タッシルの街はバルトフェルド隊の報復攻撃によって真っ赤に燃えていた。
バクゥから放たれたミサイルによって民家は焼かれ、タッシルの街は壊滅状態となっていた――其れでも、事前の攻撃宣言と避難勧告によってタッシルの街から住人は避難していたので人的被害はゼロだった訳だが。
「まぁ、此れだけやれば十分だろ。全軍、現時刻を持って撤収せよ。」
自らもバクゥに乗ってタッシルの街に出向いていたバルトフェルドは『もう十分だ』と言うと部隊を撤退させる――此の報復攻撃によってタッシルの街は壊滅的な被害を受けたのだが、完全には破壊されていない建物も残っており、何よりも住人は避難していて人的被害はゼロだったので街の復興は可能だろう。
バルトフェルドも形だけとは言え報復攻撃を行う以上はタッシルの街に被害を出さないと言う事は出来なかったのだが、其れでも復興可能な程度の破壊に止めたのは完全壊滅させて住人達の居場所を完全に奪う事が目的ではなかったからだ。
「此れでレジスタンスの連中が『連合と組んでも自分達に益はない』って事を学んでくれればいいんだが……ま、ソイツは望み薄だろうなぁ……出来れば俺は無益な殺しはしたくないんだけどねぇ。
軍人がこんな事を言うのも如何かと思うが、何だって戦争なんぞやっちまうのかねぇ人間ってのは……」
バクゥの中で独り言ちたバルトフェルドの言葉は誰に聞かれるでもなく空気に溶けて消えた。
結局今回の戦闘では、バルトフェルド隊がバクゥ数機と其のパイロットを失っただけで、形だけの報復攻撃は敢行したモノの得たモノは何もなかった――唯一得たモノがあるとすれば、連合の戦艦に同胞たるコーディネーターが乗っているかも知れないと言う事だろう。
「お疲れ様でしたバルトフェルド隊長。
初撃から撤退まで僅か三百秒の電撃作戦とは見事なお手並みですわ♪この作戦立案能力に関しては、仮面がオシャレな我が隊の隊長にも見習ってほしいところですわね♪」
【お見事♪】
「なぁに、街の住人達が利口で助かった。
此方の勧告に従ってくれたお陰で街はもぬけの殻だったからねぇ?おかげさんで適当に建物を破壊するだけで済んだ……こっちの損失からしたら見合わないかも知れないが、少なくとも此れで上への申し訳は立つ。
そんで、その服はアイシャのかなカタナ君?」
「はい♪
アイシャさんが私とカンザシちゃんに、『サイズが合わなくなって着なくなってしまったのだけど、捨てるのも勿体ないからとっておいた服なんだけど良かったら貰ってくれる?』って言ってくれたんです。バルトフェルド隊長の恋人さんは太っ腹ですわね?」
「アイツは着なくなった服とか捨てる事が出来ん性分だからモノが増えるばっかりで俺も困ってたんだが、お前さん達が貰ってくれるってんなら有り難い事だ。
其れよりもクルーゼ隊の諸君に聞きたいんだが、君達が交戦して来たあの連合の船……もっと正確に言うのであればアレに配備されているモビルスーツのパイロットはコーディネーターだったりするのかな?」
作戦を終えて戻って来たバルトフェルドはカタナからの労いの言葉も程々に、クルーゼ隊のメンバーに『連合にコーディネーターが居るのか?』と聞き、其れを聞いたアスランは、『居ます。少なくともストライク……遠距離装備だったモビルスーツのパイロットはコーディネーターで、俺の幼馴染で親友です。』と答えたのだった。
「幼馴染で親友がまさか連合でモビルスーツのパイロットをしているとは……何とも遣る瀬無い話だなソイツは?
遣る瀬無い話ではあるが、戦争である以上は戦わねばならんだろう?……お前さん、幼馴染の親友と戦う事が出来るのかい?」
「戦う事は出来ます……でも殺したくはないと言うのが本心です――出来る事なら生きたまま捕えて捕虜にし、捕虜にした上で説得出来ればとは思っていますが。」
「戦争である以上は戦いは避けられないが、だからと言って相手を殺せば良いってモンじゃないからねぇ……捕虜にして説得出来るならその方が良いに決まってる。
だが、戦う時には迷うなよ若者よ?……戦場で迷ったら、死は即己に向かってくるモノなのだからな。」
「……心得ています。」
其れを聞いたバルトフェルドはアスランの事を少し心配したのだが、アスランは言外に『覚悟は出来ている』と言った事でひとまずは納得した上で忠告もしていた……バルトフェルド自身は幼馴染の親友同士が戦場で戦うと言うのは宜しくないと思ったのだが、戦争中の今はそうも言ってられないので忠告するに留まったのだが。
だが、バルトフェルドが危惧した『幼馴染の親友同士の戦い』は、やがて最悪の結末を迎える事になるとはこの時誰も思ってはいないのだった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE18
『ペイバック~Revenge Of Revenge~』
レジスタンスの一行とイチカとムウがジープでタッシルの街に到着した頃には既にザフトの軍は撤退し、目の前には破壊されたタッシルの街だけが存在していた――其れを見たレジスタンスのメンバーは怒りを顕わにしたのだが、現役軍人であるイチカとムウには『報復攻撃にしてはやり方が少し温い』と感じた。
そもそもにして本気で報復攻撃を行うのであれば街は復興不可能なほどに破壊されている筈であり、街の住人は皆殺しにされていてもオカシクないのだ……にも拘らずタッシルの街は復興可能で、避難していた住人に話を聞けば、『事前に攻撃宣言と避難勧告があった』との事であり、本気で報復攻撃をするのであれば攻撃宣言も避難勧告も必要ではないと、そう思ったのだ。
因みにキラはストライクとビャクシキの運動OSを砂漠地に更に適応させる為にアークエンジェルに残っている。
「悲惨な状況だとは思うが、復興出来ない訳じゃない――此の程度の報復で済んだだけ、優しいんじゃないの?」
だからこそムウはこんな事を口にしてしまったのだが、其れはレジスタンスのメンバーにとっては到底容認出来るモノではなく、カガリを始めとして全員がムウに食って掛かる――此れには流石のムウも慌てて『い、いやぁ、嫌な奴だな砂漠の虎ってのは。』と取り繕ったのだが、其れはカガリに『アンタもな!』と返されてしまった。
「アンタ等の気持ちは分からなくもないが、フラガの旦那は何も間違った事は言ってないぜレジスタンスの皆さんよ?」
だが、此処でイチカがムウを擁護するかのような事を言って来た――其れを聞いたカガリ達は鋭い視線をイチカに向けたが、イチカは其れを受け流して言葉を続ける。
「砂漠の虎ってのが本気で報復攻撃を行ったんだとしたら、タッシルの街は復興不能なまでに破壊され尽くして、住人だって皆殺しにされてた筈だ――だが、被害は建物だけで死者はゼロ。
しかも事前に攻撃宣言と避難勧告があったんだろ?……本気で報復攻撃をするなら、攻撃宣言も避難勧告もしたりはしない……砂漠の虎は、不必要な殺しはしなかったと見える。
アンタ達レジスタンスの介入で自分の隊が決して小さくない損害を被ったにも拘らずだ――其れを考えたら、此の程度で済んだのは寧ろ幸運なんじゃねぇのか?」
「其れは……だが!!」
「『街を破壊された事には納得出来ない!』か?
だがそもそもにして、此の報復攻撃はアンタ達がこっちに加勢しなかったら起きなかった事だったってのを忘れるなよ?『敵の敵は味方』って事で俺達に協力した事が発端なんだ……そう言う意味では『身から出た錆』って奴かもな。」
イチカの言葉は厳しいが、しかし事実ではあった。
『明けの砂漠』の面々は『反ザフト』を掲げてレジスタンス活動を行っていたモノの圧倒的な兵力差があり、精々ゲリラ攻撃を仕掛ける程度の事しか出来ていなかったのだが、其処にザフトと交戦中のアークエンジェルが現れた事で、『敵の敵は味方』と考えてアークエンジェルに協力してバルトフェルド隊を撃退した結果が此れなのだから大凡笑えない結果なのは火を見るよりも明らかなのだ。
「反ザフトのレジスタンス活動大いに結構――だが、分不相応な振る舞いをしたらそのツケは必ず己に帰って来るって事を忘れるなよ?戦場ってのは、何時自分に死が降りかかって来てもオカシクないんだからな。
……戻ろうぜフラガの旦那。此処で俺達に出来る事は何もないからな。」
「オーブの坊主……だな、戻るとするか。」
其れだけ言うとイチカはムウと共にジープに乗り込み、ムウの運転でアークエンジェルに戻って行った――そして其の場に残された『明けの砂漠』のメンバーはイチカに言われた事に何とも言えない顔をしているのだった。
イチカの言う事は理解出来るが納得は出来ない、そんな様子だった。
――――――
アークエンジェルに戻ったイチカはチャチャっと『キュウリとコンビーフのサンドイッチ』、『タマネギとベーコンのコンソメスープ』、『ほうれん草のオムレツ』と簡単な食事を作ると食堂で朝食タイムと相成った。
早朝に出撃したので何時もよりは簡素なメニューではあったが、其れでも栄養バランスは取れているのは流石と言うべきだろう――其れを食べたフレイは、その味をしっかりと脳に刻み込んでいるようだったが。
「タッシルの街は如何だったのイチカ?」
「可成り破壊されてはいたが、まぁ復興出来ないレベルじゃない。
人的被害はゼロだった訳だしな……だからと言ってレジスタンスの連中が納得出来たかどうかはまた別だから、連中が報復攻撃に怒って馬鹿な真似をしない事を願うけどよ。
そもそもレジスタンスなんてのは聞こえは良いが、詰まるところはゲリラ組織と変わりない存在だ、軍隊からしたらな――恐らくだが、潰そうと思えば何時でもザフトはレジスタンスを潰せる筈だが、其れをしないのはレジスタンスの連中はザフトにとって大した脅威じゃなかったからだ。」
「モビルスーツもないんだからそうかも知れないけど、だったらなんで今回は報復攻撃なんてしたんだ?」
「良い質問だサイ。
今回連中が報復攻撃をされたのは、この前の戦いでザフトの本当の敵である連合に手を貸しちまったからだ――その結果としてモビルスーツ数機と其のパイロットを失う破目になったんだ、明確な敵である連合に加担したレジスタンスの事を無視出来なくなったのさ。」
「だとしても、町が一つ壊滅状態になったって言うのは遣る瀬無い話よね。」
タッシルの街が半壊状態になってしまった事はヘリオポリス組にとっては衝撃的な事だった――ザフトのモビルスーツ強奪の一件により崩壊してしまったヘリオポリスにタッシルの街を重ねているのかも知れない。
食堂には暫ししんみりした空気が漂ったのだが、此処で此れまで沈黙していたフレイがイチカに『此のサンドイッチとオムレツのレシピ教えて!』と凄い勢いで迫り、イチカも『お、おう。其れは良いけど、先ずは普通のオムレツを作れるようになってからな?』と返してしんみりした空気は吹き飛ぶ事になった。
――ピン!
そんな中、イチカのスマートフォンにメールの着信が。
メールの送り主はタバネだったのだが……
「え~と……『イッ君へ。数名のレジスタンスが報復攻撃の復讐に、無謀にもバギーで哨戒中のバクゥに突撃しちゃったみたいなんだよねぇ?幾ら武装したバギーとは言ってもモビルスーツ相手に適う筈がないのに、お馬鹿さんだよねぇww』……いや、其れは笑い事じゃねぇからタバネさん!つかマジで何処で見てんだあの人は!」
その内容がトンデモなかった。
『馬鹿な事をしてくれるな』と言うイチカの願いは叶わなかった訳だが、だがだからと言って此のまま見て見ぬフリをする事は出来ない――結果としてアークエンジェル艦内は一気に慌ただしくなり、イチカとキラはモビルスーツのハンガーに、他のスタッフはブリッジへと向かい出撃準備を整える。
出撃準備を整えたビャクシキとストライクはカタパルトに入ると、其処から一気に出撃する――今回ビャクシキはオオタカとゲイボルグを、ストライクはエールストライカーを装備しての出撃なのだが、砂漠地帯では特化した装備よりも機動力を重視した汎用装備の方が良いと判断しての事だった。
程なくして現着したビャクシキとストライクだったが、僅かに遅く既にバギーはバクゥによって蹴散らされた後だった――とは言え、バギーの搭乗者の何名かは無事だったので、其れを守るべくビャクシキはゲイボルグをストライクはブームライフルバクゥに向かってを放つ。
だが、其れはバクゥを捕らえる事無く逸れてしまった。キラはバクゥをロックオンしていたにも関わらずだ。
「此れは……熱対流か!」
その原因は砂漠の熱対流。
砂漠の高温の熱対流によってビームの軌道が強制的に変えられてしまったのだ。
先の戦闘は気温が下がり熱対流が発生しない夜間だったが、熱対流が発生する高温の日中では勝手が異なり、ビーム兵器は略役立たずになってしまう――と言うところなのだが、此処でキラはストライクのOSをまたしても戦闘中に書き換えて、ビームの軌道を熱対流に対応したモノにしてしまったのだ。
更に其の書き換えたOSのデータをオンラインでビャクシキにもインストールした事で、ビャクシキもバクゥに対してビームが命中するようになったのだが、常に変化する熱対流に完全に対応したプログラムを組み上げてしまうとは、キラのプログラミング能力は超人的を通り越して神的と言っても良いだろう。
ゲイボルグを装備しているビャクシキには不要だったかもしれないが、ゲイボルグが使用不能になった際にはビームライフルを使う事になるので、矢張り必要なモノではあるのだろう。
其の後はキラがバクゥの放ったミサイルをビームライフルで誘爆させて煙幕を張り、その煙幕を越えて攻撃しようとジャンプしたバクゥを煙幕の向こうから打ち抜くと言うトンデモ無い事をやってのけ、イチカは煙幕に包まれて身動きが取れなくなっているバクゥをゲイボルグで撃ち抜いて撃破する。
此の状況に、残ったバクゥはビャクシキとストライクの実戦データを得た事と形勢不利と見た事で撤退して行った。
バクゥ部隊を撤退させる事は出来たが、だからと言って其れで済むかと言えば其れは否だ。
此度の戦闘で、カガリは戦友であるアフメド・エズ・ホルンを喪ってしまった……其の事実にカガリは泣き崩れた――レジスタンスの仲間として共に戦って来た者が亡くなったのだから其れもやむなしだろう。
「マッタクもって虚しい戦いだったなキラ……誰も何も得なかった。」
「そうだねイチカ……こんな戦い、何の意味もない。」
だが、イチカとキラにしてみれば此度の戦いは虚しいモノだった――ザフトとの戦力差を考えずに無謀な復讐に走ったレジスタンスが返り討ちに遇ってしまい、イチカとキラは『見て見ぬフリは出来ない』から出撃しただけであり、其処に意味を見出す事は出来なかったのだ。
「何だと……!
お前達は、此れを見ても何も思わないのか!人が実際に死んでるんだぞ!其れなのに、お前達は何も思わないのか!感じないのか!!」
そんなイチカとキラにカガリは激しく反発したのだが――
――ズビシ!
その脳天にイチカの容赦ないチョップが叩き込まれた――その際に『出席簿があれば完璧だった……って、何言ってんだ俺は?』と言っていたのだが。
「気持ちだけで何かを守れると思うなよ?気持ちだけで何かを守る事が出来ればそもそも戦争なんぞは起こらないんだからな……!」
「イチカの言う通りだ……気持ちだけで、何を守れるって言うんだ!」
だが、イチカとキラの言った事はレジスタンスのメンバーには響いていた。
イチカは現役軍人として戦場と言うモノを知っていて、キラはついこの前まではヘリオポリスの学生だったにも拘らず今はこうして連合のモビルスーツパイロットとして戦う覚悟を決めたからこそ、その言葉は重く、レジスタンスのメンバーに……特にカガリにはその言葉が鋭く突き刺さったのだった。
To Be Continued 
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