ディオキアのザフト軍基地に補給の為に訪れていたミネルバの一行には、デュランダルから特別休暇が与えられ、本日は丸々一日オフとなっていた。
「ん……もう朝か。」
宿泊しているホテルの一室のカーテンから差し込む朝日で目を覚ましたイチカは自分の右腕を腕枕にしているカタナに目を向ける……イチカもカタナも一糸纏わぬ姿で、昨晩は恋人同士の熱い夜を過ごしたのである。
カタナが気持ちよさそうに寝ている姿を見たイチカは、カタナを起こさないようにベッドから出るとシャワーを浴びて汗を流すと、ザフトの赤服に着替える。
そうして身嗜みを整えてからカタナを起こそうと声をかける。
「オハヨーさん。朝だぜカタナ。」
「うにゅ?」
「……其れはお前のキャラじゃねぇ。」
「うにょ?」
「其れも違う。意識が忘却の彼方に吹っ飛んでんのか?」
「おはようございます。此方は忘却の彼方。」
「どんな寝ぼけ方だ其れは……起きてシャワー浴びて来いよ。汗でベトベトだろ?」
「は~い。
とは言ってもベトベトなのは汗だけじゃないのよねぇ……久しぶりだから仕方なかったかもしれないけど、イチカってば使えるところは全部使って来るんだから正直途中からトンでたわ。
口に胸に、『放送禁止』に至っては何度注がれたか分からないわよね。
まぁ、其れだけ私の事を愛してくれてるって事の証だから、逆に嬉しかったけど。」
「言わなくて良いから、さっさとシャワー浴びてこい!着替えたら朝飯にしようぜ。」
カタナはなんともアレな事を言いながら起きると、シャワーを浴びてから赤服に着替え、そしてイチカと共に食堂に向かい、その道中でアスランを誘おうとして部屋に向かい扉をノックしたのだが……
「あ、イチカとカタナ。」
「ミーア、お前何してんの?」
「あらあらセクシーな装いね?」
部屋の中から現れたのは下着姿のミーアだった。
話を聞くとミーアは昨晩アスランが寝てから部屋に忍び込んでアスランに添い寝していたのだとか――ミーア扮するラクスは嘗てはアスランの婚約者で、ミーアも其れを知っていたので、『婚約者なんだから此れ位はするでしょ?』との認識だった。
尤もアスランには『ラクスはそんな事はしない』と否定されたようだったが。
「アスラン、此の場にカガリがいたらお前ブッ飛ばされてたぞ?」
「言わないでくれイチカ、俺も同じ事を思ったから。」
「カガリちゃんだけじゃなくキラ君も殴ってるでしょうね♪」
「勘弁してくれ……」
「まぁ、取り敢えず朝飯にしようぜアスラン。朝飯ちゃんと食わないと折角の休暇を思い切り楽しむ事は出来ないだろうからな。」
「……そうするか。」
ルンルン気分で去って行ったミーアを見ながら、イチカとカタナとアスランは食堂に向かって朝食を。
朝食のメニューはアスランがトーストに目玉焼きとサラダだったのに対し、イチカとカタナはご飯、焼き魚、味噌汁、納豆と言うモノであった――そして、その席にはシンとルナマリアとロランも同席しており、全員がトーストと目玉焼きとサラダだったのだが、シンのトーストは『納豆キムチチーズトースト』と見事なまでの発酵食品の三連コンボになっていた。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE71
『彷徨う眸~Wandernde Augen~』
朝食後、ミネルバのメンバーは、デュランダルによって新たにミネルバに配属された『FAITH』の『ハイネ・ヴェステンフルス』と対面していた。
「ロランツィーネ・ローランディフィルネィだ。これからよろしく頼むよ。」
「あぁ、ブレイズザクファントムね。」
ハイネはザフトの赤服であるだけでなく、タリアやアスランと同じFAITHであり、其の実力は本物と言えるだろう。
ミーアのザクをディンと共に支えていたグフ・イグナイテッドのパイロットを務めていたのもハイネであり、ザクの後継機である最新鋭量産型のプロトタイプを渡されている事を考えれば尚更だ。
「よう、久しぶりだな西川。」
「イチカ……お前もミネルバに配属されたんだったな……てか、なんで俺の事を西川っていうんだお前は?」
「ヴェステンフルスって、ドイツ語で『西の川』って意味だから。」
「だから西川って、安直過ぎんだろ流石に!……時に俺が西川だとして、お前のイチカってのはどんな意味があるんだ?」
「オーブで使われてる漢字で書くと一つの夏で一夏だな。」
「なら俺は、お前の事をワンサマーと呼ぶ!」
「ワンサマーねぇ……実際に呼ばれるのはこれが初めての筈なのに、既に方々でそう呼ばれてる気がするのはなんでだろうな。」
イチカとハイネはイチカがザフトに所属したころからの友人関係であり、こうして軽口を叩き合える関係なのである。
「にしても俺にイチカ、カタナ、アスラン、ロランに新人の精鋭……戦力的には充分を通り越して過剰だよな?なんだって議長は俺をミネルバに配属したんだろうな?」
「其れは議長にしか分からないが、議長は先を読む力に長けてるから、此れだけの戦力が今後のミネルバには必要だって考えたんだろうよ……あくまでも俺の予想だが、そうそう外れてないとは思うぜ。」
「成程……なら、今日から此のメンバーがチームだ。息を合わせてバッチリ行こうぜ!」
「ふ、確かにそうだな。」
ハイネのキャラクターに少しばかり押されたシン達だったが、イチカとの軽口を見て緊張も解れ、アスランもハイネの言う事に同意していた。
其の後シン、ルナマリア、メイリン、ヴィーノ、ヨウランの新人組は私服に着替えてからホテルから出てディオキアの街に繰り出していた――尤も、シンとルナマリアはバイクで繰り出してツーリングデートとしゃれ込んでいた訳なのだが。
レンタルしたバイクをシンが運転し、ルナマリアはタンデムである。
「ふふ、まさかこんなところで夢が一つ叶うとは思ってなかったわ。」
「夢って?」
「彼氏が出来たら、バイクにタンデムして一緒にデートするのが夢だったのよね。それが今こうして叶ったって訳。」
「そうだったのか?……其れは良いんだけど、ルナ当たってる。何がとは言わないけど当たってる。」
「当ててるんだけど?因みにこれはカタナさん直伝。」
「カタナさん、何やってるんですかアンタはぁ!!」
ルナマリアの大胆な行動に理性が若干ぶっ飛びかけたシンだが、バイクでディオキアの街を回りながらルナマリアが行きたいと言った店に立ち寄りながら荷物にならない程度の買い物をし、後はウィンドウショッピングを楽しんでいた。
ジュエリーショップを訪れた際に、シンが『タンデムデート記念』としてルナマリアにシルバーのクロスが付いたチェーンペンダントをプレゼントしたのにはルナマリアも驚いていたが、喜んでいた。
「シン……ありがとう、凄く嬉しい。大切にするね。」
「俺がルナにプレゼントしたいって思ったんだ。本当に其れだけだから。」
「其の純粋さがアンタの良いところねシン♪」
ジュエリーショップを後にしたシンとルナマリアはランチに良い時間になったので市街地のファーストフード店にやって来た。
シンは『エビバーガーのセットのポテトとコーラをLサイズ』で、ルナマリアは『タルタル照り焼きチキンバーガーのセット』で、単品でチキンナゲットの8ピースとホット明太ポテトパイを注文した。
「なぁルナ、昨日の議長の話、ルナは如何思う?」
「戦争で儲ける奴が居るって話?
理屈としては理解出来るんだけど、感情が其れを認める事が出来ないってのが正直なところだわ……確かに戦争ほど効率のいい経済循環は無いのかもしれないけど、其れは誰かの犠牲の上に作られた富だから、到底認める事は出来ないわ。
特に、私達みたいに前線に出てる連中からしたらね。
でも、だからこそ議長はあの話をしたのかも知れないわね。」
「其れってどういう事?」
「議長の話を聞いて、アンタどう思った?」
「ロゴスが全ての元凶なら、其れは絶対にぶっ倒す!」
「でしょ?……私も同じ。そしてきっとそれはイチカさん達も同じ。
恐らく議長は、敵を明確にする事で私達が迷わずに戦えるようにしたんじゃないかって思うの。討つべき相手が明確になっているのなら迷う事はないと思うしね。」
「敵を明確にするためか……流石はルナは良く分かってるな。俺は全然分からなかった。」
「アンタって馬鹿じゃないんだけど究極レベルの右脳人間だから、理論的な思考能力は皆無なのよね……究極の右脳人間はある意味で最強だけどね。」
「其れって褒めてんの?」
「一応は褒めてるわよ?」
「そっか。」
そんな話をしながらシンが運転するバイクは海岸線の道路を疾走していた。
海風が心地よく、広い海岸線が広がる景色はバイクデートのみならず最高のデートスポットの一つと言えるだろう。
「あれ?なんだあの子?」
「岩場で踊ってる?」
その海岸線の道路にて、シンとルナマリアは岩場で踊っている金髪の少女を見付けた。
少女は楽しそうに岩場をステージにして踊っていたのだが、ステップの途中で足を滑らせてそのまま海にダイブしてしまった――砂浜の海岸ならば波打ち際で転んでも早々大事には至らないが、岩場の浜辺で海に落ちたとなればそうは行かない。
岩場の浜辺も基本的には浅瀬なのだが、場所によっては足が着かない深さになっている事もあり、最悪の場合は溺死する可能性すらあるのだ。
「嘘、落ちた!?」
「しかもあの様子だと足が着かないんじゃない?……シン!」
「合点承知!」
金髪の少女が岩場から海に落ち、更に溺れかけている様を見たシンはバイクのエンジンを最大レベルに吹かして発進すると、ガードレールを飛び越えて浜辺に降り立ち、岩場をバイクで進むとジャンプして、バイクは置き去りにしてルナマリアと共に海中にダイブして、溺れかけていた少女を確保して浜辺へと連れて行ったのだが、浜辺では濡れた服を乾かす場所がなかったので、近くの岩場の洞窟に駆け込んだ。
「踊るのは良いけど少し注意しろよ?俺とルナがいなかったら、お前死んでたぞ?」
「ひっ!!」
「え?ちょっと、如何したの?」
「死ぬのは嫌、怖い……いや、いやぁぁぁぁ!!」
だが、そんな中でシンが『お前死んでたぞ』と言った瞬間、海に落ちた少女は錯乱し始めた――この少女は、連合のファントムペインの一員であるステラ・ルーシェだったのだ。
連合の強化人間である『エクステンデット』であるステラ達には、暴走した際に強制的に動きを止める事が出来る『ブロックワード』が設定されており、ステラの場合は其れが『死』だったのだ。
「死なせない!君の事は俺が死なせない!」
「私もアンタを死なせない。絶対にね。」
ブロックワードを聞いて錯乱するステラだったが、そんなステラを前からシンが、後ろからルナマリアが抱きしめて、『死なせない』と言う事を聞かせると、此れまでの暴れ方が嘘のように大人しくなった。
「……助けてくれてありがとう。私はステラ、ステラ・ルーシェ。」
「ステラ……良い名前ね。私はルナマリア・ホーク。宜しくね。」
「シン・アスカだ。宜しくな。」
「ルナマリアとシン……うん、覚えた。」
大人しくなったステラだったが、三人とも海水でびしょ濡れだ。
取り敢えず海水に濡れたまま日に当たるのは肌にも良くないので、ルナマリアが防水性のバッグに入れていたライターと着火剤と洞窟の外で干からびた海草やらなにやらを集め、其れ等を使って焚火を起こし、下着以外は脱いで乾かす事になった――シンはルナマリアとステラとは背中合わせだが。
「なぁ、ステラはなんであんなところで踊ってたんだ?」
「海が綺麗だったから……ステラ、気分が良いと踊りたくなるの。」
「だったら、今度からはもっと安全な場所で踊るようにしないと。今日みたいなことがあった時、何時でも誰かが助けてくれるわけじゃないんだから。」
「うん、次からは気を付ける。……シンとルナマリア、一緒に居るとなんか落ち着く。とても不思議な感じ。」
「いや、お前の方が大分不思議だから。
つっても、如何するか……緊急時以外には使うなって言われてるけど、仕方ないよな。」
そんな中、シンはミネルバのクルー全員に渡されているエマージェンシーコールのスイッチを押した――そして其の直後……
「シン来たぞ。」
「イチカさん!」
イチカが洞窟に入って来た。
シンからのエマージェンシーコールを受けたミネルバは其れをイチカ達に伝え、イチカはキャリバーンフリーダムで出撃し、アスランは軍用車で現場にやって来たのだった。
「(ん?この金髪の子はアーモリーワンで……?)」
「イチカさん?」
「いや、何でもない……まずは戻ろうか?」
ステラを見たイチカはアーモリーワンで見た金髪の少女だと気付いたのだが、それには言及せず、三人をキャリバーンフリーダムの掌に乗せて運び、アスラン達は海岸に乗り捨てられたシンのバイクを回収していた。
シンとルナマリアは無事に回収できたのだが、ステラは詳細が不明なのでどうするかとなったのだが――
「ザフト!げ、赤服じゃん。」
「此処は俺に任せとけアウル。」
其処にやって来たのはステラと同じくファントムペイン所属のスティングとアウル。
アウルはイチカとアスランを見て赤服だと警戒したのだが、スティングは顔色を変える事無くイチカとアスランに話しかけると、ステラが自分達の妹である事を伝えた。
それだけならば怪しさ抜群なのだが、ステラがスティングとアウルの名を呼んで懐く様子を見せた事でイチカとアスランもスティングの言っている事は嘘ではないと判断してステラの身柄をスティング達に渡したのだった。
「シン、ルナマリア、此れあげる。」
「ステラ、此れは……」
「綺麗な貝殻ね……ありがとう、大切にするわ。」
別れ際にステラは真珠色の貝殻をシンとルナマリアに渡していた。
「さよならは寂しい……さよならは嫌。」
「今は仕方ないだろ?だけど、今さよならしてもまたきっと会えるさ。」
「生きていれば、いつかまた会う事が出来る……人の出会いってそういうモンでしょ?
だから、さよならじゃなくて『またね』よステラ。」
「またね……うん、またねシン、ルナマリア。」
こうしてステラはスティング達と共に連合へと戻って行った。
其の後、『折角街に来たんだから俺達も休暇を楽しもうぜ』とのイチカの提案で、アスランを巻き込んでの休日となり、ディオキアの街を見て回り、カラオケボックスではアスランが予想以上の美声を披露して歌った曲のランキング一位を独占していた。
こうして少しばかりのハプニングはあったモノの、ミネルバの一行は休日を堪能し、そして翌日にはディオキアを発ち、ジブラルタルへと向かうのであった。
To Be Continued 
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