援軍として現れたイザークが駆るデュエルはキラが駆るストライクと、カタナの駆るグラディエーターは一夏が駆るビャクシキと交戦状態になったのだが、そんな中でイチカとカタナは不思議な既視感を感じていた。
互いにモビルスーツ越しで相手の顔も知らないにも関わらず、互いに相手の事を知っている感覚を覚えたのだ。
「クッ……何なんだよ此の感覚は?俺は知ってるのか、相手のパイロットの事を!?」
「何処かで会った事がある?……いいえ、此れはその程度のモノじゃない……もっと深く、まるで魂が覚えているかのような……何なのよ一体……!?」
雪片とミステリアスレイディがぶつかって火花を散らす。
未知の感覚に襲われながらも正確なモビルスーツの操縦が出来るのは、其れだけイチカもカタナもパイロットとしての技量が高く、動揺はしても冷静さは失わないと言う事なのだろう。
キラもデュエルから奪ったビームサーベルを使ってデュエルとの白兵戦を行っている……ビームサーベルで攻撃するだけでなく、ランチャーストライカーのメイン武装である『アグニ』を鈍器として使う器用さも見せながらだ――尤もPS装甲が相手ではダメージは皆無だろうが。
『クルーゼ隊長、イザーク、お姉ちゃん、連合の新造戦艦が出て来た……此れ以上の戦闘は得策じゃないから今すぐ帰還を。』
「ふむ……如何やら潮時のようだな?……決着は次の機会まで預けておくぞムゥ!!」
激しい戦闘が繰り広げられている中、地球連合の新造艦である水空両用の大型戦艦『アークエンジェル』が崩れた岩山の中からその巨躯を現し、直後にカンザシから通信が入り、ラウはメビウス・ゼロを、イザークはストライクから距離を取って帰還を始める。
だが、カタナだけは帰還しようとせずにビャクシキとの戦いを続けており、イチカもまたグラディエーターを逃がす心算は無いとばかりに応戦する――今のイチカとカタナには互いに目の前の相手の事しか意識になく、カタナはカンザシからの通信すら耳に入っていないだろう。
「カタナァ!貴様、カンザシからの通信が聞こえなかったのか!連合の新型艦が出て来た!帰還するぞ!!」
「っ!!……ごめんなさい、戦闘に夢中になっていて気付かなかったわ……」
だが、此処でデュエルがビームライフルに搭載されているグレネードをビャクシキに命中させて強制的にグラディエーターとの距離を開けさせ、その隙にグラディエーターを強引に帰還の途に就かせる。
グレネードはPS装甲には無力だが、通常弾と異なって着弾時に炸裂する事で衝撃が大きく、更に硝煙も大きく上がるので視界を奪う効果が期待出来るのである。
完全に意識の外からの攻撃に、イチカはグレネードを喰らってしまい、硝煙が晴れた時には既にグラディエーターの姿は無くなっていた。
「イチカ、大丈夫!?」
「あぁ……大丈夫だキラ……(あの機体のパイロット、如何やら長い付き合いになりそうだぜ。)」
ラウ、カタナ、イザークが帰還するのと略同じくしてアークエンジェルが工廠近くで戦闘を行っていたビャクシキ、ストライク、メビウス・ゼロを発見し、その巨躯を工廠前に着陸させたのだった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE4
『イチカとカタナ~交錯する運命と本格戦場~』
母艦に帰還したカタナは、先程の戦闘で感じた奇妙な感覚について考えていた――何時もなら聞き逃す事など絶対にないカンザシからの通信が耳に入らない程にビャクシキとの戦闘に集中、もとい其れ以外の事が目に入らなくなるなど普段の自分では有り得ないと思ったのだ。
戦闘となれば其れに集中するのは当然の事だが、普段のカタナならば目の前の相手に集中しつつも周囲にも意識を向け、戦場の状況を広く見ているのだから。
「カタナ、貴様大丈夫か?周囲が見えなくなるなど、貴様らしくもない。それ程の手練れと言う訳でも無かっただろう?」
「イザーク……いえ、あの機体のパイロットは多分だけど貴方と同じ位の腕前はあると思うわ……実際に戦った私が言うんだから間違いない――或は、アスランにも匹敵するかも知れないわね。」
「……奴に匹敵する程であっても、お前が冷静さを欠く理由にはならんと思うがな?」
そんなカタナにイザークも少し心配そうに声を掛ける。
普段は何かとカタナに揶揄われる事が多いイザークだが、カタナが揶揄って来るのは其れだけ自分の事を信頼して気を許しているのだと言う事をイザークは分かっている――だからこそ、何時もの飄々とした部分が見て取れないカタナの事を気に掛けているのだろう。
「……不思議な感覚がしたのよ。
あの機体と切り結んだ瞬間に、何故かあの機体のパイロットの事を知っている、そんな感覚がしたの――昔何処かで無意識のうちに擦れ違ったとか、そんなモノとは全く違う、何て言うか私の魂があのパイロットの事を知っている、そんな感じだった。」
「第六感的なモノ……にしても奇妙ではあるな?
俺はオカルト的なモノはあまり信じないのだが、あの機体のパイロットと貴様は、前世とやらで深い関係にあったのかも知れん……胡散臭い占い師のような言い方になってしまうがな。」
カタナから話を聞いたイザークも『奇妙な事だ』とは思ったが、だからと言って其れが何かが分かる筈もないので、科学の力が及ばない少々オカルト的なカテゴリーでの最大公約数的な答えを返すのが精一杯だったが。
「前世で……と言う事はつまり、あの機体のパイロットは私の運命の相手だと、そう言う事なのかしらね?」
「待て、何故そうなる!!」
だが、其の答えを聞いたカタナは予想の斜め上を通り越して『予想の大暴投』とも言うべき事を言って来た。
もしもこの場にハリセンが存在していたらイザークは迷わず其れを手に取ってカタナに炸裂させていただろう……其れ位にカタナの考えはぶっ飛んだモノだったのだ。
「いいえ、きっとこの答えは正解よ……戦闘で胸がドキドキする事は此れまでもあったけれど、今回は只ドキドキするだけじゃなかったの……其れが何なのか分からなかったけれど貴方に言われてその正体が分かったわ……私はあの機体のパイロットにときめいていたのね!」
「突っ込みが追い付かん!
仮に奴が貴様の運命の相手だとしても、奴は敵方のパイロットだぞ!この戦争が終わらない限り、結ばれる事は無いだろうが!」
「だったら倒して捕虜にしちゃえば良いんじゃないかしら?
捕虜にしちゃえば簡単には逃げられないから、其の間に私との関係を深める事は出来るわよね?……あら、そう考えるとなんだか楽しくなって来たわね?」
「俺は貴様の思考形態が恐ろしいわ!」
カタナはスッカリいつもの調子を取り戻し、その言動にイザークが突っ込みを入れるのもクルーゼ隊の日常風景なのだが、其れでもカタナの目の奥にはビャクシキのパイロットに対しての並々ならぬ感情を宿した炎が燃えていた。
ともあれ、ビャクシキとストライクは奪い損ねたモノの、地球連合が開発した六機の『G兵器』の内、五機を強奪出来たのはザフトにとっては大きな戦果であるが、ビャクシキを強奪出来なかったのはある意味では正解だったと言えるだろう。
ビャクシキは地球連合が開発した『G兵器』ではなく、オーブが極秘裏に開発してた自国の量産型モビルスーツの試作機の一機なので、其れをザフトが強奪したとなればプラントとオーブの関係も悪化していたのは間違いないのだから。
五機のモビルスーツの強奪に成功したクルーゼ隊の艦はヘリオポリスから離脱して行ったのだった。
――――――
一方でイチカとキラとムゥは戦闘終了後、ヘリオポリス内を見て回って、逃げ遅れた住民が居ないかを確認していたのだが、見たところ既にキラとキラの仲間達のガレッジの学生以外に逃げ遅れた住民は居らず、オーブ行きの緊急シャトルでヘリオポリスから脱出していた。
だが、逆に言うとイチカはビャクシキとキラはストライクがあるので兎も角として、キラの仲間達はヘリオポリスから脱出する術がないと言う事でもある――略半壊状態となったヘリオポリスはシャトルの発着場も破壊されてしまったので、オーブからのシャトルが来たとしてもヘリオポリス内に入る事は出来ないのだから。
「とまぁ、ヘリオポリス内はそんな状況なんで、キラの仲間達もその新型艦に乗せてくれると有難いと思う次第なんだが如何でしょうかね?えぇっと……マニューさん?」
「……マリューよ。」
「微妙に違ったか……あまりにも立派な胸部装甲をお持ちだったモノでつい。」
「えっと、如何言う事?」
「キラ、この世には女性のバストサイズを端的に表現した言葉があるんだよ。
下から順に、『無乳』、『微乳』、『貧乳』、『並乳』、『巨乳』、『爆乳』、『魔乳』となっていてな……そんでもって俺は昔、『狂牛病』を『巨乳病』と聞き間違えて『乳牛が巨乳になるなら問題なくね?』と思ってた時期があった!」
「そんな病気があったら乳牛を育ててる農家は逆に喜びそうだね。」
「と言う訳で、その新型艦に乗せてね。」
「いや待て、幾ら何でも強引過ぎるだろう其れは!!」
「坊主、そりゃ流石に無理があるぜ……」
此処でまたしてもイチカとキラによる漫才が展開され、イチカはその勢いのままキラの仲間達もアークエンジェルに乗せて貰おうとしたが、其処は流石にアークエンジェルに乗っていた連合の士官であるナタル・バルジールとメビウス・ゼロのパイロットのムゥによって止められてしまった。
だが、この展開はイチカにとっては織り込み済みだ。
「無理って事は無いだろ?
俺はオーブからの出向って形で連合の一員になってるが、その俺には通常の指揮系統には組み込まれない独立機動権が認められてるんだ、その俺がキラの仲間達をこの新造艦に乗せるって決めたんなら、アンタ等には其れに異を唱える権利はない筈だぜ?
其れとも、連合はオーブとの取り決めをアッサリと反故にするのか?」
「そんな心算は無いわ。
だけど、この船に乗ればザフト軍に襲われる危険性がある……其れに、幾ら君に独立機動権が認められているとは言っても、連合の新型艦に民間人の学生を乗せる事は出来ないわよ?」
「キラを無理矢理戦わせようとしたくせにどの口がほざくのかねぇ?
だったらキラの仲間達は一時的にアークエンジェルのスタッフって事にすれば問題ねぇだろ?――モビルスーツの整備、艦内のオペレーター、厨房のスタッフと、艦内には学生のアルバイトでも出来る仕事は沢山ありそうだしな。
序にザフトが襲ってきたその時は俺が出るから問題ねぇよ。」
「イチカだけじゃない……僕も出る。友達がその船に乗るって言うなら尚更だ。」
此処でイチカは自分が独立機動権を得ていると言った上で真っ向から正論をブチかまし、其処から妥協案を提案してマリュー達を半ば強引にではあるが納得させた。
連合の新造艦であるアークエンジェルは何とか起動したモノの艦内スタッフが圧倒的に不足しており、特に戦闘時のオぺレーターに関しては猫の手も借りたい状況だったのでイチカの妥協案は実は有り難いモノだったりしたのだ。
アークエンジェルは戦艦なので、地球に向かう途中でザフト軍からの攻撃を受ける危険性もあるが、其れにはイチカが対処すると言い、キラもまた『其の時は自分も出る』と言って来たのだ――連合がキラの意思を無視して無理矢理戦わせるのであればイチカは絶対に其れを阻止したが、キラは友達を守るために自ら戦う事を選択したので、其れならばイチカはキラが戦う事を否定はしなかった。
「そんでもって俺はキラとバディを組ませて貰うぜ?
独立機動権を持った俺のバディになれば、キラもまた通常の指揮系統に組み込む事は出来ないからな……でもって、其れはキラの仲間達も同じだ。俺とキラはザフトとの戦いになったら好きに動かさせて貰うぜ。キラの仲間達……って、この言い方もアレだよなぁ?悪いけど、自己紹介して貰って良いか?」
「サイです。サイ・アーガイルです。」
「トール・ケーニヒです。」
「カズイ・バスカーク。」
「ミリアリア・ハウでーす!ミリィって読んでね!」
「フレイ……フレイ・アルスターよ。」
更に流れでキラの仲間達に自己紹介をして貰ったのだが、『フレイ』と名乗った少女は、キラは兎も角としてイチカに対して好意的な視線を向けてはいなかった――フレイ・アルスターは、父親が『反コーディネーター』を掲げる『ブルーコスモス』の一員であった事が原因で、コーディネーターに対して良い感情を持っていなかったのだ。
キラに対しては、『同じガレッジの学生』と言う事で多少その感情は薄くなっているようだが。
「フレイって言ったか?コーディネーターに対して良くない感情を持ってるのは構わないが、其れをあからさまにするのは如何かと思うぜ?
ナチュラルがコーディネーターに偏見を持ってるのは知ってるし、今回の一件もコーディネーターによって引き起こされた事だが、アンタの事を救ったのも俺とキラって言うコーディネーターだったって事を忘れるなよ?
でもってもっと言わせて貰うなら、この戦争の発端はナチュラルなんだぜ?……プラントに一方的に宣戦布告して、ユニウスセブンに核を撃ち込んで何の罪もないコーディネーターを何十万人と虐殺したのが原因なんだからな。
まぁ、其れを此処で言ったところで如何にもならないんだけどな……だから、此処はビジネス的に行こうじゃないか?俺とキラは地球に戻るまでの間アンタ達の事は絶対に守る、その対価としてアンタ達は俺達の事をサポートする。
仕事としてなら、出来ない事じゃないだろ?」
「……まぁね……其れに、他に選択肢も無いモノ。」
だがイチカの反論があまりにも的確だったので、フレイはイチカの提案を受け入れたのだった。
こうしてイチカ達はアークエンジェルに乗り込んでヘリオポリスから脱出しようとしたのだが、アークエンジェルはオーブとの連絡シャトルを遥かに上回る大きさだったのでヘリオポリスの外に出る事が出来ず、仕方なくキラがストライクに乗ってランチャーストライカーの『アグニ』でヘリオポリスの外壁を盛大に破壊してアークエンジェルの通り道を確保したのだが、半壊していたヘリオポリスはアグニの一撃に耐える事は出来ず、アークエンジェルが離脱した直後に崩壊し、そしてあっと言う間に宇宙の塵となってしまったのだった。
「ヘリオポリスが……!!」
「キタねぇ花火だぜ!……ってのは不謹慎すぎるな。
まぁ、アンだけぶっ壊れちまったコロニーを再建するのはオーブにとっても負担がハンパねぇから崩壊したってのはオーブにとっては有難い事だったかもな……コロニーが崩壊して宇宙の藻屑となったってんなら、もう再建は出来ないからな。
だが、ヘリオポリスの崩壊以上に此れからはザフトとの戦いが重要になって来る……数の上ではザフトの方が上だから、こっちは少数精鋭で息を合わせてバッチリ行こうぜキラ?」
「イチカ……うん、そうだね。」
キラとしては崩壊するヘリオポリスに思う所があったのだろうが、イチカの言葉を聞いて直ぐに思考を切り替えて、バディとなったイチカと拳を合わせ、そして腕を交差して絆を確かめる。
今この場で行った事だが、イチカもキラも、其れがなんともしっくり来ていた。
そして、アークエンジェルは崩壊したヘリオポリスを後にして一路地球に向かって行くのだった――そして其れは同時に、イチカとカタナ、キラとアスランの運命が交わって、複雑に絡み合って行く始まりでもあったのであった。
To Be Continued 
補足説明
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