カガリを救出してオーブを発ったアークエンジェルはスカンジナビア王国に身を寄せ、海底に潜んでいた。
アークエンジェルのモニターには各国のニュース番組が映し出されていたのだが、其れ等は全て此度の戦争に関するものばかりで、聞いているだけで気が滅入る内容だった。


「やれやれ、なんかこうもっと明るいニュースはないモノかねぇ?」

「例えば……動物園のホワイトタイガーの夫婦に赤ちゃんが生まれたとか?」

「そう来たか……確かに其れは明るいニュースだなラミアス艦長。」


当面の方針としてアークエンジェルは水面下ではザフトと協力しつつも、表面上はどの組織にも属さない第三勢力として動く事が決まっているのだが、現状では表立って動く事が出来ないので、動く機会を慎重に探っていた。


「明るいニュースと言えば、プラントに平和の歌姫が舞い戻ったそうですわ。」


そんな中、ラクスがモニターのチャンネルを操作すると、モニターにはラクスに扮したミーアがプラント国民と地球のザフト軍兵士に向けてコンサートを行っている様子が映し出された。
先の大戦終了後から丸二年活動を休止していた歌姫の帰還にコンサート会場は超満員札止め状態となり、会場の観客はミーアの歌声に熱狂しているようである。


「皆さん、楽しそうですわね♪」

「楽しそうって、アンタはそれで良い訳?」

「彼女は私公認ですから問題ありませんわフレイ。
 ただ、彼女には私の代わりになっていただくために顔を変える事が必要になってしまったのは申し訳ないと思いますが……きっと素敵なお顔をしていらっしゃったでしょうに。」

「本人公認の影武者ってか……にしても結構攻めた衣装よねアレ?」

「キラは若しかしてあのような衣装の方が好みなのでしょうか?」

「僕は……忍び装束に陣羽織の方が良いなぁ。」


ミーアはラクス公認の影武者なので全く問題はなく、ラクスもミーアが立派に自分の影武者を演じている事に満足しているようだった。
とは言え現状では連合、プラント共に得られる情報が少ないのは間違いない――タバネならば双方の情報も相当数持っているのだろうが、其れを伝えないのは『今は伝えるべきではない』と考えての事だろう。


「アスランから、何か連絡があると良いんだが……」


プラントの情報ならば単身プラントに渡ったアスランからの連絡があれば得る事が出来るのだが、そのアスランからの連絡はない。
実はアスランとカガリはオーブでは同じ屋敷で暮らしていた事もあって専用の連絡手段を持っておらず、アークエンジェルは秘密裏に改修されていたのでアスランにはアークエンジェルとのコンタクト手段もなかったので自分の現状を伝える事が出来ていなかったのだ。


こうして大天使は今暫く其の翼を海中で休めるのだった。












機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE68
『戦士の条件~Condition of a Warrior~』










ジブラルタル基地に向かっていたミネルバは、其の道中でスエズ攻略の前線であるマハムール基地に到着していた――ジブラルタル基地に向かうには此処は避けて通れない場所であると同時に、此処を攻略出来ればスエズの連合は大幅に弱体化するのだ。


「ジブラルタルに向かうには此処を攻略しなきゃならねぇってか……でもって俺達なら突破出来ると踏んでたから議長はミネルバをジブラルタルに向かわせたってか――ったく、マジで腹の底が読めない人だぜ議長は。」

「大丈夫よイチカ、妻である私でも読み切れていないのだから。」

「議長の考えを看破出来るのはタバネさん位だろうな……あの人は議長だけでなく、この世の人間全ての考えを読み切ってるかもしれないけど。」

「会ったのは一度だけだけど、彼女は本当に人間なのかしら?」

「辛うじて人間。10m位離れて見てくれたら可成り人間……だけど1mまで近付いたら人型の兎!つかぶっちゃけて言うとエプロンドレス着てメカうさ耳搭載してる可成りヤバいマッドサイエンティストだぜタバネさんは。」

「……取り敢えず、彼女だけは敵に回したくないわね。」


マハムール基地ではミネルバの到着を歓迎していたのだが、逆に言えばスエズ攻略に手間取っているという事の表れだろう。
基地に着艦したミネルバからは艦長であるタリア、FAITHのアスラン、そしてイチカが降りてマハムール基地の司令官との会合に向かって行った。


「艦長、自分と艦長は分かりますが何故イチカも?」

「そう言えば言っていなかったわね。
 彼は現在のザフトで只一人の議長直属の兵士であり、その権限は各部隊の隊長はおろかFAITHと同等と言えるのよ……そんな彼をマハムール基地の司令官との会合に参加させない訳には行かないでしょう?」

「お前、そんなに偉かったのかイチカ?」

「知ってるのは議長と艦長、後はカタナだけだけどな。」


此処でイチカがデュランダルの直属であり、FAITHと同等の権限を持っている事が明かされた。
デュランダルはタバネからイチカを託された事もあり、更にイチカの実力を己の目で見た事で非常に高く評価しており、表立って公表はしていないがイチカを自身の直属の兵士としていたのだ。
これによりイチカに絶対的な命令を下せるのはデュランダルのみであり、イチカは戦場ではFAITHと同等の命令権を有しているのである。


「ま、俺が命令を下す事は早々ないと思うけどよ。」

「そうなのか?お前なら的確な命令を出せそうなんだが……」

「俺は究極の右脳人間だから細かい作戦とか立てるのめっちゃ苦手なんだよ。
 細かい作戦立てるよりも直感のままに暴れる方が性に合ってる……だから現場での指揮はお前に任せるぜアスラン。」

「……体よく責任押し付けてないかお前?」

「気のせいじゃないかな~~♪」


イチカとアスランの軽口の遣り合いをタリアは『若いわね』と言った感じで見ながら、一行はマハムール基地の指令室へと到着したのだった。








――――――








ザフトの最新鋭艦であるミネルバには、兵士の個室、食堂、サロンと必要な設備は揃っており、特に女性兵士にとっては必須とも言えるシャワールームも完備されていた。
シャワールームは十個の個室からなっており、個室間は薄い壁一枚で仕切られているだけなのでシャワー中でも会話は可能となっている。


「カタナさんはイチカさんと付き合ってるんですよね?」

「そうだけど、それがどうかしたかしらルナちゃん?」

「いえ……先の大戦、イチカさんは連合でカタナさんはザフトだったんでしょう?……敵対する組織の二人がどうやって恋人関係になったのか少し気になったと言いますか……」

「あぁ、そう言う事ね?
 イチカに撃墜されて連合の捕虜になったんだけど……アークエンジェル内でイチカと対面した時に私もイチカも思い出したのよ……自分の前世の記憶と言うモノをね。」

「前世の記憶、ですか?」

「眉唾な話と思うだろうけど、私とイチカは前世でも恋人同士だったのよ。
 私とイチカでは少しばかり記憶に齟齬があるけど、大部分では一致しているの……前世の記憶を持ってる人は少なくないけれど、ほぼ同じ記憶を持っているとなれば其の数は相当に少なくなって来るわ。
 だけど私とイチカは今この世界に居て恋人関係になってる……私とイチカは時を超えて運命で結ばれているのかも知れないわね。」

「だとしたらロマンチックな恋人関係ですね。」

「まぁ、嘘だけどね♪」

「嘘なんですか!?」

「冗談よ♪」

「どっち!?」


少しばかりシリアスな内容になったところでカタナが持ち前のおちょくりスキルを発動してルナマリアをてんてこ舞いさせてその反応を楽しんでいた……後輩を揶揄うのはどうかと思うが、後輩苛めよりは遥かに良いと言えるだろう。


「~~~~!!」


カタナとルナマリアがシャワー室越しに遣り取りしていた頃、同じくシャワーを浴びていたメイリンは一足先にシャワールームから上がって下着を着て、試しに姉であるルナマリアの制服のスカートを穿こうとしていたのだが、ウェストが締まらなかったので断念し、籠に投げ返していた。
バストサイズでは負け、ウェストサイズで勝ってしまうと言うのは少女にとってはこの上ない敗北感だろうが、メイリンは特に落ち込んだ様子もなく、シャワー室の更衣室にある自動販売機でコーヒー牛乳を購入すると、其れを一気飲みした後に制服に着替えて業務に戻るのだった。








――――――








マハムール基地の指令室にやって来たイチカ、アスラン、タリアは司令官から歓迎されていた。


「何もない基地ですが、コーヒー豆だけは最高級のモノを用意していますので。」

「いえ、お構いなく。」

「香り、コク、苦みと酸味のバランスが素晴らしいんだが、虎の旦那は此れでも満足しねぇんだろうな……絶対に自分好みにブレンドし直すと思う。」

「バルトフェルド隊長か……確かに三隻同盟では随分とオリジナルのコーヒーを勧められたな。」

「砂漠の虎ですか……彼のコーヒーに対する拘りは、地球のザフト軍では有名でしたよ。
 さて、今回の作戦ですが、連合の火力発電プラントを守るように位置する、ガルナハンのローエングリンゲートの突破となります――連合の火力発電プラントを抑える事が出来ればエネルギー面で打撃を与える事が可能となるでしょう。」


司令官は作戦の概要を説明しながら作戦が行われる場所の地図を広げ、モニターに衛星写真を映し出す。
ガルナハンのローエングリンゲートへと通じる道は地図と衛星写真で見る限りでは渓谷が一つあるだけだ――ザフトの量産型モビルスーツは大気圏内での単機での飛行能力を有していない機体が多いので、モビルスーツ部隊で上空から攻撃する事は難しいだろう。
となると正面突破しかないのだが、ローエングリンゲートの名が示す通り、渓谷には巨大な陽電子砲が設置されており、正面突破も難しい状況なのである。


「陽電子砲か……確かに厄介だが、其れだけなら難易度は高くねぇ。其れこそ、此の基地の戦力で充分に対応出来るレベルだ。
 陽電子砲以外にも何かあるんだよな司令官さん?」

「鋭いですね……仰る通り、陽電子砲以外に、陽電子リフレクターを搭載したモビルアーマーが守りを固めているのです。
 陽電子砲すら防ぎ切る陽電子リフレクターの前ではモビルスーツのビーム兵器は無力でして……」


更には陽電子リフレクターを搭載したモビルアーマーが守りを固めており、徹底した防御布陣が敷かれているのだ。


「正面突破と見せかけて奇襲をかける事が出来ればいいんだが……さて、如何したモノか?」

「生身の戦いなら、源義経の一の谷の逆落としみたいな奇襲をかける事が出来るんだが、艦隊とモビルスーツじゃ其れも難しいよな……って、ちょっと待て。
 司令官さん、渓谷の西側の岩肌アップにしてくれるか?其れとローエングリンゲート近くの岩肌も!……西側の此れは、洞窟か?でもってローエングリンゲートの近くの岩肌にも洞窟と思われるモノがある。
 他に似たようなものはないとなると、西側の洞窟はローエングリンゲート近くの洞窟に通じてるのか……だとしたら、奇襲をかける事が出来るぞアスラン!」

「イチカ……となると、作戦成功のカギを握るのはシンだな。
 だが、その洞窟が繋がっているという保証がない……洞窟が繋がっているという確固たる証明が欲しいな。」

「でしたら現地のレジスタンスにコンタクトを取ってみましょう。
 反連合を掲げて活動しているレジスタンスならば我々に協力してくれるでしょうし、レジスタンスだからこそ得る事が出来た我々では知りえない情報を持っている可能性は高いでしょうから。」


だが此処でイチカが持ち前の直観力を発揮して渓谷の西側にある洞窟の入り口らしきモノと、ローエングリンゲート近くにある洞窟らしきモノを発見した。
もしもこの二つが繋がっているのであれば其処を通ってローエングリンゲートに奇襲をかける事が出来るだろう――そして、司令官は反連合を掲げて活動している現地レジスタンスとコンタクトを取り、レジスタンスのメンバーがマハムール基地にやってくる事が決まったのであった。








――――――








作戦を前にしたミネルバの甲板でシンは一人海を見つめていた。


「不審者発見、此れより職務質問を開始する。」

「おわ!って脅かさないでくださいよイチカさん!」

「悪い悪い……だがなシン、今のは西暦の時代に於いて大人気だったアニメの最強主人公が言われたセリフなんだ、光栄に思え。」

「はぁ……イチカさんって時々謎な事言いますよね?」

「まぁ、否定はしねぇ……そんで、大丈夫かシン?」

「大丈夫って何がですか?」

「いや、初陣から戦闘続きだったから少し疲れてるんじゃないかと思ってな……」

「俺は大丈夫ですよ……元気が俺の取り柄ですから!」


其処にイチカが現れ、少しばかりシンを揶揄った後にシンにフィジカル面での疲労がないかを尋ねれば、シンはマッタクもって疲れた様子などなく、それこそ今すぐにでもインパルスで出撃出来そうな様子だった。


「元気が一番。元気があれば何でもできる……アントニオ猪木さんは至言を残してくれたな。
 だがシン、俺が教えた事、忘れてないよな?」

「力に溺れるべからずですよね……力を得て力に溺れた者はただの破壊者になり果てる……分かってますって。」

「OKだ。其れを忘れなければ、お前は何れ俺以上のパイロットになる……うん、なると思う。なる筈だ……多分きっと。」

「其処は断言して下さいよ!?」

「いやぁ、近接戦闘に関してはお前は絶対に俺を超えるって断言出来るんだが、総合力だと俺に軍配が上がっちまうからな?俺は戦闘能力が超絶高く作られてるコーディネーターって事もあるしな。
 お前が目指すのは射撃も出来る近距離戦特化型だと思うぞ……いっそ敵さんから『あの機体のパイロットの近接戦闘能力は天井知らずの馬鹿強さ』とか言われるくらいになっちまえ。」

「天井知らずの馬鹿強さ……其れって前大戦のフリーダムみたいな強さですか?」

「いや、フリーダムは其れすら超えた大気圏知らずの馬鹿強さだ……最強の機体に能力がバグってるパイロットが乗ってんだからな。」

「……なんか、凄いんですねフリーダムって……」

「オーブの姫君を救い出したフリーダムは今何処で何をしているのやらだ……まぁ、其れは其れとして次の作戦、必ず成功させるぞシン。」

「はい!」


イチカもシンも作戦を成功させる為に闘気は充実しており、甲板で拳を合わせて次の作戦の成功を誓っていたのだった――














 To Be Continued