコーディネーターを皆殺しにしようと考えてるのに、テメェ等が殺されるなんて事は微塵も思ってねぇ……先の核攻撃が良い例だぜ?
核攻撃は失敗しちまったが、ロゴスの連中は恐らく失敗する事なんぞ考えてなかった……戦場に於いて必要なモノは相手の命を奪う覚悟と、テメェの命を奪われる覚悟だ。
ロゴスの連中は奪う事は出来ても奪われる覚悟がまるでねぇ……自分達が支配者だと勘違いしてるから、そうなっちまうんだよ。」
「殺される覚悟がないとか最悪っすね……」
此処でイチカがロゴスの『勘違い』を指摘した――ロゴスにはコーディネーターに殺される覚悟も、奪った命を背負う覚悟も無いのである……前線に出ない戦争商人では、其処が限界なのだろう。
「ロゴスを倒して『ハイお終い』とはならないかもしれないが、当面の敵は明らかになった……目指すは打倒ロゴスだ!」
「息を合わせて行きましょう!」
「私達の敵は最大最悪の戦争商人『ロゴス』か……分かり易い悪だが、人は勧善懲悪を好むから、其れを考えると此れほど分かりやすい悪役も早々ないだろうさ。
其の悪役を私達が華麗に倒す……嗚呼、想像しただけでゾクゾクしてくるよ!」
「ロランさん、こんな時でもブレねぇのな。」
「逆に言えばロランさんが平常運転であるうちは大丈夫とも言えるのかも知れないわね。」
「グラディス艦長、若いと言うのは良いモノだな。」
「彼等なら、若さゆえの過ちもそうそう犯さないでしょうからね。」
イチカ達ミネルバのモビルスーツパイロット達は円陣を組むと右手を出して重ね合わせて其れを一気に押し込みチームの絆を高め、デュランダルとタリアはその光景を温かく見ていた。
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其の後、ミネルバに戻ったイチカとカタナだったが――
「カガリちゃんはキラ君が結婚式場から連れ出してアークエンジェルで其の場を離脱したのよね?……其のアークエンジェルは今何処にいるのかしら?」
「知らね。
だけど重要な事ならタバネさんから何らかの連絡が入ってる筈だから、それがないって事は俺達が知る必要がないって事とも言えるんだが……俺の勘が正しければキラとアークエンジェルは次の戦場に現れるんじゃねぇのかな?
キラ達にとっても此の状況は到底見過ごせるモノじゃないだろうからよ。」
「そうか……いえ、そうよね。」
ミネルバのデッキで少しばかりの雑談――なのだが、イチカの予想通りにキラとアークエンジェルが介入して来たら、戦局は一気にプラント有利に傾くだろう。
或いはそうなるようにデュランダルが動いてたのかも知れないが。
こうしてミネルバのクルーは此のディオキア基地で補給と兵士達の一時の休息を行うのであった。
「イチカ……貴様は私が必ず殺す!!」
「イチカ・オリムラ、キラ・ヤマト……精々首を洗って待って居ろ……」
「……!!」
そして同じ頃、マドカの『アヴェンジャー』も動きを見せはじめ、次の戦場に介入する気がバリバリだった――そして、此のアヴェンジャーの介入こそが、此の戦争を更に激化させて行くのだった。
To Be Continued 
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